狩人話譚

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Author:仁助

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第37話 隠伏する怪竜 後編

「捕獲チャンスか?」
「いや、まだ捕獲できるほど弱ってはいない。クリフ、ギギネブラの向かった方角は」
「エリア5っス。ギギネブラが寝床にしているエリアだから、体を休めるつもりかも」
「休息をとるのなら無防備になります。罠を仕掛け、一斉に攻撃しましょう」
「エプサの案に賛成だな、やろうぜ」

 エリア3からエリア5の洞窟へ。狭い通路が数本に分かれたこのエリアはエリア6とエリア7にも繋がっているが、唯一袋小路になっている道がある。その奥からペイントの臭いが漂っている。

「ギギネブラは壁に引っ付いて眠るっス。オレが罠を仕掛けた後に攻撃して落とすから、直後に大技を頼むっスよ」
「任せたぜ、クリフ」

 気配を伺いながら奥の通路を目指す。クリフの言った通りギギネブラが壁に張り付いて寝息を立てていた。しかもエプサのランスやリュカの大剣ですら届かない位置にいるため、クリフのライトボウガンが目覚めの一撃に最適だ。
 罠を仕掛けるクリフを数歩引いた場所で見守っていた三人だったが、不意に背後から何かの気配を感じ振り返る。
 天井に貼り付いて体をだらりとぶら下げている、ギギネブラの影があった。いつの間に背後から接近していたというのか。三人の背を嫌な汗が伝った。

「マジかよ、もう一体いやがったなんて……!」

 構える間も無く、暗がりの中でギギネブラが頭をもたげ首を振りぬくように何かを吐き出す。それは毒ではなく雷をまとった玉で、リュカたちではなく罠を仕掛けていたクリフを狙っていた。

「あっ……!?」

 反応が遅れたクリフの全身に強い痺れがはしり、その場に崩れ落ちる。同時に眠っていたと思われたギギネブラが倒れたクリフを包むように飛びつき、毒ガスを噴射した。辺りが見えないほどの濃厚なガスが、もうもうと煙る。

「クリフッ!!」

 エプサが悲鳴のような声をあげる。毒煙の中からギギネブラが飛びかかってきたのでとっさに盾で防ぐが、態勢が揺らぐ。それでも負けじと尻尾にバベルを突き刺した。
 天井に張り付いていたもう一体のギギネブラが地上に降り立ち、その全貌を明らかにする。白色ではない、黄色の皮。

「何だ!? 色違い……っと、いうことは」
「【電怪竜ギギネブラ亜種】! まさか原種と亜種が共生していたなんて」
「マジかよ、やべぇぞ。おいクリフ! 生きてるか!」

 リュカの怒号にもクリフはぴくりとも反応しない。ワカが万能湯けむり玉を使い毒ガスを相殺させるも、クリフの顔色は蒼白で意識を失っていた。ワカの表情が険しくなる。

(猛毒をもろに浴びた……すぐに解毒しなければ、まずい)

 脈をとればとても弱々しく、いつ止まってもおかしくない状況だ。だが背後ではニ体のギギネブラがこちらを狙っている。この窮地をどう切り抜ければ。ワカは必死に考えを張り巡らせた。
 ふと、クリフの蒼火竜炎舞砲が視界に入る。それを手に取るとゆっくり立ち上がり、弾の装填を行いペイント弾をギギネブラ亜種に放った。的確な射撃にリュカが目を丸くする。

「っおい!? お前、なんでライトボウガンなんて構えて」
「オレとエプサさんでかく乱させる、アンタはその隙にクリフをベースキャンプに連れて行くんだ!」
「…………!」

 今はワカを信じるしかない。気持ちを切り替えてぐったりとしているクリフを抱き上げる。ガクガクと小刻みに震える体は毒の影響だろうか。彼が死の淵に立たされているのだと思い、ぞっとした。
 振り向けば、ワカとエプサが互いの背を預けて立っている。ギギネブラの動きとリュカを交互に見やり、ニ体のギギネブラが壁際に寄った瞬間ワカが左手を振って行くよう指示を出した。
 エリア3から経由すれば、ベースキャンプはすぐだ。一目散に駆け出しリュカは奥の通路から外へ抜けた。ギギネブラたちが逃亡した獲物を口惜しげに見つめるが、諦めたのか目の前の二人に的を絞ったようだ。

「次はワカさん、貴方が逃げてください」

 エプサがたいまつを取り出すと、ギギネブラが熱を感知し吸い寄せられるように彼女に襲い掛かる。長い首で繰り出す攻撃を盾で弾きながら、ゆっくりとエリア7の洞窟へ誘導していく。
 だがギギネブラ亜種は尚もワカに標的を定めていた。腰ポーチに入っている閃光玉に手を伸ばすが、ギギネブラは目が退化していることを思い出し、諦める。
 壁を背にして逃げ道を失ったワカに目がけて雷を帯びたブレスが地を這って襲いかかる。回避が間に合わず直撃したワカが倒れ、エプサが叫んだ。

「ワカさん!」

 ギギネブラ亜種は獲物を雷撃で麻痺させて食らう習性を持っている。このままではワカが捕食されてしまうと思ったエプサが一歩踏み出すが、仰向けに倒れたワカがギギネブラ亜種をまっすぐに見つめていることに気が付いた。彼は麻痺などしていない、それどころかタイミングを計っているのだと。
 ギギネブラ亜種が口を大きく広げる。そして獲物を飲み込もうとした瞬間、ワカは左手に隠し持っていたこやし玉を思い切り投げつけた。至近距離ならばワカでも当てられる。口中に入るとは思いもしなかったようだが。
 想定外の獲物を飲み込んだギギネブラ亜種は驚いて飛び退くと洞窟内を暴れ回り、しまいにはエリア7方面の通路を抜けて逃げ出した。

「エプサさん、こっちだ!」

 体を起こしたワカが手を挙げる。その足下には落とし穴が仕掛けられており、こちらへ誘導を促したいのだと理解したエプサはたいまつでギギネブラをおびき寄せた。
 強い熱に導かれたギギネブラは罠に気付かず氷の穴にはまり、もがく。その間に二人は先に向かったリュカのいるベースキャンプを目指した。



 クリフはベースキャンプの簡易ベッドに寝かされていた。息はあるが死人のような顔色を見てリュカは困り果てていたようだが、二人の帰還に心から安堵する。ここへ向かうよう指示したワカならば、クリフを救う手立てを知っているに違いない。

「無事で良かったぜ。クリフもまだ生きてる」
「こちらこそ安心しました」
「二人も楽にしていてくれ。これから手当てをする。応急処置しかできないけど、解毒だけでもしなければ」

 ベッドの傍に置いてある腰ポーチに手を伸ばす。それは書士隊用装備に付けているものであり、中には医療用の道具が入れられていた。
 解毒薬を注射器に移し、クリフに投与する。続けてホットドリンクも与えると、点滴用の回復薬も取り出した。これらはギギネブラの毒が想定以上に強い場合の対策として、持参したものだった。手間がかかるため、ベースキャンプに置かざるを得なかったが。
 ワカが脈を測りながら様子を伺っていると、クリフの指先がわずかに動く。顔をのぞき込めば、薄紫色の瞳がゆっくりと開かれた。

「……ぐ、ぅ」
「クリフ、具合はどうだ」
「あたま……ぐるぐるして、きもちわるいっス……」
「ちゃんと対話ができるな。脳にダメージが届いていないようで安心した」
「そう……なんスかぁ……?」

 会話もできるクリフの様子に、三人は胸をなで下ろした。凍土で二人目の死者など出したくもなかったのだから。ワカが気だるげな表情のクリフの目の前に青い液体の入ったビンを見せる。

「体を起こすから、解毒薬を飲んでくれ。注射も打ったけど、まだ解毒しきっていない」
「うぇ……まずい」
「気持ちはわかるけど、お前本気で死にかけてんだぞ? 少しずつでいいから飲めよ」
「クリフ、しっかり」

 クリフがゆっくりと解毒薬を口にする。通常なら数秒で飲み干せるそれが二倍以上かかったのは、猛毒の強さを物語っているようだ。本人が苦みの強いものが好みでないことも理由かもしれないが。
 再びクリフを寝かせる。解毒は済んだものの、体力が著しく低下したため復帰は困難だとワカが診断を下した。それを聞き届けたクリフが深い眠りに落ちていく。ゆっくり休めば、いつもの元気な姿を見せてくれるだろう。

「原種が弱ったフリをして寝床へ移動し、ハンターを誘い込んだところを亜種と共に挟み撃ち……こんな狡猾な手を使うなんて、予想外でした」
「これまでの多くのハンターが敗れた原因だ。毒と麻痺、双方の奇襲はいくらG級ハンターでも厳しい。だが、亜種は一時的に撤退させた。俺たちの目的はギギネブラの討伐、原種だけになった今がチャンスだ」
「そうだな。……ってワカ、お前ライトボウガンを使えたのか?」
「それに、ギギネブラ亜種の雷撃を浴びて大丈夫だったのですか?」

 思い出したようにリュカが指摘する。蒼火竜炎舞砲でギギネブラ亜種に向けて弾を入れ替えた上で直撃させるなど経験者でなければできない芸当だ。エプサもワカの体を気遣い尋ねる。

「狩猟笛に比べれば期間は短いけど、この武器を使った時期があるんだ。だから、このボウガンに装填されている弾も把握していた。それに俺の防具はフルフルXシリーズ。雷撃一発程度なら耐えられるし、自然治癒でだいぶ痛みは引いたぞ」
「マジかよ……お前、無茶すんなよ。モーナコが泣くぞ」
「ごめん、ああするしか無かったんだ」

 ワカはブルートフルートを立てかけると、蒼火竜炎舞砲を背負った。クリフの弾丸ポーチを取り外し、慣れた手つきで腰に付けていく。火炎弾の調合も行いながら、ワカはベッドで眠る持ち主に告げる。

「クリフ、武器を借りるよ。今は早期決戦が鍵だ、効きの悪い雷属性より火炎弾で一気に体力を削る必要がある」
「ギギネブラ亜種がいつ戻るかわかりませんものね。それに、ギギネブラに付けたペイントが切れてしまったら再度捜索からやり直しです」
「武器の持ち替えか……すげぇな」

 火炎弾の補填を終えたワカが立ち上がる。フルフルXシリーズと蒼火竜炎舞砲という組み合わせはとても新鮮だが、緊急事態のためこれっきりだろう。
 再出発の前にクリフの様子を見る。静かに眠っており、生命の危機は完全に脱したようだ。あとは依頼を無事に終わらせるだけ。三人は顔を合わせて頷き、ペイントの臭いを追ってエリア3へ向かった。



 獲物を求めていたギギネブラはハンターを見つけるなり這いずってこちらへ向かってきた。首を伸ばす攻撃をかわし、反撃に転じる。
 するとギギネブラが尻尾の先を自身の背に付け、卵塊を産み出した。攻撃の届きにくい背からギィギを産み落とそうとしたようだが、ワカが速射を放って破壊し、エプサの鋭い一撃がギギネブラを転倒させる。それを見たリュカが大剣を背に戻し距離をとった。
 エプサとワカの連携攻撃が決まり、ワカの観察眼が黒龍の幻影を見抜く。今こそ好機。リュカが再び狼牙大剣を構えた。

「狩技を披露してやるから、下がってな!」

 リュカから闘志がみなぎっているのを感じ、ギギネブラの頭部に接近していたエプサが身を退く。彼女の隣ではワカが狩技で仕留め損ねた場合のためにシビレ罠の用意をしていた。
 大剣を後方に下ろす。氷の地面に突き刺さるが構わず、そのまま引きずるようにしながら駆けだした。バチバチと火花が散り、エネルギーが蓄積されていくのが見える。

「っらあああああッ!!」

 ギギネブラが体を起こすと同時に火花をまとう狼牙大剣を一気に振り上げた。閃光のような光と衝撃が頭部に直撃し、ギギネブラが大きく反る。そのまま再び仰向けに転がり四肢をじたばたとさせていたが、やがて動かなくなった。

「見事でした、リュカさん。今の狩技は?」
「【地衝斬】。強烈な衝撃波が出るから巻き込み注意、だけどな」

 依頼に成功してほっとする三人だったが、クリフのことが気がかりになり気球に討伐の連絡を伝えるとすぐにベースキャンプに戻る。
 まだクリフは眠っていたが、そのままユクモ村へ連れて行くことにした。もっとも、飛行船に乗って移動している最中に目を覚ましたのだが。

「ギギネブラ亜種はいずれまた凍土に戻るでしょうね。討伐依頼が出されたら、私たちで遂行します」
「役に立てなくてすまなかったっス」
「亜種が潜んでいたことに誰も気付けなかったから、お前だけの責任じゃないよ。俺の方こそ勝手に武器を借りてごめんな」
「ワカまで蒼火竜炎舞砲を使えるなんて、思いもしなかったっス。やっぱり、あの子の……?」
「……形見を俺が譲り受けた。これよりいくつか強化前の【烈日】だけどな」
「そっスか。……ってことは、あの子の書いた文字、見つけたんスか!? 何て書いてあったんスか?」

 体を起こし今にもしがみ付きそうなクリフはどう見ても健常者で、数時間前まで猛毒で死にかけたようには思えない。苦笑しながらもワカはその問いに答えなかったが、クリフは二人だけの秘密なのだろうとそれ以上の詮索は諦めた。
 クリフの快復を喜ぶエプサだったが、目を通していたギルドの広報に気になる記事を見つけ、見出しを口に出す。

「ワイラー商会のトップが交代?」
「ワイラー商会……って何だっけ、エプサ」
「火の国にある大規模な商会です。病気などではないようですが、まだ息子さんに引き継がせるほどの年齢ではないはず。何か理由があってのことかもしれませんね」
「ふーん、そういう組織なんてものはさっぱりわかんないっス」

 能天気に感想を述べるクリフをよそに、リュカとワカは顔を合わせた。ワイラー商会。アルの父親がまとめる火の国の大規模な商会だ。
 先日の出来事と記事内容に関連があるかはわからないが、アルにはまだ試練が待ち受けているのだろうかとワカは彼の今後を不安に思った。

第37話 隠伏する怪竜 前編

「そう……彼がそんな事を」
「うん。二人に、すまなかったって」
「わたしたちは任務を遂行しただけ。アルヴァドに謝られる必要なんて無いよ」

 バルバレの病室で交わされる会話。カゲとミツキだ。キョウは会話に参加していないものの、ベッドに横渡ったまま耳を傾けている。
 ポッケ村に戻ったリュカたちに事の真相を告げられ、カゲは大いに悲しんだ。アルの弟を救えなかったこと、アルとも別れなければならないことを嘆いたが、これらの話を部下にも伝えなければと強く思い、バルバレで療養中の二人を訪れた。

「あの狩人は、わたしたちを見つけた途端何処かへ逃げようとしていたんだ。それを止めようと恭が迅竜の鳴き声を発した直後、踵を返して襲いかかってきたの。まるで迅竜を討伐しようとするかのように」
「モンスターの鳴き声を聞いたことで、脳が狩人のものへ転換されたのかもね。あの男は精神的にとても不安定だったらしいし、常に朦朧した意識の中で生きてきたのなら、迅竜の声に反応して狩猟本能が働いた可能性がある。……あ、恭を責めているわけじゃないからね?」
「…………。」

 無表情ではあるが、キョウから不満そうな気配を感じ取ったカゲが慌てて弁明する。二人とも頭蓋潰しの追跡という責務を必死に果たそうとしていただけなのだから。

「白土、君は任務に行かないの?」
「凍土の討伐依頼に二人駆り出されていて、僕は留守番。これから拠点に戻るよ」
「そう。わたしたちのことなら心配しないで。もうすぐ退院できそうだから。恭の場合、復帰までは時間がかかりそうだけどね」
「…………。」

 ミツキに目線を向けられ、それをかわすようにキョウが姿勢を変えて背を向ける。骨が砕けた左腕は何重にも包帯が巻かれた状態で、いつ元通りになるかはわからないという。
 長らく職務に就けないことは彼にとって屈辱だろう。その気持ちを悟られないよう、そっぽを向いた。カゲは目を合わせなくてもキョウの性格から内心を察した。

「二人とも、達者でね」
「ええ。そちらこそ」

 病院を出て、待ち合わせの場所へ。そこはリククワへ向かう道に繋がる森の入口で、青緑の髪を緩く結んだナレイアーナが立っていた。

「待たせちゃったかな」
「そうでもないわ」
「じゃ、行こうか。皆の顔を早く見たいしね」

 スタスタと歩き出す小さな背にナレイアーナは複雑な感情を抱く。ポッケ村を発って以降自分の想像した行動を一切とらないカゲを見かね、声をかけた。どうしたの?と振り向く糸目の少年はきょとんとしている。まるで二人の間に何も無かったかのように。

「ねえ、アタシに対して文句の一つや二つ言わないの? アタシ……自分勝手な考えでアンタにケガさせちゃったのよ? アタシを憎いと思わないの?」
「……あのね、レイア。あんな程度で君を心底嫌いになる程、僕は子どもじゃないよ。それにレイアを昂らせてしまったのは、僕の軽率な発言が原因だ。あと受け身を取り損ねた過誤もある」
「…………。」
「僕は君の方が心配だよ。あの男……ミゲルの死を目の当たりにした悲しみは、そう簡単には癒えない。今はリククワで心と体を休めるべきだ」

 責めるわけでもなく優しく諭すようなカゲの語調に、ナレイアーナの乱れた心が落ち着きを取り戻す。取り繕った言葉ではなく本心から気遣っている雰囲気は、自分よりもずっと大人に見えた。

「アンタって不思議な人ね。本当に十も年下だなんて思えないわ」
「ははっ、よく言われるよ。でも、これが等身大の僕さ」

 にこりと笑ったカゲにつられてナレイアーナも口元を緩ませる。あの出来事から数日経ち、微笑ではあるがようやく明るい表情を見せてくれたことに、少年は安堵した。天真爛漫な笑顔が、彼女の一番の魅力なのだから。

「リュカたち、うまくやっていればいいんだけど」
「ワカがついているから大丈夫。ちゃんと補助してくれていると思うよ」
「だといいんだけど。あの二人というか、リュカが一方的にだけど掴みかかったことがあるからね」
「へえ、僕に教えてくれる? その話」
「いいわよ」

 森を歩く男女の話題に上る、ここにはいない仲間。彼らはバルバレから遠く離れた凍土にいる。噂をされたことで二人が同時にくしゃみをしたのだが、その理由は誰も知る由もない。



 凍土のベースキャンプで身支度を整える影が四つ。凍土調査隊の護衛ハンター、クリフとエプサにリククワからリュカとワカが参加した四名が今回の依頼をこなすメンバーだ。
 本来自組織で編成できる彼らが現在二人しかいないことには訳があり、事情を聞かされたワカが鼻をすすりながら驚嘆の声を発した。

「秘境の深層部への調査か……氷海では大掛かりな調査を行ったことは無いな」
「頭蓋潰しが仲間と合流するのに使ったと思われるあの場所を、もしかしたら新たなキャンプ地にできるんじゃないかって。うまくいけば今後の調査がはかどるから、ブルアンが張り切っていたんスよ」
「義姉さんもそんな兄の力になりたいと護衛を申し出て、クレイドさんも参加すると言ったことで、私たちは留守番になりました」

 クリフの兄クレイド、ブルアンの妻でありエプサの義姉、クインを加えた四人が凍土調査隊の護衛ハンターの中心メンバーだったが、秘境の長期調査のために別行動をとったようだ。
 そろそろ出発の時刻だ。暖をとっていた火を消し、立ち上がる。リュカたちがここに来た理由、それはもちろん護衛ではなく。

「……で、留守番が出勤になったわけだな」
「そういうことっス。まあこういう時のためにオレたちが待機していたんだけど。流石に二人だけじゃ厳しいかなって、アンタたちに協力を頼んだんだ」

 緊急時に備えてユクモ村で待機していたこの二人が凍土へ出動しなければならなかった理由。それは思わぬモンスターの出現が原因だった。

「【毒怪竜ギギネブラ】。毒を吐いてきたり天井に張り付いて拘束しようとしたり、やりにくい相手っス」
「しかもその個体は今まで数人のハンターを返り討ちにしてきた、いわゆるG級の強さを誇ります。なので準備を万全にして挑まなければと」
「紅白毒野郎は一度だけ見たことがあったな。そん時は……それどころじゃなかったけどよ」
「……ああ、そうだな」

 リュカが思い返している出来事を同じく思い出し、どこか遠くを見るような目つきになったワカにクリフは首を傾げる。ワカの脳内でナレイアーナに投げ飛ばされる光景が広がっているとは思いもしないだろう。
 それじゃあ、とクリフがギギネブラについて簡単に説明を始めた。

「雰囲気はフルフルに似てるけど、ギギネブラはとにかく毒の攻撃が厄介っス。あと卵の塊を地面に産み落として、そこから幼体のギィギが生まれてこっちを狙ってくるから、塊を見つけたらすぐに破壊しないとまずいっスね」
「卵の処理は俺に任せてくれ。小型モンスターの排除は慣れているし、解毒薬や万能湯けむり玉で補助できるから」
「前もってギギネブラの討伐とお話していたので準備してくださったんですね、ワカさん。ギルドに支給をお願いしていましたが、不要でしたか」
「いいや、持てるだけ持っていく方がいいな」
「すごい徹底ぶりっス。転ばぬ先のなんとやらをどんだけ用意するつもりなんスかね」
「オレやイアーナが考え無しで突っ込むから、こいつくらいは心配性の方がいいってカゲに言われたぜ」

 パーティの生命線を担うこともあってか、ワカの準備態勢は十分すぎるほどだ。解毒笛や解毒薬の調合素材も腰ポーチに詰め込んでいると知ったクリフはただただ驚いてばかりである。

「あと、フルフル同様火属性が弱点っス。つまり火炎弾を撃てるオレの蒼火竜炎舞砲が攻撃の要になるっスね。エプサ、攻撃を引きつけてもらえると助かるっス」
「任せてください。リュカさんはどう動きますか?」
「オレの役割はあいつらの頭に張り付いて攻撃ってところだな。大体の奴らは頭部が弱点だしよ」
「書物によればギギネブラは火属性以外に龍属性もそこそこ通じるから、リュカの狼牙大剣も効果的だ。クリフと二重で攻撃を仕掛けることで大打撃を与えることも可能だろうな。ただ、今まで幾人ものハンターも同様の作戦を練ってきたはず。それなのに討伐が達成できなかったことには、何か裏がありそうだな」
「ええ、かなりの力を持った個体なのでしょう。気を引き締めなくては」

 ギギネブラは主に暗い洞窟の中で身を休めているという。そのためエリア3を経由してエリア5へ向かおうとしたが、空に浮かぶギルドの気球から信号が発せられていることにクリフが気が付いた。点滅する光の言葉を読み、伝える。

「エリア2にギギネブラがいるらしいっス。珍しく活発に動いてるみたいっスね」

 まっすぐ北へ向かいエリア2に突入すると、白い大型モンスターが獲物を仕留めているのを見つけた。毒を浴びたバギィが横たわっており、まだ息はあるものの身動きができなくなっている。

「ギギネブラがバギィを捕食する瞬間が見られるのか」
「書士隊の血が騒ぐっスか、ワカ」
「多少はな。だが食事に夢中になっている時こそ、攻撃のチャンスともいえる。どのタイミングで仕掛けるか?」

 物陰から様子を伺っていたが、ギギネブラは突然辺りをきょろきょろと見回し始めた。数十メートルは離れているにも関わらずこちらの存在に気付いた超感覚にリュカが舌を巻く。

「こんだけ離れてたのにバレんのかよ」
「ギギネブラは目が退化していて、熱を感知することで生体反応を捉えます。この冷えた凍土では私たちは非常に見つかりやすいかと」
「目が退化、か。その点もフルフルと同じだな」
「こうなったら行くしかないっス! やるっスよ!」

 ライトボウガンを構え、クリフが駆け出す。それを追うように、三人もギギネブラの元へ向かった。
 対峙したギギネブラはティガレックスのように前脚を力強く踏み込んで近付き、頭をもたげて不気味な声をあげる。リュカとエプサはガードで咆哮を防ぐが、ワカとクリフは耳を塞ぎやり過ごす。

「さっき言った通り、頭部が弱点っス! オレは長い首を狙うから、リュカは頭を頼むっス」
「おう!」

 ギギネブラの真正面にリュカが立ち、側面にクリフとエプサ、リュカの背後にワカが構える。この陣形を崩さずに立ち回ることができればとワカは思っていたが、狼牙大剣を抜いたリュカが顔をしかめた。

「あのよぉ……こいつの頭、どっちだ?」

 ギギネブラの特徴として挙げられるのが、頭と尻尾が非常に似ている点だ。どちらも先端に同じ模様があり、更に口と思しき穴が尻尾にもある。
 尻尾の肉質は固く、弱点である頭部を守るために硬化したのだろうと推測されている。そのため、ギギネブラはまるで尻尾が頭部であるかのように誤認させるトリッキーな動きを見せるという。
 今回が初めての狩猟となるリュカとワカにとって、この特徴は非常に厄介だ。なんとかサポートをしなければとクリフは自分との距離を離さないようリュカに進言した。

「オレたちはギギネブラを狩り慣れてるから、どっちが奴の頭部かわかるっス。だからオレが狙う方を頭部と思って構わないっス」
「悪ぃな、助かるぜ」

 クリフがペイント弾を撃つと、反応したギギネブラが飛びかかってくる。即座にクリフが横へ逃げ、追いついたリュカが頭部へ溜め斬りを放った。
 攻撃を受け止めつつもギギネブラの尻尾が膨らみ地面に密着させる。鳴き声をあげながら尻尾を離すと、そこには卵の塊があった。ここからギィギが産まれ、獲物を求めハンターに襲いかかる。即座にワカが接近し、ブルートフルートを振るって破壊した。
 その後も攻防が続き、やがてギギネブラが怒りに身を震わせ大きな咆哮を放つ。白色の体がみるみる黒ずんでいき、見るからに毒々しい姿へと変貌した。

「怒り状態に移行しました! 今度は尻尾の肉質が柔らかくなります」
「次は尻尾だぁ? ヘンテコな野郎だな」
「大丈夫、このままオレに続いてほしいっス!」

 クリフの火炎弾の速射が直撃し、ギギネブラの体がひっくり返った。不気味なほど鮮やかな深紅の腹部はまるで切り開かれた内蔵のようでリュカは内心ぎょっとしたが、攻撃のチャンスを逃すわけにはいかずクリフが弾を撃つ尻尾めがけ狼牙大剣を振りおろす。
 ギギネブラが体を起こし、再び黒ずんだ背を見せる。そして四肢を地面に付いたまま腹部を膨らませ、紫色のガスが吹き出した。

「やべっ……!」

 回避が間に合わず、毒ガスを浴びたリュカが膝をつく。ギギネブラが口を大きく広げて動かない獲物を飲み込もうと首を伸ばしたが、すかさずクリフが火炎弾を撃ち阻止した。そして気を引かせるように通常弾も放ちリュカから距離をとらせる。
 その隙に解毒薬を飲もうとしないリュカの下にワカが駆け寄り、万能湯けむり玉を叩きつけた。どうにかベリオXヘルムの口元を開かせると、ようやくリュカが浄化の煙を吸い軽く咳き込んだ。

「ごほっ……やべぇぞ、あの野郎の毒。手が震えてポーチに届かなかったぜ」
「【猛毒】か。身動きがとれなくなるほどとは脅威だな。今まで討伐を果たせなかったのは、この毒のせいかもしれない」

 回復薬を飲み干し体力を取り戻したリュカが立ち上がる。少し離れた場所でエプサが攻撃を引き受ける一方で、クリフが弱点の尻尾に火炎弾を撃ち続けていた。
 ギギネブラの頭部はエプサに喰らいつこうと首を伸ばして振り回し、尻尾は紫色の毒爆弾を産み落として後方からの攻撃を牽制している。なんとも器用な戦いをするものだと、ワカはその動きに注視した。
 再び毒ガスが噴射されたのでエプサが飛び退くが、運悪く風向きが変わり彼女に襲いかかる。盾を構えながら解毒薬を口にしてなんとかやり過ごすが、ほんの僅かでも体に支障をきたす猛毒の強さにエプサも驚きを隠せない。

「なんという強い毒……!」
「ワカは絶対近付いちゃダメっスよ! 生命線のアンタがやられたら、オレたちの負けっス」

 怒りが収まったのか、黒ずんだ体が徐々に元の白色に戻っていく。そうなれば肉質の柔らかい部位は頭部に切り替わる。クリフがボウガンを頭に向けるが、ギギネブラは飛び上がると翼膜のある前脚を羽ばたかせながら別エリアへ移動した。

第36話 四年の果て 後編

 裏ギルドの拠点は地獄絵図と化していた。六人いたはずのくずれハンターはあっという間に斬り伏せられ、リーダー格の男だけが残されている。
 腰が抜けて体の震えが止まらない。涙も目尻にたまっている。それほど恐怖する存在が目の前に立ち、こちらをじっと見ているのだ。
 本当に刹那の出来事だった。丸腰だったアルは背後のくずれハンターから剥ぎ取りナイフを奪い取ると一瞬で急所を斬りつけ、どうと音を立てて男たちが倒れた。
 これが対人戦闘術に特化したギルドナイトの本気。生き絶えた仲間たちの死に顔を見て、自分もこうなるのかと男は無表情でこちらを見下すアルを見上げる。

「た、助けてくれ! あいつのことなら何でも教える、だから殺さないでくれ……!」
「…………。」

 ピクリと反応し、ナイフを握っていた手を下ろされる。話を聞いてくれる姿勢を見せたアルに安堵しながら、男は保身のため饒舌に語りだした。

「あれは四年前だったか……禁忌のモンスターが現れたとか言ってハンターや書士隊がシュレイド城に調査に向かったきり行方がわからないって話を聞いてよ、何か金目の物でも落ちてないか探しに行ったんだ。その時に城の外であいつを見つけた。全身大怪我、顔には火傷、喉も焼かれていて無惨だったが息があるとわかって、俺はあいつを拾ったんだよ。薄ぼんやりした不気味な奴だがこっちの指示は理解できるようでよ、色々と手伝ってもらったぜ。だがここんとこ余計に頭がイカれちまったのか、何かに取り憑かれたみたいにハンマーを振るってモンスターの頭を潰し始めたって仲間が話してたんだ」
「…………。」
「な、な? 奇行の指示は出してない、そして俺はあいつの恩人なんだよ。だから見逃してくれ……」
「……その恩人が、何故弟を見殺しにした? 大方捨て駒のように扱っていたのだろう! 身元の知れない男だから都合がいいと拾い、いざ命を落とせば遺体を処理しようとしていた貴様に恩人などという言葉は似つかわしくない!!」

 怒気のこもった声に男がすくみ上がる。元からアルはこのくずれハンターを見逃す気など無かった。話はしたんだ、だから殺さないでくれと命乞いをする姿はひどく滑稽で、アルは哀れな男が最早同じ人だと認識すらしていない。
 これ以上話を聞く必要など無い。アルは右腕を振りあげた。だが、男の首を狙うその腕を背後から強い力で引き止められ、驚いて後ろを向く。それと同時に鈍い衝撃が頬に走り、アルの体が飛んだ。

「君に課せられた職務は、裏ギルドの拠点の調査だ。遭遇したくずれハンターの処刑の権利は無い。正当防衛とはいえ、よくもまあ派手にやったものだね」

 殴られた頬を押さえながらゆっくり体を起こすと、ギルドナイトのアンナが冷ややかな視線をこちらにぶつけていた。
 柔らかいものに手が触れ下を見れば、事切れたくずれハンターの遺体が目に入りアルの血の気が引く。怒りで我を忘れた結果、この惨状をつくりあげてしまったのだと。

「ま、一人だけ残してくれただけでもいいかな。彼を連行の上、ギルドでたっぷりと聞かせてもらうよ。お手柄と言いたいけれど、始末書ものだってことを覚悟した方がいい、アルヴァド・M・ワイラー」
「…………。」
「そこの寿命が数日伸びただけの死に損ない、今のうちに聞いておきたいことがある。頭蓋潰しの遺体はどこだ」

 急に冷えた声で訪ねられた男が再び震え、ガタガタと揺れる指先で奥を指す。逃げられないよう男を拘束した後に奥へ行くと、そこには布でくるまれた何かが無造作に置かれていた。アンナはゆっくりと近づくと布を捲る。ベリオXヘルムの下で怪訝な表情を浮かべた。部下に似た顔があったからだ。

「……アルヴァド、この男は君の弟か?」

 のろのろとアルが起き上がり、布に包まれた遺体を見る。変わり果てた姿の弟をようやく目にした兄は息を呑んだ。
 顔だけならば似ている。だが、確実に弟だと言える証拠はまだ無い。アルは遺体の左腕の衣服をナイフで裂いて素肌を晒した。ミゲルならば、ここに過去に見せてくれたモンスターとの戦いによる傷痕があるはずなのだ。

「…………。」

 褐色の左腕に、爪で裂かれたような三本の傷痕があった。まだ下位ハンターだった頃に渓流で討伐に挑戦したロアルドロスにやられたと、ミゲルは語っていた。
 ここで眠っているのは紛れも無くアルの弟、ミゲルだった。

「間違いない。私の弟……ミゲルだ」
「そうか。こんな形で頭蓋潰しの終焉を見届けることになるとはね」

 アルはミゲルの頬にそっと触れる。火傷の痕が痛々しい。自分と同じ漆黒の髪は四年前より伸びていて、だいぶ印象が変わったが大切な家族に違いは無かった。
 ミゲル。その一言を発したきり、アルの口から嗚咽しか漏れなくなった。アンナは、顔を伏せて涙を流すアルからそっと背を向ける。

(彼は四年前に出現した黒龍の調査のために組まれた書士隊の一人として、シュレイド城へ発った。その時恐らく黒龍の影を見たのだろう、襲撃され唯一生き延びたが精神をやられ、廃人となってしまった。本来ならそこで朽ちるべきだったが、裏ギルドの人間に拾われたことで手駒としてモンスターの陽動へ使われた。そして最後には命を落とす……やれやれ、酷い運命をたどったものだね)

 アンナが知っていたのは、ミゲルがシュレイド城調査の一員に選ばれ、そこで行方をくらませたことのみ。アルが弟を捜せばやがて黒龍という禁忌の存在を知ってしまう。だから詮索はよせと釘を刺していたが、手遅れだった。

(それでも、最期は兄弟と再会できた。それだけでもマシかな)

 ワイラー商会にも裏でミゲルの捜索をしないよう進言していた。それがかえってアルの弟に対する気持ちを強めてしまう一因になってしまったが、こうして死に目に会えただけでもアルにとっては悪い結末ではないように思える。

(四年前のあの出来事が、こんなにも多くの人を不幸にするなんてね。グリフィスちゃんが討伐してくれて本当に良かった)

 その少女も、四年前に黒龍と接触したことで長らく復讐に身を焦がしていたのだから、彼女を支えてくれたあの狩猟笛のハンターとオトモアイルーにも感謝するべきだろう。だが、その後そのハンターに悲しい別れが訪れた。

(彼も、こうして嘆いたのだろうな。あの女性を見送るために、治っていない足を引きずって向かった果てに)

 彼にとってはもう一人の村の生き残りだった女性。彼女もまた、密猟者が起こした問題により命を落としてしまった。同じ結末を見てしまい、胸が痛む。
 そう思い返していると、外からアルの名を呼ぶ声が聞こえて耳を澄ます。岩の扉の隙間から顔を出せば、二人の男がこちらを見ていた。たいまつの光が自分を照らしている。片割れが先ほど脳裏をよぎった人物だったので目を見張った。

「やっぱりアンタか」
「ワカ、お前が言ってた奴か?」
「ああ。アンナ、俺たちはアルを捜しに来たんだ。そこにいるのか?」
「……今は仕事中でね、無事だから安心しなよ。極秘任務の最中だから、戻ってくれないかな。事情は後で説明する、酒場で待っていてほしい」
「けどよぉ、アルが」
「……リュカ、行くぞ」

 アルを心配して奥に進もうとするリュカをワカが制し、大人しく引き上げる。ワカはうっすらと血の臭いを嗅ぎ取っていた。間違いなく見ていいものではない光景が広がっているのだろう。

「やれやれ、聡い彼がいてくれて助かったよ。後は……ここの片付けだね」

 現場に視線を戻せば五人の遺体、呆然としている一人のくずれハンター。弟の死に泣き崩れるギルドナイトの部下に、ギルドが目をつけていた頭蓋潰しとされる男。やらなくてはならないことが山積みだ。



 アンナが酒場を訪れたのは日がどっぷりと暮れてからだったが、それにも関わらずリュカたちの姿を見つけたので、よほどあの部下は慕われているのだろうと思う。
 だが、同伴者が増えていた。それも女性だ。ハンターがエコールシリーズと呼んでいる服装の特徴から、ギルドガールだろう。

「悪ぃ、飯は先に食っちまった。必要なら注文するぜ」
「構わないよ。彼女は……?」
「リククワのギルドガール、リッシュだ。アルの話を聞きたいとここへ」
「私のような者が関わってはならないとは承知しています。ですがアルはリククワの一員、私たちにとって大切な仲間なんです」

 椅子から立ち上がりお願いします、と頭を下げるリッシュの前でアンナは腕を組みながら察した。真剣な眼差しを見ればわかる、彼女にとってアルは『大切な仲間』以上の感情を抱いているのだと。
 リッシュの同伴を許可し、マスターに頼み個室へ入れてもらう。その後頭蓋潰し、そしてアルについて全てを説明した。アルの所業は伏せておきたかったが、今後のことを考えこの三人にだけは打ち明けることにした。リッシュの表情がどんどん暗くなっていく。

「弟さんを捜していることは知りませんでした。そんな悲しい再会を果たすなんて……」
「彼は裏ギルドの調査をしていただけなんだ。そこで弟を見つけられたのは運命なのかもしれないね。兄弟がお互いに会いたいと強く願っていたからあの顛末に結びついた、そう考えたいよ」
「イアーナも会いたがってたんだけどな」

 そう呟きながら冷水を煽るリュカの脳裏に、涙を流しミゲルの名を何度も呼ぶナレイアーナの姿が蘇っている。ミゲルを捜していたのは、兄だけではない。

「ミゲルといったか、アルヴァドの弟はハンマー使いだったそうだね。もしかしたら、本物の頭蓋潰しである彼女と同じ行動をとることで、何かを思い出したかったのかもしれない。精神をほとんど破壊されながら、よくあそこまで生き永らえたと思うよ。ミゲルにとって、彼女と兄は心の支えだったのだろうね」
「アルは、今どこで何をしてるんだ?」
「ギルドの個室で拘留という名の休息を与えている。裏ギルドのアジトの一つを暴いた功績があっても、許可も無く五人もの命を奪った汚点をチャラにすることはできない。同情の余地はあるから、少しでもお咎めを軽くするよう進言するつもりだ。君らはこの後拠点に帰るんだろう? その前に一度会いに行ってやってほしい」
「……お願いします」

 アンナは三人を連れ、ハンターズギルドのある部屋へ案内する。ノックをするが、返事は無い。ゆっくりと扉を開けると、薄暗い部屋の中でベッドに腰掛けるアルの姿が見えた。

「アル……!」

 リッシュの声を聞いてアルが顔を上げる。疲れきった表情をしていたが、少しだけ光が射したように見えた。なるほど、こちらもそういうことかとアンナは内心思う。

「帰る時は裏口から出るんだよ。それじゃ、僕は行くから」
「ありがとう、アンナ」
「なに、たまには世話を焼きたくなっただけさ」

 礼を述べるワカにヒラヒラと手を振り、アンナは部屋を出た。静寂の中、全員が何を言おうか戸惑っている空気が漂い始める。
 はじめに口を開いたのは、アルだった。重い声が部屋に響く。

「皆、迷惑をかけてすまない。村には代わりの者が行くから、物資の心配はしなくていい。……もしかしたら、そのままその者と交代するかもしれないが」
「そんな……! しっかりと事を片付けてから、またリククワに来てください」

 リッシュがアルの褐色肌の手をとる。ところがアルは反射的にその手を振り払ってしまい、直後にハッとした表情を浮かべた。

「す、すまない。だが、この手は先ほど人を殺めた血で染まっている。今までも職務とはいえ、何人もの命を奪ってきた。そのような汚れた手を握っては……」

 言葉を遮るように、再びリッシュが手を握る。包み込む両手に目をやり、それからリッシュの顔を見た。彼女は優しい笑みをたたえているが、目には真摯な気持ちが込められていた。首を横に振り、励ますようにぎゅうと手を握りしめる。

「そんなことは無いです。貴方は誇りを持って職務を執り行ってきたはず。それを汚れているなどと言っては、ギルドナイトを貶すことと同然。アル、貴方の手は綺麗です。とても……」
「リッシュ……」

 アルが空いた片手でリッシュを抱き寄せる。人の温もりを求めるような幼い抱擁に、リッシュはされるがままに体を預けた。
 しばらくしてアルは背後にリュカとワカが立っていたことに気が付き、慌ててリッシュの体を離す。二人とも微笑ましそうに見守っていたようだが。

「良かったな、アル。お前をちゃんと待ってくれる奴がいてよ」
「ああ。……そちらに戻れるよう、努める」
「俺たちも貴方の帰りを待ってるから」
「ありがとう、ワカ。シラトにもよろしく伝えてほしい」

 こくりと頷き、ワカとリュカが部屋を出る。最後にリッシュも立ち去ろうとしたが、呼び止められて振り向くと手に何かを手渡された。手の平に収まってしまうほどの、小さな麻袋だ。

「いつか君に渡したいと思っていた。寒い環境でも育つ花、【紅生花ベニイキバナ 】の種だ。どうか村で育ててくれないか」
「わかりました。貴方の帰りを迎え入れられるよう、美しく咲かせてみせます」
「ありがとう。それじゃあ、“また”」
「はい。また……」

 リッシュもまた去り、アルは一人薄暗い部屋の天井を見上げた。自分が犯したことは、遠い故郷にも伝わるだろう。あの父が後継者ではない自分の処遇をどうするかなど、想像にたやすい。
 商会から除名処分を受けるのは確実だろう。アルは既に覚悟していた。リククワに足を運びたい、皆に会いたい思いは本物だが、現実はそう甘くはない。だからせめてもの手向けとして、リッシュにあの花の種を託したのだ。『貴方を守る』『たくさんの思い出』などの花言葉を持つ、あの花を。

(このような結末を迎えても……ミゲル、お前を見つけ出すことができて、本当に良かった)

 あの時裏ギルドの拠点で涙をひとしきり流したはずなのに、再び一筋の涙が頬を伝った。

第36話 四年の果て 前編

 びゅうびゅうと寒風が容赦無く頬を撫でつける。ここで倒れていた男の失踪にリュカたちは呆然と立ち尽くしていた。命を落としていたはずのあの男が息を吹き返して動き出したとでもいうのか。

「マジかよ……一体、どうなっていやがんだ」
「…………。」

 困惑するリュカを後目に、ワカはしゃがんで地面を調べている。指で直に触れて何かを確認していると、やがて屈んだ体勢のままゆっくりと崖側へ歩いていったのでメイがその背に声をかけた。

「ワカ、アンタ何やってるんだい?」
「誰かの足跡がある。リュカやナナちゃんのものとは異なる足装備みたいだ。吹雪で隠れているけど、血痕も見られるな」
「それは、どういう、ことですか?」
「リュカがナナちゃんを連れてポッケ村に戻った後に、何者かが雪山に登ったんだ。そして、ミゲルを回収した可能性がある。……リュカ、ドスブランゴの遺骸はどこにあった?」
「奴は確か……この辺りだ」

 リュカの指す場所は崖寄りで、そこもまた丹念に調べてみると散らばった白い毛や引きずった跡があった。その先は……崖だ。

「もし“奴ら”の仕業だったとしたら、目的はやはり密猟。ドスブランゴの討伐のためにミゲルを差し向け、双方の死亡を確認した後にミゲルだけを回収してドスブランゴの遺骸は崖下へ捨てたのかもしれない」
「……まさか、本当にあいつらが仕組んだのかよ?」
「そんな非道なことをする奴らがいるのかい? ハンターの能力を悪用して、更にモンスターの遺骸を投げ捨てるなんて信じられないよ」

 驚きと怒りを露わにしながら話すメイの声を聞いたパイがびくりと怯える。だが、彼女の目にも同じく非難の色が見えた。

「それが裏ギルドの手口。証拠をもみ消すためなら人の道を外れたことだって平気で行う……自然の調律も担うハンターの風上にも置けない奴らなんだ」
「んで、ミゲルを回収してどうすんだよ。死んじまったけど、仲間だから連れて帰りたかったのか?」
「いいや、違う。自分たちとの接点を知られないよう、遺体を人目につかない場所に葬るつもりだ。海の底、火山の火口……とにかく誰にも見つけられないような所へ」
「マジかよ。いくら悪いことをした奴でも、アルがずっと捜してきた弟だってんなら話は別だ。しかも利用するだけして死んだらポイだなんて、許せねぇぜ」
「だが、ここから先はギルドナイトの仕事だ。俺たちはただのハンター、あちらと接触することで立場を危うくする可能性が高い。そもそも裏ギルドの連中の仕業と確定できたわけではないし、情報を提供することしかできないだろうな」

 すぐにポッケ村に戻る方針を固め、四人は下山する。体調を崩したナレイアーナと療養しているカゲは村に滞在してもらうことにした。メイとパイは引き続き雪山の調査を行うためここで別れ、リュカとワカはリッシュの駆る飛行船でバルバレギルドへ飛んだ。



 一方、バルバレギルドを中心とした賑やかな地域から外れた場所で一人の男が辺りを捜索をしていた。ラングロシリーズ――経験を積んだハンターならばレプリカだとわかるだろう――を身に着けているアルが、今まで集めた情報を元に裏ギルドの居場所を特定しようとしていたのだ。だが、どこにも手がかりになるようなものは見つからず、ため息をつく。

「あれ? アンタ……」

 突然背後から声をかけられ振り向く。そこにいたのは以前アルが処刑しようとしていた青年、リュークだった。依頼を終えた帰りだったのか装備しているアロイSシリーズがやや薄汚れており、きょとん顔でこちらを見ている。外れにギルドナイトが単独でいたことを不思議に思っているからだろう。

「あの時のギルドナイトだよな。その、あれからちゃんと真っ当なハンターとして頑張ってるよ。この間、上位に昇格もできた。アンタがイリスの言葉を受けてオレを許してくれたおかげだ。感謝してるよ」
「…………。」
「えーと……邪魔しちまったかな。それじゃ、装備を修理に出して姉さんの所に行くから」

 面のようなラングロヘルムを着けているために表情が窺えず、返事も無いためリュークはアルを怒らせてしまったのではと恐々する。
 気まずさから踵を返しこの場を立ち去ろうとしたが、少し離れていたはずなのにアルの右手が自分の腕を捕まえていたのでぎょっとした。

「っ……!? な、なんだよ……」
「…………。」

 困惑するリュークの瞳に対し、アルもまた反射的にとってしまった自身の行動に戸惑っていた。この青年はほんのわずかとはいえ、裏ギルドと接触したことがある。口外はしていないだろうが、何か手がかりを知っているかもしれない。
 しかし彼から情報を得ることは、万が一裏ギルドに動きを知られた場合に抗争に巻き込まれてしまう可能性がある。青年には長らく入院している姉がいて、彼女のためにハンター稼業をしていることをアルは後にイリスから聞かされていた。
 そのことを考慮すると、リュークに裏ギルドの情報を喋らせるのは危険だと頭のどこかが警鐘を鳴らした。だが……。

「君は、裏ギルドの拠点に入ったのか?」
「…………!」

 アルにはその音を聴き入れる余裕が無かった。弟が頭蓋潰しであること、そして裏ギルドと繋がっていることを知った今、すぐにでもミゲルを見つけ出し粛正しなければならない使命感に駆られていたのだ。ギルドナイトの誇りと、せめて兄の手で弟を救ってやりたいと思う優しさが、ないまぜになった感情が全てを支配していた。
 一方、初めてアルの声――無論、声色は多少変えているが――を聞いたリュークは更に驚き、固まってしまった。だが、ラングロヘルムから覗く青い瞳に必死な想いを感じ取り、ゆっくりと頷く。

「裏道でイーオスシリーズを装備した男に声をかけられたんだ。金に困っているならいい依頼を紹介しようか、って。大きな肉屋の南側の、細い裏路地だ」
「…………。」
「その後、町から離れた場所に案内された。合言葉を言っていたよ。それは……」
「…………、感謝する」
「こんなことで役に立てればいいけど。それよりそこへ行って、どうするつもりなんだ? もしかして捕まえるのか?」
「……そういうところだ」
「それじゃあ、あいつらを……処刑しちまうのか?」
「奴らは密猟を行い、自然の摂理を破壊する。それにより、場合によっては何の非も無いハンターや一般人が巻き込まれて命を落とすこともある」
「その、気を付けて。くずれとはいえ、あいつらだってハンターだから腕っ節はそこそこ強いはずだよ。もちろんアンタだって十分強いのはわかるけど」
「自分を処刑しようとしていた男を気遣ってくれているのか。やはり君をあの場で斬らなくて良かったと思う」
「…………。」

 すっと足早に立ち去るアルの後ろ姿をリュークは黙って見送るしかできなかった。たった一人で裏ギルドに潜入するなんて可能なのだろうかと不安がよぎるが、こんなことを誰に相談すればいいのかもわからない。
 とにかく今は姉の見舞いに行こう。そう思い直し、バルバレの繁華街へ向かった。



 リュークの言っていた通り、普通の人間が通りそうに無い外れの裏道に男が石壁に寄りかかかっていた。金の工面に困り疲弊しきっていたリュークは、この場所の違和感に気付かず通過したところに声をかけられたのだろう。
 あえて猫背になってとぼとぼと歩き、男の横を通り過ぎる際にわざとらしく大きなため息をつく。そうすれば自分も困っている人間と判断してくれるから。目論見通り、男が肩を落とすアルに声をかけた。

「よう、兄ちゃん。何かお困りのようだな?」
「リオレウスとの狩猟で武器を破損してしまってな。依頼にも失敗して、武器を買い直す金も無い。お先真っ暗さ」
「…………。こっちに来いよ。アンタほどの腕前ならいい仕事があるぜ」
「本当か? どうかよろしく頼む、困り果てていたところなのだ」

 大げさに喜び、窮地に陥っている無警戒な狩人を演じる。男はアルの姿を一瞥すると、すんなりと裏ギルドに通すことを決めたようだ。
 バルバレから離れ、やがて岩壁に穴をくり貫いたような洞窟にたどり着いた。中は暗くよく見えないが、奥から誰かの声が聞こえる。合言葉のようなそれに男がリュークの話していた言葉で答えると、暗闇で何かが動く音がする。岩を扉のようにして潜んでいたのだろうか。

「どうした、新入りか?」
「金に困っているそうだから連れて来た」

 そうかよ、この間一人減ったばかりだからなぁ、へへへ。品の無い笑い声にアルは密かに顔をしかめる。弟はこんな奴らと関わっていたのかと信じられない気持ちになった。
 この場にいるくずれハンターは六人。デスギアシリーズを装備したミゲルと思しき男が見当たらないことは幸か不幸か、とアルの心境は複雑だ。
 人数はやや多いが、隙をついて束縛していけば。腰ポーチに入れられている拘束力の高いネルスキュラの糸製の縄の数を思い出しながら、アルはきょろきょろと初めて見る裏ギルドの拠点に驚いているハンターのふりをした。

「ところでよう、兄さん。アンタ、武器は何を使っていたんだ?」
「双剣だが」
「へー。そんな“偽物”の防具でよく戦えたな?」
「!」

 アルの目が見開かれる。紛い物の装備で狩猟に行けるハンターなどいるはずが無い。自分の正体を見抜かれていたことに面の下で動揺する。
 にたり顔を浮かべた男はアルの反応に正解だと把握すると腰に付けていた剥ぎ取りナイフを抜き取り、たいまつの明かりにチラチラと照らす。

「最近ギルドナイトがここを嗅ぎ回ってるって聞いたんだけどよ、アンタもその一人だろ? 目障りなんだよなあ」
「俺たちを欺くために丸腰で来るたぁ、馬鹿な奴だ。獲物が無けりゃこっちのもんだぜ」

 くずれハンターが動き、やがてアルを取り囲む。六対一。絶望的な状況の中、アルはゆっくりとラングロヘルムに手をかけた。半ば自棄になっていたが、これは大きな賭けでもあった。

「こっ、こいつ……あいつにそっくりだ」

 晒した素顔を見て一人のくずれハンターがうろたえる。漆黒の髪、褐色肌、彫りの深い顔だち、青の瞳。これらの特徴から『あいつ』と称したのは、間違いなく弟ミゲルのことだろう。

「まさか“アレ”の身内にギルドナイトがいたなんてなぁ。悪事に手を染めた兄弟を連れ戻しに来たってところか?」
「……まずはお前たちの処刑が先のようだな」
「この状況でよく言えたもんだぜ。サックリ殺してあいつの所に送ってやるから、抵抗しない方がいいぜ」

 殺して、ミゲルの所へ送る?

 ドクンとアルの中で強く心臓が脈打った。

「一緒に氷海の底にでも沈めてやろう。そろそろ腐敗が始まっちまうからな」
「いいや、地底火山の方がいいんじゃないか? 兄弟揃って顔に火傷の痕をつけたりしてよお」

 ゲラゲラと笑うくずれハンターたちの中心に立つアルの拳が震えている。真下を向いたまま動かないアルを見て男たちは観念したのだと思ったのか、死を覚悟したであろうアルの表情を覗き見て、絶句する。
 そこには鬼の顔があった。



 バルバレに到着するや否や、リュカたちはまっすぐハンターズギルドへ向かった。そしてギルドマスターに雪山で起こった事の一部始終を伝えた上でアルの所在を訪ねるも、任務に出ていると返されてしまい行き詰ってしまう。
 いくらギルドを束ねる存在でも、様々な職務を行う一介のギルドナイトの行き先までは管理できるわけもない。建物の入口で、これからどうしようかと頭を悩ませる。

「どこに行っちまったんだろうな、アル」
「任務が終われば、やがてここに戻る。そこを捕まえるしかないが、何もせずにずっと待つのは時間の無駄だと思う」
「やっぱ、そうだよなぁ。簡単な任務であってほしいぜ……ん? あいつ、もしかして」

 ワカと話していたリュカが見覚えのある姿を見つけ、名を呼ぶ。弾かれるように顔をあげたのはリュークだ。装備を修理に預け私服に着替えていたリュークはリュカの顔を見るなり駆け寄る。その形相は、必死そのものだった。

「リュカ!」
「久しぶりだな、リューク。これからセラの所に行くのか? オレも見舞いに……」
「頼む、あのギルドナイトを助けてくれ!」
「まさか……アルか!?」

 縋るようにリュカを見上げながら叫んだリュークの言葉に、ワカが驚く。二人は顔を合わせ、事が思った以上に、それも悪い方向に進行していることを直感した。

「さっきリュカだと思って声をかけた人がいたんだけど、人違いでがっかりしていたんだ。同じベリオXシリーズだったから」
「ベリオXシリーズ……?」
「だけど、その人もギルドナイトだったよ。正式な証も見せられたし、本物だと思う。部下を捜しているって言ってたから、教えたんだ。でも、二人でもあいつらを捕まえるのは……」
「リューク、オレらにもその場所を教えろ。お前はセラの所に行ってな」
「わ、わかった」

 説明を受け、二人は駆け出す。途中リュークが話していたことを思い出したリュカが一歩後ろをついて来るワカに尋ねた。

「オレとギルドナイトを間違えるなんて、あいつ相当慌ててたんだな。オレの鎧は縁が赤いって前から言ってたのによ」
「……リュカ、もしかしたら俺たちが行っても徒労に終わるかもな」
「あぁ? なんでだよ」
「そのギルドナイトは……俺の知っている男かもしれない」

第35話 頭蓋潰し 後編

 急いでナレイアーナの後を追ったため、今の事態に役立てられるものを所持していないことにリュカはため息をついた。せいぜい腰ポーチに入っていた携帯食料とホットドリンクぐらいだ。

「さっきはすまねぇ。ぶっ叩いちまって」
「……別にいいわ。こんな程度じゃ済まされないことをしたんだもの」

 ナレイアーナは正気を取り戻したようだ。氷の壁に寄りかかり、足を抱え込んで座っている。リュカもベリオXヘルムを外し、ふうと白い息を吐いた。
 外は夜が更けたことも加わって何も見えない。天候が落ち着きしだいポッケ村へ下山したいところだが、いくら寒さに強い体といえど、いつまで我慢できるだろうか。

「ねえ、リュカ」
「どうした。どこかケガしてんのか?」
「違うわ。今から独り言を話すから、黙って聞き流してほしい」
「……おう」

 本当はきちんと耳を傾けてほしいのだろう。だがそうと言えないのは、後ろめたい内容だからだ。リュカは律儀に背を向けて座った。

「アタシの両親はモンスターの研究者だった。書士隊に近い組織にいたみたい。二人ともモンスターが大好きで、アタシの名前は【炎妃龍ナナ・テスカトリ】様と【雌火竜リオレイア】ちゃんを混ぜたものらしいわ」

 青い鱗を持つナナ・テスカトリと緑の鱗を持つリオレイア。空の青と葉の緑を混ぜたような青緑色の髪から、【ナレイアーナ】という風変わりな名前は付けられた。ワカとカゲの呼称は偶然とはいえ彼女にとって複雑な思いを抱かせたようだ。

「だけど、モンスターに夢中な二人はたまたま生まれたアタシのお世話なんてしてくれなかった。赤ちゃんの頃はお手伝いさんがいたそうだけど、お金がかかるから途中で解雇しちゃったって。アタシの最初の記憶は、用意された食事と広い部屋だけ。どんなにいい子にしていても、二人は家に戻るなりまたモンスターの本を読みふけって。私は両親にとっていらない存在だって、ずっと思ってた」

 初めて打ち明けられたナレイアーナの過去。両親の話を聞かなかったのは自分のように死別したのかもしれないと思っていたが、予想外の内容にリュカは背を向けたまま表情を強ばらせた。

「ある日、二人は戻ってこなくなった。いよいよ邪魔なアタシを捨てたのか、それともモンスターの調査中に死んだのかもしれない。正直、どちらでも良かった。それよりもこれから一人で生きていかなくちゃと思って、家を出た。でも子どものアタシは何もわからなくて、行き倒れになったのをハンターが助けてくれたわ。ハンマーを担いだ、優しい男の人。それで、ハンターになることを目指したの」

 ハンマーを使うきっかけになったハンターは話を聞く限りでは非情な行動をとる人物とは思えない。ならば、何故彼女は頭蓋潰しと呼ばれるまでになったのだろうか。ナレイアーナは静かに独り言を続ける。

「ハンマーを握って初めてモンスターを討伐した時に、アタシの中で何かが弾けたわ。アタシから両親を奪ったモンスターをこうしてやればいいって誰かが囁いた気がするの。それから一生懸命経験を積んでハンターランクを上げて、自分のありったけの力をぶつけるようになった。最後に頭を潰すようになったのもその辺りから。【頭蓋潰し】と呼ばれていることは知っていたわ。人に害を与えることは無かったからか、ギルドも強く出られなかったようだけど。アタシが興味を持っているのはモンスターだけ。人なんて気にしなかった」

 だけど。そう言ったナレイアーナの声色が変わった気がする。おそらくあの人物について語ろうとしたからだろう。外で無惨な死を遂げていた、アルによく似た男を。

「ある日討伐を終えたところに単独で調査をしていたあの人が、ミゲルが現れた。アタシのしたことを見て驚いたけど、否定も肯定もしなかった。だけど、こう言ったの」

『モンスターを憎むのではなく、慈しむ気持ちを持ってみないかい?』

「はじめは話を聞くつもりなんて無かったわ。それでもミゲルは何度もアタシにモンスターの本を見せたり、話を聞かせてくれた。街で飼育しているアプトノスの赤ちゃんがタマゴから孵った時には、その子を抱かせてくれた。……涙が出たわ。アタシは両親に愛されなかった。なのに、この子はこの世界へ生まれ落ちたことをみんなに祝福されてる。羨ましくて、妬ましいと思ったわ。だけど抱きかかえた赤ちゃんはとても温かくて、か弱い存在で……守ってあげたいって気持ちになった」

 ナレイアーナがモンスターに抱いた感情は母性愛だった。どのモンスターにも可愛いと褒めていたのは自分が両親からそう言って欲しかったのだろうかとリュカは思う。

「その日以来、アタシは頭蓋潰しをしなくなった。する気が起きなくなったの。それからはミゲルとコンビを組んで活動を続けてたけど、四年前にミゲルは樹海の調査に向かってずっと行方不明。だからアタシはロックラックからバルバレへ来た。過去の過ちを犯さないように武器をヘビィボウガンに変えてね。まさかリククワでお兄さんに会うなんて思わなかったわ」
「……あいつは、アルの弟だったのか?」

 質問をしてから独り言に反応したことにリュカはしまった、と背を向けたまま顔をしかめるが、ナレイアーナは構わずに答えてくれた。

「そうよ。ミゲルたちはワイラー商会長の子どもで、アルは三人兄弟の真ん中。跡継ぎじゃない二人は親から愛を注いでもらえなかったんだって。境遇が似ていたからかしらね、アタシがミゲルと仲良くできたのは」
「…………。」
「ミゲルはアタシを好きだと言ってくれた。でもアタシがミゲルを好きだという感情を持っているかは、わからなかった。アタシは誰からも愛されたことが無かったから、愛する気持ちがどんなものなのか知らないのよ」

 愛、という言葉を聞いてナレイアーナのオトモアイルーが思い浮かんだ。いつも側にいて支えてくれるオトモアイルーに【アイ】という名を付けたのは、自分にそれを与えてくれることを望んでいたからだろうか。桜色のアイルーは、それがわかっていたかのようにナレイアーナを友のように、時には姉妹のように接していたように見えた。

「リュカ……愛って、何かしら。好きになるって、何かしら。アタシは……ミゲルを愛していたのかしら?」

 これは独り言ではない。自分への問いかけだ。リュカは振り向いてナレイアーナと向き合う。とても苦しそうに悲しむナレイアーナの顔があった。しばらく考え、言葉を選び、自分なりの答えを伝える。

「オレにもわからねぇよ。けどよ……ミゲルつったか、あいつが白牙野郎に殺されたとわかって、敵討ちをしたんだろ? 許せねぇ、殺してやるって思うぐらい大切な存在だったんだろ? そういう気持ちがわいてきたんなら、間違いなくお前はあいつを好きだったんだよ」
「そう、なの……?」
「でなけりゃ、封印してたハンマーを使ってあんなことするかよ。お前、今までどんなことをされてもモンスターに酷いことしなかったろ。お前はミゲルから愛情ってやつを教わって、その気持ちに答えてやった。そんな奴の命を奪われたから、ぶち切れたんだ。……ディーンを殺された時のユゥラみたいに、な」

 ジンオウガ亜種討伐の直前にユゥラに鎮痛剤を打ってもらった際の一幕は今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。愛する夫を殺されたユゥラはジンオウガ亜種を『殺して』と叫んだ。モンスターを尊重するのが信条の書士隊であっても、ユゥラは夫を亡くした妻としてやりきれない気持ちを訴えたのだった。

「今のオレにはイリスがいてくれれば十分だ。ワカはそれを“家族愛”だと言ったことがある。愛情は家族やダチにも与えられるって。自分じゃわかってねぇんだろうけど、お前はしっかりミゲルを愛してたぜ。自信持てよ」
「…………!」

 ゆっくりとナレイアーナがリュカの胸に飛び込む。抱きつくように手を背に回すとわなわなと肩が震え、やがて嗚咽が聞こえ始めた。わああ、と子どものように泣きじゃくる姿はとても痛々しく、リュカはナレイアーナをそっと抱きしめる。その背は、華奢な妹よりも細く弱く感じられた。
 慟哭は長く長く続く。頭蓋潰しは、たった今死んだ。リュカはそう思いながらナレイアーナにしばらく胸を貸していた。



 どれくらい時間が経過しただろうか、ナレイアーナが落ち着いてきたのでそろそろ大丈夫かと体を離すと、泣き疲れたのか眠りに落ちていた。だが何かがおかしいと額に手を当てれば熱を感じ、慌てて抱き上げる。
 モンスターの討伐を行った後に寒い場所でじっとしていたため、体を冷やしてしまったに違いない。山頂で死を遂げたミゲルのことも気がかりではあったが、まずは彼女を村に連れ帰らなければならないとリュカは急いで下山した。
 まだ強風は吹いていたが、洞窟を抜けた先のエリア1で待機していたメイとパイと合流し、事情を説明する間も無くナレイアーナは二人によって部屋に運ばれ、看てもらうことになった。医療技術に詳しいパイならば安心して預けられる。
 別部屋で眠るカゲを置いたワカだけがリュカから雪山で見聞きした全てを受け取ることができた。目を閉じながら話を聞き終えると、金色の瞳がリュカを見上げる。

「……大変だったな、リュカ。ナナちゃんを助けてくれてありがとう」
「オレぁ……ただ話を聞いてやっただけだ。何もしちゃいねぇ。あいつはきっとミゲルを連れ戻したかっただろうが、それすらもできなかったしよ」
「あの天候とナナちゃんの不調では、ナナちゃんを救うことを優先する方が正しかった。その男の遺体の回収は夜が明けてからになるだろうな。だが……アルの弟が、まさか崩れハンターだったなんて」

 ワカはあの男、ミゲルを密猟者のようだと心の中で罵ったことに複雑な気持ちを抱いていた。兄のアルは誠実で勤勉なギルドナイト、その弟がハンターの道を外す行動をとるようには思えないからだ。

「カゲはミゲルの心を覗いた時に、真っ黒で何も見えなかったと話していた。既に正気ではなかったのかもしれないな」
「死んじまった相手をどうこう言うのは変だけどよ、正気じゃねぇ奴がギルドに見つからないようコソコソ動けるもんなのか? 頭がイカれちまった奴の判断力なんてガキ以下だと思うがな」
「…………。」
「おい、どうした?」

 リュカの発言を聞いたワカが手を顎に当て考え込む。何か深く思い出しているようで、しばらく返答が無かったがやがて考えがまとまったのか顔を上げた。

「もしかしたら、わずかな気力だけで生きていたのかもしれない。ハンターと書士隊の誇り、そしてナナちゃんとの思い出を理性の糸にして、自分がどうなっているのかもわからないまま、それでも何かを見つけるために」
「わからない? 自分がおかしくなったこともわかんねぇってか」
「そうだ。顔に火傷を負うような大怪我をしたんだ、もしかしたら声を発しなかったのも、素性を知られないようにするためではなく、喉も焼かれたからかもしれない。そして、その原因が行方不明になった四年前にあるのだとしたら……」
「マジかよ。それじゃあ、あの野郎は四年間もフラフラとさまよってたのか? ハンマーでモンスターを殺しながら?」
「いいや、違う。頭蓋潰しの情報が出てきたのはここ最近のことだろう? 誰かがミゲルを動かしていた。ほとんど自意識を失っているミゲルを、裏で利用した奴らがいるんだ」
「……それが、前に聞いた“裏ギルド”ってやつか?」
「おそらくは」

 ゆっくりと頷いたワカにリュカはマジかよ、と再び呟く。心も体もボロボロになったミゲルを裏ギルドが拾い、利用していたのだとしたら。四年もの間捜し続けていたアルがそれを知ったとしたら。罪人の処刑を専門とする彼が黙って見逃すはずが無い。
 もっともらしい話ではあるが、推測の域を出ない。ワカはきっぱりと自身の説を否定した。

「確証は無いから、ただの憶測に過ぎない。今のは忘れてくれ。まずは翌朝、村長に事情を話して雪山へ行こう。そしてミゲルの遺体を回収し、アルに一部始終を伝えるんだ。アルはミゲルが頭蓋潰しだということを知ったようだから。だからこの顛末は伝えなければならない」
「……そうだな」

 ふう、と息を吐くと眠気が襲ってきた。数時間の間に起こった出来事がようやく落ち着いたことで、体が疲労感を訴えてきたようだ。短時間でも体を休めるべきだとワカに言われるがままにベッドへ向かい、目を閉じた。



 夜が明け、村長に説明をしたワカはリュカとメイ、パイと共に雪山に入りミゲルの遺体の回収に向かった。
 吹雪の夜を経たことで足場が不安定だったが、洞窟の中は安全に進めたので目標地点へ到着するのにはそう時間がかからなかった。リュカが思い出すように雪壁を指し……あ然とする。

「……ミゲルが、いねぇ?」

 ドドブランゴの遺骸と共にミゲルの遺体が、跡形も無く消え去っていた。

 直後に吹いた風が、嫌な予感を四人に伝えた。
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