狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第19話 空色の空音 前編

「兄さん……本当のことを、教えて」

 イリスがリュカにこう尋ねた経緯は、ここから数時間前に遡る。



 リュカたちがリククワを離れた数日後、書士隊は報告書をまとめ終え、リッシュの操縦する飛行船でバルバレへ向かう準備を始めた。普段ならばワカとモーナコが行くのだが、今回ばかりは事情が事情であるためイリスも同行を申し出た。
 ワカにとって早めに支度を始めることは当然だった。普段のフルフルXシリーズではない防具を取り出し、身に着ける。ランポスシリーズに似た青い鱗の鎧、胸には竜の紋章が鎮座しているその鎧は【ガーディアンシリーズ】と呼ばれていた。
 【ガーディアン】はドンドルマなどに存在する街の守護兵だ。バルバレに行く際、必ずワカはこの装備に着替えている。書士隊が持つ情報は金銭で取引できるほど重大なものであり、ガーディアンに扮装することで良からぬ輩に目をつけられないようにするためだ。もちろん本物と間違われても問題の無いよう対人格闘や作法を学んでいる。

「ワカ旦那さん」
「どうした? ナコ」
「ボク、今回はお留守番をしていいですかニャ?」

 主を守ると胸を張って豪語しているモーナコが、自ら主と別行動をとる意志を告げることは滅多に無い。ワカはガーディアンアームの締まり具合を確認すると、屈んでモーナコと目線を合わせた。

「構わないけど、何か訳ありみたいだな。それは俺に打ち明けられることか?」
「最近シフレの元気が無くて、アイやハリーヤと一緒に元気づけようと話し合っているんですニャ。それで……」
「そうか。俺のことなら心配しなくていい。お前はシフレを頼む」
「行ってらっしゃいですニャ、ワカ旦那さん」
「ああ、行ってくる」

 モーナコの頭を軽く撫でて部屋を出る。向かうのはユゥラの部屋だ。報告書の最終チェックを彼女に頼んだため、報告書はユゥラが所持している。ノックをして部屋に入ると、封筒に入れられた報告書を机の上に乗せてユゥラが待っていた。

「いつもよりだいぶ厚くなったから、気を付けて持ち運んでね」
「ありがとう、ユゥラさん」
「……待って。その顔で行くの?」
「顔?」

 何のことだろうとワカが思わず裂傷跡に手を当てるが、ユゥラは自身の目の下を指す。完全に消えていない隈のことを言ったようだ。

「ガーディアンヘルムで見えなくなるから平気だ」
「バルバレの通りはそれでいいかもね。だけど、君はギルドマスターと会うのよ? 明らかに体調を崩しました、なんて顔を見せたら心配されちゃうじゃない。そんなの、嫌でしょう?」
「……確かに」
「約束の時間まで余裕はあるわね、座って。隈の部分に軽くおしろいを付けてあげる」

 言われるがまま椅子に腰掛けると、ユゥラは麻の小箱からおしろいの入った丸いケースとガウシカの毛を束ねたブラシを取り出す。目を閉じて、と言われたので金色の目を閉じた。

「何か違和感があると思ったら、赤のメイクをしていないのね」
「ガーディアンだから不要だと思って」
「なるほど。……うん、隠せそうだわ。君の肌色なら私のでちょうどいいみたい」

 とんとん、とリズミカルに目の下に粉をたかれる。鏡をワカに渡すと、鏡の中のワカが消え去った隈を見て目を丸くしていた。

「すごいな、本当に見えなくなった」
「擦ったり水に濡れると取れちゃうから、あまり触っちゃダメよ」
「ありがとう、ユゥラさん。行ってくる」

 封筒を受け取り、立ち上がる。森へ向かうと、既に飛行船の甲板で二人が待っていた。二人も職業を特定されないよう私服の上に毛皮のマントを羽織っている。

「ワカさん、いつもより遅かったですね」
「ごめん。ユゥラさんに隈を隠してもらっていた」
「そうだったんですか。では、飛行船を動かします」

 寒空へ飛び立ち、バルバレへ。その途中ワカがくしゃみをしたので、誰かが噂をしているのだろうとイリスと笑い合った。



 キャラバンの飛行船が並ぶ停泊所に飛行船を下ろし、バルバレの土地に立つ。イリスにとっては一年以上訪れていないため、あちこちを見渡している。

「この報告書は俺たちとギルドの上部しか知らない、厳密に扱われる情報だ。すぐにギルドに手渡そう」

 毛皮のマントを脱ぎ、ワカはガーディアンヘルムを被る。本家のように槍を背負うまではいかないが、剥ぎ取りナイフを装着している位置に伸縮自在の金属の棒を装備している。これで二人を狙う悪漢が現れたら追い払うつもりだ。

「当然のことですけど、お店やキャラバンの顔ぶれが私の覚えているものと全然違いますね」
「イリスは一年以上ここに来ていませんからね。ここを左に曲がった先に、おいしいパン屋さんができたんです。用事が終わったら買っていきましょう」
「素敵ですね。是非連れて行って下さい、リッシュさん」

 楽しそうに話をしながら歩くイリスとリッシュは、職業柄敬語を使っている点を除けば親しい女友達だ。ワカはそんな二人を誘導するように歩く。もちろんガーディアンに見えるよう、背筋を伸ばし堂々としながら。だから、声をかけられてもおかしくなかったのだ。

「あのう、そこのガーディアンさん」

 声をかけられ、ワカの足が止まる。通りの隅に置かれた木箱にちょこんと腰掛けている老婆がこちらを見て手招きしていた。無視するわけにもいかず、ワカが返答する。

「……は、何でしょう」
「ちょっと足をくじいてしまって、郊外にある荷車まで行くのが辛いのです。どうか連れて行ってくれませぬか」
「わかりました。ですが、足をくじいたのなら先に手当てをすべきかと。少し待っていただけますか」

 トラブルに巻き込まれることを想定して、腰ポーチには簡易的な医療器具が入れられている。だが、手当てをした上で老婆を郊外へ連れ出すには時間がかかるだろう。距離をとって様子を窺っていた二人の元へ戻り、リッシュに軽く耳打ちする。

「あのお婆さんの手伝いをするには時間がかかりそうだ。さっき話していたパン屋で時間を潰してほしい」
「わかりました。竜人商人の赤い看板が立っている丁字路を鍛冶屋がある方角へ向かって下さい。褐色肌の女性商人が営んでいるお店が右手側にあります」
「ありがとう」

 パン屋の位置を細かに教えたのは、方向音痴のワカに覚えてもらうためだ。二人は道を引き返し、ワカは再び老婆の元へ向かった。
 だが、この数十分後にワカは二人と別行動をとったことを後悔することになる。



 目的のパン屋に近づくにつれ、香ばしい匂いが漂ってきた。思わず小腹がすいてきたが、買い物をするのは用件を終えてからだ。
 その時、不意にイリスの名を呼ぶ声が聞こえた。

「イリス、イリスだよな?」
「えっ……? もしかして、リュークさん?」
「そうだよ。久しぶり」

 にこやかに笑う青年は、鮮やかな青い髪を後ろに結いあげ風になびかせながらこちらへ駆け寄って来た。ハンターではなく一般人の服装をしているが、どこかで見覚えがある顔つきにリッシュは不思議に思いながらイリスに尋ねた。

「知り合いですか?」
「はい。……セラさんの弟の【リューク】さんです」

 イリスは兄のリュカと共にモンスターに襲撃された後、近くの町に住んでいる叔母に引き取られた。その時に友人となったのが、セラとリュークの姉弟だった。イリスがリュークの名を告げる際に間を空けたのは、姉のセラの状態を思い出してしまったからだろう。
 数ヶ月前、天空山の調査をする書士隊を護衛していたセラは突然現れた謎のモンスターの襲撃を受けた。その後ハンターの亡骸が何体か発見されたが、損傷が激しく身元が判明できないためセラの生死は今も不明だ。
 そのセラの弟が、目の前にいるリューク。セラに似た力強い瞳が不意に雰囲気を変え、きょろきょろと辺りを見回すと堅い声色で告げた。

「あのさ、イリス。姉さんのことなんだけど」
「……はい」
「生きているんだ」
「!!」

 セラが、生きている。実の弟が言うのだから嘘ではないのだろう。良かった。心配していた兄に今すぐこの朗報を伝えたい。イリスの心が喜びに満ちた。

「病院にずっと入院してる。ギルドが絡んでいるから隔離されているけど、今も生きているんだ。もし時間があるなら、お見舞いに来てくれないかな」
「行きます。行かせてください」
「イリス、ですが私たちには別の用事が」
「病院も遠くはないし、数分話をするだけだから。なあ、いいだろう? 来てくれよ。姉さんも喜ぶから」
「……わかりました。イリス、少しここで待っていて下さい」

 リッシュはパン屋に向かうと、商人にガーディアンの男が店を訪れたら自分たちが病院へ向かったことを伝えてほしいと話をつけた。戻りが遅くなってしまった時を想定してのことだ。
 お店を出ると、イリスはリュークと親しげに話をしていた。すぐに移動したいのか、リュークがイリスの手を引いて足早に歩くのでリッシュも歩行速度を上げて追いかけた。



 全体が移動するキャラバンという形態もあって、バルバレの病院は他の街に比べれば質素なものだ。日々傷を負うハンターのためにも、しっかりと施設は充実しているが。
 隔離されているということからか、リッシュが知っている病院とは違う場所へ向かっているようだ。だが、見慣れない道を突き進むごとにリッシュの胸の内に不安がよぎってくる。
 どんどんギルドや通りから遠ざかっている。このままだと郊外へ出てしまいそうだ。やがて進んでいる道は細くなり、路地を抜けた先の袋小路にたどり着いた。立ち止まったリュークにイリスが不安げに尋ねる。

「リュークさん、どこに病院が……」
「ここじゃない」
「どうして、こんな所に移動したんですか?」
「それは……」
「ようリューク、うまくやってくれたみたいだな」

 背後からかけられた声に驚いて振り向くと、ガタイの良い男が数人がにやにやと笑いながら立っていた。一人は逃げられないよう唯一の道を塞ぐように陣取っている。私服を着ているがその体つきは間違いなくハンターだと二人は直感した。

「リュークさん、これは一体……?」
「お前が書士隊に入っているのは知っているんだ。それもかなり位が高いってことも。だから、色々な情報を持っているんだろう? まだ書物にまとめられていない貴重なものを」
「…………!」

 リュークの放った言葉にイリスが凍りつく。親しい友人に身分を知っていることを悪用されたのだ。リーダー格と思しき男が近づいてくる。縦にも横にも大きな体は女性二人を簡単に覆ってしまった。顔を歪ませながら口を開く。

「オレたちが欲しいのは情報だ。それを売り飛ばせばいい金になるからな。真面目に依頼をこなすよりずっと儲けがいいぜ。……まあ、それだけで済ますかは気分しだいだがな」
「ギルドと関わりの深い書士隊を狙うなんて、どうかしています! 貴方たち、何をしているかわかっているんですか!? ギルドナイトに処刑されますよ!」
「だからこんな所まで連れて来たんじゃないか。一緒にいたガーディアンが消えてくれて助かったぜ。お手柄だ、リューク」

 イリスを背に庇うようにリッシュが叫ぶが、体が恐怖で震えている。相手は力自慢のハンター、対する自分はただのギルドガール。力ずくで襲われたら勝ち目など無い。それでも、狙われている友人を守るために立ちはだかった。
 恐怖を悟られないようにリュークを睨みつける。ばつが悪そうにしているリュークの表情から、訳ありでこのくずれハンターと絡んだのではと思えた。
 一方のイリスはリュークに裏切られたショックからか、目尻に涙がたまっている。それでも、確認しなければいけないことが一つだけあった。

「リュークさん……セラさんは、本当に生きているんですか?」
「……生きてるよ。“一応は”な」
「いち、おう……?」
「怪我はだいぶ治った。でも、あの日から一度も目を覚ましてくれない。姉さんの入院費はギルドから一部支給されているけど、お金がどんどん足りなくなってきたんだ。オレの稼ぎだけじゃ足りない、だから……」
「だから、イリスをこの非道な人たちに売るつもりなんですか!? 貴方はイリスの友達なんですよね、それにリュカとも。どうして子どもの頃からの友達を、兄妹を悲しませることをできるんですか!」
「……兄妹?」

 リッシュの叫びにリュークが反応を見せた。低い声で繰り返された言葉にリッシュとイリスはすくみ上がる。

「違うよ、イリス。お前はリュカの妹じゃない」
「な、何を言っているんですか……?」
「小さい頃、夜に目が覚めてしまって水を飲もうと部屋を出た時に、母さんとおばさんが話をしているのを聞いたんだよ」

『リュカは本当は一人っ子なのよ。あの女の子はどこから来たのかしら』
『同じ町の子どもとか……もしかしたら、あの子も両親を失ってリュカについて来たのかも』
『そうかもしれないわね。リュカがお兄ちゃんになるなんて意外だけど、あの子面倒見がいいから仲良くしてくれると嬉しいわ』

「…………。」
「お前はリュカともおばさんとも血が繋がっていない、よその子なんだよ」

 リュークの話をイリスは静かに聞き入れる。そして、目を閉じる目尻にたまっていた涙がつう、と頬を伝った。
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