狩人話譚

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第44話 名化の末子 後編

 少し離れた場所で大木に背を預けたカゲが、ゆっくりと目を開く。優れた聴力が上空で何かの鳴き声を聞き取ったことで意識が浮上したようだ。それは聞いたことのない生物のもので、だが不思議と馴染みがあるように感じた。

「カゲ、大丈夫!?」
「うん。それよりレイア、空を見て」
「空? ……真っ白で何も見えないわよ。ついでに言うと、アタシの嗅覚も反応無し」
「そう……。レイア、僕は此処で休んでいるから早くリュカたちの応援に」
「わかったわ。絶対に安静にしててね」

 ナレイアーナを見送り、カゲは目を閉じる。上空では、まだ何かが鳴いている。どうしてそんなに必死に鳴くのだろう。生物の言語などわかりもしないが、何故かカゲはそう思った。



 エイドが一時もワカの傍を離れることは無かった。時折黒土色の髪を梳き、頬を撫でる。こんなに近くにいるのに、眠り続けるワカが遠く感じられて思わず呟いた。

「ワカにいちゃん……」
「……ヒ、ナ」
「え……?」
「ヒナ……ヒナ……」

 ワカが再び口を開いたと喜んだのも束の間、何度も呼んでいるのは幼馴染の名前。自分を選んでくれたとはいえ、やはり本心は彼女に向いたままだったのだろうか。エイドは酷く落胆した。
 だが、ヒナという女性が今どうなっているのかを思い出した途端、顔を青ざめさせる。まるで死者の世界にいる彼女に導かれているようではないか。ベッドの上に投げ出されていた左手を両手で包む。

「嫌、逝っちゃ嫌やっ! お願いヒナさん、ワカにいちゃんを返して! 戻ってきて、ワカにいちゃん……ワカ……ジンッ!」

 左手を口元に持っていき、唇を寄せる。目からこぼれたいくつもの滴が、左手にパタパタと落ちていった。



 リュカとリンフィは目の前で起こっている光景に呆然としていた。嵐のような強い風が、ウカムルバスを足止めするように吹いている。それはとても局地的で、リュカたちには何の被害も無い。見えない第三者からの援護のように思えた。

「な……んだ、これ」
「何ぼさっとしてるのよ! チャンスじゃない!」

 駆けつけたナレイアーナが立ち尽くす二人に怒号を浴びせる。すぐさましゃがみ撃ちの構えを取り速射を放つが、風の壁に遮られてしまう。

「嘘、これじゃ攻撃が……!」

 頼みの綱だったナレイアーナの攻撃が通じないとわかり、リュカは覚悟を決めて狼牙大剣を取った。
 ウカムルバスのいる向こう側に飛ぶことは不可能、かといって冷水の中に入るのも無謀だ。そんな中、リュカにはたった一つの手段が頭に浮かんでいた。成功するかどうかはわからないが、これしか残されていないのだと覚悟を決める。
 呼吸を整え、大剣を地面に下ろし引きずるようにして駆け出す。狩技、地衝斬の構え。

「うおおおおっ!! 届けえええええええっ!!」

 雄叫びをあげながら氷の大地を穿つ。全身全霊の力を込めて狼牙大剣をすくい上げるように切り上げ、巨大な衝撃波をウカムルバスめがけて放った。

「!!」

 クレバスを砕き風をも断ち切った一撃が命中すると、ウカムルバスが悲鳴をあげる。体を起こして天へ向け口を開くが咆哮をすることも無く、ゆっくりと地に沈んだ。
 それを見届けるとリュカもその場に崩れ落ちた。許容範囲を越えるエネルギーの消費に肉体がついてこれない。苦しい呼吸を整えるので精一杯だ。

「リュカ、生きてる?」
「な、なんとか、な……。あの、野郎は」
「…………見たところ、起き上がる気配は無い。仮に数年前のように生きていたとしても、しばらくは暴れられないだろう。問題は、ここが開放的になっていることだね」

 リンフィが目を凝らしてウカムルバスの様子を窺う。そこへ快復したカゲが戻ってきた。奥で倒れている巨躯を見つけて討伐に成功したのだと喜んだが、リンフィの複雑そうな表情にも気付き眉をひそめる。

「崩竜の討伐、若しくは撃退に成功って事で良いのかな」
「一応は、ね。安全確保のためにも、この場所もしばらく封鎖したいところだ」
「……皆には聞こえていないと思うけど、ずっと上空で何かが鳴いているんだ。ここまで来るとモンスターの可能性が浮上してくるね」
「まだモンスターがいるの? もう戦えないわよ。弾はほとんど使い果たしたし、リュカも動けないわ」

 ナレイアーナが横たわるリュカに目を向ける。肩で呼吸を繰り返すリュカは指一本動かす気力すら失っているようだ。
 カゲは空を見上げる。雲に隠れているのか姿は見えない。見張っているというよりは、見守っているような気配を感じた。

「兎に角、此処を去ろう。先ずは村に戻ってからだ。この場をどうするかはこれから考えようよ」
「そうね。リンフィ、リュカを運ぶのを手伝って」
「……悪い」

 女性二人がリュカに肩を貸し、ゆっくりと雪山深奥を後にする。しばらくして、鳴き声が遠ざかると共に地響きが聞こえた気がした。



 左手が突然温もりに包まれた。心が安らぐと同時に強い感情が流れ込んできて、ワカはようやく名を口にできた。

「……エドちゃん?」

 その言葉を聞いたヒナが微笑む。ゆっくりと体を起こし、辺りを見回すがエイドの姿はどこにも無い。だが、今もはっきりと左手に彼女の存在を感じる。

「良かった。ジンが本当に大事に想ってる子の名前を呼べて」

 ヒナはワカの体についた雪をはらい落とし、左手を取ると彼の頬に添えた。状況を読めていないきょとん顔に言いつける。

「これでわかったでしょ、ジンはここにいちゃいけないの。あの子の傍にいるべきだよ」

 ディーンがワカの右手を握る。熱を持つ左手に対し、右手には何も伝わらない。いる場所が違うのだと直感する。

「帰る前に、背負ってきた重荷は置いていってもらおうか。君のことだから、このことを都合の良い夢で僕らも幻だと片づけてしまうかもしれないけれど、それでも構わない。君は生きている、その事実だけは絶対に変わらない」
「ディーン、俺」
「僕からの最後の頼み、聞いてもらえるかな?」
「……もちろん」
「あの子に伝えて欲しいことがあるんだ」

 ディーンが『あの子』と呼ぶのは妻のユゥラしかいない。その後語られた言葉を聞いたワカは目を丸くした。金色の瞳を潤ませ、答える。

「伝える……! 絶対に伝えるから!」

 ワカの生きる意志に応えたのか、ヒナとディーンの姿が薄れていく。驚いて幼馴染と目を合わせるが、子どもの頃に見ていた時と全く変わらない、勝ち気な笑顔があった。
 ヒナは一歩前に出ると、ワカの右頬に顔を寄せた。実体を失いつつあるようで何かが触れた感覚は無かったが、彼女は満足しているようだ。

「死んだ後だったけど、わたしの最初で最後の相手がジンで良かった。ずっと大好きだよ、ジン。でも、生きてあの子と幸せになってね。ナバケの運命は間違いなく変わった。もう何にも縛られることは無いんだよ。だから前を向いて、自由に生きて。ジン……ううん、“ワカ”」
「もう無茶をしては駄目だよ。みんな、心配しているんだからね」
「ヒナ! ディーン!」

 二人がすう、と消えていく。不思議と寂しさは無かった。二人だけではない、両親も、故郷の人々も、どこかで自分を見守ってくれていたのだと感じ取れたのだから。



 時間はかかったものの、どうにかポッケ村に戻ることができた。リュカも自力で歩けるほどには回復したが、まだ体は疲れきっている。
 だが宿からエイドの泣いている声が聞こえる、とカゲが呟くと全員が疲労していることなど忘れて駆け出す。そしてワカのいる部屋に入ると……。

「……おかえり、みんな」

 泣きじゃくるエイドの頭を優しく撫でるワカが四人の帰りを待っていた。



 ウカムルバス討伐の経緯を村長やギルドガール、メイたちに伝え、ワカと話ができるようになったのはどっぷりと日が暮れてからだった。
 まだ体を起こすことができず、ベッドで寝たままの体勢でワカが礼を述べる。

「本当にありがとう。俺を助けてくれたことも、ウカムルバスを討伐してくれたことにも感謝するよ」
「ずっと言ってたんだぜ、『村を守ってくれ』ってよ。お前からの依頼も果たしたってわけだ」
「……そうか。それじゃ報酬を用意しなくてはいけないな」

 まさか真に受けるとは思わず、先の発言を撤回しようかリュカが悩んでいると、カゲが代わりに答えた。

「てっきり『覚えてないから報酬なんて無い』と言うと思ったよ」
「確かにそんなことを口走った記憶は無い。それに、守ってほしかったのはポッケ村ではなく俺の故郷だ。そう願っていたのはうっすらと覚えているよ」
「なあ……アンタがいた村、【ナバケ】っていうんだろ?」

 リンフィが口を挟み、エイドが顔色を変える。やはりリンフィはワカの故郷を知っていた。ならばその生い立ちも。

「リンフィさん、ワカは」
「いいんだ、エイド。……俺の故郷の名は、ナバケ村と呼ばれていた。密猟者と、くずれギルドナイトがつくったんだ」
「密猟者……」

 今度はリュカが反応した。あの日ワカが口にした密猟者という意味が、わかりかけてきた気がする。

「昔、ある一帯のモンスターを根こそぎ狩ったハンターがいた。彼らは密猟者としてギルドナイトに処刑されるはずだったけれど、何故かギルドナイトは責務を放棄して共に行方をくらませたらしい。そして逃げ延びた雪山の奥地に村をつくった、それがナバケだ。俺はその人たちの末裔……この体には密猟者の血が流れている」
「でも、違うんです、ワカは密猟なんてしてない。アタシが保証するし、リュカさんたちもわかってるはずですよね」

 ワカを庇うようにエイドが続ける。先ほどから愛称ではなく呼び捨てになっているのは気のせいではなさそうだとリンフィは思う。ナレイアーナがエイドに頷いてみせた。

「そうね。アンタはモンスターにしっかり理解を示しているし、ウルクちゃんの子どもをリュカが狙った時も必死に抵抗していたわ。ねえ、リュカ」
「おう。……すまねえ、疑っちまって。数日前にモーナコと話してんのを聞いちまったんだ。『俺が密猟者だ』って言ってたから」
「数日前……ああ、あの時か。正しくは『密猟者“の子孫”』だな。密猟者の血を引いているから、あながち間違いではないけど」

 自嘲するような笑みを浮かべるワカを心配そうに見つめるエイドの手を取り、ワカは全てを打ち明けた。恋人や、義兄弟にしか話さなかったことを。

「監視役としてギルドから遣わされた竜人族の長老は、未来予知の力を持っていた。俺はハンターとして人の為に尽くし、やがて白い大地で命を落とす運命であることを知ったんだ。ハンターを辞めていたら別の道を辿ったかもしれない。だけど、俺はどうしてもハンターを続けたかった。運命に真正面から立ち向かうことで、村で散ったみんなの運命も背負い、一緒に打ち砕きたかったからだ。俺の運命は、きっとウカムルバスに倒されることで果たされるはずだった。でも、みんなのおかげで変えられたんだ……ありがとう」
「ナバケ村の末裔……か。やっぱりアンタとアタシが会うことは運命だったのかもね」
「リンフィさん?」

 リンフィがベッドに近づく。その表情に悪意は無く、どこか楽しんでいるようにさえ見えた。

「アタシの家系はそんなに地位は高くないけど、一応ギルドナイトでね。遠いご先祖に密猟者と一緒に逃亡した男がいたそうなんだ。男の兄は一族の恥である弟を処刑する決意をしていたけど、それが叶ったのは爺さんになってから。どうして密猟者を匿ったのかはわからない。でも、弟は殺される間際でも満足そうな顔をしていたらしい。……もしかしたら、アンタとはご先祖さんが同じかもしれないね」
「それはまた……奇妙な縁だな」
「ま、アタシはギルドナイトじゃないし、そんな昔のことどうでもいいと思ってる。アンタをどうこうする権利も無いし、何かするつもりも無いよ」
「そうか……」

 長く話を続けたせいか、一息つくワカの顔色に疲れが見える。それを全員が察し、今日はこれで終いにした。明日にはリククワに戻らなければならない。
 ワカは怪我のために動けず、しばらくポッケ村に世話になるらしい。エイドがつきっきりで看病をするので、リュカたちは彼女にワカを任せることにした。
 そこまで決めたところで全員が部屋を去るが、ワカがリュカを呼び止めた。エイドにも席を外すように伝えたので、よほど重要な話なのかと緊張感が高まる。

「あんまり無理すんなよ。しんどいんだろ」
「大丈夫だ。それより、どうしてもアンタに話しておきたいことがある。……俺が雪山で倒れていた時、イリスちゃんはどこにいた?」
「イリスが?」

 突然挙げられた妹の名に戸惑う。だが、答えを待っているワカは眠そうにしており、躊躇っている時間は無さそうだ。

「具合が悪くなって運ばれてから、別の部屋で休んでる。今はだいぶマシになって、話もできるぜ。あいつがどうかしたのかよ」
「ブレスを受けた後、視界にウカムルバスが見えていよいよ死を覚悟した。だけど、その時温かい風が俺を守るように、強い風がウカムルバスを押し退けるように吹いた。故郷が崩壊した日に感じた風と同じだった。意識が朦朧としていたから、幻かもしれない。だけど、この目に透けた古龍の姿が見えたんだ」
「古龍……だって? 風、つったら暴風野郎か?」
「クシャルダオラではなかった。文献でしか見たことが無かったけれど、あの姿は【嵐龍アマツマガツチ】だと思う」
「……マジかよ。すげえもん見たんだな」

 ウカムルバス討伐の際に目の当たりにしたことから不思議な風が吹いた事実は認めるが、古龍が見えた件については半信半疑だ。何より、この話がイリスと何の関係があるのだろう。

「俺の故郷を襲ったのはジンオウガ亜種。近辺にモンスターがいないはずだったのに奴が現れた謎が、ようやくわかった。ジンオウガ亜種は、住処を追われて村にやって来てしまったんだ。霊峰に住んでいたジンオウガの原種が渓流に姿を見せたのと同じように、ジンオウガ亜種を追い出したのは、アマツマガツチだったんだ」
「……なあ、ワカ。オレにそんな話をしてどうすんだよ。そういうのはイアーナやカゲの方が」
「ごめん、長くなった。そのアマツマガツチの幻の中に、誰かがいた。それが……イリスちゃんに見えて」
「…………は?」

 しばし遅れて間の抜けた声が出た。アマツマガツチとイリスを同一人物のように言われ、リュカは混乱する。どうして一人の人間を古龍と同一視したのか。それこそ幻覚ではないだろうか。頭を振って否定する。

「意味わかんねえよ。イリスを心配していたから、なんとなくそう見えたんじゃねえか?」
「そうだといいけど……。古龍が人間に変身して人と接触するおとぎ話があるくらいだから」
「……疲れてんだよ、さっさと寝ろ。雪山の依頼があったら、また様子を見に来てやるからよ」
「…………。」

 眠気に耐えきれなくなったのか、目を閉じるとあっという間に寝息が聞こえる。突然古龍の話を持ち出し、その場に妹がいたなどと、とんでもない発言をしてくれたものだ。だが……。

(今まで何度もオレたちを守ってくれた風が吹いた時、あいつは……)

 数々の場面が思い浮かぶ。氷海でクシャルダオラと遭遇した時。極限状態のセルレギオスに追い詰められた時。そして、今回のウカムルバス討伐の時。ワカをウカムルバスの追撃から守ったのも含め、全ての時にイリスは。

(……やめだやめだ。そんなこと考えてる場合じゃねぇだろ)

 考えを中断してリセットする。イリスとは血の繋がっていないが、大切な家族。それ以外の事実などいらない。
 布団を頭から被り、眠りに落ちる。夢の中で、妹は不安になっている兄を励ますように無邪気に笑っていた。

第44話 名化の末子 中編

 穏やかな眠りから目覚めるように、ゆっくりと瞼を上げる。白に囲まれたそこは、生まれ故郷だった。ジンオウガ亜種に襲撃される前の、時の流れがわからないほど常に雪に覆われた、静かな村。
 夢を見ているのか、それとも。ワカは後者の可能性を信じた。その予感は、後ろから聞こえた声で確信となる。

「ジン」
「…………ヒナ?」

 本名で呼ばれて振り返ると、八千代シリーズを身につけた幼馴染が立っていた。一度だけ墓前で夢のような幻を見たのだが、こうして実体で会い、その上声も聞くことができるなんて。
 立ち上がり、ゆっくりと近づく。象牙色の髪、ヘーゼルの瞳、左の目元にある泣きボクロ。ああ、本当にあの子なんだ。動かない彼女の肩にそっと手を乗せようとして……

 思い切り頭を叩かれた。

「ヒ、ヒナ、何を?」
「ジンのバカ! どうして来ちゃったの、早すぎるよ!」

 大人の女性の声でヒナが怒鳴る。よくこういう調子で怒られていたな、大人の声はこんなだったんだなと考えてしまうほど自分の思考回路が鈍くなっているのだと、ワカは他人事のように思う。

「俺は……死んだのか?」
「まだ、なんとも言えないよ。だけど僕らの声が聞こえてしまうということは、“こちら側”に近づきつつあるんだろうね」
「!」

 問いに答えた声は、低くも穏やかだった。だが、その声ももう聞くことは叶わない。顔を向ければ、自分が守りきれなかった男がいた。生前と変わらない、優しい温顔。

「ディーン……!」

 涙であっという間に視界がぼやける。ディーンはかつて夢に現れた時と同様ルメッサシリーズを身に付けていた。二人とも、命を落とした時の出で立ちだ。
 涙を拭うために視線を落とすと、自身もフルフルXシリーズを着ていることに気付く。このまま自分も彼女たちの方へ行ってしまうのだろうか。顔を上げると、ディーンが困ったように笑った。

「少し、話をしようか。言っておくけど、僕らは君を迎えに来たんじゃないからね?」
「当たり前でしょ。……まだ時間はあるし、泣き喚いたって向こうに戻してやるんだから」
「…………。」

 まだ意識がぼんやりとしている。夢なのか現実なのか、判断ができない。しかし不思議とこの場が心地良く、それでいて突然足場が無くなって底の見えない闇に落とされそうな危うさも感じる。
 どうしようもなく不安になったワカは、縋りたくなって誰かを呼ぼうとした。だが回転の鈍った頭では名を紡ぐことができず、意識がまどろんでいく一方だった。



 巨大なモンスターで真っ先に思い浮かぶのは鎧竜グラビモスだろうか。ウカムルバスは、それよりも何倍も大きい。それ故に、どんな動きをするのか想像がつかない。

「一見ただのデカブツに見えるけど、さっきも受けた通り体がデカい分咆哮の威力も半端じゃないし、軽くぶつかるだけで転がされるよ」
「マジかよ。あれだけのデカさなら納得するけどよぉ」
「全部をアカムトルムと重ねるのは安易で好ましくはないが、奴は時折地面に潜り移動することがあった。あの顎を利用して氷の大地を叩き割って地中に潜る可能性もあるから気を付けな」
「そろそろ作戦会議の時間は終わりだね、やるよ!」

 もう少しリンフィのアドバイスを聞きたかったが、カゲがそれを遮る。何故ならウカムルバスが短い四つ足でこちらに向かって来ていたからだ。すぐさま四散する。
 地面をすくい上げるように顎を動かすだけで、宙に放り出された雪が大きな塊になって降ってきた。あれにぶつかったら、氷の重石が体にまとわり付いてしまうだろう。
 リンフィはワカが砕いた右顎を狙うことにした。反撃を危惧して、動きやすい剣モードで斬りつけていく。一度砕かれたあそこは攻撃が通りやすいはず。あの巨体にダメージが蓄積されるまでかなりの時間がかかりそうだが。

「レイア、僕らは此方を」
「わかったわ」

 リュカとリンフィがウカムルバスと真っ向から対峙する一方で、カゲとナレイアーナは後方に回った。狙うは尻尾。リノプロスほどあろうかというほどの太さを持つ尾も脅威となるに違いない。

「ヌイが改造をしてくれたおかげで、この武器でも尻尾の切断を狙えるようになったのは嬉しいわね」
「その弾、数に限りがあるんでしょ? 僕が少しでも攻撃できる時間を作るよ」
「任せたわ」

 ナレイアーナがアスールバスターに【斬裂弾】を装填する。本来は装填する枠の無い弾だが、ヌイの手により内蔵が可能になった。あらかじめ限られた弾しか入れられないものの、攻撃の幅が広がる利点を得た。

「行くよ!」

 前衛の二人がウカムルバスを引きつけてくれたおかげでエキスも難なく奪うことができた。威勢の良い声をあげ、ヘイズキャスターを地面に強く突いて跳躍する。一度では届かず、腰付近に着地すると同時に再び飛び上がってようやく背に乗り上げた。
 異物に気が付いたウカムルバスがリュカたちへの攻撃を止め、カゲを振り落とそうと暴れ出す。尖った殻に必死にしがみ付き、動きが止まったところでヘイズキャスターを思い切り突き刺した。

「くっ、固い……!」

 岩のような殻に阻まれ、体が仰け反る。それでも諦めずに隙を窺っては同じ箇所を徹底的に狙い続けた。殻を砕くのが先か、振り落とされるのが先か。カゲはひたすら一心に武器を振りあげる。

「目を伏せな!」

 下にいるリュカたちに向けてのものだろうか、リンフィが叫んだ。この発言は閃光玉のサインだ。予想通り目映い光が広がり、ウカムルバスの動きが止まる。それと同時に渾身の力を込めた一撃が殻を突き破った。

「今だ!」

 転倒する巨体から振り落とされながらカゲが叫ぶ。呼応するようにリュカとリンフィが顎を、ナレイアーナが尻尾を攻撃した。だがウカムルバスが体を横たえていた時間はわずかで、すぐに体勢を立て直されてしまう。
 体をぶるりと振るわせる姿はあまり攻撃が通じてしないのではと不安にさせるほどだ。直後、口から白い息を大量に吐き出した。明らかに興奮している。

「まずい、離れろ!」

 リンフィが声を荒らげるが既に遅く、ウカムルバスは体を起こし咆哮を放った。ただの雄叫びにも関わらず、地を揺るがし空気を裂く衝撃波が襲いかかる。
 あっという間に吹き飛ばされた四人だったが、深い痛手を負ったわけではない。起き上がって武器を構え直す。リュカも同じく立ち上がろうとしたが、様々な赤が目に映った。

「…………。」

 リュカが飛ばされた先は、ワカが倒れていた場所だった。まだ血痕が残っており、千切れたフルフル亜種の艶皮も落ちている。
 生死を彷徨うワカには生き延びてもらいたいが、自分たちもウカムルバスを討伐し生還しなければならない。村を守るという依頼を受けたのだから。

「咆哮をあげるだけで衝撃波を放つなんて、恐ろしい相手だね」
「そうだね。だけど、あいつの奥の手はまだ使われていない」
「えっ?」

 クレハを呼び戻すカゲがリンフィの発言に耳を疑う。あれだけでも他のモンスターには無い強力な攻撃だ。それ以上の威力を誇るものを持っていると受け取れる言葉は、目の前のモンスターを一層巨大に見せた。

「予兆がわかれば対処は可能だ。今のアタシたちにできることは、ひたすら同じ所を攻め続けること。カゲ、アンタも尻尾の切断に加わりな。アカムトルムもよく尾を振り回していたから、少しでも危険性は排除する方がいい」
「了解。燐飛たちも気を付けて、ずっとあの鋭い顎を相手にするんだからね」

 雪山の最奥部ということもあり、頬を撫でる風も痛いほどに冷たい。いくら寒さに強いリュカたちでも、ホットドリンク無しでは狩猟を続けられないだろう。
 武器を強く握りしめる。全てはポッケ村を守るために。ワカからの依頼を果たすために。



 いつの間にか倒れていたようで、横になった視界は幼少期にヒナと外で遊び回って転んだ際に見たものと何ら変わらなかった。
 唯一違うのは自分が大人になっていること、そして頭が冷たい雪ではなく誰かの脚に乗せられていることだ。目線を少しだけ動かすと、心配そうに見つめる幼馴染の顔があった。

「……ジン、起きてる? 寝ちゃダメだよ」
「まずいな。ワカ、しっかり。君はまだこちらに来てはいけない」

 ディーンに肩を揺すられる感覚は、朝を迎え自分を起こしに来た父親を思い出させる。そういえば、とワカは唐突に口を開いた。

「ようやく、わかったんだ。村を襲った本当の元凶が……。そして、俺を守ってくれた、あの温かい風の正体も」
「ジン……どうしたの?」
「全てがわかって、満足したんだ。十分、生き抜いたつもりだよ。俺も、皆の所に逝きたい……なあヒナ、いいだろう?」
「…………。」

 故郷と家族を失って十数年、そして幼馴染との離別を越えて一年。目の前で散っていった全ての命を背負い、運命と立ち向かった。だが、それが重荷となり長年の間ワカを苦しめていたのだ。
 ワカは運命から解放されたがっている。ヒナはそう感じた。だが、命を手放すことだけが解放に繋がるとは考えていない。彼には戻るべき場所があるのだから。

「ねえ、ジン。わたしの名前を呼んで」
「……ヒナ?」
「うん。何度も、何度も呼んで。想いを込めて、眠ってしまうまで、ずっと」

 言われるがままに、ワカはヒナの名前を口にした。それは、ここから遠く離れた女性に伝えるための最後の掛けだった。



 興奮状態になったウカムルバスの攻撃はより苛烈になる。時には巨体が飛び上がり地面を叩き割ろうかというほどの地響きを起こし、四人を追いつめた。

「手応えがあるのか判らないけど、本当に利いてるのかな……」
「それでも、やるしかないのよ。斬裂弾は使いきったし、通常弾に切り替えるわ」
「さっきみたいに突然飛び跳ねる可能性もあるから、しゃがみ撃ちは控えておきな」

 しばし対峙したことで、四人はウカムルバスの行動パターンを読み始めていた。大きな体が災いして旋回が遅く、振り向くまでのわずかな時間が数少ない攻撃のチャンスだ。
 回復薬も生命の粉塵も底を尽きそうだ。ワカがいれば隙を見て調合をしてくれるのに、という考えをカゲはすぐさま捨てた。今は討伐のみに集中しなくては。

「そこだぁっ!」

 リュカの溜め斬りがゆっくりと振り向いたウカムルバスの右顎に的中する。ワカが砕いたそこに当たると、ヒビが広がってバキリと大きな音を立てた。ウカムルバスが悲鳴をあげて怯むが、またも即座に態勢を立て直したために追撃は叶わない。
 その時、ウカムルバスが残された左側の顎で地面を抉り、氷の海へ潜った。今までも数度潜水してはザボアザギルのように背を覗かせながら接近して四人を弾き飛ばしてきたが、今回は様子が違う。一向に姿を見せる気配が無い。

「あの野郎、一体どこへ行きやがった?」
「……いたわ、あっちよ!」

 臭いを追ったのか、ナレイアーナが指で位置を示す。クレバスを挟んだ向こう側に巨大な山が見えた。地上に出たウカムルバスは四人をしっかりと捉えており、頭を下げて身構える姿はハンターの勘に危機を知らせた。

「逃げろっ!」

 そう叫んだのはリンフィだ。直後、ウカムルバスの口が開きブレスを地中に向けて放たれた。圧縮された水鉄砲のような吐息は吹き出した冷水をあっという間に凍りづけにし、巨大な氷となって四人に襲いかかる。
 視界が白に染まると誰かの悲鳴が聞こえ、リュカが主を捜す。地吹雪が和らぐとクレハが目の前に飛び込んできて驚くが、傍らで倒れているカゲを見つけて声をかけた。

「カゲ、大丈夫か!? ……さっきのでけぇ氷にやられたか、くそっ!」

 深紅の髪に細かい氷の粒がまとわりついている。ブレスの直撃こそ避けたものの、頭に岩のような氷を受けてしまったようだ。目を閉じたまま起きる気配が無い。

「イアーナ、こいつを頼む! オレとリンフィで時間を稼いでやるから」
「……気を付けてね」
「頭を打ってるから、あまり揺らすんじゃないよ。さあ、行きな」

 アスールバスターを背負うとカゲを抱いてナレイアーナが去る。再びウカムルバスが体当たりをするがすんでのところでかわし、その背に食らい付いたリュカが尻尾に狼牙大剣を振り下ろした。
 確かな手応えは骨まで断ち切った感覚があった。太い尾が宙を舞い地面に音を立てて落ちると同時にウカムルバスも倒れ伏し、投げ出されている後ろ足に斬りかかる。

「リュカ、下がりな! 特大のをお見舞いしてやる!」

 後方からリンフィの雄叫びが聞こえ、すぐに離れる。バチバチと雷のようなエネルギーをまとったバルドレッドが見えたが、狩技とは違う攻撃のようだ。
 斧に変形したチャージアックスを振り回し、ウカムルバス目掛けて叩きつける。一瞬の間があったのは内蔵されたビンのエネルギーを全て放出したからだろう、直後に大爆発が起きた。

「うおっ、すげぇ……!」
「限られた状態でのみ発動できる【超高出力属性解放斬り】……だが、こいつはありったけのビンを消耗する。そろそろだと思っての大博打だったけど、どうなるか。次の番はアンタだ、しっかり決めな」

 威力が強い分反動もあるのか、バルドレッドから煙が立ち込めている。すぐに立て直すことは困難だろう。
 尾を切られ、ウカムルバスもだいぶ消耗しているのは目に見えてわかった。先ほどまでは聞かなかった弱々しい鳴き声が口から漏れている。あと一歩のはずだ。
 だが、突然ウカムルバスが背を向けた。この戦いから逃げ出すようにも見え、そうはさせまいとリュカが駆け出す。ところが巨体がおもむろに立ち上がるのを見て距離をとる。咆哮をするのだと予測した。

「チッ……! まだこんな雄叫びをあげる力が残ってんのかよ!」

 狼牙大剣を盾にしてやり過ごすが、ウカムルバスがクレバスを飛び越えていることに気付き、最悪の事態を予感する。
 激闘の内にクレバスが徐々に広がり、リュカたちが動ける範囲はどんどん狭められていた。もし、このまま奥地へ逃げられたら。地図にも書かれていない場所に移動されては、それ以上の狩猟は不可能だろう。

「てめぇ、逃げんじゃねえ!」

 怒鳴り追いかけようとするも、ウカムルバスがいるのは冷水を隔てた先。遠距離攻撃ができるナレイアーナはまだ戻っていない。背を向けているために、閃光玉は無意味だ。

「……っ、くそおおおおっ!!」

 このままでは全てが駄目になってしまう。危機感と苛立ちが胸にこみ上げてきて、吼えた。

第44話 名化の末子 前編

「ワカ……?」

 カゲが静かに眠っているように横たわるワカに言葉をかけるも、反応は無い。近づくに連れて、無惨な姿が露わになった。
 氷の刃はあちこちに突き刺さっており、白い大地に散らされた血痕が凄惨さを物語っている。ところどころ体に貼り付いている赤い布は、ブルートフルートに巻かれていた艶皮だろうか。
 フルフルXヘルムを外している理由はリュカたちにはわからないが、青白い肌をしたワカの薄く開かれた口からは白い息が吐かれていない。ビュウビュウと吹く冷たい風が無情な現実を突きつけているようで、しばし無言が続いた。

「そんな……」

 ナレイアーナがワカに近づき、力無く投げ出されている右手を手に取った。
 かつて熱中症に倒れた自分の手を握ってくれたのは、この右手だった。悪夢にうなされているところをすくい上げてくれた、優しい温もり。だが、今は何も返してくれない。
 その光景をリュカは黙って見ていた。モーナコや義兄弟に託された命を守れなかった。そう思うと、ジンオウガ亜種からディーンを護衛できなかったワカを責めた過去の自分を殴りたい衝動に駆られる。

「見てよ、ワカの目元を」

 カゲがワカを挟んでナレイアーナの向かいに屈むと、そっとワカの目元に手を伸ばした。指先で触れると凍った滴がホロリと崩れ、その儚さにカゲの目からも涙がこぼれた。

「余程痛くて辛い思いをしたんだね……。如何して、たった独りで戦ったの? 賢明な君なら策を講じて逃げ切れたかもしれないのに」
「……無理だったんだよ。こいつは方向音痴だし、初めて来た視界の悪い場所を動き回る方が危険だろ。第一、出くわした野郎が見逃してくれなかったかもしれねぇ」
「随分と痛々しい姿になっちゃって。エイドが悲しむよ」
「えっ?」

 鼻をすすりながら呟いたカゲの言葉にナレイアーナの素っ頓狂な声が重なる。二人の男が彼女に目を向けると、唖然とした顔があった。

「今……ワカの手が反応した気がするの。エイドの名前を出した時に」

 カゲは慌てて腕装備を外してワカの首に指を当てる。そして目を閉じ、指先に神経を集中させた。

「…………!」

 弱々しい、だが確かな命の鼓動を感じ取った。マゼンタ色の瞳を開き、力強く叫ぶ。

「生きてる! まだ、ワカは生きてるんだ!!」
「マジかよ!?」
「ワカ、良かったわ……!」
「早急に手当をしなければ手遅れになってしまう。ポッケ村に戻ろう」

 リュカがワカの体を抱き起こすと、あちこちに巻き付くフルフル亜種の艶皮が邪魔だったので外そうと手を伸ばした。だが、カゲに止められる。

「外しちゃ駄目。この艶皮のお陰で傷が押さえられているから」
「……? お、おう」

 理屈はわからないが、まずはワカを連れ戻すことが先決だ。血塗れの体は軽く感じられ、本当に生きているのか不安がよぎる。しかし、カゲが生きていると言ったのだから間違いない。

「……こんな所でくたばるんじゃねぇぞ」

 固く閉ざされた意識の向こう側に呼びかけるように呟き、雪山深奥を後にした。



 入山口ではパイたちが待っており、村の医師も加わってすぐさまワカの治療が行われた。その間に、村長から深奥に住まう白き神について話を聞くことにした。
 雪山を見つめる村長の表情は険しい。突如訪れたポッケ村の危機を思えば当然のことだ。

「名は【崩竜ウカムルバス】。災いをもたらす白き神は、数年前にこの村にいたハンターによって討伐されたはずだった。けれど、密かに生き延びて傷を癒していたんだね」
「今回、あの銀嶺が雪崩を起こしたことで、その崩竜が動き出したのかな」
「そうだろうね。まさか鋼龍クシャルダオラまでもが姿を見せるとは。観測隊によれば、白き神以外のモンスターの目撃情報は無い。現時点では崩竜の撃破が最優先だね」
「オババ様、ハンターが来たよ」

 話を遮るようにメイが連れてきたハンターは、女性の二人組だった。頼もしいその顔ぶれを見たリュカたちも安堵する。

「エイドにリンフィじゃねえか。依頼を受けたのはお前らだったんだな」
「アタシはこの子に頼まれてね。あの【覇竜アカムトルム】と対をなすモンスターとなれば、狩らずにはいられないよ」
「…………。」
「エイド?」

 にこやかなリンフィとは対照的に、エイドの表情は暗い。この場にいない彼女の恋人について何か直感したのでは、とカゲは口を開いた。

「エイド……その、ワカは」
「ワカにいちゃんは、どこにおるんですか!?」

 予感が的中したと思ったのか、一転して必死の形相でカゲの両肩を強く掴む。そんな彼女をリンフィが優しく宥めた。

「落ち着きなよ、エイド。……その様子だと、好ましくない状態みたいだね」
「ええ……。中で話をしましょうか」

 ナレイアーナが屋内に行くことを提案し、宿へ向かう。手当ては終わったようで、医師と入れ替わるように真っ先にエイドが部屋に飛び込んだ。

「ワカにいちゃん……!」

 泣きそうな声でベッドに縋り付く。薬草の臭いが充満する室内で、ワカは静かに眠っていた。
 胸が上下しているのは呼吸をしている証拠だ。顔色も良くなっており、生きているのだと全員がほっとした。それでも、パイの表情は硬い。

「急所には、深い傷を負っていませんでしたが、かなりの血を、流してしまったようです。どうにか、一命を取り留めていますが、後は本人の気力しだい、です……」
「あんだけ氷の刃がぶっ刺さってたのに、致命的な傷は無かったのか。奇跡的だな」
「いいや、奇跡じゃないよ」

 胸をなで下ろしながらも疑問を投げかけるリュカにカゲが答える。あくまで憶測でしかないが、自信はあった。彼ならば、きっとこうしたのだろうと。

「ワカは、恐らく狩猟笛を盾に使ったんだ。君が大剣で攻撃に耐える様にね。その結果武器は砕け散ってしまったけれど、急所への直撃を避けられたんだと思う。更に弾力性のあるフルフルの艶皮が細切れになって体に纏わり付いた事で、氷の刃が深く突き刺さらずに済んだんだ」
「カゲさんの、言う通りです……。内臓などの損傷が酷くなかったのは、あの艶皮に守られたためです」
「それに、覚えてる? 極竜玉で全員の武器を強化した際に、彼のだけ守りの力が備わった事を。治癒力を高める旋律も奏でていた筈だろうし、様々な要因が重なって、こうして生還できたんだよ。……尤も、モンスターに仕留められずに済んだのも大きいけどね」

 ムロソが四人の武器に施した極限強化は、ワカのブルートフルートのみ守護の力をもたらした。それをヌイは狩猟笛自身がワカを守りたい意志があったと言っていたが、正にこの時のために力を発揮したのではないかとカゲは思う。

「仮に攻撃を耐えたとしても、武器が粉々になったんじゃハンターは戦えない。撤退もできないのに、どうしてこの男はそんな無謀なことをしたんだい?」

 強大な力を持つモンスターを前に武器を失い、手も足も出なくなる事態を引き起こしてまで防御しようとした理由がリンフィには理解できない。
 部屋が静寂に包まれるが、エイドがぽつりとその問いに答えた。

「……抗ったんやと思います」
「抗う?」
「運命に。ワカにいちゃんの全てを終わらせる一撃を耐え抜こうと、必死に抗ったんです」
「運命……か。やっぱり、あの村の生き残りなんだね」
「えっ? リンフィさん、それはどういう」
「こっちの話さ。今は関係無い」

 今度はエイドが驚いた。何故リンフィがワカの故郷を知っているのかと。話をはぐらかしながら彼女は真剣な眼差しでハンターたちを見つめ、これからについて語る。

「ウカムルバスの討伐はアタシとエイドで行くつもりだったけど、作戦変更。エイド、アンタはここに残ってワカを看病しな。アンタが傍にいることが何よりの特効薬になるだろうからね。代わりに、リュカたちに同行をお願いするよ。そこのアンタは村に残るべきだ。医療技術に長けているようだから、万が一の為に待機してほしい」
「妥当な判断だと、思います」

 リンフィの案を聞いてパイを筆頭に全員が賛同する。それぞれの能力を瞬時に理解し生かす采配に、英雄の決断力というものを感じられた。
 その時、ワカの様子を窺っていたリュカがある変化に気付く。閉じられていた口がわずかに開かれており、右手の指先がふるりと震える。

「……か、」
「ワカにいちゃん!?」

 か細い声が漏れると一瞬でその場が静まり返り、全員の視線がベッドに注がれる。苦しそうに眉を寄せ、右腕の肘から上だけがわずかに持ち上がった。

「だれ、か……まもって」
「ワカにいちゃん……?」
「むらを……まもって、だれか……」

 救いを求めて彷徨う右手を、リュカが掴んだ。凍傷を負い包帯に巻かれた指先はとても冷たい。ワカは目を閉じたまま譫言を続けていて、リュカに反応することは無かった。
 それでも、伝えずにはいられない。一方的な口約束であっても。

「その依頼、オレらが受注したからな。いいか? 依頼をしたからには報酬を用意してもらわなきゃいけねぇし、生きててもらわなきゃ困るんだぜ。……絶対に、絶対に死ぬんじゃねぇぞ」
「…………。」

 リュカの言葉を聞き届けたかのように、ワカの右手から力が抜けてするりとベッドの上に落ちる。再び深い眠りに沈んだようだ。
 討伐隊となった四人は目を合わせ、頷く。部屋を出る前に、もう一度ベッドに視線を向けた。昏々と眠る、大切な仲間。
 リククワの三人は、各々の窮地を彼に救われた。なのに、ワカのそれは誰にも救うことができなかった。それがとても歯がゆく、悔しい。その感情を声に込め、リュカが言い放つ。

「行くぞ、雪山深奥に」

 三度目の入山をメイが見送る。これ以上雪山で命を落とす者が現れないように。遠い空の彼方で見守っている姉と義兄に強く祈った。



 地図を頼りに再び奥地へ向かう。先ほどと同様、天候はあまり良くない。足下に気を付けながら最奥部に着くが、やはり視界は悪く、どこにウカムルバスが潜んでいるのかもわからない状況だ。
 突然地響きが起こると同時に強い風が吹き荒れた。細かい雪が砂埃のように舞い、全員が顔を覆う。腕を下ろすと吹雪は止んでおり、いつの間にか狩猟対象のモンスターが奥に鎮座していた。カゲが睨みつけながら名を呼ぶ。

「あれが、崩竜ウカムルバス……!」

 飛竜種に属するものの翼を持たず、しかしどの種よりも大きくずんぐりとした胴体。雪をまとった岩のような白い甲殻は背や尻尾、腹までも覆い、まるで雪山の化身。白き神という異名にも納得できる。
 何よりも特徴的なのが下顎だった。先端は平たく鋭利で、いとも容易く切り裂かれそうだ。その顎の右側が大きく欠けている。部位破壊の位置に、リュカは見覚えがあった。

「あいつが、やったんだな」

 モンスターの右後方から攻撃をするのがワカの主な攻撃手段だった。最後まで運命に抗おうと戦ったのだろう、ひたすら同じ箇所を攻め、弱体化を図ったに違いない。

「まったく、無茶をするもんだ。狩猟笛使いは常に演奏をして強化しながら戦うってのに、ソロでやろうものならその隙が命取りになっちまう。……またあの男は、アタシに道を残した。アカムトルムの時と同じように」

 リンフィがバルドレッドに手を伸ばしながら呟く。溶岩島に出現したアカムトルムの討伐に挑んだのが、チコ村を守るために立ち上がったワカだった。
 モーナコと共に暑さの中必死に戦い、アカムトルムの大牙を一本へし折った。それ以上は熱に勝てず撤退したのだが、後にリンフィが対峙した際、短くなった大牙によって被弾を免れたことも多かった。同じ状況を、彼は再び作り上げたのだ。
 ウカムルバスがけたたましい咆哮をあげる。臨戦態勢に入ったようだ。ハンターも武器を構えて応じる。雪山の白き神の討伐が始まろうとしていた。

第43話 崩落の息吹 後編

 ドンドルマギルドから届いた通達に目を通したユゥラは、その場に立ち尽くしていた。自分と夫が必死に解読した古文書に記された内容は、今まさにリククワのハンターに襲いかかろうしていたからだ。
 ノックの音が聞こえ、我に返る。低い位置で響いたので、アイルーの誰かだろう。扉を開くと、ひどく憔悴した様子のモーナコが現れた。

「どうしたの、モーナコ。顔色が良くないわ、具合が悪いの?」
「……ユゥラさん。ボク、ここが痛いですニャ」

 薄黄色の毛に覆われた両手が胸を押さえる。その手は震えており、よく見ると耳も垂れ気味になっていた。どんぐり眼にもうっすらと膜が張っている。

「すごく怖いですニャ。ワカ旦那さんに何かあったような、もう二度とワカ旦那さんと会えなくなっちゃう感覚がして……ドキドキして、ズキズキしますニャ」
「モーナコ……」

 不安そうに顔を上げるモーナコを安心させるように抱きしめる。それは、テーブルに置かれた書類を見られないためでもあった。

「食堂で何か温かい飲み物を飲みましょう。不安な気持ちは、どんどん打ち明けて。一人で抱え込むともっと辛くなるわ」



 意識を取り戻したワカはゆっくりと体を起こし、周囲を見渡した。吹雪いているためよく見えないが、どうやら円形のエリアのようだ。少し離れた先には大きなクレバスがあり、その上を歩くことはできそうにない。
 背負っていた狩猟笛や腰ポーチが無事であることを確認し、目を凝らす。ここがどこなのか、地図を持たなかったことを後悔した。どうにかリュカたちと合流したいところだが、方向音痴のワカにとって単独行動は無謀だ。

「…………ッ!!」

 その時、ワカの全身を強い何かがまとわり付いた。思わず腕を抱え身を縮ませる。呼吸は乱れ、体の震えが止まらない。突如生まれたこの感情は、『恐怖』だ。
 更に視線を感じ、顔を向ける。白い大きな岩のように見えたそれがもぞりと動くと、咆哮をあげた。耳を押さえ目を閉じてやり過ごすといつの間にか吹雪は止み、クリアになった視界に大きな塊が正体を見せる。それを見たワカは、どこか冷めた頭で悟った。

(そうか。今が、“その時”なんだな)

 震える手でブルートフルートを抜き、肩に乗せて構える。荒い呼吸を少しでも楽にするため、フルフルXヘルムを外した。
 先ほどからずっと自身の心臓を掴まれている感覚がする。鏡で今の自分の顔を覗きこめば、きっと黒龍の幻影が全身にまとわりついているだろう。亡き故郷で見つけた、長老が遺した日記に書かれていた内容を思い出す。
 長老の視た未来通り、幼馴染が赤黒い洞窟――地底火山――で命を落としたように、自分は……。

“お前は氷の大地で命を落とす”

 こんな運命など認めたくなかった。だが遂に今、たった一人で大きな脅威を目前にしている。受け継いだ血が訴えてくる。『ここで運命を遂げよ』と。
 幼馴染もグラビモス亜種と遭遇した時、この恐怖と戦っていたのだろう。それでも仲間の救出を優先し、運命通り翻弄された人生に幕を下ろした。天を仰ぎ、ぽつりと呟く。

「……そっちに逝ったらごめんな。ヒナ」

 ユゥラが受け取った解読された古文書【崩】には、こう書かれていた。

『白銀の地に棲息する 【凍れる心火まといし神】 絶対零度の氷息は フラヒヤ山脈一帯を崩落させるだろう』



「……カ! リュカ!」

 誰かが名前を呼んでいる。意識が少しずつ浮上し、目を開けると日の光に透けた深紅の髪が視界に入った。

「良かった、目を覚ましてくれて。雪山の天候が突然悪化して、その上凄い音がしたから急いで来てみたら、この有様で」

 大きな湖が見えたのでここがエリア1だとリュカは思ったのだが、どこか様子がおかしい。そこかしこが大量の雪に覆われている。エリア4の入口にある段差が無くなってしまうほど。

「君が護っていたイリスは体調が芳しく無かったから、先に村に搬送してパイに看てもらっているよ。レイアもベースキャンプで暖を取っている。……でも、一人足りないんだ」
「…………!」
「ワカが、見つからない。君たちの近くに居ると思って捜したけど、何処にも……」

 声を詰まらせてカゲが俯く。雪崩が起こる瞬間、ワカは一人離れていた。それが原因で自分たちとは別の場所へ押し流されてしまったのではないか。そのことをカゲに話すと、動揺を隠しながらも冷静に応える。

「一旦、ポッケ村へ戻ろう。直ぐに捜索と調査の準備をしなくちゃ」
「……おう」

 ベースキャンプに戻るリュカの内心はひどく乱れていた。妹の容態も心配だが、行方不明のワカも気がかりだ。今まで何人にワカのことを託されただろう。まるで、この状況から守ってほしかったようにも感じられる。
 ナレイアーナと合流し、すぐにイリスがいる宿へ向かった。てきぱきと看護をこなすパイの表情に焦りが見られる。やはり状況は良くない。

「とても衰弱しています。ですがそれ以上悪化の兆候は無く、こちらにできることといったら安静にさせてあげることくらいで」
「氷海でクシャル様と会った時と同じね。あの時は奇跡の薬草を使って治したけど、今から凍土に行っていたらワカがどうなっちゃうか……」
「奇跡の薬草……体力を回復させる効能が目当てなら、雪山草で代用できるかもしれません。わたし、準備してきます」
「アタシも手伝うよ」

 二人が部屋を出ていき、残された三人は重い息を吐く。雪山に一人取り残されたワカは大丈夫なのだろうか。このままじっとしていられるはずもなく、リュカはベリオXヘルムを手に取った。

「リュカ、アンタ雪山に向かうつもり?」
「当たり前だろ。イリスのことはパイたちに任せられるけどよ、今すぐあいつを捜索できるのはオレらしかいねぇだろうが」
「そうね。のんびりギルドからの指示なんて待ってられないわ。緊急事態だもの、アタシも行くわ」
「あっ、二人とも……!」

 装備を手にしたリュカとナレイアーナが飛び出す。カゲだって、つい最近できたばかりの新しい兄弟を失いたくはない。だが、ギルドナイトとしての立場がこの足を踏みとどまらせていた。

「…………。」
「えっ?」

 背後から誰かの声が聞こえた気がして、カゲは振り向いた。室内にいるのは、ベッドで眠るイリスだけ。か細い声は部屋を出たハンターの誰のものでもない。
 戸惑いつつも、静かにイリスの傍に近づく。そしてもう一度耳を澄ませると、薄く開かれた唇の奥から微かに声が漏れた。

「…………!」

 地獄耳にはっきりと言葉が届く。何故イリスがそれを口にしたのかはわからない。しかし、彼女の発言はワカを救ってくれるに違いないとカゲは直感した。



 ヘイズキャスターを背負い、宿を出るとリュカたちが入山口で立ち往生していた。駆け寄ると留まっていた理由が判明する。一人の男が待ち構えていたからだ。

「今の雪山は危険だ。雪崩によって地形が大きく変わっているし、パニック状態に陥ったモンスターが暴れている可能性もある。キミたちのようなハンターでも、勝手に動き回っていい状況じゃないよ」

 雪山について知識があるようで、その上顔つきもただの村人とは思えないほど凛としている。そんな人物からの忠告のためリュカたちも強く出られない。それでも、と食い下がる。

「オレらの仲間が雪崩に飲まれて行方不明なんだ。頼む、通してくれ」
「捜索なら、ドンドルマギルドのハンターに任せればいい。キミたちはこの村で待機していてくれたまえ。下手に動いて、行方不明者の仲間入りになりたいのかい?」
「そんな時間なんて無いわよ! もたもたしていたら、ワカが凍え死んじゃうわ!」

 ナレイアーナが声を荒らげる。男はかつてこの村の専属ハンターだったそうで、雪山の地理にも詳しい。そのため、今の異常事態がどれほど危険なことか理解していた。
 故に全員がG級ライセンス持ちのハンターであっても、入山を認めるわけにはいかなかった。一人の行方不明者のために、犠牲者を増やす可能性があるのならば避けなければならないと。

「通してやりなさいな」
「オババ様!?」

 背後から聞こえた優しくも芯のある声に、男が驚く。リュカたちが振り向くと、小柄な竜人族の女性が立っていた。
 毛皮で作られた帽子に、足下まで届きそうな長さの藁が大きな傘のように広がっている。衣服のあちこちに見られる幾何学模様はポッケ村特有のものだ。
 木製の杖を付きながらゆっくりと歩き、リュカたちを見上げる。そして男に告げた。

「先ほどドンドルマギルドから解読された古文書が届いてね。どうやら【雪山深奥】に眠る【白き神】が目覚めたようだよ」
「…………!」

 竜人族の女性の発言にカゲが眉をひそめる。どうやら先ほど聞いたあの言葉は聞き間違いではなかったようだ。

「それは本当かい、オババ様。だとしたら一大事だ」
「もうすぐ討伐の依頼が飛び込んでくるだろう。そうなったら捜索は二の次……事が動き始める前に行ってくるといい」

 竜人族の女性――ポッケ村の村長――は、古びた地図をカゲに渡した。描かれている地形は雪山と同じだが赤い印で抜け道が足されており、一つのエリアに繋がっている。そこが雪山深奥なる場所なのだろう。

「……良いの?」
「甚大な災害を引き起こす白き神が出現したとなっては、ギルドは被害の拡大を食い止めることを優先するだろう。だけど、このオババにはあの若者を見捨てられない理由があるんだよ」
「それは……ワカが、一時期この村に居たから?」

 カゲの問いに村長が静かに頷く。元ハンターの男はその事情を知らないが、長である彼女が許可したのならリュカたちを阻む理由は無いと入山を許可した。

「オババ様が言うのなら仕方がない。だが、本当に気を付けてくれたまえ。仲間を保護したら、すぐに戻って来るんだ。モンスターを見つけてしまっても接触しないように」
「重々承知しているよ、心配してくれて有り難う」

 厚くなった雪の大地を踏みしめ、カゲたちは雪山へ駆け出す。男も村長も、彼らの無事を強く祈った。



 地図に従い、本来は通らないような経路を歩いていく。雪崩によって地形が変わったこともあり、通行が不可能な場所も固められた雪が足場となって進むことができた。
 ナレイアーナの嗅覚とカゲの聴覚がセンサーとなり周囲を警戒するも、目立った気配は無い。だが、深奥部に向かうにつれてナレイアーナはある臭いを感じるようになった。鈍った足取りに気付いたリュカが尋ねる。

「……どうした、イアーナ」
「強い、血の臭いがするわ」
「…………。」
「最悪の事態も覚悟しなくちゃいけないわね」

 険しい表情で告げられ、二人の男も口を噤む。あの場にいたクシャルダオラ、ラージャン、そして銀嶺ガムートが今どうなっているかも未だ不明だ。もしいずれかのモンスターと遭遇していたら。不安が大きくなる。
 いよいよ雪山の規定エリアから大きく外れた場所に向かう。雪山の最奥部の話はカゲも聞いたことがあった。山のような雪壁が世界を隔てるように白き神を閉じこめている、と。
 今は、その壁が無い。先に広がる視界は地吹雪のために白くぼやけてよく見えないが、ナレイアーナはこの奥から強い血の臭いを感じた。
 リュカがカゲに視線を送る。何の足音も無いとカゲは首を横に振った。ならば、前に進むしかない。数歩動いて、白に映える赤を見つけた。

「……なんだ、これ?」

 目に入ったのは赤色の布のようなもの。手に取って何かの皮だと把握した瞬間この正体がわかり、リュカの背筋が凍った。

 これは、ワカのブルートフルートだ。

 狩猟笛に包帯のように巻き付けられていた、フルフル亜種の素材【魅惑色の艶皮】。それが千切れて地に落ちている。頑丈な武器がこんなになることは、まず無い。
 他にも笛の本体となった黒鎧竜の殻の一部や、演奏する際に口を付けるマウスピースなど様々なものが散乱している。バラバラに解体されたようなブルートフルートの破片の中に血の痕が見つかり、それらは奥まで続いていた。
 心臓が強く脈打つのを押さえられない。それでも、見ざるを得なかった。そして、その光景を見て全員が息を飲んだ。








 体中に氷の刃が突き刺さり、全身から血を流しきったワカが横たわっていた。

第43話 崩落の息吹 前編

 バルバレの片隅にある森で、二人の女性が話をしていた。一人は【ポッケの英雄】グリフィス、もう一人は【ベルナの英雄】エイド。エイドが英雄と称される前から親交のある二人だが、その雰囲気は和やかというものとはほど遠いものだった。

「雪山に、古龍並のモンスターが?」
「ええ。書士隊が解読を続けていた古文書の全容がとうとう明らかになったの。雪山に大きな災いが降りかかることがわかったわ……」
「書士隊じゃないグリフィスさんが、どうしてそのことを知ってるん?」
「……知り合いに、お節介を焼くのが好きなギルドナイトがいるのよ。私が元ポッケ村のハンターであることも知っている……。だから、わざわざ教えてくれたの」
「この話をアタシにも打ち明けるってことは、アタシにも何かできることがあるってことなんね」
「私は過去にあの村の危機を救った。だけど、四年前にシュレイド城で起こった兵器の爆破事故によって死んだことにされているために、戻ることができない……。でもエイド、貴方はガムートを討伐して村を守った、もう一人の英雄。お願い、私の代わりにポッケ村を守って……」

 グリフィスの表情は苦痛に満ちていた。本当ならば自らが出向きたいのに、数年前にギルドの策略に巻き込まれたことで、その願いは叶わない。だから同志であり同じ英雄と呼ばれる実力を持つエイドに願いを託したのだった。
 ガムートの毛皮で覆われた装備を纏うエイドは真剣な眼差しを彼女に向けた。右手を胸にあて、力強く頷く。

「グリフィスさんの気持ち、アタシがしっかりと受け止めました。必ず、ポッケ村を守ってみせるから」
「ありがとう、エイド……。一人では危険だから、ポッケ村にいる雪山の護衛ハンターに力を借りるといいわ。アノエラは遠方に出てしまっているから、他に頼れるのはバルバレの英雄かしら」
「リンフィさんやね。ギルドに手紙を届けてもらおうかな。大事な話をアタシに打ち明けてくれてありがとね、グリフィスさん」

 手を振り森を去るエイドの後ろ姿を見送る。彼女はとても強い女性だ。ハンターの腕だけではなく、内なる心も。ギルドナイトの中でも上位に座するかの男から話を受けたのはこのことだけではないが、いくらエイドでも伝えられるものではなかった。

(アンナ……どうして、そんな話を私に?)
(件のモンスターが出現する場所、雪山なんだよね。もしかしたら“彼”が向かうかもしれないからさ)
(……? あの人はリククワの、バルバレのハンターだから、ドンドルマギルドの管轄地域にある雪山に行くわけなんて無いわ)
(グリフィスちゃんは知らなかったか。彼らは凍土や雪山の護衛ハンターの手伝いもしているんだよ。逆もまた然り、だけどね。……覚えているかい? 彼が故郷で明かした、自身の“運命”ってやつを)
(…………、まさか、そんな)
(その“まさか”が起こってしまうのが運命さ。恐ろしいほど的確に事が運び、その舞台に上がってしまう可能性は十分ある。さてグリフィスちゃん、君はこれからどうする? 運命ってのは、案外他人の干渉で簡単に捻じ曲がるかもしれないよ)
(もちろん、動くわ……。ワカには死んでほしくないもの。大切な仲間なんだから)

 会話を思い出しながら目を伏せ、祈るように静かに佇む。彼の過去を知る一人として、過酷な運命からの脱却と明るい未来へ突き進むことを願った。



 アンナとグリフィスの悪い予感は的中しており、リククワのハンターと書士隊のイリスはポッケ村を訪れていた。先日凍土に出現した凶暴なティガレックス討伐に出向いた際にメイが腕を負傷したために、調査の協力を依頼していたのだ。
 自身の義足を食い破り、近辺に大きな被害を与えた轟竜の討伐報告に胸をなで下ろしたリュカだったが、椅子に腰掛けるメイの右腕が肩から布で吊されているのを見て素直には喜べない。そんな感情が伝わったのか、彼女は苦笑いを浮かべながら左手をヒラヒラと振った。

「大した怪我じゃないよ。不安症のパイに留守を言いつけられちゃってさ。まあ、調査対象がアレじゃ足手まといになるから、これで正解なんだけど」
「メイさん、今回の依頼内容を教えてくれないか?」
「雪山の神と呼ばれる【銀嶺ガムート】の調査。こいつは、ただのガムートとはひと味違うんだ。長い年月を生きたガムートで、通常の奴らよりも体が大きく、毛が銀色になっちまってるらしい。もちろん力だってすごいってさ。数年おきに姿を見せるから、その都度調査をしていたみたいだ」
「ガムート……氷海で見たポポみたいな奴の成体か。そんなやべぇ奴だったら、遭遇したらやべぇんじゃねえか?」

 珍しく弱気な発言をしたリュカに対して、メイは動かせる左手を腰に当てる。表情に陰りは無い。
 数ヶ月前に雪山調査の護衛ハンターに就いたばかりだが、ギルドやポッケ村の住人から雪山に関する情報を託された彼女は、そのモンスターをさほど脅威と感じていないようだ。

「全盛期こそ雪崩を起こしたりすごいパワーを持っていたようだけど、数十年前から主として君臨していたから、だいぶ歳をくっちまったみたいでね。今は随分と大人しいらしいよ。それでも、そいつの存在は雪山に生息する全ての生物のバランスを保ち続けている。討伐するわけじゃないから、気を付けて観察すれば大丈夫さ」
「通常個体ですら見た事が無いので、緊張しますね」
「大丈夫、その為の僕らなんだから安心して」

 カゲがイリスに笑みを見せる。調査となれば書士隊の力が必要だ。本来ならばドンドルマギルド所属の書士隊員が行くべきなのだが、リククワのメンバーが主体のためイリスに譲ったという。
 雪山の地理に詳しい者が必要ということと、調査対象が特殊なため、パイが同行する。そこで留守を買って出たのはカゲだった。

「狩人は五人じゃ行けないからね。前回雪山に入っていないワカが参加するべきだよ」
「では、皆さん。準備ができたら、行きましょう」
「リュカ、忘れ物は無いようにな」
「…………。」
「どうした?」
「い、いや。なんでもねぇよ」

 ワカに話しかけられ、リュカの顔が強張る。彼の頭の中には昨晩聞いてしまった発言が蘇っていた。自分が密猟者だという意味。その真意を問い質せないがために、ぎこちない対応になってしまった。ワカが深く受け止めなかったことは幸いだが。
 装備や持ち物の確認を済ませ、五人は銀嶺を目指した。



 パイが先導したルートは、リククワのハンターが初めて雪山の調査をした時のものと同じだ。氷の洞窟を抜け、エリア6に着くと寒風が出迎える。ふと、リュカがナレイアーナが一点を見つめていることに気が付いた。

「…………。」

 そこは、ミゲルが倒れていた場所。無惨な死を遂げた男の姿を思い出しているのだろう。トン、と彼女の背を軽く叩いた。急かすのではなく、叱咤するのでもなく、ここに仲間がいるのだと安心させるために。

「いっでぇ!」

 ……が、彼女から返ってきた数倍の威力を持つ背への平手打ちにリュカの情けない悲鳴が雪山に響く。遠くで声が響いた気さえした。
 驚いたワカが振り向くが、いつもの光景だとわかるとため息をつく。もちろん先頭を歩いていたパイも何事かと狼狽している。

「調査中だぞ。銀嶺ガムート以外の大型モンスターもいるかもしれないんだから、ふざけるんじゃない」
「ごめんごめん」

 呆れるワカにナレイアーナが笑いながら謝る。彼の言うことももっともだ。そのために大型モンスターが通過できない狭い洞窟のエリア4、5を経由して山頂に来ているのだから。
 その後隣接するエリア8へ移動し、パイが天を指す。正しくは、このエリアにある頂だ。そこはギルドフラッグを立てるのに使われる場所で、ここから見下ろす形で観察をしようと案なのだろう。
 大きな段差があるため、身体能力の低いイリスはリュカとワカの補助を受けながら上っていく。途中見たクシャルダオラの残した龍鱗にも興味を示し、軽くスケッチをとり頂を目指した。
 ポールにしっかりしがみ付き、辺りを見回したイリスが『わあ』と歓喜の声をあげる。

「綺麗な景色ですね」
「でしょ? アタシも初めて見たときそう思ったわ」

 ナレイアーナの発言に同調し、頷いて目を輝かせる妹の横顔を見てリュカも笑みがこぼれる。生き生きとしているイリスの姿は、自分に活力を与えてくれるのだと実感した。

「ガムートは、牙獣種です。翼を持たないので、ここへ来ることは、できません。高さもありますし、私たちにも気付かないでしょう」
「なあパイ、そいつがここを通るのは確実なのか? 気まぐれで違う所に顔を出したりすることもあるんじゃねぇか」
「銀嶺ガムートは、雪山の主です。自分の縄張りを監視するかのように、この一帯を巨体を揺らしながら見回していると、報告書に残されています。あの体故に、エリア1近辺には行きませんが、ここは必ず通るみたいで」
「なるほどな。……主、か。氷海にもいるのだろうか」
「イララなら、遠い未来に君臨できたかもしれませんね」

 ワカとイリスは数ヶ月前に命を落としたガララアジャラ亜種、イララを思い浮かべた。若いながら力を持っていた彼女がもし狂竜ウイルスに侵されていなければ、氷海の女王となっていた可能性は十分にあった。
 快晴だった空が曇ってきたせいか、ビュウビュウと吹きつける風が先ほどよりも冷たい。すると、遠くから何かが近付いてくる気配を感じて緊張が走る。恐らくカゲならもっと早くに気付いていただろう。
 地面を揺らす音、強い威圧感。間違いなく調査対象の銀嶺ガムートだ。上から覗きこむと、その姿を目の当たりにできた。

「あれが銀嶺ガムート……なんて大きいんだ」
「山が動いてるみたい。ゆっくりなのは、やっぱり歳をとっているからかしら?」

 銀色の毛、鼻先まで覆う氷の棘、何より地を揺るがすほどの巨体。銀嶺という異名にも納得がいく。遠くから見ても、山と見間違えそうな大きさだ。
 だが堂々とした足取りとは裏腹に、そのペースは非常にゆっくりだ。毛先もボサボサしており、明らかに歳を重ねているのが見て取れる。イリスはスケッチをしながら観察を続けた。

「壮年のモンスターは隠居生活を送り、静かに生を終えるそうですが、あの銀嶺ガムートは主の使命を果たすべく自らを奮い立たせている。とても誇り高い個体なんですね」

 感激しながら、筆を走らせる。時には双眼鏡を用いて細部まで細かく描きあげていった。歩行速度が遅いこともあり、銀嶺ガムートの姿をしっかりとスケッチブックに写した。

「待って、何かモンスターの臭いがする。……来るわ!」

 突如別の生物の気配を嗅ぎとったナレイアーナが鋭い声を発する。ガムートが現れた方向とは逆のエリア7方面から黒い塊が歩いて来る。四つ足で動くそれは、モンスターだった。直後に背後からゾクリと凄まじい気配を感じ取り、振り向く。
 顔を青白くさせながらも、体を震わせて強い殺意をたぎらせるパイがいた。

「あれは……あのモンスターは……!」
「あっ、どこへ行くのパイ! 危ないわよ!」
「このままでは銀嶺ガムートこそが危険に晒されます! 何より、あのモンスターは!!」

 颯爽と段差を駆け降りるパイを、リュカとナレイアーナが追う。イリスはワカが手を引きながらゆっくりと移動し、下りきった頃にはガムートとモンスターの間に割り込むように三人が立っていた。
 新たに出現したモンスターを前に、潰槌ハリセンボンを握りしめたパイが今にも一撃を浴びせそうな殺気を放っている。怒りの感情が籠もった声は、普段の彼女のそれよりずっと低かった。

「ラージャン……! エンリュウ兄さんと、コウカ義姉さんの仇……!!」

 目の前にいるモンスターこそが、雪山の書士隊と護衛ハンター総勢六名の命を奪った相手、ラージャン。うっすらともやをまとわせており、ナレイアーナは狂竜ウイルスの臭いを嗅ぎとった。

「……割り込んだのはいいけれど、アタシたち相当まずくないかしら」
「パイは角獅子野郎をどうにかしたいみたいだが、背後のこいつも何をしてくるかわかんねぇぞ。全員まとめてぶっ飛ばしてきそうだ」

 二人は背を預け合いながら双方の様子を窺う。銀嶺ガムートが動く気配は無い。突如現れたラージャンとハンターに気付いているだろうが、行動に移らないのは君主の余裕からか、それとも老いで鈍っているのか。
 対するラージャンは銀嶺ガムートの前に立ちはだかるハンターたちに威嚇をしている。恐らく狙いはガムートのようだが、まるで護衛するかのように現れた彼らを邪魔に感じ、雄叫びをあげた。

「――――!」

 だが、その声は宙に向けられて発された。何故なら、そこにいたのは……。

「……は? な、なんで」
「クシャル様が!?」

 上空でクシャルダオラが見下ろすように眺めていた。以前より黒みの増した鱗が日光に反射し輝いている。
 雪山の君主、銀嶺ガムートと乱入者ラージャン、そしてハンターたちと視線を次々と変えていく。やがてイリスの姿を見つけると一層凄みが増した。
 彼女もその強い視線を感じたのか体を強張らせる。ワカがすぐに背中に隠すが、クシャルダオラはイリスだけをじっと見つめており、何か意志を持って目を向けているように思えた。

「!!」

 直後、クシャルダオラが首をもたげると地面へ向けてブレスを放つ。雪を豪快に散らせながら巨大な竜巻が出現し、その場にいる者全てを飲み込もうとした。

「うわっ!?」

 突然ワカの体が吹き飛ばされた。背後にいたイリスに突き飛ばされたような感覚だった。雪の大地を転がり、起きあがるとイリスが頭を抱えてうずくまっているのが見えた。
 氷海でクシャルダオラと遭遇した時と同様に強い風が吹き荒れ、放たれた竜巻が消滅する。その隙にラージャンは高く跳躍し、エリアを離れることにしたようだ。逃亡する黒い影に向けてパイが吼える。

「待て、ラージャン! 兄さんの……!」
「それどころじゃねぇ! イリス、大丈夫か!」

 リュカが倒れたイリスに駆け寄り、抱きかかえる。細身の体がくったりと預けられ、かつての窮地を思い出させた。
 不意に背後の銀嶺ガムートの気配が変わる。唸り声をあげながら両前足を持ち上げた姿は、そびえ立つ山々のようだ。大きな影がリュカたちを覆う。

『全盛期こそ雪崩を起こしたりすごいパワーを持っていたようだけど』

 ワカの脳裏にメイの言葉がよぎる。モリザの夫は、雪山で雪崩に巻き込まれて行方不明になった。もしや、その原因となったのは……。

「雪崩が来るぞ!」

 銀嶺ガムートが大地を揺るがす。少しの時間をおいて、地響きが始まり音のする方角から白い波が襲いかかってきた。
 ハンターたちに逃げる猶予など無い。リュカは意識の無い妹を守ろうと華奢な体を庇う。顔を上げると、離れた場所で孤立しているワカと目が合った。
 視界があっという間に白で塗り潰される。最後に見たワカは、困惑とほんの少しの諦めを持ったような、寂しそうな笑みを浮かべていた。
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