狩人話譚

プロフィール

仁助

Author:仁助

最新コメント

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

第33話 新雪の護衛者 後編

 雪山へ向かうハンターのために鍛冶屋や道具屋が営まれているポッケ村は、同じ寒冷地ということもあってリククワと雰囲気が似ている。もっとも、拠点を囲う氷の壁など存在しないが。
 様々な施設を見て回ったワカは、やがて下界を見下ろせる丘にたどり着き、傍にあった岩に腰を下ろす。眼下に広がる森は全体的に色褪せた緑の葉に雪が覆い被さっており、風に揺られては少しずつ払い落としていく。
 凍える寒さの中にも穏やかな時間が流れているポッケ村の空気を深く吸い込んでいると、背後に人の気配を感じた。

「書士隊の君のことだから調査に積極的に参加すると思っていたけど、心外だったな。何かあったの?」
「……カゲか」
「言っておくけど、つけていた訳じゃないよ。見失ったら困るなーと思っただけ」

 ワカの隣に立ち、同じく下の世界を眺める。綺麗な雪景色だね、寒いけど。白い息を吐きながらカゲが呟くが、ワカの視線は何か違う色が乗せられているように見えた。その正体をなんとなく察し、尋ねる。

「ワカ、君は此処に来たことがあるの? 君の行動には郷愁に駆られるような、懐旧の念を感じた」
「……故郷がジンオウガ亜種に滅ぼされた後、俺はこの村に一時的に引き取られていたんだ。そんなに長くはいなかったと思うけど、いくつかの光景がわずかに記憶に残っている」
「この下界に広がる森も?」
「そうだな。高い所に移動しては故郷を探していたよ。誰もいないし何も残っていないとわかっていても、帰りたい気持ちがあったのかもしれない」

 突然吹いた強めの風がカゲの寝癖のように立っている髪の一房をふわりと撫であげる。耳元に手を当て髪が乱れないようにし、空を見上げると白い結晶がゆっくりと落ちてきた。天候の狂いやすい雪山の頂上部では更に大粒の雪が舞っていることだろう。

「僕もね、捜しているんだ」
「…………。」
「僕より先に産まれた兄弟。物心付く前にいなくなっちゃったんだって。その人が兄なのか姉なのかわからないけど、どこかに居るはずなんだ」
「…………。」

 唐突に告げられたカゲの言葉にワカは静かに森を見つめる。目を閉じ、息を吐くと立ち上がりその場を去ろうとするのでカゲは腕を強く掴んで引き留めた。今までの自分に対する態度に耐えきれず、真っ向から告げる。

「君は意地悪だね」
「…………。」
「僕が知りたいことが何か理解しているのに、答えてくれない。そこまでひた隠しにするなんて、何か理由があるんでしょ?」
「……ごめん、今は話せない」
「お願いワカ、」
「一つだけ言わせてもらう。それ以上踏み寄るな、お前でも容赦はしない」

 金色の真剣な眼差しはしっかりとカゲの薄目に追究の阻止を伝える。慧眼を使うまでもなく目の前に分厚い壁が作られ接触を拒まれていると直感したカゲは、悲しそうに顔を歪ませて俯く。

「そんな、僕は、ただ会いたいだけなのに……」

 ぽつりと呟いたカゲは、まるでわがままを咎められて落胆している子どものようだ。実際、この少年は自分より十も若いことを思い出す。

「……ごめん、ごめんな」

 ワカもここまで言いたくはなかったのだろう、俯いたままのカゲを正面から抱擁すると背を優しくトントンと叩く。その行動に驚いたカゲだったが、不思議と心が落ち着いていくのを感じ、微かに香る薬草の匂いに包まれていた。

「今はまだ話せない。だけど、時が来たら必ず打ち明ける……約束する。だから頼む、これ以上詮索しないでくれ」

 それは懇願のようだった。ワカが必死に庇っている存在に手を伸ばせないことに歯がゆさを感じるが、約束を取り付けてくれるのならばとカゲは口を噤んだ。代わりに抱擁を解く。

「抱擁は安らぎを与えると聞くけど、正直男の君にされてもねー」
「そうだろうな」
「でも僅かながら気持ちが落ち着いた気がする。ねえ、食事処に行かない? 雪山の護衛狩人の代役で雪山の地形について僕が指導するよ」
「ああ、頼む」
「君が奢ってね。指導料ってことで」
「なっ……」

 高らかな声で笑いながらカゲがワカの手を引いて施設が並ぶ場所へ向かう。その光景を目の当たりにしたポッケ村の住人は、二人がまるで兄弟のように思えたという。



 エリア6に着くと、そこにはまだ激戦の傷跡が残されていた。極限化により硬化した体は放たれた矢を弾き、振るわれた強靱な腕は護衛ハンターがまとっていた防具を容赦なく打ち砕いたのだろう。かのモンスターとの防衛戦がどれほど過酷だったのか、否が応にも伝わってくる。
 四人は目を閉じると俯き、ここで散った狩人と書士隊の冥福を祈った。

「兄さんの、矢……」
「持って帰るのかい、パイ」
「お守りに、します。自分を、励ますためにも」

 パイは地に突き刺さっていた一本の矢を抜き、『兄さん』と小さく呟いて祈るように額を当てると腰ベルトに差す。辺りを調べていたメイも、姉が使っていた剥ぎ取りナイフを拾い上げてポーチに入れた。

「そういや、お前らは抗竜石を持ってんのか?」
「アタシは耐衝、パイは剛撃。どっちもここへ来る前に支給されたよ」
「それは良かったわ。極限化だけでなく狂竜化した子たちにも有効だから、もらっている方がいいもの」

 極限化モンスターが猛威を振るった直後なので新たな護衛ハンターに抗竜石が支給されるのは至極当然のことだろうが、自分たちが極限化セルレギオスに全滅させられたことがきっかけでギルドが素早く手配したのかもしれない。口には出さないが二人ともそうではないかと思いながら調査を続けた。
 ラージャンは翼を持たない牙獣種でありながら、自らの肉体だけで跳躍し宙を飛ぶほどの身体能力を誇る。そのため、ここからどこへ去ったのか足取りがつかめない。
 それでも何か手がかりはあるかもしれないと隣接するエリア8へ。雪山の狩猟範囲で最も高所に位置するこのエリアは寒さも一層強く、パイが体を縮ませる。リュカも長時間の滞在はホットドリンクが必要になりそうだと感じていた。

「そうだ、キミたちにいい所に案内させてあげるよ」

 メイが二人を手招きする。彼女の背後の岩壁には屈めば通れそうな穴が開いており、抜けた先は狭い足場と新たな岩壁。それが階段のように何度か続き、最後に柱状にそびえ立つ壁を登りきると見晴らしのいい山頂部に到着した。
 雲海に浸るフラヒヤ山脈を一望し、ナレイアーナが目を輝かせた。どこを見回しても山々しか見えず、いかにこの山脈が広大であるかを体感する。

「すごい……!」
「でしょう? 夜空の下でここを眺めるとロマンチックじゃないかな。まあ、そんな余裕は無いんだけどさ」
「ここは飛竜種以外のモンスターの攻撃が、届かないです。なので、身を潜めてやり過ごすことも、できるかなと……」
「確かにここはだいぶ高いから、あいつらも手を出せないみてぇだな」

 下ではギアノスがこちらを見上げギャイギャイと鳴き声をあげているが、パイとリュカの言った通り何もできないと悟ったのか、やがて顔をそらして歩きだした。
 ふとリュカが右手で握っていた棒の存在に気がつく。何の気無しに掴んでいたが、これは一体何だろう。棒を凝視していると、メイが正体を告げる。

「それは【ギルドフラッグ】を設置するポールさ。そいつをここで掲げることでこの雪山を制覇する……なんて言われてるけど、実際は狼煙をあげるのが主な用途らしいよ。ギルドにも見える標高らしいからさ、ここ。そこから煙が出るって、前に姉さんから聞いたことがある」

 ちょうどナレイアーナが立っていた傍に噴出口のような岩があった。旗を掲げるだけで狼煙があがる理由をこの時二人は尋ねずに終わってしまうのだが、後々そのことを後悔することとなる。

「メイ……そろそろ、帰りましょう。調査の、続きを」
「そうだね。あ、もう一つ見せたいものがあるからついて来て」

 段差を下りる途中の足場で立ち止まったメイが『こいつだよ』と地面に落ちている何かを指す。それを見たリュカたちはぎょっとした。

「キミたちなら、これが何かすぐにわかるよね?」
「これは……! “暴風野郎”の!」
「ぼうふう、やろう?」
「あー、ごめんね。こいつ変な呼び方ばかりするから。“クシャル様”のことを言っているのよ」
「古龍を様付けするキミも変わってるよ、イアーナ」

 独特な呼び方をする二人に苦笑いする雪山のハンターだったが、すぐにこの物体の正体を口にしたことには素直に感心する。
 それは、クシャルダオラの抜け殻だった。氷海のエリア4にあったものと同じく、原型を止めた背格好でエリア8を見下ろしている。氷海にあったそれは高所にあったため手を伸ばすことが叶わず、観察をすることしかできないままクシャルダオラが出現した頃に消えてしまった。
 だが、この抜け殻は地面に無造作に置かれている。イリスやワカにとっては直に触れられるほどの場所にあるなど大興奮ものだろう。

「氷海に現れたって聞いたからね。ちなみに、こいつはだいぶ前からあったそうだよ」
「抜け殻といっても古龍のだからひと味違うわね。まるで鉱石じゃない」

 試しに触れてみたナレイアーナがその硬さに驚く。一般的な抜け殻……虫のそれのような感触を想像したのだろう、あまりの違いに軽く拳で小突いてみたほどだ。

「クシャルダオラは、【鋼龍】とも呼ばれています。抜け殻は、鋼鉄のように硬いんです」
「へー、こいつから何か素材になるようなものは採れねぇのか?」
「せいぜい【朽ちた龍鱗】や【さびた塊】程度だね。いくら古龍でも、抜け殻程度じゃいい素材にはならないよ。万が一優れた素材になるなら、とっくの前にハンターたちに剥ぎ取られて無くなってるだろうさ」
「言われてみればそうね、メイの言う通りだわ」

 談笑をしていると、パイが何かを見つけて悲鳴をあげた。三人は驚いてモンスターがいたのかと辺りを警戒するが、パイの目線はリュカの足に向けられていた。

「リュ、リュカさん、【フルフルベビー】が……!」
「…………あぁ?」

 屈んだ体勢でいたリュカが足下を見ると、左脚の膝上に白い何かが引っ付いていることに気が付く。防具にかじりついているそれは【フルフルベビー】と呼ばれる、名の通りフルフルの幼体だ。
 フルフルのように翼も無ければ足も生えていない。だが口元だけは既に成体と同じ形状になっており、口内には尖った牙が生え揃っている。
 リュカの左脚に噛みつき肉を食い千切ろうとしているようだが、防具に阻まれているのかリュカは無反応だ。フルフルベビーが懸命に食らいついている様子を暢気に眺めているほど。

「おー、必死に噛みついてやがんな」
「凍土にいたネブラちゃんの幼体に似てるわね。この子も血を吸い取ろうとしているのかしら?」

 ナレイアーナも無傷を確信しているのか、初めて見たフルフルベビーを観察している。捕食しようと躍起になって跳ねている体を指で突くと、想像以上の弾力があって感激した。

「わあっ柔らかいわ、この子! やっぱりまだ子どもなのね」
「あ、あの、はやく」
「マジかよ。オレも触ってみるかな」
「リュカさん!」
「うおっ!?」

 能天気な対応をしている二人に割り込むようにパイが鋭い声をあげてフルフルベビーの体を剥ぎ取りナイフで貫いた。ビクビクと痙攣した体はやがて動かなくなり、白の地面に赤い液体が広がっていく。

「大丈夫ですか! すぐに手当てを!」
「い、いや平気だぜ。防具のおかげで全然痛くなかったし」
「ダメです! 万が一のこともあります! 防具を外してください!」
「おっおい、やめろって!」

 先ほどまでの消極的な口調はどこへやら、芯のある声が響き渡る。パイが必死の形相で左のベリオXグリーヴを外しにかかったのを見てメイが背後から引きはがした。

「ちょっとパイ、やめなよ。リュカは嘘をついていない。噛まれていたなら、すぐにわかるはずだよ」
「でも、メイ」
「キミが心配するのはわかるけどね。……リュカ、本当に大丈夫かい?」
「マジで痛くねぇから、安心してくれよ。ふざけて悪かった」
「…………。」
(“ここ”を噛んだって、何も無ぇしな)

 落ち着いたのか、パイがその場にへたりこむ。突然の豹変に驚いたリュカだったが、念のため左脚を撫でて異変が無いことを確認する。幸か不幸か、どう受け止めたらいいのか困りながら。

「パイこそ大丈夫? ビックリしたわよ、あんなに大きな声が出せるなんて」
「ご、ごめんなさい……わたし、前は医師のいるキャラバンにいたんです。それで、よく手当てもしていて、些細な怪我でも、時間差で発症する毒ということも、ありましたから」
「ちょっとパニくっちまったようだけど、パイの医療技術は本物だよ。回復薬を使った治療が回復薬グレートを使うぐらい的確に効果を出す。アタシも何度も助けられたものさ」
「マジかよ。すげえ技術だな」

 医療が得意なハンターという異色の存在に面食らったリュカだったが、そんな人物の話を聞いたことも思い出した。彼女は軽傷の自分やナレイアーナ、ワカも命を救われた恩人だ。

「待てよ……そういや、カゲの仲間の女ハンターもそんなキャラバンにいたな」
「……! もしかして、ミツキ、ですか?」
「そうそう。ということは、一緒のキャラバンだったのね」
「はい、わたしが医療技術を、教えました。一応、後輩にあたります」

 思わぬ共通の知人を知り話が盛り上がる。調査はひと段落ついたので、下山しながら四人は会話を続け親睦を深めた。

「同じバルバレギルドだからとはいっても、知り合いの知り合いがすぐ近くにいるなんて世間は狭いわね。他にも誰かいたりして」
「あー、それじゃバルバレの英雄、燐飛はどう? 今もあちこちを飛び回っているそうじゃないか。アタシたちと同じ故郷の生まれで、一緒に依頼をこなしたこともあるよ」
「えっ、そうなの?」
「もしかして、燐飛とも、知り合いですか?」
「マジかよ……ついこの間、討伐に行ったぜ。そうだ、その時に極限化した角獅子野郎を討伐したんだ」
「ちょっと、その話詳しく聞かせてよ! アタシたちにとっちゃ超有力情報じゃないか」

 雪山の寒さに負けない、ヒートアップする会話。ガウシカの群れは雪山を下りていく四人を物珍しそうに見つめていた。

第33話 新雪の護衛者 前編

 リククワの長、ムロソに話があると呼び出された四人のハンターは先に部屋で待っていたリッシュから報せを聞かされ、全員がその内容に驚愕する。最初に口を開いたのはワカだ。

「【雪山】の護衛ハンターが……全滅!?」
「残念ながら。調査中に襲撃を受け、ハンター四名と書士隊二名が命を落としました」
「マジかよ……一体どいつがやりやがったんだ」
「生還した書士隊員の憶測によると、体格からラージャンの可能性が高いとのことです。体にもやがかかっていたとも報告されているので、狂竜化もしくは極限状態になっていたのではないかと」
「僕とリュカは目の前で極限化した金獅子を見た事がある。精鋭の狩人が全滅する程凶暴な個体なら、極限状態を遂げたんだろうね」

 所属ギルドが異なるとはいえ、同じ寒冷地で活動していた護衛ハンターの死を全員が偲ぶ。すると、ムロソが『話してよいか』と言葉を発した。

「襲撃から一週間が経過し、環境は安定したそうだが護衛ハンターを失ったことで今の雪山は調査が不可能になっておる。そこでドンドルマギルドはバルバレギルドを通じ、リククワに協力を要請したのじゃ。既に凍土調査隊とも連携をとっている状態だが、更に雪山にも向かうことになるかもしれぬ。多忙となるが、やれるか」
「そりゃあ仕事となりゃ、やるけどよ。ジジイ、開いちまった四人の護衛ハンターの穴をオレらが全部埋めるのか?」
「あちらも人員を補填したそうじゃ。だが、二名しか配属が決まっておらぬ。G級ハンターが全滅した話が瞬く間に広まったことで、申し出る者がいないらしくての」
「凍土は専属のクレイドたちにクインとエプサが手伝っているから、これからは雪山の方を優先にする感じかしら?」
「恐らくはそうなるであろうな」

 ナレイアーナの発言にムロソが髭に触れながらゆっくりと頷く。寒さに強いリククワのハンターならば、雪山の環境にも順応できるだろう。
 続いてリッシュがギルドから受け取った書類を見せる。ドンドルマギルドからの協力要請の内容が書かれた依頼書と地図だ。その場所と地名に気付いたカゲが細めていた目を開いた。

「まず雪山の新たな護衛ハンターと会うことを指示されています。麓にある【ポッケ村】を拠点にしているそうなので、飛行船で向かいましょう」
「顔合わせってことね。リッシュ、お願いするわ」
「はい。皆さんの準備ができしだい出発します」
「工房に加工を終えたお前さんたちの武器がある。ヌイから受け取りなさい。抗竜石も忘れずにな」
「おっ! 遂に完成したんだな。行こうぜ」

 極限化セルレギオスの捕獲報酬として受け取った極竜玉、そして抗竜石をムロソに預け武器の強化を依頼していたのが完了したと知りハンターたちは喜んで工房へ足を運ぶ。
 四人の来訪を待っていたヌイが、鍛冶業で鍛えられた逞しい腕で手始めにカゲのヘイズキャスターを持ち上げた。

「何も変わっていないように見えるだろうけど、攻撃力が上昇しているんだ」
「お師匠様、すごかったニャー。極竜玉を砕いて武器に擦り付けて、その上から抗竜石の不思議な力を被せてしまったニャー。ピカピカのキラキラだったニャー」
「成程。ムロソ様が言っていた“光と闇の共存”とは狂竜ウイルスとそれを鎮静させる抗竜石、相反する二つの力を同時に宿すことだったんだね」
「アタシには難しい理屈はわからないけど、そういうことらしいよ。抗竜石は狂竜ウイルスにだけ効くけど、お師匠様曰くこの【極限強化】は、どのモンスターにも効果を発揮する。使い慣れた武器の攻撃力が強まるのは、アンタらにとっちゃありがたいだろう?」
「勿論。僕の攻撃力不足を補ってくれるなんて、助かるよ」

 ヌイからヘイズキャスターを受け取ると、カゲの腕にひっ付いていたクレハが飛び上がり棍に止まる。何か違いを感じ取っているのだろうか。
 リュカの狼牙大剣、ナレイアーナのアスールバスターをそれぞれの持ち主に返すが、ワカのブルートフルートを手渡す前にヌイが説明をする。

「アンタのだけ違う効果が出たらしいんだ。持ち主に加護を与える防御の極限強化。きっとこの狩猟笛はワカを守りたい気持ちが強かったんだろうね」
「……そうなのか?」
「日々アンタたちの装備に触れてるアタシたちにはわかるさ。武器にだって、魂は宿っているよ」
「ありがとう」

 最後にワカがブルートフルートを受け取り、四人の武器が手元に戻る。準備の整った四人は、飛行船の待つ森のはずれへ足早に向かった。



 ドンドルマギルドの管轄地域、【フラヒヤ山脈】に属する雪山は凍土よりも遠く離れており、四人はしばらく空の旅を楽しんだ。相変わらずリュカは船内にこもって海越えを耐えていたようだが。
 ポッケ村の近くに飛行船を停められる場所が無く、やむなく少し離れた町の片隅に着陸した。今回は会うだけだからとリッシュを町に待機させて村を目指す。
 未踏の地のため地図を持ってきたワカを制したカゲが、三人を案内するべく先頭に立った。

「以前ドンドルマギルドに所属していて雪山にも何度か行った事があるから、道案内は任せてよ」
「サンキュー、助かるぜ」
「凍土はナナちゃん、雪山はカゲが詳しいんだな。頼もしいよ」
「ワカ、アンタは方向音痴なんだから絶対にはぐれちゃダメなんだからね?」

 数十分ほど歩いていくと景色が雪に覆われた森に変わり、やがて高くそびえる白い山々に抱かれたポッケ村が見えてきた。
 入口に二人の女性が辺りを見回しており、リュカたちに気が付くと一人が手を大きく振って四人を歓迎する。

「リククワのハンターだね、はじめまして。ようこそポッケ村へ。アタシは護衛ハンターの【メイ】、こっちが【パイ】っていうんだ。よろしくな」

 メイと名乗った女性は【ブランゴシリーズ】を身に着けていた。白を基調とした民族衣装のようなデザインはまるで踊り子で、大胆に露出する腹部は寒冷地で狩猟を行うためか黒のインナーで隠されている。肩に付かない程度に伸ばされた深緑の髪はウェーブがかっており、アメジストの瞳の輝きは鋭く意志の強さを物語っていた。
 背にはナレイアーナが愛用するアスールバスターの色違い、原種のガララアジャラの素材からつくられた【イェロバスター】が担がれている。ヘビィボウガンの使い手のようだ。
 四人と握手を交わすも、もう一人のハンターはその光景を遠巻きに見ているだけだ。メイが気付いて手をぐいぐいと引く。

「ほら、パイ! キミも握手するの」
「あ、あの……パイ、です。よろしくお願いします……」
「……この通りちょっと臆病だけど、腕はアタシが保証するよ」

 無理矢理リククワの面々と握手をさせるもパイの空色の瞳は地へ向けられている。おどおどした雰囲気はレンテを彷彿とさせた。郵便アイルーの彼女と重ねるのは失礼ではないかと思い直したが。
 パイは金色の髪を左右に三つ編みに結って後ろ側へ流し、左頬には緑色の花びらのようなペイントを施している。前髪を切りそろえた顔立ちは気弱そうな立ち振る舞いも相まって幼い印象を受けるが、彼女もまたG級ハンターの一人だと装備を見れば理解できる。
 白の鱗と鉱石と組み合わせた【ギアノスシリーズ】を身に着け、萎縮する彼女の背からはみ出ている武器は【虎鮫ザボアザギル亜種】からつくられるハンマー、【潰槌ハリセンボン】。二人とも高い麻痺性能を持つ武器を使用しているようだ。
 挨拶を済ませたところで、メイが今後の予定を話し始める。

「早速なんだけど、この間の襲撃現場の調査をしろってギルドから指令を出されていてね。二人ほど借りたいんだけど、いいかな。環境は安定しているから危険度の高いモンスターの乱入は無いと思っていい」
「了解。雪山の地形に慣れるためにも、僕を除いて二人選抜するべきだね。どうしようか、ワカ」

 カゲに判断を任されたワカは、辺りを見回してリュカとナレイアーナに向き合う。その行動にカゲの眉が少しだけ顰められた。

「今回はリュカとナナちゃんに任せるよ。俺は村の様子を見たいから」
「あ? 何だよ、それ。まあ、いいぜ。オレとイアーナで行く」
「お、お願いします……」
「だからぁパイ、しっかり話しなって!」

 おずおずと頭を下げるパイの背中をメイが強く叩いたので、パイは『ひゃい!』と驚いたのか気合を入れたのかわからない声をあげる。
 臆病な彼女が凶暴なモンスターと対峙したらどうなってしまうのかとリククワのハンターは不安になるが、腕は保証するとメイが言っているのだから狩猟に支障は無いのだろう。リュカとナレイアーナは二人に連れられ、村はずれの雪山へ向かう細道を歩いて行った。



 パイから地図を受け取り、全体を確認する。二人にとっては初めて足を踏み入れた場所なので、地図と実際の景色を見比べていた。
 山脈の一部ということもあり、氷海や凍土と異なり高低差が大きい。天空山がそのまま雪景色になったような厳しい狩猟場だと覚悟するべきかもしれない。
 今いるのがここ、とメイがエリア1に指を当てる。そこから北側にスライドさせて三つのエリアをぐるりと囲うように動かす。

「大型モンスターは大抵エリア6からエリア8を徘徊している。エリア3はフルフルやドドブランゴが寝床として使っているね。エリア5は細長い道が入り組んでいて、ギアノスやガウシカがうろついているよ」
「ここからだいぶ歩かないと、奥には着かないんだな」

 エリアの数字が大きくなるほどベースキャンプから遠ざかる。雪山の場合は高さも加わり、大型モンスターを探すのも一苦労だろう。この地形は慣れるまで時間がかかりそうだ。

「エリア6近辺が違う色で塗り潰されているのは、特に寒いエリアって意味?」
「は、はい。ホットドリンクを飲んでも、長居はあまり、できません……。でも、この辺りにモンスターがよく出現するので、行かざるを得ないでしょう……」

 そびえ立つ山を見上げながら、パイが緊張したような語り口調で答える。悲しげな表情を浮かべわずかに目も潤ませる彼女の異変に気付き、ナレイアーナはパイの肩に手を添えた。

「どうしたの、具合が悪いの?」
「い、いえ……平気です……」
「……パイ、無理しなくていいよ」
「それは、できません。わたしが、行かなくちゃ」

 首を横に振って拒否するパイの態度にリュカとナレイアーナは顔を見合わせる。何か事情があるようだが、それを問いただしていいものかと躊躇してしまった。メイは腕を組みパイに言い聞かせる。

「じゃあ、覚悟しなよ。アタシも決めているんだから」
「……うん」
「メイ、覚悟って?」
「ラージャンの襲撃で死んだハンターのうちの二人は、アタシの姉とパイの兄なんだ」

 湖の海面から寒風が吹いてくる。メイは悔しそうに握り拳をつくると地面に視線を落として続きを語った。

「アタシたちは幼なじみで、【香華コウカ】姉さんとパイの兄さんの【燕竜エンリュウ】は婚約していてさ、近いうちにポッケ村で契りの式を挙げるはずだったんだ。それなのに、ラージャンなんかにやられちまって……」
「ラーちゃんは極限化している可能性が高いらしいわ。いくらG級ハンターでも、書士隊を守りながらの撤退戦は厳しかったはずよ」
「それなら少しは諦めがつくけどさ……それでも死んでほしくなかったよ。訃報を知らされてポッケ村に来た時、村の人たちはアタシらの顔を見て泣いてくれたんだ。それぐらい姉さんたちはあの村が好きだったんだなって思ったら、いても立ってもいられなくてさ。二人が世話になったポッケ村の力になりたいって、決めたんだ。それで、すぐにバルバレギルドからドンドルマギルドに移籍した」
「…………。」

 力強く語るメイの隣でパイが静かに頷いた。各々の大事な家族のために活動拠点を変え、厳しい気候の雪山の護衛ハンターに転身する。二人の覚悟は相当なものだろう。

「いきなり湿っぽくして悪いね、そろそろ調査を始めようか。まずはエリア6を目指そう。そこの段差を登るとエリア4の洞窟に入れる。エリア5を経由すればすぐに着くよ」
「わかったわ、行きましょう」

 段差を登り洞窟の中を覗くリュカたちを見たメイは二人にホットドリンクを飲むよう話したが、寒さに強い体質であることを伝えられると目を丸くして驚いていた。

第32話 アイルーたちの慰労祭 後編

 商店街を歩くモーナコとシフレだが、人が多く行き交うこの場所を小柄な体で進むのは難儀だ。ましてや今は大切な食材もあり、万が一ぶつかったり転んで傷めるわけにはいかない。

「ナコ君……?」
「ニャ、グリフィスさん」
「大丈夫? 人混みに飲まれそうだったよ」
「アノエラさんも一緒だったんですニャ? ボクら、買い物をしに来たんですニャ」
「どこへ行くの? 私たちで良かったら一緒に行くわ……。大事そうに持ってるその荷物、落としたら困るものかしら。移動の間だけ持つわね」
「ありがとうございますニャ」

 グリフィスがモーナコの背負っていた包みを手に取ると、生肉の匂いを感じシアンの瞳を瞬かせる。何故彼らは食材を買い集めているのだろうか、と。
 歩きながら女性ハンター二人にも事情を説明し、目標である海産物を扱っているお店へ。その店員はモガ村出身のため、ピッツァに適した具材も教えてもらえるかもしれないとモーナコは考えていた。
 褐色肌のその女性店員はとても親切で、モーナコの話を聞いてどの海の幸がマッチするのか真剣に品定めをしている。すると同じく食材を眺めていたアノエラが、とある食材を指した。

「“モガモ貝”はどうかな。それに、エビ……この“女帝エビ”とか」
「なるほど、いいですね! では、それらに“オンプウオ”も加えてはどうでしょうか」
「うんうん、とてもおいしく仕上がると思うよ」
「海産物にも詳しいなんて、ハンターは博識ですね」
「モガ村には世話になったからね」
「えっ?」

 恐らくこの店員はモガ村を離れて長いのだろう。目の前にいるゼクスシリーズを着た女性ハンターがモガ村の窮地を救った英雄とは知らないようだ。アノエラはそれでいいと思っているようだが。

「店員さん、おいくらですかニャ」
「あら、ハンターではなくオトモアイルーが支払うんですね」
「この子たちは私の知り合いのオトモアイルーで、偶然会ったからここまで来たの」
「そうだったんですね。はい、どうぞ」

 肉と魚介が揃い、あとはリククワに戻るだけだ。移動時間を含めても余裕で間に合うだろう。他のメンバーもしっかり具材を集められていればいいなと思いながら、グリフィスたちと別れを告げた二人は雪に閉ざされた拠点を目指した。

「……ねえ、アノエラ」
「おいしい釜焼きピッツァのお店、知ってるよ」
「本当? ナコ君の話を聞いていたら食べたくなっちゃって……」
「気持ちはわかるよ。早速行こうか」



「ただいまですニャ」
「おかえり、モーナコ、シフレ。材料は手に入ったかい?」
「これでどうかニャ?」
「七味ソーセージにワイルドベーコン、キングターキー……なかなかいいのを揃えたね。こっちはモーナコのだね、モガモ貝と女帝エビとオンプウオか。極上の素材だね、偉いよ」
「あと、キングターキーのお肉と骨を分けてもらいましたニャ。骨は他の料理に使ってほしいって、知り合いのハンターさんから」
「へえ、お店で切り分けてもらったのかと思ったらハンターがやったのかい。見事な包丁さばきだね」

 ドタドタと足音が響く。戻ってきたのはカゲとレンテだ。もちろん小袋を抱えているが、浮かない表情をしている。

「おかえりニャ。ユキモリ……どうしたのニャ?」
「面目無いニャ。どうしてもキノコ類があと一種類だけ見つけられなくて、やむなく拠点の具材を頼りにしたいニャ。モリザ殿、恥を承知でお願いニャ」
「そんなに萎縮しなくたっていいよ。アルが来て食材も豊富にあるんだから、多少使ったってちっとも問題ないさ」
「ちょっと待ったニャー!」

 大声で叫びながらやって来たのがアイとハリーヤ。全力疾走で戻ってきたのかゼエゼエと息を切らしている。ハリーヤにいたってはその場でひっくり返って『みずぅー』と情けない声をあげている。傍にいたレンテが水を取りに行った。

「ユキモリに大きな貸しをつくってやるニャ。カツモクするニャ! “深層シメジ”!!」
「ニャんと!?」
「おや、深層シメジなんて珍しい。【古代林】の奥深い場所でしか採れない食材じゃないか。アイ、まさかベルナ村まで行ったのかい?」
「ベルナ村近辺の地域の食材が好む集落ニャ。交渉には苦労したけど、この通りイアーナのための野菜もしっかりゲットしてきたニャ」

 アイとユキモリが袋をテーブルの上に置く。全てが新鮮で優れた食材であり、モリザは彼らの行動力の高さに感心した。水の入ったコップを即座に空にしたハリーヤが口を挟む。

「アイが持ってきたのは“レアオニオン”、“ヤングポテト”、そして“ベルナス”らしいニャー」
「僕のは“ユキヤマツタケ”、“ツチタケノコ”、アイに譲ってもらった深層シメジニャ」
「どれもおいしそうだね。それじゃ、下ごしらえを始めるよ」

 腕まくりをしてモリザもやる気を見せつける。モーナコたちが出かけている間にこねて寝かせていた生地を取り出し、キッチンの上で伸ばしていく。もちもちおいしそうニャー、とハリーヤが既に小腹をすかせてアイに背中を叩かれた。

「モリザ殿、シナト村近くの集落から“完熟シナトマト”をもらったニャ。これも使えるニャ?」
「いい食材を手にしたじゃないか、ユキモリ。生地の上にかけるソースに最適だよ。ヘタを取ったらそのボウルの中で皮ごと潰してちょうだい、味付けはアタシがやるから」
「了解ニャ」

 完熟シナトマトのソースづくりに専念したユキモリの隣ではアイが慣れた手つきで野菜を切っていく。シフレにもアイルー用の小さな包丁を渡し、目の前に七味ソーセージを置いた。

「これくらいの間隔で切れば一口サイズになるニャ。まっすぐよりナナメの方が見栄えがいいけど、無理しない方がいいニャ」
「いいえ、やってみるニャ。ワタシも旦那さんのために頑張りたいニャ」
「モリザさん、モガモ貝はどうやったら開けられるんですニャ?」
「ああ、これはちょっと特殊な道具を使うからアタシにやらせて。女帝エビに切れ目を入れるから、モーナコは殻を剥いてちょうだい。背中から左右に開く感じに剥けばきれいに取れるからね」

 キッチンはモリザと六人のアイルーでごった返しだ。全員が楽しみながらも一生懸命に具材を仕込み、四つに区切った場所に乗せていく。
 肉、野菜、魚介、キノコ。様々な食材が一つの生地の上に集まった光景はまるでリククワにそれぞれ異なる場所からやって来たハンターたちのようで、それを手がけた自分たちも同じ気持ちになった。

「それじゃ、釜に入れて焼くよ」
「どんな感じに仕上がるのか楽しみニャ、ワクワクするニャ」
「もうヘトヘトニャー、ねむたいニャー」
「ここで終わりじゃないよ。焼いてる間にやることはあるんだから」
「モリザさん、次は何をするんですニャ?」

 モリザは笑顔でキッチンに顔を向ける。アイルーたちも同じ方向を見て、皮や殻、細かい食材のゴミに気が付いて後片付けのことを指しているのだと察した。



 釜の中で焼かれるピッツァをまだかまだかと見ているアイルーたちがパンを焼いていた時のルシカと重なり微笑ましく思っていると、ユゥラがキッチンに現れた。

「皆が帰って来たわ。別々の場所に出ていたのに戻ってくるタイミングが一緒なんて、不思議ね」
「そういう子たちなのさ。ほら皆、釜はアタシに任せてテーブルの準備だよ」

 釜の前からアイルーたちが離れ、食器や片付けの合間につくっていたスープを並べていく。モリザが目配せをすると、気付いたシフレがハンターたちを呼びに向かった。
 セッティングが完了するのを見届け、モリザが背を伸ばす。隣には同じくアイルーたちの奮闘を眺めていたユゥラが立っていた。

「アタシの出番はここまでだね。あとは、この子たちの仕事だよ」
「お疲れさま、モリザ。ルシカたちから街の話を聞きましょう」
「そうだね。その後でアンタたちの食事の支度をするよ」
「大変じゃないかしら? 私も手伝うわ、ルシカは長旅で疲れてるでしょうし」
「嬉しい申し出だね。気合を入れて生地をつくったらちょっと量が多くてさ、あの子たちほど豪華にはならないけど、アンタたちのご飯もピッツァだからね」



 シフレに率いられて食堂へ来た四人は香ばしい匂いとアイルーたちの眩しい笑顔に迎えられた。全員驚きと感動が入り交じった表情をしており、その反応を見たオトモアイルーたちはしてやったりと心の中で小躍りする。

「すごい……これ、アンタたちがつくったの?」
「一部はモリザに手伝ってもらったけど、具材の調達やトッピングはアタシたちがやったニャ。今回は座る場所が決まってるから指示に従うニャ」

 それぞれのオトモアイルーが主の座る椅子を案内する。もちろんそれは、各ハンターの好みの食材の前に座ってもらうためだ。

「オレの好物ばかりじゃねぇか。シフレ、サンキュー」
「どうしたしましてニャ。ちょっと七味ソーセージの切り口が変なところもあるけど、許してほしいニャ」
「そんなの気にしねぇよ、一生懸命切ったんだろ?」
「雪森、ご苦労だったね。僕がツチタケノコ好きだった事、覚えてくれていたんだ。嬉しいな」
「当然ニャ。主の嗜好まで把握するのもオトモアイルーの務めニャ」

 リュカとカゲに誉められ、シフレとユキモリは顔を合わせて喜びを露わにする。

「ナコ、ありがとう。こんなに豪勢な料理でもてなしてくれるなんて」
「ワカ旦那さん……!」
「はは、お前がそんな顔するなよ」

 ワカの笑顔を見て感極まったのか、大きな瞳をうるうるとさせたモーナコの頭の上に手が優しく乗せられる。ガサガサとした指の感覚がとても嬉しかった。

「アンタがみんなを引率したんでしょう? お疲れさま」
「キッチンアイルーならこれくらい当然ニャ。イアーナたちがタラフク平らげてくれたらアタシたちのクエストは達成されるニャ、冷めないうちに食べてほしいニャ」
「そうね。いただきます!」

 ナレイアーナの号令に続き、三人もいただきますと言いピッツァに手を伸ばす。モリザの心配りにより切り分けられていたピッツァは簡単にハンターの手に乗り、ロイヤルチーズがおいしそうな匂いをたてながら糸を引いた。
 全員がピッツァを口にする瞬間をアイルーたちは固唾を飲んで見守る。味わいながら咀嚼していくうちに、ハンターに笑みがこぼれだす。

「うめぇ! やっぱり肉は最高だな」
「ねえねえリュカ、一切れもらっていいかな? 僕のもあげるから、交換しよう」
「ああ、いいぜ。お前のキノコのもうまそうだなって思ってたんだ」
「ピッツァはこうやってシェアできるのも魅力よね。はい、ワカ」
「えっ、俺は何も言って……」
「“目は口ほどにものを言う”って知ってるでしょ? アンタの女帝エビが乗ってるの、ちょうだいよ」
「敵わないな。どうぞ、ナナちゃん」

 自分の好物の乗ったピッツァも堪能しながら、他のトッピングのピッツァも味わう。そんな彼らの楽しそうな光景を見て、アイルーたちは顔を合わせて笑った。



 賑やかな食事が終わり、ハンターたちが目配せをして頷く。そして各々がオトモアイルーの前に屈み、隠し持っていた袋から何かを取り出した。

「お土産だぜ、シフレ。アイルーつったって女の好みはわからねぇし、イリスたちがいて助かったぜ。付けてやるから動くんじゃねぇぞ」
「きれいニャ、とっても」

 リュカがシフレのベストに付けたのは葉っぱの形をした銀色のブローチだ。明かりに照らされキラキラと輝くブローチにシフレは心を奪われた。

「アタシからもアイに。たまには可愛い服も着なさいよね」
「ニャッ、さすがイアーナニャ。アタシの好みにバッチリニャ」

 ナレイアーナはアイの目の前でアイルー用の服を広げて見せた。桜色の毛並みに映える、白と青で模様が縫われたベストだ。早速着てくるりと回ればナレイアーナも満足そうに笑う。

「ナコ、いつもありがとう。これはエドちゃんと一緒に選んで買ったんだ」
「あったかいですニャ、ワカ旦那さん」

 ワカはモーナコにムーファの毛皮でつくられたマントを被せた。温かいのは毛皮でできているだけではなく、ワカとエイドの気持ちも込められているからだろう。

「僕はこれだよ、雪森。前から欲しがっていたでしょ?」
「ニャニャ、【月迅竜】の! 旦那、嬉しいニャ」

 カゲが取り出したのはユキモリが身に着けているナルガネコメイルの色違いで、月迅竜と呼ばれるナルガクルガ希少種のカラーリングの胴着。本物の素材を使用していないレプリカだが、いつか着てみたいと呟いたことをカゲは覚えていたのだ。
 サプライズを仕掛けたオトモアイルーたちだったが、自分たちも仕掛けられるとは思わず、感激してハンターたちに飛びつく。食堂に響く賑やかな声を聞いて、モリザはハンターたちもサプライズを考えていることを黙っていて良かったと微笑みながら思った。



 ハンターとオトモアイルーの絆がより深まった、リククワの温かさとおいしさに満ち溢れる夜。遠い空の向こうで幾人のハンターも、ピッツァを堪能していることだろう。

第32話 アイルーたちの慰労祭 前編

 【黒刃】と名付けられた極限化セルレギオスの討伐に成功した翌日、リククワのハンターはギルドから数日間の休暇を与えられ拠点で体を休めていた。
 ハンターの一人、ナレイアーナは部屋でベッドの上で寝そべって雑誌を眺めている。何を読んでいるのか気になったのか、オトモアイルーのアイがベッドによじ登るとナレイアーナの懐に潜り込んで同じ態勢になり、目の前の紙面を見つめた。
 そこに描かれていたのはモンスターの鱗や殻でつくられたハンターの装備ではなく、軽い布生地のスカートを着こなす複数の女性の絵。彼女が読んでいたのはファッション雑誌だったようだ。桜色の毛に覆われた腕を伸ばし、一人の女性の絵を指す。

「この服、イアーナに似合いそうニャ」
「そう?」
「アタシのファッションセンスを信じるニャ。イアーナの髪の色とマッチして鮮やかに映えるニャ」
「へえ、いつか街に行けたら探してみたいわね」
「…………。」

 いつか。その『いつか』がなかなか訪れないことをアイは知っている。ギルドナイトのカゲや書士隊のイリスとワカは任務の為に拠点を離れることが度々あるのだが、ナレイアーナにはリククワを出る理由が無い。それを不憫に思っていたアイだったが、今の状況を思い出して口を開く。

「イアーナ、チャンスニャ。今なら村を離れてもお咎めナシニャ、出かけてくるといいニャ」
「あー……そういえば、そうね。久しぶりに街に行こうかしら」
「そうするべきニャ! せっかくだしイリスたちと一緒に買い物を楽しむべきニャ。アタシは長老に話をしてくるから、その間にみんなを誘うといいニャ」

 パタパタと部屋を出て行ったアイの突発的な挙動にナレイアーナはしばらく呆気に取られていたが、主思いからの行動なのだろうと思い直す。
 ユゥラやモリザは断るかもしれないが、イリスやリッシュ、特に賑やかな故郷に思いを馳せていたルシカは喜んで同行するだろう。リッシュが来てくれるのなら飛行船の手配もしてくれるかもしれない。
 そうと決まれば、すぐに動くべきだ。ナレイアーナはベッドから降りるとクローゼットから外出用の衣服を取り出し、着替え始めた。心が弾むのは、やはり街に出向くことを望んでいたからのようだ。



(うまくいったニャ、大成功ニャ、パーフェクトニャ!)

 ムロソにナレイアーナたちの外出を申し出た後、アイは浮き立つ気持ちを抑えて廊下を歩いていた。気分転換も兼ねて街に出てほしいのはもちろん本心だが、実はそれ以外の目的もあったのだ。
 向かうのは自分の部屋ではなく、カゲとユキモリの部屋。カゲは別任務にあたっているキョウとミツキに会うべくドンドルマへ向かっており、今はユキモリしかいない。扉を開ける音に真っ白な毛に覆われた耳がピクリと動いた。

「アイ、首尾はどうだったニャ」
「完璧ニャ、これでイアーナもいなくなるニャ。あとはリュカニャ、どうするニャ」
「僕の推測だと、イリス殿は誘われたなら必ず兄のリュカ殿にも話をするニャ。女性だけで心配だからという建前でリュカ殿も同行するはずニャ」
「ニャニャッ!? オンナの買い物にオトコは不要ニャ」
「買い物における男の役割、ご存じかニャ?」
「……荷物持ち、ニャ?」
「ご名答ニャ」

 ユキモリの細目がにたりと更に細められるのを見て、アイは中身まで主そっくりだと思った。割を食うかもしれないが、リュカも雪に閉ざされたリククワを離れ気持ちをリフレッシュできるいい機会になるだろうと前向きに考えることにする。
 トントン、と控えめなノックが聞こえる。この叩き方をするアイルーは一人しかいない。

「入っていいかニャ、モーナコも一緒ニャ」
「どうぞニャ」

 シフレとモーナコも部屋に入り、リククワのハンターのオトモアイルーが勢揃いする。主を拠点から追い出した彼らの真意はこうだ。

『リククワのために頑張っている旦那さんを労ってあげたい』

 そのため主たちを拠点から引き離し、サプライズで喜ばせようと考えたのだった。察しのいいワカや地獄耳のカゲがいることもあり、拠点を出てもらわなくては困る理由も含まれているが。ちなみに言い出したのはアイである。

「あとはアタシたちがサプライズを成功させるだけニャ」
「装備の修理は鍛冶工房の人たちがやっているし、道具の買い足しはワカ殿が調合で補充しているから効果的では無いニャ。大掛かりな宴をするには僕らだけじゃ人手不足、さてはてどうしたことかニャ」
「難しいニャ。旦那さんが何をしてほしいのかわからないなんてワタシ、オトモアイルー失格ニャ」
「シフレ、落ち込んじゃダメですニャ。みんなで知恵を出し合えば、きっといい考えが浮かびますニャ」

 先の会話は部屋の前を通る誰かに内容を知られる可能性を危惧し、アイルーの言葉で話している。実際に通りかかったユゥラはニャーニャーという声を聞き、アイルーたちだけで秘密の打ち合わせをしているのだろうと素通りした。作戦が完全に裏目に出ているが、ユゥラの気遣いに救われたことを四人のアイルーは知らない。
 案を出し合うこと数十分、痺れを切らしたアイが立ち上がると腕を組み三人を見下ろす。

「あれこれ考えていたけど、ちっともまとまらないニャ。こうなったら奥の手ニャ」
「奥の手? アイ、それは何ニャ」
「一度根っこから考え直すニャ、あの人たちの本質はハンターニャ。ハンターに必要不可欠の、長時間モンスターに立ち向かう強靱な肉体と精神力。これら維持するために必須なもの、わかるニャ?」
「……食事ですかニャ?」
「モーナコ、正解ニャ! アタシたちは見てきたはずニャ、ハンターが特盛のご飯をぺろりと平らげる姿を! 色気より食い気、彼らにはおいしい飯が一番なのニャ!!」
「力説したところ悪いけど、オトモアイルーの僕らに料理の経験は無いニャ」
「ユキモリは知らなかったかニャ? アタシは元キッチンアイルーニャ。イアーナに料理の手ほどきをしたのは、このアタシニャ」

 えっへん!とふんぞり返ってしたり顔を見せたアイに『それならいいけどニャ』と返すユキモリにやや疲労感が見えたが、シフレは気付かなかったことにしてアイに尋ねる。

「手料理にするのはワタシも賛成ニャ。でも、何の料理にするのニャ? ワタシでも手伝えるものがいいニャ」
「さすがにフルコースみたいなのは難しいニャ。かといって簡素な料理じゃ手応えが無いし、ここは作戦がバレるのを承知でモリザに相談するのも手だと思うニャ」
「料理人のモリザさんならいいレシピを教えてくれそうですニャ、早速話してみましょうニャ」

 ニャー、と大合唱が響いたところで部屋を出ると、目の前に誰かがいたので全員の尾がぶわりと膨らんだ。機密情報を知ろうとした輩に違いないと思いきや、よくよく見れば同胞のハリーヤとレンテだ。

「こんなところで何してるニャ、ハリーヤ。レンテも」
「それはこっちが言いたいニャー。話し声が聞こえたからどうしたんだろうってレンテと一緒に来たところだったニャー」
「なんのはなし、してたのニャ?」
「人員補給ニャ。確保!」
「ニャワーッ!?」

 巻き添えを食らった二人も、事情を聞かされると協力すると答えてくれた。アイルーの手も借りたい大仕事になるのだから、万々歳である。



 以前から街に行きたいと願っていたルシカは、ナレイアーナの誘いに二つ返事で応じリククワを出たようだ。部屋にはモリザしかおらず、突然押し寄せてきた六人のアイルーに彼女は目を丸くしたが、経緯を聞いてなるほどね、と頷いた。

「あの子たちを喜ばせられる豪勢な料理ねぇ。それもアンタたちでも仕込みができそうなものかい」
「モリザだけが頼みニャ。お願いニャ、力を貸してほしいのニャ」
「アイ、アンタのイアーナを大切に思う気持ちは十分伝わった。アタシもあの子たちの笑顔が見たいから、もちろん手助けするよ」
「ありがとうございますニャ、モリザさん」

 頭を下げたモーナコに倣い五人もお辞儀をする。その丸い後頭部を見ていたモリザがふと思いついた料理、それは……。

「そうだね、“ピッツァ”はどうだい」
「ぴっつぁ?」
「レンテは食べたことが無いニャ? 丸くて平ったい生地の上にトマトソースとチーズを乗せて焼いた料理ニャ」
「想像するだけでお腹がすいてきたニャー」
「アンタが食べるんじゃないニャ、ハリーヤの食いしん坊! モリザ、トッピングはどうするニャ」
「そこがオトモアイルーのアンタたちの真骨頂だよ。それぞれの旦那さんの好きなものを乗せるのさ。四分割でトッピングして焼けば一度に全員がおいしく食べられる。いい案だろう?」
「名案ニャ、素晴らしいニャ」

 目を輝かせるアイルーたちにモリザも満足そうだ。オトモアイルーたちは普段の食事風景を振り返りながら主の好物をそれぞれ口にする。

「ワカ旦那さんは、お魚や海の食べ物が好きですニャ」
「カゲの旦那はキノコが好物ニャ。ちょっと爺臭いニャ」
「旦那さんはお肉の料理が出ると、とても喜んでいたニャ」
「イアーナはヘルシー嗜好で野菜を好むニャ。見事に種類が異なったニャ、豪華なピッツァになりそうニャ」
「生地はアタシが準備しておくよ。あれは手間がかかるからね。倉庫に食材はあるけど、できればアンタたちが街に出て調達する方がいいだろうね。お金はあるのかい?」
「資金なら心配不要ニャ。僕らはアイルー、物々交換が主流ニャ」
「そうかい。それじゃ皆が帰ってくる二日後までに揃えるんだよ」
「ニャー!」

 こうしてオトモアイルーたちによるクエスト『豪華トッピングピッツァで旦那さんを労おう作戦』が決行されたのだった。



 魚介類の具材を求めるモーナコは、肉を求めるシフレと共にバルバレを目指した。ワカとテント生活を送っていたモーナコにとってバルバレはそこそこ地理に詳しい場所だからだ。

「ワカさんに会ったりしないニャ?」
「ワカ旦那さんはエイドさんのいるベルナ村に行きましたニャ。イアーナさんたちが向かった街はここから離れた場所だし、カゲさんはドンドルマに行ったから誰にも見つかりませんニャ」
「それなら良かったニャ。モーナコ、まずはどこへ行くのニャ」
「お肉のギルドですニャ!」

 肉のギルドの表の顔は精肉店だ。リュカが好みそうな脂ののったおいしい肉も提供しているだろう。アイルー同士の物々交換ができない場所だが、モーナコはワカに金銭の扱いも教えられたので買い物は容易だという。

「ワカ旦那さんは脚をケガして動けない時期があったんですニャ。その時にお金の使い方を勉強して、ご飯を買いに行っていましたニャ」
「モーナコはすごいニャ。人と同じ生活を送れそうなくらい知識が豊富ニャ」
「て、照れますニャ」

 照れ隠しからかヒゲをちょいちょいと引っ張るモーナコの反応を見てシフレが笑う。肉のギルドの中を覗くと、見覚えのある大きな後ろ姿を見つけた。もちろん隣には小柄な後ろ姿も。

「ハビエルさん、トラフズクさん!」
「モーナコ、どうしてここに? それに、リュカ君のオトモアイルーも一緒じゃないか」
「めずらしい」

 ワカと親交のあるハンター、ハビエルとトラフズクだ。肉のギルドに所属しているハビエルは頻繁にここに顔を出すようで、相棒のトラフズクも同行しているという。
 モーナコたちの訪問理由を聞き、ハビエルの表情が一層晴れやかになった。料理の話となると、やはり料理人の血が騒ぐらしい。

「たくさんの具材が乗ったピッツァか、素晴らしいね」
「おいしそう、食べたい」
「そうだね、あとでつくってあげるよトラ君。ここに来たということは、もちろんお肉の調達が目的だよね」
「ハビエルさん、ピッツァに乗せるお肉はどんなのがいいんですニャ?」

 そうだね、と言いながらハビエルは大きな背を屈めてショーケースに並べられた新鮮な肉を眺める。どの肉でも相性は良いが、アイルーたちが材料をさばくというのなら小さめの具材の方が切りやすそうだと考えた。

「“七味ソーセージ”と“ワイルドベーコン”なんてどうかな。七味ソーセージはピリリとアクセントの効いた辛みが濃厚なチーズと合うし、窯で程良く焼けたワイルドベーコンのカリカリした触感はピッツァのもちもちした生地と相性抜群だよ」
「聞いてるだけでお腹がすいてくるニャ」
「はらへった」

 ハビエルの具体的な説明を聞いたシフレとトラフズクが同時に呟く。リュカが大喜びで食べる姿も安易に想像できた。ハビエルが店員に先ほどの二種類の肉を注文したのでモーナコが腰ポーチに入れていた財布を取り出そうとすると、ハビエルの大きな手がその手を制止させる。

「おっさんが奢るよ。あ、あと“キングターキー”も追加で」
「そ、そんなダメですニャ、ハビエルさん! お金を支払わせてしまうなんて、悪いですニャ」
「ハビエル、みんなでつくるピッツァ」
「あ、そうだったね。おっさんがお金を出したらみんなでつくったピッツァということにはならないか。モーナコ、お金は足りるかい?」
「キングターキーの金額を入れても大丈夫ですニャ」
「良かった。それじゃあ、買ったらキングターキーの袋だけ貸してくれないかな」

 支払いを済ませ、食材を受け取る。そしてキングターキーの入った袋を手渡すとハビエルは店員に話をして奥の厨房に行った。何をするつもりなのだろうと三人は顔を見合わせる。数分後戻ってきたハビエルの手にある袋の数が増え、一つを見せられるとモーナコは目を丸くした。

「少量で買ったとはいえ、ピッツァには不要な骨があるから取り除いたんだ。小袋に分けたから、リククワの料理人に使ってもらうといいよ」
「ありがとうニャ、ハビエルさん」
「おっさんたちの依頼を手伝ってくれたお礼がしたかったからね。シフレも喜んでくれるのなら、おっさんたちも嬉しいよ」
「モーナコ、シフレも、がんばって」
「ハイですニャ、トラフズクさん! ボクたち、そろそろ次のお店に行きますニャ」

 肉のギルドを後にしたアイルー二人に手を振っていると、トラフズクの腹の音が聞こえた。無言で訴える視線にハビエルは笑顔で答える。

「今晩のメニューは決まりだね。彼らに負けないような、おいしいピッツァをつくるよ」

第31話 再戦、黒刃 後編

 警戒しながらエリア1に突入した途端、刃鱗が散弾のように襲いかかる。全員でそれを回避し、再びカゲがヘイズキャスターで空高く跳んでセルレギオスの背へ乗り上げた。今度は剥ぎ取りナイフを刺すことに成功したが、いくら抗竜石を使ったとはいえ心撃を使用した時ほど深くは突き刺せず、放り出されそうになるのを堪えるので精一杯だ。

「わわっ、前より凶暴性が増してる……!」
「頑張って耐えて! アタシが援護するわ!」

 抗竜石が使えなくても、通じる部位さえわかれば攻撃は可能だ。アスールバスターをしゃがみながら構え、チャンスを窺う。
 体を回転させ尾を振り回すセルレギオスは狙いをつけにくいが、背中のカゲの様子を確認しようとしたのか動きを止めたわずかな隙に通常弾を連続で発射した。
 後ろ脚に集中射撃を受けた巨体が転倒する。直後に接近したリュカが頭部へ溜め斬りを放つと、名を象徴する断刀角が音を立ててへし折れた。宙を舞った鈍い光を放つ刃が後方の海へ沈み、リュカはジークムントの仇を討った気がした。
 カゲの連続攻撃が後ろ脚に命中したことで、二度目の極限状態の解除に成功する。すると角笛の音が響き渡り、全員が音を出した主に視線を向ける。もちろん角笛を持っているのはワカだ。

「皆、こっちへ!」

 以前クリフが破壊し、クシャルダオラに修復された氷の柱を背に立つワカの足下には落とし穴が仕掛けられている。先ほどの猛攻の間に準備していたようだ。
 三人が駆け寄ると、それを追うようにセルレギオスが突撃して来る。ワカはもう一度角笛を吹いて意識を自分に集中させ、足下の落とし穴へ誘導し見事に罠にはめた。

「罠の連続使用か、やるじゃねえか」
「ナナちゃん、麻痺弾を!」
「わかったわ!」

 火薬装填は本体に負担をかけるため多用はできない。一度攻撃の手を休め補助に徹するのも悪くないと思ったナレイアーナは、通常弾から麻痺弾へ切り替えて射撃を行う。
 既に攻撃を繰り出していたリュカとカゲの連撃の合間を縫って弾を撃ち込み、麻痺毒によりセルレギオスが下半身を地中に埋めたままぐったりと動かなくなった。その間も攻撃は続けられる。

「カゲ、閃光玉の用意を頼む」
「了解!」

 麻痺が解け再び落とし穴から抜け出そうともがくセルレギオスから後退し、カゲは腰ポーチから閃光玉を取り出した。翼を大きく羽ばたかせ舞い上がった瞬間に空を白で覆い尽くす。
 突然視界を焼かれたセルレギオスが落下するが、なおも暴れる。ワカは閃裂爪に当たらぬよう気を付けながらシビレ罠を仕掛け、拘束すると麻酔用捕獲玉を地面に叩きつけた。

「二個目のシビレ罠はどこから出したの?」
「皆が攻撃している間に早急に作った」
「調合スピードすごいものね、アンタって」

 麻酔玉の煙を吸わせると、やがてセルレギオスの強ばっていた体から力が抜けていく。その後寝息が聞こえ、四人は様子を窺った。

「成功したわね……でもまた極限化して起き上がったりしないかしら」
「極限解除されたモンスターの捕獲は通常個体と同じで、しっかりと麻酔が効いているのは調査済みだから安心して。今回は特殊な依頼だったからギルドの気球も飛んでいるし、すぐに報告できるよ」
「そうだといいんだがなぁ」

 その後気球からリククワのハンターへ拠点へ戻るよう指令が出され、翌日には黒刃の捕獲成功の通達が届いた。極限化セルレギオスは研究施設へ送られたらしく、狂竜ウイルスの研究に役立てられることとなるだろう。



「で、報酬がこれなわけね」

 氷海から帰ってきたナレイアーナが興味深そうに眺めているのは、紫色と鈍色の鉱石だ。
 大型のモンスターの体内で生成された希少価値のある結石、【竜玉】。それが狂竜ウイルスの影響で変異したのが【極竜玉】と【大極竜玉】と呼ばれる二種類の竜玉である。
 今回の極限化セルレギオス【黒刃】の討伐の報酬とのことでギルドから送られたが、これらをどうすればといいのかとリククワのハンターは頭を悩ませた。

「竜玉は武具の強化に用いられる代物だけど、狂竜ウイルスが混ざったやつなんて使ったら危なくないかい? お師匠さん」
「ふむ……」

 そこで加工ならば鍛冶工に頼るべきと考えた四人は鍛冶工房を訪れ、ムロソとヌイに相談を持ちかけた。二人ともやはり初めて見る代物、それも狂竜ウイルスに侵されたモンスターから抽出されたという曰く付きに訝しんでいたが、やがてムロソが極竜玉を手に取る。

「皆のもの、各々が持つ抗竜石を貸してくれぬか」
「なんでだよ?」
「リュカ、長老の指示に従うんだ。竜人族の知恵は俺たちの比じゃない」

 ワカに従い、全員が抗竜石を手渡す。工房の主が何をしようとしているのかはヌイやハリーヤにもわからない。だが、今はムロソに全てを託しできる限りの助力をするつもりでいた。

「白を黒で塗り潰し、白でまた覆う。光と闇の共存を果たせるやもしれぬ」
「白と黒? おじいちゃん、何をするつもりなの?」
「お前さんたちはギルドから休暇を与えられておるのじゃろう。その間に終わらせようぞ」
「頼んだぜ、ジジイ。楽しみにしてるからな」

 ムロソが零した言葉の真意は掴みかねるが、武器の強化をしてくれることに期待しながらハンターは工房を去った。
 夕飯をたらふく食べた後は各自の部屋に戻り、以後数日は拠点で体に休息を与える。といっても、全員何かしらやることはあるのだが。



 その日の夜、リククワの倉庫に明かりが灯っていた。その中でワカが今回の狩猟で使用した罠の調合を行っている。絵の才能は無いが、調合は経験を積んだおかげかトラップツールの工具をてきぱきと使いこなしていた。

(シビレ罠、落とし穴に麻痺を加え、飛び上がったところに閃光玉、そして再びシビレ罠……隙を与えさせない連携は効果的だったな)

 装置の中に雷光虫を入れながら思考を深めていく。もしハンマー使いがいれば麻痺の上に目眩を起こさせて更に長く拘束することが可能だろう。拘束時間が長くなるほど、ハンターに攻撃のチャンスが生まれ討伐の成功率も上昇する。

(……罠を使うことは人間の武器である知識を駆使した戦略であって、決してモンスターの自由を奪い一方的に蹂躙する意図は無い。だけど、こういった行動は俺の中では容認できない)

 人より遙かに強大な力を持つ大型モンスターに対抗するための知恵という力。それをフル活用してモンスターを完全に封じ込めるあの連携は、ワカにはどこか受け入れられないものがあった。
 シビレ罠を作り終え、回復薬の調合に移る。くしゃりと薬草を潰しながら、ワカは時間が経つのも忘れて黙々と作業をこなしていく。

(あの男……頭蓋潰しがとった行動を彷彿とさせるからだろうか。それとも、俺が……)

 凍土の秘境で見つけた、ドスファンゴの死骸。落とし穴を仕掛け、動けなくなった頭部を徹底的に破壊したくずれハンター。あんな密猟者のような男とは違う、そう頑なに思っても自分の中に流れる血がそれを許してはくれない。

「随分と遅くまでやっているんだねぇ、感心するよ」
「!? ……モリザさん?」

 突如女性の声が響き驚いて瓶を落とし損ねる。振り向くと、モリザが立っていたので先ほどまでの思考も停止してしまう。ハンター用の道具を保管しているこの倉庫に来る人物ではないからだ。

「明日から休めるってのに、無理してやらなくてもいいんじゃないかい?」
「調合は習慣みたいなものだから、いつもやっていないと落ち着かないんだ。……モリザさん、それは?」

 厚手の毛皮のコートを羽織る彼女の手には赤褐色のお椀と中の具を掬うためのスプーンが収められていた。ふわりと甘い匂いが漂い、調合に集中して空腹になっていたワカの胃を刺激する。

「いくら寒さに強いアンタでも、ずっとここにいたら風邪を引くよ。こいつはアタシからの差し入れ、【灼熱しるこ】。名前だけ聞くと熱そうに感じるけど、適度に冷ましてあるからすぐにお食べ」
「いただきます」

 スプーンであんこがとろりと溶けた汁をすすり、白玉を口に入れる。もちもちした食感に『おいしい』と素直に感想を述べると、モリザは腰に手を当てて笑顔を見せた。

「遅くまでやって、大変だねぇ。他の子らにも手伝わせればいいのに」
「リュカとナナちゃんは調合が苦手だし、カゲはギルドナイトの職務もあるから俺がやるのが妥当なんだ。俺自身調合は好きだから苦でもないよ」
「それなら別にいいんだけど。……前から思っていたけど、アンタって甘え下手だよねぇ」
「えっ?」

 スプーンを動かす手が止まる。顔を上げれば、まるで息子を心配する母親のようなモリザの表情。幼い頃に故郷ごと家族を失ったワカは、あの襲撃さえ無かったら皺の増えた顔を拝めたのだろうかと思ったこともあった。

「しっかりしているようだけど実は脆くて、危なっかしく見えるんだよ。全部自分で背負い込んで、無茶をして転んでケガしちゃいそうでね」
「…………。」
「人を頼ることは、決して迷惑じゃないよ。この村をご覧よ。みんな、自分のできることを生かして支え合ってる。アンタもこうして協力してくれているけど、どこか一歩距離を置いている感じがあるんだよねぇ」
「そんなつもりは」
「適度な距離は必要だよ、あまり近すぎても息苦しいからね。でもアンタはもう少し歩み寄る方がいいと思うよ」
「……心配かけてごめん、モリザさん。ご馳走様」

 再びスプーンを持ち、しるこを飲み干す。甘さと温かさが全身を包み、ふうと息を吐くと立ち上がった。そのまま倉庫を出て行きそうだったのでモリザが慌てて呼び止める。

「お椀とスプーンを寄越して」
「でも、ご馳走してもらったし片付けぐらいはしないと」
「これはアタシからの差し入れだって言っただろう? 片付けはこっちでやるから、アンタは早いとこ調合を終わらせて部屋に戻るんだよ。モーナコがずっと待っているんだからね」
「ごめん」
「本当に謝るところから入るねぇ、アンタって子は」

 くすくすと笑われ、面目無さそうにワカは頭部をかいた。改めて『ありがとう』と告げればモリザは満足そうに頷いて倉庫を去って行った。

(“母さん”、か)

 実の娘であるルシカ以外にもモリザのことを親しみを込めて母と呼ぶ者は多い。つい最近リククワの仲間入りを果たしたばかりのカゲまでもが『モリザ小母おばさん』と呼んでいるのに対し、ワカは今でも彼女の名を呼ぶだけに留まっている。
 自分の中の母親が子どもの頃の記憶で止まってしまったからだろうと自覚しているが、人との交流に遠慮がちなワカは距離を詰められず、また自身の母親と区別ができずにいた。

「……おっかあ」

 故郷が滅びてからほとんど発することが無くなった、亡き母の呼称をそっと口にする。
 するとじわじわと顔が火照ってきた。灼熱しるこの効果に違いない。モリザの言う通り、調合を終えてすぐにモーナコの待つ部屋へ向かおう。

(いつかは、“母さん”と呼んでみようか)

 そう思いながら、ワカは中断していた調合を再開させた。その手際は先ほどよりずっと手早いのは、モリザの夜食と優しい気持ちの差し入れのおかげだろう。
BACK|全26頁|NEXT