狩人話譚

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第29話 そして、結成 後編

 エリア2から鬱蒼とした森が広がる秘境へ入ったリュカたちは、忙しなく調査をするイリスの背を守りながら辺りを見回す。
 抜け落ちた毛やフンで、どんなモンスターがここを通ったのか知ることが可能だ。木が生い茂るこの森は、ケルビやポポといった小型モンスターの棲み処となっている。現時点で、このエリアに大きな変化は見られないとイリスは判断を下した。

「この先の川沿いも調べてみましょう」

 書士隊員の言葉に従い、森を抜けて川の流れる開けた場所へ。川の向こう岸は壁があるだけだが、異変に気がついたのはナレイアーナだった。

「あっちの壁って、穴なんてあったかしら?」
「穴ですか? ……いえ、向こう岸に目立ったものは無かったはずです」

 その穴は人が立って通れる高さで奥まで続いているようだ。イリスが手帳を開き地形をスケッチしているページを見るが、そこには高くそびえ立つ氷の壁しか描かれていない。

「あんなの調べないわけにはいかねぇよな」
「気を付けて兄さん。モンスターの巣かもしれない」
「わかってるよ、行くぜイアーナ」

 川から顔を覗かせている岩を渡り歩き、洞窟の入口に立つ。傍には氷が散乱していて、この壁が崩れたことで洞窟が露わになったのだろうかと全員が思う。
 ナレイアーナが臭いを嗅ぐも、モンスターの気配は無い。たいまつに火を灯すとイリスを間に立たせるように護衛ハンターが並び、洞窟へ進入した。

「ここは……巣っぽいわね。前に見たウルクちゃんの巣みたいに、こんなにも広い」

 ナレイアーナが天井を見上げる。中はドーム状に広がっており、高さも十メートル程。中型モンスターなら群れで暮らせそうだ。周囲を見回して何かを見つけたイリスが呟く。

「もしかしたら、この巣は」
「ん? どうした」
「イララの巣だったのかも」

 イリスが見つめる先にあったのは、自然と落ちた紫色の撥水甲。更に少し離れた場所には朽ちたケルビの死骸もある。

「啄ばむように肉が千切られているのは、ガララアジャラの嘴によるものです。加えてこの広さ……最大金冠級と推測されていたイララが暮らすのに適しています」
「イララの巣か……あいつ、ここで寝泊まりしてたんだな。なんかこう、寂しい感じがするぜ」

 それはまるでユゥラの部屋を訪れた時の感覚に似ていた。あの部屋にはまだ二人分のベッドがあり、ディーンの私物も多く残されている。古文書の解析の資料に活用するためだが、ユゥラの心の支えでもあるだろう。

「兄さん、私……最近氷海でモンスターの縄張り争いが激化しているのは、イララが死んだからではないかと思うの」
「あいつが? どうしてだ」
「イララは、相当な実力を持ったモンスターだった。そして氷海のパワーバランスの上位に立ち、均衡を保っていたんじゃないかって」
「あの子が死んじゃったから、縄張りを広げようと色んな子たちが大暴れしてるってことね」
「イララは成体に近い巨体でしたが、まだ若い個体だったそうです。そんなモンスターがこの氷海を支えていたのなら、本当に残念です」

 現実を表すかのように、イリスが持ち上げた撥水甲の欠片はボロボロと崩れ落ちていく。狂竜ウイルスにもがき苦しんで息絶えた最期の姿が、否が応にも思い出された。

「つーことはよイリス、この事態はどうしたら落ち着くんだ?」
「これは自然の成り行き、私たちが下手に手を出してはいけない。被害が大きくなりそうな時は撃退または捕獲するくらいしかなさそう」
「ひとまず報告できそうな収穫はあったわね。ねぇ、この巣はどうするの?」
「このままにします。そのうち他のモンスターの棲み処になるでしょうから」

 イララの巣を出て、振り返る。今まで書士隊の目を欺いていた洞窟の入口のギミックを、イリスは彼女なりに推測した。

「川の石や撥水甲で入口を隠していたのかもしれません。水のブレスで凍らせて他のモンスターの進入も防ぐこともできますし。壁は定期的にイララが補強を行っていたので、時間の経過により崩落した可能性が高いと思います」
「なるほどね。やっぱり賢かったわ、あの子」
「今日はもう少し奥まで行きたいです。護衛をお願いします」
「おう。あんまり張り切りすぎんなよ」

 久しぶりの調査にイリスも多くを調べようと躍起だ。その妹の背をしっかりと支えるべく、兄は隣に立ち更に奥地へ向かった。



 一方エリア8、ネコの巣にたどり着いたカゲは辺りを見回す。エリア5に抜ける道しか無いはずなのに、どこから秘境へ行くのかと思っているとワカとモーナコは寒風に抗いながら川沿いの岩を渡り、地図から外れた方角へ進んで行く。

「足を滑らせないよう気を付けてくれ」
「心配ご無用、身のこなしには自信があるんだから」
「さすがですニャ、カゲさん」

 苦もなく追いついたカゲにワカは手招きをする。飛んだ程度では越えられない高さの壁には一定の距離を置いて何本もの鉱石の棒が突き刺さっていて、これに足をかけて登るようだ。
 モーナコを背負って先に向かったワカに倣い壁を登りきったカゲの目前に広がっていたのは、木製の細い橋。人が一人通るので精一杯の、頼りない印象を受ける。下は先ほど渡った川が流れており、足を滑らせたら冷たい川へ入水することになるだろう。

「見た目はちょっとボロボロだけど、ユクモの重木を使用しているから案外頑丈なんだ」
「念のため一人ずつ渡っていますニャ」
「この橋、君が造ったの?」
「リュカが造ったらしい。今のところ壊れたことは無いぞ」

 ゆっくりと橋を渡り、洞窟へ。中は薄暗いため、ワカがたいまつに火を灯して冷たそうな青い壁を照らす。

「地図によると、ここを抜けた先は凍土の秘境なんだ。とは言え広い秘境の隅っこだし、相当歩かないと凍土の狩猟範囲に入れそうにないけどな」

 長い洞窟を抜けると、雪化粧を施された木々が道を塞ぐようにあちこちに生えている。一部だけ木を切り倒した箇所があり、ここを抜けて先へ進むようだ。
 辺りを見回しながら歩いていると、カゲがぽつりとワカの背に声をかけた。

「【アンナ】ってギルドナイト、知ってる?」
「……知っている。それがどうかしたか」
「モーナコを書士隊側に配属するよう指示したのはあの人だ。リククワに過去に関わった人が居ると聞いたけど、それは君とモーナコの事だったんだね」

 足を止め、ワカが振り返る。書類に目を通していたワカの微かな変化をカゲは見抜いていた。そして、この男になら打ち明けても大丈夫だと確信を持って伝える。

「あの人、僕らの事を“曰く付き”と言ったんだ。皆……何か事情を隠してる。君も、そうなの?」
「…………その言葉、そっくりお前に返すよ」
「……!」

 思わずカゲがマゼンタの瞳を開いてしまうが、相変わらずワカの金の瞳は沈黙している。何も語らない目に代わり、ワカが白い息と共に少しだけ過去を吐き出した。

「あの男は、俺を助けてくれた恩人だ。もし見つけてもらえていなかったら、俺は村と一緒に死んでいただろうな」
「……そう、だったんだ」
「最近、思い出したことがある。寒さと悲しみで倒れて動けなくなっていた時、温かい風を感じたんだ。冷たくない、妙な風だった。その風を受けたのが、故郷での最後の記憶だ」
「風……不思議な話ですニャ」
「アンナのことは、俺も詳しく知らない。あまり深く関わらない方がいいとは思うけどな。面倒事に巻き込まれそうだから」

 調査に戻ろうとワカが前を向こうとしたが、カゲが遠くを見つめたまま動かないので首を傾げる。険しい表情を崩さないカゲは、遠くで聞こえた何かの音を拾っていた。

「鈍器で殴るような衝撃音、モンスターの悲鳴……誰かが、モンスターを」
「ハンターですかニャ?」
「ハンターであれば尚更まずい。狩猟範囲外で狩猟を行うのは密猟と同じだ。カゲ、音はどこから」
「こっち。少し距離はあるけど、走ればすぐだよ」

 木々の生えていない歩きやすい足場を選びながらも、確実に音の聞こえた方角へ向かっていく。数分ほど駆けて行くと開けた場所に抜け、大猪ドスファンゴがひっくり返った体勢で死んでいた。
 辺りはとても血生臭く、原因はドスファンゴの頭部にあった。二本の牙は根本から欠け、頭部を覆っていた白い毛は血でべっとりと赤く染まっている。頭部はとても見れたものではなく、無惨な姿に空気が一層しんと冷えた。

「ひ、ひどいですニャ」
「これはまさか、頭蓋潰しの仕業?」
「まだ体が温かい。この辺にいる可能性が高いな。こんなこと、絶対に許されない」

 狂気に満ちたハンターの存在を感じながら、ドスファンゴの死骸に触れたワカの手が怒りに震える。足下には落とし穴の形跡があり、動きを封じた上で徹底的に頭部を破壊したのだろう。なんて惨いことをしたものだと三人は憤慨する。
 雪はしんしんと降っているが、頭蓋潰しのものと見られる足跡は残されていた。足跡をたどっていくと、禍々しい布で覆われた装備を身に着けた男の後ろ姿が見え、カゲが一気に速度を上げて飛びかかった。
 足音を消して接近したにも関わらず、背後の気配に気付いた男は振り返るとカゲの伸ばした腕を掴む。ハンマーを使うだけあって腕力はかなりのもののようで、カゲは腕を振りほどくことができない。
 しかし、この至近距離なら男の目を視ることができる。赤紫の瞳がデスギアゲヒルに隠された濁った青い瞳を覗くが、視えたのは月明かりの無い夜のような暗闇だけだった。

(真っ暗で、何も視えない……心が無いの!?)

 漆黒の闇を視たカゲが狼狽する。その隙に男はカゲの腕を引くと肩に乗せ背負い投げの構えをとったが、直前に飛び上がったクレハが男の眼前を舞ったことで手元が狂い、カゲは地面ではなく宙に投げ出された。空中で体を捻ると足から着地し、体勢を整える。

「有難う、紅羽。……その投げ技、ギルドナイトが使う型なんだけどどういうことかな? 不気味な狩人さん」
「…………。」
「この男に質問は無意味だ。三人で囲むぞ!」

 ワカが腰に装着していたロープを手に取る。人間を捕縛するために使いたくないが、今は凶行に走るハンターを止めることに最適な道具だ。
 カゲとモーナコが男を左右から挟むように移動し、ワカが駆け出すのを合図に二人も飛びかかった。その瞬間、男が足下に煙玉をぶつけ視界を真っ白に染められる。

「ニャウッ!?」
「紅羽、風を起こして!」

 クレハが舞い上がり、六枚の羽を大きく動かす。大型モンスターの起こす風圧のように強烈なものではないが、何度も羽ばたくことで煙をかき消した。

「……また逃げられた。何なんだろ、アイツ……あれ? 二人ともどうしたの!?」

 返事が無いことに気付いたカゲが振り返ると、ワカとモーナコが地面に倒れていた。驚いて駆け寄り、体を揺するが反応は無い。
 頬面で口元を覆っている自分は煙を吸わずに済んだが、この二人は体内に取り込んでしまったようだ。毒が含まれていたのなら緊急事態だと思い、慌てて傍にいたモーナコの脈拍を測る。

(脈拍は正常。苦しんでる様子も無い。ということは、睡眠状態かな)

 モーナコの柔らかい毛に覆われた頬を手加減してつねると、丸い瞳がパチリと開く。瞬きを繰り返していたが、やがて主の異変に気づき体を揺する。
 静かな寝息を立てて眠るワカの様子にモーナコはひどく困ったような顔をしたが、安心させるようにカゲが現状を説明した。

「恐らくネムリ草を混ぜたけむり玉の煙を吸って眠っただけだよ。さて、どうやって起こしてやろうかな」
「ワカ旦那さんの眠りはとても深いんですニャ。ほっぺたをつねったぐらいじゃ起きませんニャ」
「耳元で大声を出したり針で突いても?」
「簡単には起きてくれませんニャ」
「眠狗竜と絶対に遭っちゃ駄目だね。それじゃあ、奥の手だ」

 ワカの右腕を取ると、肘を曲げて『この辺かな』と言いながら腕の一点を狙って力強く押した。すると全身がビクリと跳ねあがり、金色の目が開かれた。即座に右腕を見て、その後カゲとモーナコに視線を向ける。

「おはよう、ワカ」
「……何をした? 腕に激痛がはしったぞ」
「疲労回復のツボを押したんだ。ただ、痛みを伴うから本来はゆっくり押すんだけどね」
「すごいですニャ、何をされても起きないワカ旦那さんが起きましたニャ」
「狩人は痛覚に敏感だからね。的確に突けば肩こりに効くから、今度場所を教えてあげるよ」
「いや、遠慮しておく……起こしてくれてありがとう。けど、あいつには逃げられてしまったな」

 立ち上がり、周囲を見渡す。足跡は途中で茂みの中へ消えており、どこへ逃げたのか検討がつかない。

「地図の無い秘境を歩き回れるのは書士隊か護衛ハンターぐらいだ。あの男、一体何者なんだろうか」
「狩人なのは間違い無いけど、他の職業の特徴も兼ね備えてる。得体の知れない奴だね」
「早く捕まえないと、今度はもっと大きなモンスターが何も理由も無いのに狩られてしまいそうですニャ」

 モーナコの指摘にハンターたちも頷く。リククワ近辺で目撃した時はケルビ、今回はドスファンゴ。徐々に行動がエスカレートしているように見える。しかもギルドの依頼無しに行われる密猟であり、ギルドナイトのカゲにとって見逃すわけにはいかない。必ず裁かなくてはと強く思った。

「調査はこの辺で終了だな。向こうもそろそろ引き上げているだろう」
「了解ですニャ」

 ベースキャンプで合流したメンバーは、互いが得た情報を伝える。これらを報告書としてギルドへ提出するため、話し合いはリククワに到着してからも行われた。
 その夜、一度深い睡眠に落ちたことでなかなか寝付けないワカはベッドの上でひたすらエイドが教えてくれたムーファを数え、どうにか夢の世界へ旅立ったらしい。

第29話 そして、結成 前編

 その日、リククワは商人アルから多くのものを受け取った。日用品の他、丁寧に梱包された抗竜石、そして新たな住人が加わる通達。
 ムロソたちが作り上げた新しい部屋にその住人を案内し、新たに編成されたハンター四人が揃い踏みする。リュカが薪を暖炉に放り込みながら背後に立つ人物に声をかけた。

「マジか、まさかお前が四人目のハンターになるなんてな」
「何度も顔合わせしてる人の方が組みやすいし、アタシは大歓迎。ワカもそう思うでしょ?」
「もちろんだ。お前が力になってくれるのなら、とても頼もしいよ」
「有難う。改めて、宜しくね。ここには居ない雪森も」

 お辞儀をした紅の髪が揺れる。迎え入れられたのは、以前からリククワを定期的に訪れ見守ってきたギルドナイトの一人、カゲ。ギルドの命によって、カゲはリククワの一員として書士隊を護衛する立場へ変わった。
 オトモアイルーのユキモリも、この拠点の住人となる。今はシフレやアイたちとモーナコのお見舞いに向かっているが、住人が増えたリククワは賑やかさを増すだろう。
 彼には従者の如く常に寄り添う二人のハンターがいたことを思い出し、彼らのその後が気にかかったワカが尋ねた。

「お前がここに定住するのなら、一緒にいた二人はどうなるんだ?」
「恭と美月は別の任務を与えられた。でも二人ともリククワが好きだから、その内顔を出したいって言っていたよ」
「村を気に入ってくれたなんて嬉しいわ。たまに来てくれるなら、アンタも寂しくないわね」
「そうだね、レイア。僕らは三人で任務を行う事が多かったから」
「……“レイア”? イアーナのことか?」

 会話の中に聞き慣れない呼び名が入ったので、思わずリュカが聞き返す。そうだよ、とカゲは何の気なしに答えたが、ナレイアーナは複雑そうな笑みを浮かべた。

「皆“イアーナ”って呼ぶけど、ワカは“ナナちゃん”って呼ぶでしょ? だから僕も対抗して違う愛称を使ってみたいなと思って。……嫌だった?」
「そんなことは無いわ。好きに呼んでいいわよ」
「ありがと!」
(……たまたま、よね)

 にこりと笑うカゲからは悪意は感じられない。そもそもカゲが心を読みとるというマゼンタの瞳を自分に向けたことが無いのだから、単なる偶然だろう。ナレイアーナはざわついた己の心を落ち着かせた。

「あとね、僕の猟虫も紹介しておくよ。シナトオオモミジの【紅羽クレハ】。これからあちこち飛び回るけど、間違って攻撃しないでね。この子もそう簡単にはぶつからないと思うけど」

 話しながら左腕をそっと上げると、クレハが腕から離れて辺りを飛び交う。初めて訪れた場所に興味があるのだろう。そして、主以外の人間にも。
 六枚の紅の羽を小刻みに揺らしながらしばらく空中を旋回していたが、疲れたのか近くにいた人間の腕に止まろうと高度を下げる。ところが、相手が驚いて腕を上げて避けたため仕方なくカゲの左腕に戻った。思わぬ行動をとった人物に、全員の視線が集中した。

「なんだよワカ、猟虫にビビるなんてらしくねぇな」
「や、その……ちょっと、虫は」
「もしかして、アンタ虫が苦手なの? あっ、前にモーナコがアンタの苦手なものを言いかけた時のあれって」
「へえ、そうなんだ。君の恋人は操虫棍の使い手だというのにね」
「……情けないと思うだろう? チコ村にいた頃に原生林で狩猟笛の素材となる虫を採取しようとして、誤って握り潰してしまったんだ。手の平でグチャグチャになったキラビートルは今でも忘れられない」

 右手を開いてじっと見つめながら話すワカの表情は重く、周りが思っている以上に衝撃的でトラウマになった出来事のようだ。似た経験をよく体験しているリュカは、やや引きつった顔で同情した。

「うわぁ……お前でもそんなヘマするんだな」
「狩猟の時は恐怖心を振り払えるけど、そうでない時はちょっと、な。カゲ、クレハの餌はお前が用意してくれ」
「さてはエキスを調合したら匂いが体に纏わりついて、虫を引き寄せた事でも?」
「わかっているなら話は早い、頼むよ」
「しょうがないなあ」

 男性陣の会話を聞きながら、ナレイアーナは気になっていた箱を手に取る。アルも丁寧に持ち運んでいた大事なもの。それが何か理解した彼女は、そっと蓋を開けた。

「これが抗竜石……不思議な色ね」
「リンフィのやつ、しっかり仕事してくれたんだな。助かるぜ」

 敷き詰められた木の葉のクッションに包まれていたのは三つの抗竜石。赤、空、橙の三色がそれぞれ白と混ざり合った淡い色合いをしている。

「手紙が入ってる。読むぞ」

 中に収められていた二通の手紙に気が付いたワカが、初めに読むよう指示されているものを広げると力強くも丁寧な筆跡で書かれた文章を読み始めた。

「“金獅子討伐依頼の協力、感謝する。こちらからも、できる限りの支援をさせてもらった。需要の高い【心撃】は入手できず、【剛撃】【属撃】【耐衝】が限界だった。各々の役割を考慮した上で、うまく使い分けてほしい。リククワに住まう者たちの未来が輝くよう、健闘を祈る。”」
「こんなに種類があるのね、色とりどりで綺麗」
「僕が持っているのは心撃だから、全種類の抗竜石がここに揃ったことになる。役割か……確かに考えた方が良いね」

 ワカが手紙の朗読をやめたのは抗竜石に目をやったこともあるが、もう一通は自分宛だったためだ。黙読し、思いがけない文面を声に出す。

「【雪山草】を入れたから、モーナコに……」
「この白っぽい草じゃねえか? ご丁寧に束ねてあるぜ」

 木の葉に紛れた色素の薄い草を見つけたリュカが拾い上げる。雪山草はその名の通り、雪山で採れる滋養にいい薬草だ。モーナコの容態を知り、忍ばせてくれたのだろう。
 ワカはありがとう、と手紙の主に呟くと雪山草を手にした。そしてもう一枚重なっていた便せんを見るが、そこに書かれていたのは文字ではなく絵だった。ナレイアーナとリュカが挟む込むように覗き、首を傾げる。

「何の図かしらね? 色も付けられているけど、アタシにはわからないわ」
「オレもだ。線もふにゃふにゃだし、リンフィが描いたってんなら、お絵描きの才能は無いみてぇだな」
「……きっと大事な情報を書き記してくれているんだ。これは後で考えてみるよ」

 自分宛の手紙をワカがしまっていると、カゲが抗竜石の箱に手を伸ばし本題に移る。リンフィが書いた『役割分担』についてだ。

「それじゃ、この抗竜石の分担を決めようか」
「剛撃の効果はリンフィから聞いたけどよ、他のはわからねぇ。カゲ、お前知ってるか」
「勿論。属撃は武器に宿る属性の威力を高め、耐衝は狂竜化モンスターからの打撃を軽減させる。誰がどれを持つかだけど……こうすると良いんじゃないかな」

 赤色の剛撃をナレイアーナ、橙色の耐衝をワカに手渡す。そしてカゲは自身の持っていた紫色の心撃をリュカに渡し、箱に残された最後の一つ、空色の属撃を手中に収めた。

「いいのかよ、カゲ。この心撃が一番役立つんだろ?」
「属撃を一番効果的に使えるのは僕だ。僕の武器はどのモンスターにも大体通じる毒属性だからね。遠距離から確実に弱点を狙えるレイアには剛撃、皆の生命線となるワカには生存率を高める耐衝。リュカ、君は最もモンスターに接近して戦わなくちゃいけない。だから、どこに攻撃が当たっても弾かれない心撃が適役だよ。大切に使ってね」
「いい案だな。俺もこの分担が最も効率的だと思う」

 それぞれが持つ抗竜石に目を向ける。新たに結成したリククワのハンターに授けられた四つの抗竜石。カゲがそっと握り拳を突き出す。他の三人も倣い、四つの拳が絆を結ぶように軽くぶつかり合った。

「僕らは別々の土地から招集されて、このリククワで揃った。それが如何なる経緯だったとしても、ここで出会う運命だったのかもしれない」
「…………。」

 紡いだ『運命』という言葉を聞いたワカが視線を落としたが、カゲは構わずに続ける。

「僕たちは不思議な縁で結ばれた“奇士きし”なんだ。……そうだね、身に着けている装備の色から準えて、【銀白色ぎんはくしょく奇士きし】ってところかな」
「キシだぁ? オレらはハンターであって、ナイトじゃねえぞ」
「その“騎士”じゃないんだけどな。ワカ、君なら理解しているよね?」
「……ああ」

 間を置いて視線を戻したワカが答える。怪訝な表情から、用いられた単語が誉め言葉ではないことをリュカたちは直感する。

「奇士とは優秀な者のことだ。だけど“変わり者”という意味もある。カゲ、お前は俺たちを“並外れた器量を持った風変わりなハンター”と称したいのか?」
「妹を大事に思うあまり過保護になっている狩人に、モンスターが好き過ぎて討伐しちゃう狩人、そしてたった今、虫が嫌いだと判明した狩人兼書士隊見習い。僕は弱冠十六歳でこの役職、優れているけど変わってるでしょ」
「自分だけマシな言い方してるわね」
「あはは! そうかなー」
「お前なぁ……」

 リュカが呆れて頭を掻く。モーナコに代わって参入したこの四人目のハンターは、かなりのマイペースなようだ。だが頭の回転の早さは本物で、頼りになることは確か。存分に活躍してくれるだろう。

「それから、モーナコについてだけどね」
「ナコがどうかしたか?」
「護衛には今後参加しないことになっているけど、彼のオトモアイルーとしての能力がギルドから高く評価されたんだ。それで、書士隊と一緒に調査員として活動したらどうかって打診が来ているんだ」
「そうか、…………。」

 ギルドから渡された書類をワカに見せる。カゲの言った通りの文面の最下部に書かれている提案者の名前を見て一瞬だけ眉を寄せたが、何も無かったかのように書類を返し、ワカは全員を一瞥する。

「ひとまず、挨拶はこれくらいにしておくか。そろそろ夕飯の時間だ」
「あの美味しい料理をこれから毎日食べられるのか、嬉しいな」
「しっかり働いたらね。アンタも村の住人なんだから、手伝いもしてもらわないと」
「ええー、僕重たいもの運べないよ」
「操虫棍を振り回しておいて、そんな見え見えの嘘を吐くんじゃねぇよ!」

 その夜はカゲを歓迎するためか、東国風の料理が並べられた。リククワの者たちは普段とは違う料理に、迎え入れられたカゲは懐かしさに舌鼓を打った。



 数日後、リククワの入口でルメッサ装備を身に着けたワカの隣にモーナコが立っていた。マフモフネコ装備を着込んだ姿はしゃんとしており、数週間前に死の淵を彷徨っていたとは思えない快復ぶりを見せている。

「良かった、元気になって。やっぱりモーナコはワカの隣が一番よ」
「心配をかけてすみませんでしたニャ。ボクはもう大丈夫ですニャ」

 身を屈めて微笑むナレイアーナにモーナコが深々と頭を下げた。そんなことしなくていいわよ、と言いながら頭を撫でると隣から一回り大きな手が乗る。

「別行動になることが増えちまうけど、これからも力になってくれるのはありがたいぜ」
「リュカの言う通りだ。お前の居場所はここだ、ナコ」
「ありがとうございますニャ」

 ニャフ、といつも見せていた笑みがこぼれリククワの者たちも安堵した。この笑顔を失わずに済んで本当に良かった、と。
 セルレギオスの襲来以降氷海の調査は中断されていたが、モーナコも含め全員の復帰を認められた書士隊と護衛ハンターは数週間ぶりに向かう。移動中に今後の予定をイリスが説明する。

「極限状態のセルレギオスが去ってから、度々大型モンスターが出現し多くのハンターが討伐に駆り出されました。そのおかげで現在の環境は安定しています。今のうちに調査を進めましょう」

 一ヶ月もしない間に、氷海は姿を変えたようだ。その異変の原因、そして解決方法を探るのが今回の目的だ。

「イリスちゃんはリュカとナナちゃんと一緒に。カゲ、お前は俺とナコとチームを組むぞ」
「了解、しっかり護衛させてもらうよ」
「気を付けてくださいね、カゲさん」
「有難う、イリス」
「リュカ、眉間に皺が寄ってるわよ」
「……うっせぇ」

 年齢が近いこともあってか、カゲはイリスとも打ち解けてた。同性のナレイアーナやリッシュは構わないようだが、ワカやカゲが最愛の妹の傍にいるのはどうも気に食わないらしい。

「酷い顔してるよ? あっ、元から険悪な顔つきだっけ」
「目つきが悪いのは生まれつきだ!」
「落ち着けリュカ、カゲも煽るな。調査する前から体力を消耗してどうする」
「はーい、大人しくしてまーす」
「くそっ、このガキ……」
「はいはい、実際アタシらより子どもなんだから、アンタもムキにならないの」

 騒ぎ立てる二人をワカとナレイアーナが諫め、船上は海風の音に包まれる。遠くから見る分には普段の氷海と変わらず、数日前まで大型モンスターが引っ切り無しに現れては縄張り争いを繰り返していたとは思えない。

「今回は秘境も調べる必要があるな。俺たちはエリア7方面を調べる、イリスちゃんはエリア2方面を頼む」
「わかりました。そちらの地形は危険なので気を付けてください」

 危険と聞いたカゲが驚いてワカに振り向く。進言したワカは至って緊張した様子も無い。隣のモーナコも同様だ。

「危険なんだ、僕らが向かう秘境って」
「そこそこ高い崖を登ったり、安定しない橋の上を渡る程度だぞ」
「いやあのね、じゅうぶん危険だよ」

 いくらギルドナイトといえど地図に無い不安定な地形を歩く経験は少ないようで、カゲはにが虫を潰したような顔をした。その反応にワカがくすりと笑う姿を見て、ひょっとしたら彼は弟のような存在ができて嬉しいのではとナレイアーナは思った。

第28話 抗竜石を求めて 後編

 二の腕を地面に突き、独特の唸り声をあげて口から気光ビームが放たれる。標的にされたリンフィがそれをかわし、リュカが隙だらけのラージャンを背後から狙う。
 だが腕と比べて細身の脚に大剣が食い込むことは無く、強い反動と共に押し返された。思わぬ事態に動揺して叫ぶ。

「攻撃が通じるようになるんじゃなかったのかよ!?」
「極限状態になったラージャンの後ろ脚は硬化しているから、【心撃】の抗竜石でないと弾かれるよ。頭部と尻尾なら弾かれないで済む」
「早くそれを言えっての!」

 カゲが猟虫を飛ばしてラージャンを引きつけている間にリンフィがそっとリュカに情報を伝える。後出しであるものの突破口を教えてくれるのはありがたいが、部位を聞いて戸惑った。

「にしても、頭と尻尾かよ。角獅子野郎の前方はいくらなんでも危険すぎるだろ。尻尾は当てにくいし」
「アタシとカゲで奴をダウンさせる。そうしたらお得意の溜め斬りで角をへし折ってやればいい」

 そう言ってリンフィもラージャンに立ち向かう。剛腕がリンフィを狙うが、それを盾で受け流しつつ頭部へ剣を振りあげる。更に腹の下を滑って潜ると背後から十字に斬りつけた。

「危険だって言ったばかりなのに真っ向から突っ込んで行くとか、正気かよ」
「大胆奔放、剛毅果断。それがバルバレの英雄。リュカ、好機を逃さないでね」

 心撃の抗竜石を使った二人が慎重に攻撃をかわしながら反撃を繰り返すうちに再びラージャンの体が地に沈む。言われた通りリュカはチャンスを逃がすまいとラージャンの頭上に陣取り、狼牙大剣を握りしめて力を込めて振り下ろした。
 左角が音を立てて砕け、同時にもやが消し飛ぶ。黒い体毛ではわかりにくいが、ラージャンから放たれていたプレッシャーが和らいだ感覚がする。

「これで極限状態を解除できたってことか!」
「解除したところで弩級の金獅子であることには変わりないよ、気を付けて!」

 起きあがったラージャンの闘魂は燃え尽きておらず、三人から離れたと思いきや地面に腕を突っ込み、地中に眠っていた巨大な骨を掘り起こした。肋骨と思しきそれは、原生林のあちこちで見られる謎の超大型生物のものだろうか。
 長い骨は自分が防げても仲間を巻き込む可能性が高い。そのためエリア5の中心にある柱の陰に潜み身を守ろうとしたが、リンフィは退くこと無く真正面に立っている。どういうつもりなのかとカゲが叫んだ。

「燐飛、何してるの!? 防御を!」

 ラージャンが持ち上げていた巨大骨を投げつける。リンフィは盾を握っている右半身を軽く引いた。防御ではなく、何か攻撃を繰り出そうとするような構え。
 複雑な操作で青い炎を模した盾にブーストがかかり、高速回転を始める。その盾を前方に突き出して、同じく大きく回転する巨大骨に真っ向勝負を仕掛けた。

「……っおおおおおおお!!」

 ガリガリと火花が散る音にリンフィの雄々しい咆哮が乗り、巨大骨が真っ二つに砕けた。蒸気をあげながら盾の回転が止まり、剣と共に納める時には瓶のエネルギーのチャージも完了していた。避けずに破壊するという荒技にリュカたちは棒立ちになるが、すぐに柱の陰から飛び出し反撃に出る。
 その間にリンフィは再び盾を構え内側に何かの操作をした。キン、と高い音を立てて盾から大きな火花が起き、リュカとカゲの攻撃によりダウンしたラージャンの側に近づく。右腕を引き剣を握りしめると再び叫んだ。

「二人とも、離れな! これでおしまいにしてやるよ!」

 剣から赤色の光が放出されている光景を目の当たりにし、二人は即座に身を退く。その光は太刀よりも長く、大剣よりも厚みのある赤いエネルギーを纏った巨大な剣へ姿を変えた。

「どぉりゃああああああっ!!」

 声を張り上げ、体を傾けながら回転させて豪快に振り回す。赤い剣はラージャンの体、更には背後にあった石の柱をも貫く。右角が砕けラージャンが断末魔をあげる中、支えを失った柱は崩れ落ち、リンフィは背を向けてエネルギーが消失した剣を納めた。原生林に静寂が戻る。

「……なんだよ、今の。狩技か? 三連続でぶっ放すなんて常人じゃ真似できねぇよ」
「【チェインソーサー】、【オーバーリミット】、そして【エネルギーブレイド】。全部使いこなせるまではアタシも苦労したよ。まあそれはともかく、お疲れ! 目標は無事達成された、ありがとう」

 体に負担のかかる狩技を連続で、それも三種類も放ちながらも笑顔で答えるバルバレの英雄の実力にリュカは度肝を抜かれた。
 砕け散った巨大骨の残骸、倒壊した柱、ラージャンが掘り起こして荒れた地面。一帯はまるでゲネル・セルタスがアルセルタスの角を利用して大地を抉りながら突進を繰り返したかのような荒地と化した。凄まじい有様を眺めながら、カゲはやや呆れたようにリンフィを見やる。

「貴女一人で討伐したようなものだけどね」
「また狂竜化しそうだったから、慌てちまってさ。だけどアンタらのダメージもだいぶ入っていたし、ヘイズキャスターの毒で弱らせたのも大きかったよ」
「なるほど。ところで燐飛、約束は守ってくれるよね?」
「ああ、団長を通じてギルドに通達してみる。結構偉い立場の人だし、上の奴らを説得できると思うよ。もちろんアタシからも話をつける」
「サンキュー、リンフィ。これでオレたちも狂竜化モンスターと対等に殴り合えそうだぜ」

 借りていた抗竜石をリンフィに返し、チコ村に戻る。依頼の完了報告を聞いた村の住人とキャラバンは大喜びだ。
 宴を開くから参加しないかと村の人々に言われるも、遠く離れたリククワに戻るためにはすぐに船に乗らなくてはならない。村長からワカちゃんとモーナコちゃんによろしくねェ、と伝言を預かり、リュカたちはチコ村を後にした。



 それから数日後、リククワへ向かう商人アルの元へ狂竜ウイルス研究所から丁寧に包装された箱が届けられた。組織の名前からリククワのハンターたちのために用意されたものだと把握したアルは、荷物の中へしっかりと入れた。
 そろそろ出発しようか、そう考えていると誰かの話し声が聞こえた。ここはバルバレの郊外の森、こんな所に人がいるとは思わず、声の主を捜そうと音を立てずに歩きだす。
 話をしているのは二人、片方はやや声が高く女性か少年のようだが聞いたことがある気がする。引き続き忍び足で近づいていき、木々の隙間から見えた深紅の髪に予感が的中する。

(あれはシラトだ。隣にいるのはリュカ……いや、違うな)

 カゲと話している男は、リュカが愛用しているベリオXシリーズに身を包んでいた。だがリュカほどの体の厚みは無く、何より鎧を縁取る色が異なる。リュカは赤色だが、この男はデフォルトカラーの空色だ。
 ギルドナイトが郊外で秘密の会合とは、どういうつもりだろうか。アルは木に背を預けると目を閉じ、耳を澄ませる。聴覚に神経を集中させているうちに二人の会話が聞こえてきた。

「どうして僕が……?」
「君は選ばれたんだよ。“四人目”としてね」
「…………!」
「あの拠点に集められたハンターは皆“曰く付き”さ。君も仲間入りを果たしたってわけ」

 男は飄々とした雰囲気で話しているが、カゲの声色は強張り困惑しきっている。四人目、曰く付き。アルには何の話をしているのか予測がつかない。ややあって、カゲが動揺を振り切って声を荒らげた。

「何を知っているの!? 答えなくても視させてもらうよ!」

 視るという言葉からカゲが慧眼を使ったのだと思ったが、直後に悲鳴が森に響きアルは驚いて目を開けた。

「は、離して! 痛いっ……!」
「無闇に人の心を詮索するのは感心しないなぁ、カゲ君?」

 木々の隙間から見えたのは、男が片手で両目を覆うようにカゲの顔を掴んでいる姿だった。カゲは手を振り解こうと必死に抵抗しているが、男の腕力はよほどなのかびくともしない。
 このままではカゲが傷ついてしまう。同僚の窮地にアルは自らの身を省みずに飛び出したが、それよりも素早く男の元に立つ人物がいた。気配で正体がわかったカゲが慌てるように叫ぶ。

「駄目だよ、恭! この人は僕らの上司、それに僕らが敵う相手じゃない!」
「キョウ・ブシン……君を護衛するコンビの片割れだったね。ちょっとおふざけが過ぎたからお仕置きしただけさ、だからその物騒な武器を仕舞ってくれないかな?」
「…………。」
「恭、言う通りにして。僕も目を閉じたし、突然慧眼を使ったことは謝るよ。だから離して、【アンナ】」
「うん、いい子だ。……いや、そういう年頃じゃなかったね」

 名を呼ばれた男が右手を離すと、キョウも男の兜と鎧の隙間の首元に喰い込ませるように突きつけていた短刀を下ろす。そして無言でギロリと睨みつけ、大きく跳躍して木々の中へ消えた。
 あっという間の出来事にアルは動けないでいた。茫然と立ち尽くしていたので二人に簡単に見つかり、男の方から軽い調子で声をかけられる。

「火の国ワイラー商会長の次男、アルヴァド君だね。ギルドナイトと商人の掛け持ち、ご苦労さま」
「どうして貴方ほどの方が、こんな所でシラトと密会を?」
「僕が前に関わりを持った人物がリククワにいてね。それで近況をギルドマスターから聞いていたら重要な言伝を頼まれたんだけど、この子だけに伝えようと思った結果がこれ。まさか護衛が直に攻撃してくるなんてねぇ。ここを離れるまで兜は外せそうにないな」
「…………。」

 ギルドナイト【アンナ】。ギルドナイトの中でも上位に位置する男で、アルもその存在を知っていた。ハンターライセンスも所持しており腕前はG級、かの英雄に匹敵するとも言われる。アンナという明らかな女性名は仮のものだと誰しも勘付いているが真の名は知られておらず、尊敬と畏怖の念を込めて【名無しの怪物】と呼ばれている。

「さて、用件は済んだから僕はお暇しようかな。さっきから殺気がビリビリ感じて落ち着かないしね」

 アンナが見つめる先は木の上。恐らくそこにキョウが隠れているのだろう。くるりと背を向け森を去ろうとしたアンナだったが、ふと立ち止まって振り返る。兜を被ったままだが、アルは目が合ったと思い緊張で体に力が入った。

「四年前から行方不明の弟君を捜しているようだけど、あまり深入りしない方がいい。得られる真実が幸福だけだとは限らないよ」
「どういう意味だ? ……まさか、ミゲルの行方を!?」
「忠告はした、二度は言わない」

 ベリオXヘルムの下で赤い瞳が恫喝するように一瞥する。直後に先ほどの調子に戻り明るい声で『それじゃあね』と手を振り再び歩き出すアンナの背を、二人は止めることができなかった。
 アンナが去ったことでキョウの殺意も薄れ、ようやく楽に呼吸ができるようになる。姿を見せていないが、ミツキもどこかに隠れながら胸をなで下ろしていることだろう。

「シラト、すまない。盗み聞きをしてしまって」
「……いいよ、別に」
「何の話をしていたんだ? 私が知っていいことでないのなら、この出来事は無かったことにする」
「…………。」

 カゲは困った表情で黙っている。その表情を見てアルは聞いてはいけないのだと判断して荷物をまとめに戻ろうとしたが、小さな声が聞こえて足を止める。草木が風に揺れてざわざわと騒ぎ立てた。

「シラト、今……何と?」
「僕なんだ。モーナコの枠に入る、四人目の狩人」

第28話 抗竜石を求めて 前編

 大きな鯨を模した姿が特徴の飛行船の足取りを追うのは容易なことで、キャラバン【我らの団】がチコ村へ向かったことを聞いたリュカたちはすぐに小島を目指した。
 海に浮かぶ【イサナ船】は、さながら体を休める鯨のようだ。キャラバンの面々に声をかけ、我らの団唯一のハンター、リンフィの行き先を尋ねると村の隅に立つテントにいると教えられた。
 テント――数年前ここに漂流した若者のためにこしらえて以降原生林へ向かうハンターの準備エリアとなったが、その人物が身近にいることをリュカは知らずにいる――へ向かうと、支度を終えたのかディノSシリーズを身に着けたリンフィがテントから顔を出した。彼女の両隣にオトモアイルーのシャガートとニコも並ぶ。

「なんだい、アンタら。ん、旧砂漠で会ったハンターじゃないか」
「よう、あの時は助かったぜ」
「後ろにいる奴らは新しい仲間かい? ……いや、違うか。白蜥蜴とそのお供だね」
「僕らのことを知っているなんて光栄だよ。バルバレの英雄、【蒼天青爪】燐飛」
「その呼び名は立派すぎてアタシに合わないよ。第一、今は武器を変えているし」

 苦笑いを浮かべるリンフィの背中には防具と同じ青と赤のグラデーションが鮮やかなチャージアックス【斬竜合刃バルドレッド】が担がれている。軽く腕を組むと、リンフィは首を傾けた。

「ところで、何の用? わざわざキャラバンを訪れるということは、ちゃんと目的があるんだろう」
「ようやく本題に入れるね。ちょっと長くなるけど、いいかな?」
「構わないよ。よほど深刻な話だろう、アンタの顔を見ればわかる」

 リュカの表情から、彼の属する拠点に良からぬ問題が発生したのだとリンフィは見抜いた。四人をテントへ招き入れようとしたが、キョウとミツキに外で見張りをすると首を横に振られる。いつものことだよ、とカゲは説明をしながらリュカの手を引きテントの中へ入った。



 リュカが語る氷海で起きた出来事の一部始終に、リンフィはじっと耳を傾ける。極限という単語を聞いた途端、眉が寄せられた。

「抗竜石が全てのハンターに行き渡らない中、新たな極限モンスターが現れちまったのか。そしてアンタらのパーティは全滅した、と」
「オレ以外はみんな村で休んでる。オレも武器をへし折られたぜ」
「そう……大変な目に遭ったんだね。それで、アタシへの頼みは何だい」
「単刀直入に言うと、彼らに抗竜石を手配するために協力してほしいんだ。いくら辺境の地にあるとはいえ、調査がなかなか進まない氷海の未知なる地を切り開く貴重な人材が揃っているリククワにも支給されるべきだと思う。ギルドに直接働き掛けるべきだろうけど、千刃竜事変を収束させた貴女の力を借りればより効果的じゃないかなって」
「なるほどねぇ。だけど極限モンスターに抗竜石、どちらも希少価値の高い情報とアイテムだ。簡単に明け渡せるほど安いものじゃないよ」

 手を貸すつもりはない。そう受け取れるリンフィの返答にリュカとカゲの表情が曇る。モンスターと間近で対峙するハンターが得る経験は、書士隊が手にしているそれとは異なる価値があり、易々と教えられる代物ではない。二人は断られる覚悟も持って訪れたが、面と向かって言われると失望の念が募る。
 だが、会話が途切れたのを見計らってニコが口を挟んだ。

「リュカさん、リュカさんの仲間は村で休んでいるニャ?」
「おう、そうだぜ」
「ということは……モーナコとワカさんも大ケガしてしまったニャ?」
「…………。」

 ニコは、このチコ村で生まれ育ったアイルーだ。そしてワカはチコ村に滞在していた時期があり、その時に原生林で怪我をしていたところを助けて連れて来たのがモーナコ。ニコにとって、二人は共に暮らした家族なのだ。
 正直に答えるべきかリュカは悩んだ。どちらも命に別状は無いが、モーナコが今後オトモアイルーとして活動しないことを知ったら、ニコは悲しむのではないか。

「その……どっちも無事だぜ、安心しな」
「でもね、モーナコが酷い怪我を負ったんだ。ワカの治療のおかげで一命を取り留めたけど、今後護衛の活動はしないと告げられたよ」
「カゲ! お前……!」

 口ごもったリュカの代わりに続きを話したカゲに思わず顔を向ける。しかし、カゲは真剣な表情で言い放っていた。その発言には意味があるのだと、自信を持っているかのように。

「そんニャ……モーナコ」

 盟友の決意を聞いたニコが元から垂れていた耳をふるりと震わせ、リンフィを見上げる。シャガートも同様に顔を上げた。オトモアイルーたちに見つめられたリンフィの表情が変わったように思える。

「そっか、あの子が……。アタシたち、モーナコには世話になったんだ。さっきの話、条件を付けよう。これから向かうモンスター討伐の手伝いをしてくれれば助力するよ」
「ありがとう、燐飛。条件の討伐対象は」
「狂竜化した【金獅子ラージャン】。どうだい?」
「マジかよ、随分な相手じゃねぇか。だがその話、乗ったぜ。あいつらの為にオレはここまで来たからな」
「僕も。是非とも協力させてほしい」

 二人の固い意志にリンフィは口元を緩ませた。受付嬢に事情を説明し、オトモアイルーの代わりにリュカとカゲが討伐に参加する内容に変更してもらう。
 部外者故に離れてやりとりを見守っていたが、受付嬢が慌てた様子でリンフィとリュカたちを交互に見ている。カゲの地獄耳によると『いいんですか?』と確認をとっているようだ。
 手続きを終え、先に原生林へ入ったリンフィを二人の男も追うが、ふと気になってリュカはカゲに小声で尋ねた。

「なんでモーナコのこと詳しく話したんだよ。死にかけたことまでバラしやがって」
「白のオトモアイルー……ニコ、だっけ。僕らと初めて会った時に、目が訴えていたんだ。『モーナコがいない、ワカもいない、何かあったのだろうか』って」
「お前……まさか」
「言っておくけど、目は開けていないよ。そんなことをしたら彼女に警戒されちゃうでしょ? 目線を上げずに誰かを捜していたから、もしかして背丈が同じ同胞のモーナコと懇意にしていたのかなって。モーナコたちはチコ村にいたと聞いたことがあるし、憶測で言っただけ」

 急ぐよ。そう言って歩む速度を上げるカゲの背を見ながら、頼もしくも末恐ろしいガキだとリュカは思った。



 腹部の手当てを終えたユゥラにナレイアーナが礼を伝える。奥に突き刺さった飛刃の影響は大きく、まだベッドから降りられないが、体内で裂傷が起こらなかっただけでも良かったとユゥラは語った。

「もう数日で傷口が完治すると思うわ。それまでは暇でしょうけど、安静にしてね」
「イアーナ、痛々しいニャ。早く良くなるようアタシもできる限り手伝うニャ」
「ありがとう、アイ。何か本でも持ってきてもらえると助かるわ」
「わかったニャ」

 ベッドからやや離れたところにある本棚に近づくと、壁の向こう側で扉を開ける音が聞こえアイの耳がピクリと動く。隣はワカとモーナコの部屋だ。今はナレイアーナ同様、どちらも負傷して休んでいるはず。

「モリザさんかルシカがワカの部屋に入ったのニャ?」
「それはあり得ないわ、二人は昼食の準備をしているはずよ」
「じゃあ……まさか」
「大丈夫よ、イアーナ」

 ナレイアーナが言い切る前にユゥラが口を挟む。『話は通してあるから』と続けたので、ナレイアーナはベッドの上で首を傾げた。

「…………。」

 ムーファスーツに袖を通し、ベッドで眠る小さな体に気付かれぬよう部屋を出る。拠点の氷壁を通り抜けようとする背をしゃがれた声が引き留めた。振り向いた先に立っていたのはリククワの長、ムロソ。

「ワカ、どこへ行くつもりじゃ」
「薬草の採取に、森へ。遠くはありません」
「モーナコのためにか。お前さんだってまだ傷が癒えておらんじゃろうに。数日後にアルが来る、それまで休んでおれ」
「この短期間で備蓄していた薬草を消耗してしまいました。ナコの治療には回復薬より直接患部に当てられる薬草の方が向いていますし、薬草の群生地を知っているのは、今は俺だけです。どうか行かせてください、長老」
「あの不審な男がまた現れたらどうする。その体では太刀打ちできまい」
「ですが……!」

 モーナコの容態は落ち着いたのだが、心配性が災いして何かできることはないかと行動したようだ。ゆっくりと近づき、左腕に手を添える。少しだけ力を込めて握れば腕が震え、ワカの顔も引きつった。

「まだ痛むのじゃろう、やせ我慢をするでない。お前さんが傷ついたら、一番悲しむのはモーナコじゃ。お前さんの献身的な治療はモーナコを確実に快方へ向かわせておるから安心せい。ワカよ、もう一度言う。まずは体を休ませるのじゃ」
「…………。」

 やがて観念したようでわかりました、と短く呟かれる。ユゥラからワカの動向に注意するよう聞かされていて良かった。誰かのために無茶をするところが亡き夫に似ている、と語った彼女はワカが外へ出ることを予測していたのだ。
 ワカを説得できたことに安堵し、ムロソは部屋に戻ろうと背を向ける。数歩ばかり歩いたところで声をかけられたが、自分の名ではないことを不思議に思いながら振り返る。
 どうしてその言葉を口にしたのか自分でも理解できないようで、ワカも呆気にとられた顔でこちらを見ていた。

「【ズサマ】? その者は誰じゃ」
「……あ、な、なんでもないです。それより長老、提案があるのですが」
「ほう、提案とな。部屋の増築ならば既にヌイとハリーヤと共に取りかかっておるぞ」
「部屋を増やせるのは地上だけではありません」
「……地下室か。面白い、増築を終えたら設計をするかのう。壕のようにしてみよう」

 ワカが口にした名は、亡き故郷にいた竜人族の長。無意識のうちに、かの人物を自分を子のように心配してくれるムロソの背に重ねてしまったようだ。
 子どもの頃、幼馴染と外の世界を見てみたいがために村を出ようとして大人に見つかり、こっ酷く叱られた記憶が瞬時に蘇った。そして故郷を襲った悲劇がどうしてかこのリククワにも起こりそうな気がして、ワカは滅びた故郷で唯一無事だった場所をここにも作らなければと思った。
 新たに生まれた大切な『故郷』に災厄が降りかかっても、皆を守れるように。



 原生林の中央部、エリア5に今回の討伐対象となるモンスターがいた。発達した太くたくましい二本の前脚で力強く大地を踏みしめる黒毛に覆われた後姿を遠巻きに見つけた三人は一度身を隠し、リンフィが指示を出す。

「白蜥蜴、まずはアンタが……」
「燐飛、待って。それは別称であって僕の名前じゃないから。僕の名前は【影】、蜥蜴って何度も呼ばれると人間じゃないみたい感じがして嫌だ」
「悪い悪い。カゲは赤のエキスを採ったらすぐに乗りな。その間にアタシとリュカは抗竜石を使って待機、転ばせたらアタシらが攻撃するから他のエキスはその時に採るといい」
「抗竜石……って、オレは持ってねぇぞ」

 リンフィはポーチから抗竜石を取り出すと、一つをリュカに手渡す。カゲが持っていたものと似た形だが、ピンクに近い赤と白のマーブル模様をしている。

「言っとくけど、貸すだけだからね」
「お前のが無くなっちまうだろ」
「アタシは二種類の抗竜石を持ち歩いているから心配無用さ。そいつは【剛撃】の抗竜石。狂竜化したモンスターに抜群の威力を与えられるようになる。狂竜ウイルスの鎮静にも効果的だよ。アンタみたいな攻撃重視のハンターにピッタリだ」
「サンキュー。こいつがあれば狂竜ウイルスを止められるんだな」
「石の効果はやがて切れてしまうし、また使うには時間を置かないといけない。しかもウイルスも免疫がつくから、再び狂竜化されると解除に手間取っちまう。一気に決めなきゃこっちが不利になるよ」

 便利であっても万能な道具ではないらしい。長所と短所を教えられ、リュカは抗竜石を握りしめる。短期決戦、破壊力のある大剣とヘビィボウガンなら達成できるだろう。

「作戦会議は終了だね。それじゃ、先手を打つよ!」

 カゲが風のように駆ける。走りながら猟虫に指示を出すと、左腕からふわりと飛び立った。オレンジ色の六枚の羽が広がった姿は、まるで紅葉のようだ。様々な種類が存在する猟虫の中でも素早さに特化した【シナトオオモミジ】だ。
 カゲを見つけ戦闘態勢に入っている隙にラージャンの右腕から赤のエキスを掠め採り、定位置である左腕へ舞い戻る。エキスが体内に行き渡り全身に力がみなぎったことを確認すると、カゲはクルクルと操虫棍を回しながら地面に突き刺し跳躍したのだが、その動きにリュカは目を見開いた。

「なんだ、あのジャンプ!?」

 操虫棍独自の跳躍の高さが、氷海で見せたものより低めになっている。しかも体を捻るように回転させることで前方へ素早く飛んでいて、宙を駆け抜けているかのようだ。そのスピードを生かしラージャンの黒毛にしがみつくと、剥ぎ取りナイフを手に取った。
 華麗な一連の流れに目を奪われていたリュカだが、隣にいたリンフィに肩を小突かれて我に返る。今は狩猟の真っ最中だ、気を引き締め直す。

「抗竜石を武器に当てな。奴が倒れたら追撃を仕掛ける」
「おう」

 背負っていた新たな大剣、狼牙大剣に受け取った抗竜石を当てる。砥石のように刀身を削る必要は無いようで、近づけるだけであっという間に青く輝く不思議な光が大剣に宿った。
 その後、ラージャンが体を転がせた。一気に接近して狼牙大剣を引き抜き力を溜める。ジークムントと異なる感触に違和感を拭えないが、早く慣れなくてはとリュカは考え直した。
 弱点である後ろ脚へ振り下ろすも、この程度ではまだ狂竜化を解除できるようには思えない。ところが、突然暴れていたラージャンの太い腕が地面へ力無く落ちた。
 まるで意識を失ったような動きにリュカは大剣を構えたまま様子を伺う一方で、カゲは顔をしかめる。口元を覆う頬面の下で『やられた』と小さく呟きながら。

「操虫棍の立ち回りを熟知してるとはいえ、先にエキスを採ることを勧めてきた理由がわかったよ。酷い人だね、貴女は」
「そうかい? これくらいの条件じゃなきゃ割に合わないだろう」

 くつくつと笑うリンフィの視線の先、うつ伏せに倒れたラージャンをもやが覆っていく。その色は先日氷海で見た黒そのもので、かの惨劇を思い出させた。原生林で受付嬢がリンフィに頻りに確認をしていたのは、このためだった。

「この依頼の環境は【生体未確定】でね。今までアタシがこの目で見て討伐してきたのは千刃竜、雷狼竜、恐暴竜、轟竜、角竜、水蛇竜、そして……」

 黒いもやを振りまきながらラージャンがゆっくりと起きあがる。全身を漆黒に包まれた姿は、異形の生物のようだ。

「この金獅子さ。気合い入れな、どんな攻撃でも喰らったらひとたまりもないよ!」

 リンフィの構えたバルドレッドは既に青い光を放っていた。

第27話 黒靄狂乱 後編

 うっすらとした血の臭いと鼻にツンとくる薬の臭い、そして心が落ち着く優しい匂いを感じ取ってゆっくり瞼を開けると、金色の瞳とかち合った。

「ナコ……! 良かった、目を覚ましてくれて」
「ワカ旦那、さん」
「動かなくていい。今のお前には休養が必要なんだから」

 首だけを動かして辺りを見回し、ここがリククワだと気付くとモーナコは自分が生き延びたことを実感した。全身が痛むが、ワカの治療を受けたことで意識を保てるほどに落ち着いている。
 目を覚ました自分を見て安心しきったワカの額には包帯が巻かれている。インナーの下にもガーゼが見え、そっと手を当てると俺は大丈夫だ、とその手を優しく捕まれた。

「カゲたちが救助に来てくれたんだ。今リュカたちが報告をしている」
「…………。」
「お前を助けられて本当に良かった。お前までいなくなったら、俺……」

 その後の言葉を紡がない代わりに、モーナコの体を傷に障らない程度の力で抱きしめる。
 ワカは朦朧とした意識の中で、モーナコの悲鳴を聞いた。なんとしてでも助けなければと腰ポーチから生命の大粉塵を取り出したところで意識がまた途切れたが、気力を振り絞って再び立ち上がり治療を施すことができて本当に良かった。
 そんなワカの気持ちが伝わったのか、モーナコは申し訳なさそうな表情をしている。手でワカの体を押して顔を合わせ、告げる。

「……ワカ旦那さん、ごめんなさいですニャ」
「いきなりどうしたんだ? ナコが謝る必要なんて無いだろう」
「ボク、ワカ旦那さんの足を引っ張ってばかりですニャ」

 小柄な体は攻撃をかわしたり囮になることに生かされていたが、その反面風圧で簡単にひっくり返ったり規模の広い攻撃に対応できないことも多かった。
 イララが引き起こした冷水に落とされたことやボルボロス亜種の雪玉を避けきれなかったことは、モーナコの中で劣等感を生み出す原因となっていた。そして、いつかはこの覚悟を決めなければならないとも。

「ワカ旦那さん……ボク、これ以上ワカ旦那さんたちと一緒に頑張れませんニャ」
「ナコ、何を!?」
「ボクじゃなくて、別の護衛ハンターが務めるべきですニャ。ボクはワカ旦那さんのオトモアイルーだからここに入れさせてもらえただけで、ボク自身はG級ハンターじゃなかったんですニャ。だからボクはあの枠にいちゃいけませんニャ」
「嫌だ、そんなことを言わないでくれ!」

 別れを告げるような言葉にワカが首を横に振る。だが現実を見据えたモーナコの気持ちは強く、ワカの頬に触れると不安に揺れるハチミツ色にしっかりと目を合わせて話しかけた。

「このままだと、きっとワカ旦那さんはボクのために傷つきますニャ。ボクがワカ旦那さんの運命を決めてしまうと思うんですニャ。……ごめんなさいですニャ、ボクがワカ旦那さんを守るって言っていたのに、ごめんなさい、です、ニャ……」

 鼻が急に詰まり、涙で視界がぼやける。今生の別れではないのに、主との距離が離れる寂しさと悔しさがモーナコの頬を濡らした。
 目尻の雫をそっと拭うワカの表情はとても悲しそうだったが、目を閉じるとモーナコの思いを受け止めて熟考する。二人で歩んできた道を振り返り、意志を確認した。

「その決意に、後悔はないんだな?」
「…………はい、ですニャ」
「わかった。明日の朝、長老に伝えるよ」
「…………。」
「だけど一つだけ訂正させてほしい。お前は立派なG級ハンターだ。俺だけじゃない、みんながそう思っている」

 優しく頭を撫でるとニャフ、とモーナコの口から嬉しそうな声が漏れた。ワカとて相棒がこれから先、狩猟の際に傍にいないことは心細く思うが、今回のように死の淵に立たされることが無くなるのだと自身を納得させる。

「お前のおかげで俺は運命と向き合う覚悟を持てた。感謝しているよ。本当にありがとう、モーナコ」
「ボクもですニャ。ワカ旦那さんと出会えたから、原生林からこんな遠くまで来て、たくさんのことを学べましたニャ。とっても楽しかったですニャ」

 決意を伝えた安心感からかモーナコが眠そうに欠伸をしながら目を擦ったので、ワカはモーナコの体を抱き寄せた。伝わってくる温もりに再びニャフと笑い、眠たげな声で告げる。

「ボク、小さい頃ハンターに助けてもらったんですニャ。巣から転げ落ちて、ハンターの前に姿を見せてしまって……。ハンターはボクらメラルーが大嫌いだから気を付けろって言われていたのに。でも、そのハンターは何もせずにボクを巣にそっと帰してくれたんですニャ」
「優しいハンターだったんだな」
「その出来事がきっかけでハンターに、人に興味を持つようになりましたニャ。巣にあった人の本を読んだり、原生林にやって来るハンターの言葉を聞いたりして、一生懸命勉強しましたニャ」
「それでお前、メラルーなのに人の言葉を」

 モーナコはオトモアイルーの教養を学ばずに育った野生のメラルーだ。だが独学で人の言語を学び、それが縁でワカのオトモアイルーになることができた。ワカと出会った当初から人の言葉を話せた理由は、この過去にあったのだ。
 好奇心旺盛な性格が起因してワカから様々な知識を譲り受け、こうして書士隊の護衛ハンターの一員として活動できたことを、モーナコは誇りに思っているだろう。だが、とうとうその道に終止符を討つ日が訪れた。

「お前は頑張り屋だよ。だから少しくらい休んだっていい。今は眠って早く怪我を治そう」
「ハイですニャ。おやすみなさいですニャ、ワカ旦那さん」
「おやすみ」

 すう、と息が吐かれると深い寝息が聞こえてくる。この尊い命を救うことができて本当に良かった。ワカはそう思いながら、眠るモーナコを抱きしめて目を閉じた。



「あの千刃竜が再び氷海に現れるかはわからないけど、今後のことも考えて全員が抗竜石を所持する必要がある。こんなこと、二度と起こしちゃいけない」

 我らの団ハンター、リンフィが解決した極限化セルレギオスの事件は当該モンスターの討伐で終息した。だが狂竜ウイルスは同じ縄張りにいた別のセルレギオスにも感染していたようで、それが未だ狂竜ウイルスに侵されたモンスターが存在する原因となっているようだ。

「ギルドには、せめて極限状態のことだけでも伝える義務があったと思う。遭遇したら即座に撤退しなくてはいけない相手だったんだ。今回のことは、僕も責任を感じているよ」

 ギルドの一員として、カゲはリククワのハンターが極限化モンスターに一方的に襲われることを防げなかったことを悔やんでいた。定期的に拠点を訪れていたことで、リククワの者たちに親しみを持っているのだろう。

「彼女に協力を頼もう。極限化したモンスターの討伐によく駆り出されているそうだし、情報を得ることで氷海に同じ脅威が迫っても応戦できるようにならなくちゃ。その過程で抗竜石を入手できればいいんだけど」
「サンキュー、カゲ。ここまで動いてくれると助かるぜ」
「僕、この拠点が気に入ってるからね。みんないい人だし、……」
「どうしたのじゃ、カゲ」

 カゲが不意にあらぬ方向を向いたので、ムロソが問いかける。少しの間じっとしていると、カゲは寂しそうに眉を下げた。

「あのメラルー、もう一緒に行けないって」
「行けないってどういう意味だよ! まさか、あいつ……!?」
「怪我は大丈夫だよ。ただ、オトモアイルーとして活動することを諦めたみたい」
「……カゲ、盗み聞きはいかんぞ」

 孫を叱るようなムロソの低い声にリュカでさえ体が一瞬強ばったが、カゲはその叱責を素直に受け入れる。どうやらワカとモーナコの対話を聞いたようだ。

「ごめんなさい。いつもは“閉じて”いるんだけど、意識が戻ったみたいだから。途中から個人的な話になったから、すぐに遮断したよ」
「お前の地獄耳って開閉式なのかよ?」
「表現としては、そんな感じ。僕だって聞こえる範囲の音を全て拾っていたら疲れちゃうから、調整しているんだ」
「……ふーん」

 地獄耳も万能ではないらしい。そんなカゲの耳は紅の髪に覆い隠されているので、リュカはおもむろに手を伸ばすが反射的に払いのけられた。驚きと怒りから赤紫の瞳がしっかりと開かれている。

「いきなり何するの!? やめてよ!」
「わ、悪い。耳がいいなら、でかかったり尖ったりしてるのかと思って」
「少しでも音が聞こえにくくなるように隠しているだけだよ。むやみに触れないでくれる? 無遠慮に体を触れられるのを嫌がる人もいるんだからね!」
「……本当にすまねえ」

 絞蛇竜に睨まれた鬼蛙のような構図にムロソはやれやれと息をつく。そして先ほどから気になっていた点を告げることにした。

「カゲよ、お前さんは一つ誤解をしておる」
「えっ?」
「モーナコは確かにメラルーだが、今はれっきとしたオトモアイルーじゃ。そこだけは改めてくれぬか」
「……彼の働きがリククワに貢献したことは事実だもんね。わかった、訂正する。モーナコは立派なオトモアイルー。雪森の言った通りだよ」

 ムロソには従順なんだなとリュカは密かに思ったが、リククワの長である上に竜人族だから敬っているのだろうと考え直した。
 報告内容と今後の目標が固まったところで、ムロソは解散と退室を促す。カゲを客人用の部屋に送った後でリュカは一人、外に出た。

「…………。」

 どっぷりと暮れた夜のリククワは静寂に包まれている。たいまつの明かりを浴びながら中心部に建っているクシャルダオラ像の足場に腰を下ろすと、リュカは白い息を吐いて星空を見上げた。
 イララの死、極限状態のセルレギオスの襲来、折れたジークムント、モーナコの離脱。一日の中で起こったことがあまりにも多すぎる。そして自分が全てにおいて何もできなかったことが悔しくて、リュカの拳に力が入った。

「……兄さん」

 兄の姿を見つけたのだろうか、イリスがマントを羽織ってこちらへ向かってきた。足場は二人ほど腰掛けられるスペースがあるので、端へ移動するとイリスが隣に座る。見上げると兄の大きな手がイリスの頭を優しく撫でつけた。

「お前、具合は」
「心配かけてごめんね、休んだから平気。それより、兄さんこそ大丈夫なの?」
「オレはなんとも無ぇよ。ベッドの上で寝てるあいつらの方が辛いだろ」
「怪我のことじゃない……こっち」

 イリスの白く細い手がリュカの胸にそっと触れる。その意味を理解したリュカの表情が強張った。イリスは、まるで自分が傷ついたかのような、辛そうな顔をしていた。

「襲撃の状況、まるで“あの日”に似ていたって聞いた。だから兄さんが苦しんでいるんじゃないかって」
「……何もできないまま仲間が倒れていく様を見るのは辛かった。けどよ、あいつらは生きてる。そこが決定的に違う」
「…………。」
「暴風野郎の時とは反対に、今度はオレがあいつらを助ける番だ。昔のことを思い出してうじうじしてる場合じゃねぇよ」
「そう、だね。兄さんは強いね」
「おうよ。お前の兄貴はこんなことじゃめげねぇんだ」
「頑張ってね、兄さん。私も皆さんの役に立てるように調査を進めるから」
「無茶するんじゃねぇぞ。またぶっ倒れてほしくないしな。さ、体が冷えないうちに中に入ろうぜ」

 立ち上がり、イリスの手を取る。寒空の下にずっといてはイリスの体調に響いてしまうだろう。会話を終えた兄妹が屋内に入ると、再びリククワに静けさが戻る。
 夜は更け、やがて日が昇り、リククワの歴史に新たな一ページが刻まれようとしていた。



 リククワの入口でリュカたちの見送りに立ち会えたのは、ムロソとユゥラ、イリスだけだった。これからリュカはカゲらギルドナイトの三人と共に我らの団ハンターのキャラバンを捜し、極限状態のモンスターについての見識を深めに向かう。

「イアーナたちのことは私に任せて。モリザやルシカと一緒に面倒を見るわ」
「モーナコのこともギルドに伝えるよう頼むぞ。新たに一員が増えるのであれば、ワシらも受け入れる体制を作らねばならん」
「兄さん、気を付けてね」
「ああ、行ってくるぜ」

 ユゥラとムロソの言葉を受け止め、リュカはしっかりと頷いた。リッシュが一足先に飛行船を待機させているため、四人は足早にリククワを立ち去る。
 リュカの背にはジークムントの代わりにつくられた【狼牙大剣[辺獄]】が背負われていた。一見細身の刀に見えるそれは抜刀することで赤い雷のような刃が刀身を縁取るように現れるギミックが施されている。【闇夜の赤黒雷】と呼ばれた、凍土で討伐したあのジンオウガ亜種の素材を用いた大剣だ。
 はじめはディーンの命を奪った因縁の相手の素材を使うことに躊躇いがあったが、氷海に生息するどのモンスターにも対応できるだろうとムロソに勧められ、手渡された。
 ムロソたちは四人の後ろ姿を見えなくなるまで見送る。これまでの出来事を振り返ったユゥラがぽつりと呟いた。

「クシャルダオラの二度に渡る襲来、極限状態のセルレギオスの出現……氷海に何か異変が起きている気がします」
「ユゥラ、お前さんもそう思うか」
「ええ。最近解読できた古文書の一部に不穏なものが見えましたし」

 ユゥラは亡きディーンが行っていた古文書の解読を引き継いでいる。イリスも時折手伝っているが、まだまだ読み解けていない箇所は多い。
 その膨大な難解の文字が羅列する古文書に何を見たのか。目線でそれを教えるように訴えると、ユゥラは静かに語った。

「部分的ではありますが、【白】【凍】【心】【火】【神】の文字が順に記されていることが判明しました」
「まだどんなモンスターについて書かれているかまではわかりませんが、白と凍の文字から寒冷地に潜むモンスターのことではないかと、私もユゥラさんも考えています」
「そうか……。まだまだ書士隊のやるべきことは山積みのようじゃな。引き続き解読を頼むぞ」

 四人の後ろ姿が完全に見えなくなったところで、三人も拠点へ引き返して行く。
 しんしんと降る雪は、二手に分かれた足跡をゆっくりと覆い尽くしていった。
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