狩人話譚

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第40話 竜の血 後編

 ずっと床の上で寝転がっているリュカの頭の中では、後悔している過去の記憶が何度も繰り返されていた。足を食われた自分を見て駆け寄ろうとした二人の友人は爆風に消え、最後の一人は崖から転落しながら『絶対に助けるから、心配すんな』とこれから死ぬというのに屈託の無い笑顔を見せた。
 すっかり滅入っているようだ。気を紛らせようと首を傾けると、ワカがリククワから持ってきた杖が目に入る。それを手にとり、まじまじと眺めた。全ての武器を使いこなすフェイの器用さは、こんなところにも生かされたのだろう。

「腹はすいていないか? マテラが食事を用意したのだが」
「すまねぇ。いただくぜ」

 香ばしい匂いと共にトレーに頑固パンや肉野菜のスープを乗せたリウが現れた。杖を戻すと体を起こし、リュカはパンを口にする。外の景色は暗く、遠くに見えるマグマの川が岩を赤く照らしており、赤と青が入り混じる光景が美しく見えた。
 だが、それほどの時間が経過しているとわかると、自分のために樹海に向かった三人を思い食事の手が止まる。

「弟たちが心配か。必ず帰ってくる、だから今は体力をつけて三人を待つんだ」
「…………。」
「……俺も、四年前に足を怪我してな。同じように杖を作ってもらったんだが、同日に調合師だった弟はハンターになることを決めたらしい」
「あいつが?」

 食欲を失ってしまったリュカに、リウは過去の話をすることにした。過去を語りたがらない義弟について、リククワのハンターに知ってもらうためでもあるが。

「もともと三人で狩猟に向かうのを寂しがっていたのだが、俺の負傷をきっかけに自身もハンターになって力になりたいと思ったようだ。危険だから俺とミサ姉さんは以前から反対していたんだがな。弟の気持ちを汲んだのだろう、ミサ姉さんの目を盗んでフェイ兄さんがこっそりギルドに連れて行ったらしくてな。後戻りができなくなった」
「後戻りできない? 無理矢理やめさせることぐらいできただろ、兄貴のお前なら」
「あいつは融通の利かない、頑固な一面がある。それに、ハンターになることは弟の人生においてとても重要なことだったらしい」
「重要? なんだよそれ、ハンターを目指してたのか」
「……“運命”というやつだ」
「…………。」

 運命という言葉を聞いてリュカの顔が強張る。以前、ワカはこんな発言をしたことがあった。

『“運命”か……。あまりその言葉は使いたくないんだ』
『こうなるのが当然なんだって思ってしまう。まるで全ての因果が始めから定められているみたいで』

 その時の彼の表情はとても寂しそうで、陰を落としていた。運命と定められるのが嫌なら、ハンターになる運命とやらも受け入れたくなかったのだろうか。リュカが首を傾げるのを見てリウは続きを語る。この話の中で最も伝えたいことを聞いてもらうために。

「どうか、弟のことを頼む。俺たちからは何も語ることはできないが、いつかは弟自身が打ち明けてくれると信じている」
「なあ。その言葉、フェイからも聞いたんだ。モーナコからも言われたことがある。あいつ、どっか病気してんのか?」
「…………。」
「イエスでもノーでもねぇってか。……今の姿じゃ説得力は無いけど、あいつは護衛ハンターが守る書士隊の一員だ。二度と悲劇は起こさせねぇよ」

 拳をぎゅ、と握って目を閉じる。瞼の裏にディーンの優しい笑顔が浮かび上がった。大切な仲間を二度と失わせまいと強く願い目を開けると、リウが穏やかな笑みをたたえてこちらを見えていた。

「ありがとう」
「リュカ!」

 リウが礼を述べると同時にナレイアーナが飛び込んできた。布袋を肩にかつぎ上げ、息をきらせている様子は飛行船を降りて全力疾走してきた証拠だ。後ろからリュカの居場所を教えたのであろうマテラがついてきた。

「言われた通り、素材を集めきったわ。お願い、リュカの義足を作って!」
「全て揃っている。見事だ、感謝する。マテラ、工房へ行くぞ」
「あいよ。あと少しの辛抱だからね」

 リウ夫妻が洞穴を出ると、リュカはナレイアーナに困惑した表情を見せた。ここにいるのは彼女一人だけ。樹海に向かった二人が、いない。

「イアーナ、ワカとカゲは」
「……大丈夫、必ず戻るわ」
「おい、二人に何かあったのか? まさか、モンスターに?」
「あのね、」

 自分のせいで、また大切な仲間が。そんな不安から今にも泣き出しそうなリュカの顔を見たナレイアーナは、一部始終を話した。移動中にワカが告げた、重大な秘密も加えて。



「此処は……」

 マゼンタの瞳が開かれ、独り言をこぼしながらカゲは体を起こした。ゆっくりと腕を動かし、腹部に触れる。痛みはあるが、動けないほどではない。ベッドに腰掛けて室内を見回すと、過去にキョウとミツキを見舞った部屋と同じつくりであることからここがバルバレの病院だと把握した。
 そして、近くのテーブルに置かれていた小瓶を見て愕然とする。それは、子どもの頃に見覚えがあるものだったから。

「カゲ、目が覚めたか。良かった」
「しかも起き上がっていますニャ。ワカ旦那さんの言う通り、効き目は抜群でしたニャ」

 病室にワカとモーナコが入ってきた。安心したように微笑む二人に対し、カゲは不満を隠しきれない様子だ。小瓶を再度見て、尋ねる。

「【竜仙丹】を僕に使ったというのなら、全て知っていたんだね」
「……ああ。お前には、【竜人族】の血が流れているんだな?」

 ワカの発言にモーナコは目を丸くした。竜人族といえば、リククワにムロソが、かつて世話になったチコ村の村長やバルバレのギルドマスターなどがいる。だが、彼らとカゲが同じ種族とは到底思えなかった。外見の特徴が一致しないからだ。
 モーナコの反応から仲間には話していないと悟るも、これ以上隠す必要は無い。カゲは自らの素性を明かす覚悟を決めた。

「僕は【半竜人】。竜人族と、人の間に生まれた子どもだよ。人の心を読む眼も、遠くまで聞こえる聴力も、竜人族の血の賜物。外見の特徴は此処くらいだけどね」

 そう言ってカゲは五本指の左手で自身の赤い髪をかきあげた。そこには先の尖った、人とはやや形状の異なる耳があった。

「樹海に現れたミツキさんは【竜仙花】を集めるように伝えた。緊急事態だったから、やむを得ず俺に教えたんだろうな。竜仙花は竜仙丹の素材になる花。これで確信が持てたよ」
「そう、美月が。……矢張り、君は気付いていたの?」
「ああ。お前によく似た人を知っているから。……カゲ、俺の目を見てくれ」
「…………。」

 遂に待ち望んだ答えを知らされるはずなのに、緊張からか恐々とマゼンタの瞳が金色の瞳を覗き込む。赤い髪をなびかせる少女が、少しずつ大人の女性へ成長していく姿が見えた。温かい笑みを浮かべる女性の名を、ワカは静かに告げた。

「【雌火竜落としのミサ】。俺の義理の姉でもあり、お前が捜していた兄弟だ」
「……ずるいよ」

 カゲがぽつりと呟いた直後にワカの腕をつかむ。傷に触れたのかワカが少しだけ顔を歪めたが、構わずにカゲの様子を窺う。

「僕の、僕の姉さんだ! 如何して君の姉さんなの!? 僕にとってたった一人の、血が繋がってる姉さんだ! 如何して君が、姉さんと一緒に育ったの……? ずるい、ずるいよ!」

 涙をポロポロとこぼしながらカゲは叫んだ。捜し続けていた兄弟の存在をようやく教えられるも、自身が望んでいた共に暮らす願いを目の前の男に奪われていただなんて。ずるいよ、と子どものように何度も呟く。
 腕をつかむ力が抜けたので、ワカはカゲを抱きしめた。義姉が自分にそうしてくれたように。

「ミサ姉は、孤児院にいる時に出会った。一度だけ自分の耳を見せてくれたことがあって、当時はどうして故郷にいた長老と同じ形をしていたのかわからなかったけど、後にあれは竜人族特有のものだと知ったよ」
「……孤児、院?」
「……ミサ姉とは会ったことが無いのか?」
「物心がついた頃には居なかった。迷惑をかけたくないからか、自らシナト村を出て行ったって聞いたよ。それが僕が六歳の頃。それから二十年、ずっと会いたいと思い焦がれてた。たった一人の、家族だから。でも、ようやく見つかった。それだけで今は十分だよ」

 はあ、と涙を拭いながら息を吐く。数刻前に大怪我を負ったばかりなのに長話ができるのも、竜人族に効果てきめんである竜仙丹のお陰だろうか。今までこれほどまでの怪我を負ったことが無い上に半竜人であることを隠していたため、秘薬以上の効果を得るものだとはカゲ自身も知らなかったのだ。

「本来竜人族は同族としか契りを交わさない。だけど、人の父は竜人族の母を一途に愛して、その結果二人の子どもが生まれた。子どもには竜人族の特性が引き継がれるけど、人の血も交わることでとても不安定な体になってしまう。だから、半竜人は禁忌の存在なんだ」
「お前もミサ姉もハンターとして生活できている。不安定な要素なんてどこにも無いじゃないか」
「慧眼と地獄耳は利点だけじゃない。それに、幼少期はシナト村でこれらの力を制御できるように育てられたからね。母は僕を産み落とすと力尽きてしまい、父は半竜人を二人も世に送り出したために里を追放されたから、僕だけ村に引き取られたんだ。両親は、互いを純粋に愛し合っていただけだったのに、ね」

 ベッドの傍に立てかけられているヘイズキャスターに止まっているクレハに『おいで』と左手を掲げると、六枚の羽根を羽ばたかせて腕に絡みつく。言葉は通じないが、彼女も心配していたのだろう。

「紅羽は、父が育てた猟虫なんだ。姉さんが生まれた頃から育てていたって。だから紅羽は姉さんの事を知っているかもしれないと思って、狩人になって様々な場所を転々としたけれど、ちょっと目立ちすぎちゃったみたいで……あの男、アンナにギルドに密告されたんだ。『僅か十余歳の少年が狩人として活動しているのはおかしい』ってね」
「アンナが……?」
「僕が半竜人だから狩人の資格をはく奪されるのかと思った。でもギルドの対応は想像と違っていて、数年間裏方の仕事をさせられたんだ。実年齢と見た目が合致しないから、変な輩に目を付けられて揉め事に巻き込ませないようにしたみたい。実質保護されたようなものだよ。恭と美月は僕の護衛でもあり、監視者でもあったんだ」

 常に少年の両脇に立っていた二人のハンターの姿を思い浮かべる。カゲとは仲間でありながら妙な距離感を保っていると感じていたが、違和感の正体にワカは納得した。
 アンナの行動は、過去に自分を滅びた故郷から救った時のそれに類似しているとも思う。少年は禁忌とされる存在、そして自分は……そこまで思考が進んだが、中断する。

「僕の秘密は此れでお終い。それより、リュカの義足に必要な物は揃ったの?」
「ナナちゃんを先にナグリ村に向かわせている。今日はもう遅いから、翌朝に俺たちも出発しよう。明日になればお前の傷も良くなっているだろうし」
「御免、迷惑かけた。僕の所為でリュカが左足を失ってしまったから、頑張らなくちゃと思って」
「気にするな、いつかはこのことに触れなくてはいけなかった。いい機会になったよ。落ち着いたら、ミサ姉のいるキャラバンへお前を案内するよ。少し前に子どもが生まれたと聞いたから、今頃なら大丈夫のはずだ」
「えっ!? あ、赤子……?」

 思いがけない発言を聞いてカゲがマゼンタの瞳を開く。

「そうだ。ミサ姉はあるキャラバンのリーダーと結ばれて、子を宿した。お前がミサ姉の弟だとわかったてもすぐに話せなかったのは、このためだったんだ」
「そっか……僕、叔父さんになっちゃうんだね。叔父さんかぁ……姉さん、すごいなぁ……」

 姉が母親になっていることを知り、カゲの心に様々な思いがこみ上げる。自分のようにギルドに存在を知られ、立場を隠されながら日陰で活動するような人生を歩むことなく幸せを手にしていた姉の強かさが眩しく感じられた。



 翌日、目測通り怪我が快復したカゲはワカたちと共にナグリ村へ向かった。完成した義足はしっかりとリュカの足に装着されており、使いこなすまでは時間を要するが、じきにかつてのように狩猟に出ることも可能となると言われ五人が喜びにわく。

「すごいですニャ。リュカさん、また歩けるようになりますニャ」
「みんな、サンキューな。ワカの兄貴たちにも礼は言っておいたぜ」
「元の鞘に戻ったってやつかな。少しの間はここでリハビリが必要だろうけど、拠点の皆には長期出張って事にしておくから」
「おう。そんでカゲ、樹海でのことをイアーナから聞いたぜ。お前もやっぱり変わった奴だったんだな」
「黙っていて御免ね。僕も君らと同じ“奇士”ってわけ」
「不思議な巡り合わせってあるものね。本当に特殊なハンターを集められちゃったってわけ?」
「ははっ、そうだろうね」

 カゲは自らの境遇を包み隠さずリュカたちにも説明をした。優れた力を持つが、変わり者。四人が奇士であることが改めてはっきりとする。
 ふとナレイアーナにある考えが浮かび、迷わず口にする。

「ねえ、ワカとカゲって兄弟になるのかしら?」
「いきなりなんだよ、イアーナ」
「共通のお姉さんを持つ弟なら、兄弟って言えそうじゃない」
「ワカ旦那さんもカゲさんも、兄弟の四番目ですニャ」

 弟と呼ばれた二人が顔を合わせる。リククワの参謀役と、まとめ役。金色の瞳と、マゼンタの瞳がかち合い、笑う。

「兄弟、かあ。良いね。ワカ、僕の新しい兄弟だ」
「そうだな。お前も俺の兄弟だ」

第40話 竜の血 前編

 突然、だが人目を忍ぶように部屋に入ってきた主にモーナコは目を丸くした。ワカ旦那さん、と呼ぼうとした口の前に立てた指を当てられ、ここにいることを内密にしてほしいという意思を感じ取る。

「ナコ、ついて来てくれ。ナグリ村に向かう。お前の力も借りたいんだ」
「一体どうしたんですかニャ? 凍土でティガレックスを討伐する依頼は……」
「急いでいるんだ、その話はバルバレに向かう途中で説明する。すぐに着替えて」

 言われるがままモーナコはマフモフSネコシリーズに手を伸ばし、着替え始める。だが何故か隣のワカはフルフルXメイルの上着を脱いだため、視線が釘付けになった。左上腕部に包帯が巻かれている。しかも傷が深いのか、赤く滲んでいる箇所が見えた。

「ワカ旦那さん、ケガしたんですニャ?」
「大丈夫、処置は済んでる。じきに治るよ」

 そう言いながらワカは書士隊として活動する際の防具、ルメッサシリーズを手に取った。傷の状態からハンターとして活動するのを止めたのだろう。
 寒冷地帯の調査を行う書士隊用に拵えたこの装備で温暖な地域である樹海に向かうのは奇妙ではあるが、探索用の道具や応急処置をこなせる医療器具を持ち歩けるのは大きな利点だ。
 着替え終わると、ワカはボックスの隅に立てかけていた木製の杖を取り出した。二本の木がV字状に組み立てられており、開いている側の先には何かを当てられるよう太い木が取り付けられている。見覚えのあるそれを見たモーナコは、目を瞬かせた。

「どうしてそれを持って行くんですニャ?」
「これが必要な人がいる。そして、俺の意志を伝えるためでもあるんだ」

 行こう、とモーナコを促して部屋を出る。日はまだ頭上にあり、地上を照らし続けている。夜になる前にナレイアーナたちと合流しなければ。そう思い足早に雪の拠点を去った。



 暖かい……を通り越して暑さを感じる空気と、遠くでゴウゴウと響く音を聞きながらゆっくりとリュカが目を開けた。視界は一面岩壁で、更に自分が床に敷かれた厚めの布地の上に横たわっていることを自覚する。
 顔を傾けると、看病をしていたらしい女性と目が合った。桃色の髪がさらりと流れ、青の瞳が優しく微笑んだ。

「起きたかい。具合は大丈夫かな、どこか痛むところはある?」
「…………ヌイ?」
「だから、アタシはヌイ姉さんじゃないんだけどな」

 リュカが名を呼ぶと、ヌイによく似た女性は苦笑いを見せた。だいぶ前にも、こんなやりとりをした覚えがある。

「前に一度会ったろう? アタシは妹のマテラ。ここはナグリ村だよ。意識が無いうちに運ばれたから何も覚えちゃいないんだろうけど、アンタの仲間が連れて来たんだ」
「……あ」

 ナグリ村。やたら熱さを感じたのはそういう理由か。納得して短い声を発しながら今に至る経緯を冷静に思い出したリュカは、上半身を起こして左足を見下ろす。五年ほどそこにあったものは、やはり消えていた。改めて義足を失ったことを確認し、喪失感に駆られていると男の声が加わる。

「足の痛みは無いか。鎮痛剤と精神安定剤を打ったから、多少は落ち着いていると思うが」
「……ああ、なんともないぜ」

 現れたのは、リュカほどではないが体格の良い同世代の男だった。やや浅黒い肌を持ち、黒い髪を後ろに結いまとめ、筋張った鼻先がどことなくディーンに似ているとリュカはぼんやり思う。
 男は木で組み立てられた杖を持っていた。片足を失った自分にとって、それは歩くための支えになるものだ。……リュカの背丈には小さく感じられるが。

「これは、俺の兄が作ったものだ。名は【フェイ】」
「……フェイって、バルバレの教官か?」
「そうだ。フェイ兄さんは数年前に右足に大火傷を負い歩行が困難になった弟のためにこの杖を作った。その弟が誰なのかは、わかるだろう?」

 三人の義兄弟がいる、とあの男は言っていた。義姉が一人、義兄が二人。うち義姉と片方の義兄とは面識があったが、残る一人の義兄がナグリ村にいたとはとリュカは驚いた。

「アンタ……ワカの兄貴か」
「俺は【リウ】、兄弟の三番目にあたる。このナグリ村で、樹海で手に入る発掘武具について研究をしているハンターだ。突然訪れた弟にお前を託されたのでな、妻のマテラと共に看病をしていた」

 血は繋がっていないというものの、落ち着いた雰囲気や薬の知識など、リウはワカの気質に最も近い男のように感じられた。納得しつつも先ほどの発言で気になった点があったので、問いかける。

「右足に、大火傷だって?」
「あいつの素足を見たことが無いのか。アグナコトルにやられたらしい。数ヶ月はハンター稼業を休んでいたと聞いたぞ。その苦労を知っているから、お前を心配したのだろう。これを俺に渡して、先に向かった仲間と合流するべく樹海へ飛んだ」
「樹海……」
「お前の新たな足となる素材を探すためだ。モーナコの姿もあったな」
「マジかよ。あいつら張り切りすぎだろ……」

 自分が眠っていた間に事態は大きく変わっていたようだ。ナグリ村に一人残され、ナレイアーナたちは樹海へ。それも、失われた義足のために。リュカの心に焦りと申し訳なさが募った。

「皆、お前を大事に思っている証拠だろう。それにしても、あいつは何故フルフルシリーズではなく書士隊用のルメッサシリーズを着込んでいたのだろうな。樹海ではモンスターと遭遇する可能性もある。それなのに非狩猟装備を身に付ける理由は……」

 リウは独り言を呟くも、途中で目を閉じ言葉を飲み込んだ。末弟の考えることも成すことも、十年以上生活を共にした義兄には手にとるようにわかる。
 だが、それを口に出したら目の男に負担をかけてしまうために噤んだ。ただでさえ義足を失ってショックを受けているのだ、そこへ追い打ちをかけるような真似はしたくない。

「今は安静にして仲間の帰りを待つべきだ。村の住人に説明はしているから外に出ても構わないが、人目が気になるのならここで休んでいてもいい。俺もマテラもこの辺りにいるから、何かあったら呼んでくれ」

 そう言うと二人は外へ立ち去った。ナグリ村は岩肌をくり抜いた洞穴を部屋として活用しており、寒さを防ぐために常に扉を閉めていたリククワとは対照的だ。
 一人だけ遠い場所に取り残されたように感じる。ここには妹も、仲間も、拠点の住人もいない。クシャルダオラに負傷させられ、ユクモ村で待たされた日のことを思い出した。あの時の悲劇を繰り返してほしくない。
 はあ、と一息つくと、リュカはぼんやりと岩壁を眺めながら樹海で探索をしていた頃の記憶をたぐり寄せていた。



 朽ちた石造の壁に蔦が絡みつき、巨大な樹木が天に向けてそびえ立っている。まるで遺跡のような未知の樹海を、四人のハンターが通り抜けて行く。
 緑が生い茂る樹海を歩くのは本当に久しぶりだ。だが、今は豊かな自然を満喫している場合ではないとワカは気を引き締めた。ナグリ村にリュカを預け、事情を義兄に説明した際に言われた物を全て集めなければならないのだから。思い出すようにナレイアーナが名を挙げる。

「歪んだ破片の他に【太古の破片】、それに【星石の結晶】や【メランジェ鉱石】も見つけなくちゃね。星石の結晶も義足の材料になるのかしら?」
「研磨材として使うらしい。特殊な金属を用いるから、通常のものでは駄目なのかもな」
「どちらも採取した事はあるから、見つけたら直ぐに教えるよ。必ず手に入れて戻らないと」

 先頭を歩くのはカゲ。その足取りはいつもより早く、ワカは少年が焦っているのだと感じた。適切な行動をとっていれば、あんな事にはならなかったのに。そう発言したカゲは、リュカを救いたい一心から足を急がせている。

「カゲ、急くなよ。いつどこでモンスターと遭遇するかわからない。冷静になるんだ」
「君こそ注意してよね。その装備、書士隊用のでしょ? 防御力は無いに等しいんだから、無闇に前に出ないようにね」

 忠告をするも逆に言い返して先を行くカゲを追いながら、隣を歩くナレイアーナと顔を合わせて頷く。どうにか彼をサポートしなくては。言葉を発せずとも、意図は共感できたようだ。
 迷路のようなエリアを通り抜けると、一際狭い通路に辿り着いた。その先は朽ちた建物のようで、鉱石も転がっていたので早速調べたものの、星石の結晶は含まれておらずカゲはため息をついた。

「こういう場所にこそ貴重な物が眠っている事が多いんだ。それ故に、発見した狩人に根こそぎ持っていかれちゃうんだけどね。未だ何かあるかもしれないし、暫く此処を調べよう」

 カゲの提案に三人も乗り、調査が始まる。崩れた石壁の隙間を身を屈めて通り抜けたモーナコが奇妙な金属を拾い、ワカに見せた。

「ワカ旦那さん、この金属不思議ですニャ。ぐんにゃりしていますニャ」
「これは……? カゲ、もしかして」
「お手柄だよモーナコ。此れが【歪んだ破片】だ」
「本当ですかニャ? 同じようなのがまだありましたニャ、拾ってきますニャ」

 目的の物を見つけたモーナコの目が爛々と輝く。主や仲間の役に立てたことがよほど嬉しかったのか、歪んだ破片をカゲに渡すと再び狭い場所へ潜り込んでいく。
 一方、別の箇所を調べていたナレイアーナが太古の破片を見つけ、目標数が揃う。布袋に収納し、ワカが肩に担ぎ上げた。

「まさにお宝エリアだったわね。あとはメランジェ鉱石と星石の結晶かぁ」
「最終地点まであと少しかな。調べられる箇所は限られてきたけれど、希望を捨てずに探し続けよう」

 迷わないよう手書きで地図を描きながらカゲが先導する。今度は開けたエリアに到着した。樹木が壁のように群生し、反対側は湖が広がっている。モンスターが体を休める場に適しているようだ。
 辺りを見回すと何かが採れそうな鉱石を見つけたカゲがピッケルを振るい、手に取る。白く透き通った美しさを秘めるその石こそ、【雲鳩石】の異名を持つメランジェ鉱石だ。
 傍らには星のような小さな煌めきが散りばめられた石もある。【星石の結晶】だ。かき集めれば必要な個数に届くはず。

「皆! ここに鉱石が……」

 叫びかけて、中断する。地獄耳が来訪者の足音を拾ったためだ。ズシリズシリと音を立てながら、こちらへ向かってきている。モンスターに違いない。

「何か来るわ! ワカ、モーナコ、アンタたちは逃げて!」

 同様に臭いで探知したのだろう、ナレイアーナが声を荒らげる。樹木を強引に押し退けながら森の奥から現れたのは、獣竜種のモンスターだった。だが、この場にいる誰もが目の前のモンスターの情報を持っていない。
 赤と青が入り交じったような色を宿した鱗、頭から背にかけて角のような小さな突起が並び、青く輝く尾は太い上に長く、先端の鋭さはまるで剣のようだ。骨格から獣竜種だと判断はできるものの、素性の知れないモンスターに四人は戸惑った。

「初めて見るモンスターですニャ」
「戦えるのはアタシたちだけ。ここで狩猟に臨むのはまずいわね、どうする?」

 書士隊の一員としてこの場にいるワカとモーナコは、ハンターの数に含まれない。窮地をどうくぐり抜けるか、ナレイアーナはカゲに委ねる。

「折角鉱石を見つけたんだ、ここで退くわけにはいかないよ。僕があいつの相手をする。その間に雲鳩石と星石の結晶をかき集めて」
「カゲ、それは無謀だ! いくらお前でも、初めて対峙するモンスターの囮になるなんて……」
「この先に採取できる鉱石が無かったら? 引き返してこのモンスターが立ち去るまで身を潜める事こそ時間の無駄だよ。お願い、何としてでも二つの石を手に入れて。好機は今しかないんだ!」
「カゲさん!」

 持っていたメランジェ鉱石と星石の結晶をワカに手渡すと、ヘイズキャスターを構えたカゲが駆け出す。獣竜種のモンスターが大きく口を開いて吼えるが、ミヅハ真シリーズによってもたらされる加護に守られた。
 クレハを操り、ナレイアーナたちから引き離すように湖の方へ誘導する。モンスターは頭上を飛び回る猟虫が目障りなのか、しきりに口を開いては喰らおうとガチリガチリと音を立てては宙に噛みついている。
 初めて対峙するモンスターの攻撃を見極めてかわし続けるのは至難の技だ。陽動を続けるカゲとクレハを、ワカは不安げに眺めた。

「カゲのやつ、なんて無茶なことを……すぐに採取して撤退をしなくては」
「そうね。……あった、メランジェ鉱石!」

 モーナコがカゲとモンスターの攻防を監視し、その背後でワカとナレイアーナがピッケルで鉱石を砕いていく。粉々にならないよう、慎重に、だが迅速に。
 ここを逃したら次は無い、そう思えるほど的確に欲しい鉱物がこぼれ落ちていく。ワカが後ろを振り返ると、口から炎を吐くモンスターの姿が見えて焦りが募る。

「火を操るのか、分が悪すぎる……!」

 ナレイアーナたちの装備は氷海に生息するモンスターからつくられており、炎の攻撃は天敵である。それは古龍オオナズチの素材でつくられた鎧をまとうカゲも同様だ。
 ブレスを回避し、様子を窺っているとモンスターは体を丸めて長い尾を自らの口元にもってきた。それをくわえると、まるで砥石を使うかのようにガリガリと音を立てながら尾を削り始める。

「何だろう、今の動き……警戒しなくちゃ」

 それまでは噛みつきや火のブレスを使ってきたため、まさか尾までもが武器になるとは思わず、カゲは驚いた。エキスを受け取るとクレハを再び上空に飛ばし、ワカたちに視線を向ける。鉱石を入れている布袋がだいぶ膨らんでおり、目的の遂行は目の前だと確信した。

「もう少しで……ッ!!」

 だが、その一瞬の隙を狙われた。

「カゲさんっ!!」

 モンスターの尾が突然ムチのようにしなり、カゲの腹部を斬り裂いた。巨体から繰り出された素早い攻撃に反応が遅れ、わずかに後退したことで勢いを殺したが、湖の縁に叩きつけられた。
 水音とモーナコの悲鳴を聞いた二人が振り返り、倒れている少年を見つけて血の気が引く。モンスターはカゲに興味を失ったのか標的を変え、こちらに向かって来た。

「させませんニャ!」

 目の前に立ちはだかったモーナコがシビレ罠を仕掛ける。その間にワカがカゲの元に走り、ナレイアーナはアスールバスターの弾の装填を始めた。

「しっかり…!」

 カゲの体を起こすと、口の端から血が流れ落ちる。真っ白だった胸当ては赤く染まり、傷が相当深いことを物語っていた。目は固く閉じられたまま、開く様子も無い。
 シビレ罠の拘束が解かれた直後、今度はナレイアーナの麻痺弾が命中して再び足止めをする。だがそれも長くは持たないだろう。モンスターを食い止めながらこの場から撤退するには、どうすれば。ワカが懸命に策を考えていると、木々の隙間から一人のハンターが現れた。

「ミツキさん!?」

 リオハートZシリーズに身を包み弓を構えたのは、カゲの部下でありハンターのミツキ。ボールドボイドウェブに睡眠瓶を取り付けて矢を数本放つと、モンスターを深い眠りに落とした。

「ありがとう、ミツキ。どうしてここに?」
「ギルドに【ディノバルド】の出現情報が入ったの。未知の樹海に白土たちが向かっていることも」
「助かったわ。……って、それどころじゃないの、カゲが!」
「……白土!?」

 頼もしい味方の登場に安堵したナレイアーナだったが、すぐにカゲの元に向かう。ミツキもワカが抱きかかえる少年の姿にうろたえたが、彼女は冷静にこれから向かうべき方角を指す。

「最終地点に用意された荷車は目の前だよ。急いでバルバレに向かって。ワカ、君は荷車の中で応急処置を」
「任せてくれ」
「わたしは此処で時間を稼ぐ。直ぐに後続の狩人も来てくれるから、此の場は任せて。そして、必ず白土を救って」
「お願いね、ミツキ。無理はしないで」
「ナナちゃんはカゲを。俺は武器とクレハを回収する」

 腹部の傷に気を付けながら、ナレイアーナはそっとカゲの体を抱える。ヘイズキャスターを手にしたワカが右手を挙げてクルクルと回し、『来い』の合図をクレハに見せた。恋人の真似事ではあったが、合図が伝わったようで猟虫が左腕にしがみ付く。
 過去の出来事から虫が苦手なワカにとって鳥肌がたつ光景ではあるが、カゲの窮地を救うことが第一だ。その時、ミツキがワカの耳元でそっと囁く。その発言の意味を問う前に巨体が起き上がるのを見て、移動に専念するしかなかった。

「行って! 事態が収束したら、わたしも其方に向かうから!」

 ミツキが弓を構えながら叫ぶ。ナレイアーナたちとは正反対の方向へディノバルドを誘導している間に、リククワのハンターは先へ進んだ。
 三人が駆け抜けた先はモンスターの気配がまったく無い、静けさに包まれた場所だ。遠くに荷車も見える。ナレイアーナがゆっくりと歩き、モーナコも後ろについていたがワカに呼び止められた。

「何ですニャ、ワカ旦那さん?」
「あの木の根本にある花を摘んでくれ」
「ニャ? わかりましたニャ」

 理由を聞くまでもなくモーナコはワカが指した木へ向かう。採取を終えるとすぐに引き返して荷車に乗り、ナレイアーナがアプトノスに号令を出す背後でワカはカゲの手当を始めた。

第39話 偽りの左 後編

 地獄耳が足音を拾い上げたためヘイズキャスターに手を伸ばしたが、人のものだとわかり音の先を見つめる。エリア5を抜けてきたナレイアーナとワカだ。

「カゲ、無事か? ……リュカ!?」

 倒れているリュカの異変に気が付いたワカも驚愕する。一方、ナレイアーナは静かに辺りの様子を見ている。ベリオXヘルムを外すと、憔悴しきった顔が露わになった。

「とうとうやっちゃったわね」
「…………。」

 困ったように話すナレイアーナから目をそらす男の表情は、暗い。状況を把握したことで落ち着きを取り戻したワカは周囲を確認し、これからの目的を定める。

「狩猟の続行は不可能だ、撤退しよう。まずはリュカを安全なところに移動させなくては。ナナちゃん、カゲ。二人で退路の確保を。ティガレックスの行動範囲がわからない以上、確実に通らない道を確認しなければならない」
「僕の聴力とレイアの嗅覚なら、轟竜が居た形跡を調べるのは易いね。ワカ、リュカを頼むよ」
「ああ。そっちこそ、気を付けて」

 エリア5の方角へ向かう二人を見送り、ワカは辺りを警戒する。ティガレックスが暴れ回った影響で大型モンスターの気配が無い環境とはいえ、どこで遭遇するかはわからない。万が一このエリアにやって来たら、背後の通路を使うつもりでいるが。
 空に気球は見えないものの、万が一の事を想定してポーチから大きめの布を取り出して下半身に被せていると、リュカが寝転んだまま心配そうな顔でこちらを見上げていることに気が付いた。額から吹き出ている汗に嫌な予感が伝わる。

「……村に、戻るのか?」
「そうするつもりだ。長老に説明をして、これからのことを考えなくては」
「や、やめろ! 村には、村には戻らないでくれ……! あいつに、二度もこんな姿を見せちゃならねぇ。また泣かせちまう」

 フルフルXフォールドの裾を掴み、必死な表情で懇願するリュカを見てワカは直感した。失われた左足に関係のある人物――最愛の妹に違いない――が拠点にいるのだと。
 歯を食いしばって呟くリュカは、まるで痛みに耐えているかのようだ。だが、血を流した様子は無い。ならばどうして彼はこんなにも苦しそうなのだろう。その原因を推測する。

(“幻肢痛”か……?)

 既に四肢を失っているにも関わらず、幻覚のように痛みを感じてしまうという。義足を破壊されたことで、再び足を失った時の激痛に襲われているに違いない。
 息を荒くしながらも、空を見上げてリュカは口を開く。

「五年前、あいつに言われたんだ。見てみたい花があるって」
「無理にしゃべらない方がいい、傷に障るぞ」
「何か言わねぇと、意識が飛んじまいそうなんだ。それで、オレは依頼のついでにその花を採取してやろうと、【シルトン丘陵】に行った」

 痛みに震える体に必死に打ち勝とうと、リュカは過去を語り続けた。右手を差し出せば、加減できていない力で思い切り握り返される。やはり余裕は無いのだとワカは思う。
 シルトン丘稜。見たことも聞いたことも無い地名だ。以前は別のギルドに所属していたのだろうかと考えながら耳を傾けた。

「そん時の相手は火竜野郎で、だがそいつは規格外の強さだった。体がデカくて、パワーもある、ブレスの範囲も半端無ぇ。そして隙を突かれて……左足を奴に食われちまったんだ」
「…………。」
「直後に駆け寄った二人が、ブレスの爆発で吹き飛んだ。残った一人がオレの体を引きずって、一緒に崖から飛び降りて……森の中に落ちて行った。そいつは崖下に集落があることを知っていたから、どうにかオレを助けようと飛び降りたんだ。……自分の体を下敷きにまでしてな」

 森の中と聞いたワカが思い出したのは、リュカの局地的な高所恐怖症だ。足下が見えない場所に限り恐怖感を覚えていたのは、左足と仲間を失った心の傷が生み出した障害だったのだと。

「目が覚めたら、オレは集落で処置を受けていた。オレの下敷きになったあいつは体を打ちつけて死んじまって……残りの二人も、判別がつかねぇぐらい焼かれちまったらしい」

 目を閉じて無惨な仲間の最期を瞼の裏に蘇らせる。一息つくと目を開き、リュカはそっと近くに落ちていた金属の欠片を拾い上げた。五年間、自身を文字通り支えてくれた、大切な物。

「ちょうどその集落に腕利きの竜人族の技師がいてよ、無くなっちまった左足に合う義足を用意してくれたんだ。あいつらが命を懸けてオレを助けようとした気持ちが奇跡を起こしたのかもな。その時に使われた素材が【歪んだ破片】っていう、バルバレの樹海で手に入る金属だったらしい。そこからだったな、樹海で武器防具の発掘に興味を持つようになったのは」
「……その技師がいる集落は、遠いのか?」
「行ったところで意味が無ぇよ。あのジジイは……去年に病で死んだ。世話になった奴から手紙で教えられた」
「…………。」

 リュカの義足を作った技師の存在を知り、その人物に頼めばと希望を抱きかけたワカだったが、死亡したと言われて落胆する。だが、歪んだ破片という金属が義足の素材となったという情報は大きい。
 今一度リュカの左足を蘇らせることはできないかと必死に考えを巡らせ、一つの案にたどり着く。頼りになる義兄の顔を思い浮かべながら、再び右手を握る。

「リュカ、【ナグリ村】に行こう。土竜族は加工技術に長けているし、樹海で見つかる素材を取り扱うこともできる。きっと、アンタに合う義足を作ってくれる人も……」
「……本当か? リククワには、戻らねぇんだな?」
「約束するよ。俺たちは……“友達”だからな」
「へっ。お前の口から、そんな言葉、聞くなんて、な……」

 友という言葉に力無く笑うと、リュカは静かに目を閉じた。いよいよ気力も尽き果ててしまったようだ。それと同時に、ギャイギャイと生物の声が聞こえ始める。
 リュカにベリオXヘルムを被せ、ワカはブルートフルートを構えた。気配からして小型モンスター。攻撃範囲の広い狩猟笛で蹴散らすことは容易い。だが、現れた群れを見て顔を歪めた。

「バギィか……!」

 睡眠液を吐き出す、ワカの体質にとって天敵といえるバギィ。リーダーを失い路頭に迷っていたところを通りかかったのだろうか。あちこちを見回していたが、ワカたちを見つけると嘲笑うように鳴きながら囲う。
 深呼吸を繰り返し、両手に力を込める。そして金色の瞳がバギィたちを鋭く睨みつけ、勇ましい女性の歌声がエリア中に響いた。



 エリア5の洞窟に引き返したナレイアーナとカゲは、ティガレックスが立ち寄った痕跡が無いか調べていた。臭いや遠くの音だけではなく、目視の調査も行う。足跡や剥がれ落ちた鱗、爪の痕などモンスターが残す落とし物は意外と多い。どうやらこのエリアには見当たらないようだ。

「あの轟竜は、狂竜化とは違う雰囲気を持っていた。攻撃力や素早さが強化されていたのは勿論だけど、正気を失っている気配が無かった。とても“獰猛”な個体だったよ」
「それで撤退しようとして、ああなっちゃったのね」
「僕の所為だ。あの狭い通路はリュカにとっては簡単には通れない道だったのを失念していたよ。閃光玉で動きを封じている間にエリア4に引き返せば良かったんだ」
「起こったことはもう取り戻せないわ。今は無事に戻ることだけを考えるべきよ、カゲ」

 リュカの負傷を自身の判断ミスだと自責の念に駆られるカゲの肩を優しく撫でる。失ったのが義足の左足だったのは、不幸中の幸いかもしれない。右足であったら、彼はディーンと同じくおびただしい出血の末に命を落としていただろう。
 隣接するエリア3へ向かう。ここもティガレックスが通った形跡は無い。不意にカゲがリュカについて疑問点を口にした。

「義手や義足の狩人も少なくはない。けれど、現況のように突然四肢を失い狩猟に支障をきたす虞があるから、高難度の依頼を受注することは出来ない筈。それなのに、リュカは敏腕狩人として活動していた……組織の目を欺くなんて驚いたよ」
「前はミナガルデギルドに所属していたらしいわ。義足になった時に一度ハンターを辞めて、バルバレギルドで再スタートしたらしいの。だから気付かれずにここまで来れたってわけ」

 リュカの過去をあっさりと打ち明けるナレイアーナにカゲは目を丸くする。自分やワカより長くリククワにいることは把握していたが、彼の重大な秘密まで知っているとは。

「その言い分だと、以前から足の事を知っていたようだね」
「リククワができて割とすぐの頃に、順番を間違えてあいつの入浴時間に風呂場に立ち入っちゃって。ちょうどインナー姿で着替えてるところを見たの。左足の太股から先が金属製の防具を付けているみたいだった。お互いにびっくりしちゃったけど、説明を受けた後口止めもされて。でも、アンタやワカには知ってもらった方がいいわよね」

 風に乗って運ばれる音も臭いも、ティガレックスが辺りにいないことを教えてくれた。エリア1も安全だろうと判断し、退路を確認した二人は見合わせて頷く。
 だが、突然少し離れた場所から血の臭いがナレイアーナの鼻孔に届いた。その方角は……。彼女の顔が険しくなる。

「エリア6……リュカたちが!」
「僕が先に行く、援護射撃をお願いね」

 駆け出すナレイアーナに続いてカゲも走る。素早さはカゲの方が上だ。エリア6でモンスターに襲われているのであれば、早急に救助をしなければ。二人の無事を願いながら、懸命に駆けた。



「ぐうぅっ……!」

 堪えるような声を絞り出したのはワカだ。膝をつき左腕から血を流している。その原因は、自らが刺した剥ぎ取りナイフだ。
 バギィの群を狩猟笛で追い払っていたワカだったが、避けきれなかった睡眠液が体に付着し、即座に意識がまどろんでいった。ここで眠ってしまったら、リュカが。そう思ったワカは襲いかかる睡魔に必死に抵抗しながら剥ぎ取りナイフを抜き、左腕に思い切り突き刺したのだ。
 痛覚に敏感なハンターは、体が痺れていようが眠っていようが痛みを感じて自らの命を守るために即座に意識を取り戻すことができる。それはワカも例外ではない。
 全身に伝わるジクジクとした痛みに耐えながら今度はたいまつに火を灯す。この腕では重い狩猟笛を振り回せないため、モンスターが苦手とする火で立ち向かおうとした。

(まだ、数が多い……なんとしてでも追い払わなくては)

 クラクラした眠気が吹き飛んだ代わりに痛みが全身を包み込むが、眠りに落ちて無防備な姿を晒すよりはマシだ。まるで片手剣を振るうかのようにバギィに火をぶつけて退散させていく。

「ワカ!」

 遠くから少年の声が鋭くはしる。クレハがシュンと音を立ててバギィたちの頭上を飛び回り撹乱させている間にカゲは跳躍で瞬時にモンスターの懐に飛び込む。ヘイズキャスターで数匹のバギィを倒すと、群れはようやく散り散りになった。
 安心感からか再び膝を付いたワカにカゲが近寄る。血の出所、そして地面に転がっている剥ぎ取りナイフを見たことで負傷の経緯を悟った。

「なんて無茶な事を……!」
「ごめん、無我夢中で。それより、リュカは無事か。途中で意識を失ってしまったんだ」
「……リュカは大丈夫。レイアもそろそろ来る、彼女と合流したらベースキャンプへ向かうよ」

 ワカが回復薬グレートを流し込んでいると、ナレイアーナが駆けつけた。左腕の傷を見てカゲと同じく叱咤したが、二人が無事であることに安堵し表情を和らげる。
 ナレイアーナがリュカを抱きかかえ、カゲとワカで狼牙大剣を持ち運ぶ。その間リュカが目を覚ますことは無く、またティガレックスとも遭遇せずにベースキャンプに移動した。



 リュカの姿を見たリッシュの顔が一瞬で青ざめたが、事情を聞きなんとか気持ちを落ち着かせて飛行船の舵を取る。全員でナグリ村へ移動しようとした時に、ワカは一人リククワへ戻ると言い出した。

「取りに行きたいものがあるんだ。それに、ナコの力も借りたい」
「勘付かれないようにね。特にイリスには」

 アンタ自身もよ、とナレイアーナが左腕を指していてワカは腕の傷が思った以上に深いことにようやく気が付いた。今もまだ痛む腕は、狩猟笛を担ぐことなどできそうにない。装備も変えなくてはと考えを改める。
 リククワに向かうワカをバルバレで降ろし、リッシュはナグリ村へ飛行船を飛ばした。船室で寝かされたリュカに目を覚ます気配は無い。

「ナグリ村に住む土竜族は鍛冶に長けている。だけど、突然来訪した僕らの頼みを聞いてくれるのかな。ましてや、義足の作成依頼なんて」
「行ってみなくちゃわからないわ。村に戻れない以上、他に頼れる所が無いもの。それに」
「それに?」
「確か、ヌイの妹さんがナグリ村にいるはずよ。リュカは妹さんと面識がある。あの人に頼んでみれば、協力してくれるかも」
「……一縷の望みを賭けて、か」

 椅子に腰掛けたまま、ベッドの上で眠るリュカを見やる。時々うなされており、誰かの名前を呼んでいる。それは妹でもなければリククワのハンターでもなく、遠い過去に失った仲間のものであることを二人は知らない。

「リュカ、絶対に君を助けるよ。それが僕に出来る唯一の償いだから」

 飛行船は、多くの不安とほんの少しの希望を載せて海を渡って行った。

第39話 偽りの左 前編

 飛行船が快晴の空を駆け抜ける。いつも通り船室で待機しているのはリュカだ。だが、今回は『いつも』とは違う事態が起こっていた。ベリオXシリーズに着替えながら、一人ごちる。

「まったく、タイミングが悪ぃよな。村にいたのがオレとカゲだけなんてよ」

 昨夜、凍土調査隊から緊急要請の報せが届いた。狂竜化したと思われる【轟竜ティガレックス】が凍土で暴れ回っているという。遭遇したハンターが数人負傷した上に、縄張り争いに敗北したドスバギィなど、モンスターも無惨な姿で目撃されたことから急を要する事態と見なされた。
 事は凍土調査隊の護衛ハンターが別の依頼を受けて凍土を離れた時に起こった。そして対象の状況から極限化している可能性が高い。そうなると、同じ土俵に立てるのは抗竜石を持つ数少ない狩人たちに絞られる。そこで、凍土調査隊は別ギルド所属でありながら凍土の地形にも詳しいリククワのハンターを頼った。
 ところが、こちらも久しぶりの休暇を与えられたために各自別行動をとっていた。リュカとカゲはリククワで休んでいたものの、ワカは書士隊業務のためにバルバレにおり、またナレイアーナも彼に同行していた。
 様々な要因が重なった結果、拠点にいた二人はリッシュの操縦する飛行船に乗り先に凍土へ向かっている。船室で防具の締まり具合を念入りに確認しながら、ちらと窓から下界を覗いた。凍土の領域に近づいているのか、雪に覆われた森が一面に広がっている。背筋がぞっとする生理的反応から、やはり今も好ましい景観ではないと改めて思った。
 ノックの音が響き、カゲが入ってくる。白く染められたミヅハ真シリーズに身を包む彼も準備は万端だ。左腕に引っ付いているクレハが室内を眺めるように頭をあちこちに向けている。主があまり船室に足を踏み入れないためだろう。

「バルバレに居る二人にも伝えたけど、距離があるから僕らより遅れて到着するだろうね。あまり深追いはせず、皆が集結してから本格的な討伐に臨もう」
「そうだな。轟音野郎は氷海でもそこそこ狩ってるから、狂竜化にだけ注意すりゃあ……」
「狩り慣れてる相手だからといって、油断は禁物だよ。そういう時に隙が生まれ、一気に喰われるんだから」
「お、おう」

 細目のままとはいえ、カゲに一瞬心を覗かれたような気がしてリュカの体が強ばる。彼の言う通り、慢心していたことを自覚し自身の両頬を両手でぴしゃりと軽く叩いた。



 突如凶暴なモンスターが出現した影響か、凍土の空気が緊張で張りつめているように感じられる。普段なら対象の居場所をナレイアーナが把握して伝えてもらっているが、今回は自らの足で探しに行かなければならない。彼女に頼りすぎているな、とカゲは反省した。

「エリア2から探してみようか。凍土の中心部だし、広くて多くのモンスターの通り道でもあるから」
「そうだな」

 エリア1に入るも、普段ならのんびり闊歩しているポポの家族が見当たらない。異常事態に身を潜めたか、あるいは食事を求めたティガレックスに……とリュカの脳裏に悪い想像がよぎるが、軽く頭を振り払拭させる。
 警戒しながら北へ進み、エリア2を見渡す。ティガレックスの姿は見えない。緊張感を保ったままカゲが辺りを調べていると、モンスターの鱗を発見したので拾い上げた。黄色に青色の縞模様が差すこの鱗は、あのモンスターのもので間違いない。だが、何かがおかしい。

「轟竜の厚鱗には違いないけれど……やけに黒ずんでいる。狂竜化した影響なのかな。剥がれ落ちても鱗を変色させているなんて、初めて見たよ」

 狂竜化したモンスターの討伐依頼を幾度もこなしているカゲにとって、変色した鱗は非常に違和感のあるものだった。生命活動が停止すると狂竜ウイルスも鎮静化し、従来の姿に戻る光景を目の当たりにしているからだ。
 ところが、この鱗は体から剥がれ落ちてただの鱗に成り果てたにも関わらず、ウイルスがまだ宿っているかのような不気味さを醸し出している。狂竜ウイルス研究所に提出するべきだろうと考え、ポーチに納めた。
 その時、轟音が遠くで響いた。ティガレックスの咆哮だ。リュカとカゲは顔を合わせる。まだナレイアーナたちが到着していないが、様子を窺う必要はある。

「先に僕が抗竜石を使う。肉質を確認したら、君は攻撃に入って」
「おう、気を付けろよ。随分と馬鹿デカい声出していやがったから、相当暴れそうだぜ」

 コクリと頷き、抗竜石をヘイズキャスターに当てる。クレハも戦闘の予感を感じ取ったのか、しきりに羽を動かしてカゲに準備ができていることを伝えていた。



 声が聞こえたのはエリア7の洞窟からだった。まっすぐ突っ切るようにエリア2を抜けると同時に轟音が響く。天井のつららが音を立てて落下し、地面で砕け散った。
 あまりの音量にリュカはとっさに耳を塞いだが、隣のカゲも同じ行動をとってることに疑問を抱いた。霞龍オオナズチの素材を元につくられたミヅハ真シリーズは風の加護が宿っており、咆哮や風圧をさらりと受け流せるはずだ。
 だが、カゲは明らかに咆哮を防げていない。その理由が彼の体質にあるのではとリュカは考え、尋ねる。

「お前……もしかして地獄耳のせいで?」
「あの咆哮、まるで【大轟竜】並だね。普段の轟竜ならこれくらい平気なのに、耳を斬り裂かれそう」
「大丈夫かよ」
「なんとか。君こそ注意してよね、動きを封じられちゃうんだから」

 カゲがぐっと強く瞑っていた目を開き、洞窟の奥を睨みつける。情報通り、黒いもやに身を包んだモンスターがいた。だがもやは全身ではなく両前足にまとわりついており、妙な形態に二人とも怪訝な表情を浮かべる。
 ハンターの気配に気付いたティガレックスがこちらを見る。やはり他の部位は従来の姿を見せている。今までに無い形態だ。

「極限化する恐れもある。様子を窺って、不利だと判断したら撤退しよう。レイアたちと合流して皆で挑まなくちゃ」
「そうだな……っと、来るぞ!」

 二人を完全にとらえたティガレックスが雄叫びをあげながら向かってくる。強靱な爪は氷の大地にしっかりと突き刺さり、足を滑らせることも速度を遅めることも無くあっという間に距離を詰められた。

「チッ、速ぇ……! ペイントボールを投げつける暇すら無いぜ」

 左右に散って回避したが、ティガレックスの突進は単純ではない。走行途中で前足を踏ん張らせて角度を変えることもあれば、立ち止まって地面を深く抉って岩を削り起こしてぶつけたりと様々な攻撃を行う。完全な隙を見つけなければ、道具を使う猶予すら与えられないだろう。
 先の突進は直進しただけだったが、かなりの速度であり回避が遅れていたら潰されていただろう。このティガレックスは何かが違う。クレハからエキスを受け取り力を蓄えたカゲも不審に思っていた。狂竜ウイルスに侵されている割に錯乱するような行動を取っておらず、確実にこちらを狙って攻撃を繰り出していることも気掛かりだ。

「肉質に大きな変化は無いみたい。反撃に出るよ!」

 背に乗り上げてダウンを狙おうとカゲがヘイズキャスターを地に突き刺そうとしたが、直前にティガレックスが前脚を振り上げたので咄嗟に横に逃げた。

(あれは……!?)

 ティガレックスの前脚に一瞬だが閃光がはしるのをカゲは見逃さなかった。ジンオウガ亜種が放つような龍光ではないが、ハンターの直感が警告を発した。あれは危険だ、と。
 振り返れば、ティガレックスが削り飛ばした氷混じりの岩が壁に衝突して砕け散っていた。氷の壁に窪みができており、威力の高さを物語っている。
 攻撃の隙を見つけたリュカが溜め斬りで頭部目がけて斬りつけた。手応えは上々、攻撃を弾き返される心配は無い。すぐに懐に潜り込み、ティガレックスに踏み潰されないよう転がり抜けた。

「あの野郎、不気味すぎるぜ。狂竜化してるんだかしてないんだかもわからねぇ、だがどの攻撃もやばさがにじみ出てる」
「見て。轟竜を纏っていた靄の場所が変わってる」
「……あ?」

 リュカの傍に駆け寄ったカゲがティガレックスに注意を促す。先ほどまで前脚にまとわりついていた黒いもやが顔を覆っており、まるで狩技を使って力を蓄えているように見える。これ以上の接触は危険だ。ハンターの直感がそう告げている、

「一旦立て直そう。そしてレイアたちと合流を」
「仕方がねぇな。ダメもとで閃光玉を使うぜ」

 成功するかはわからないが、リュカが閃光玉をティガレックス目がけて投げつけた。目映い光はティガレックスの視界を焼くことに成功したようで、悲鳴をあげて頭を振るっている。その間に二人は駆け出した。
 目標は最も出口が近いエリア6。このエリアに繋がる道は人ですら屈まなければ通れないほど狭く、大型モンスターの進攻を妨げてくれる抜け道だ。足の速いカゲが先に通路に滑り込んで洞窟を抜ける。そして左手を出してリュカの到着を待つ。

「リュカ、早く!」
「わかってるっての! ちょっと狭いんだよ、ここ」

 大柄なリュカにとってこの通路はあっさりと通れるものではなく、剥ぎ取りナイフで氷の柱を壊さなくてはならなかった。その間に背後から拘束から解放されたティガレックスが詰め寄ってくる。
 なんとか通れるスペースを確保でき、リュカが身を屈めて右腕を伸ばす。それをカゲはしっかりとつかみ、引き上げる。上半身が通路を抜けた、その時だった。

「うわあああああっ!!」

 目の前のリュカが悲鳴をあげた。恐怖に染まった、初めて聞く叫び声だった。

「リュカ、リュカ! 如何したの!?」
「あ、あぁ、あああっ……!」

 しがみ付いている腕がガクガクと震えている。そして一瞬だったがリュカの体が洞窟へ戻されそうになり、カゲは足を踏み留まらせて腕を強く引いた。

「まさか、そんな……リュカ、何処を……」

 リュカの悲鳴、そして引きずられそうな体。穴の向こう側にいるティガレックスに攻撃を受けたに違いない。顔を黒いもやで覆った形相を思い出す。もしこのまま彼の体に食らいついたら……。
 こんな時にナレイアーナのように力があったら、強引に引っ張れたかもしれない。だが今の自分には、リュカが引きずられないように食い止めるので精一杯だ。

「落ち着いて、リュカ! 状況を説明できない?」
「うあ、あ、あぁっ……」
(こんなにも怯える姿は初めてだ。どうしよう、どうしよう……!)

 目の前のリュカは恐慌状態に陥っているのか、カゲの声も届いていないようで小刻みに震えながら怯えた声をあげている。クレハがしっかりしろと言わんばかりにベリオXヘルムを羽で叩くが、反応は変わらない。

「リュカ! 死んじゃ駄目ぇ!」
「――――!!」

 カゲの叫び声にようやくリュカが我に返った。見えない背後で一体何が起こっているのか、冷静に分析する。カゲに引っ張られてもびくとも動かないのは、ティガレックスに体を貫かれているからだ。だが、それはどこだ。痛みは感じない、ということは。ゆっくりと両足を動かして、確証を得る。

(やられたのは……)

 ふう、と息を吐く。そして顔を上げた。リュカに反応が見られてほっとしたカゲだったが、今にも泣きそうだ。一体どんな想像をしているのだろう。

「カゲ、オレを思いきり引っ張れ」
「無理矢理そんな事をしたら、君の体が傷ついちゃうよ……!」
「気にすんな。“そこ”には何も無ぇからよ」

 ぎゅ、と音を立ててリュカの右手がカゲの袖を掴む。痛みを感じるほどの強さだったが、覚悟の表れのようにも感じたカゲはリュカの体を引き上げるべく力を込めた。

「…………。」

 目を閉じたリュカの耳にバキリ、と嫌な音が届く。その直後、二人は勢いそのまま後方へ転んだ。リュカの重い体に押し潰されながらも、通路を見やる。ティガレックスの鼻先が出ており、荒い呼吸を間近に感じた。

「しつけぇんだよ、この野郎!」

 リュカがこやし玉をぶつけたことでティガレックスが驚き、引っ込む。鳴き声が遠ざかったことからどこかへ去ったようだが、それどころではない。

「す、直ぐに止血を……!」

 急に彼の体が軽くなったのはティガレックスの爪が抜けたからだ。だが貫通して地面に深々と刺さるほどの傷になっているはず。下手をしたら千切れたのではないか。

「――!?」

 横たわる体を見たカゲは、言葉を失った。

 リュカの左足の、膝から下が消えていた。

 大量に散らばっているのは血ではなく、金属の欠片。ベリオXグリーヴの白色だけではない、銀色のそれが粉々になっていた。
 状況を把握するも目の前の光景が信じられなくて、カゲは膝を地に付けたまま尋ねる。

「君、その足は……」
「…………食われたんだよ。モンスターに」

 リュカは体を仰向けに起こすと、弱々しく答えた。

第38話 流離い惑う狩人 後編

「弱点は頭部、もしくは後脚を狙い転倒させるのが定石……でも」

 攻撃をかわしながらクレハを飛ばすカゲが眉を顰める。エキスを抽出できる部位、すなわちさほど肉質が硬化していない場所を探していたが、それは非常に限られた場所だった。距離をとりつつカゲとワカが様子を伺う。

「どちらも硬化している……! 攻撃が通じるのは前脚、尾の根本、そして背中。どこも狙いにくいね」
「カゲ、操虫棍の跳躍で背に乗ることができないか? 転倒させることができれば、攻撃のチャンスが生まれる」
「そうしたいのは山々なんだけど、下手をすると背に乗り上げた時に雷光虫を集めて雷撃を喰らわされる危険性が高い。僕が黒焦げになっちゃうかも」
「……手強いな」

 二人が次の一手を考えている先でジンオウガが振り下ろす右脚をリュカの狼牙大剣が受け止めたが、極限状態により箍の外れた腕力は防御態勢をとっていたリュカの体を後方へ追いやる。
 ナレイアーナが背へ通常弾を放ったことで追撃は免れたものの、大剣を通じてビリビリと伝わる力強さにリュカは驚きと興奮で二の腕を震わせた。

「やるじゃねぇかよっ……! ん、何だありゃあ」

 今度は身を翻して尾から雷光虫弾を打ち出す。雷をまとった弾は従来ならば弧を描いてゆっくりと向かってくるのだが、明らかに違う形相を見せ四人を仰天させた。
 リッシュが告げた赤い玉……まるで亜種が放つ蝕龍蟲のような不気味な光が不安定に宙を漂っている。フワフワと風に揺られるように、だが確実にリュカへ近付いている赤い玉から引き離すべく、カゲがリュカを突き飛ばした。

「リュカ、伏せて!」
「うおっ!?」

 直後にバン、と玉が弾け空中で雷がはしる。二人とも直撃を避けられたが、あの雷撃を浴びれば大きな痛手と共に麻痺させられてもおかしくはない。

「何かに似ている気がしていたけど、思い出したよ。【密林】で見かけた【大雷光虫】だ。突然変異を起こした雷光虫の集合体で、下手に接触すると麻痺するほどの強力な雷を放つんだよ。雷狼竜が極限化したことで、超電雷光虫も変異したんだろうね」
「マジかよ。……げっ、やべぇぞ! 抗竜石が」

 右手に握る狼牙大剣を見やると、既に光は失われていた。しかも、ジンオウガの極限状態は未だ解除されていないという、最悪の状態だ。
 更にジンオウガはリュカたちが距離をとっている間に超電雷光虫を集め、超帯電状態へ移行した。強化を重ねられたことで、リククワのハンターたちはより苦しい展開を迎える。

「すまねぇ二人とも、次を頼むぜ」
「任せて。ワカ、アンタは無茶しないでね。エプサから聞いたけど、あえて雷撃を浴びに行って無理矢理チャンスをつくるような真似はダメよ」
「極限状態の個体にそんなことをするわけないだろうに……」
「アンタならやりかねないから、そう言ってるのよ」
「わかった。……?」

 ナレイアーナに背を小突かれながら抗竜石を手に取ったワカがジンオウガの様子を窺う。超帯電状態になれば攻撃は凶暴性を増す。そのため抗竜石を使うほんのわずかな隙でさえも警戒しなければならないと思っていたのだが、どこか様子がおかしいことに気付き、ワカの動きが止まる。

(まるで疲れているような……いや、今のジンオウガは肉体の限界を超えた状態。疲労なんて感じないはずだ)

 低く身構えながらフーフーと息をしているのは興奮状態にあるからだと考えていたが、どうも違うようでワカは違和感を覚えながらも抗竜石に光を灯した。



 前脚を振り下ろせば雷撃が地を裂き、尾から雷光虫弾を放てば赤く光る不気味な玉が空気を裂く。全員が原種のジンオウガの狩猟は久方ぶりになるものの、攻撃を見極めギリギリのところで回避できるのはG級ハンターの賜物だ。

「いくわよ!」

 リュカとカゲが攻撃をいなす背後で火薬装填を行ったナレイアーナがアスールバスターを構える。狩技により威力を増した通常弾を前脚目がけて放つと、ジンオウガを包み込んでいたもやと超電雷光虫が飛散した。

「極限状態が解除された!」
「よっしゃ、攻めるぜ!」

 通常の状態に戻った今ならば、抗竜石の効果が切れたリュカとカゲも攻撃に参加することができる。のたうち回るジンオウガの頭部と尾に連係攻撃を仕掛けるが、すぐさま起き上がったあげく雷光虫弾を放ってハンターたちを牽制する。
 危険な雷光虫弾からは逃げることしかできない。ジンオウガがこれが相手に有効だと理解した上で活用しているように思えた。

「あんまりこいつを出されるとオレとワカはきついな……カゲは跳んで上から攻めることはできるかもしれねぇけど、尻尾をぶん回されたらまずいし」
「超帯電状態、極限状態、どちらになられても僕等には不利だ。今の内に出来うるだけの痛手を与えなくちゃ」
「そうするしかないな。……ッ!」

 坂を駆け降りる勢いを利用してジンオウガが高く飛び上がり、ワカを狙う。屈んで何かをしていたワカは爪で切り裂かれそうになる寸前で身を転がせて回避し、ジンオウガの体が突然地面に沈んだ。

「落とし穴か!」

 前脚から落ちたために尾は罠に入りきらず、鞭を振るうように振り回して応戦している。そのため頭部側へ寄り攻撃を行ったが、やがて狂竜ウイルスが再び発症するとジンオウガは黒いもやをまといながら飛び上がり、地に降り立った。黒い息を吐きながら低く身構えている。

「くそっ、もう元に戻っちまった……まだこっちの抗竜石は使えねぇってのに!」

 リュカの右手にある心撃の抗竜石の光は未だ失われたまま、ナレイアーナたちの抗竜石の効果も切れてしまう。全員の抗竜石が使用不可能になった以上、部位を的確に狙わなければ攻撃を阻まれて大きな隙を生む。四人に緊張がはしった。

「……ワカ、雷耐性上昇の旋律を吹いて」

 カゲがヘイズキャスターを構えながらワカに伝える。言われるがままワカはブルートフルートを構え、女性の歌声が見えない障壁となって四人の体を包み込んだ。
 先頭に立った少年は目を閉じ、深呼吸を繰り返す。神経を研ぎ澄ませ、操虫棍を高く振り上げると頭上で回し始めた。狩技を放つのだとリュカたちは直感し、出方を窺う。
 氷の地面にヘイズキャスターを突き刺し、ぐっと力を込めるとカゲの周囲に青く輝く小さな光が集まり始めた。それは光をまとう虫たちで、集結して一つの大きな光になるとカゲを守るようにふわふわと舞う。

「狩技、【虫纏い】! これから雷狼竜の背に乗り上げるから、レイアは援護射撃をお願いね。リュカとワカは転倒させられたら追撃を!」

 まっすぐ前を見つめ、背後にいるリュカたちに向かって叫ぶ。力強く地を蹴り、操虫棍の跳躍を行うと低めに飛び、ジンオウガの帯電毛にしがみ付いた。
 ジンオウガは抵抗するべく超雷光虫を呼び寄せてカゲにぶつけようとするが、狩技で現れた光の虫が対抗するかのように衝突し、光が弾け跳ぶ。その間にカゲは剥ぎ取りナイフでジンオウガの背を切りつけ、ナレイアーナはジンオウガの動きが止まったところを見計らって弾かれない部位を攻撃する。

「やああっ!」

 剥ぎ取りナイフを両手で持ち、深々と背に突き刺すとたまらずジンオウガが転がった。リュカとワカが駆け寄り硬化していない背を狙う。だが攻撃を行えたのもほんの僅かで、すぐに態勢を立て直されてしまう。唸り声をあげて睨みつける様子から、まだまだ戦えるようだ。
 対してリククワのハンターに残された手札は少ない。再使用まで時間を要する抗竜石は未だリュカたちの分ですら回復しておらず、攻撃は回避に専念することでだいぶ神経を消耗している。長期戦になればなるほどこちらが不利だ。カゲが呼び集めた光の虫も効力を失い、宙へ飛び去っている。
 一度態勢を立て直すべきか。ワカとカゲが目配せをしていると突然ジンオウガの体が揺らいだ。狂竜ウイルスの影響で裏返ったような声をあげ、踏ん張ったジンオウガ自身も異変に戸惑っているのか頭を振っている。その動作を目の当たりにした四人は呆気に取られていたが、ジンオウガが背を向けて坂を上りエリア9へ駆け抜けるのを見て我に返った。

「どうしたのかしら……? まるで、苦しんでるみたいだった」
「観察眼で何か見えたか、ワカ」
「…………。」
「おい、どうした」
「……あ、ああ。まだ、だと思う」
「極限状態なら見極めが難しいんだろうね」
「……そうだな」

 のんきな返答をしながらも、カゲはワカの些細な変化を見逃さない。平静を装っているつもりのようだが、微かに動揺している。一体、彼は何を視たのだろう。

「せめてもう一回罠を仕掛けて、チャンスをつくりたいところだな」
「カゲ、お前の落とし穴を俺にくれないか」
「了解。だけど罠だけじゃまだ足りない、大打撃を与える方法が必要だね……ねえ、ちょっと作戦があるんだけど、聞いてくれる?」

 何かを思いついたカゲが三人を寄せ集め、内容を伝える。聞き届けた仲間たちの反応は三者三様だ。

「すげぇことを考え付くな、お前。おもしれぇ、やろうぜ」
「いくらなんでも無茶苦茶じゃないか? もう少し安全な策を……」
「でも、今はカゲの作戦が一番効果的だわ。やろうよ、ワカ」
「……カゲ、指定の位置に」
「了解」

 ヘイズキャスターを背に戻したカゲはエリア9ではなくエリア6へ姿を消す。意を決した三人はエリア9で待ち構えているであろうジンオウガの元へ行き、再び武器を抜いた。



 死力を尽くすかのように、ジンオウガの攻撃は更に苛烈になっている。それでも隙を狙っては反撃に出る三人だったが、やがて防戦一方になり劣勢と感じ徐々に後退を始める。
 獲物を逃がすまいとジンオウガは追撃の手を止めない。雷光虫弾を放ち、自身の爪でハンターたちを狙うが、ワカが奏でる雷耐性上昇の旋律がダメージを最小限に抑えていた。身を転がしながらリュカが後ろを振り返る。まだ洞窟の入口は見えない。

「くそっ……あとどれくらいだ」
「もう少しでエリア3に入るわ」
「二人とも、持ち堪えてくれ。俺は先に行く」
「おう」

 背後を気にしつつ、牽制をし合うリュカとナレイアーナに生命の粉塵を散らして癒しながらワカが離脱する。残された二人は攻撃をいなしながら引き下がり、エリア3へジンオウガを誘い出す。

「……行くわよ、リュカ。走って!」

 ジリ、と音を立てて二人がエリア6方面へ下がっていく。そして背を向けると一目散に駆け出した。ジンオウガは二人を追うように四つ足で地を踏み、凄まじい勢いでやって来る。
 リュカたちは一足先に洞窟に戻ったワカの横をすり抜け、ジンオウガは目の前で待ち構えていた動かない獲物に標的を切り替えた。前脚を高く振りかざしながら飛び上がり、雷を纏った剛爪がワカを切り裂こうと襲いかかる。
 だがワカも決死のダイブをして攻撃を回避し、足下に仕掛けられていた落とし穴にジンオウガの体が沈むかのように思われたが、穴に落下する寸前に縁に後脚をかけて高く飛び上がった。極限状態のモンスターに罠は通じない。だが、それを利用した一手だった。

「カゲ……決めてくれよ」

 リュカが呟くと同時に、洞窟の天井から何かがジンオウガの頭上目がけ降ってきた。まるでつららが落ちるかの如く、細く鋭い刃がジンオウガの背を貫く。ヘイズキャスターの柄を下に向けたカゲが空襲を行ったのだった。
 空中で体勢を立て直せなかったジンオウガはカゲの一撃を浴び、悲鳴をあげる。抵抗されると思ったカゲは両手でしっかりとヘイズキャスターを握り、地面に落下したジンオウガの背に深々と突き刺したが、自身の周囲を飛び去って行く雷光虫に気付く。今にも絶命しようとしているのだと。
 もやも薄れていき、その後ジンオウガが立ち上がることは無かった。ようやく達成された討伐に緊張感が解けたが、カゲは納得のいかない表情を浮かべる。

「……剥ぎ取りナイフを刺した場所に、抗竜石の光を宿した一撃。正直、これだけで討伐できるとは思わなかったんだけどな」
「結果オーライってやつだ。やったな、カゲ」

 リュカが右手の親指を上げて肯定する。先にエリア6へ戻ったカゲは氷の壁を伝って巨大なつららに剥ぎ取りナイフを突き刺して張り付き、ジンオウガが真下に誘導されるのを待っていた。
 極限状態故に罠は効かないと把握した上でワカが落とし穴を仕掛けて囮となり、罠を回避した隙を狙って奇襲をするのがカゲの考えた作戦だった。

「この後オレも攻撃する予定だったが、なんつーか拍子抜けだな」
「……いや、このジンオウガは瀕死だったんだ」
「えっ? でも、アンタさっきまだ見極めができていないって」

 ゆるゆるとワカが首を横に振る。討伐を終えたというのに、表情はとても苦々しい。まるで本当は討伐などしたくなかったかのようだ。

「確証が持てなかったんだ。俺が普段視る幻影は、モンスターを食らおうと淡々と狙っている姿。でも、今回は既に幻影がジンオウガの体に食らいついていた」
「それじゃあ……あの子は、死んじゃう寸前だったの?」
「イララの最期を覚えているか? イララは極限状態を迎える前に息絶えてしまった。狂竜ウイルスに体を蝕まれ、肉体が崩壊したんだ。それと同じことが、このジンオウガにも起こった。冷気に弱いにも関わらずここで暴れ回ったことも、負担をかけたに違いない」
「そもそも、こいつがここへ来た理由って何だったんだろうな? そこからまずわかんねぇよ」

 ワカは無言のままジンオウガの遺骸に近付き、膝を付いてそっと帯電毛に触れる。その行動に、三人はワカがジンオウガというモンスターに対し特別な感情を抱いているように見えた。

「狂竜ウイルスに侵されたことで判断能力が鈍ったのか、何か目的があったのか、亜種に進化を遂げようとしていたのか、誰にもわからないさ。それでも、答えを探し求めるのが書士隊なんだろうな」

 帰ろう。立ち上がったワカはそう告げると洞窟に背を向けて歩き出す。三人は思わず顔を見合わせるが、つられるようにエリア6を去った。
 謎を残したジンオウガの氷海出没であったが、この数日後、新たな謎がリュカたちに襲いかかることを彼らはまだ知らない。
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