狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第20話 少年は一歩を踏み出す 前編

「基本的な構えはそうだ。はじめは慣れないだろうが、じきに両手を器用に動かせるようになる」
「前からずっと思っていたんだけど、どうして利き手に盾を持つんだ? 剣の方が振りやすいんじゃ」
「色々な説があるが、一番有力なのは利き手を守るためだな。オレの姉ちゃんは左利きだけど逆に持っていたし」
「ふーん。それじゃ教官、次は剣の振り方を教えてくれよ」

 穏やかな空の下、バルバレに設けられた訓練所で二人の男性の声が響く。一人は支給されたブレイブシリーズを身に付けており、見るからに新米ハンターといった風貌だ。
 彼は背後に立つ教官から指導を受けていた。教官を象徴するクロオビヘルムから覗く金色の髪が陽光に反射して輝く。若き教官、フェイは多くの傷が刻まれた顔で困ったように笑った。

「その様子だと、今すぐにでもモンスターの狩猟に行きたいみたいだな? リューク」
「……今のオレにできることは、これしかないから」
「まあ落ち着けよ。ハンターの基礎として学ぶことは山ほどあるからな。武器だけじゃない、道具の使い方から肉の焼き方に採取採掘、運搬、調合……モンスター討伐の依頼を受けられるのは、それらを全部頭に叩き込んでからだ」
「ちぇっ」
「ハンターは確かに稼ぎのいい職業だ。だが、常に命がけの任務ばかりなのは知ってるだろう? 毎年命を落とすハンターは少なくないんだぜ。……お前の姉ちゃんはギリギリのところで運に救われたみたいだけどな」
「!」

 焦燥感の原因を言い当てられた新米ハンター、リュークの目が見開かれる。ギルドから指導を言い渡された際に、経緯を知らされたようだ。何も言い返せずに俯くリュークを見かね、フェイは肩に手を置いた。

「気持ちはわかるけど、慌てるなよ。大丈夫だ、しっかり基礎を教えて立派なハンターにしてやる。オレもまだ教官としては未熟だけど、上位ハンターになるまで責任を持って鍛えるからな」
「教官!」

 遠くから若い女性の声が聞こえる。訓練所の広場に入ってきたのはフェイが育成した少女ハンター、レリィだ。ケチャキャップを揺らして駆け寄る後ろには、見覚えのある男女の姿。

「リュカさんとナレイアーナさんが来ました」
「話はあいつから聞いていたぜ。よく来てくれたな」
「久しぶりね、お邪魔するわ」
「えっ、リュカ?」

 門をくぐったのはリククワのハンター、リュカとナレイアーナだった。G級ハンターの二人がどうしてここに来たのだろうとリュークは目を丸くしている。だが、リュカは構わずに右手を軽く挙げた。

「よう、リューク。お前も片手剣を使うことにしたんだな」
「ああ。……その、この間は迷惑かけて本当にごめん」
「まったくだぜ。事情を聞いたから少しは納得したけどよ、イリスを泣かせた罪は重いからな?」

 先日バルバレ郊外でくずれハンターと共にイリスとリッシュの身を狙ったリュークだったが、イリスの懇願により無罪放免となった。
 意識不明のままベッドの上で数ヶ月過ごす姉の入院費を工面するために金を稼ぐ方法を探していたところ、面識の無いくずれハンターたちに目をつけられ、利用されたらしい。
 そういった事情を聞かされたリュカもリュークを許すことにしたようだ。口ではああ言ったものの、眼差しに憎しみはこもっていない。リュークもリュカにとっては可愛い弟分なのだから。

「レリィ、リュークを連れてチコ村へ行け。原生林で納品の依頼を一緒に受注するんだ。下位の依頼だから二人でも大丈夫だろ」
「わかりました。えっと、よろしくお願いします」
「敬語を使わなくていいよ。オレの方が年上だけど、ハンターとしてはアンタの方が先輩なんだから」
「うん、よろしくね」
「いってらっしゃい、二人とも」

 ナレイアーナの見送りに二人は手を振り、訓練所を後にする。さて、と小さく呟きフェイはリュカたちと向き合った。

「ここに来る目的も聞いている。【狩技】を教わりたいんだろ?」

 リュカとナレイアーナは遺跡平原で二人の太刀使いが見せた【狩技】に興味を持った。そしてワカから義兄のフェイがいる訓練所を聞き、狩技を得ようと訪れたのだった。
 この訓練所はギルドや集会所に近いこともあり、新人ハンターはまずここで基礎を学ぶ。ワカの義兄のフェイはG級ハンターのライセンスを持っているが、教官としての歴はまだ浅いためこの訓練所を任された。そのためハンターになったばかりのリュークとも再会を果たすこととなった。

「狩技は狩猟の中で徐々に刺激された神経が最高潮を迎えた時に発動できるんだ。強烈な一撃を与えるものから身体能力を高めたり、弾の全装填を行ったりと様々だ」
「ワカがそれらしい動きをしたことがあったんだけど、それも狩技か?」
「ああ、オレが教えた。【音撃震】という衝撃波をぶち当てる技なんだが……そうか、そいつを使わなくちゃいけないぐらい追い詰められたんだな」

 凍土で繰り広げられた、『闇夜の赤黒雷』と呼ばれる凶暴なジンオウガ亜種との激闘。リュカがジンオウガ亜種の背にしがみついて動きを封じている間に、ワカは音撃震を放ってジンオウガ亜種を討伐した。フェイの発言が気になり、思わず聞き返す。

「追い詰められた、ってどういう意味だよ」
「あいつはモンスターの前に出すぎるのは禁じられていたはずだ。あの技は接近しないと当てることができない。よっぽどのことじゃない限り使うんじゃねえと言っておいたんだよ。それに攻撃系の狩技はハンターの体にも負担がかかる。音撃震を使った後のあいつ、だいぶばててなかったか?」
「……そういえば、そんな気がしたわ」

 ナレイアーナがその時の光景を思い返す。音撃震を直撃させたものの、反動に負けたのか狩猟笛を落としワカも転んでいた。諸刃の剣という一面も知り、二人は少し苦い顔をした。その反応を見たフェイが笑う。

「まあ負担がかかるといっても、お前らぐらいのハンターなら大丈夫だ。下位や上位クラスじゃ扱えない代物だしな。大剣とヘビィボウガンか……指南書を一度見てから、お誂え向きな技を伝授してやるよ」
「サンキュー、フェイ。助かるぜ」
「礼を言うのはオレの方だ。レリィを助けてくれたし、弟も世話になっているからな。……で、ちょっと付き合ってもらいたいんだけど、いいか?」
「ええ、構わないわ」

 顔を見合わせフェイの頼みごとを承諾したリククワのハンターに、フェイは腕組みをして言い放った。

「チコ村に行くぞ」



 先に向かったレリィとリュークからやや遅れ、船に乗ってチコ村へ。ぽかぽかな陽気と流氷の無い海は、リククワ近辺とは正反対の世界だ。
 村に着くとフェイは日当たりのいい場所に座っている村長の元へ向かう。挨拶もそこそこに原生林へ向かう道を指して尋ねた。

「村長、二人の男女のハンターが原生林に向かったろ?」
「そうねェ、ちょっと前に行ったわァ。男の子は緊張していたみたい」
「ありがとう。よし、二人とも。武器はここに置いていけ」
「は?」

 レリィたちが原生林に入ったことを確認するや否や武器を手放すことを言い出したフェイに、リュカの口から気の抜けた声が出た。てっきり依頼に同行するものだと思っていたのだから。

「これから何をするつもりなの?」
「あいつらを見守る」
「見守るんなら一緒に行動すりゃあいいじゃねえか」
「オレがいたら、あいつらは色々聞いちまうだろ? それじゃダメなんだ。自分の足で歩いて、自分の目で見て、自分の手で採ってもらわなくちゃ身に付かない。お前らもハンターになったばかりの頃はこっそり教官に見張られていたはずだぜ」
「マジかよ」

 どうやら下位ハンターを見守ることは教官として当然の職務らしい。万が一に備えアイテムポーチは所持するようだが、教え子に見つからないよう武器を持たず隠れて行動するとフェイに言われ、二人も武器をテントの中に置いた。
 地図通りに堂々と歩いては見つかってしまう。そのため、草むらに隠れながら移動をする。原生林は草木が多いからお誂え向きだ。

「リュークはともかく、レリィは上位になったんでしょう? 心配しなくてもいいんじゃないかしら」
「それはそうなんだけどよ。レリィがあいつに拐かされないかがな……」
「心配はいらないぜ。リュークはイリスに惚れてるからな。オレが許さねえけど」
「そ、そうなのか」

 発言の最後だけ低い声で唸るように呟いたリュカに、フェイがやや引き気味に答える。ナレイアーナはもう慣れたのか聞き流していた。

「今回の採取依頼は【化石骨】の納品だ。だが、レリィには虫や植物の採取もするように言ってある。リュークには採取のやり方を見て学んでもらうつもりだ」
「なるほどね。二人はどの辺まで行ったのかしら?」
「そんなに時間が経っていないから、まだエリア1だろうな。ベースキャンプで少し時間を潰してから追うぞ」
「武器を持たずに狩猟場をうろつくなんて、初めての体験だな……」

 自分がハンターであることを忘れてしまう身の上にリュカが思わず呟き、それを聞いたナレイアーナが同調するようにくすりと笑う。
 ベースキャンプに着くと、まずは支給品ボックスを覗く。地図が二枚用意されていたはずだが、どちらも無くなっていたことにフェイはよし、と頷いた。

「慣れないうちは地図を持つ方がいい。いくら二人で行動していても、予期しない出来事で分断される可能性がある。その時に自分がどこにいて、どのエリアに行けるのか把握できないと大変だからな。レリィのやつ、しっかりとリュークを指導できているみたいだ」

 自慢の教え子であり大切な存在である少女を思い浮かべて笑うフェイの横顔がエイドと話をしていたワカそっくりで、リュカは兄弟の証に血の繋がりなど必要無いのだと改めて思った。
 原生林の景色を堪能してから、ベースキャンプを発つ。エリア1の入口付近にそっと近づき、二人がいないことを確認すると採取ポイントへ足を運んだ。
 ハチの巣は明らかに掬った跡があり、二人がハチミツを採取したことが見て取れる。傍に生えている大きい草にも手を添える。不自然に切れているそれは、人の手によるものだ。

「近くの葉が千切られている。剥ぎ取りナイフについたハチミツを拭ったみたいだな」
「回復薬グレートの調合に必要だものね、ハチミツは」
「そういうことだ。たぶん、そういった話もしているだろう」

 少しぬかるんだ地面についた足跡を調べると、二人分の足跡はエリア2へ伸びている。他の採取ポイントのチェックもしながら、三人は忍び歩きでエリア2へ向かった。



 レリィは地面に生えたキノコを採り、リュークに見せた。淡い空色をしたそれは、下位ハンターにとって重要な調合材料だ。

「これが【アオキノコ】。見ての通り、青いでしょう? 回復薬から解毒薬、栄養剤と様々な薬の調合に使われるの。ポーチに余裕があるなら、できるだけ採っておく方がいいよ」
「なるほど……こっちの黄土色のキノコは?」
「それは【マヒダケ】だよ。私の使う【ハートショットボウⅠ】が装填できる【麻痺瓶】の材料になるし、捕獲に必要な【捕獲用麻酔薬】にも使われる。麻酔薬は販売もしているけど、ちょっと高いからできるだけ調合で済ませる方がいいかな」
「そうか。じゃあ、これも採取しよう」

 レリィの的確なアドバイスを真剣に聞き採取を続けるリュークの姿にフェイは感心したようだった。なお彼らは今、岩陰からひっそりと見守っている。

「調合にも興味を持ちだしたみたいだな。今度の授業は調合にしてやるか」
「教官も大変だな、教え子を何から何までサポートして」
「まあ、似たようなことをした経験があるから慣れっこだな。調合はオレより一つ下の弟の方が得意だったから、あいつに任せたけど」

 フェイの言った内容から、どうやら彼の初めての教え子は義弟のワカのようだ。ハンターになる前は調合師として義兄弟の支えとなっていたことをディーンから聞いていたリュカは即座に理解した。
 レリィの話を聞いているリュークの姿がハンターになったばかりの義弟と重なり、フェイは寂しげに呟いた。

「……できることなら、あいつには調合師のままでいてほしかった。“あの出来事”が無ければなぁ」
「出来事って?」
「あ、ああ悪い。なんでもないぜ。見ろよ、また移動するみたいだ」

 ナレイアーナの詮索を誤魔化して振り切り、レリィたちの行動に注目させる。二人の行き先は糸でつくられた二重床と毒の沼地があるエリア6だ。
 もちろん三人も追いかける。だが今までのエリアに比べ隠れられる場所が少ない。少し遠巻きになるが、また大きな岩の陰に潜むしかないだろう。

「……?」
「どうした、イアーナ」
「モンスターの臭いがするわ。でもこの臭い……何だっけ? ずっと氷海にいたから一部思い出せない子の臭いもあるのよね」
「原生林にいる奴らか……下位ハンターが受けられる狩猟環境なんだから大して脅威じゃねえだろ」

 首を傾げながら、先にエリア6へ歩きだしたフェイの背を追う。ナレイアーナの嗅覚は大型モンスターだけでなく小型モンスターの臭いもキャッチするため、その臭いの元が危険かどうか判断するのは自身の記憶が頼りだった。
 行こうぜ、とリュカが手招きする。ナレイアーナは杞憂であって欲しいと思いながらエリア6へ移動した。
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