狩人話譚

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第27話 黒靄狂乱 後編

 うっすらとした血の臭いと鼻にツンとくる薬の臭い、そして心が落ち着く優しい匂いを感じ取ってゆっくり瞼を開けると、金色の瞳とかち合った。

「ナコ……! 良かった、目を覚ましてくれて」
「ワカ旦那、さん」
「動かなくていい。今のお前には休養が必要なんだから」

 首だけを動かして辺りを見回し、ここがリククワだと気付くとモーナコは自分が生き延びたことを実感した。全身が痛むが、ワカの治療を受けたことで意識を保てるほどに落ち着いている。
 目を覚ました自分を見て安心しきったワカの額には包帯が巻かれている。インナーの下にもガーゼが見え、そっと手を当てると俺は大丈夫だ、とその手を優しく捕まれた。

「カゲたちが救助に来てくれたんだ。今リュカたちが報告をしている」
「…………。」
「お前を助けられて本当に良かった。お前までいなくなったら、俺……」

 その後の言葉を紡がない代わりに、モーナコの体を傷に障らない程度の力で抱きしめる。
 ワカは朦朧とした意識の中で、モーナコの悲鳴を聞いた。なんとしてでも助けなければと腰ポーチから生命の大粉塵を取り出したところで意識がまた途切れたが、気力を振り絞って再び立ち上がり治療を施すことができて本当に良かった。
 そんなワカの気持ちが伝わったのか、モーナコは申し訳なさそうな表情をしている。手でワカの体を押して顔を合わせ、告げる。

「……ワカ旦那さん、ごめんなさいですニャ」
「いきなりどうしたんだ? ナコが謝る必要なんて無いだろう」
「ボク、ワカ旦那さんの足を引っ張ってばかりですニャ」

 小柄な体は攻撃をかわしたり囮になることに生かされていたが、その反面風圧で簡単にひっくり返ったり規模の広い攻撃に対応できないことも多かった。
 イララが引き起こした冷水に落とされたことやボルボロス亜種の雪玉を避けきれなかったことは、モーナコの中で劣等感を生み出す原因となっていた。そして、いつかはこの覚悟を決めなければならないとも。

「ワカ旦那さん……ボク、これ以上ワカ旦那さんたちと一緒に頑張れませんニャ」
「ナコ、何を!?」
「ボクじゃなくて、別の護衛ハンターが務めるべきですニャ。ボクはワカ旦那さんのオトモアイルーだからここに入れさせてもらえただけで、ボク自身はG級ハンターじゃなかったんですニャ。だからボクはあの枠にいちゃいけませんニャ」
「嫌だ、そんなことを言わないでくれ!」

 別れを告げるような言葉にワカが首を横に振る。だが現実を見据えたモーナコの気持ちは強く、ワカの頬に触れると不安に揺れるハチミツ色にしっかりと目を合わせて話しかけた。

「このままだと、きっとワカ旦那さんはボクのために傷つきますニャ。ボクがワカ旦那さんの運命を決めてしまうと思うんですニャ。……ごめんなさいですニャ、ボクがワカ旦那さんを守るって言っていたのに、ごめんなさい、です、ニャ……」

 鼻が急に詰まり、涙で視界がぼやける。今生の別れではないのに、主との距離が離れる寂しさと悔しさがモーナコの頬を濡らした。
 目尻の雫をそっと拭うワカの表情はとても悲しそうだったが、目を閉じるとモーナコの思いを受け止めて熟考する。二人で歩んできた道を振り返り、意志を確認した。

「その決意に、後悔はないんだな?」
「…………はい、ですニャ」
「わかった。明日の朝、長老に伝えるよ」
「…………。」
「だけど一つだけ訂正させてほしい。お前は立派なG級ハンターだ。俺だけじゃない、みんながそう思っている」

 優しく頭を撫でるとニャフ、とモーナコの口から嬉しそうな声が漏れた。ワカとて相棒がこれから先、狩猟の際に傍にいないことは心細く思うが、今回のように死の淵に立たされることが無くなるのだと自身を納得させる。

「お前のおかげで俺は運命と向き合う覚悟を持てた。感謝しているよ。本当にありがとう、モーナコ」
「ボクもですニャ。ワカ旦那さんと出会えたから、原生林からこんな遠くまで来て、たくさんのことを学べましたニャ。とっても楽しかったですニャ」

 決意を伝えた安心感からかモーナコが眠そうに欠伸をしながら目を擦ったので、ワカはモーナコの体を抱き寄せた。伝わってくる温もりに再びニャフと笑い、眠たげな声で告げる。

「ボク、小さい頃ハンターに助けてもらったんですニャ。巣から転げ落ちて、ハンターの前に姿を見せてしまって……。ハンターはボクらメラルーが大嫌いだから気を付けろって言われていたのに。でも、そのハンターは何もせずにボクを巣にそっと帰してくれたんですニャ」
「優しいハンターだったんだな」
「その出来事がきっかけでハンターに、人に興味を持つようになりましたニャ。巣にあった人の本を読んだり、原生林にやって来るハンターの言葉を聞いたりして、一生懸命勉強しましたニャ」
「それでお前、メラルーなのに人の言葉を」

 モーナコはオトモアイルーの教養を学ばずに育った野生のメラルーだ。だが独学で人の言語を学び、それが縁でワカのオトモアイルーになることができた。ワカと出会った当初から人の言葉を話せた理由は、この過去にあったのだ。
 好奇心旺盛な性格が起因してワカから様々な知識を譲り受け、こうして書士隊の護衛ハンターの一員として活動できたことを、モーナコは誇りに思っているだろう。だが、とうとうその道に終止符を討つ日が訪れた。

「お前は頑張り屋だよ。だから少しくらい休んだっていい。今は眠って早く怪我を治そう」
「ハイですニャ。おやすみなさいですニャ、ワカ旦那さん」
「おやすみ」

 すう、と息が吐かれると深い寝息が聞こえてくる。この尊い命を救うことができて本当に良かった。ワカはそう思いながら、眠るモーナコを抱きしめて目を閉じた。



「あの千刃竜が再び氷海に現れるかはわからないけど、今後のことも考えて全員が抗竜石を所持する必要がある。こんなこと、二度と起こしちゃいけない」

 我らの団ハンター、リンフィが解決した極限化セルレギオスの事件は当該モンスターの討伐で終息した。だが狂竜ウイルスは同じ縄張りにいた別のセルレギオスにも感染していたようで、それが未だ狂竜ウイルスに侵されたモンスターが存在する原因となっているようだ。

「ギルドには、せめて極限状態のことだけでも伝える義務があったと思う。遭遇したら即座に撤退しなくてはいけない相手だったんだ。今回のことは、僕も責任を感じているよ」

 ギルドの一員として、カゲはリククワのハンターが極限化モンスターに一方的に襲われることを防げなかったことを悔やんでいた。定期的に拠点を訪れていたことで、リククワの者たちに親しみを持っているのだろう。

「彼女に協力を頼もう。極限化したモンスターの討伐によく駆り出されているそうだし、情報を得ることで氷海に同じ脅威が迫っても応戦できるようにならなくちゃ。その過程で抗竜石を入手できればいいんだけど」
「サンキュー、カゲ。ここまで動いてくれると助かるぜ」
「僕、この拠点が気に入ってるからね。みんないい人だし、……」
「どうしたのじゃ、カゲ」

 カゲが不意にあらぬ方向を向いたので、ムロソが問いかける。少しの間じっとしていると、カゲは寂しそうに眉を下げた。

「あのメラルー、もう一緒に行けないって」
「行けないってどういう意味だよ! まさか、あいつ……!?」
「怪我は大丈夫だよ。ただ、オトモアイルーとして活動することを諦めたみたい」
「……カゲ、盗み聞きはいかんぞ」

 孫を叱るようなムロソの低い声にリュカでさえ体が一瞬強ばったが、カゲはその叱責を素直に受け入れる。どうやらワカとモーナコの対話を聞いたようだ。

「ごめんなさい。いつもは“閉じて”いるんだけど、意識が戻ったみたいだから。途中から個人的な話になったから、すぐに遮断したよ」
「お前の地獄耳って開閉式なのかよ?」
「表現としては、そんな感じ。僕だって聞こえる範囲の音を全て拾っていたら疲れちゃうから、調整しているんだ」
「……ふーん」

 地獄耳も万能ではないらしい。そんなカゲの耳は紅の髪に覆い隠されているので、リュカはおもむろに手を伸ばすが反射的に払いのけられた。驚きと怒りから赤紫の瞳がしっかりと開かれている。

「いきなり何するの!? やめてよ!」
「わ、悪い。耳がいいなら、でかかったり尖ったりしてるのかと思って」
「少しでも音が聞こえにくくなるように隠しているだけだよ。むやみに触れないでくれる? 無遠慮に体を触れられるのを嫌がる人もいるんだからね!」
「……本当にすまねえ」

 絞蛇竜に睨まれた鬼蛙のような構図にムロソはやれやれと息をつく。そして先ほどから気になっていた点を告げることにした。

「カゲよ、お前さんは一つ誤解をしておる」
「えっ?」
「モーナコは確かにメラルーだが、今はれっきとしたオトモアイルーじゃ。そこだけは改めてくれぬか」
「……彼の働きがリククワに貢献したことは事実だもんね。わかった、訂正する。モーナコは立派なオトモアイルー。雪森の言った通りだよ」

 ムロソには従順なんだなとリュカは密かに思ったが、リククワの長である上に竜人族だから敬っているのだろうと考え直した。
 報告内容と今後の目標が固まったところで、ムロソは解散と退室を促す。カゲを客人用の部屋に送った後でリュカは一人、外に出た。

「…………。」

 どっぷりと暮れた夜のリククワは静寂に包まれている。たいまつの明かりを浴びながら中心部に建っているクシャルダオラ像の足場に腰を下ろすと、リュカは白い息を吐いて星空を見上げた。
 イララの死、極限状態のセルレギオスの襲来、折れたジークムント、モーナコの離脱。一日の中で起こったことがあまりにも多すぎる。そして自分が全てにおいて何もできなかったことが悔しくて、リュカの拳に力が入った。

「……兄さん」

 兄の姿を見つけたのだろうか、イリスがマントを羽織ってこちらへ向かってきた。足場は二人ほど腰掛けられるスペースがあるので、端へ移動するとイリスが隣に座る。見上げると兄の大きな手がイリスの頭を優しく撫でつけた。

「お前、具合は」
「心配かけてごめんね、休んだから平気。それより、兄さんこそ大丈夫なの?」
「オレはなんとも無ぇよ。ベッドの上で寝てるあいつらの方が辛いだろ」
「怪我のことじゃない……こっち」

 イリスの白く細い手がリュカの胸にそっと触れる。その意味を理解したリュカの表情が強張った。イリスは、まるで自分が傷ついたかのような、辛そうな顔をしていた。

「襲撃の状況、まるで“あの日”に似ていたって聞いた。だから兄さんが苦しんでいるんじゃないかって」
「……何もできないまま仲間が倒れていく様を見るのは辛かった。けどよ、あいつらは生きてる。そこが決定的に違う」
「…………。」
「暴風野郎の時とは反対に、今度はオレがあいつらを助ける番だ。昔のことを思い出してうじうじしてる場合じゃねぇよ」
「そう、だね。兄さんは強いね」
「おうよ。お前の兄貴はこんなことじゃめげねぇんだ」
「頑張ってね、兄さん。私も皆さんの役に立てるように調査を進めるから」
「無茶するんじゃねぇぞ。またぶっ倒れてほしくないしな。さ、体が冷えないうちに中に入ろうぜ」

 立ち上がり、イリスの手を取る。寒空の下にずっといてはイリスの体調に響いてしまうだろう。会話を終えた兄妹が屋内に入ると、再びリククワに静けさが戻る。
 夜は更け、やがて日が昇り、リククワの歴史に新たな一ページが刻まれようとしていた。



 リククワの入口でリュカたちの見送りに立ち会えたのは、ムロソとユゥラ、イリスだけだった。これからリュカはカゲらギルドナイトの三人と共に我らの団ハンターのキャラバンを捜し、極限状態のモンスターについての見識を深めに向かう。

「イアーナたちのことは私に任せて。モリザやルシカと一緒に面倒を見るわ」
「モーナコのこともギルドに伝えるよう頼むぞ。新たに一員が増えるのであれば、ワシらも受け入れる体制を作らねばならん」
「兄さん、気を付けてね」
「ああ、行ってくるぜ」

 ユゥラとムロソの言葉を受け止め、リュカはしっかりと頷いた。リッシュが一足先に飛行船を待機させているため、四人は足早にリククワを立ち去る。
 リュカの背にはジークムントの代わりにつくられた【狼牙大剣[辺獄]】が背負われていた。一見細身の刀に見えるそれは抜刀することで赤い雷のような刃が刀身を縁取るように現れるギミックが施されている。【闇夜の赤黒雷】と呼ばれた、凍土で討伐したあのジンオウガ亜種の素材を用いた大剣だ。
 はじめはディーンの命を奪った因縁の相手の素材を使うことに躊躇いがあったが、氷海に生息するどのモンスターにも対応できるだろうとムロソに勧められ、手渡された。
 ムロソたちは四人の後ろ姿を見えなくなるまで見送る。これまでの出来事を振り返ったユゥラがぽつりと呟いた。

「クシャルダオラの二度に渡る襲来、極限状態のセルレギオスの出現……氷海に何か異変が起きている気がします」
「ユゥラ、お前さんもそう思うか」
「ええ。最近解読できた古文書の一部に不穏なものが見えましたし」

 ユゥラは亡きディーンが行っていた古文書の解読を引き継いでいる。イリスも時折手伝っているが、まだまだ読み解けていない箇所は多い。
 その膨大な難解の文字が羅列する古文書に何を見たのか。目線でそれを教えるように訴えると、ユゥラは静かに語った。

「部分的ではありますが、【白】【凍】【心】【火】【神】の文字が順に記されていることが判明しました」
「まだどんなモンスターについて書かれているかまではわかりませんが、白と凍の文字から寒冷地に潜むモンスターのことではないかと、私もユゥラさんも考えています」
「そうか……。まだまだ書士隊のやるべきことは山積みのようじゃな。引き続き解読を頼むぞ」

 四人の後ろ姿が完全に見えなくなったところで、三人も拠点へ引き返して行く。
 しんしんと降る雪は、二手に分かれた足跡をゆっくりと覆い尽くしていった。

第27話 黒靄狂乱 中編

「お前ら……!」

 増援のハンターの顔ぶれを見たリュカは安堵した。駆けつけたのはカゲ、キョウ、ミツキだった。
 カゲが操虫棍【ヘイズキャスター】を地に突き、跳躍してセルレギオスの背に飛び乗る。剥ぎ取りナイフで攻撃している間にキョウとミツキが武器に何かの石を当て、石から放たれた青白い光が武器に吸い込まれていくのが見えた。武器に宿ったように見える光は、よく見るとカゲの剥ぎ取りナイフにも灯されている。
 やがてセルレギオスが倒れ、すかさずキョウが懐に潜り込む。双剣【祭囃子・幻獣ノ調】を天へ掲げ鬼人化の構えを見せると、肉質が柔らかい後ろ脚へ連続攻撃を繰り出す。

「うおっ、なんだ……!?」

 突然体内から風が吹いたようにセルレギオスを纏っていたもやが消し飛んだ。もやの消えたセルレギオスは狂竜化していない、ただのモンスターにしか見えない。キョウは更に攻撃を続け、麻痺に陥ったセルレギオスの全身が痙攣を起こす。
 身動きがとれなくなったところへ今度はミツキが【ボールドボイドウェブ】を構える。睡眠ビンを装填した矢を何度か当て、睡眠毒が体内にまわりセルレギオスが深い眠りに落ちた。

「す、すげえ……」

 たった数分でセルレギオスをあっという間に行動不能にした三人の連携に、リュカの口から感嘆の声が漏れる。カゲは武器を納めると、立ち尽くしているリュカの元へ歩み寄った。

「無事なのは君ぐらいだね。千刃竜が眠っている今のうちに撤退するよ」

 カゲの目線はベースキャンプへ向けられている。キョウはワカを、ミツキはナレイアーナを連れて行くようだが、エリアの隅で倒れているもう一人の仲間を見過ごすことなどできなかった。

「……おい、待てよ」
「なに?」
「あいつは、モーナコは」

 リュカが視線を促した先にはうつ伏せに倒れたままのモーナコ。カゲはその様子をじっと見つめ、首を横に振った。

「あのメラルーはもう駄目だ。自分で穴を掘って逃げるだけの体力が尽きているなら、僕らには手の施しようが無い」
「あいつを見捨てろってのか!?」
「残念だけど、モンスターを治療する技術を持つ人間はここにはいないよ。瀕死のメラルーにまで手を回せないし」
「……ナコ、を」

 ワカが再び意識を取り戻したようだ。空いている左手がモーナコを捜すようにさまよい、金色の瞳が小さな身体をじっと見つめる。観察眼を使っているのだとリュカが考えていると、ワカはその瞳をカゲに向けた。

「ナコを置いていかないでくれ」
「聞いていたのなら覚悟しているよね、ワカ。あのメラルーを助けることは叶わないと」
「違う、俺なら助けられる。頼む、ナコも、ナコも一緒に……!」

 直後に咳きこみ、ワカは赤く染まったマスクを下して荒い呼吸を繰り返す。ふらつくワカの体を支えながら指示を待つキョウの視線を感じたカゲはミツキとも顔を合わせ、最後にリュカに向かって告げる。

「リュカ、手が空いている君があのメラルーを運んで。あまり揺らさないようにね」

 傷ついたモーナコの小さな体を抱き上げると、微かに呼吸音が聞こえてほっとした。痛ましい姿にどうか生きてほしいと強く願う。このオトモアイルーは、リククワの大切な仲間なのだから。

「急いで白土、そろそろ千刃竜が戻る」
「了解。行くよ」

 背後を見たミツキが厳しい声色を発する。眠っているセルレギオスの体にあのもやがまとわり始めようとしていた。カゲに従ってベースキャンプへ向かうと泣きそうな顔をしたリッシュが出迎え、すぐにリククワへ舵をとった。



 体調を崩したイリスと負傷したハンターがベッドの上で寝かされている船室は、重々しい空気が流れていた。
 腹部に突き刺さった飛刃が裂傷を起こすと内臓を傷つけられるため助かる率は低いと言われている。ナレイアーナは運悪く腹部の奥にまで飛刃が到達していたらしい。だが、運良くこの場に高い医療技術を持つ者がいた。

「美月は医師の集う隊商に在籍していたんだ。彼らから医療の知識を学び、調査中に発見した負傷者の治療に役立てている」

 カゲが説明するようにリュカに話しかける。ミツキは器具を使いナレイアーナに刺さった飛刃をゆっくりと抜き取る。腹部に潜んでいた脅威が無くなり、ナレイアーナが眠りに落ちていく。傷口の治療が済めばもう大丈夫だろう。
 ナレイアーナの隣のベッドに横たわるモーナコを誰しもが心配した。何重にも重ねられたシーツの上で弱々しい呼吸を繰り返していて、見るからに危篤だ。

「本当にこのメラルーを治せるの? モンスターの治療ができる狩人なんて、聞いたことが無いよ」

 カゲが怪訝な表情をしているのも構わず、ワカはベッドの下に隠していた引出から医療器具を取り出している。万が一――こういうことも覚悟していたのだろう――のために採っていたモーナコ自身の血液を輸血し、傷ついた腹部の治療を始めた。
 モーナコはおよそ一年前、ドスイーオスに尾を齧り取られたという。その窮地を救ったのがワカだった。何故ワカがモンスターの治療を行えるのかリュカは尋ねたことは無いが、何かきっかけがあって会得したのだろう。今はその知識だけが頼りだ。

「旦那、僕も力添えをするニャ」
「……頼むよ、雪森ユキモリ

 船に乗り込んでいたカゲのオトモアイルー、ユキモリがどこからともなく大きな壷を取り出した。アイルーを模したのか耳が取っ手のように付けられており、大きな目も描かれている。壺から溢れた生命の粉塵に似た細かな粒子が宙を舞い、この場に安らぎをもたらした。

「【ネコ式活力の壷の技】ニャ。これで自然回復力を高められるニャ。旦那、これをモーナコの傍に」
「雪森、君はこのメラルーが同胞だから助けたいの?」
「モーナコはとても慈悲深い男ニャ。そんな優しい仲間を死なせたくないニャ」

 以前モーナコと一時的に行動を共にしたユキモリは、モーナコの歩んだ道のりを聞いた。
 元は原生林に住むメラルーだったが、ワカと出会ったことで人に尽くす心を知ったという。シフレの悲しみを汲み、彼女の心を救いたいと行動する姿はまさにオトモアイルーの鑑だった。
 ワカは神経を研ぎすましてモーナコの治療をしていく。砕けた飛刃の破片を取り除き、消毒した傷に秘薬を浸したガーゼを当てると丁寧に縫合した。あまりにも的確な手さばきに、カゲが驚愕の声をあげる。

「信じられない……この適切な処置、君はモンスターの医者でも志望していたの?」

 いくら構成している器官がほぼ共通しているとはいえ、人間より小さなモーナコの体に処置を施せるなど。ここでようやくワカが口を開いた。目はまっすぐにモーナコの体へ向けられ、手の動きも止めていないが。

「……ナコは、大事な相棒なんだ。だから絶対に死なせたくない」

 包帯をモーナコの体に巻き付け、大きく息を吐く。緊急手術は無事に完了したようだ。見事な手さばきにミツキも感心している。
 か細い呼吸をするモーナコの頭を優しく撫で、『頑張ったな』と小さく呟くとワカの体が大きく揺らぐ。隣で処置を見ていたミツキが慌てて支えると、目を閉じたワカの額から大量の汗が吹き出ていた。怪我を負った体で神経を集中させて施術を行ったことで、かなり負担がかかったのだろう。ミツキは空いているベッドにワカを寝かせ、手当てを始める。
 リュカは何もできない自分に歯がゆさを感じていた。ボロボロではあるが、全員生還できたのだ。それだけは良かったと思うが、問題は山積みだ。軽くなってしまった、背の重みも。



 ナレイアーナ、そしてワカとモーナコは部屋で休んでもらい、リュカはカゲと共にムロソの部屋を訪れた。狂竜化した末に突然死したイララと、狂竜化しただけのようには思えないセルレギオスの報告をするためだ。

「刃鱗野郎には心眼の旋律が通じなくて、罠や閃光玉も効かなかったんだ。あんな奴、初めて見たぜ」
「そのようなモンスターから、よく戻ってきてくれた。無傷では済まされなかったが、命があるだけでも感謝せねばなるまい」

 ムロソは複雑な表情でリュカの肩に手を乗せる。工房に届けられた、変わり果てたジークムントが目に浮かぶ。唯一傷が浅かったリュカの心にも、深い傷が残ったのだろう。顔も疲れ果てているように見えた。

「あれは【極限状態】になった個体だったんだ」
「極限? なんだよ、それ」

 初めて聞く言葉に首を傾げるリュカの反応を見たカゲは眉をひそめる。やはり辺境の拠点は情報の伝達が遅い。それがこの悲劇を招いたと考えると、ギルドの対応に不満を抱いた。

「狂竜ウイルスを克服して自身の力にした、“極”みに“限”りなく迫りし者。その脅威は古龍種と同等といっていい。狂竜ウイルスに侵されたら治癒は不可能、長くは生きられない。だけど最近狂竜ウイルスを克服する個体が現れて、ギルドはそれを極限状態と名付けた。水蛇竜は恐らくあの形態に変化する過程で力尽きたんだと思う」
「イララか……ただの狂竜化じゃない感じがしたんだが、あれになりかけだったってことか。もし飛刃野郎と同じ姿になっていたらぞっとするぜ」
「極限に達して箍が外れた身体能力は肉質が強固になって、罠や毒といったものも通用しなくなる。もちろん攻撃力も強化されているよ」
「マジかよ、強すぎるじゃねえか。どうしてお前らの攻撃は弾かれなかったんだ? それに、狂竜ウイルスも消えちまったし」
「……これのおかげだよ」

 カゲがポーチから取り出したのは、砥石よりも小さな石だった。白と紫のマーブル模様の石は見るからに不思議な力を秘めていそうな印象を受ける。

「【抗竜石】っていうんだ。いくつか種類があって、これは【心撃】と呼ばれる極限状態の硬い肉質を貫通する力を持っている。他にも狂竜ウイルスによる攻撃を抑えたり、武器に宿る属性の力を増幅させるものもある。この石の力が宿っている間に攻撃をすると、狂竜ウイルスの動きを一時的に抑制することが可能なんだ。だけどまだ研究と生産が需要に追いついていなくて、僕らも先日ギルドから支給されたばかりだったんだ。僕らが要請に駆り出されたのは、これを所持していたからだろうね」
「そうじゃったか。礼を言うぞ」
「あの風が無かったら、間に合わなかったかもしれない。誰かが命を落としていてもおかしくない状況だったよ」

 唐突に出てきた言葉にリュカが首を傾げる。

「なんでそこで風の話が出てくるんだ?」
「千刃竜と対峙していた時に感じなかった? 吹き荒ぶ風を」

 カゲにそう言われ、リュカは懸命にあの時の状況を思い出す。ジークムントが折れた衝撃が強すぎて吹いた風などうろ覚えでしかないが、確かに何度か突風をこの身に受けた気がする。

「あの時、僕らは外にいてね。強風が吹いたと思ったら微かに狼煙の音が聞こえて、氷海の方角に昇る狼煙に気が付いたんだ。それでギルドに駆け込んだところ、緊急要請を受けて船に乗り込んだわけ」
「ああ、お前は地獄耳だったな」
「風が音を乗せたから聞こえただけだよ。普段じゃ聞こえるはずない距離だもの。そして船に乗ったら今度は追い風に変わって、ぐんぐんと船の背を押したんだ。まるで急いで氷海に来てほしいって何かの意志を感じたよ。おかげで、あの危機に間に合うことができた」
「風か……クシャルダオラが現れた時にも吹いたそうじゃのう。お前さんらは何かの加護を受けているのかもしれん」
「でもよ、結局奴は狩れなかったしこっちはズタボロだ。またあんな奴が現れちまったら、どうしたらいいんだ? オレらはその特別な石を持ってねぇし」

 リュカが拳を握りしめて悔しそうな表情を浮かべる。カゲは抗竜石をじっと見つめると、一人のハンターの名を挙げた。

「リュカ、【蒼天青爪】は知ってる?」
「我らの団ハンターの……リンフィつったか、会ったことはあるぜ」
「なら話は早いね。彼女は【千刃竜事変】を収束させた狩人だ。極限状態の千刃竜も討伐している。抗竜石を初めて手にした人物だし、彼女から極限状態の個体について情報を聞く必要があると思う」
「カゲよ、その千刃竜事変とは何か我々にも教えてほしい。どうやら、よほどの重要事項でない限りこの辺境の拠点に情報が流れてこないようでな」
「……うん。長くなるよ、覚悟してね」

 リュカは真剣な眼差しで、カゲの語るバルバレで起きた大事件の一部始終に耳を傾けた。

第27話 黒靄狂乱 前編

 巨大な影がこちらへ降りてくると判断したハンターたちは一斉に飛び退く。イララの亡骸に背をぶつけたワカが影の正体に驚きの声をあげた。

「セルレギオス……!?」

 突如空から降ってきたのは【千刃竜セルレギオス】。イララ同様に狂竜化しており、全身を黒に近い紫色のもやに包んでいる。だが、何かが違う。

「確かに刃鱗野郎で間違いは無ぇが、明らかに様子がおかしいぜ」
「あの色……イララと同じですニャ。けど、今まで見た狂竜化したモンスターよりもっとどす黒い色をしていますニャ」
「ワカ、すぐに緊急救助要請の狼煙を出して。あの子はまともじゃない、リッシュとイリスだけでも逃がさないと」

 全員が直感する、満ち溢れた狂気。ワカが狼煙をあげると同時にセルレギオスが飛びかかってきた。鋭い脚の爪を散ってかわし、体勢を整える。

「攻撃をしのいで援護が来るまで持ち堪えるんだ!」
「了解ですニャ、ワカ旦那さん!」

 救助要請の狼煙はバルバレギルド本部にも見える位置まで高く昇るが、氷海とは距離があるために援護のハンターが到着するまで時間がかかる。
 それでも援護を要請するほどの緊急事態だった。クシャルダオラ出現の際に救助要請を出さなかった結果、凍土でディーンを失った過去から全員が過敏になっていることもあるだろう。
 禍々しい煙を纏うセルレギオスの動きは狂竜化のそれと同じく、緩急の差が激しい。錯乱しているのか時折ハンターではなくイララの遺骸に飛刃を飛ばすこともあった。
 攻撃はせず、ひたすら受け流す。時間稼ぎはリククワの護衛ハンターが得意とする手法だったが、絶対防御は突然崩された。
 ナレイアーナを狙っていたはずのセルレギオスが、突然向きを変えてリュカに飛刃を放ったのだ。反応が一瞬遅れたリュカは咄嗟にジークムントを構えるもその一撃は強烈で、飛刃が弾ける反動に体が揺らぐ。

「ぐっ、う……な、何っ!?」

 セルレギオスは連続でリュカに飛刃を撃ち続ける。リュカの周りでいくつもの飛刃が炸裂し、バチンバチンと音が弾け鎧を掠めた。細かい刃鱗は裂傷を起こすほどではないが、全ての攻撃を受け止めたジークムントに異変が起き始める。

 ――ピシリ。

「リュカ!!」

 異変に気付いたワカが叫びながら駆け出す。赤い光を放つジークムントの刀身にヒビが入ったのが見えたからだ。何度も同じ箇所を狙われたことで耐久力が落ち、限界を突破されたジークムントが悲鳴をあげたに違いない。だが飛刃の連打は止まらず、そして……。

「がっ……!」

 バキンと大きな音が氷海に響き渡る。後方へ転がったリュカは右腕にかかる重みが急激に軽くなったことに血の気が引いた。起きあがって、おそるおそる右側を見る。

「マジ、かよ」

 声と同じく震える右腕の先、握りしめていたはずのジークムントの刀身が中心部を境に真っ二つに折れていた。赤く点滅した光も失われ、まるで命の灯火が消えたかのようだ。
 そして折れた先の刃はリュカの後方で宙を舞ってイララが暴れた際にできた穴へ落ち、氷海の底に沈んでいく。リュカの刃と盾が消失した瞬間だった。
 絶望感に打ちひしがれたリュカの目の前にセルレギオスが迫るが、ワカがその身を掴み飛んだことで攻撃を回避する。

「リュカ、しっかりしろ! 今は生き残ることだけを考えるんだ!」

 肩を強く揺らし、叱咤する。リュカの瞳に喪失しかけた戦意が戻るが、セルレギオスはなおリュカを狙う。ワカは覚悟を決めてブルートフルートに手をかけた。
 セルレギオスの右後方へ飛び、右回しに振るって頭部を狙う。頭が高めの位置にあっても狩猟笛特有のリーチで捉えることができる、ワカの得意な一撃だ。

(硬い!?)

 しかし、突然セルレギオスが振り向いたため首に当たり、まるで岩のように硬い鱗が攻撃を阻む。狩猟笛の重みをそっくり返され、よろめく。

「心眼の旋律は切れていないはずなのに、何故……!」

 狩猟笛の基礎旋律、【自己強化】。その旋律を重ねがけすることで、どんなに硬い肉質の部位であろうと芯を打てる【心眼】の効力を得ることができる。
 ところが、このセルレギオスには通じなかった。狂竜化したことで肉質が急激に変化したのかもしれないと考えた直後、セルレギオスの鳴き声を聞いたワカは思考を即座に遮断する。

「危ないっ!」

 セルレギオスが高く飛び上がると同時にリュカを突き飛ばす。ワカは、あの鳴き声が獲物を捕らえる時に出すものだと知っていた。リュカを標的から外そうと身を挺した行動だったが、それが更に窮地を引き起こす。

「ワカ旦那さん!!」

 一陣の風が吹くと同時に、リュカの目の前からワカが消える。モーナコが上空へ向けて叫んでいるのにつられて空を見上げると、セルレギオスの脚に捕らえられたワカの姿が見えた。セルレギオスはそのまま翼をはためかせ、エリア1へ飛んで行く。

「リュカ、何ぼんやりしてるのよ! このままじゃワカが死ぬわ、急いで!」

 ワカが死ぬ。その言葉を聞いてようやくリュカの全身に力が入る。『あんなこと』は二度とごめんだ。その気持ちが体を衝動的に突き動かした。
 真っ先に駆けだしたモーナコ、そしてナレイアーナを追いリュカも走る。その背には刀身が半分だけになったジークムントが担がれていた。



 エリア1の中央部でセルレギオスがワカを地面に押さえつけていた。今にも啄みそうな動作にナレイアーナは麻痺弾を撃つが、それもまた弾かれる。
 攻撃を受けたことで警戒心を強めたセルレギオスが再び宙に舞い上がった。脚の中に閉じこめられたままのワカも脱出しようと唯一解放されている右腕を動かすが腰ポーチには届かず、更に体を締め付けられる痛みに呻き声が漏れる。

「ワカ旦那さん! ワカ旦那さん!!」
「落ち着いてモーナコ、アンタはシビレ罠を仕掛けて。リュカ、閃光玉であいつを落とすわよ!」

 上空で苦しんでいるワカを見て動揺するモーナコをナレイアーナが諫める。ナレイアーナも冷静ではないと自覚しているが、自分だけでもしっかりしなくてはと気を強く持っていた。
 セルレギオスの真下、影の中でモーナコがシビレ罠を仕掛ける。空中で暴れているためセルレギオスの視界が定まらないが、二人がかりで閃光玉を使えば成功する確率は上がるはずだ。
 リュカとナレイアーナは別々の場所へ閃光玉を同時に投げた。光蟲が目映い光を放つ瞬間、ナレイアーナはセルレギオスが自分が投げた方向に顔を向けているのを確認する。これなら確実に落ちると思っていた。

「嘘、失敗したの……!?」

 ところが、目を覆っていた腕を避けるとセルレギオスは変わらず空中にいた。何事も無かったかのようにセルレギオスは翼を広げると脚を大きく引き、蹴り上げるようにワカを氷の壁へ投げ飛ばす。
 受け身を取れなかったワカは背中を強く打ちつけ、ずるずると体を滑らせると壁に背を預け動かなくなった。ごほ、と咳をしたマスクが赤く染まる。

「ワカ旦那さん、すぐに助けますニャ!」

 モーナコが回復笛を天に掲げる。意識を集中させ、効力のより強い【真・回復笛の術】を奏でようと目を閉じた。
 モンスターの前で無防備な姿を晒すことになるが、モーナコは主を助けたい一心でこの行動に出たのだ。モーナコの手前にはシビレ罠が仕掛けられており、近づけば確実に罠にかかる。シビレ罠を仕掛けた先で笛を吹き、モンスターをおびき寄せるのは常套手段だった。
 プアップアー、と音が響きリュカたちの傷が癒される。同時に地を這いながら突き出されたセルレギオスの尖爪が、シビレ罠を破壊しながらモーナコの小さな体を深く抉った。

「ニャアアァッ……!」

 それは断末魔のような、悲しい叫びだった。軽い体が宙で何度も回り氷の大地へ叩きつけられると、うつ伏せに倒れた体から赤いものがドロドロと流れ出す。その様相は狩人たちの脳裏に最悪の結末を過ぎらせた。

「モーナコ、そんなっ」

 惨劇の瞬間を目の当たりにしたナレイアーナの心に、とうとう隙が生まれる。セルレギオスが尾を振るい飛刃を弾き飛ばすと、彼女の腹部に刃鱗が突き刺さった。短い悲鳴をあげて倒れた体をリュカが慌てて起こすと、ナレイアーナは右手で腹部を押さえて顔を歪めている。

「どうした!?」
「飛刃が、お腹に……」

 セルレギオスの飛刃による裂傷の恐ろしさはワカが証明している。左頬に残る傷跡は、セルレギオスの飛刃によるものだ。ワカは頬の肉が一瞬で大きく裂けた衝撃で気絶し、治療に一週間以上の時間を要した。それが腹部で起これば、内臓は大きな損傷を受けてしまうだろう。
 ナレイアーナから下手に体を動かせないことを示唆されたが、モンスターの目の前でじっとしていることなど不可能だ。増してや、あの暴れ狂うセルレギオスからなど。

「リュカ、アンタだけでもベースキャンプに戻って……! どうにかギルドに伝えないと……」

 痛みに歯を食いしばるナレイアーナの微かな声を聞きながら辺りを見回す。氷の壁に寄りかかってうな垂れるワカ、血だまりに沈むモーナコ、そして身動きがとれないナレイアーナ。パーティは全滅だ。このままセルレギオスがベースキャンプへ向かえば、リッシュとイリスも巻き込まれてしまう。
 幸いにもセルレギオスは背を向けたまま威嚇している。動くなら今しか無いだろう。だがそれは三人を見殺しにすることと同然だ。目の前の光景はリュカに数年前の記憶を重ねさせ、ある思いを奮起させる。

「悪い、イアーナ。オレだけ生き延びるなんてできねえ」

 そう言うとナレイアーナの体をそっと下ろし、腰に付けられているベリオロスの棘で作られた投擲専用の短刀を抜き取る。投げナイフ程度の微力な隠し武器だが、ジークムントが使えないこの状態では唯一の刃だ。

「これ以上、目の前で誰も死なせたくねえんだ。そのためならオレは足をもう一本くれてやってもいい」

 突風が吹き荒れる。ナレイアーナには、リュカが深い悲しみを背負い込んで立っているように見えた。



 ベースキャンプではリッシュが甲板で一人、荒風になびく空色の髪を押さえながら氷海を睨んでいた。緊急の救助要請の狼煙が上がったことでリュカたちに大変な事態が起こっていることは理解している。だが、リッシュはハンターたちがここへ戻るまで待つと決めていた。たとえ被害を拡大させないために狼煙が上がって十五分以内に船を出し撤退しなければならない規則があろうとも。

(イリスは突然倒れてしまうし、この風……まるで、クシャルダオラが現れた時のようですね。皆さんは大丈夫なのでしょうか)

 狼煙が上がってすぐに、イリスに異変が起こった。具合が悪いと話すとフラフラと船室へ向かい、ベッドで眠ってしまったのだ。それから少し経ち、この風が吹き荒れるようになった。以前ほど顔色は悪くないが、ひどく疲れている様子のイリスは船室で休ませることにし、リッシュは限界までハンターたちの戻りを待つ。
 もし凶悪なモンスターがここへ来てしまったら。それでもリッシュは護衛ハンターを置いて戻りたくない気持ちが上回っていた。その時、背後から風を伝い波を切る音が聞こえてくる。
 振り返ると、一隻の船が向かって来ていた。船を停泊させるや否や、ハンターたちが飛び出す。見覚えのある頼もしい三人の顔に気を張っていたリッシュの表情がくしゃりと歪み、縋るような声を絞り出す。

「お願いです。皆さんを助けてください……!」
「僕らに任せて、全員連れて帰ってくるから」



 ベリオXフォールドに装着されている短刀は六本。一本目は翼爪甲で弾かれ、二本目は後ろ脚に突き刺さった。三本目を手にしたところで、右側の短刀の最後だと気が付く。

「部位によって弾かれるところがあるみたいだな……チッ、ジークムントさえあったら……!」

 短刀を投げてセルレギオスの気を引きながら、少しずつエリア2の方角へ後退していく。三人をセルレギオスから遠ざけて、自分一人で時間を稼ぐために。
 勢いよく突き出された後ろ脚の爪を避けるが、左腕を掠めた。流れ出す血の臭いに舌打ちをした直後、ふわりと何かが舞い腕の傷を瞬時に癒した。生命の粉塵だと直感したが、効果がそれよりも強い。まさかと壁際に目を向けると、体を起こしたワカが草色の小袋から粉塵を撒き散らしていた。セルレギオスもそれに気が付くと、ワカに近づいていく。

「テメェ、待ちやがれ!」

 脇を抜けるセルレギオスを止めようと食らいつくように短刀を尻尾の先端に力強く突き刺す。ここで初めてセルレギオスが怯み、その隙に再び倒れたワカの元へ急いだ。

「大丈夫か、ワカ!」
「…………。」
「おい、しっかりしろっ!」

 肩を揺さぶるも反応は無い。一時的に意識を取り戻しただけだったのか、わずかに開いていた金色の目は閉じられ、握力を失った手から【生命の大粉塵】の入った袋が滑り落ちた。残りの粉塵がサラサラと突風で舞い上がり、リュカたちの傷を癒していく。モーナコにも効果があればいいのだが。

「……オレはまだ、諦めちゃいねぇぞ」

 背後から迫る黒い殺意。ワカと氷の壁を背に、リュカは左側に付けられた短刀を抜く。もう一度エリア2へ誘導しなければ。ジークムントを失っていても、アイスブルーの瞳に灯る闘志は消え失せていない。

「だめよ、リュカ……!」

 ナレイアーナがゆっくりと腕に力を込める。腹部が痛むが、仲間が危機に晒されている光景をただ見ていることなどできない。
 だが、その行動を優しく引き留める声が聞こえた。

「動かないで」
「……えっ?」

 三つの風が、駆け抜けて行った。

奇士の与太話①~某社ゲーム由来の名前~

「銀白色の奇士」に登場するキャラクターの一部は、モンハンと同じ制作会社である
カプコン社のゲームのキャラクターの名前をもじってつけております。以下はそのまとめです。
あくまで名前を拝借しただけで、外見や設定に影響はありません。裏設定として楽しんでいただければ幸いです。
ゲームタイトル、キャラクター名の順に説明しております。また、ナンバリングは省略しています。
イリス⇒ロックマンX/アイリス 余談ですが同じ妹キャラでもあります
ディーン⇒サイバーボッツ/ジン=サオトメ
ユゥラ⇒ストリートファイター/ユーリ
リッシュ⇒クイズなないろDREAMS/リンツ
ムロソ⇒デモンズブレイゾン/ソムロ
ヌイ⇒大神/白野威(シラヌイ)
ハリーヤ⇒逆転裁判/ヤハリ
モリザ⇒ダンジョンズ&ドラゴンズ/モリア(シーフ1P)
ルシカ⇒ファイナルファイト/ルシア
アル⇒ロックマン/Dr.ワイリー
レンテ⇒デビルメイクライ/ダンテ 現時点で唯一性別が転換したキャラクターです
以下、ゲストキャラクター
レリィ⇒ヴァンパイア/レイレイ 姉のリンリンも含みます
セラ⇒ブレスオブファイア/セイラ
マテラ⇒大神/天照(アマテラス)
キョウ⇒キャプテンコマンドー/コマンドー翔 苗字の武神は武神流から。
ミツキ⇒戦国BASARA/いつき 苗字の戦国はタイトルから。作品の性質上オリジナルキャラクターの名前をお借りしました
クレイド⇒ウォーザード/ブレイド
クリフ⇒バイオハザード/クリス
リューク⇒ブレスオブファイア/リュウ
ミゲル⇒ロックマン/Dr.コサック
トマス⇒ロックマン/ライト博士

第26話 食へ飽くなき探求心を 後編

 ワカとモルガーヌがエリア2に到着すると、ザボアザギルは何度目になるかわからない氷の鎧をまとって待ち構えていた。ハンターの姿を捉えると、まっしぐらに突進する。その速度はスタミナ切れを感じさせない。

「疲労せぬ個体か。打撃武器のヌシにとっては手痛いの」
「元々攻撃の要でもないし、俺一人の攻撃で疲労させられることはあまり無いから気にしていないよ」

 発言通りワカの攻撃頻度は低い。旋律の維持や道具の使用によるサポートが主な立ち回りのためだ。一風変わったその動きをモルガーヌも興味深く見ていたが、書士隊という身分をナレイアーナから聞かされて納得した。

「ワシは、あの二人ほどヌシをしっかりと護ってやれんぞ」
「無理はしないつもりだ」

 モルガーヌの背後に立つワカは周囲を見渡した。イビルジョーの出現により、ザボアザギルだけでなく幼体のスクアギルも避難してきたらしい。それも、普段見かけるより数が多い。ザボアザギルの狩猟を再開したモルガーヌの動きを見ながら、ワカはこちらの様子を窺っているスクアギルの討伐を試みた。
 小柄なスクアギルは獲物に食らいつき肉をかじり取り、得た養分を体内でガスに変えて体を膨らませる。そして大きくなった体はハンターといえど突進を受けたら体勢を崩してしまうほどの力を得てしまう。
 邪魔をさせるものかとワカは器用に狩猟笛を振り、モルガーヌに近づくスクアギルを弾き飛ばした。だが、あまりにもスクアギルの数が多すぎる。繁殖しすぎたスクアギルの討伐依頼を受注したのだろうかと勘違いしてしまうほど。

「モルガーヌさん!」

 一頭のスクアギルが大剣を構えて力を溜めているモルガーヌの背後から接近していた。ワカが狩猟笛を掲げた瞬間、別のスクアギルがワカ目がけて突撃し、不意を突かれたワカの体がザボアザギルの足元に転がる。
 ハッと顔を上げたワカの視界いっぱいに広がったのは、ザボアザギルの巨大な口だった。

「やめんか!」

 スクアギルの突進を避けたモルガーヌが顔色を変えて叫ぶ。一瞬で飲み込まれたワカを救出しようとこやし玉を手に取るが、巨大な体故に最も効果的な鼻や口に届かない。
 このままではワカが体内で凍らされてしまう。強烈な一撃を与えて怯ませるしか無いと考えたモルガーヌが再び大包丁に手をかけたその時、突然ザボアザギルが口を大きく開いた。それと同時に妙な臭いが漂いだす。

「うっ……なんじゃ、この臭いは」

 思わずモルガーヌは口を覆った。接近すれば刺激が目にも届きそうなほどの悪臭だ。やがてザボアザギルが咳きこんで何かを吐き出す。べちゃ、と汚い音を立てて吐き出されたのはワカだ。
 大丈夫かと声をかけるべく歩み寄ろうとしたモルガーヌだったが、悪臭の元がこのワカだと気付いて足がピタリと止まる。

「ヌシ、何をしでかした」
「ごほっ……にが虫、や……げほ、トウガラシを混ぜた特性こやし玉をぶつけたんだ。けど、うっ……さすがにザボアザギルの体内で、こやし玉を使うのは、まずかった……俺にも、臭いが……おえっ」
「……なんというものを調合しおったんじゃ」

 ワカがえずきながらも腰ポーチから消臭玉を取り出して地面に叩きつけるが、悪臭に染まったポーチの中身は使いものにならなくなったようで、似た臭いの煙が噴き出るだけに終わった。
 いくら緊急事態だったとはいえ、代償はあまりにも大きすぎた。唾液と悪臭にまみれてうずくまるワカの姿は、先ほどまで見せていた冷静沈着、チームの参謀などという印象から大いにかけ離れている。
 ザボアザギルはあまりの悪臭に参ったようで、氷を砕いて海中へ潜ると更に隣のエリア1へ移動した。スクアギルたちもイビルジョーとは違う危機感を感じたのか姿を消している。
 一時的な安全を確認したモルガーヌは持ち込んでいた消臭玉をワカの傍に投げつけた。三つもワカを煙で覆うように使ったおかげで強烈な悪臭は鳴りを潜めた。見た目は唾液で汚れているが。

「拠点に戻る前に水浴びが必要じゃな」
「そうだな。それよりあのザボアザギル、ようやく捕獲できそうだ。予兆が見えた」
「なんじゃと?」

 先ほどの特性こやし玉が影響したのかもしれないが、巨大なザボアザギルを頭から喰らおうとしている黒龍の幻影が浮かんでいた。
 すぐに捕獲して因縁の相手を討伐したいモルガーヌはワカを連れてエリア1へ向かう。ワカがシビレ罠を仕掛けると、飛びかかったザボアザギルはすんなりと罠に引っかかった。

「……モルガーヌさん!?」

 捕獲玉を持ったワカが驚く。捕獲すると思っていたモルガーヌが突然大剣を構えたからだ。
 持っているのが大剣とは思えないほど豪快に振り回し、勢いを借りて更に跳躍する。中空でも円を描くように振られた蝦蟇の大包丁は、ザボアザギルの頭部に直撃した。
 狩技の一種だと直感したが、この一撃でザボアザギルにとどめを刺した破壊力に唖然としてしまう。そんなワカを気に留めることもなく、モルガーヌは大剣を背負うと数本あった剥ぎ取りナイフの一本を手にした。

「どうして捕獲ではなく、討伐を?」
「今はすぐに剥ぎ取らねばならん。ヌシは皮を頼む」
「あ、ああ」

 言われるがままに剥ぎ取りをするが、モルガーヌの動作に目を奪われた。見るからに鋭そうなナイフを背ビレに迷わずに入れ、無駄の無い動きで切り落とす。ワカが知る剥ぎ取りの上手いハンターの一人、ハビエルよりも更に的確な技術に料理人ハンターの真骨頂を見た気がした。剥ぎ取りナイフを数本所持していたのも、剥ぎ取る部位に合わせて使い分けるためだろう。
 背ビレの一部を手にしたモルガーヌは満足そうに笑ったが、直後に険しい表情に変わる。その理由をワカも把握した。地中から再び現れる、深緑の巨体。リュカとナレイアーナも慌てて追いかけて来た。

「悪い、そっちに行った……ん、鮫野郎は討伐したのか」
「それじゃあ、次はジョーちゃんの討伐かしら」
「いいや、その気は失せたわい。今はこの背ビレを新鮮なうちに研究所へ届けたいのでな。……鱈腹食うがいい、貪食の恐王め」

 イビルジョーがエリア1までやって来たのは、ザボアザギルの捕食のためだった。既に死骸となっているが、イビルジョーは構わずに食べきるだろう。腹を満たすには十分すぎる巨体のため、この食事を済ませたら氷海を離れるので環境も安定する。そう考えたモルガーヌは剥ぎ取りを即座に行える討伐を選択した。
 ザボアザギルの討伐には成功したものの亡骸を全てイビルジョーに奪われるため完全な成功とは言い難いが、モルガーヌの目的を果たすことができたとリククワのハンターたちは結果に満足する。
 ベースキャンプに隣接していたエリアだったため、すぐに船へ戻ることができた。リッシュと合流し一安心したのも束の間、ナレイアーナがワカに怪訝な顔を向ける。敏感な彼女の嗅覚は、しっかりと異臭を感知したようだ。

「ワカ、アンタなんか臭いんだけど」
「やっぱりナナちゃんにはわかるか。ザボアザギルに捕食されかけたんだ」
「うへえ、マジかよ。村の近くの川で汚れを落としてから来いよ」
「そうする」



 進言通り装備を洗うことにしたワカを森に置いていき、リュカたちはモルガーヌが乗る飛行船のある広場へ戻った。すると学者のような出で立ちの男が待っており、モルガーヌにお辞儀をしたことから彼女の知り合いだと理解する。

「お疲れさまでした、剥ぎ取りはできましたか」
「こやつらのおかげで無事に採れたぞ。ほれ」
「……これは見事な背ビレですね。研究にもさぞかし役立つかと」

 眼鏡の下の瞳がにこりと笑う。受け取った背ビレを専用のケースに入れ、リククワのハンターたちにも丁寧に頭を下げた。

「この方のわがままに付き合っていただいて、ありがとうございました。私たち研究員からもお礼を言わせてください」
「お礼を言われるほどのことはしていないわ。頼もしかったわよ」
「そうですか。我々も拠点へ戻ります。行きますよ」
「これ、そう急かすでない。協力に感謝する、リククワの狩人たち。縁があったら、また会おうぞ」
「ああ、じゃあな」

 リククワの護衛ハンターと別れ、二人は飛行船に乗り込む。浮上する途中、男がぽつりと呟いた。男が見ていたのは、手を振るナレイアーナ。

「あの女性ハンター、ヘビィボウガンを背負っていましたね」
「知り合いか?」
「いえ。ですが、書士隊だった頃の同僚が特注で作った鈴を身に付けていましたので」
「聞いてみれば良かったろうに」
「彼は数年前に行方不明になりましたから。恋人であれば尋ねるのは不謹慎かと」
「そうじゃったか。書士隊も時には命の危険に晒されるからのう」
(……ミゲルさんは、その女性がハンマーの使い手だと言っていた。鈴のデザインが偶然同じだったのか、それとも武器を変えたか、どちらかだろう)

 飛行船が空へ飛び立つのを見送ったリュカたちは、ちょうど戻ったワカと共に依頼の報告を伝えにリククワへ帰った。鍛冶屋の者たちがワカの装備を念入りに洗浄したのは言うまでも無い。



 報告から数日後。あるモンスターが狂竜化していることを告げられたハンターたちは、調査のためにイリスも連れて氷海へ向かった。
 四人は気が気でなかった。何故なら、狂竜化したとされるモンスターは、モンスターでありながらハンターと馴染みがあったからだ。

「まさか、あいつが狂竜化しちまうなんてな……ああなった以上は討伐するしかねぇだろう」
「……そうだな、俺は捕獲より討伐を選びたい。捕獲したところでギルドの研究材料にされるだけだから。自由気ままに生きていたあのモンスターを、そんな目に遭わせたくない」
「ワカ旦那さん……」
「アタシもワカに賛成。あの子を実験体になんてしてほしくないわ。イリスは討伐が終わるまでリッシュと一緒にベースキャンプで待機しててね」
「わかりました」

 ベースキャンプを発ち、エリア1へ到着すると同時に響くけたたましい咆哮。どこか悲鳴のようにも聞こえる声の源が待ちかまえるエリア2へ走った。
 氷板の上でとぐろを巻いた青紫色の巨体がゆっくりとこちらを向く。紫の煙に身を包んだ姿は、まさに狂竜化を遂げた状態だった。

「イララ……」

 寂しそうな声でナレイアーナが名を呼んだ。ガララアジャラ亜種の【イララ】。数ヶ月前より氷海で気ままに生き、時に調査の邪魔をするが、人間を敵というより遊び相手と見なす不思議な個体故に名前を付けられ、観察されていた。
 狂竜ウイルスに侵された体は正気を失い、暴れ回る。かつて氷の壁を咆哮で崩落させた彼女をこのまま放置したら、以前ここで暴れたブラキディオス以上の被害が出てしまうだろう。
 モンスターに愛着がわいた、とは考えていない。だが、このイララを今一度狩らなくてはならないと思うとハンターたちの胸が痛んだ。

「……やるぞ」
「了解ですニャ」

 リュカがジークムントの柄に手を添え、モーナコが頷く。イララはこちらを見ると、長い体をズルズルと引きずりながら接近した。口から漏れる紫色の煙が毒々しい。

「――――!」

 だが、再びイララがリュカたちの目の前で悲鳴をあげながらのたうち回った。巨体がところ狭しと暴れ、リュカたちは一歩退いて様子を窺う。

「イララッ!!」

 ワカが叫ぶ。この言葉が自分に付けられた名だと学習した聡明なこのモンスターは、名前を聞くと顔を向けることがあった。しかし今のイララにそんな余裕など無く、体を蝕む狂竜ウイルスに苦しみもがいている。あまりの暴れように、近づくこともできない。
 イララの尻尾が当たりそうになったのでジークムントで防ぐが、普段なら踏ん張って耐えきれるはずがよろけてたたらを踏んだ。一撃の重さにリュカの眉間にしわが寄る。

(なんだ、今の……狂竜化したモンスターは力が増すっていうが、そんなもんじゃねぇ)

 やがて、もがいていた長い体の動きが緩慢となる。自ら頭を氷に叩きつけ、傷ついたクチバシから弱々しい鳴き声が漏れた。助けを求めるような目に動揺するハンターたちの姿が映ったが、それを最期に動かなくなる。イララの命が尽きた瞬間だった。

「イララ、おいイララ……死んじまった、のか?」

 静寂に包まれたエリア2にリュカの戸惑う声が響く。狂竜化したモンスターが息絶えたのを初めて目の当たりにした四人は、とてつもなく恐ろしい予感を感じ取った。
 直後、背後から自分たちを覆う巨大な影と、上空で響く翼をはためかせる音。振り向いて空を見上げた狩人たちは、新たな来訪者のその姿に慄く。

「――なっ!?」

 氷海に再び混沌がもたらされようとしていた。
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