狩人話譚

プロフィール

仁助

Author:仁助

最新コメント

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

第47話 黒鬼 後編

(【スリンガー】だったか……これを支給してもらえて助かった。雪山の足場の悪さを考慮して渡してくれたギルドに感謝しないとね)

 右腕でしっかりとパイを抱えながら、メイはゆっくりとワイヤーを伸ばして岩壁を降りる。ちょうど真下は秘境エリアで、通り道も知っていた。地図に無い場所を動く護衛ハンターでなければ遭難しただろう。
 緑が残る地面にパイを寝かせ、回復薬グレートを飲み干す。攻撃が直撃した彼女の容態が気がかりだったが、小さな呻き声を聞いて顔をのぞき込む。

「う、……メイ?」
「パイ、良かった……!」

 空色の瞳が開かれ、メイを見やる。体を起こすと顔を歪めて脇腹を抱えたので、回復薬を手渡した。拳が命中したものの当たりが浅かったために、この程度で済んだのだろう。もしまともに受けていたらと思うと、ぞっとする。

「ここは……?」
「エリア8下の秘境。二人揃って吹っ飛ばされたけど、どうにかここに降り立つことができた。覚えてる? キミ、攻撃に集中し過ぎて反撃をもらっちゃったんだよ」
「…………。」

 殴られた後の記憶が無いようで、ハンマーを落としたことも覚えていないようだ。両手が震えているのは恐怖か、それとも兄の仇に対する怒りか。メイには彼女が後者の気持ちだけで狩猟に臨んでいると見抜いていた。

「パイ……これ以上は、無理だ」
「えっ?」
「リタイアしよう。リュカたちには悪いけど、黒鬼は別のハンターに討伐してもらう」
「ど、どうしてですか? 私は、まだ……」
「パイ、キミはわかってない!」

 突然メイが語気を強めたのでパイの肩がビクリと跳ねた。俯いている彼女がどんな表情をして叫んだのか、読むことができない。

「一週間前に言ったよね? アタシたちは護衛ハンター、誇りをもって護衛に、狩猟に挑んでいるって。なのに、今のパイは完全に憎しみにとらわれている。だから、黒鬼から手痛い一撃を受けてしまったんだ。……キミが懸けているのは、命そのものだよ! 誇りじゃない! 差し違えてあいつを狩ったところで、エンリュウが喜ぶと思う!?」
「!」

 上げられたメイの顔を見て、パイは言葉を失った。メイの両目からは熱い涙がこぼれていた。幼馴染の、初めて見る――姉の死にも必死に堪えていたのに――涙だった。

「エンリュウが黒鬼を狩ってほしいと願ってるって、アタシもそう思ってるよ。コウカ姉さんも、きっとそれを望んでる。でも、今のキミの気持ちじゃ間違いなくあいつにやられてしまう。お願いだよ……パイまで、アタシの前からいなくならないで。これ以上、大切な人を失うのは、もう……嫌なんだ」

 子どもの頃から強気な性格で、弱気な自分をぐいぐいと引っ張ってくれたメイが涙を流し懇願する姿に、パイは心の奥がズキリと痛んだ。そして、ピシャリと冷水をかけられた気もする。
 パイは左頬に付けられたペイントを自身の手で擦って拭った。その行動にメイは目を丸くする。狩猟の前に必ず描いていた、緑色の花びらの模様。それが何を意味しているのかメイは尋ねたことは無い。

「私……メイに、頼りすぎていました。このペイントは、メイみたいに強くなりたいと思って付けていました。でも、心のどこかではメイに助けてもらうことばかり考えていて……。メイは何でもできて、失敗なんてしない、強い人。勝手にそう思っていました」
「ちょっと……アタシ、そんな完璧超人じゃないんだけど?」

 頬を濡らしながら苦笑いを浮かべる幼馴染の姿に、パイはようやく目が覚めた。常日頃から自分を助けてくれたメイにだって、弱い心はある。その彼女を、誰が守ってやれるのか。

「今度は、私がメイを助ける番です。もう、憎しみにはとらわれない。ハンターの誇りを懸けて、あの黒鬼を討ちます」
「……うん」

 パイは腰ポーチから小型の注射器を取り出し、太股に差した。鎮痛剤だが薬の量は少なく、小時間しかもたない。だが、早く戻らなければラージャンと対峙しているリュカたちも危機を迎えてしまう。
 スリンガーを使い、壁をよじ登る。咆哮が遠くで響いているということは、どこかでまだリュカたちが戦っている。すぐに戻らなくては。二人は必死に、迷いを振り切るように壁を乗り越えた。



 狂竜ウイルスはとっくに活動を再開しており、リュカたちは過激な攻撃を回避するので精一杯だった。加えて足場の狭さからひたすら逃げ回る状況で、体力を徐々に消耗していく。白い息がベリオXヘルムの下から漏れた。

「オレたちがばてるか、抗竜石の光が戻るかどっちが先か……くそっ!」
「メイたちを待とう、絶対に戻ってきてくれるはずだから!」

 飛びつくようなステップを刻んで突進してくるラージャンをどうにかかわし、次の動きを注視していると背後からメイたちが姿を見せた。

「遅ぇぞ! 待ちくたびれちまったぜ」
「ここからは私たちに!」

 抗竜石の光をまとったハンマーが振り向きざまのラージャンの頭部に命中する。蓄積したダメージが遂にラージャンの左角を打ち砕いた。
 メイも続くようにイェロバスターで通常弾を放つと、二人の連携攻撃を受けたラージャンの体からもやが消し飛んだ。二度目の極限状態解除。三度目の解除は厳しい。このチャンスを逃すわけにはいかないと、全員が猛攻を仕掛ける。

「…………。」

 リュカはパイをちらと見やる。先ほどのような焦りに満ちた様子は無い。ラージャンが動き出すタイミングを計って距離をとる姿に、彼女が冷静を取り戻していることを悟った。
 狂竜ウイルスに侵されていない状態でも、ラージャンは非常に獰猛で凶暴なモンスターだ。すぐさま太い腕を振るいリュカを狙ったが、ナレイアーナが撃った麻痺弾が後ろ足に命中すると途端に腕を下ろしガクガクと体を震わせる。

「ようやく麻痺毒が効いたようね、アタシも手伝って正解だったわ」
「パイ、とっておきの一撃をかましてやるんだ!」

 メイが叫んだ『とっておき』という言葉から狩技だと読んだリュカが離れる。今までの経験から、モンスターの傍にいたらあっさり巻き込まれてしまうほどの強烈な攻撃だろうと思ってのことだ。
 パイが全身を使ってハンマーを振り回し、ラージャンの頭部に叩きつける。スピニングメテオが命中するとバキ、と音を立ててもう一本の角が宙を舞った。だが、彼女の表情は苦悶に満ちていた。

「これじゃ仕留められない……!」

 腹部から伝わる痛み。それがハンマーを振り下ろす力を弱めていた。鎮痛剤が切れたようだが、それでもパイは決して退かなかった。ラージャンの後方にいた幼馴染の行動が目に入ったから。

「こっちに……、こっちに来い、ラージャン! 私は、ここにいるっ!」

 わざと単独で隣接エリアへ逃げ込むように駆け出す。ハンマーを両手で担いで天に振りかざし、獲物はここにいると主張して見せた。
 挑発に乗ったラージャンもパイを追うが、疲弊しているのか動きは鈍い。だから、時間を稼ぐにはじゅうぶんだった。

「引きつけてくれてありがとう、パイ。トドメはアタシがもらうよ」

 メイがイェロバスターを構えている。強いエネルギーが集められているのか、今にも暴走しそうなほど銃身が震えている。それをしっかりと押さえ、銃口をラージャンに向けていた。

「【スーパーノヴァ】……! こいつで狩ってみせる!」

 放たれた弾がラージャンを捉えると、直後に大爆発が起こる。メイが反動でよろけたが、ナレイアーナがその背を支えた。パイもスリンガーを地面に突き刺し、爆風の勢いを殺して耐える。

「おいおい、すげえ狩技じゃねぇか。イアーナ、お前もこっちの技を教わった方が良かったんじゃねえの」
「アンタを丸焦げにしてもいいなら、構わないんだけどね?」
「……それは勘弁だな」

 爆風が収まると、うずくまる黒い塊が見えた。動かなくなったラージャンに、パイがゆっくりと近づく。腰ポーチから短い一本の矢を取り出し、握る。兄の遺した形見の矢だ。メイが幼馴染の名を呼び、様子を窺う。

「……パイ」
「エンリュウ兄さん。私、頑張ったよ……」

 ラージャンの遺骸を前に、祈るように呟く。閉じられた瞼から涙がこぼれ、やがて嗚咽が漏れ始めた。これは悲しみの涙ではなく、喜びの涙。メイはそう感じていた。
 ところが突然パイが膝をついたので慌てて駆け寄る。ラージャンの拳を受けた体で狩技を使ったために、かなりの反動を受けたはずだと思い返す。

「帰ろう、ポッケ村に」
「……はい」

 息を荒くしながらも頷くパイに肩を貸して立ち上がると、雪が降り出した。それはあっという間に辺りを白く染めあげていく。山頂部故に天候が急変することはよくあるが、あまりにも異常だ。

「まさか……」

 何かの臭いを感じ取ったナレイアーナが血相を変えた。数度『それ』を見ているリュカも同様だ。一刻も早くここから立ち去らなければ。

「マジかよ、さっさと逃げるぞ」
「そうね。とりあえず洞窟のエリアに行こう」
「えっ? リュカ、イアーナ、どういう意味……」

 メイが二人の発言について尋ねようとした瞬間、強い風が吹いた。音を立てて地吹雪が起こり、身動きがとれなくなる。肩を貸しているパイを抱きしめて踏ん張るので限界だ。
 風の音に混ざって羽ばたく音が聞こえる。少し風が弱まったので辺りを見回すと、白の大地に生き物の陰が落ちていた。メイはおそるおそる顔を上げ、驚愕する。

「ク、クシャルダオラ……!」
「やっぱりテメェか、暴風野郎!!」

 突然現れた鋼龍クシャルダオラをリュカが睨みつける。既に右手は狼牙大剣の柄に伸びているが、ラージャンとの激闘を経た体は疲弊しきっており、まともに戦えるかはわからない。
 戦うか、逃げるか、助けを求めるか。四人はこの場を切り抜けるため必死に考えをめぐらせる。クシャルダオラが動く前に、最適の判断を下さなければならない。

「…………。」

 クシャルダオラは上空に留まり、じっとリュカたちを見つめている。視線がそれぞれのハンターを行き来し、そしてふいと逸らされた。
 四人に背を向けると翼を大きく羽ばたかせ、再び暴風が吹き荒れる。その中を悠々と泳ぐように飛んで行き、やがて嵐と共に消えた。



 クシャルダオラがいた時間は、ほんのわずかだった。リュカたちの前に姿を見せたものの、まるで興味を失ったように背を向けて消えた行動は不思議でならないが、襲われる事態は回避できたのだと四人は思う。脅威は去ったと判断し、下山することにした。

「クシャル様ってば、何をしに来たのかしら。前にここに来た時は襲ってきたのに」
「そう、でしたね……」
「まさか古龍を間近で見ることになるなんて驚いたよ。でも、クシャルダオラってあんな色の鱗だったかな?」

 メイの発言に、リュカの足が止まる。先頭を歩いていた彼が立ち止まったものだからナレイアーナが『いきなり止まらないでよ』と非難するも反応は無い。

「ちょっと、リュカ?」
「なあ、イアーナ。オレらが氷海であの野郎を初めて見た時は、もう少し明るい色だったよな」
「言われてみれば……そうね。さっきのクシャル様、少し赤黒かった気がする」
「それは……どういう意味ですか?」
「オレには説明できねぇ。その辺は書士隊の仕事だ。とりあえずギルドに報告を入れようぜ。何か有力な情報になるかもしれねぇ」
「そうだね。アタシたちからしっかり伝えておくよ」

 ポッケ村に戻ると、村長やギルドガールが入山口で待っていた。討伐の報告をすると二人とも喜び、そしてハンターたちを称えた。

「本当に、ありがとうございました。私、これからも、頑張ります」
「アタシからも礼を言うよ。姉の代わりに村を守れた気がして、とても清々しいんだ。二人の力が無かったら討伐は果たせなかった、ありがとう」

 リククワへ戻る飛行船を、雪山の護衛ハンターが笑顔で見送る。晴天の空を駆け抜ける旅路とは裏腹に、リュカはあのクシャルダオラの姿がもやのように頭の中にまとわりついていた。





 三度目の邂逅を果たすまで、あと数ヶ月。

第47話 黒鬼 前編

 穏やかな森の中で、子どもの高らかな声が響く。少年と少女が両手を繋ぎ、くるくると踊るように駆け回っていた。やがて疲れたのか手を離すと草むらの上に仰向けに転がるが、それでも笑い声は止まらない。
 少年は体を起こすと、こちらを見て手を差し出す。少女にやっていたことを、今度は自分としたいようだ。少女を見やると、彼女の妹が呆れつつも笑って寄り添っている。

「遊ぼう、パイ」
「うん、エンリュウ兄さん」

 目の前の手を握ろうと一度兄に顔を向け、手元に目線を戻すと黒い毛に覆われた獣の手。驚いて顔を上げると、そこにいたのは兄ではなく、ラージャンだった。
 浴びせられる強い殺気に体がすくむ。もう片方の腕が振り上げられ、たまらず悲鳴をあげた。

「……大丈夫かい、パイ」
「…………、あ……」

 自分を呼ぶ声に意識が急浮上し、上体を起こして周りを見渡す。薄暗い部屋はまだ日が昇っていない証拠だ。空気もしんと冷えている。
 悪夢から目が覚めたパイは、隣のベッドで体をこちらへ向けるメイを見つけて心の底から安堵した。声をあげて起こしてしまったことは申し訳なく思うが。
 そんな彼女の様子に、メイはパイに何があったのか察したようだ。寒くてベッドから離れるのが億劫なので、そのままの体勢で話しかける。

「“また”、あの夢を見たんだね」
「はい……」

 シーツを握る手が震えている。俯く顔は青白く、恐怖心を取り除こうと頭を振って金の髪を揺らめかせた。
 雪山でそれぞれの兄弟を失って以降、時々パイは悪夢にうなされるようになった。その度に悲鳴をあげ怯える彼女を宥めているが、心の傷はなかなか癒えそうにない。

「辛いことを何度も思い出しちゃいけないよ。自分で心を傷つけてしまうんだから」
「…………。」
「アタシもコウカ姉さんが死んで悲しかった。でも、ハンターをやってる以上ああいう別れ方をする覚悟はしていたし、パイも気持ちの整理をしないと」
「……はい」
「でなけりゃ、もしまたアイツと出くわした時に……アタシはキミという大切な友達を失ってしまうかもしれない。逆の可能性だってあるし、最悪二人揃って姉さんたちに挨拶に行っちゃうかもね」

 ベッドを抜け出すつもりは無かったが、気が変わった。この繊細な年上の友を励ましてやりたい。メイはパイのベッドに腰かけると未だに震える手に覆い被さるように自身の手を添える。

「今のアタシたちは護衛ハンター。それを忘れちゃいけないよ。コウカ姉さんたちは、最期まで書士隊を守ろうと頑張った。アタシらはその誇りを受け継いでこの村にやって来たんだからね」
「ありがとうございます、メイ」
「さて、アタシのベッドは冷気が入りこんじゃって戻るのが億劫になった。だから……」

 シーツを引いてパイの隣に潜り込む。ハンター用のベッドは女性二人が横になっても問題の無い大きさだ。突然の幼馴染の行動に目を丸くするパイだったが、メイの温もりを感じて途端に眠くなった。

「ほら、寝ようよ。……懐かしいね、子どもの頃はよくお互いの家を行き来してお泊まりしたなあ」
「ふふ、そうですね」
「コウカ姉さんはエンリュウに会いに行くのを楽しみにしていたけど、アタシだってキミに会うのを楽しみにしていたよ。年の近い子がいなかったからさ」
「私もです。こうやって一緒のベッドで寝て、喋り疲れて眠ってしまうまでたくさんお話をしましたね」
「ん、それじゃおやすみ」
「おやすみなさい」

 その後、パイは再び夢を見た。少しだけ時間が巻き戻された夢の中では友が自分の手を取り、ハンターになって以降しばらく里帰りしていない故郷の森を、無邪気に駆け抜けた。
 そんな出来事を経た一週間後、ドンドルマギルドから一件の依頼が届く。それは、二人にとって乗り越えなければならない壁だった。



 リュカとナレイアーナがポッケ村に到着すると、メイたちは既にそれぞれの装備を身に着けた状態で入山口に立っていた。出発の準備は万端のようだ。移動中に今回の依頼の内容を確認していたリュカが、討伐対象のモンスターの名前を口にする。

「いよいよ、あの角獅子野郎を狩る時が来たんだな」
「ああ。キミたちの想像通り、奴は極限化していた。雪山以外でも猛威を振るい、多くのモンスターの命が奪われている。早く討伐しなくちゃ被害は広がる一方だ。今は雪山を寝床にしていることがわかって、それでアタシたちに依頼が届いたわけ」

 ギルドからの通告によると、極限状態の金獅子ラージャンが雪山に出現し、多くの生物を屠っているらしい。雪山の生態系を守り、そして先代の護衛ハンターたちの無念を晴らす狩猟となるだろう。

「ラージャンちゃんの個体名が【黒鬼】ねぇ。どうしてアタシたちが狩る子たちってみんな“黒”が付くのかしら」
「そういや、そうだな」

 凍土で激戦を繰り広げたジンオウガ亜種の【赤黒雷】、氷海で極限状態の恐ろしさを見せつけたセルレギオスの【黒刃】、そして今回討伐するラージャンは【黒鬼】とギルドによって命名された。不思議な縁を感じているのはナレイアーナだけではないようだ。リュカも同意して頷く。

「リュカさん、ナレイアーナさん、よろしくお願いします」
「任せろ。オレは実際に極限状態になったあの野郎を討伐してるからな」
「ほとんどリンフィがやったって、カゲから聞いてるけどね」
「うっせえぞ、イアーナ。この目に野郎の動きを焼きつけてんだから、少しは役に立つだろ。本当はワカの狩猟笛があると助かるんだが、あいにく書士隊の仕事で忙しくてな」
「カゲはギルドナイトの招集がかかったから、アタシに声がかかったってわけ。力を合わせて討伐しましょ」
「もちろん。アタシからもよろしく頼むよ」

 四人の手ががっちりと組み合う。と、ふと見慣れないものがナレイアーナの目に留まった。左腕に小型の弓矢のような物が装着している。パイの腕にも同じ物が取り付けられていた。

「メイ、それは何かしら?」
「これかい? ちょっとした新兵器。まだそんなに使いこなせていないけどね」
「へー。武器かと思ったけど、この小ささじゃ攻撃力は無さそうだな」
「これは、補助器具です。巧みに操れば、もう一つの武器に、なると思います」
「あいつとの狩りにも生かせればいいんだけどね」
「どんな風に使うのか、見せてもらいたいわ」

 これから繰り広げられるであろう激戦の予感に、口数が自然と減っていく。四人は、静かに雪山に足を踏み入れた。



 初めて雪山の探索に訪れた際に、極限化ラージャンについての情報は粗方流していた。兄弟の仇に関することを忘れられるはずも無く、メイたちはしっかりと記憶していたようだ。

「攻撃が通じるのは頭部と尻尾。剛腕状態でないなら前の腕にも当たるし、背中も大丈夫……だったかな?」
「その通りよ、メイ。頭部を狙うのはかなり危険だけど、パイのハンマーなら目眩を起こさせて攻撃のチャンスをつくることができるわね。やれるかしら、パイ」
「は、はい……がんばり、ます」
「狂竜ウイルスを鎮静化させられたら、アタシたちの武器性能が光る。まずは極限状態をどうにかしなきゃね」

 メイのイェロバスターとパイの潰槌ハリセンボンは、どちらも麻痺毒の力を持っている。連携攻撃でモンスターを麻痺させて攻ラッシュを仕掛けるのが二人の得意技だ。
 それを成立させるためには、如何に早く狂竜ウイルスを抗竜石で抑えられるかによるだろう。先鋒はリュカとナレイアーナが受け持つことにした。ウイルスの鎮静化直後に麻痺毒を流し込ませるためだ。
 ベースキャンプを出て、早速ナレイアーナの嗅覚がラージャンの位置を捉える。エリア8にいることを確認すると、洞窟を通り抜けて山頂を目指した。
 目的地に隣接しているエリア6でラージャンの咆哮が響いているのが聞こえた。暴れ狂う黒鬼が、すぐ傍にいる。パイの呼吸が無意識のうちに荒くなっているのをメイは見逃さなかった。両肩に手を置き、軽く擦る。

「己を見失わないで、パイ。冷静さを欠いたらアタシたちの負けだよ」
「はい……善処、します」
「…………。」

 銀嶺ガムートの調査時に現れたラージャンを見たパイの様子をリュカたちから聞いた。兄の仇と怒りに声を震わせ、調査対象のガムートよりも乱入したラージャンに気を取られていたと。
 優れたハンターだった姉と友の兄が敗れるほどの強敵だ、憎しみに心を奪われてしまってはこちらが狩られてしまう。どうにか彼女の怒りを鎮めたいが、簡単には落ち着いてくれないように思えた。

(パイ、お願いだよ。冷静になって。でないと、キミまで……)

 先導するリュカが突入の合図を出す。いよいよ狩猟が始まる。相手はギルドに名を与えられた、古文書に記されるほど脅威を予測されていた強大な力を持つモンスター。一筋縄ではいかないだろうと誰もが覚悟を決めた。



 禍々しい気配をまとう姿は、既に極限状態を迎えていた。それがこちらを振り向き、しっかりと捉える。狂竜ウイルスに侵されてもなお、闘争本能で相手を見極めているようだ。
 ビリビリと感じる強い殺気。ラージャンが戦闘態勢に入り、リュカも駆け出す。雄叫びをあげるが距離があるので耳を守る必要は無い。抗竜石の光を帯びた大剣の一撃が咆哮の隙を狙い打つ。

「うおっ、と!」

 直後に太い二の腕が振られ、動きを読んでいたリュカはすかさず身を伏せた。左右の拳で殴りかかる攻撃は勢いがある分、すぐには止まらない。直撃したらそれまでだが、回避できれば反撃のチャンスとなる。
 少し離れてナレイアーナもまた射撃の構えをとっている。動きの素早さから、しゃがみ撃ちは控えた。アスールバスターの照準はリュカの狙いと同じく、尻尾。以前、ユゥラからラージャンについてある情報を得たからだ。

(ラージャンの尾に強烈な一撃を与えたところ、怒り状態に移行しなかったという話があるの。でも、尾の切断ができなかったり、かえって激昂したという噂もあるから確実とは言えないわ。一つだけ言えるのは、ラージャンの尻尾は極限状態であっても弱点ということよ)

 ユゥラのアドバイスを思い出しながら、ナレイアーナはラージャンがブレーキをかけるように地面に拳を叩きつけるタイミングを待った。そして右拳が雪の大地に深く突き刺さると同時に一撃を放つ。
 力を溜める余裕は無かったものの、リュカの狼牙大剣の攻撃も加わった。ラージャンの口から怯むような鳴き声が聞こえたので確実にダメージを与えられただろう。

「よし、効いてるぜ!」

 手応えを感じていると、ラージャンが後ろ足をバネのように弾かせて大きく後方に飛ぶ。たてがみがぶわりと逆立つが、従来のように金色に染まらない。狂竜ウイルスを取り込んだことで毛にも変化が起きているようだ。これが【黒鬼】たる所以なのだろう。
 攻撃の標的を散らされないようメイとパイは岩場の陰で様子を伺っていた。手にはしっかりと抗竜石が握られており、すぐにバトンタッチできるよう準備を整えている。

「あのラージャンと対等にやりあってる、流石だね」
「…………。」
「パイ、そろそろ二人の抗竜石の効果が切れる。気合入れて行くんだよ」
「はい」

 立ち上がったラージャンが両腕を高く挙げる。リュカも大剣を構え防御態勢をとるが、腕の直撃を免れても地面にぶつけられた衝撃が襲いかかった。
 正気を失い怒りの衝動のみで動く黒鬼の攻撃は苛烈で、今度は岩山に目を向けると一目散に駆け出す。まさかとハンターたちが息を呑んだ。

「イアーナ、早く撃て! 阻止しねぇとまずいぞ!」

 ナレイアーナが尾へ通常弾を放つが、未だ狂竜ウイルスが鎮圧される気配は無い。その間にもラージャンは岩山に両腕を突き刺し、ビシ、バキといった鈍い音が響く。リュカの顔が思わず引きつった。

「マジかよ……狂ってやがる」

 原生林で対峙した個体は地中から巨大な骨を掘り起こし、ぶん投げるという豪快な技を繰り出した。この黒鬼の場合、それは更に過激なものに変わる。
 大きさだけならグラビモスほどの巨大な岩の塊の影が、リュカをすっぽりと覆った。

「リュカさん!」

 仲間の窮地にいてもたってもいられず、パイが悲鳴をあげて駆け出す。彼女を追いメイも姿を見せた。
 ラージャンは自分を狙っている。強い殺気をひしひしと感じているリュカは回避のチャンスを窺った。あれほどの巨大な岩を投げつけるには、必ず予備動作があるはず。
 すると、その場でラージャンが垂直に飛び上がった。上空から叩きつけるつもりだと判断したリュカはラージャンの影を踏み抜くように飛び込み、岩盤の直撃を避ける。粉々になった岩が全身にぶつかるが、先の大きさのそれが当たるよりずっとましだ。
 リュカの回避を見て胸をなで下ろすが、アスールバスターの変化に気付いたナレイアーナがメイたちに合図を送る。

「メイ、パイ、ごめん……! 抗竜石が」
「わかった。次はアタシたちが相手だよ!」
「あともう少しで解除できるはずだ、オレたちも援護するぜ」

 リククワのハンターの武器から光が失われるのを見て、今度は雪山の護衛ハンターが抗竜石をかざす。メイは耐衝の、パイは剛撃の抗竜石。橙と赤の光が武器を包みこんだ。
 潰槌ハリセンボンを構えたパイ目がけてラージャンが力強く飛び跳ねながら突撃してくる。寸でのところでかわし、メイの射撃が揺らめく太い尾を捉えた。

「いけた!」

 メイが喜びと興奮を押さえた声で叫ぶ。悲鳴をあげて転がったラージャンから黒いもやが消え、狂竜ウイルスの鎮静化に成功したことを示していた。
 もがいている今がチャンス。後方はメイやリュカたちが攻撃しているため、パイは頭部の上で潰槌ハリセンボンを振りかざし、力を溜める。一撃、二撃。叩き落とすハンマーを通じて伝わる衝撃が、兄や幼馴染の姉の顔を思い出させた。その二人の命を奪った相手が目の前にいる。
 その一瞬の回想が、隙を生んだ。

「パイ! 攻撃しすぎだ、下がれ!」

 リュカの怒号が耳に届き、ハンマーを握る手が止まる。倒れていたラージャンが体を起こし、殺意にみなぎった目がこちらを見下ろしていた。悪夢が、正夢になる。

「パイ!!」

 横殴りに振られたラージャンの拳が、パイの腹部に命中した。

 小柄な体が水平に吹き飛ぶ。後方の岩壁に叩きつけられ、倒れて動かなくなった。三人の顔面が蒼白になる。
 追撃を仕掛けるようにラージャンがパイを追い、その体をつかむ。抵抗しないのは気を失っているからだ。ナレイアーナはすぐにこやし玉を取り出した。

「パイ! パイを放せーっ!」

 メイが必死の形相で叫び、イェロバスターを構える。それを見たラージャンは、パイを先ほどの岩のようにメイに向けて放り投げた。

「メイ! パイッ!!」
「やべぇ、下は崖だ!」

 衝突した二人は足場からも転落する。リュカの脳裏に、過去にここから落下した二頭のドスギアノスの光景がよぎった。あの後、調査により彼らは下界の森で変わり果てた姿で見つかったと聞かされた。同じことが、繰り返されようとしている。

「くっ……このまま落ちてたまるかっ!」

 パイを受け止めながらもメイは左腕を突き出して崖の岩に向けて引き金を引いた。ワイヤーの先に取り付けられた矢が壁に突き刺さると、そのまま岩に張り付く。岩壁をよじ登ることにも使われるこの矢が簡単に抜けることは無い。ひとまず落下の危機は脱した。
 その瞬間を見たナレイアーナは安堵したが、怒り狂う黒鬼という脅威は今も目の前に立ちはだかっている。リュカは近くに転がっていた石ころを拾い、ラージャンに投げつけて意識をこちらに向けさせた。

「イアーナ、二人が戻るまで時間を稼ぐぞ」
「わかったわ。抗竜石無しじゃ、ちょっときつそうだけどね」

 リュカの真似をするようにナレイアーナも通常弾をラージャンに撃ち、刺激する。じりじりと後退すると、エリア7の方角へ誘導した。

第46話 集結と、別れと 後編

 数週間をベッドの上で過ごしていたため、体が完全になまってしまったようだ。軽く腰を捻り、斧を手にする。狩猟の負担はかなり大きい。そのことも鑑みて体力づくりも必要だろうと、ワカは薪を割りながら考えていた。

「やあ、復帰早々薪割りとは精が出るね」
「!? ……アンナ、どうしてここに」

 突然木々の奥から声が聞こえて驚く。リククワの住人でもなければ、ワカと特別親しいわけでもないギルドナイトの男が、何故こんな場所に現れたのか。
 そんな思考が顔に出ていたようで、アンナは見透かすようにニヤリと笑う。相変わらず素直な笑みができない男だとワカは顔をしかめた。

「渡したいものがあってね。ウカムルバスのブレスで壊れてしまったんだろう? 君の狩猟笛」
「……そこまで知っているのか」
「ま、そこそこ位のあるギルドナイトだからね。ギルドに提出された報告書を閲覧する権利ぐらいはあるよ」
「職権濫用じゃないか」
「平気、平気。だって僕、君の命の恩人だし」
「…………。」

 命の恩人と言われると、ワカは黙らざるを得ない。狩猟笛のことを口にしたので、もしやとアンナの姿を改めて見ると背には白い布で巻かれた何かが担がれていた。

「それにしても、狩猟笛を盾にするなんて無謀なことをしたもんだね」
「あの時は死にたくない気持ちが先行したんだ」

 アンナに背を向け、目を閉じる。そして、壮絶な光景を瞼の裏に蘇らせた。何度思い返しても、今この場に生きていることが奇跡だと思える。

「ウカムルバスが起こした巨大な雪玉に足をとられてしまって、身動きができなくなった。そこへブレスを放たれて……俺は運命通り、死の覚悟をした。でも、皆の顔が浮かんだら死にたくないと思って、無意識のうちに狩猟笛を……」
「君はネガティブな人間だけど、心の奥底では全てを覆したいという強い気持ちを持っている。それが生きたいと願ったことで引き起こしたミラクルだったわけか」
「ネガティブは余計だ。……いや、実際そうなんだろうけど」

 アンナの一言に思わず振り返って反論するも、自覚したようでワカは口ごもった。その様子がまた面白くてアンナが笑う。
 初対面の時は敵意をむき出しにし、警戒心を決して解かないワカだったが、随分丸くなったものだとアンナは思う。リククワにやって来て、様々な人と触れ合ったことで成長したのだろうとも。

「君みたいな生真面目な人間をからかうのは楽しいよ。さて、死の淵から生還した君にプレゼントだ。大事に扱ってくれよ?」
「…………、これは」

 大きな布で巻かれていたそれをアンナが手渡す。手によく馴染むその重さは、狩猟笛で間違いない。布を外すと白い殻が見えて、ぎょっとする。どのモンスターの素材を用いたのか、すぐにわかってしまったからだ。

「もしかして、この狩猟笛は」
「君の仲間たちが狩った個体とは別物だから、安心して使っていいよ」
「そうじゃなくて……どうやって素材を」
「さっきも言ったけど、それなりに偉いギルドナイトだからね」
「それで全て丸めてしまっていいのか?」
「いいんだよ。僕が救った命がここまで成長して、遂に運命を乗り越えた。そのお祝いでもある。おめでとう、ナバケ村の末子」
「……ありがとう、アンナ」
「ようやく素直になれたねえ。はい、これが楽譜。君ならきっと使いこなせるだろう」

 狩猟笛の使い手にしか読めないという楽譜を見せ、持たせる。その笛がどんな性能で、どんな旋律を奏でるのかは彼らにしかわからないという。
 ブルートフルートは治癒能力を高め、高周波を放ち、雷の攻撃への耐性を強めるなどの旋律を持っていた。受け取ったこの狩猟笛は、その類とは異なる力を秘めているようだ。
 この旋律を奏でられる狩猟笛は少ない。とんでもないものを贈りつけたものだとワカが顔を上げると、既にアンナの姿は消えていた。どうやら楽譜の確認に夢中になっている間に立ち去ったらしい。

「この旋律で……皆を、また守ることができる」

 ゆっくりと頷いて、呟く。残りの薪を割り終えたら、すぐに氷海へ向かおう。今リュカたちが対峙しているモンスターにとても有効的な旋律なのだから。
 防具は修理を終えているし、今なら氷海で停泊しているリッシュに狼煙をあげて拠点に戻ってもらい合流を目指すことも可能なはず。力強く振り上げた斧が、小気味よい音を立てて薪をかち割った。



 氷海に着いた三人は、まずフルフル亜種の居所を確認する。奥地にある洞窟のエリア6にいるようだ。リッシュに見送られ移動しながら戦術を練る。

「狂竜化しているのなら、解除するに越した事は無いね。先ずは僕が“赤影”の背に乗って足止めをする。そうしたら二人は抗竜石を使って狂竜ウイルスを食い止めてね」
「おう。……赤影って、もしかして赤首長野郎のことか」
「公式の呼称ではないけれど、東方ではそう呼んでいるよ。音を立てず天井に張り付いて移動したり気配を隠すのが巧いから原種を【白影】、亜種を【赤影】と名付けたんだ」
「影……アンタと同じ名前なのね」
「僕の名前はモンスターとは無関係だよ。東方の英雄、忍の名から付けられたんだから。まあ、モンスターも同じ起源だけど」
「へえ、ヒーローからねぇ。どんな人物なのかしら?」
「暗闇から静かに敵を仕留め、時には主に化けて御身を守る。表舞台で活躍するわけではないけど、必ず責務は果たす。多くを語らない勇姿が、とても魅力的だったんだって。両親は半竜人の僕に、その英雄のように逞しく生きて欲しかったのかもね」

 由来を誇らしげに語るカゲの様子から、自身の名前を気に入っているようだ。モンスターの名を付けられたことを疎ましく思うナレイアーナにとって、そう言える彼がとても羨ましかった。
 エリア6にたどり着き、辺りを警戒する。いくらフルフルが気配を消すことを得意としていても、こちらには嗅覚と聴覚に優れた者たちがいる。姿を見つけることは容易だ。

「いたわ。天井の、あそこ」

 ナレイアーナがエリア7の出口近くの天井をそっと指す。日が当たらず陰になっているそこに、赤黒い塊があった。休んでいるのか、身動きをせずにじっと佇んでいるようだ。

「奇襲を仕掛ける絶好の機会だね。レイア、頼むよ」
「もちろん」

 ヘイズキャスターを抜き追撃の構えを取るカゲの背後で、ナレイアーナがアスースバスターの銃口を天井へ向けた。
 突然攻撃を受けて驚いたフルフル亜種が地面に落ちる。もがいているうちにエキスを奪おうとクレハを飛び立たせたカゲだったが、モンスターの姿を見て足を止める。それを見て抗竜石をポーチから取り出したリュカが怒鳴った。

「おい、カゲ! なにぼさっとしてやがんだ、今がチャンスつったのはお前だろうが」
「……違う」
「何がだよ?」
「この赤影は、狂竜化していない。僕らの討伐対象は、狂竜化した個体だ! 何処かに、本当の赤影が居る!」
「!!」

 突然背後から奇声が発せられ、身が竦む。耳を押さえながら振り向くと、紫色のもやをふりまくフルフル亜種がいた。ニ体のモンスターに挟み撃ちを受けながらも、冷静に分析をする。

「こいつ、いつの間に……!」
「アタシたちがこっちの赤フルフルちゃんに気をとられている隙にエリア3から入ってきたのかしら。もう一体いたなんて情報は無かったのに」
「恐らく狂竜化した赤影から逃げていたんだ。それより、応急耳栓を!」

 咆哮が途切れたのを見計らってカゲが指示を出す。応急耳栓を飲み込むのと再び咆哮を放つのはほぼ同時で、どうにか聞き流すことはできたが、今度は先に攻撃を仕掛けたフルフル亜種が怒りの咆哮をあげた。
 交互に吼えられては応急耳栓の効果もたちまち切れてしまい、攻撃のチャンスがふいになる。耳を押さえなければ聴覚を破壊されそうなほどの金切り声が襲い掛かった。リュカの怒号も掻き消される。

「がああっ! うるせえな、こいつら!」
「これじゃ、身動きがとれない……その間に攻撃されたら、たまったものじゃないわ!」
「くそっ、片っぽはどっか行っちまえ!」

 咆哮の止んだ一瞬を狙いこやし玉を狂竜化していないフルフル亜種に投げつけるが、飛び退かれる。片方が叫び、終わったと思えばもう片方が叫ぶ。二頭のフルフル亜種の咆哮が洞窟に響き渡り、鼓膜がおかしくなってしまいそうだ。

「うっ、も、もう駄目……頭が割れそう」

 真っ先に根をあげたのはカゲだった。クレハが主を守ろうと薄い羽を耳元にあてているが咆哮の応酬に敏感な聴覚が限界を迎え、両耳を塞ぎながらその場にしゃがみ込んでしまった。

「カゲに、二個目の応急耳栓を……!」

 どうにかカゲを助けようとナレイアーナがポーチに手を伸ばすが、耳をつんざく奇声が鼓膜を突き破りそうで手を戻してしまう。だが、蹲っているカゲはフルフル亜種にとって格好の餌だ。
 この窮地をどう脱すればいいのか、リュカはフルフル亜種を睨みつけながら考えていたが、遠くでモンスターの咆哮が響いて背筋が凍る。その鳴き声は、雪山の奥深いあの場所で聞いたものだったのだから。

【聴覚保護[大]】

 直後、全身が不思議な風に包まれた。耳を塞いでもなお響くフルフル亜種の鳴き声が遠く感じられ、ゆっくりと手を離すと不気味な口を開いて吼えているにも関わらず何ともない。応急耳栓の効果が蘇ったかのようだ。

「間に合ったか!」
「ワカ、まさかアンタの笛の旋律で……?」
「そうだ。まずは分散させなくては」

 暗がりからフルフルXシリーズを身に着けたワカが走ってきた。旋律はエリア内ならばじゅうぶんに届くため、エリア5を抜けてすぐに奏でたのだろう。
 狂竜化していないフルフル亜種目掛けワカがこやし玉を投げるが、体にぶつけようと放った軌道は曲がり、大きく開かれていた口の中に入る。それを見たリュカは『げっ』とにが虫を噛んだような声を出した。
 とんでもないものを飲み込んだフルフル亜種は驚き、首を伸ばしてゲエゲエとえずくと、こやし玉を吐き出して飛び去る。とりあえず退散させることには成功したようだ。

「アンタのノーコンがあんなえげつない攻撃になるなんて、思いもしなかったわ」
「ごめん。この距離なら大丈夫だと思っていた」
「終わり良ければ全て良し、だよ。あとは本命の討伐だね。ワカの旋律があれば僕は大丈夫、やろう」

 ふらつきながらも立ち上がったカゲを見てリュカたちは安心する。エリア6に残ったのは、討伐対象の個体だけだ。ワカが復帰したことで、リククワのハンターが揃い踏みする。それだけで心強さが増し、意識が抑揚するのを感じた。

「久しぶりだな、四人で集まるってのはよ」
「そうね。それじゃ、続きを始めましょうか」



 狂竜化しているとはいえ、抗竜石を持つ上に咆哮を完全に封じ込めることに成功した四人にとって討伐の難度はそれほどでもなく、数時間の末に捕獲という形で終えられた。もう一体のフルフル亜種はその後姿を見せなかったため、以後は観察のみに留まるだろう。

「おつかれさまです、皆さん」

 ベースキャンプで待っていたリッシュの笑顔もとても嬉しそうに見えるのは気のせいではなさそうだ。彼女もハンターが再集結したのが喜ばしいのだろう。
 戻る途中、甲板でナレイアーナとカゲがワカの狩猟笛について尋ねた。何故、あのモンスターの武器を手にしているのかと。背負っていたそれを下ろすと、説明を始める。

「名前は【崩天笛イコカオンカム】。ウカムルバスの素材を用いた狩猟笛だ。村の近くの森で、あるギルドナイトに渡されたんだ」
「……まさかその人物って、僕の上司?」
「ご名答だ、カゲ。どうやら上の立場であることを利用して作り上げたらしい。皆が戦ったあの個体の素材ではないようだけど」
「音を聴いてびっくりしたわよ。でも、聴覚保護の旋律はすごく頼もしいわね」
「ああ。しかも、この旋律には風圧を防ぐ力も含まれている。狩猟にも調査にも役に立つと思う。ただ……ウカムルバスは氷の力を持つモンスター。これからは攻撃面ではほとんど貢献できなくなるな」
「そっか……それでも、旋律の効果は大きいよ。僕の聴覚を守ってくれるのならすごく有り難い。ね、紅羽」
「わっ!? 飛びつかせるな!」

 カゲが腕を上げてクレハを飛び立たせ、ワカにしがみ付かせようとする。虫が苦手なワカは思わず腕を上げてクレハの接触を回避しようとするが、クレハも主のイタズラ心を汲んでいるのか懲りずに周囲を飛び回っており、最終的には背のイコカオンカムのベル部分にしがみ付いた。

「こら、クレハ……」
「…………? ワカ、どうしたの」
「いや。何でもない」

 左腕を上げて狩猟笛に触れようとしたワカの動きが止まったのでカゲが声をかけたが、首を横に振ると腕を下ろす。観念したようだ。クレハは羽をたたみ、リラックスして海風を浴びていた。



 拠点に戻るとモリザ、ルシカ母娘がいつも以上のご馳走を振る舞ってくれた。ワカの復帰、そして四人で任務を終えられたことへの祝いらしい。
 代理の書士隊員が補充される可能性もあるが、少しの間は書士隊がたったの二人という状況になる。そのため、ワカは書士隊の仕事を重点的に受け持つと話した。仕事を一緒にこなせるとわかったモーナコは嬉しそうで、イリスも助かりますと笑顔を見せた。

「…………。」

 食事を終え、武具のメンテナンスを鍛冶工房に任せたワカは部屋に戻った。船の上で感じた違和感。思い過ごしだと信じたかったのだが、どうやら気のせいではなかったらしい。

「ワカ旦那さん、どうしたんですかニャ?」
「ナコか」

 ベッドの上にモーナコがよじ登る。ワカの右手は左腕を掴んでおり、まるで傷口を庇うような仕草にモーナコの心に不安がよぎった。

「どこか、痛むんですニャ?」
「傷は感知している。今日の討伐でも大きな攻撃は受けていないし、何ともない……はずなんだ」

 右手を離し、ゆっくりと左腕を上げる。やはり、腕を真っ直ぐ伸ばそうとすると肩にジクジクとした痛みを感じた。モーナコは心配そうにワカの顔を見つめる。
 腕を下ろせば痛みは収まる。ポッケ村で休養していた時には気付かなかった。だが、エイドの話を思い出してハッとした。

『ワカにいちゃん、全身に氷の刃が突き刺さっとったんよ。一番深かったのは、肩の、ここ』

 ブルートフルートの布で庇われても深く貫かれていた場所。それが左肩だった。この傷が最も治るまでに時間を要したと、ポッケ村の医師に告げられている。
 討伐依頼をこなせたということは、狩猟笛を担ぐ上の支障にはならない。だが、このことがどこで影響を与えるのかはわからない。とんでもない爆弾を見つけてしまった、と思う。モーナコが案じるように左手をそっと握った。

「ワカ旦那さん、せっかく復帰できたのに無理はしちゃダメですニャ」
「わかっている。書士隊の仕事を優先すると言ったのも、大事をとっての発言だ。……ナコ、皆には内緒にしてくれ。俺が無茶をしなければ皆に気を遣わせなくて済む」
「ニャ……本当に、無理だけはいけませんニャ!」
「はは、心配性だな。お前は」
「ワカ旦那さんに似たんですニャ」

 ニヤリと笑うモーナコのその表情すら自分自身を見ているような気がして、小さな頭を撫でる。
 体力づくりの他に、腕のケアもしていこう。医療に詳しいユゥラの部屋にそういった本はあるだろうか。横になって、ワカは静かに考える。するりとモーナコが入ってきたので、久しぶりの相棒の温もりを感じながらゆっくりと夢の世界へ落ちていった。

第46話 集結と、別れと 前編

 柔らかい日差しと微かに香る料理の匂いに朝の気配を感じ、ベッドを降りる。外へ出て深呼吸をすると冷たい空気が鼻孔から頭の先まで吹き抜けていき、頭の中がスッキリとした。
 天気は良好、黒の毛なみを温める太陽はさんさんと輝いている。昨夜降り積もった雪が木々にずっしりと圧し掛かっているが、やがて溶けだすことだろう。
 もう一度深呼吸をし、雲一つ無い鮮やかな青の空を見上げた。もうすぐ、この空を一隻の飛行船が駆けるはず。その『もうすぐ』が待ち遠しくて、つい飛び出してしまったのだが。

「約束の時間までまだあるのに、もう外に出ちゃったのね」
「ニャ、イアーナさん」

 そわそわしているモーナコに笑いながらナレイアーナが声をかけた。朝食を終えてふと外に目を向けたところ、ぽつんと立つモーナコを見つけたのだ。

「あいつが帰ってくるのが待ち遠しい気持ちはわかるけど、あまり長いこと外にいたら冷えちゃうわよ」
「ボクは平気ですニャ!」
「あはは! 元気いっぱいね、モーナコ。いいわ、アタシも着替えてくる。一緒に待ちましょ」

 屋内へ戻るナレイアーナを見送り、再び天を仰ぐ。ケルビの毛皮のコートを羽織った彼女と淡い色の空を眺めていると、待ちに待った飛行船が通過したのでモーナコを大いに喜ばせた。
 少し離れた着陸地点から歩いてここへ来るまで数分はかかる。モーナコにとっては、そのわずかな時間すら長く感じられた。ようやく見えた人影に一目散に駆け寄り、飛びつく。

「ワカ旦那さん!」
「ただいま、ナコ。……随分と冷えてるな、そんなに前から待っていたのか?」

 怪我から数週間、快復したワカがポッケ村からリククワに帰ってきた。再会を喜ぶも滑らかな毛が冷たいことに驚き、ぎゅうと抱きしめて暖めてやる。
 ワカを連れて来たのはリッシュだ。船や飛行船、ハンターにとって重要な移動手段を持つギルドガールにナレイアーナが労いの言葉をかけた。

「操縦お疲れさま、リッシュ」
「戻りました。ワカの快復にポッケ村の人たちも安心していましたよ。もちろんエイドも」
「あの子にもお礼を言いたかったけど、ベルナ村に行っちゃったのかしら?」
「事情を説明していたとはいえ、しばらく村を空けてしまったことを気にかけていました。私から礼は伝えましたが、ワカが元気になったことを最も喜んでいたのは彼女でしょうね」

 話し声を聞いたのか、カゲが姿を見せる。駆け寄るとワカに拳を突きだし、ワカも右手を挙げると義兄弟二人の拳が軽くぶつかった。

「完全復活だね、ワカ」
「ああ、心配をかけたな」
「書士隊の書類、結構たまっちゃってるらしいんだ。手伝ってあげてね」
「それはもちろんだ」
「戻ったか」
「長老」

 賑やかな会話の合間にムロソの声が聞こえ、ワカが振り向く。元気な様子のワカを見てムロソの太い眉が嬉しそうに垂れ下がった。

「体は大丈夫なようじゃな」
「しばらく留守にして、迷惑をかけました」
「迷惑などとは思っておらんぞ。雪山の化身……あやつとたった一人で交戦し、生還できて本当に良かった。ユゥラが解読した古文書、あれにフラヒヤ山脈の危機が記されていて、その場にお主がいたと聞かされた時は肝を冷やしたぞ」
「ユゥラさんが……そうだ、ユゥラさんは今どこに?」
「部屋におるぞ。食事を終えて寛いでいると思うが」
「わかりました。ナコ、俺の部屋で待っていてくれ。ユゥラさんと話をしてくるから」
「はいですニャ」



 ユゥラの部屋に向かったワカは、控えめにノックをした。ムロソの想像通り、本を片手に扉を開けたユゥラの姿に安心した。彼女もまた、拠点に帰って来たワカを見て喜んだ。

「ワカ、おかえりなさい。お出迎えに行けなくてごめんなさいね」
「ただいま。無理に外に出なくていいよ、ユゥラさん。まずは体を大事にしてほしいから」
「…………?」

 ワカの意味深な発言を不思議に思いながら、ユゥラは椅子に座り直す。ワカはディーンのベッドに腰掛け、少しの沈黙の後にずっと伝えたかった言葉を紡いだ。

「ウカムルバスの攻撃を受けて、しばらく生死の境をさまよっていた。みんなのおかげでなんとか戻ってこられたよ」
「聞いているわ。私の解読がもう少し早ければ、君を巻き込せずに済んだかもしれない」
「あれは俺の運命だったから、逃れることはできなかったと思う。それで、その生死の境目で……ディーンと会ったんだ」
「ディーンと?」

 死別した夫と再会するなどとにわかには信じがたいが、ワカが嘘をつくような男ではないとも理解しているので、緊張した面もちで言葉の続きを待つ。

「恐らくあっちの世界に片足を突っ込んだことで、話ができたのかもしれない。生還する直前、ディーンは俺にユゥラさんに伝言を託した」
「あの人は、何て?」
「…………。」

『お腹の赤ちゃんを、大事にね』

「……と。いつもの優しい笑顔で、言っていたよ」
「!」

 ワカの慈しむような表情が亡き夫の優しい笑顔と重なり、ユゥラの目から涙がこぼれる。彼と繋がっている命が宿る箇所を優しく撫でる仕草が義姉と同じで、ワカは彼女の幸せを願わずにはいられなかった。

「そう……ずっと、見守ってくれていたのね」
「…………。」
「知っているのは、私より先に勘付いたモリザだけ。いつまで仕事を続けるか悩んでいたけどけど、たった今決めた。私、故郷に帰る。そして、あの人の願い……この子を産んで、育てるわ」
「俺も、そうしてほしいと思っていた。この寒い村では体にも負担がかかるから。書士隊の仕事は俺が引き継ぐよ。だから、後のことは任せて」
「大切なことを教えてくれてありがとう、ワカ」

 この決断をしてほしくて、ディーンはワカにあの言葉を伝えたのだろう。安心しきったようなユゥラの笑みに、ワカも肩の荷が下りた気がした。



 翌日、ユゥラはリククワに別れを告げた。手続きをするためにバルバレギルドへ向かう飛行船が来るまでの間、住人たちは突然の告白に驚きながらも時間を惜しむように最後まで会話を弾ませた。
 最も別れを悲しんだのは、共に書士隊として活動したイリスだった。娘のように可愛がっていた彼女は何度も感謝の言葉を伝え、ユゥラもまたイリスを抱きしめた。

「お世話になりました、ユゥラさん。どうかお元気で」
「長い休暇をもらうけど、落ち着いたらまた復帰するわ。そのときまた一緒に仕事をしましょうね、イリス」
「はい」
「元気な子が産まれるよう祈っているよ」
「ありがとう、モリザ。いつか手紙を送るわ」

 ユゥラの異変に真っ先に気付いたモリザは、報告を聞いてようやくかと思った。もっと早く帰郷を決断しても良かったのに、と声に出したものだから全員に驚かれたのだが。
 ルシカがまだ膨らみの薄いユゥラの腹部に触れる。『おまじないだよ』と言い優しく撫でると、ユゥラは笑顔を見せた。

「お手紙、待ってるね。赤ちゃんを見に行くから!」
「ふふ、ルシカなら大歓迎よ」
「ユゥラ、そろそろ時間のようじゃ」
「はい」

 ムロソの発言に全員が顔を上げ、上空に浮かぶ飛行船を見つける。リククワを去る時が来たのだ。ユゥラはもう一度住人たちの顔を一人一人見つめる。しっかりと目に焼き付け、船室に入る前に大きく手を振った。

「今まで、本当にありがとう。さようなら!」

 目尻に涙を浮かべながら、ユゥラは精一杯の声を出した。大好きだったリククワに別れを告げ、飛行船は青空へ吸い込まれて行った。
 飛行船の機動音が遠ざかり、静けさが戻る。リュカは頭の後ろで手を組み、別れを惜しんだ。

「ああ、行っちまったな。寂しくなるぜ」
「ユゥラさんがお母さんになって、環境が整ったらまた村に来てくれるかもしれないよ?」
「……そうだな」

 先日のいざこざから妹との距離をつかみ損ねていたリュカだったが、水に流したのか何事も無かったように隣に立っているイリスに内心安堵する。
 不安を取り除いたところで、狩人の顔になる。これから依頼に赴くのだから。

「リッシュ、ギルドから来てる依頼って何だ?」
「氷海で暴れている【フルフル亜種】の討伐です。狂竜化しているのかとても凶暴で、返り討ちに遭ったハンターもいます」
「フルフルちゃんかぁ……ワカの旋律があれば雷の攻撃なんて大した脅威じゃないんだけど、あの狩猟笛は完全に壊れちゃったのよね」
「ああ。しかも素材が足りないから、作り直すには時間がかかる。それまでは書士隊の仕事を優先するつもりだったんだ。足を引っ張るようで、ごめん」
「アタシこそごめんね、そんなつもりで言ったわけじゃないわ。アンタの旋律にはいつも助けられてた、それを痛感したのよ」

 リュカが身に着けるベリオXシリーズやナレイアーナのウルクXシリーズは、火属性だけでなく雷属性の耐性も低い。その弱点を補ってくれたのが、ブルートフルートの旋律だった。
 他にも回復速度上昇や精霊王の加護など、防御寄りの旋律はハンターを陰で守り続けていた。持ち主の命を救って砕け散った今は、雪山深奥の地中で眠っているだろう。
 相方の完全破壊を知ったワカの様子は、とても悲しそうだった。愛着のある武器を失った経験を持つリュカにはその辛さがよくわかる。だからこそ新しい狩猟笛を手にして立ち上がってほしい、とも。

「この依頼に成功して報酬を得たら、ワカの狩猟笛を再び製作出来る。一石二鳥じゃないかな」
「まずは討伐を安全にこなすことが第一だろう。カゲ、これを渡しておくよ」

 ワカが小さな革袋をカゲに持たせる。袋を開けて手の平に乗せたそれを見て、カゲは名前を言い当てた。

「もしかして、【応急耳栓】?」
「フルフル亜種の咆哮は強烈だからな。前にアルから買ったものが残っていたから、活用してほしい」
「イララとやり合った時に使った道具じゃねえか。これさえあれば咆哮を聞き流せるし、楽に狩れるぜ」
「……リュカ、応急耳栓の効果を忘れたのか?」
「あぁ?」

 楽観的に笑うリュカを見てワカは眉をひそめる。これさえあればいける、などという考えは捨ててもらわなくてはならない。

「応急耳栓は一粒飲み込めば一発の咆哮を聞き流すことができる。けれど、これはとても特殊な薬だから何度も口にすると体内に免疫がついて、効果が薄れてしまう。一度の狩猟だと……三個が限度だな」
「マジかよ。あの野郎は咆哮が攻撃かってぐらいよく吼えやがるから面倒だってのに」
「激昂したら咆哮の連続だ。その合間に防ぐことができれば形勢逆転を狙えるかもしれないね」
「そういえばカゲ、アンタ大丈夫なの? 耳が良すぎるから咆哮でやられちゃったりしない?」

 ナレイアーナはリュカからカゲがミズハシリーズを身に着けているにも関わらず、咆哮を完全無効化できていないことを知らされていた。その原因が竜人族の血による優れた聴力であることも。本人も自覚しているのか、困ったように笑って答える。

「……まあ、崩竜の咆哮でも持ち堪えてくれたから大丈夫。霞龍の加護は伊達じゃないよ」
「準備ができしだい出発しましょう、先に待っていますね」
「おう、任せたぜリッシュ」

 住人は屋内へ戻り、狩人は氷海へ向かう。ワカもユゥラの部屋にある書類を取りに行こうとしたが、ルシカに薪が減っていることを告げられたので、まずは薪の補充をするべく森へ移動した。

第45話 フラヒヤに火を灯せ 後編

 メイの言う通り、支給品が入っているボックスを覗き込む。調査のために回復薬や携帯食料といった、狩猟依頼を受注した際に入れられる物は何一つ無い。
 よく見ると何かを包んでいる布があったのでカゲが手を伸ばすが、パイがとっさに掴んで静止した。その行動から、カゲは何かを察したようだ。

「カゲさんでは、駄目です。リュカさんが、最適なんです」
「もしかして、之って……それなら、確かに僕は不向きだね」
「ここから先は書士隊の仕事じゃないから、二人は村に戻ってもいいよ。まあ、環境は安定しているし面白いものが見られるからついて来てもいいけど」

 イリスとモーナコが顔を合わせる。モーナコの視線は遠くに見えるポッケ村の建物とハンターの顔を行ったり来たりしているので、リュカが笑いながら両手でモーナコの小さな体ごと回し、入山口へ向けた。

「ワカの所に戻りてぇんだろ? 行ってこいよ。メイの言う通り調査は終わってんだから、サボりにはならねえよ」
「……ボク、先に帰りますニャ!」

 体を向き直して深々と一礼すると、一目散に駆け出す。あまりにも急いでいる様子に、微笑ましさからイリスがクスクスと笑った。

「よほどワカさんとお話したかったんですね」
「お前はどうする、イリス。オレとしては村で休んでほしいんだけどよ」
「私は兄さんについて行く。“面白いもの”が何なのか知りたいから」
「決まりだね。それじゃあ持ち上げてもらおうか」
「おう」

 リュカが身を屈めて包みを抱える。何か固い物を包んでいるようだ。重みのある何かを落とさないよう体勢を直してしっかりと持ち上げると、背後でカゲがその正体を明かした。

「それは【ギルドフラッグ】。狼煙をあげる為の火種を耐熱性のある布で包んだ代物なんだ。だから、ギルドフラッグは」
「とても熱い!?」

 ベリオXアーム越しに伝わる強い熱。長時間持っていたら防具を貫通して皮膚が焼けてしまいそうだ。驚きながらも落とさないよう冷静にボックスの中に戻す。イリスが心配そうにリュカの顔を覗きこんだ。

「兄さん、大丈夫?」
「……気を取り直して、もう一回持つ。ったく、運搬はいつだってオレの仕事だよな」
「純粋な腕力ならレイアの方が上だろうけど、持久力は君が最も優れているからね。僕やワカじゃ向かないってことさ」
「そういうこと。カゲは耳がいいんだろ? アンタには周囲の警戒にあたってほしくてね」
「成る程。適材適所って事か」

 重い物の運搬は慣れたものだが、妙なものを運ぶことも多い気がする。ぶよぶよしたザボアザギルのタマゴを持ったのは、いつの日だったか。

「ナビを頼むぜ。最短ルートで、かつ安全にな」
「はいよ。アタシが先導して、パイが殿を務める。カゲとイリスは間に入って」

 隊列が組まれ、リュカがギルドフラッグを持ち上げる。重さは大したほどではないが、じわじわと迫りくる熱にどこまで耐えられるか。落とさないようしっかり抱えると、余計に熱さを感じる。
 目指すは山頂、フラヒヤ山脈一帯の安全を願う狼煙をあげるために。



 メイの誘導のおかげで移動はスムーズに進み、エリア8にたどり着いた。ここから先はいくつもの足場をよじ登らなくてはならない。
 エリア4の洞窟に入る時と同じく、紐でフラッグを体に固定させる。火種であろう紅蓮石が熱を直にぶつけてくるが、もう少しの辛抱だ。リュカは歯を食いしばり岩壁に手をかけた。
 山頂への抜け道の手前でメイとパイが待機し、カゲがイリスを補助して上へ登らせる。ギルドフラッグを設置するとどうなるかを知っているカゲは、イリスを数段下の岩場に待機させてリュカを追う。
 登頂を終えた彼は既にギルドフラッグを地面に置いている。熱かったのだろう、触れたと思われる横腹をさすっていた。

「お疲れさま、リュカ。火傷はしていない?」
「ああ、なんとかな。けどよ、見てくれよこの痕。村に戻ったらジジイに修理してもらわねぇとな」

やや焦げたベリオXシリーズの姿で訴えるリュカに同情しながらも、最後の仕事について教える。旗のついた紐を括りつけ、紅蓮石を火打ち石のようにカチカチと慣らして近くにあった岩の塊の中に入れる。

「うおっ!?」

 すると岩から黒煙が勢いよく吹き出し、リュカは思わず仰け反った。そんな姿にカゲが笑う。後はポールに結びつけた紐を手繰り旗を天に掲げれば一連の任務は終了となる。

「これで御終い。二人にも見えているかな」

 下を覗きこめば、空を見上げる雪山の護衛ハンターと目が合う。二人も見届けたようで、手を振って礼を伝えていた。イリスも風になびく旗を見つめている。
 任務を終えたので足場を降り、抜け道を通り抜けてメイたちと合流する。調査とギルドフラッグの設置、二つの依頼を終えたハンターと書士隊はポッケ村に戻ろうと一歩を踏み出す。

「わっ……!?」
「きゃっ!」

 その時、視界が真っ白になるほどの強い風が吹いた。白に染めたのは雪だろうか。突然の出来事にイリスが悲鳴をあげる。
 兄が名を呼んでいる。その声に答えたい。だが声も出せないまま、一人だけ世界が遠ざかったような気がした。



 風によって目を開けられない。ようやく落ち着いたので顔を上げるが、周りは全て白でなにも見えない。ここはエリア8のはず、下手に動くと足を踏み外してしまうと思いイリスは立ち止まることを判断した。

「に、兄さん……! カゲさん、メイさん、パイさん、誰か……」

 両手を胸の前で握りしめながら声を出す。すぐ傍にいたはずの兄や仲間たちの姿が見えず、返事も無い様子に不安ばかりが募っていく。

「!」

 遠くで何かが光った。同時に聞こえる足音。だがそれは独特のリズムを刻んでおり、モンスターに詳しいイリスはそれを四つ足の生物だと理解した。
 書士隊のイリスにはモンスターに立ち向かう力など無い。逃げようにもこの視界ではどこへ走ればいいのかもわからない。震えながら立ち尽くし、こちらへやってくる何かの到来を待つことしかできなかった。

「…………。」

 光に包まれた生物が姿を見せた。細い四本足と小柄な胴体は中型モンスターほどの大きさ。頭部には氷のように透き通った青い角、顔まわりや背には真っ白なたてがみが生えている。胴体には雷のような模様がうっすらと浮かび、まとっている雷光がバチ、と弾ける音がした。
 書籍でしか見たことが無いが、その特徴を持つモンスターの名前を呟く。

「【幻獣キリン】……」

 何故こんな所にと考えている間も無く、キリンはゆっくりとイリスに近付いてくる。キリンは雷を自在に操る古龍。ジンオウガのように雷光虫の力を蓄えることも無く、自らの意志で雷を落とすことができる。そんな凄まじいモンスターが、目の前に迫って来たのだ。

「…………。」

 攻撃してくるのではと怯えていたが、キリンはイリスの真正面に立ったまま動かない。雷光でぼんやりと光る体からは敵意が放たれておらず、イリスの緊張感が解けていく。
 やがて、キリンはゆっくりと頭を下げる。『触れなさい』と言われている気がして、たてがみにそっと手を伸ばした。

「あっ……!?」

 直後、雷が全身を駆け抜ける。だが不思議と痛みは無く、衝撃だけがイリスの体を貫いた。膝から力が抜けて崩れ落ちるが、キリンはじっとイリスを見つめている。

(何、これ……たくさんの光景が、流れてくる……)

 それは夢で見た時と同じ、空から地上を眺めているものや、どこかの崩壊した集落だった。
 目まぐるしく景色が変わり、気が付くと荒れ狂う海の上に居た。殺気を感じ顔を向けると、竜巻を身にまとうクシャルダオラが迫って来たので思わず目をそらす。すると、視界はいつの間にか寝転ぶように横向きになっていた。

(まさか、こんな所で横たわっているなんて)
(どうする? 討伐するのか)
(いくら弱っているとはいえ、突然暴れ出したら)

 人の声が聞こえる。足下しか見えないが、モンスターの鱗や殻を用いた防具を身に着けているのはハンターしかいない。討伐という言葉に体が震えた。そこへ、新たな声が加わる。

(……助けよう。どんな手を使ってでも、ギルドにも他のモンスターにも見つからないように)

 その声には聞き覚えがあった。ディーンを失った後、ワカに思いの内を吐かせた時に聞いた女性の声だ。

(こんなになるなんて尋常じゃない。守ってあげなくちゃ。たとえ、世界に背を向けることになろうとも)

 身を屈めたのか、女性の顔が見えた。力強く、だが優しさもたたえた金色の瞳がこちらを見つめている。その眼差しはワカによく似ていたが、誰なのだろう。

(何もかもが、わからない……兄さん、兄さんに会いたい。…………えっ?)

 声を出したつもりだったのに、喉を鳴らしたのは人の声ではなかった。女性は目を丸くしたが、すぐに微笑む。自分の声を、救いを求めるものだと受け止めたのだろうか。

(大丈夫。必ず、助けてみせる。だから、大丈夫……)

 頭を撫でられた感覚がして、視界がぼやけていく。キリンと遭遇したことも、これらの光景も、全て夢。イリスはそう思い、意識を手放した。



「イリス、大丈夫か?」
「…………、にい、さん?」

 そこは雪山のエリア8で、すぐ隣にはリュカが立っていた。周囲にはカゲやメイ、パイが心配そうにこちらを見ている。

「ちょっと強い風が吹いただけなのに、大げさだね。さてはアンタ、シスコンかい?」
「ご名答だよ、メイ。彼は妹の事になると、途轍もなく過保護に為るんだ」
「ふふ、エンリュウ兄さんも、そうでした」

 風が吹いたのはほんの一瞬の出来事だったのか、四人は何事も無かったかのような振る舞いをしている。キリンが現れたであろう方角には何も見えず、天候も良好だ。

 ならば、あれは何だったのだろう。本当に夢だったのだろうか。

 混乱するイリスをよそに、ハンターたちは村へ戻ろうと背を向けて歩き出す。リュカだけが振り返り、怪訝な表情を見せたので内心を悟られまいと慌てて四人について行った。



 ポッケ村に戻り、村長やギルドガールに報告を終えてからワカのいる宿へ向かった。ところが、調査に出る前と光景がまったく変わっていないことに五人は驚いた。一応、違う点もあるのだが。

「さっきまで起きてたんやけど、うとうとしだしたモーナコちゃんと一緒にまた眠っちゃって」

 エイドの目線の先には、ワカの隣で体を丸めているモーナコの姿があった。満足そうに笑っているように見えるのは、ようやく話をすることができたからだろう。
 とはいえ、朝方に深く寝入っていたワカが昼間にもまだ眠っているなど普段の彼からは想像ができず、リククワの住人は目を丸くした。

「こいつ、本当は睡眠時間がすごく短いんだぜ。何度も爆睡してやがるなんて信じられねぇな」
「僕も驚いたよ。エイド、ワカは順調に回復しているの?」
「ええ、日に日にしっかり治ってきてます。睡眠時間が長くなったのは、体が休息を欲しているからかもしれんです。何より……」

 エイドの指先がワカの焦茶色の髪をすく。その表情は慈愛に満ちていて、ベルナ村の英雄と称される彼女はハンターである前に一人の男に愛を注ぐ女性なのだと実感した。

「あの体質は、ハンターとして運命に準じるためにそうなったんやと思います。運命を乗り越えたことで、ワカはようやく自由に生きられるようになった。それまで眠っていなかった分を、取り戻しているように思えて」
「ワカさん、本当に大変だったんですね。心も体も、ゆっくりと休めてほしいです」

 イリスが頷き、リュカも同意する。皆が眠っている時間にもワカは狩猟に用いる道具の調合を行ったり、書士隊の書類の整理をしていた。これくらいの休養は許されるだろう。調査の協力の礼を述べながら、ワカの今後についてメイが語る。

「この男はもう少しだけポッケ村で預かるよ。元気になったら知らせるから」
「すみません、アタシまで一緒に世話になっちゃって」
「そんなこと、ありません。私たちも、英雄さんと貴重なお話ができて、とても、感謝しています」
「僕たちはそろそろ拠点に戻ろうか、リッシュが飛行船で待っているし。ほらモーナコ起きて、帰るよ」
「ンニャア……」
「ったく、しょうがねぇな」

 寝ぼけ眼をこするモーナコをリュカが抱き上げる。何故ベリオXメイルがうっすらと焦げているのかモーナコには理解ができなかったが、抱えられる感覚が気持ち良かったのか、再び夢の世界に落ちて行った。



 船室のベッドにモーナコを寝かせ、行きと同じように椅子に腰掛けて拠点に着くのを待つ。イリスが調査で経験したことを記録している姿を眺めていると、視線を感じたのか顔を上げた。

「なに? 兄さん」
「いや……その、本当に大丈夫なのか? 体調とかよぉ」
「何度も言わせないで。私ならもう平気だよ」
「どうにも平気に見えねぇんだよ。何十年一緒に暮らしてきたと思ってる。お前の些細な変化ぐらい、オレにはお見通しなんだぜ?」
「…………。」

 不意に妹の気配が変わった。数行だけ文字を書き足すとノートを閉じ、カバンにしまう。立ち上がり船室を去ろうとするので即座に細い腕を掴んだ。

「悩んでることとか、あんだろ。オレにも言えねぇことなのか」
「…………。」
「イリス、オレは」
「しつこいよ、兄さん。いい加減にして」
「!」

 妹からの初めての拒絶に、リュカは顔色を変えた。あまりにも構いすぎてイリスの機嫌を損ねてしまったことにようやく気付いたが、手遅れだ。

「私にだって、人に言いたくないことはあるよ。兄さんだって、あるでしょう?」
「それは……」
「何度も同じことを聞いてこないで。そんなに心配されなくても、平気なんだから」

 続けざまに拒否の言葉をぶつけられ、リュカが狼狽する。腕を掴む力も緩んだので、その手をはらうと部屋を去って行った。
 下界を望む甲板に出ることのできないリュカにとって、部屋を出て行かれることはこれ以上追いかけることができないことを意味する。何も言い返せず、立ち尽くしてしまった。

「……リュカさん? どうしたんですかニャ」
「な、なんでもねぇよ。兄妹ゲンカぐらい、よくあることだろ」

 言い合いを聞いて起きたのか、モーナコが目を覚ましてリュカの背に問いかける。どうにか取り繕って返事をするが、リュカの心はクシャルダオラが放ったブレスのような大嵐のように荒んでいた。
 ずっと大切にしてきた、血が繋がっていないとはいえ大事な家族に拒絶されることが、これほどまでに辛いことだったとは。
 はあ、とため息をついてベッドに腰掛ける。するとモーナコが起きあがり、リュカに近づくと身を丸めて眠った。何も尋ねないが、ただ傍に寄り添ってくれるモーナコの気遣いに感謝しつつも、これからどうしたものかとリュカは再び重い息を吐き出した。
BACK|全32頁|NEXT