狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第18話 泡沫の太刀、連撃の太刀 前編

 かつての活動場所であるバルバレへ戻ったリュカとナレイアーナは、リククワとは異なる外の喧噪や穏やかな気候に懐かしさを感じていた。
 持ち運んだ荷物を取り出して整理をするだけで一日が終わり、翌朝穏やかな朝日を浴びて目覚めたリュカは外へ出てぼんやりと空を眺めた。
 この空の遠い向こう側で、妹は雪に閉ざされたリククワで今も報告書の作成に追われているのだろうか。妹だけでなく、拠点の住人たちの顔も空に浮かんでは消えていく。背後からナレイアーナが近づいてきたことにも構わず、流れる雲を見続けた。

「イリスは元気にしてるかなあ」
「心配しなくても、イリスはアンタがいなくたってしっかりやってるわよ」

 たった一日でホームシック――彼にとってリククワは新たな故郷である――になっているのか、つい妹のことを口にしてしまう。
 しかし、空を見つめたところで拠点へ戻れるわけでもない。自分たちにできることをするべきだとナレイアーナは激励の気持ちを込めてリュカの背をバシンと音が出るほど強く叩いた。衝撃が強すぎたのか、リュカが背を丸めて咳こむ。

「お、お前なあ……!」
「あら? いつもこれくらいの力を込めていたんだけど」
「それは鎧を着ていた時の話だろうが!」

 言い合いをしていると、遠くから目立つ髪色の人物がこちらへ近づいているのが見え、会話が止む。深紅の髪を軽く揺らしながらやって来るのはギルドナイト兼ハンターの少年、カゲだ。

「やあ、おはよう二人とも。朝から罵り合いなんて元気だね」
「おはよう。わざわざここにやって来るなんて、どうしたの?」
「君たちに受注して欲しい依頼を持ってきたんだ」
「村で見せた依頼か? なんでお前に依頼を決められなくちゃならねえんだ」
「君たちは特殊な立場の狩人だから面倒を見ろって上から命令されていてね。それに、同行するハンターが既に決まっているんだ。集会所で落ち合うから、支度を整えて。僕はここで待っているから」

 宿で食事をとった二人は装備やポーチの中身を確認すると、カゲと共に賑やかなバルバレの通りを駆け抜けた。宿のふくよかな女性料理人をモリザと見間違え、鍛冶屋の竜人族の老人がムロソの影と重なったが、じきにここでの生活に慣れてくるだろうと思い直しながら。



 貼られている依頼を見て話し合うハンター、夜の狩猟を終えて一杯やっているハンター、次の狩猟へ向けて買い物をするハンターなど多くの人で賑わう集会所へ足を踏み入れるのも久しぶりだ。リククワの静けさに慣れてしまったリュカたちにとって、騒ぎ立てる声が雑音に聞こえてしまうほど。
 カゲが目的のハンターを捜し、手を振ると二人の女性ハンターがこちらを向く。続けて手招きをしたので引き寄せられるようにやって来た。

 どちらも、見慣れない装備だ。
 武具に深い興味を持つリュカの率直な感想だった。

 白い布地に紫と黄色の模様が付いた、東国独自の衣服『着物』のような装備を身に付けている女性ハンターは、華奢な体格も相まって少女と呼ぶ方がふさわしいように見える。だが、小柄な体躯から伝わってくる気配は敏腕ハンターのそれと寸分も違わない。
 リククワに降り積もる雪を思い出させる真っ白な髪を右の後頭部に結い、シアンの瞳は氷海のような冷たさを宿しているが、内に熱情を秘めているようにも感じられた。
 もう一人のハンターの鎧は黒を基調としており、ところどころに棘のような鋭角的な装飾が施されている。また、スカートのように広がった腰装備の裾が黒色の明暗を呼吸の如く繰り返している。隣に立つハンターよりリュカたちに年齢が近そうだ。
 白に近いブロンドの髪を左右に流し、頬に白い三本爪のフェイスペイントを施している。穏やかな笑みを見せつつも、瞳には多くの狩猟を重ねた歴戦の狩人だと一目でわかるほどの力強さを秘めている。
 どちらも太刀を背負っており、それぞれの防具と似たデザインはきっと同じモンスターの素材でつくられたのだろう。だが、何のモンスターの素材を用いたのかまるで検討がつかない。

「リュカ、女性を凝視するのは不快感を与えるだけだよ」
「わ、悪い。見たことの無い装備だったから気になってよ」
「紹介させてもらうよ。【グリフィス】さんと【アノエラ】さん。グリフィスさんは数々の古龍を討伐した経歴があって、アノエラさんは多くのモンスターに対応できる高い順応力を持っている。どちらも狩人の中でも最上級の腕前だから、安心して背中を任せられるよ。依頼は既に発注しているから、後は受注して出発してね。僕は同僚と待ち合わせをしているから、お暇するよ」
「あっ、ちょっと、カゲ?」

 女性ハンターたちを紹介すると足早に集会所を去ってしまったカゲの後ろ姿を呆然と見つめる。まるでこれ以上長居したくないように思えた。

「なんだよ、あいつ。そんなに急がなくてもいいのに」
「不思議ね。あっ、とりあえずアタシたちも自己紹介させてもらうわ。アタシはナレイアーナ、イアーナでいいわよ。こっちはリュカ。よろしく」
「改めてよろしく。グリフィスよ……。」
「私はアノエラ。よろしく、二人とも」

 握手を交わし、友好を深める。依頼内容は遺跡平原で【奇猿狐ケチャワチャ】の討伐。最近遺跡平原の傍の道を利用する商人の荷車がケチャワチャに襲われる被害が増えており、討伐を依頼したのだそうだ。



 荷車に乗って移動しながらお互いの話を聞き、リュカたちは二人の装備が最近情報が明らかになったばかりの新種モンスターからつくられていることを知った。

「【タマミツネ】に【ライゼクス】か。氷海じゃ見ねえな」
「私はタマミツネを【渓流】で、アノエラはライゼクスを【森丘】で討伐したの。ユクモ村とココット村に被害を与えそうだったから……。」
「もともと存在はしていたけど、書物に載せられるほど情報は多くなかった。各地の書士隊のおかげでようやく生態が明らかになって、素材を使った装備もつくられるようになったそうなんだ」

 名前と装備だけではモンスターの全体が浮かばない。タマミツネが海竜種、ライゼクスが飛竜種と言われても骨格でぼんやりと想像するのが限界だ。そのために、書士隊によってつくられた物がある。

「バルバレにモンスターの書が売られるようになったかしら? イリスたちに見せてあげたいわね。特にワカはハンターもやってるから為になりそう」
「えっ、ワカ……?」

 ナレイアーナの発言に驚きを見せたのはグリフィス。隣にいるアノエラに顔を向けると、グリフィスほどではないがアノエラにも微かな動揺が見えた。

「ワカって、狩猟笛のハンターの……?」
「ええ、そうよ。ハンターと書士隊を兼ねていて、アタシたちの拠点にいるの。知り合いかしら?」
「ワカさんなら、私よりグリフィスの方が縁が深い。一緒に狩猟に出たこともあると聞いたよ」
「そうね……。ワカにはお世話になったわ。書士隊に入ったことは聞いていたけど、貴方たちの拠点にいたのね」

 バルバレはキャラバンという形態があるため、キャラバンに所属するハンターと、フリーのハンター同士でグループを組んで活動するハンターに分かれる。
 ワカは後者だったが、本人が自らを語ることが無いのもあって仲間のことは知らなかった。その中の一人がG級クラスのハンターだとは思わず、リュカも目を丸くする。

「マジかよ。あいつ、すげえハンターと知り合いだったんだな」
「もしかして、知っていて私たちと引き合わせたのかしら……。」
「どういう意味? グリフィス」
「さっきの【白蜥蜴しろとかげ】よ……。私の知り合いのギルドナイトが白蜥蜴を知っているから、何か情報を教えたのかもしれない」
「シロトカゲ、って何だ?」
「話の内容から察するにさっきの少年のことを指しているようだけど……私にも教えてほしい、グリフィス」

 アノエラに言われ、グリフィスは「ええ」と頷く。

「【白蜥蜴】は、あのハンターの二つ名……。真っ白に染色されたミヅハ真シリーズを身に着けていることと、名前の【シラト カゲ】とかけているみたい。去年辺りから突然頭角を現した、天才少年と呼ばれるハンター。それも、ギルドナイトの称号まで持っている」
「…………。」

 説明を受けてアノエラが顎に手を当てる。ハンターの腕前、そしてギルドナイトの称号。どちらも手にできるのはよほどの腕前でないと不可能だが、それを若干十六歳でこなしたというのか。人を疑うようなことはしたくないが、こればかりは眉唾ものだ。

「あまりにも完璧すぎる。本当にそれほどの実力があるハンターなの?」
「アノエラが疑うのも当然だと思うわ。十六歳でそんな経歴を持っているのなら、もっと前から名前が知られていてもおかしくないもの……。それなのに、表舞台に出始めたのはつい去年。まるで、それまでずっとギルドに身柄を隠されていたみたい」
「……身柄を」

 ナレイアーナが小声で反芻する。グリフィスからカゲの詳細を聞かされ、ますます謎の多い人物だと思い知らされた。

「実際のところは私もわからない……。ただ、白蜥蜴がいつも細目にしている目を開いたら見てはいけないと言われたわ」
「あのヘビみたいな目か。どうしてだ?」
「赤紫の瞳に見とれると心を抜き取られる……と、言っていたわ」

 リュカたちはカゲが目を開いたところを見たことがある。拠点の発展を願った宴の夜、ワカに腕を引かれ驚いたカゲの目が見開かれた。その後何故かカゲはワカと目を合わせようとしていた。グリフィスの言ったことと照らし合わせると……。

「あの子、ワカに自分の目を見ろと言ったわ。あれはワカの心を抜き取ろうとしていたのね」
「ワカの心を?」
「結局うやむやになったけど、どうしてそんなことをしたのかしら」
「それは本人にしかわからないだろうね。見て、そろそろ着きそうだ」

 外の景色に気が付いたアノエラが指さす。リククワのハンターにとっては一年以上訪れていない遺跡平原だ。今回は環境が安定していたため全員ベースキャンプに到着することができた。
 懐かしさをかみしめながら、ナレイアーナがケチャワチャの居所を捜す。こっちよ、とはしゃぐように駆け出すナレイアーナのを追うリュカの背をアノエラは嬉しそうに眺めていた。

「アノエラ、やっぱり懐かしいの?」
「そうだね。ジークムント、それも発掘武器か。後でよく見せてもらおうかな」

 太刀使いの女性ハンターたちも地を蹴る。黄金色の草が舞い、心地よい風が吹き抜けていった。



 ケチャワチャの居場所を突き止めたナレイアーナが足を止める。傍を川が流れる広いエリア3。キョロキョロとしきりに何かの気配を探っているケチャワチャの丸まった背が見えた。振り返りハンターたちに気がつくと、臨戦態勢に入る。だが、どこかに向けて警戒心を解いている気配は無い。
 呼応するようにリュカたちも武器を手に取るが、背後に立っていたアノエラが疑問を投げかけた。

「……おかしい。ケチャワチャはこんな所に姿を見せないはず。エリア2やエリア9といった、ツタのある場所を好んでいるのに」
「言われてみれば、そうね。ケチャちゃんと会うのは久しぶりだけど、この子はよくツタに鉤爪を引っかけて遊んでいたわね」
「ただの変わりモンだろ。討伐対象はこいつだ、狩ろうぜ」
「待って。様子が変よ……。」

 抜刀寸前だったリュカをグリフィスが制す。その瞬間、ケチャワチャが捜していた気配を察したのか、エリア8の方角へ顔を向けると怯えるように大きな耳が震えた。そして鳥がするように腕を大きく羽ばたかせると、広げた皮膜を風に乗せて飛び上がる。
 エリア2の方角へ飛び去っていくが、更に奥地へ逃げているようだ。その原因である気配が、徐々に近づいてくる。ナレイアーナの鼻が感知したのは、同じくモンスター。

「どうやら、縄張り争いの勝者のようね」

 グリフィスが太刀の柄を握る。現れたのはケチャワチャの亜種、【白猿狐ケチャワチャ亜種】だった。橙の毛並みを持つ原種とは対照的に、白の毛に覆われた体の一部には斑点が見られる。
 ケチャワチャを追ってきたようだが、先に目についたハンターを興味津々で顔を傾けて眺めている。これだけなら愛嬌のある牙獣種だが、縄張りに侵入した新たな相手に襲いかかろうと身構えた。

「対象はあっちの鼻長猿野郎だったけど、こうなっちまった以上はこっちを狩るしかねえな」
「ケチャちゃんの臭いはもう嗅ぎとれないから、狩猟範囲外に出たと思う。縄張り争いにこの白ケチャちゃんが勝ったのなら、アタシたちが狩らなくちゃいけない相手はこの子よ」
「ところで二人とも」
「なんだよ、アノエラ」
「ケチャワチャ亜種は火の攻撃を得意とする。君たちの防具はどちらも火を苦手とするモンスターのものだと思うけど」
「…………。」

 アノエラの指摘にリククワのハンターが黙り込む。本来の討伐対象であるケチャワチャなら問題は無かったのだが、亜種となると話は別だ。寒冷地に生息するモンスターの鎧をまとったリククワのハンターにとって、炎の攻撃ほど恐ろしいものは無い。

「ハッ、ここで退けるかよ」
「アタシなら平気。危ないのは接近して戦うリュカの方じゃないかしら」
「なんだと!?」
「貴方たちって仲が良いのね。そろそろ仕掛けるわよ」

 二人のやりとりを微笑ましそうに眺めて、グリフィスが走り出す。アノエラも柄に手をかけながら駆け出し、遅れまいとリュカも後を追った。

 この狩りで、リククワのハンターは二人の太刀使いの立ち回りに驚かされることとなる。
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