狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第19話 空色の空音 後編

 老婆を無事に荷車まで送り届けたが、パン屋の商人から話を聞いたワカはすぐに病院へ向かった。だが、そこにも二人はおらずワカはひたすら通りを駆け回った。
 二人と離れるべきではなかった。老婆に怪しまれようとも一緒に行動することが正解だったのだ。後悔したところで現実は変わらない、二人の足取りを追おうと道行く人に尋ねていると、能天気な声が背後から聞こえた。

「守護兵さんがそんな挙動をしていると、怪しまれちゃうよ?」

 振り返ると、カゲと真紅のラングロシリーズをまとった男がいた。カゲの言い方はまるで自分が誰なのか把握しているようだが、ワカはそれを認めず老婆にしてみせたように声色を少し変えて答える。

「……何の用かな」
「その装備でその行動は似つかわしくないよ。守護兵は守護兵らしくしなくちゃ。ねえ、ワカ?」
「…………。」

 名を呼ばれて観念する。地獄耳のカゲのことだ、素の声で人と話をしているところを聞き取られたのだろう。

「それに守護兵って実は身長が規定されていてね、隣にいる彼ぐらいの背丈でないと試験を受けることができないんだ。まあ君のことだから身分を悟られないように変装しているんだろうけど。で、一体どうしたのさ」
「イリスちゃんとリッシュちゃんとはぐれてしまったんだ。待ち合わせの場所にもいなければ、向かったとされる場所にもいなかった。トラブルに巻き込まれた可能性が高い。頼む、協力してほしい」
「なにっ、リッシュが……?」
「!?」

 突然ラングロ装備の男がうろたえて声を発したので驚いた。それも、その声には聞き覚えがある。お面のような頭装備で素顔は見えないが、ワカはその名を口にした。

「まさか……アル、なのか?」
「……すまない。みんなを騙すつもりはなかったんだ」

 頭装備を外すと、掘りの深い顔と青色の瞳が露わになる。月に一度リククワを訪れていた商人、アル。まさかギルドナイトだとは、とワカは意外な正体に言葉を失った。

「その装備は……?」
「私の母国に伝わる伝統的な衣装、ラングロシリーズだ。レプリカだがね。とにかく、二人を捜さなくては……シラト、君の耳で探れないか」
「人を探索機みたいにこき使わないでよね。……もし犯人の目的が二人の身柄なら、きっと人通りを避けた場所へ連行した可能性が強い。郊外へ行くよ」

 バルバレの中央部から遠ざかるように移動し、カゲは意識を耳に集中させる。音を拾える距離には限りがある。だが、やがて聞き覚えのある女性の声が聞こえて目を開いた。

「いる……! こっち」

 音に吸い寄せられるように走り出すカゲを二人も追う。音を立てずに走るカゲの俊足にワカは内心舌を巻いた。やはり実力は本物だ。必死に追いつきながらも前を行く背に問いかける。

「二人は大丈夫なのか」
「言い合いをしてる……襲われてはいないみたい。もしそんなことをされたら“彼”が仕事をしなくちゃいけなくなるね」
「…………。」

 ギルドナイトの『仕事』。カゲのように調査を主とするギルドナイトもいるが、話の脈絡から考えるにアルのギルドナイトとしての本来の仕事を理解したワカは口を噤んだ。

「……『違うよ、イリス。お前はリュカの妹じゃない』……?」
「えっ」

 言葉がはっきりと聞こえる距離になったのか、カゲが反芻する。思いがけない発言にワカの声色が困惑に染まる。カゲの憶測通り、この先は細い道の先に袋小路があるだけの場所だ。そこへ二人は誘導され、窮地に陥っている。
 だが、この言葉は何だ。一体何が起こっているのだ。

「『だから、お前はリュカともおばさんとも血が繋がっていない、よその子なんだよ』」
「――!!」
「あっ、待つんだワカ!」

 ワカが突然速度を上げて前を走っていたカゲを追い抜き、アルの制止の声を無視して細い道へ駆け込んだ。同時に腰に差していた棒を抜くとビュンと振るい一メートルほどに一気に伸ばす。
 まずは道を塞ぐように立っていた男を殴りつけ、イリスとリュークの間に割り込む。この男がイリスの涙の原因だと瞬時に把握すると、リュークの胸ぐらをつかんで背負い投げた。地面に叩きつけられたリュークは、いきなり現れたガーディアンと、その表情にあ然とした。

「ふざけるなよ……血が繋がっていないから何だ? 血の繋がりだけが家族の証だと思うな!」

 真下にいるリュークだけが俯くワカの顔を見た。悲しそうで、悔しそうで、そしてひどく激昂していた。幼少期に天涯孤独の身となったワカにとって、孤児院で出会った義兄弟が唯一の家族だった。その絆を否定したリュークの発言は、ワカの義兄弟をも否定された気分だった。
 リュークは少しの間だけ呆然としていたが、我に返るとワカの手を振り払って立ち上がる。男たちも一気にワカたちを囲い込む。

「ワカさん……!」
「ごめん、二人とも。俺が離れなければこんなことには」
「ガーディアンつっても一人だ、やっちまえ!」
「この二人が書士隊とギルド嬢と知っている上で脅迫したみたいだね、残念だけど命は無いよ」
「今度は誰……ぐわっ!」

 振り向いたくずれハンターたちの鳩尾にカゲとアルが鋭い拳を撃ち込む。呻いて地面に倒れた男たちを一瞥すると、カゲはイリスたちと向き合った。

「怪我はしていない? 怖い目に遭ったね、後は僕たちに任せて」
「私たちなら平気です。助けに来てくれてありがとうございます」

 気丈に振る舞おうとするイリスを見て全員の胸が痛む。リュークに残酷な現実を突きつけられたというのに。

「……イリスちゃん」
「私、勘付いていたんです。だって、私の記憶には兄さんが話す両親とは違う両親がいましたから」

 涙をぬぐい、寂しそうに笑う。子どもの頃から聡明な彼女は、うっすらと理解していた。それでもリュカを兄と慕い、唯一の家族として支え続けた。
 背後から足音が聞こえ、カゲが振り返るとリュカとナレイアーナ、更には狩猟に同行したグリフィスとアノエラがやって来た。

「リューク!? なんでお前がここに……」
「…………。」
「ギルドナイトに捕まってるってことは、お前何かやらかしたのか? なあイリス、リュークは」
「兄さん!」

 イリスがリュカの質問を遮り……そして、冒頭の状況に至る。



「お願い、兄さん」
「二人きりの方が良さそうだね。みんな、まずはここを出てくれないかな。僕らは彼らを裁かなくちゃいけない」
「……! 待ってくださいっ」

 カゲの言葉に反応して腰のナイフに手をかけたアルの腕をイリスが掴む。素性を知られないよう声を出さずにいたが、予想外の行動にアルは驚いた。

「わ、私たちは何もされていません。ですから、どうかこの人たちを見逃して下さい」
「僕らが間に合ったから良かったけど、本当に危険だったんだよ? 書士隊に受付嬢、どちらも組織にとって大きな存在だ。とてもじゃないけど免罪はできないよ」
「ここでリュークさんが殺されてしまったら、セラさんが悲しみます。目を覚ました時に、リュークさんが処刑されたなんて知ったら……」
「おいイリス、今何て……どういうことだ?」
「リュカ、話は後だ。落ち着いてから聞くといい」

 セラについての発言を聞き逃さなかったリュカが反応を示すが、ワカに制される。ぐう、と唸りつつも行く末を見守ることにした。カゲが一呼吸おいてため息をつき、マゼンタの瞳を開いて男たちを睨みつける。

「この子に免じて、今回だけは見逃してあげる。でも君たちの顔はしっかりと覚えたから、次に何かしでかしたらその時は即座に仕留めるよ」
「ひっ!」

 眼光の鋭さと放たれた明確な殺意にくずれハンターたちは震え上がる。男たちが慌てふためいて逃げ去る中、取り残されたリュークの手をイリスが握りしめた。戸惑うような目線を、イリスは優しく受け止めて微笑んだ。

「リュークさん、今度セラさんのいる場所を教えてください」
「……わかった」

 イリスたちを一瞥して、リュークも立ち去った。静けさを取り戻した空間は、しばし沈黙に包まれる。二人だけにしてやろうと全員が移動しようとしたが、リュカがそれを引き留めた。

「イリスだけじゃない……みんなもだましてたんだ。だから、聞いてくれねえか」

 ナレイアーナとワカが顔を見合わせ、頷く。ベリオXヘルムを外すと、イリスと目を合わせて語りだした。

「十四年前、オレの故郷はモンスターに滅ぼされた。他の町に避難する途中、同じくモンスターによって滅びた村を通りかかったんだ。そこでイリス、お前を見つけたんだ」
「…………。」
「家の前でずっと泣いていた。親は見つからねえし町のみんなが移動を始めたから、オレはとっさにお前にこう言っちまったんだ」

『一緒に来いよ。オレがお前の兄ちゃんになってやる』

「誘拐したようなもんだ。両親がどこかでお前を捜していたらどうしよう、って罪悪感を感じたこともある。けど、両親を失ったオレにとってお前の存在は希望そのものだったんだ」
「…………。」
「すまねえ、イリス! オレがお前の人生を狂わせたんだ! 自分の都合だけで、お前をオレの人生に巻き込んじまった……!」

 イリスの足下で土下座をしながら叫ぶ。だが、イリスは身を屈めるとリュカの体を優しく抱きしめた。上体を起こされたリュカは戸惑うが、震える手でイリスの背に手を回す。

「私、兄さんに感謝しているよ。あの時、両親は潰れる寸前の家から私を逃がして下敷きになってしまった。途方に暮れて泣き喚いていたところを拾ってくれたのが、兄さんだったの。私は兄さんの妹。今までも、これからもずっとだよ」
「イリス……イリスゥ!」

 リュカが涙声で叫びながらイリスを抱き返す。イリスも涙を流し、二人はぐすぐすと鼻をすすりだした。実の兄妹ではないが、鼻をすするタイミングが合致する光景はやはり兄妹で間違いないだろうと、その場にいる誰しもが思った。

「良かったじゃない、リュカ。アンタは一人ぼっちになったイリスを助けた。イリスはそんなアンタを兄と認めている。そうよね、イリス」

 ナレイアーナの言葉を聞いて、イリスが泣き笑いのまま頷く。イリスはリュカに対し責めるどころか感謝している。そう理解するとリュカのアイスブルーの瞳から更に大粒の涙がこぼれた。
 十四年間も隠し続けていた秘密を知られるのが怖かった。真実を知ったイリスに拒絶される日が来るのではと怯えていた。そうならないよう溺愛し、イリスに自分が兄だと信じ込ませていたのだ。
 全てを暴露するためギルドナイトのカゲがいる前で懺悔のように吐き出したが、カゲもまたリュカを責める気は無いようだ。彼らの関係を深く知るほど長い付き合いではないこともあるが。だが、抱き合う兄妹を見てどこか寂しそうな顔で呟いた。

「いいなあ、兄弟って」
「お前には兄弟がいないのか?」
「……どうだと思う?」

 質問に質問を返されたワカがカゲと顔を合わせると、マゼンタ色の瞳が開かれていた。ぎょっとしたものの、直後冷静を保つワカにカゲは首をかしげつつ目を細める。

(僕の【慧眼】が利かない人間なんて初めてだ。どうして彼の心は常に霞みがかっているのかな)
「君は変な人だね、ワカ」
「突然そんなことを言うお前も変わった奴だよ」
「その声……ワカなの?」
「えっ、ワカさん?」

 ワカの声にグリフィスが反応し、同じくアノエラもついて来る。二人を見たカゲが野次馬を追い払うと言いアルを引き連れて行った。これ以上リククワの人間にアルの正体を知られないために。

「まさかこんな所で会うなんて。久しぶりね……」
「久しぶり、フィスちゃん。アノエラさんも一緒だったのか」
「縁があってリククワのハンターと依頼をこなしてきたんだ。ワカさんはどうしてバルバレに?」
「書類をギルドに提出するために来たんだ。……そろそろ行った方がいいな。ここはもう大丈夫だろう」
「私たちも一緒に行くわ、……?」

 落ち着いたのか二人並んで立つ兄妹を見て、ワカもこの場から立ち去ることにした。まだ自分の仕事は終わっていないのだから。だが、同行する意思を告げたグリフィスの表情が急に強張った。

「どうしたの、グリフィス」
「この感じ、どうして……?」
「何かあったのか?」
「気にしないで。行きましょう……」

 首を横に振り、三人で袋小路を出て行く。路地を抜けきる直前にグリフィスが振り向き、袋小路にいる兄妹を見やった。

(どう見てもここには“人間”しかいないわ……。それなのに私の勘は近くに“古龍”がいることを告げている。勘が鈍ったのかしら)

 グリフィスが移動し、最後に残ったのは兄妹だけ。事の顛末にリュカが思わず苦笑いを浮かべた。

「は、はは……オレの話なんてどうでもよさそうな反応だったな」
「それでいいと思う。私と兄さんが兄妹だってことは、ずっと前から変わらなかったんだもの」

 ギルドナイトがいる前で打ち明けるには勇気が要ったが、誰にも責められずイリスとの関係を肯定されるだけに終わった。拍子抜けなところもあるが、イリスの言う通り自分たちは兄妹なのだから当然なのだと思い直した。

「お前はこれからどうするんだ?」
「ワカさんの仕事が済んだら帰るよ。……リッシュさんは?」
「そういや、いねえな。イアーナも」

 いつの間にか消えていたリッシュとナレイアーナを捜しに、路地を抜ける。二人の姿を捜すと、遠巻きに鮮やかな空色と青緑色の長髪を見つけた。カゲたちを追いかけていたようだ。



 リッシュは必死に真紅の鎧をまとった男を捜した。時間はあまり経っていないのだから、まだ遠くへ行っていないはず。やがて見慣れたカゲの後ろ姿を見つけ、息があがるのを押さえて声をあげた。

「待ってください!」
「どうしたの? もう僕らには用が無いと思っていたけど」
「あの、私にもお礼を言わせて下さい。ありがとうございました、カゲ……アル」

 ワカのように声も出していなければ素顔も見せていないにも関わらず名を呼ばれ、ラングロヘルムの下で目を見開く。当てずっぽうではなく、自分の正体を掌握していると考えたアルは素直に対応することにした。

「どうしてわかったんだい?」
「仕草や佇まいでわかります……だって、ずっと貴方のことを見ていましたから」
「…………。」

 顔を赤らめながらリッシュが言ったが、アルは何も返さない。面を外していないものの、戸惑っている気配が感じられた。少しの時間を置いて首を横に振る。

「私は罪を犯したハンターを何人も斬ってきた。この手は血に汚れている。私は、こういう男なんだ。だから、君に慕われる資格なんて無い」
「そんなこと無いです! それは、ギルドナイトとしての責務だから……!」
「それに、私にはもう一つの顔がある。私の本当の名は【アルヴァド・メロ・ワイラー】。【ワイラー商会】会長の次男だ。君とは国も身分も大きく違うのだよ」
「あっ、待ってよアルヴァド!」

 名を明かしたからか本来の呼び名でカゲがアルを呼ぶが、アルは背を向けたまま人混みの中へ消えてしまった。『それでも』とリッシュが声を絞り出す。

「それでも、私は貴方のことが……」

 アルを一途に想い続けるリッシュの姿に、ナレイアーナは人を想う気持ちはこれほどまでに人を強くするのかと思った。モンスターしか愛せない自分にはわからないことなのだろう、とも。リッシュの呟きが耳に届いたのか、カゲが振り向いてリッシュの元へ駆け寄る。

「あのね、受付嬢さん。アルヴァドは君のことが嫌いじゃないと思うよ。寧ろ……ううん、それは彼から言わせるべきだね」
「どういう意味ですか……?」
「ワカが二人とはぐれたと言った時に、彼は真っ先に君の名を呼んだ。書士隊のあの子より君を気にかけたんだよ。僕にはわかる。だからその気持ち、大切にしてね」

 そう言って笑顔を見せると、アルを追ってカゲも姿を消した。その直後にリュカとイリスが追いついたが、リッシュたちが何を話していたのかは聞くことができなかった。

「カゲたちと話をしてたんじゃねえのか?」
「私がお礼を伝えたくて呼び止めてしまったんです。用事は済んだのでお別れしました」
「そうでしたか。ワカさんたちが戻るまで集会所で待ちましょう、あそこなら確実にワカさんと会えますから」
「ナイスアイデアだな、イリス。……おい、行くぞイアーナ」
「えっ? そ、そうね」

 リュカが軽く手を挙げて立ち止まっていたナレイアーナを呼び寄せる。列の最後尾を歩きながら、ナレイアーナは先ほどのアルについて考えていた。
 ギルドナイトと商人を掛け持つ変わった経歴の持ち主。リククワができてからすぐに派遣されたワイラー商会の人間、それも会長の息子。似ていると思っていたが、気のせいだと思い込ませていた。だが、一つの確証が持てた。

(アルは、【ミゲル】の……)
「おい、イアーナ! ぼさっと突っ立ってんじゃねーぞ!」
「……うるさいわね! アンタこそ道のど真ん中で叫ぶんじゃないわよ!」

 再び足が止まっていたのでリュカに叫ばれ、恥ずかしさを隠すために背を強く叩く。本日三回目の攻撃を受けたリュカが悲鳴をあげるが、構わずに集会所へ直行した。だが、心の中は焦燥感でいっぱいだった。

(まずいわ……アルはきっと、アタシの“過去”を知ってる)
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