狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第20話 少年は一歩を踏み出す 後編

 リュークにとって、これが初めて嗅いだ毒の臭いだった。何かが腐食したようなそれに思わず口元を手で覆う。

「すごい臭いだな……」
「触れたら毒が体内にまわるから近づかないでね。イーオスは私が追い払うから、ちょっと下がってて」

 ハートショットボウⅠを展開させ、弓を引く。二重床の下の面にいるため、上空へ飛ばした矢を一点に集中して落とす曲射は使えない。ギリギリと音を立てて矢を放ち、イーオスを討伐した。

「イーオスの鱗や皮は装備の素材になるし、毒牙はボウガンの弾の調合材料になるんだって。今はまだ使うかわからなくても、少しは持っていてもいいかも」
「そうか。……でも化石骨も手に入れないといけないから、ポーチの空きと相談だな」
「化石骨はここでも手に入るから、探そう」

 この辺にあるよ。そう言ったレリィの真上、糸の二重床から大きな針が視界に入り思わずリュークが叫んだ。

「レリィ、上っ!! 何かいる!」
「えっ……!」

 見上げると同時に即座に身を引き、弓に手をかける。針は大きな塊から生えており、やがて糸を突き抜けて地面に降り立った。

「ネルスキュラ……!」

 丸みを帯びた体から生える二本の鋏角と四本の足、背にある鉱石のような紫色の棘が先ほど見えた針の正体。近年発見された鋏角種、【影蜘蛛ネルスキュラ】だ。初めて見た大型モンスターにリュークは戸惑うも、武器を構えたレリィに倣い腰に装着していた片手剣【ハンターナイフ】を抜いた。

(わたし一人なら討伐できると思う。でも、今はリュークがいる。どうしよう、リュークを逃がすべきなの?)

 鋏角を振り上げ威嚇するネルスキュラを前に、レリィはこの状況をどう打破するか考えを張り巡らせていた。
 リュークはモンスターの討伐経験の無いハンターだ。討伐に参加したところでネルスキュラに命を奪われる可能性が高い。だからといって、彼を単独で行動させるわけにもいかない。何より受注した依頼は納品なので、無理にネルスキュラを討伐する必要は無いと思い直した。

(きっと教官なら……こうする!)

 ペイントビンを装着し、放つ。ペイントを当てて居場所を特定した上で一度退き、ネルスキュラに気を付けながら採取を再開しようと考えての行動だ。派手なピンク色が黒のボディに付着するのを確認すると、背後にいるリュークに振り返った。

「リューク、すぐに逃げ……きゃあっ!」
「レリィ!」
「えっ?」

 その直後、ネルスキュラが糸を放ちレリィの体を束縛する。だが、驚いてレリィの名を叫んだのはリュークではなかった。続けて石ころがネルスキュラめがけて投げつけられる。リュークが振り返ると、そこにはフェイが立っていた。

「きょ、教官!?」
「ハンターナイフを貸してくれ、リューク」
「えっ? あ、ああ」

 どうしてここに、と聞く余裕も与えられず、言われるがままハンターナイフを差し出す。フェイはそれを受け取るとすぐさまレリィに巻き付いている糸を断ち切り、ネルスキュラと対峙したまま叫んだ。

「リューク、エリアの入口に戻れ! そしてそこからオレの動きを見ていろ、いいな!」
「わ、わかった」

 走ってエリア6の入口の岩陰に向かうと、リュカとナレイアーナが手を振っていたのでリュークは再び驚いた。教官はさておき、何故この二人までこんな所にいるのだろうと。

「悪いな、オレたちも手伝いたいんだけど武器を持ってきてねえんだ」
「それよりちゃんと見ておいたら? 教官の特別授業よ」

 暢気に話すリュカたちに対し、リュークの表情からは不安が拭いきれていない。一方で態勢を立て直したレリィはフェイの背後でハートショットボウⅠを構えた。頼もしい背に力がみなぎってくる。

「レリィ、少し時間を稼いでくれるか。一気に畳みかける」
「はい!」

 麻痺瓶を装着し、ネルスキュラの動きを見ながら確実に当てていく。数本が直撃したところで麻痺毒がまわり、動きを封じ込めた。
 その間にフェイがポーチから瓶を取り出す。器用に片手で蓋を開けると、何かの液体をハンターナイフにかけていく。刃全体に液体を行き渡らせると、勢いよくナイフを振り水分を弾き飛ばした。

「ありがとな、レリィ。あとは援護射撃を頼むぜ」
「はい、教官!」
「オレの可愛い教え子たちの邪魔をするなんて許さねえ。覚悟しろよ!」

 ぐ、と足に力を込めて駆け出す。駆け出しのハンターが持つ武器の代表であるハンターナイフの攻撃力は弱く、また切れ味もさほど良くないため柔らかい部位への攻撃が必要とされる。
 ネルスキュラの弱点は頭部と腹部。フェイは懐に潜り込むとハンターナイフを軽々と振るい、腹部を狙って連続で斬りつけていく。体液が降りかかろうとも、ネルスキュラが身をよじって回避しようとも距離を詰めて追撃の手を緩めない。剣だけではなく盾の攻撃も連続攻撃に織り交ぜる動きは、まるで踊っているかのようだった。
 果敢に戦う姿を目に焼き付けるように、リュークは瞬きをも忘れフェイの連撃を見つめ続けた。

「後ろの二人も見ていろ! これが【狩技】だ!」

 リュークだけではなく、リュカとナレイアーナにも言い聞かせるように吼える。ネルスキュラの頭めがけて突進して斬りつけ、更に斬り上げ、右腕に装着している盾を天へ向けるように突き上げた。しかもただ突き上げるのではなく、自身も跳躍しさながら拳で顎を打ち砕くアッパーのような動きだ。

「おおおおおおッ!!」

 空中で声を張り上げ、落ちながら再び盾で頭部を思いきり殴りつける。強烈な攻撃を受けたネルスキュラは目眩を起こし体をひっくり返した。だが、フェイは今度は追撃をせずにハンターナイフを腰に戻す。
 足をじたばたとさせていたネルスキュラが体を起こす。しかし闘争心が消え失せたのか、糸を吐き出して二重床を上るとエリア7へ向けて逃げ出した。

「……よし、出てきていいぜ」

 静けさを取り戻した空間にフェイの声だけが響く。言われた通りリュークが顔を出し、リュカとナレイアーナも駆け寄った。

「教官、さっきのは一体何なんだ? 初めて見た……!」
「【昇竜撃】。スタンを狙うのにうってつけの狩技だな。つっても【減気の刃薬】も使ったから一撃でうまくいったようなもんだけど」
「刃薬……? そんなの持ってきていたの? 納品の依頼を見守るだけだったのに」
「もしモンスターと遭遇したらリュークのハンターナイフを借りるつもりだったんだ。これは片手剣に減気効果を付与する薬で、他にも心眼や会心、色々あるぜ」
「すごい……そんな道具があるんだ」
「そうだぜ、リューク。片手剣は道具を駆使しながら戦う武器だ。攻撃するだけじゃない、時には生命の粉塵やシビレ罠を使ったりもする。かなり頭を使う武器だから、そう簡単には扱えないぞ」
「それでも、オレは使いこなしてみせるよ。この片手剣で、姉さんと一緒に狩りに出るんだ」
「その意気だ」

 ハンターナイフを返され、腰に装着させながらリュークは力強く頷いた。その瞳に強い意志を感じたフェイは安心するように微笑む。

「あのネルスキュラは、もうしばらく出てこないだろう。それじゃあオレたちはベースキャンプに戻ってるから、お前らは引き続き化石骨を探してくるんだぞ」
「……あっ、そういえばそうだった」



 それから数時間後、無事に必要個数の化石骨を集められたレリィとリュークが戻ってきた。二人が戻ってくるまでにフェイはリュカとナレイアーナの立ち回りや役割などを聞き、どの狩技を扱うのに適しているかを見定めようとしていた。

「すぐに伝授して扱えるようになるもんじゃないから、依頼の無い休みの時にでも立ち寄ってくれ」
「ありがとう。レリィたちも依頼を果たせたし、帰りましょうか」

 チコ村の村長に依頼を終えたことを告げ、夕暮れに染まるバルバレへ戻る。訓練所でレリィとリュークとも別れたリュカたちは宿へ向かおうと訓練所を去ろうとしたが、そこへフェイが声をかけた。

「二人に頼みがある」
「何だ?」
「……弟を、守ってほしい」

 短い言葉だったが、重みを感じる。その時のフェイは弟を託す兄の顔ではなく、兄を心配する弟のような弱々しい印象を受けた。顔の傷が無ければ自分たちよりも若く見えるのかもしれない。

「あいつを死なせないでくれ」
「……わかった」

 続けて放たれた言葉に、リュカは静かに頷いた。
 モーナコにも同じことを言われたことを思い出す。モーナコにとっては大事な主で、フェイにとっては大事な家族。だが、それだけにしては必死さが伺える。まるでワカに良からぬ災厄が振りかかるのを懸念するような発言だ。
 伝えて満足したのか、フェイは背を向けて軽く手を挙げながら訓練所へ戻って行く。

「…………。」
「リュカ、帰ろう。そうだ、ディーンのお墓参りもしようか」

 沈黙したリュカの肩をナレイアーナが軽く叩く。詮索はしないでおこうと話を逸らしたようだ。ナレイアーナに同意し、墓場へ向かうことにした。



 ディーンに近況を報告し、宿へ戻る途中にある墓前で屈んでいる女性ハンターを見つけた。その墓は若木に寄り添うように立てられていて、そこに眠る人物を思い出したリュカがもしや、と女性の顔を窺った。

「エイドじゃねえか」
「えっ? あれ、どうしてここに……?」

 顔を上げると褐色の肌に空色の髪がさらりと流れる。ワカの恋人のハンター、エイドだ。リククワを訪れた時はウルクシリーズを着ていたが、今の彼女の出で立ちは大きく違っている。
 紺色の布地の縁に赤い毛があしらわれている帽子を被り、鎧ではなくワンピースのようなゆったりとしたローブを着ている。模様がそこかしこに刻まれていて、神聖な巫女のようだ。温かそうな防具は寒冷地に生息するモンスターの素材でつくられたようだが、該当するモンスターが浮かばない。
 隣にはオトモアイルーと思われる空色の毛並みをしたアイルーがおり、初めて見るハンターの顔にきょとんと目配せをしていた。

「もしかして、ワカ坊がいる村のハンターニャ?」
「そうなんよ。リュカさんと、イアーナさん」
「ボクは【エール】ニャ。エイドのオトモアイルーで、女を捨てた戦士ニャ」
「初めまして、エール。よろしくね」

 ナレイアーナがエールと握手を交わす一方で、リュカはこの墓に眠る人物の名前を確認する。【ヒナ】。ワカと何らかの関わりがあったと思われる女性だ。

「知り合いだったのか?」
「……最期を看取ったんよ。ワカにいちゃんの幼馴染みやったそうです」
「……そうか」
「ワカにいちゃん、小さい頃に村がモンスターに襲われて……その時にヒナさんともお別れしたって。それからずっと会えなくて、ようやく会えたと思ったらヒナさんは……」
「…………。」
「ずっと好きやったって。きっと生きて再会できていたら、一緒になったんやろうなって思います」

 エイドが複雑そうな顔で墓前と向き合う。ワカの初恋の女性と知ったのは亡くなった後だったが、その枠に自分が入っていることに躊躇いを感じていた。今のワカが自分に想いを寄せてくれていることは確かなのだが。

「変な心配すんなよ。今のあいつを一番支えてやれるのはお前だ。あいつもお前に一番支えられたがってる」
「そう……なんかな」
「アタシもそうだと思うな。ねえ、もし暇ならまたリククワに行ってあげてよ。調査にも狩猟にも行けない状態だから、エイドの顔を見たらきっと喜ぶわ」
「エイド、行こうニャ。ワカ坊に熱いキッスをかましてやるニャ」
「もう、エールはいつも言い方が過激なんやから……わかりました。アタシ、ワカにいちゃんに会いに行きます」

 エイドがすっと立ち上がり、二人にお辞儀をする。ディーンを失い、自分の力の無さを悔やんでいたワカの心が完全に癒えたのかはわからない。今こそエイドの支えが必要だろうと二人は考えた。

「サプライズにしちゃいなよ。どんな反応をしたのか、後で教えてね」
「あっ、はい」
「その新しい装備もお披露目するといいニャ。今度はボクもオトモするニャ」
「そうやね、エールもおいで」

 恋人の顔を思い浮かべたのか、エイドは花が咲いたような笑顔を見せた。



 エイドとエールとも別れ、宿へ。部屋に入り装備を脱ぐと、リュカはベッドに身を投げた。今日は狩猟をすることも無く原生林を久しぶりに訪れ、教官の豪快な狩技を眺めるだけに終わったが、ああいった技を身に付けるチャンスが間近にあるのだと思うと期待が膨らむ。

「…………。」

 だが、モーナコだけでなくフェイまでワカを自分たちに託す意図がわからない。どうしてあの男はそこまで身を案じられるのか。

『ワカ旦那さんは、いつも危険な目に遭ってしまいますニャ。だから……これからもワカ旦那さんを守ってほしいですニャ』
『……弟を、守ってほしい。あいつを死なせないでくれ』

 目を閉じると、穏やかに笑うディーンの顔が浮かぶ。父でもあり兄でもあった、あの優しい人を失った悲しみがこみあげてくる。こんな思いは二度としたくない。

(守ってやる、絶対に)

 夕日が見守るように部屋を暖かく照らしていた。
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