狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第17話 慟哭 後編

「……そうか。だから無茶してあの野郎の前に立ちはだかったのか」
「村を襲撃した個体はもう討伐されていたけど、ハンターになって初めてジンオウガ亜種と対峙した時は旋律の維持を忘れてしまうほど村のことで頭がいっぱいになってしまいましたニャ」
「あいつにとっちゃ黒雷狼野郎は特別なモンスターだったんだな」
「ワカ旦那さんがあんなになったのは、あの一度だけでしたニャ。でも……ディーンさんを殺されて、ワカ旦那さんはあの時に戻ったみたいでしたニャ」

 同じ頃、リュカはモーナコからワカの過去を聞いた。故郷を滅ぼされた後は孤児院に保護され、そこで出会った少年少女が今の義兄弟であることも。

「ワカ旦那さんは、二度も大切な人を同じモンスターに奪われてしまいましたニャ。それを、ワカ旦那さんは自分に力が無いせいだと思っていますニャ」
「…………。」

(リュカ、僕はね……自分だけが生き延びたことが一番辛かったよ)

 ディーンの言葉が蘇る。ランサーとして仲間を守りながら戦ったディーンにとって、仲間を守りきれなかったことは自分の怪我以上に痛みを伴った。遺される苦しみを、ワカも知っていたのだ。

「だから、リュカさんの言葉を聞いたらボク……頭が真っ白になっていて、気が付いたらあんなことを……。本当にごめんなさいですニャ」
「やめてくれ、お前に謝られる理由なんて無ぇよ。オレの方こそ謝らなくちゃいけねぇ。あいつがあんな風になったのは、オレのせいだ」
「でも今のワカ旦那さんは忙しそうだし、話もちゃんと聞いてくれるか不安ですニャ」
「それなら心配いらないよ」
「誰だ! 盗み聞きなんていい度胸じゃねぇか」

 扉の向こう側から声が聞こえ、リュカが立ち上がる。扉を乱暴に開けると、そこにはギルドナイトの一人、カゲとナレイアーナがいた。

「……お前は確か、カゲだったな」
「覚えていてくれて嬉しいよ。久しいね」
「ごめんね。入ろうと思ったらモーナコが話し始めて、カゲがこのままでいようって」
「そういうことかよ。とりあえず入れ」

 二人も部屋に入り、座る。膝を折り畳んで正座をするカゲを見てやはり東国の人間なのだとリュカは頭の隅で思った。正座の姿勢を崩さず、カゲが頭を下げる。

「無礼を働いたことは詫びるよ。でもね、今頃彼は気持ちの整理をしていると思うんだ」
「どういうことですニャ?」
「さっき、声が聞こえたんだ。書士隊の女の子が彼を森へ連れ出したみたい」
「イリスが? いや、その前に“聞こえた”ってどういう意味だよ。見てねぇのか」
「うん。僕、地獄耳なんだ。だから少し離れていても二人の声や音を聞いたんだよ」

 深紅の髪で隠れているが、耳の位置に指をさす。にこりと笑う細目を見て、この少年の前で内緒話をしてはいけないと護衛ハンター二人は顔を合わせた。

「だから、あのハンターはその子に任せておくといいよ」
「そうかよ。で、お前がここに来た理由は何だ? ギルドから何か指令が出たのか」
「もちろん。調査再開の許可が降りていないから、君たちは暇を持て余しているよね。だから、久しぶりに暖かい地方へ出てみない?」

 カゲが取り出した書類には、遺跡平原に関する依頼がまとめられていた。リオレウスやケチャワチャ、イャンクックなど久しぶりに目にするモンスターばかりが並んでいる。

「G級資格を持つ敏腕狩人だもの、君たちにうってつけの依頼が目白押しだよ。報酬だってもちろん出る。村のためにもなると思うよ」
「……その話、乗ったぜ。このまま村でくすぶっていられるかよ」
「そうね。アタシたちも腕を上げて、今度こそしっかり護衛できるようにならなくちゃ」
「うんうん、その調子。書士隊のお兄さんは本当に残念だったけど、遺された君たちが頑張らなくちゃね」

 外で二人が待ってるから、とカゲは書類を手渡すと早々にリククワを発った。ここで腑抜けてはいられないのだ、とリククワのハンターは志を強く持った。



 森の中でひとしきり泣いたワカは、背を支えているイリスと向かい合った。目元が隈と無理やり擦った跡でぐちゃぐちゃだが、それでもためこんでいた気持ちを吐き出したことですっきりしたようだった。

「ごめん、迷惑をかけた。おかげで気分が晴れたよ」
「ワカさんの気持ちに整理がついたのなら、良かったです」
「俺の過ちは永久に変わらない。ディーンの命も背負って、俺は生きていくよ」
「ワカさん……?」

 悲しそうに笑うワカの表情を見て、イリスの視界が突然ぶれだした。ぶれていくうちにワカの顔が別の誰かに変わる。その人物は女性でワカと同じ金色の瞳を持ち、ハンターの装備をしていて……どこかで会ったことがある気がした。

「イリスちゃん!?」

 視界がどんどんノイズで潰されていく。ワカの自分を呼ぶ声が遠ざかるが、わずかに聞こえるその声もまた徐々に女性の声に変化した。

『私たちの過ちは永久に変わらない。ギルドに恨まれようと、私たちは生きていくよ』
(……私、この人を知っている。遠い昔に、会ったような……昔? 昔、っていつ?)
「イリスちゃん、しっかり!」

 意識を失ったイリスを抱え、ワカは急いで拠点へ戻った。すぐにユゥラの部屋へ向かい、イリスが倒れた旨を伝えて診てもらう。冷やした布を額にあて、ユゥラは大丈夫よ、とワカに振り向いて笑った。

「過労ね。ゆっくり休めば元気になるわ」
「良かった、突然倒れたから……。」

 ユゥラの診断を聞いてワカが胸をなで下ろす。また自分のせいで誰かが苦しい目に遭うことだけは避けたかった。
 部屋に駆け込んだ時は余裕が無かったが、薄暗い部屋に立つユゥラの髪は急いでまとめたのかぼさぼさだ。愛する夫を失った悲しみに打ちひしがれ、伏せていたのだろうと思うと申し訳ない気持ちになる。

「ごめん、ユゥラさん。ユゥラさんも辛いのにイリスちゃんを任せてしまって」
「いいのよ。私にできることなら、特にこの子には何でもしてあげたいから」
「…………。」
「ワカも酷い隈よ、眠れていないのかしら。ディーンのベッドに腰掛けて待っていて。温かい飲み物をいれてくるわ」

 そう言い残してユゥラが部屋を出ていったので、勝手に移動するわけにはいかず言いつけ通りディーンのベッドに腰掛ける。隣のベッドで眠るイリスの寝顔は、あの時のような苦悶の表情をしておらず、穏やかだ。診断通り深刻な状態ではなさそうで安心した。

「お待たせ、ミルクにハチミツを入れてきたわ」
「ありがとう」

 戻ってきたユゥラからコップを受け取り、そっと口を付ける。ほっとする温かさと甘みが全身にしみ渡るが、同時に強い眠気も襲いかかってきた。あまりにも不自然すぎて、まさかとワカはユゥラを見るが、見上げる瞼も徐々に重くなる。

「ユゥラさん……どうして、」

 手の力が抜ける寸前にミルクの入ったコップを奪われ、混乱したままワカの体がベッドに沈んだ。



(まさかユゥラさんに一服盛られるなんて……ネムリ草でも混ぜられたのだろうか)

 再び夢の世界に戻ってきたワカは一人自問する。いつも眠りに落ちても、必ずこの夢を見てはジンオウガ亜種に殺されて目が覚めてしまう。だから眠りたくなかったというのに。

(……ディーン)

 今回もまたディーンが立っている。まだジンオウガ亜種が襲ってくる気配は無い。歩み寄り、ディーンの正面に立つ。

(ディーン、どうしてこの夢に出てくるんだ。俺に、どうしてほしいんだ?)

 ディーンは静かにワカを見つめるだけで、一言も話さない。穏やかな笑みを見せつつも何も反応を見せないことに、悲しみがこみ上げてくる。

(ごめん、ディーン。俺のせいで死なせてしまった。本当にごめん、ディーン……。)

 森であんなに泣いたというのに、箍が外れてしまったのか涙がとめどなくあふれてくる。膝をつき、俯いて肩を震わせていると頭上から声が降ってきた。

「ディーンは心配しているのよ、君のことを」
(――えっ?)

 聞こえた声はディーンではなく、妻のユゥラのものだった。驚いて顔を上げるも、強い光が差し込んで何も見えない。だが、これは夢の終わりなのだと直感した。



 目を開けると、いつの間にかベッドに寝かせられていた。ユゥラが顔を覗き込んでおり、水に浸した布を目尻にそっとあてられる。ひんやりとして気持ちがいいが、状況が理解できず瞬きを繰り返した。

「まずは君にしたことを謝るわ、ごめんなさい。眠れていないようだったから……。とてもうなされていたのよ。それが不眠の原因だったのね。泣きながらうわ言で何度もディーンに謝っていたわ」
「……俺がユゥラさんからディーンを奪ったのは、本当のことだから」
「そんなこと言わないで。ディーンはワカを責めたりなんてしない。きっと自分を責め続けている君を心配して夢に出てきているのよ」

 ディーンと通じ合ったユゥラだからこそ、ワカはその言葉を素直に信じることができた。ならば、自分しか知らないこのことを彼女はどう見るのだろう。下唇を少し噛んで、伝える。

「俺が見た最期のディーンは、笑っていたんだ」
「…………?」
「俺を突き飛ばして、背後にジンオウガ亜種が迫っているのに、笑っていた。いつも見せていた、穏やかな笑顔だった」

 そう話すと、また涙が伝っていく。濡れた金色の瞳がすがるようにユゥラを見つめた。夢で見たディーンは、あの時と同じ表情をしていた。

「どうして、ディーンは笑ったのかな」
「……嬉しかったのよ。あの人は猟団の仲間を守れなかったことを悔やんでいたから、ワカをモンスターから守ることができることに満足して、笑ったのよ」
「…………。」
「モンスターからワカを助けて、奇跡の薬草を守り抜いてイリスとリュカ、凍土調査隊の兄弟も助けた。それと引き替えに命を落としたけど、後悔なんて絶対にしていないはずよ。だからもう、自分を責めないで」
「ごめん、ユゥラさん」
「そこは“ありがとう”でしょう。本当にすぐに謝るのね、イアーナの言う通りだわ」

 ふふ、と笑うと戸惑うようにワカの視線が泳ぐが、少しずつ瞼が下りてくるのを見てユゥラは水に浸した布をワカの痛々しい目元を冷やすように覆った。

「まずは眠りましょう、もう怖い夢は見ないはずよ」
「ユゥ、ラさん……。」
「おやすみなさい、ワカ」
「…………。」

 その言葉が引き金になるかのように、ワカの口から深い寝息が聞こえ始める。ディーンを失った日から眠っていないのなら、ワカは五日間も寝ずにいたことになる。二つのベッドで眠る若者たちを見つめ、ユゥラはある決心をした。 



 夜、リククワの倉庫に明かりが灯っているのを確認したリュカとナレイアーナはそっと中を覗く。案の定、ワカが調合をしていた。ワカが気配に気が付き振り向くと、二人が顔をしかめる。目の隈に視線が向かったのだろう。調合したての秘薬をボックスに収納すると二人の反応に構わずにここにいる理由を説明した。

「ナコに聞いたんだ。明日、村を出るんだろう? 少しでも物資を整えておこうと思って」
「そりゃありがたいけどよ、お前の体調も考えろよ。ユゥラから聞いたぞ、何日も寝ずに仕事してたんだろ。そんな隈ができて当然だ」
「ちょっと熱があるわよ。イリスもだけど、書士隊はちょっとは休みなさいって」

 遠慮無くナレイアーナに額へ手を当てられるも平気だ、と苦笑いをしながら頭を振るう様子は普段通りだ。カゲの言う通り、イリスがワカを立ち直らせたのだろう。だから、今なら届くと思いリュカは頭を下げた。

「ワカ、すまねぇ。酷いことを言ってお前を追い詰めちまった」
「……いいんだ。本当のことだし」
「違ぇ! オレがあの暴風野郎にやられなけりゃ良かったんだ。そうすりゃ凍土に行かなくて済んだのに」
「アタシにだって責任があるわ。あの時みんなで行こうって言っていれば、アタシの嗅覚で気付くことができたかもしれない」
「リュカ、ナナちゃん……。」
「とにかく、一人で背負いこむんじゃねぇ。オレたちは仲間で、ダチだろ?」

 ポンと肩に手を乗せるとワカの目が潤んできたので思わずぎょっとした。ワカ自身も驚いてすぐに顔を背け、目尻を拭う。

「ち、違うんだ。ちょっと涙腺が緩んでいて」
「そういやモーナコが言ってたぜ、お前って実は涙もろいって」
「なっ……、ナコが!?」
「ワカ旦那さん、勝手に話してごめんなさいですニャ」
「いつの間にいたの、モーナコ」

 背後から申し訳なさそうな声が聞こえたので倉庫の入口に視線を向けると、モーナコが立っていた。ワカの傍に駆け寄り、ぎゅうと抱きつく。頭を撫でられ嬉しそうに喉を鳴らした。

「ワカ旦那さん、元気になって良かったですニャ」
「ごめんな、ナコ。心配をかけた。二人にも」
「アタシたちなら気にしていないわ。とにかくアンタが復活してくれて何よりよ。アタシたちがいない間、村のことは任せたからね」
「ボクもいますニャ。ボクもできるだけサポートしますニャ」
「おう、そうだな。モーナコも頼りにしてるぜ」
「二人とも、気を付けて。一日でも早くこの村に戻ってくることを願っているよ」

 両手を差しだし、二人の手をそれぞれ握り互いの無事を祈った。二人はしばらくバルバレギルド近辺で過ごすことになる。再会できるのは何ヶ月後になるかわからないが、いつか必ず共に氷海に向かう日々が戻ることを信じて、ワカとモーナコはハンターの二人に別れを告げた。



 その後、ハンターと書士隊は離れた場所で活動を再開し、それぞれの地で新たな出会いや経験を得ることになる。
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