狩人話譚

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第42話 獲物は宙を舞えるか 後編

「――――!」

 ザボアザギルが突然咆哮をあげた。その視線はワカに注がれており、さすがの彼も気付いたのか釣り餌を引き上げて巨体を見上げる。
 霧はまだ晴れていない。だが、確実にザボアザギルはワカの姿を捉えている。すぐに釣り竿をしまい、ワカはエリア1に姿を消す。ザボアザギルは後を追う気は無いようだ。
 すぐ傍にはリュカたちもいたが、彼らには気付いている様子は無い。パティナはナレイアーナの後ろに隠れながらも間近で見る大型モンスターに興奮しているようだが、ザボアザギルは何事も無かったかのように湖を離れてしまった。

「……一旦、エリア1に戻ろうぜ。あいつと合流だ」
「そうね」

 予想しなかった展開に呆気にとられつつリュカたちも移動すると、かつてクリフが破壊した氷の柱の陰に潜んでいたワカが姿を見せた。

「まさか気付かれちまうなんてな。お前、なんか匂いするのつけてたか?」
「いいや、何も」
「餌である釣りカエルを泳がせていたからかな。僕らには目もくれなかったし」
「…………。」
「あの、大丈夫ですか?」
「……襲われてはいないから、平気だ」

 ザボアザギルに発見されたことに対し動揺しているようなワカの気配を察したパティナが声をかけるが、首を横に振られるだけに終わる。

「アンタってモンスターに見つかる才能あるものね。離れていても気付かれた時は、モンスターからしたらどれだけおいしそうな匂いがしているのかと思ったくらいよ」
「レイアは人の体臭を感知出来ないの?」
「悪いけど、体臭ってのは判別できないのよね」

 隣接するこのエリアにまで追ってこないということは、ザボアザギルの警戒心はさほど強くないようだ。時間をおいて再び移動すれば自分たちの存在など忘れているに違いない。そう読んだハンターたちは様子を伺いながら再度エリア2へ足を踏み入れた。……ところが。

「だーーっ! なんで見つかるんだよ!? けむり玉は使っただろうが!」

 慌てて引き返しながらリュカが非難の声をあげる。彼の言う通り、ザボアザギルに見つかる前にけむり玉を使用して再び濃霧に姿を隠したというのに、再び発見されてしまったのだ。
 五人はやむなくエリア1に戻る。今回は釣り糸を垂らすことすらできなかったワカはどこか消沈している様子だが、構わずリュカがワカの両肩をつかんだ。

「お前さ、前世ポポとかだったんじゃねえの? おいイアーナ、ちょっと匂い嗅いでみろよ」
「薬草の匂いぐらいしかわからないわね」
「作戦を変更しよう。ワカ、釣り竿をリュカに。どうも君自身があの化け鮫にとって格好の餌みたいだから」
「……ごめん、頼む」

 釣り竿をリュカに託し、ワカはベースキャンプに行くと告げた。何か他の策を考えるつもりのようだが。二番手の漁師となったリュカだが、釣りの経験はほとんど無い。それはナレイアーナも、カゲも同様だ。

「なんだかすみません……慣れてないことを依頼してしまって」
「気にしないで。受注条件に“釣りに慣れた狩人”なんて、そうそう書けないだろうし。リュカ、今度こそ飽きたなんて言っても駄目だからね?」
「……おう」

 堪え性の無い、だが力自慢のハンターが化け鮫漁に臨む。不安と希望を胸に抱き、パティナは三人の後を追った。



 ベースキャンプに停めている船で待機していたリッシュがワカに気付く。しょぼくれた様子に、一体何があったのだろうかと不思議に思い首を傾げた。

「お疲れさまです、ワカ。何かあったのですか?」
「……戦力外告知を受けたってところかな」

 ワカの発言を受けてなんとなく察する。以前から彼は何故かモンスターに発見されることが多いため、釣りが目的の今回は足手まといになってしまったのだろう。
 船を降りる時は釣り竿を手にやる気を見せていただけに、今の消沈っぷりがなんともワカらしくないが、笑ってごまかせることでも無いためリッシュは複雑な心境になる。

「あの、ワカ。海の向こう側の大陸にある【アステラ】という拠点では、狩猟に特殊な装備を用いる手法が流行しているそうなんです」
「特殊な装備? どんなものなんだ」
「マントのようなもので、羽織ることで効力を発揮できるそうです。様々な装備が開発されているようですよ」
「……リッシュちゃん、その話が今と何の関係が?」

 脈絡の無い話を聞かされて今度はワカが首を傾げた。リッシュはアイテムボックスに手を伸ばすと、『それ』を取り出した。
 頭からすっぽりと覆えそうな大きいマントの布地に、たくさんの葉が取り付けられている。これに身を包んで森の中に飛び込めば、たちまち自然の一部に溶け込むだろう。

「特殊装具の一つ、【隠れ身の装衣】です。サンプルとしてバルバレギルドに届いたものの一つを、調査に有効活用できるのではないかという理由でリククワが頂戴しました。身に付けることで、モンスターの目から隠れることができるそうですよ」
「それはすごいな。俺が装着しても効果を発揮できればいいんだけど」
「これもまた実験です。だけどこのままでは青々とした葉がかえって目立ってしまうので、リククワ流に加工するべきだと思います。ワカ、手伝ってください」
「ああ」

 手先が器用なリッシュと知識豊富なワカが手を組み、リククワ仕様の装衣へ生まれ変わらせる改造計画が始まった。



「…………。」

 じっと、湖を泳ぐ釣りカエルを見つめる。釣り竿にかかる重みに変化は無く、寒風が体温を徐々に奪っていくのを感じ始めた。いくら寒さに強いリククワのハンターでも、一歩も動かずその場に留まっていては身を凍えさせるだけだ。
 周囲に目を配るパティナの手には三本目になるホットドリンクが握られている。ベースキャンプに予備はあるが、規定時間内にザボアザギルが釣り針にかかるのだろうかとリュカが不安を抱き始めたその時、突然釣り竿がグンと引かれた。

「うおっ!?」

 素っ頓狂な声をあげて慌てて釣り竿を持ち直す。リュカの反応にナレイアーナとカゲが体を持っていかれそうになっているリュカを支えた。三人がかりでなんとか押さえているが、かなりの力で引っ張られている。

「この感じだと漸くじゃないかな? パティナ、今度こそスケッチの用意をしてね」
「わかりました、みなさん頑張って……!」

 湖面に釣りカエルを引きずり込んだ波紋が広がっているが、ザボアザギルの姿は見えない。釣り竿は大きくしなるも折れることなく堪えている。このまま根比べになりそうだが、一対三といえど重量の差は大きすぎる。焦りからリュカが叫んだ。

「やっぱ釣り竿で大型モンスターを釣るって無理あんじゃねぇのか!? めちゃくちゃ重くて引き上げらんねえぞ!」
「文句言わないでなんとか引っ張るのよ! ……って、けむり玉切れてるじゃない、まずいわ」

 釣り竿に手をかけていたナレイアーナが晴れやかになった周囲の異変に顔をしかめる。けむり玉が切れれば、遠くにいたスクアギルに気づかれてしまう。
 こちらはザボアザギルを釣ろうと必死になっているのに、邪魔をされてはせっかくのチャンスが台無しだ。攻撃手段を持たないパティナはハンターとスクアギルを交互に見やり、頭を悩ませる。

「むやみに引き上げようとしても力比べになるだけで、体力を無駄に消耗する。時には相手の動きに合わせて泳がせるのも重要だ」
「なっ!?」

 突然隣から声が聞こえたので驚いて顔を向けるも、そこには何も無い。が、よく見ると氷の大地にとけ込んだかのような白い塊がある。いつからそこにいたのかもわからないほど、自然に存在していた。
 それが少しだけ動くと、やや色白の肌が見えた。フードとマスクにより目元しか見えていないが、金色の瞳と目元のフェイスペイントは間違いなくワカだ。

「なんだ、その格好? 保護色すぎんだろ」
「今はザボアザギルを釣る方が先だ。カゲ、けむり玉の再使用を頼む。ナナちゃんは釣り竿のもう少し上の方を押さえて」

 再び濃霧が周囲を包み、スクアギルから姿を隠す。更にワカに指示された箇所を支えることで、リュカの体にかかる負担も軽減された。
 水中の戦いは数分に及び、一瞬ザボアザギルが動きを止めたのをワカは見逃さなかった。力を込め、リュカの体ごと反るように釣り竿を動かす。
 湖面からザバザバと大きな水音と波しぶきが起こる。糸の先に食いついていたザボアザギルの口が見えたと思ったのも束の間、巨体は空を舞った。

「!」

 頭上に逆光を浴びたシルエットが見える。だが、その位置が自分たちの真上だと理解したハンターたちは慌てて散り散りになりその場から逃げた。
 四人がいた場所にザボアザギルが背から落ちる。パニックになっているのか、仰向けでじたばたと短い手足を動かしている姿をハンターたちが見つめる。『ザボアザギルは、釣りカエルで釣ることができる』。そのことをリククワのハンターたちが立証した瞬間だった。

「…………!」

 パティナは歓喜の声をあげるのを堪えて懸命に筆を踊らせる。ザボアザギルが起きあがるまでが勝負だ。細かい箇所は後回しにし、のたうち回るモンスターの姿をスケッチブックに残そうと必死に描きあげた。

「ザボアちゃんが起きたわ! ワカ、パティナをベースキャンプに連れて行って」
「次の目的は捕獲だから、君の観察眼が必要だよ。すぐに復帰してね」
「了解。行こう」
「はい!」

 渾身の一枚が描けたのだろう、パティナは潔くスケッチブックをしまうとワカと共にエリア2を去った。正気を取り戻したザボアザギルはリュカたちを見つけ、氷の鎧をまとう。ここからは、普段通りの狩猟だ。

「面白い姿を見させてもらったわ。次は寝顔をスケッチしてもらったらどう?」

 ナレイアーナが冗談っぽく言うが、この数十分後、実際に捕獲麻酔玉で眠らされた姿をパティナに描かれることになる。



「皆さん、今日は本当にありがとうございました。あんなに間近で大型モンスターをスケッチできるなんて、とても素晴らしい経験になりました」
「オレたちも面白い体験ができたぜ。ありがとよ」
「いつかパティナの絵が図鑑に載るのを楽しみにしているからね」
「はい、アタシ頑張ります! それでは、失礼します」

 パティナが飛行船に乗るのを見送り、空へ浮かぶと手を振って別れを告げた。
 それから少し年月を経て新装されたモンスターの図鑑が世に出回るのだが、ザボアザギルの項目に『未発見時に釣りカエルを使うと釣り上げることができる』との一文が追加され、ページの隅には仰向けにひっくり返っているザボアザギルの絵が描かれていたという。
 更にその絵には、ザボアザギルの傍で釣り竿を持った数人のハンターが尻餅をついているのだが、彼らのモデルがリククワのハンターであることを知る者はほとんどいない。



 ザボアザギル漁を終えた夜、リュカは何の気無しに屋外へ出ていた。散歩を気軽にできる気候では無いため、すぐに戻るつもりではあったが、ふと誰かの声が聞こえて足を止める。

「……旦那さんなら大丈夫ですニャ。きっと……ますニャ」
「ああ、そうだな。……ないとな」
(ワカとモーナコか。暴風野郎の氷像の所にいるのか?)

 拠点の中心部にそびえ立つクシャルダオラの氷像。リュカのいる位置は像の背側だが、反対側には腰掛けるスペースがありリュカも何度か座ったことがある。
 個人的な会話を盗み聞きする趣味は無い。部屋に戻ろうと踵を返したその時、風が強く吹いてワカの言葉が耳に届いた。

「俺が、密猟者……、だからなのかな」
「…………は?」

 思わず小声で呟いて振り返る。風は逆風になり、その後の会話は途切れてしまった。だが、確かに届いた声はリュカの心を激しく揺さぶった。ドクドクと鼓動の音がうるさい。
 密猟。正当な理由を持ってモンスターの討伐を行うハンターの道を大きく外れた行為。それを彼は自ら口にしたのだ。

(あいつが、密猟者? そんなわけ……)

 自身の耳を疑ったが、ワカはイャンガルルガの幼体を密猟しかけた過去を自白したことがある。あの時は同じことをしようとした自分を納得させようと語っただけだと思っていたが、先の発言を聞いてから思い返すと妙に気にかかった。
 加えてこのリククワに召集したハンターは、皆何かしら深い事情を抱えている。記憶喪失や偽名が浸透した程度ではないものを隠しているのではないかと疑った時期もあったのだ。
 それでも、ワカはリククワの大事な一員であり、また友でもあるとリュカは考えている。真意を尋ねようとクシャルダオラの氷像に近づいたが、既に二人の姿は無かった。随分と長い間動揺していたようだ。

「マジかよ……」

 手で顔を覆い、大きくため息をつく。信じがたいが、確かにこの耳で聞いた言葉は嘘ではない。

 冷たい風が、夜空の雪を舞わせる。

 リュカがこのことについて何も追究できないまま、『運命』の時を迎えた。

第42話 獲物は宙を舞えるか 前編

 晴天の下、リククワのハンターたちが拠点の入口で客人の来訪を待っていた。イリスの話によると同期の書士隊員らしく、リッシュの駆る飛行船で迎えに行っている。
 リュカはその人物を知っているのだろう。妹が連れてくる同僚が異性ならば露骨に態度に出るが、変化が見られないことから女性に違いないとワカは推測した。
 やがて推測通り、薄緑色のルメッサシリーズを着た女性がイリス、リッシュと共に姿を見せた。漆黒の艶やかな長い髪を後頭部のてっぺんで結い、風に吹かれて動物の尾のように揺れている。彼女は眼鏡をかけており、書士隊という身分も相まって知識人の雰囲気を醸し出していた。

「私の同期で友人の【パティナ】です」
「パティナといいます、皆さんよろしく」

 律儀に頭を下げるとイリスがパティナの頭についた雪を軽く払う。ありがとうと礼を述べ、パティナは自らの立場を明かした。

「アタシはモンスターの模写を専門にしています。まだ駆け出しだけど、いつかは【サー・ベイヌ】様のように素晴らしい成果を挙げられる書士隊員を目指しているんです」
「何だぁ? そのサーベイヌって奴は」

 人の名前だと理解できたが、突然聞いたことの無い名を挙げられてリュカは首を傾げた。その人物を知っているらしいワカが隣で説明を始める。

「“サー”は騎士に与えられる爵位。モンスターのスケッチが得意で、彼の描く絵は全て特徴を的確に捉えているらしいな。ラージャンを初めて絵に起こしたのもベイヌ氏だそうだ。かき集められた目撃情報を総合して描いた姿は、頭部の角や激昂状態に見られるたてがみなど本物と一致するものもあったとか」
「へー、想像だけでそこまで描けるなんてセンスあるわね」
「モンスターの書籍に描かれている絵を手がけているのが、アタシの所属する部署です。まだ見習いだから、先輩たちの描いた絵を模写して腕を磨くのが精一杯で……」

 そう言いながらパティナが腰ポーチからスケッチブックを取り出す。パラリとめくるとそこにはリオレウスやティガレックス、ナルガクルガといったモンスターの全身図が描かれていた。躍動感のある構図は、まるで生きている彼らの一瞬を切り取ったかのようだ。

「模写とは言え、見事な再現度の高さだね。彼らと対峙している僕等には分かるよ。これほどまでに的確に描かれているなんて流石は書士隊だね。……あ、此処にも書士隊が居た」
「……俺はスケッチは専門分野じゃないからな。あくまでモンスター調査の補助が役割だ」
「つってもよぉワカ、何かの時にサッと描ければ便利じゃねえか? いくら記憶力が良くても絵心が無ぇってのは……や、悪い」

 絵心の無いワカのコンプレックスを刺激してしまったのか、金色の瞳がじっとリュカを見ている。睨みつけるほど顔には出ていないが、明らかにへそを曲げたようだ。
 その視線から逃れるようにパティナのスケッチブックをパラパラとめくると、人のスケッチ画が目に入り思わず手を止める。モンスターの絵の中に人が描かれていたからではなく、よく知る人物に似ていたからだ。

「セラ……?」
「イリスから話を聞いて描いてみたんです。実際に調査の護衛でも会いました。でも、その時の調査で……」
「兄さん、パティナがセラさんのことを手紙で教えてくれたの。セラさんの現状も伝えてる」
「そうか、よく似てるぜ。つーか当然だけど、人を描くのも上手いんだな」
「ありがとうございます」

 パティナがはにかみながらスケッチブックをしまう。依頼内容は氷海に向かう途中で説明することにし、船に乗って海を渡る。



 ケルビの毛皮のマントを羽織り、ホットドリンクを一口飲んだパティナの発言を聞いたリククワのハンターは目を丸くする。まさかそんな依頼だとは、と全員が驚いた。

「鮫野郎を、釣る……!?」
「大型モンスターの中には、釣り上げることが可能な種類がいます。魚竜種の【水竜ガノトトス】や海竜種の【灯魚竜チャナガブル】、【潜口竜ハプルボッカ】などは立証されていますが、この度両性種の【化け鮫ザボアザギル】も釣れるのではないかという仮説が立てられて……」
「チコ村の住人が投網の装置を使ってガノトトスを釣り上げていたな。今回もああいう機械を使うのか?」
「それが……」

 申し訳なさそうに顔を俯かせてパティナが取り出したのは釣り竿。通常のそれよりは多少加工されているのか、頑丈そうな金属製のロッドにリールが取り付けられている。ザボアザギルの姿を思い浮かべてからこの釣り竿を見ると、本当に釣り上げられるのかと疑念を抱く。

「これで釣れってこと? こんな釣り竿でザボアちゃんの体重に勝てるのかしら」
「その点も含めて調査をすることになっています。あと、けむり玉も支給されました」
「成る程。見つからない様に身を潜めて釣り糸を垂らし、獲物が掛かるのを待つってことだね。大掛かりな漁に為りそうだ」
「パティナ。それ、よこしな」

 リュカは釣り竿を受け取ると流れるようにワカに手渡した。思わず手に取ったが、どうして自分に渡したのかわからないという顔をしているので、指をさしながら理由を語る。

「お前、釣り上手かったろ? 村の近くの海で魚釣ったりするって聞いたことあるぜ」
「通常弾に使うはじけイワシね。前にオンプウオの刺身を食べたけど、あれは釣りたてで新鮮じゃないとさばけないってモリザお母さんが言ってたわ。あれもアンタが釣ったのね?」
「そうなんですか? ワカさん」
「釣り上手というほどではないけど、チコ村で世話になっていた時、よく釣りをしていたからな……とは言え、大型モンスターを釣ったことは無いから、上手くやれるかはわからないぞ」
「兎に角、挑戦してみようよ。堂々とこんな事が出来る機会なんて、滅多に無いんだから」

 大型モンスターの釣りに興味があるのか、カゲが釣り竿を眺めながらワカを促す。困ったように笑いつつも、ワカは任せてくれ、と答えて釣り竿を強く握りしめた。

「ところで、釣り餌は?」
「ガノトトスの例にのっとって、【釣りカエル】を用意しています。氷海でも採取できるそうなので、もし不足しても補充が可能かと」
「そろそろ着きそうね。スケッチをするならパティナもついて来るってことよね、この子の護衛もしなくちゃ」
「よろしくお願いします」

 通い慣れた氷の山々が見えてくる。ザボアザギルを釣り上げ、その様子をパティナがスケッチする。スケッチを終えたらザボアザギルの捕獲に移るのが今回の依頼内容だ。
 化け鮫を相手取るのは手慣れたものだが、問題は釣りを成功させられるかどうかだ。ワカの釣り竿を握る手に力が入った。



「はあああああっ!!」

 気迫のこもった女性の声が響く。潰槌ハリセンボンが勢いよく振り回され、二度回転させるととどめと言わんばかりに自身も体を大きく捻り、思い切り叩きつけた。
 頭部に直撃を受けたティガレックスは悲鳴をあげて崩れ落ちる。目の前のハンターに向けて前足を振り上げるが、その場にバタリと落ちるだけに終わった。ハンマーを背に戻したパイが白い息を吐き出す。

「お疲れさま。いい一撃だった」
「すごかったっス。今のって狩技っスか?」

 傍に陣取っていたクレイド、クリフ兄弟が駆け寄る。ここは凍土、彼らはリュカたちが敗北を喫したあの凶暴なティガレックスの討伐に挑んでいた。二人の笑顔につられてパイも喜びを露わにする。消極的な性格のため、照れ笑いのような表情だが。

「は、はい……【スピニングメテオ】と、いいます」
「ナイス狩技っス! ……にしても、」
 
 動かなくなったティガレックスをクリフが見つめる。顔や前足、時には尻尾にもまとわりついた不気味なもやは見えない。命を落とすと同時に消滅したのだろうか。

「このティガレックス、とんでもなく強かったっス。最初から最後までキレっぱなしだったし」
「狂竜ウイルスとは違う感じがしたな。君のハンマーの攻撃を受けても疲労する気配が無い程、とてもタフだった」
「抗竜石が効かなかったのも、不思議です。ウイルスとは違う、何かが、体に影響を……」
「んー、本当は捕獲できれば良かったんだろうけど、そんな余裕無かったっス。こっちは一人欠けちまったし」
「剥ぎ取りを終えたら、ベースキャンプに戻りましょう。メイが、待っています」

 雪山の護衛ハンターである二人が凍土にいるのは、クレイドからの頼みだった。クイン、エプサが不在時にティガレックスの出没情報が届き、リククワのハンターも既に依頼を受注していると知ったために依頼をしたのだ。
 クレイドは遠方から駆けつけてくれた護衛ハンターに頭を下げ、礼を伝える。倣うようにクリフもお辞儀をした。

「君たちが来てくれて本当に助かった。他に頼める相手がいなかったから」
「こちらこそ、力になれて、良かったです。同じ寒冷地の護衛ハンターを、失いたくありませんし」

 おどおどしながら答えるパイだが、クレイドには彼女の言葉の裏側に何かを隠しているのを感じられた。まるで、既に同胞を失った経験をしたかのような。

「あの子は大丈夫なんスかね?」
「大事をとって、撤退させました。怪我自体は、さほど、酷くありません」
「それなら安心だが……。とにかく、戻ろうか」

 ベースキャンプに戻るとテントで休んでいたメイが三人を見つけ、左手を挙げた。利き腕の右手は厚い包帯で巻かれ、動かすのが億劫なようだが体調に問題は無さそうだ。

「お疲れさま。その様子だと、討伐に成功したみたいだね」
「おかげさまで依頼は完了した。協力に感謝する」
「礼はアタシじゃなくて、その子に言ってやって。アタシが離脱しても、やってのけたんだろ? パイ、がんばったね」
「メイ……」

 メイは予想以上の速度で迫ったティガレックスの爪に腕を傷つけられ、武器を手にすることが困難になった。その上、あの獰猛なモンスターが相手ということから、撤退しベースキャンプでの待機を余儀なくされた。にこりと笑って親指を立てるメイに対し、パイは嬉しさから頬を赤らめる。

「剥ぎ取った鱗や殻はギルドに提出しようと思う。書士隊などに分析してもらうことで、少しでも原因解明に繋がればいいのだが」
「それがいいだろうね。あんなのが凍土以外でも現れたら、犠牲者が増える危険性がある。そうなる前に、情報を提供して共有を求めるのもハンターの勤めさ」
「了解っス。あっ、リュカたちにも教えてやらなくちゃ。討伐できなくて引き上げちまったらしいから」
「メイ、立てますか? ユクモ村に、帰りましょう」
「平気だよ。ちょっと観光してからポッケ村に戻ろうか」

 凍土で一つの大きな狩猟が終わった頃、氷海ではある意味大きな狩猟が始まろうとしていた。



 氷海で釣りができるのはエリア2だ。パティナを連れた四人のハンターはエリア1で釣りカエルの採取場所を確認した後に、彼女を誘導する。
 数匹のスクアギルがうろついているが、お目当てのザボアザギルは見当たらない。ナレイアーナの嗅覚によれば、ここからだいぶ離れたエリア6にいるようだ。

「洞窟のエリア6じゃ釣りはできねぇしなぁ……こっちにおびき寄せるってのも面倒だ」
「どうしようか、ワカ」
「獲物がかかるまでは時間がかかる。釣りはそういうものだから、辛抱強く待つのが一番かもな。下手に遭遇して興奮させては、釣りどころではなくなりそうだ」
「アタシたちは平気だけど、パティナには限界があるからね。無理せずいきましょ」
「了解。取り敢えず、小型モンスターを駆除しておこうか。明らかに此方を見ているし」

 カゲが言葉を言い終えると同時にスクアギルが飛びかかってきたが、ヘイズキャスターでその体を切り裂く。近くにいた小さなスクアギルに切っ先を向けると、脅威と感じたのか側の穴に飛び込んで水中へ逃げた。

「こんなものかな。それじゃワカ、釣りカエルを餌に釣り糸を垂らしてみてよ」
「パティナ、けむり玉をちょうだい。モンスターに見つからないようにするわ」
「わかりました」

 ワカが釣りカエルを釣り針に取り付ける動作は手慣れており、軽く釣り竿を振るって釣りカエルを湖に浮かばせる。異物の乱入にカクサンデメキンやバクレツアロワナといった魚たちは退散した。
 けむり玉が発した濃厚な霧に身を隠し、ひたすら湖面を見つめる。釣りカエルが湖を悠々と泳いでいる姿を眺めるだけの時間は、落ち着きの無い二人には苦行でしかなかった。ナレイアーナの口から欠伸が出る。

「なんにもしないで突っ立ってるのって、こんなにつまらないものなのね」
「鮫野郎、全然来ねぇな。いっそのこと引きずり出しに行くか?」
「二人とも、まだ十分も経過していないよ。そんな程度で音を上げないの」
「だって採取するわけでもないのに、一カ所にずっと留まるなんてこと滅多に無いんだもの」
「ホントだぜ」

 暇を持て余したリュカが背筋を伸ばし、体にまとわりついただるさを取り除こうとする。その間もワカは釣り竿に意識を集中させており、背後の会話など聞いていないようだ。
 そのことに気が付いたリュカがワカの背を眺める。大声を出したら情けない声をあげて身を竦ませるのだろうかと思ったが、怒りの鉄拳を受けそうなのでやめておいた。

「……しっかし、すげえ集中力だな。調合も、ガチでやってる時は全然こっちの話聞かねぇくらい自分の世界に閉じこもりやがるんだぜ」
「褒めてるのか悪口を言っているのかは分かりかねるけど、今は彼の勘に頼ろう。もし引っかかったら、釣り竿を一緒に引くぐらいの手助けはしなくちゃ」
「そうね。……あれ、ザボアちゃんの臭いが近付いてくるわ」
「おっ! いよいよか。パティナ、スケッチの用意をしておけよ」
「は、はい!」

 ナレイアーナがザボアザギルの接近を告げる。いよいよ湖に浮かぶ釣りカエルに食らいつく姿を目の当たりにすることができるのか。全員が息を飲んで見守っていると、少し離れたところでバキンと大きな音が聞こえた。

「…………あ?」

 視線を向けると、エリア7に近い場所に背びれが見えた。間違いなくザボアザギルのものだが、望んだ位置に現れなかったことに拍子抜けする。
 ザボアザギルは氷の大地を突き破って陸に上がってしまった。これでは釣りにならない。リュカの足が前に出そうになるのを、カゲが引き留めた。

「未だ動かないで。けむり玉の効果で僕らの存在は気付かれないはず。湖に移動するかもしれないから、ゆっくり後退して様子を窺おう」

 湖の前に立つワカ以外の四人が遠くに見えるザボアザギルを注視していると、ザボアザギルは辺りをきょろきょろと見回し始めた。何かを探している仕草にも見え、このまま湖にいる釣りカエルに気付くのではと淡い希望を抱いたのだが。

第41話 休息 後編

 ワカはエイドと共にドンドルマを訪れていた。二人のオトモアイルーも少し距離をとって後ろをついて来ている。
 小さな橋を渡ると、大老殿へ続く坂道が見えた。その手前に、石造りの大きな建物がある。そこがアリーナだ。この日、この場所でショーが行われるそうで、エイドが四人分のチケットを予約してワカたちを誘ったのだった。

「チケットをとってくれてありがとう。しかも著名人も出演するんだろう? かなり高額だったんじゃないか」
「アタシだって奮発したい時くらいあるんよ」

 ふふ、と笑うエイドの真意を知っているのはエールだけだ。主たちに聞こえないようモーナコにそっと告げ口をする。

「エイド曰く、今日はワカ坊から愛の告白をされた日らしいニャ。オトコは記念日に疎いから忘れてるんだろうけど、エイドにとっては大切で嬉しい日なのニャ」
「そうだったんですニャ。エイドさん、優しいですニャ」

 受付でチケットの交換をした二人が手招きしているたので慌てて向かうと、入口に案内された。アリーナの屋内に入るのは全員が初めてで、思わず辺りを見回す。
 奥のステージへ通り道のように絨毯が敷かれ、そこを境とするようにしてテーブルが左右に設置されている。天井からステージの壁に向けて艶やかな布が飾られていて、まるで優しく吹き抜ける風を演出しているようだ。
 席に座り、パンフレットを開く。コンサートの目玉は【歌姫】と呼ばれる竜人族の女性だ。竜人族の中でも数少ない、唄を歌うことに全てを捧げて生きる民族の末裔で、その歌声は聴く人の心を癒すと言われている。

「唄で人の心を癒すって、不思議やね。ワカ兄ちゃんの使う狩猟笛もそんな力があるけど。そういえば、ワカ兄ちゃんは歌えるん?」
「いいや、唄も楽器もからっきしだ。故郷に音楽の文化は無かったし、狩猟笛はマウスピースに息を吹き込むだけだから、演奏をしているとは言えないしな」
「そうなんね。いつかワカ兄ちゃんの唄を聞いてみたいな」
「きっと音痴だよ、俺」
「イチャつくのはそこまでニャ。ステージ設営が始まったし、そろそろ食事が配られるニャ」

 二人の会話を中断しようとエールが遮る。まだ暗いステージを見ると、一人の男とアイルーが準備をしていた。歌姫の前にゲストの演奏があるようで、演奏者らしき男が椅子を設置している。それを見たアイルーが何かを喋っては調整を行っていて、アイルーの指示無しには動けないような男の様子にワカは違和感を覚えた。
 セッティングを終えてステージの裾に去る二人を見送ると、アリーナの従業員であるアイルーが食事を運んできた。音楽と食事を楽しむショーの始まりだ。

「わあ、おいしそうやね」
「肉と野菜を調理してパンで包んでいるのか。見たことの無い料理だな」

 香ばしくトーストされたパンを袋状に切り開き、中にこんがり肉とシモフリトマト、千切りされたミリオンキャベツが挟まっている。飲み物は炎熟マンゴーのフルーツジュースだ。

「それでは、食事と音楽の宴をごゆるりと堪能してくださいニャ」

 ステージに明かりが灯り、司会役のアイルーが喉を鳴らしてお辞儀をする。背後には先ほどの男とアイルーがスタンバイをしていた。

「ワカ兄ちゃん、あの楽器は何やろか」
「俺が前に使っていた【セロヴィセロブラン】に似ているな。セロは弦楽器の名前だと聞いたことがあるけど、本物を見るのは初めてだ」

 小声で話す二人の視線は、椅子に座った男が持つ楽器に注がれる。ワカの知る狩猟笛より小型なのは、楽器として機能するならその大きさが適しているのだろう。
 様々な楽器を模した姿が特徴の狩猟笛の中に、同じ外見で異なる旋律や属性を持つことで知られる【セロヴィセロ】という銘を持つ武器が数本ある。ワカは記憶を失っていた頃にその武器の一本を製作し愛用していた時期があったので、馴染み深いものだった。
 男の右手には弦楽器を弾くための弓が握られている。傍のアイルーは小型のハープを構えていた。アイルーが顔を上げて男を見やると、高らかに弦を弾いた。

「…………。」

 食事を忘れてしまうほどの演奏だった。セロの音色は朗々とメロディを歌いあげ、そこへハープのつま弾く音が重なり一つの光景が見えてくるようだ。
 やがて男が口を開き、自身も一つの楽器となった。テノールの歌声はセロとハーモニーを奏で、ハープの弦が撫でられて音の波を生み出す。
 見えてきた光景は海辺。近くには緑鮮やかな森があり、鳥がさえずっている。波は穏やかで日差しも柔らかく、そのイメージからワカはかつて世話になったチコ村を懐かしく思った。隣のモーナコも同じ光景を思い浮かべているだろう。
 演奏が終わり、立ち上がった二人が頭を下げる。アリーナは拍手に包まれ、小休憩が始まったのでその間に食事を楽しむことにした。辛めのソースがかかっているが、シモフリトマトの甘みで調和がされている。

「楽器を弾きながら自分も歌うなんて、すごいやね。綺麗な曲やった」
「アイルーが楽器を弾けることにも驚いたよ」
「ボクは笛しか吹けないから、ビックリですニャ」
「せやね。……あの人の服、ハンターが着ているのを見かけたことがあるんよ。ハンターもしてるんかな」

 マンゴージュースを飲み干し、パンフレットをもう一度開く。先ほどの男についてのプロフィールを見るためだ。かつてはハンターだったが、引退して今は音楽家として活動している。年齢はワカより数年ほど上のようだ。

「三十路ならまだまだハンターとして稼げるのに、もう引退したのニャ? もったいないニャ」
「もしかしたら、音楽家の方が性に合っていたのかもな。好きなことや得意なことを生かせるのなら、そちらのもいい判断だと思う」

 エールが抱いた疑問にワカが答える。ハンターとの兼業ではあるが、自身の知識を発揮できるのならと書士隊に入った経緯があるため理解できるのだろう。
 再び司会役のアイルーがステージに立つ。プログラムを見るに、いよいよ本命の歌姫の登場だ。他の客も彼女の歌を楽しみにしていたのだろう、場の空気が変わったのがわかる。

「綺麗な人……それに、すごく神秘的」

 ステージに現れた女性を見たエイドがぽつりと呟いた。ワカも同感だ。誰もが彼女の持つ雰囲気に飲まれただろう。
 褐色肌に白い化粧を施し、編み込まれた金の髪を後ろに束ねているため歩く度にふわりと揺れる。ゆったりとした白銀のローブをまとい、その下はわずかに透けている。体のシルエットも見えるが、とても神聖なものに感じられた。
 端に配置された演奏者たちが指揮に合わせて楽器を奏でる。歌姫は頭上に両腕を掲げ、左右にゆっくりと開いた。いよいよ彼女が唄を歌うのだと全員が息を呑む。
 優しくも力強い歌声で綴られる詩は竜人族独自の言語で、その歌詞をはっきりと聞き取ることはできない。だが、彼女の見せつけるそれに人々は自然と心を委ねた。

「…………。」

 ワカもまた、詩の意味はわからずとも歌姫の奏でる音楽に聴き惚れていた。だが、心の中に何か湧きたつものを感じると、それを押さえられることができない感覚がこみ上げた。

「ワカ兄ちゃん……?」

 異変を感じたエイドが隣に座っていたワカを見て、言葉を失う。歌姫をじっと見つめている金眼から涙がこぼれていた。頬を伝り落ちた雫が太股に当たったことでようやく自分が泣いていることに気付いたのか、ワカはハッと目を見開くと慌てて席を立ってしまった。
 追いかけようとエイドが振り向くが、エールがそれを制止する。既にモーナコがアリーナの出口に向かっていた。ここはモーナコに任せるニャ。そう訴える相棒の瞳にエイドは気持ちを堪え、再び歌姫の音楽の世界へ戻っていった。



 せっかくエイドがチケットを予約して誘ってくれたショーだったのに、無我夢中でアリーナを飛び出してしまった。罪悪感を抱きながらも人目のつかない建物の影に隠れ、腰を下ろす。目元を擦り涙を拭うも、揺さぶられた心はそう簡単には落ち着いてくれそうにない。

「どうしましたニャ?」

 物腰が柔らかい口調だが、モーナコとは違う声色。顔を上げると先ほど演奏をしていた男とアイルーが立っていた。アイルーはこちらを心配そうに見ているが、男の顔はワカのいる方向に向けられているものの視点は合っていない。

「誰かいるのか」
「男の人が、一人ですニャ。具合が悪いんですかニャ?」

 二人のやりとりから察するに、どうやら男は目が良くないらしい。面識の無い人に心配させてしまうなどと。慌てて立ち上がって首を横に振る。

「いいや、何でもない」
「何も無いわけありませんニャ。今の貴方、辛そうですニャ」
「…………。」

 心を見透かすようなアイルーの発言に、ワカは反論ができなかった。無言の返答を肯定ととらえたのだろう、男もまた口を開く。

「君は、音楽に精通しているのか?」
「何も。せいぜい狩猟笛を使っていることぐらいだ」
「そのせいだな。狩猟笛を扱うハンターは音と共に生きる日々を送る。よって音楽に心を強く動かされる者が多い」
「そうなのか……初耳だな」

 楽譜も読めなければ唄を歌うことすらできない。そんな自分が歌姫の唄を聴いて涙を流すなどとは思わなかった。だが、同時にこの涙は感激して心が高ぶったものではないと自覚した。深い悲しみの底から生まれたものだと。

「【魂を宿す唄】。彼女がよく歌う唄だ。あの唄には、魂が世界を廻り世界に還るといった趣旨が込められているという。きっと、君の魂はその力に大きく揺さぶられたんだろう」
「……違う」
「ニャ?」

 男の解釈は間違っている。目の前の彼は自分のことを何も知らないから、そう言えるのだ。ワカは静かに、だがきっぱりと否定した。

「俺はそんな大層な人間じゃない。この感情は、後ろめたいものだ」
「随分と自己評価の低い男だな。それでいてハンターを続けているのか? そんな様ではいつか命を落とすぞ」
「旦那様っ」

 言い過ぎですニャ、とアイルーが諭すが男は構わず一歩を踏み出す。手を伸ばしワカの肩を掴むと少しずつ移動して顔に近付き、やがて頬に添えられた。裂傷痕を指先で感じ取る。

「苦労をしてきたようだな。だが、逃げ出さずに生き抜いてきた。そうだろう?」
「…………。」
「私は以前はハンターだった。君と同じ、狩猟笛を担いでいたよ」

 手を下ろした男はしっかりとワカの顔を見つめていた。ワカと同じ金色の眼だが、視力を失ったせいか色素は薄く、右目に至っては白に変色している。
 エイドは男の衣装をハンターの装備として見たことがあると言っていた。紫色の花弁が折り重なったようなローブは、おとぎ話に出てくる魔法使いのようだ。

「だが先天性の目の病を患っていてね、やがて視力を失い今は趣味でやっていたこれで食いつないでいる。何も見えないことは不便だが、病を受け入れて生きてきた。音楽で人を助けていけるのなら、と私はこれを自分の宿命と思っているよ」
「宿命……」
「目が見えなくなった影響かはわからないが、他人から発せられる気配に敏感になった。君からは何かに対する恐怖が感じられる。……怖がるな。負けてたまるかと立ち向かえ」
「ワカ旦那さん!」

 ようやくワカを見つけたモーナコが駆け寄る。アリーナで見かけた二人に気付きモーナコは何事かと首を傾げるが、話が済んだのか男はアイルーと共に立ち去ってしまった。

「何を話していたんですニャ?」
「“怖がるな。負けてたまるか”か……」
「ニャ?」

 ますます不思議そうな表情を浮かべるモーナコの頭を優しく撫でる。男と話をしたことで、いつの間にかざわついていた心は落ち着きを取り戻していた。

「俺“たち”の魂は、世界に還ることができないかもしれない。それでも、運命に立ち向かうよ。遺された俺にしかできないことだから」
「ワカ旦那さん……」
「アリーナに戻ろう。エドちゃんたちに謝らないとな」

 アリーナに戻ったワカを見つけたエールは散々文句を垂れたが、エイドはどこか晴れやかなワカの表情を見て安堵した。



「カゲ、ミサ姉には会えたか?」
「お陰様で。イアーナはゆっくり出来たかな」
「私もいいリフレッシュができたわよ。重要なのはアンタよ」
「オレなら心配いらないぜ。新しい義足、まるで前の義足みたいにすぐ馴染んだからな。これでまた狩猟に出られる」
「それは良かったです。では、飛行船に乗ってください。村に帰りましょう」

 バルバレにリククワのハンターが集う。各々の休暇を終え、四人は拠点へ帰郷する。再び調査の日々が始まろうとしていた。

第41話 休息 前編

 その日、リククワを訪れたのは一人の商人だけだった。男は以前この拠点に物資を届けていたアルの後任であり、同じくワイラー商会に属している。
 これまでに数回顔を出しているが、やり取りを淡々と済ませると引き上げていく。その姿を見る度に、リッシュは優しい笑みを絶やさず住人と触れ合ったかの男に想いを馳せていた。商人を見送ると、片隅で育てている花のつぼみに視線を向ける。

「寒いところでも咲く花って、すごいね。あとどれくらいで咲くのかな」
「もう数日ほどでしょうか。とても鮮やかな赤色の花だそうです。ユゥラから教えてもらいました」
「楽しみだね!」
「ええ、そうですね……」

 屈んでつぼみを見つめるリッシュにルシカが声をかけるも、会話はさほど弾まない。リククワに来る商人が交代したことしか知らない少女は、リッシュの元気が無いのはアルと会えなくなったためだと思っている。
 だが、事実を知らずともルシカは一人の友人として彼女を励まそうと、母譲りのお節介を焼いた。リッシュもその優しさに支えられ、感謝している。アルから受け取った紅生花の種も、二人で植えて育てた。
 チラチラと舞う白いものが視界に入り、顔を上げる。日差しの無い灰色の空から、雪が降り始めていた。リククワのハンターたちはしばらく遠方で活動するために拠点に戻らない報せを聞いて早数日。彼らは元気にしているだろうか。

「そろそろ中に入ろうよ。新しい茶葉を買ったから、あたしのつくったタルトと一緒にどうかな」
「いいですね、ごちそうになります」
「イアーナも呼ぼう。新作の感想が欲しいし」
「それならユゥラやイリスも誘いましょう。もちろんモリザさんやヌイも」
「女子会だね! あ、でもおじいちゃんだけ仲間外れになっちゃうから、やっぱりみんなで食べよっか!」
「ふふ、そうですね」

 明るい声がリククワに響く。狭く冷たいこの拠点の暮らしを嫌がっていた彼女が、こうも変わるとは。弾むように駆けるルシカの後ろ姿から元気を分け与えられた気がして、リッシュは微笑んだ。




 リククワを去った商人が荷車を引きながら雪道を下る。だが、途中で足を止め周囲を見渡すと、木々の陰からナレイアーナが姿を見せた。

「手紙でこの辺で待つようにって指示されたから来たけど、何の用かしら」
「……貴女が、ナレイアーナさん」
「そうよ。わざわざアタシをご指名するなんて、どういうつもり? あ、言っておくけど、デートならお断りだからね」

 冗談っぽく話すナレイアーナに苦笑いしつつ商人は荷車の中から封筒を取り出し、彼女に手渡す。見慣れない紋章は火の国のもののようで、『ワイラー商会』の文字を見て怪訝な表情を浮かべた。

「アルヴァド様の兄、トマス商会長からの手紙です」
「…………。」

 封を切り、手紙に目を通すうちに思わず商人に顔を向けた。内容を知っていたらしい褐色肌の青年は、凛々しい表情で語る。

「現商会長は組織を変えようとしています。商会の発展だけではなく、人間関係も。私はトマス様の秘書。バルバレギルドに拘留されているアルヴァド様に代わり、リククワに荷物を届ける任務を託されました」
「アルがやったこと、そっちにも伝わってるのね」
「はい。前商会長はアルヴァド様……末弟ミゲル様もですが、お二人を息子ではない、だからあの件は商会には関係が無いと仰っていました。ですが、それをトマス様が許しませんでした。商会の名ばかり気にして実の兄弟を蔑ろにしてきた前商会長の行動に、我慢の限界がきたのです」

 初めて聞くアルの兄の思惑を知り、ナレイアーナは驚いた。父親の寵愛を受けた結果、弟たちと血の繋がりを否定していたのではないかと勝手な想像をしていたからだ。

「ミゲルから長男だけが可愛がられてたって聞いてたけど、兄弟仲は悪くなかったの?」
「悪いどころか、良好です。食事をさほど与えられなかった日には、トマス様は自分で買った食料を分け与えました。お二人もトマス様には心を開いていましたよ。数年前に商会に戻られたアルヴァド様からミゲル様が行方不明になられたと聞かされた際も、とても悲しんでおられましたし、今回の件でも心を痛めています」

 商人の口振りから、長兄トマスは信用できる人物のようだとナレイアーナは思う。ここまで裏事情を暴露したのも、自分がミゲルと親しかったことが伝わっていたからだろう。

「トマス様は、アルヴァド様の釈放を強く願っています。そのためにバルバレギルドにも交渉を持ちかけつつ、帰る場所として商会を今一度立て直そうとしています。また、ミゲル様の墓もこちらに建てたいと申し出ているとのことです。私は、アルヴァド様が戻るまで代役をするつもりです。このことはミゲル様と親しく、アルヴァド様とも関わりを持つ貴女にだけ伝えるよう言われました。どうか、拠点の方々には内密に」
「わかったわ。本当は伝えたい子が一人いるんだけど、下手に言って動揺させちゃいけないものね」
「ご理解いただけて嬉しいです。それでは、私はこれで」

 荷車に手をかけ、再び商人は雪道を歩き始める。その姿を見届けながら、ナレイアーナはアルヴァドが戻る日を願いつつリククワへ引き返した。



「ユゥラさん、先日の調査のレポート、ここに置きますね」
「ありがとう」

 ユゥラの部屋では、書士隊の女性二人が作業に追われていた。イリスは氷海で行われた調査のまとめを、ユゥラは以前から続けている古文書の解読を。書類を机の片隅に置くと、イリスは椅子に座るユゥラの背後にまわった。

「解読の進捗はいかがですか?」
「“凍……る、心火……神”とまではわかったのだけど、まだまだね」
「やはり寒冷地に住まうモンスター……それも古龍レベルの個体についての内容でしょうか」
「その可能性が十分に高まったわね。問題はその個体がどこに生息して、いつ姿を現すかということかしら。古文書に書かれるモンスターはどれも凶暴で、自然を破壊する恐れがあるほどの存在。一刻も早く解読したいところだけど、これ以上はドンドルマの大老殿にお願いする方がいいかもしれないわね。優れた書士隊も多いし、…………」
「……ユゥラさん?」

 言葉が不意に途切れたため、イリスが首を傾げる。顔を覗き込むと、少し疲れているように見えた。目を閉じて息をつくと、青の瞳がゆっくりと開かれる。

「ごめんなさい、ちょっと目眩がして。もう大丈夫よ」
「無理はしないでくださいね。ルシカさんから聞きました、最近あまり食事もとっていないって。辛い時は、私がユゥラさんの分まで頑張りますから」
「そう言ってくれると心強いわ。でも、自分ができることはできるだけやっておきたいの。この古文書は、あの人が解読をしていたものだから」
「…………。」

 古びた紙をなぞる指はとても優しげで、愛おしさすらある。イリスにはそう見えた。だがそれ故にどこか脆さも感じ、座ったままのユゥラをそっと抱きしめる。

「イリス?」
「ユゥラさんの周りには、私たちがいます。だから、安心してください」
「……ありがとう」

 体調を気遣うイリスの優しさが嬉しくて、ユゥラもイリスの頭を撫でた。雪のような真っ白でふわふわした髪の毛が触っていてとても心地よい。
 ノックの音が響く。抱擁を解き、どうぞと応えるとモリザが顔を覗かせた。

「仕事中だったかい?」
「いいえ、ひと段落ついたところよ」
「そうかい。ルシカがみんなでお茶会をしないかってね。休憩がてらどうだい」
「素敵ですね、行きます」
「食堂で開くよ。準備ができたら、おいで」
「…………。」
「ユゥラ、どうしたんだい?」

 喜びに満ちた表情を見せたイリスとは対照的に、気まずそうな顔をしたユゥラの変化をモリザは見逃さなかった。指摘されて驚いたのか、目線を逸らしぽつりと呟く。

「その……甘いものは、あまり」
「ユゥラさん、体調があまり良くないみたいで。せめてお茶だけでもいかがですか?」
「…………。」
(もしかして、この子は……)

 イリスの勧めにも好意的でない態度を見て、モリザはある可能性を見出した。とはいえ確証は無いし、触れていい話題かも判断ができないのだが。
 それでも、同じ女として尽くせることはしてやりたい。彼女を助けてやることは、きっと遠くで見守っているあの男が望んでいることなのだから。

「イリスは食堂においで。……ユゥラはここで休んでるといいよ、後でここに飲み物を持ってくるから。七色タンポポのコーヒーをね」

 ユゥラとはコーヒーを飲みながら、話をしよう。そう思いモリザはイリスを連れて食堂へ向かった。



 バルバレを訪れていたカゲは、未だ入院をしているはずだったキョウの元に向かった。『だった』というのは、数日前病院から抜け出したという話をミツキから聞いたためだ。

「脱走するなんて恭らしいよね。僕らとも同じ空間に長く居る事が無いから、病院の個室でずっとお世話をされる日々に嫌気が差したんだろう」
「きっと、そうだろうね。腕は治療中だけど足は健在だから、恐らくは里に帰って療養を続けているんだと思うよ」
「とは言え、脱走したは拙かったかな。後でお叱りがいきそう」

 笑いながらバルバレを歩く二人は仲の良い姉弟のようだ。だが、カゲはこれから自身の本当の姉に会いに行く。バルバレに足を運んだ本当の理由は、このためだ。
 義弟であるワカが手紙を姉に送り、再会の日時を決めてもらった。彼にも同行を頼んだが、折角の姉弟の対面なのだからとやんわり断られた。ミツキはキャラバンのある場所の手前までという約束だ。

「ワカさんにきみの正体を気付かせてしまった事、申し訳ないと思っているよ。リククワの皆も知る事に為ったんだね?」
「ムロソ様はシナト村に居た頃の僕を知っていたから、隠し通すのは不可能だと覚悟していたよ。寧ろ、お陰で姉さんに会う運びに為った。命も救われたし、良い事尽くめさ。有り難う、美月」

 ゆっくりと目的地へ向かっていく。バルバレに数あるキャラバンの中でも一際規模の大きい、優秀なハンターが多く所属しているという猟団だ。
 そこに、二十年捜し続けていた姉がいる。そう思うと感動と興奮と不安が混ざり合い、カゲの手が震えた。その手をミツキが両手で包む。

「行っておいで、白土」

 そう言って微笑むミツキに応えるように、カゲはしっかりと頷いた。実年齢は逆転しているが、自身を支えてくれた彼女もまた姉のような存在だったのだと感謝しながら。
 拠点の内部にはハンターだけではなく、生活を支える調合師や医師もいる。多くの人とすれ違いながら、カゲは待ち合わせ場所である飛行船を目指した。

「あの子じゃない?」
「きっと、あの子よ」
「良かったね、ミサ」

 地獄耳が、女性の声を聞き取る。その中に、捜し続けていた姉の名前が含まれていて、カゲの足取りが速くなった。

「…………!」

 赤い髪の女性が、飛行船の前に立っている。近くには双子の女性もおり、一人は何かを大事そうに抱えていた。
 思わず駆けだすと、それより早くクレハが飛び上がった。迷わずまっすぐ飛んだ彼女は、赤い髪の女性の目の前で羽ばたきながらじっと見つめている。
 女性が左腕をすっと挙げ、クレハはためらうことなく腕にしがみ付く。まるで、女性が操虫棍の使い手であるかのように。それはクレハが女性を知っていることを示した。
 追いついたカゲは息を整えながら顔を上げる。ワカが月色の瞳から見せた、あの人だ。たまらず喉の奥が締まる感覚がするも、泣くのはまだ早いと思い堪えながら、名を呼ぶ。

「貴女が、光紗ミサ姉さん……?」
「ええ、そうよ。会いたかったわ……影」
「――――!」

 姉の優しい肉声を聞いた途端、カゲの目から大粒の涙がこぼれた。二十年もの間、会いたいと願っていた唯一の肉親。遂に成就したのだと思うと、涙が止まらない。
 そんなカゲを、ミサはそっと抱きしめた。その優しい手つきはワカと同じで、かの抱擁はこの姉譲りだったのだと知った。

「僕も、会いたかった……姉さん、光紗姉さん。父さんも、母さんも居なくなって、僕……寂しかった」
「ごめんね、影。あれ以上、みんなに迷惑をかけたくなかった。私がいなくなることで、影だけでもみんなで助けて欲しいと思って。でもそれは、君を深く傷つけてしまっていたのね。本当に、ごめんなさい」
「もう、良いんだ。光紗姉さんと会えたから、もう、全部良いんだ。息災で、幸せになっていて、良かった」

 ミサの声も震えていて、姉もまた泣いているのだとカゲはその背を優しく擦った。すると今度は深紅の髪を撫でられ、再び涙がこぼれる。

「ミサ」
「そうね……影、見て。私が産んだ子よ。女の子なの」

 再会の光景に涙ぐんでいた双子の一人が、幾何学模様布に包まれていた赤ん坊をミサに渡す。
 すやすやと気持ちよさそうに眠る姪を見て、笑みがこぼれる。禁忌の存在とされる半竜人がこうして生き延び、子を産むことができた。何より、姉が母親になったことがとても嬉しかった。

「半竜人と人の子なら、竜人族の血も薄れているはず。僕らみたいに大変な思いをしないで済むだろうね」

 丸い耳、五本の指。竜人族を象徴するものは今のところ見られない。この大所帯のキャラバンの中で育てられるのなら、安心できる。
 カゲは涙を拭い、背を向けた。姉に、姪に会うことはいつでもできる。だから、これからは自分の使命を果たすだけ。

「もう行くの?」
「時間ができたら、又会いに来るよ。僕は狩人であり、ギルドナイト。これでも結構忙しいんだ」
「そう……いつでも歓迎するわ。影、行ってらっしゃい」
「行ってくるね、光紗姉さん」

 左手を挙げ、立ち去る。姉たちに、リククワのハンターとして恥じぬ生き様を見せたい。カゲの胸に決意が宿った。

第40話 竜の血 後編

 ずっと床の上で寝転がっているリュカの頭の中では、後悔している過去の記憶が何度も繰り返されていた。足を食われた自分を見て駆け寄ろうとした二人の友人は爆風に消え、最後の一人は崖から転落しながら『絶対に助けるから、心配すんな』とこれから死ぬというのに屈託の無い笑顔を見せた。
 すっかり滅入っているようだ。気を紛らせようと首を傾けると、ワカがリククワから持ってきた杖が目に入る。それを手にとり、まじまじと眺めた。全ての武器を使いこなすフェイの器用さは、こんなところにも生かされたのだろう。

「腹はすいていないか? マテラが食事を用意したのだが」
「すまねぇ。いただくぜ」

 香ばしい匂いと共にトレーに頑固パンや肉野菜のスープを乗せたリウが現れた。杖を戻すと体を起こし、リュカはパンを口にする。外の景色は暗く、遠くに見えるマグマの川が岩を赤く照らしており、赤と青が入り混じる光景が美しく見えた。
 だが、それほどの時間が経過しているとわかると、自分のために樹海に向かった三人を思い食事の手が止まる。

「弟たちが心配か。必ず帰ってくる、だから今は体力をつけて三人を待つんだ」
「…………。」
「……俺も、四年前に足を怪我してな。同じように杖を作ってもらったんだが、同日に調合師だった弟はハンターになることを決めたらしい」
「あいつが?」

 食欲を失ってしまったリュカに、リウは過去の話をすることにした。過去を語りたがらない義弟について、リククワのハンターに知ってもらうためでもあるが。

「もともと三人で狩猟に向かうのを寂しがっていたのだが、俺の負傷をきっかけに自身もハンターになって力になりたいと思ったようだ。危険だから俺とミサ姉さんは以前から反対していたんだがな。弟の気持ちを汲んだのだろう、ミサ姉さんの目を盗んでフェイ兄さんがこっそりギルドに連れて行ったらしくてな。後戻りができなくなった」
「後戻りできない? 無理矢理やめさせることぐらいできただろ、兄貴のお前なら」
「あいつは融通の利かない、頑固な一面がある。それに、ハンターになることは弟の人生においてとても重要なことだったらしい」
「重要? なんだよそれ、ハンターを目指してたのか」
「……“運命”というやつだ」
「…………。」

 運命という言葉を聞いてリュカの顔が強張る。以前、ワカはこんな発言をしたことがあった。

『“運命”か……。あまりその言葉は使いたくないんだ』
『こうなるのが当然なんだって思ってしまう。まるで全ての因果が始めから定められているみたいで』

 その時の彼の表情はとても寂しそうで、陰を落としていた。運命と定められるのが嫌なら、ハンターになる運命とやらも受け入れたくなかったのだろうか。リュカが首を傾げるのを見てリウは続きを語る。この話の中で最も伝えたいことを聞いてもらうために。

「どうか、弟のことを頼む。俺たちからは何も語ることはできないが、いつかは弟自身が打ち明けてくれると信じている」
「なあ。その言葉、フェイからも聞いたんだ。モーナコからも言われたことがある。あいつ、どっか病気してんのか?」
「…………。」
「イエスでもノーでもねぇってか。……今の姿じゃ説得力は無いけど、あいつは護衛ハンターが守る書士隊の一員だ。二度と悲劇は起こさせねぇよ」

 拳をぎゅ、と握って目を閉じる。瞼の裏にディーンの優しい笑顔が浮かび上がった。大切な仲間を二度と失わせまいと強く願い目を開けると、リウが穏やかな笑みをたたえてこちらを見えていた。

「ありがとう」
「リュカ!」

 リウが礼を述べると同時にナレイアーナが飛び込んできた。布袋を肩にかつぎ上げ、息をきらせている様子は飛行船を降りて全力疾走してきた証拠だ。後ろからリュカの居場所を教えたのであろうマテラがついてきた。

「言われた通り、素材を集めきったわ。お願い、リュカの義足を作って!」
「全て揃っている。見事だ、感謝する。マテラ、工房へ行くぞ」
「あいよ。あと少しの辛抱だからね」

 リウ夫妻が洞穴を出ると、リュカはナレイアーナに困惑した表情を見せた。ここにいるのは彼女一人だけ。樹海に向かった二人が、いない。

「イアーナ、ワカとカゲは」
「……大丈夫、必ず戻るわ」
「おい、二人に何かあったのか? まさか、モンスターに?」
「あのね、」

 自分のせいで、また大切な仲間が。そんな不安から今にも泣き出しそうなリュカの顔を見たナレイアーナは、一部始終を話した。移動中にワカが告げた、重大な秘密も加えて。



「此処は……」

 マゼンタの瞳が開かれ、独り言をこぼしながらカゲは体を起こした。ゆっくりと腕を動かし、腹部に触れる。痛みはあるが、動けないほどではない。ベッドに腰掛けて室内を見回すと、過去にキョウとミツキを見舞った部屋と同じつくりであることからここがバルバレの病院だと把握した。
 そして、近くのテーブルに置かれていた小瓶を見て愕然とする。それは、子どもの頃に見覚えがあるものだったから。

「カゲ、目が覚めたか。良かった」
「しかも起き上がっていますニャ。ワカ旦那さんの言う通り、効き目は抜群でしたニャ」

 病室にワカとモーナコが入ってきた。安心したように微笑む二人に対し、カゲは不満を隠しきれない様子だ。小瓶を再度見て、尋ねる。

「【竜仙丹】を僕に使ったというのなら、全て知っていたんだね」
「……ああ。お前には、【竜人族】の血が流れているんだな?」

 ワカの発言にモーナコは目を丸くした。竜人族といえば、リククワにムロソが、かつて世話になったチコ村の村長やバルバレのギルドマスターなどがいる。だが、彼らとカゲが同じ種族とは到底思えなかった。外見の特徴が一致しないからだ。
 モーナコの反応から仲間には話していないと悟るも、これ以上隠す必要は無い。カゲは自らの素性を明かす覚悟を決めた。

「僕は【半竜人】。竜人族と、人の間に生まれた子どもだよ。人の心を読む眼も、遠くまで聞こえる聴力も、竜人族の血の賜物。外見の特徴は此処くらいだけどね」

 そう言ってカゲは五本指の左手で自身の赤い髪をかきあげた。そこには先の尖った、人とはやや形状の異なる耳があった。

「樹海に現れたミツキさんは【竜仙花】を集めるように伝えた。緊急事態だったから、やむを得ず俺に教えたんだろうな。竜仙花は竜仙丹の素材になる花。これで確信が持てたよ」
「そう、美月が。……矢張り、君は気付いていたの?」
「ああ。お前によく似た人を知っているから。……カゲ、俺の目を見てくれ」
「…………。」

 遂に待ち望んだ答えを知らされるはずなのに、緊張からか恐々とマゼンタの瞳が金色の瞳を覗き込む。赤い髪をなびかせる少女が、少しずつ大人の女性へ成長していく姿が見えた。温かい笑みを浮かべる女性の名を、ワカは静かに告げた。

「【雌火竜落としのミサ】。俺の義理の姉でもあり、お前が捜していた兄弟だ」
「……ずるいよ」

 カゲがぽつりと呟いた直後にワカの腕をつかむ。傷に触れたのかワカが少しだけ顔を歪めたが、構わずにカゲの様子を窺う。

「僕の、僕の姉さんだ! 如何して君の姉さんなの!? 僕にとってたった一人の、血が繋がってる姉さんだ! 如何して君が、姉さんと一緒に育ったの……? ずるい、ずるいよ!」

 涙をポロポロとこぼしながらカゲは叫んだ。捜し続けていた兄弟の存在をようやく教えられるも、自身が望んでいた共に暮らす願いを目の前の男に奪われていただなんて。ずるいよ、と子どものように何度も呟く。
 腕をつかむ力が抜けたので、ワカはカゲを抱きしめた。義姉が自分にそうしてくれたように。

「ミサ姉は、孤児院にいる時に出会った。一度だけ自分の耳を見せてくれたことがあって、当時はどうして故郷にいた長老と同じ形をしていたのかわからなかったけど、後にあれは竜人族特有のものだと知ったよ」
「……孤児、院?」
「……ミサ姉とは会ったことが無いのか?」
「物心がついた頃には居なかった。迷惑をかけたくないからか、自らシナト村を出て行ったって聞いたよ。それが僕が六歳の頃。それから二十年、ずっと会いたいと思い焦がれてた。たった一人の、家族だから。でも、ようやく見つかった。それだけで今は十分だよ」

 はあ、と涙を拭いながら息を吐く。数刻前に大怪我を負ったばかりなのに長話ができるのも、竜人族に効果てきめんである竜仙丹のお陰だろうか。今までこれほどまでの怪我を負ったことが無い上に半竜人であることを隠していたため、秘薬以上の効果を得るものだとはカゲ自身も知らなかったのだ。

「本来竜人族は同族としか契りを交わさない。だけど、人の父は竜人族の母を一途に愛して、その結果二人の子どもが生まれた。子どもには竜人族の特性が引き継がれるけど、人の血も交わることでとても不安定な体になってしまう。だから、半竜人は禁忌の存在なんだ」
「お前もミサ姉もハンターとして生活できている。不安定な要素なんてどこにも無いじゃないか」
「慧眼と地獄耳は利点だけじゃない。それに、幼少期はシナト村でこれらの力を制御できるように育てられたからね。母は僕を産み落とすと力尽きてしまい、父は半竜人を二人も世に送り出したために里を追放されたから、僕だけ村に引き取られたんだ。両親は、互いを純粋に愛し合っていただけだったのに、ね」

 ベッドの傍に立てかけられているヘイズキャスターに止まっているクレハに『おいで』と左手を掲げると、六枚の羽根を羽ばたかせて腕に絡みつく。言葉は通じないが、彼女も心配していたのだろう。

「紅羽は、父が育てた猟虫なんだ。姉さんが生まれた頃から育てていたって。だから紅羽は姉さんの事を知っているかもしれないと思って、狩人になって様々な場所を転々としたけれど、ちょっと目立ちすぎちゃったみたいで……あの男、アンナにギルドに密告されたんだ。『僅か十余歳の少年が狩人として活動しているのはおかしい』ってね」
「アンナが……?」
「僕が半竜人だから狩人の資格をはく奪されるのかと思った。でもギルドの対応は想像と違っていて、数年間裏方の仕事をさせられたんだ。実年齢と見た目が合致しないから、変な輩に目を付けられて揉め事に巻き込ませないようにしたみたい。実質保護されたようなものだよ。恭と美月は僕の護衛でもあり、監視者でもあったんだ」

 常に少年の両脇に立っていた二人のハンターの姿を思い浮かべる。カゲとは仲間でありながら妙な距離感を保っていると感じていたが、違和感の正体にワカは納得した。
 アンナの行動は、過去に自分を滅びた故郷から救った時のそれに類似しているとも思う。少年は禁忌とされる存在、そして自分は……そこまで思考が進んだが、中断する。

「僕の秘密は此れでお終い。それより、リュカの義足に必要な物は揃ったの?」
「ナナちゃんを先にナグリ村に向かわせている。今日はもう遅いから、翌朝に俺たちも出発しよう。明日になればお前の傷も良くなっているだろうし」
「御免、迷惑かけた。僕の所為でリュカが左足を失ってしまったから、頑張らなくちゃと思って」
「気にするな、いつかはこのことに触れなくてはいけなかった。いい機会になったよ。落ち着いたら、ミサ姉のいるキャラバンへお前を案内するよ。少し前に子どもが生まれたと聞いたから、今頃なら大丈夫のはずだ」
「えっ!? あ、赤子……?」

 思いがけない発言を聞いてカゲがマゼンタの瞳を開く。

「そうだ。ミサ姉はあるキャラバンのリーダーと結ばれて、子を宿した。お前がミサ姉の弟だとわかったてもすぐに話せなかったのは、このためだったんだ」
「そっか……僕、叔父さんになっちゃうんだね。叔父さんかぁ……姉さん、すごいなぁ……」

 姉が母親になっていることを知り、カゲの心に様々な思いがこみ上げる。自分のようにギルドに存在を知られ、立場を隠されながら日陰で活動するような人生を歩むことなく幸せを手にしていた姉の強かさが眩しく感じられた。



 翌日、目測通り怪我が快復したカゲはワカたちと共にナグリ村へ向かった。完成した義足はしっかりとリュカの足に装着されており、使いこなすまでは時間を要するが、じきにかつてのように狩猟に出ることも可能となると言われ五人が喜びにわく。

「すごいですニャ。リュカさん、また歩けるようになりますニャ」
「みんな、サンキューな。ワカの兄貴たちにも礼は言っておいたぜ」
「元の鞘に戻ったってやつかな。少しの間はここでリハビリが必要だろうけど、拠点の皆には長期出張って事にしておくから」
「おう。そんでカゲ、樹海でのことをイアーナから聞いたぜ。お前もやっぱり変わった奴だったんだな」
「黙っていて御免ね。僕も君らと同じ“奇士”ってわけ」
「不思議な巡り合わせってあるものね。本当に特殊なハンターを集められちゃったってわけ?」
「ははっ、そうだろうね」

 カゲは自らの境遇を包み隠さずリュカたちにも説明をした。優れた力を持つが、変わり者。四人が奇士であることが改めてはっきりとする。
 ふとナレイアーナにある考えが浮かび、迷わず口にする。

「ねえ、ワカとカゲって兄弟になるのかしら?」
「いきなりなんだよ、イアーナ」
「共通のお姉さんを持つ弟なら、兄弟って言えそうじゃない」
「ワカ旦那さんもカゲさんも、兄弟の四番目ですニャ」

 弟と呼ばれた二人が顔を合わせる。リククワの参謀役と、まとめ役。金色の瞳と、マゼンタの瞳がかち合い、笑う。

「兄弟、かあ。良いね。ワカ、僕の新しい兄弟だ」
「そうだな。お前も俺の兄弟だ」
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