狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第21話 夢の随に漂う 前編

 リククワへの地図を手に、エイドは森を突き進んで行く。背には何かをくるんだ荷物を背負っているが足取りが軽やかなのは荷物が軽いだけではなく、彼女の心情を表しているからだろう。
 その隣をエイドが身に付けている装備と同じ素材でつくられたであろう防具をまとったオトモアイルーのエールが歩いていた。森ばかりの景色に飽きたのか、不満そうな表情を浮かべている。

「これじゃ、ただのピクニックニャ。いつになったらリククワにたどり着くニャ?」
「ここらで半分くらいかな。そろそろ雪が降り始めると思うんよ」
「冷えてくるってことニャ? 今のボクらは寒さなんてどうってことないけどニャ」
「うん、せやね」

 こんな会話をしてから数十分後、いよいよ木々に雪が積もる景色が見え始め寒冷地へ足を踏み入れたことを実感する。しかしエイドはエールの言った通りホットドリンクを口にすることも無く、ひたすら雪道を歩いて行く。
 やがて遠くに氷の壁が見えた。森の中にそびえ立つ人工的な壁は存在感を放っていて、アレは何ニャとエールは思わず呟いた。

「あれはリククワを守る氷の壁なんよ。やけん、あと少しで着きそうやね」
「やっとなのニャ」
「ワカにいちゃん、元気やとええな」

 数日前、バルバレの墓地で偶然再会したリュカとナレイアーナにリククワへ向かうことを勧められた。調査や狩猟で拠点にいるタイミングがつかめず、ワカから日時を指定されなければ顔を合わせることは難しいにも関わらずだ。だが二人は会いに行ってほしいと言った。きっと理由があるのだろう。そう考えて行動に移し、今に至る。
 唯一壁から開放されている南側から立ち入る。雪がちらちらと舞う今日の天気では、住人もむやみに外へ出ないだろう。ワカが寝泊まりする建物はどこだったかと見回していると、倉庫から誰かが出てきた。

「……エドちゃん?」
「ワカにいちゃん!」

 調合をしていたのだろう、手袋をはめようとしながら出てきたワカの動きが止まる。連絡も無しに恋人が拠点へやって来るとは思いもせず、驚いたようだ。声を聞いてモーナコも倉庫の中から姿を見せる。

「エイドさん、遊びに来てくれたんですニャ? ニャッ、エール! お久しぶりですニャ」
「久しぶりニャ、モーナコ」

 リククワを初めて訪れたエールにとって、ワカとモーナコとの再会は本当に久しぶりだ。喜んでエールを迎え入れるモーナコの傍で、ワカはエイドの装備に興味を抱いた。

「エドちゃん、その装備は? 見たことが無いな」
「フッフッフ……よくぞ聞いてくれたニャ、ワカ坊。驚くことなかれニャ」
「エール、大げさに言わんでええよ」
「これは【巨獣ガムート】を討伐してつくった【ガムートシリーズ】ニャ。雪山に出現した図体がでっかくて鼻の長い牙獣種のモンスターで、ポッケ村に危害を加えようとしていたところをボクとエイドで討伐したのニャ!」
「雪山……ポッケ村? エドちゃん、G級ハンターを目指していたはずじゃ」
「アタシ、【ベルナ村】にある【龍歴院】に入ったんよ。ギルドとは違う組織なんやけど繋がりはあるし、書士隊や学術院を取りまとめるところみたいで、少しでもワカにいちゃんを近くに感じたいな……って」

 バルバレギルドから移籍した理由を語尾に付け足していくが、徐々に顔を赤らめながら小声になっていくエイドを見てワカは嬉しそうに微笑む。以前リククワを訪れた時にエイドは『自分の道を決める』と言っていた。その道を順調に歩んでいるのだ。

「いつまでもここで話していたら冷えてしまうな。客人用の部屋が空いてるから、案内するよ」
「寒さの心配ならいらないお世話ニャ。ガムートはふっかふかの毛皮で寒さなんてヘッチャラだから、ボクらの装備も耐寒効果はバッチリニャ」

 赤い毛で縁取られた紺色のローブを見せつけるように体をくるりと回して舞わせるエールの言う通り、二人は歩いてリククワまで来たにも関わらずまったく寒そうに見えない。
 それでも立ち話を続けるのは、と思いワカは二人を屋内へ引き入れた。来客予定の無かった部屋は冷えきっており、すぐに薪を暖炉にくべて室内を暖める支度を始める。一方でエイドは抱えていた荷物を取り出し、ワカに見せるように広げた。
 それは白い毛皮のコートだった。首回りや手首、裾は綿のような柔らかそうな毛がふんだんに使われており、留め具は角らしき素材で作られている。鱗や殻が用いられていないことからハンターの装備ではなさそうだと思い、尋ねる。

「どこかのお店で買ったのか?」
「違うんよ。これな、ムーファっていうベルナ村にいる草食獣の体毛でつくった【ムーファスーツ】。ワカにいちゃんが外でお仕事する時にどうかなって」
「そうなのか、ありがとう」

 エイドからムーファスーツを受け取り、袖を通す。裏生地に特別な加工はしていないが、元の素材が良いのかふかふかしており体を温めてくれるようだ。

「似合うやん。サイズもぴったりやね」
「動きやすくていいな、助かるよ」
「モーナコ、ボクらはオイトマするべきニャ。エイドが乙女の顔になってるから、そろそろこの部屋のムードがシモフリトマトぐらい甘ったるくなるニャ」
「わかりましたニャ」

 ムーファスーツを着たワカの姿に上機嫌になるエイドから少し離れたところでエールがそっとモーナコに耳打ちをした。完全に二人の世界に入っているため放っておきたいようだ。実際二人はエールたちが部屋を出たことにも気付いていない。

「外に出る時に使わせてもらうよ、ありがとう。まずはゆっくりしていてくれ。モリザさんに二人の分の食事を増やしてもらうよう頼んでくるから」
「あっ……そっか、急にお邪魔したから。ごめんね」
「よく食べる二人が今は村にいないから、寧ろ食料が余ってるぐらいだ。きっと喜んでくれる」
「うん。……ね、ワカにいちゃん」

 扉を開けようと背を向けたワカが振り返ると、エイドが両手を広げて立っていた。まるで自分の胸に飛び込めと言わんばかりに。大人しい彼女にしては大胆な行動のため、少し照れているが。

「……エドちゃん?」
「いつもワカにいちゃんは誰かを助けようと頑張ってる。アタシはそんなワカにいちゃんを助けたいんよ」

 ワカは戸惑いながらもゆっくりと歩み寄り、真正面からエイドに抱きつく。エイドも手をワカの背にまわした。以前より背中の厚みが薄くなった気がする。

「……ディーンが死んだ」

 硬い声色に、暖めているはずの空気が冷える。宴の時に常に夫婦で並んでいた、あの男性だ。人柄がにじみ出ているような穏やかな笑顔が印象的だった。

「俺を庇って、目の前でジンオウガ亜種に殺された。あいつはナコたちと一緒に討伐した」

 リュカたちがリククワへ向かうよう進言した理由がやっとわかった。どうしてリュカとナレイアーナはバルバレにいて、ワカとモーナコはリククワに残っていたのかも。

「気持ちの整理はつけた。俺はディーンの命も背負うことにしたよ。でも……時々苦しくなるんだ」
「辛かったね、ワカにいちゃん。あんまり背負いすぎちゃあかんよ。アタシにも半分背負わせて、って前にも言うたやん。ね?」
「…………。」

 エイドを抱きしめる力が加わる。かつて自分にそうしてくれたように背を優しくさすると、耳元で鼻をすする音が聞こえた。気持ちの整理はしたと言っているが、実のところ心の傷は完全には癒えていないのだろう。
 しばらくそうしていたが、落ち着いたのかワカの体がエイドから離れる。温もりが消えて寂しくなったが、代わりと言うようにそっと口づけられた。

「ありがとう、エドちゃん。もう大丈夫。それじゃゆっくり休んでいてくれ」

 部屋を出ようと背を向けて歩きだしたワカが突然体の力が抜けたようにしゃがみ込んだため、エイドは驚いて駆け寄った。肩に手を当てると顔を上げ、エイドを見つめる。自分でも何をしたのか理解していないのか、きょとんとしていた。

「どうしたん、ワカにいちゃん。急にしゃがみよったんよ」
「しゃがみ……? なんでもない、大丈夫」

 立ち上がると扉を開き出ていくワカを止められず、エイドは怪訝な表情を浮かべた。一瞬見えたワカの顔色はあまり良いようには見えなかったからだ。

「ワカにいちゃんの“大丈夫”は、てんで大丈夫じゃないから心配なんよ……」

 不安そうに漏らした言葉は、扉の向こうにいる男には届かなかった。



 翌朝、ワカはエイドから譲ってもらったムーファスーツに身を包み森を歩いていた。リククワの生活に欠かせない薪を調達するためだ。かつてはディーンがその役割を担っていたが、ディーン亡き今は手の空いているワカが率先してその仕事を引き継いだ。
 方向音痴のワカだがリククワ近辺の道は単純なため、一人でもどうにか歩いて行ける。木々に道標を付けているおかげもあるだろう。柔らかな木漏れ日を浴びながら雪道を歩いていくと、不意に違和感を感じ足を止めた。

「…………?」

 少し道を外れると川が流れており、水を調達する為に訪れることもある。その川の側から強い殺気を感じたのだ。モンスターかもしれないが、リククワは危険度の高い大型モンスターが生息していないことを確認した上でつくられた拠点だ。だが、小型モンスターにしてはあまりにも殺気が強すぎる。他にこんな殺意を放てるのは――。

(ハンター、か?)

 その考えにもまた疑問がわく。ここはギルドに狩猟環境を定められていない、ただの森。こんな所にハンターが足を運んでも何の得もしない。気配の正体を探るべく、ワカは川沿いへ向かった。



 木の陰に隠れて窺うと、川沿いに人影を見つけた。屈んでいる上に背を向けているので全身図がつかめないが、ハンターと思しき服装をしている。
 ところどころが赤く染まっており禍々しさを感じる黒い布と、骨や牙で構成された装備はまるで死神だ。広い肩幅からして、恐らくは男。背に担いでいるのは狩猟笛と同じ打撃武器のハンマーだ。血のような真っ赤な石はジンオウガ亜種に宿る蝕龍蟲を素材としたのだろうか、邪悪な魂にも見えるそれを骨で象られた大きな右手で掴んでいるようなデザインで、防具と同じ素材でつくられたようだ。
 随分と悪趣味な装備をしているものだとワカは内心思ったが、ハンターの足下に見えるケルビの下半身に気が付いた。森でケルビやガウシカをたまに見かけることはあるが、刺激を与えなければ襲いかかってこない。そもそもケルビの角が必要ならば、こんな辺境を訪れなくても採取ツアーにでも参加すればいいのではと思ったところでワカの脳内に嫌な予感が駆け抜けた。
 そして同時にハンターが立ち上がったことでケルビの全貌が見え、思わず息をのんだ。

 足元に転がっていたのは、頭部を叩き潰されたケルビの無惨な死体だった。

 薬の材料となるケルビの角は生きている個体から剥ぎ取ったものが効能が良いと言われており、打撃でケルビを気絶させて角を剥ぎ取る手法が最も有名だ。打撃武器を扱う者なら誰しもが学ぶ技法で、ワカにも心得がある。
 だがあのケルビは、無慈悲にも過度な力で頭部を叩き潰されたのだ。もはや角どころではない。頭骸まで粉々だろう。血溜まりに沈む遺骸が、酷く非現実的に映った。

(何故、こんな惨いことを)

 力加減を誤った、なんて言い訳など通じない力でモンスターを殺した。これは討伐ではない、殺戮だ。モンスターは自然の一部、それを自分勝手な考えで破壊するなど【密猟者】と同じではないか。

 密猟者。

 その言葉が心の中に沸いたと同時に、思わず一歩踏み出していた。ハンターもワカの気配に気付いたのか振り向く。
 フードの下は骸骨をあしらった仮面で、素顔はわからない。ワカを見るとすぐさま腰に付けていた骨のナイフを抜き、向かってきた。目撃者を見逃す気は無いようだ。
 表面上ではあるがガーディアンを演じるために対人格闘術を学んでいるワカにとって、悪漢の攻撃を受け流すことは容易なことだった。振り上げられた右腕を両腕で押さえる。両者の力が拮抗し、腕が震えるのを堪えてワカは仮面の奥の瞳に訴えた。

「アンタ、一体何者だ……!」
「…………。」

 近くにはリククワがある。そこを知られ得体の知れない人間に入り込まれるわけにはいかない。ここで捕まえて拠点から守らなくてはと男を食い止めようとワカは必死になっていた。
 男は無言を貫いている。腕に気をとられている隙に足払いをかけようと右足を引いたが、突然ワカの視界がぐらりと揺れた。

「――!?」

 何もされていないはずなのに、目眩がして姿勢を保てない。その隙に目の前の男に鳩尾へ膝を入れられ、咳きこみながら崩れ落ちた。横になってもなお視界の揺れは止まらず、頬に当たるひんやりとした雪の感触が何故か心地良い。立ち上がろうと手を動かそうとするが、腕に力が入らなかった。
 頭上から浴びせられている殺気。ナイフで自分を殺すつもりだ。

「!」

 男がナイフで狙いを定めた瞬間モンスターの咆哮が森に響き渡り、はたと動きを止める。辺りを警戒していると、森の奥から現れたのは人間だった。

「アタシのワカに何しとるんやあああっ!!」

 髪をぶわりと逆立て、怒号を響かせたのはエイドだ。鬼気迫る表情で叫びながら一目散に向かって来ている。
 男はエイドの形相に一瞬怯んだが、腰ポーチからけむり玉を取り出すと地面に叩きつけた。通常のけむり玉より非常に濃度が高いそれは、あっという間に辺りを雪のように白く染めてエイドの視界を奪う。
 ザリザリと雪を蹴る音は聞こえるが、音の主を見つけられずエイドは歯ぎしりをした。大事な人を傷つけた、許さない。呼吸を荒くしていると、エールに足をトンと小突かれ我に返る。

「落ち着くニャ、エイド。まずはワカ坊が先ニャ」
「あっ……! ワカにいちゃん、大丈夫!?」

 未だ地面に蹲るワカの体を起こすが、目立った外傷は無い。ワカは重く感じる頭を支えるべく右手でこめかみを押さえながらもどうにか目を開けると、弱々しくも必死に声を絞り出した。

「モンスターの鳴き声が……すぐに村に、」
「そのことなら杞憂だよ、ワカ」

 ワカの視界に何人かの足元が入り込み、視線だけを上げるとカゲたちギルドナイトが立っていた。カゲが屈んでワカと目を合わせる。

「さっきの咆哮は迅竜のものだ。本物じゃなくて恭が出した声だけどね。だから安心して」
「人間がモンスターの鳴き真似をするなんて信じられないニャ。まるでクルペッコみたいニャ」
「…………。」

 エールがナルガクルガの装備に身を包む男、キョウを見上げるが無関係を装うかのように普段通りの無表情で口を閉ざしている。

「リククワに向かっていたら喧噪が聞こえたからね、恭の声真似で牽制して正解だったよ。姿が見えない状態でモンスターの咆哮を聞けば大抵の人は驚くから。迅竜を知る狩人なら尚更だ」
「ありがとうございます、おかげでワカにいちゃんが助かりました」
「礼には及ばないよ。不審者には逃げられてしまったし、まずは長にこのことを伝えなくちゃ。ワカ、立てる?」
「…………。」
「ワカにいちゃん、大丈夫……?」

 エイドに肩を叩かれていてもワカの瞳はどこかぼんやりとしている。もしかして、とカゲはゆっくりとマゼンタ色の瞳を開いた。

(頭が痛い。目眩もするし、体に力が入らない……俺は、どうしてしまったんだろう)
「…………!」

 ワカの心の声が聞こえる。一度だけ聞こえたっきりで、後は霞がかって読みとれなかったワカの心がしっかりと捉えられた。だが、この声から判断できる症状は。カゲも思わず心の声を口にした。

「君、もしかして風邪ひいたんじゃない?」
「…………、っ!」

 カゲの発言を聞いて虚ろだったワカの金色の瞳がハッと開かれ、読めていた心の声が霧の中へ消えていく。傍にいたミツキがワカの額に手を当て、熱があることを指摘するとキョウが肩を貸してリククワへ連れていくことにした。
 心配そうについて行くエイドとエールの背を見ながら、カゲは不謹慎だとわかっていながらも一つの確信を得ていた。

(ワカは心を読まれないように自ら閉ざすことができるんだ。そんな芸当、どうやって会得したんだろう。僕の目を知っていたということは……もしかして僕以外の慧眼の持ち主と会っているってことなのかな)

 ついて来ないことを不思議に思ったエールが振り返ったので、誤魔化すように笑顔を見せて追いかける。だが心の中ではワカに対する疑念を募らせていた。
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