狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第16話 闇夜の赤黒雷 後編

 だが、この一撃が決定打となった。低い唸り声をあげながらジンオウガ亜種の体がふらりと揺れて崩れ落ちる。宿っていた蝕龍蟲が背から飛散していった。
 衝撃に打ち負けてワカがブルートフルートを地に落とし転倒したが、すぐに起き上がって、倒れたまま脇腹を押さえているリュカに近づく。

「リュカ、リュカ! しっかり……!」
「……るせぇ。聞こえてる」
「良かった、生きてるわね」
「ワカ旦那さんもですニャ」

 ワカがリュカの体を起こし、ナレイアーナがベリオXヘルムを外す。汗だくで疲労困憊の顔を見て、すぐに秘薬を飲ませた。
 全力を出しきった狩人たちは、黙って動かなくなったジンオウガ亜種を見つめていた。
 数時間に及ぶ激闘だった。いつの間にか遠くの空は明るくなっている。呼吸を整えている間に少しずつ日が昇り、ジンオウガ亜種の遺骸を照らした。満身創痍のハンターたちも。
 その間、誰も、一言も喋らなかった。静けさを取り戻した凍土の朝日の色は、このモンスターに命を奪われた男の髪色を彷彿とさせた。

「……く、ぅっ」

 抱えていた体が震えたため、傷が痛んだのかとワカがリュカの顔をのぞき込むとリュカは目を閉じて涙をこぼしていた。歯を食いしばり、押さえきれない涙を堪えようと必死に耐えているようだった。

「ちくしょうっ、狩ったのに……ちっとも嬉しくねぇ……!」
「リュカ……。」
「あいつを狩ったところで、ディーンは戻ってこねぇ。こんなに達成感が無くて虚しい狩りは初めてだ」

 ワカの腕を振りほどき、ジンオウガ亜種の遺骸に近づく。光を失ったジンオウガ亜種の瞳が自分を嘲笑いながら見ているように思えて、近くに落ちていた剥ぎ取りナイフに手を伸ばした。

「よせ、リュカ。剥ぎ取りをするつもりが無いのなら放っておけばいい」
「……テメェは、どうして!」

 リュカがジンオウガ亜種の遺骸を傷つけようとしていたことを見抜いてたワカが制止をかけるが、ナイフを捨てると突然リュカはワカの胸ぐらをつかんだ。

「どうしてそんな平気な面していやがるんだ! ディーンが死んだんだぞ!? もう二度ディーンに会えない! 話せない! あんないい奴が、どうして死ななくちゃいけなかったんだ!」
「…………。」

 リュカの目からは絶えず熱い涙がボロボロとこぼれ続けている。悲壮な叫びに、ナレイアーナも涙を流した。だが、ワカは一度も涙を流さずにリュカの怒りを真正面から受け止めた。

「テメェが守れなかったからだぞ……あの時、ディーンの傍にいたのに!」

 そう叫んだ時、リュカの左太ももに何かが噛みついた。心臓に噛みつかれたかのような恐怖を感じて見下ろすと、モーナコが体を震わせて左足に顔を押しつけていた。

「モーナコ、テメェ何しやがる!」
「ニャウウウゥゥ! フウゥゥッ!!」
「……、お前」

 毛を逆立て、モーナコは泣きながらリュカの足に噛みついていた。防具の上からでは獣人種の牙は大した威力が無いが、リュカに敵意をむき出しにしている姿は異常だ。人の言葉を話さないほど怒り狂っている様子に違和感を覚え、徐々にリュカの怒りが冷めていく。

「よせ、ナコ。お前の歯が折れる」
「こんな時にまでディーンより相棒かよ。お前って血も涙も無い薄情な奴だったんだな、軽蔑するぜ」
「なんとでも言えばいい。俺には……ディーンを偲んで泣く資格なんて無いから」
「なに……?」

 ワカの言葉にリュカが眉をひそめる。だが、掴みあげたままのワカの顔を見てぞっとした。心が欠けてしまったかのような、生気を感じられない表情だった。目から光が失われているようにさえ見える。
 手から力が抜け、解放されたワカが尻餅をついた。モーナコがワカに抱きつき、ニャウニャウと泣き喚いている。その光景を一歩引いたところで見ていたナレイアーナは、涙をこぼしながらこれからどうなるのだろうと自分たちの、リククワの今後を不安に思った。



 ディーンの亡骸は生前の本人の希望でバルバレギルドの近くにある墓地へ埋められた。そこにはかつて共に戦った、そして守れなかった猟団の仲間が眠っており、ここで眠ることでディーンの魂は彼らの元へ届けられるのだろう。
 リククワの人間全員が墓地へ行くことはできず、駆けつけたのは長のムロソだけだった。花を手向けるユゥラに、ただただ『すまぬ』と謝罪の言葉を口にしていた。そんなムロソにユゥラは首を横に振り、答える。

「あの人はこうなることを望んでいたのだと、ようやくわかりました。だから、最期に大切な仲間を救うことができて……満足していると思います」

 背後には、ようやく意識を取り戻したイリスがリュカに支えられて立っていた。泣きじゃくる姿を見て、ユクモ村で起きた一部始終を思い出す。

 イリスが目覚めたのはリュカたちが凍土から戻ってきた時で、同時にここまでの経緯を知ると自分のせいだとイリスはベッドの上で嘆いた。

「私が……私がまた皆さんを不幸にしてしまった。私のせいで」
「落ち着けよ、イリス。お前のせいじゃない。全部あの黒雷狼野郎が悪いんだ」
「でも、前にだって私のせいで、兄さんの……!」
「イリス!! それ以上言ったらお前でも許さねぇぞ!!」

 何かを言いかけたイリスを遮るように響く怒号は、隣のベッドで眠っていたクリフを起こすほどだった。リュカの怒った顔を見てイリスは謝りながら泣き叫ぶ。

「ごめんなさい、兄さん……ごめんなさい、ディーンさん……。うっ、うああぁぁっ……!」
「お前のせいじゃねぇよ、お前のせいじゃ……。」

 言い聞かせるように同じ言葉を繰り返してイリスの頭を撫でる。泣きながら謝る小さな体を、ユゥラも優しく抱きしめた。リュカの言う通り、彼女は何も悪くないのだから。

「……悪い人ね。こんなにたくさんの人を泣かせて、自分だけは満足して死んじゃって。本当に、酷い人よ……。」

 ふふ、と小さく笑うも頬を涙が伝っていた。



 飛行船が出発する前にどうしてもやりたいことがあると伝え、リュカは一人ディーンの墓前に立った。右手にはブレスワインが入った小瓶が握られている。

「探すのに苦労したぜ。墓に供える用の酒があるって聞いたことがあったからな、こいつだけは買いたいと思ってたんだ」

 花束の傍に小瓶を置く。石碑をじっと見ているうちにまた涙があふれてきた。一年弱の付き合いだったが、ディーンは頼もしい兄であり、ムロソと共にリククワをまとめる父のような男だった。

「アンタと一緒に、ブレスワインを飲みたかった。調合も教わりたかった。……なのにどうして死んじまったんだよ、ディーン」

 ムロソがつくった短剣を修復するために地底火山へ一緒に向かった日を思い出す。あの時初めてディーンからハンターだった頃の話を聞いた。仲間を守れなかったこと、動かない左腕を罪の証としていること、そして……。

(守る力があるのに目の前で命を奪われる痛みは、自分が傷を負うものよりずっと重い。この痛みを知らなくてもいいように、これからもイアーナやワカ、モーナコと協力して互いを支え合うんだよ)

 優しさの奥に厳しさをたたえた瞳で言われた言葉が心に深く突き刺さる。そして、ふとワカの光を失った金色の瞳も思い出した。

(俺には……ディーンを偲んで泣く資格なんて無いから)

 ディーンはワカを庇うように突き飛ばし、一人ジンオウガ亜種の餌食となった。ディーンの死後ワカは一度たりとも泣いていない。この痛みを受け止めているから、泣きたくても泣けないのではないかとリュカは考えた。
 遠くでナレイアーナ自分を呼ぶ声が聞こえる。涙を拭うとディーンに別れを告げて墓前を去るが、途中ふと若々しい木の傍にひっそりと佇む墓が目に入る。そして、その墓に刻まれた名前も。

「【ヒナ】……?」

 凍土調査隊の護衛ハンター、クリフが捜しているというバルバレギルド所属のハンターと同じ名前だ。知っているらしいワカは詰め寄られたクリフに対し何も言わなかったが、その理由をようやく把握した。

(あいつ“も”、仲間を失っているんだな)

 複雑な気持ちを抱いたまま、リュカは飛行船に乗り込んだ。今頃拠点で帰りを待つ住人たちも心を痛めているだろう。いつかは立ち上がらなくてはならないが、今はただディーンとの思い出を偲びたい。飛行船の中で暗い顔をするイリスを抱きしめながら、そう思った。



 こうして凍土で猛威を振るっていた【闇夜の赤黒雷】は討伐され、近辺の環境は安定した。だが、一人の尊い命が犠牲になり、またモンスターを討伐したハンターたちも心に深い傷を負った。
 リククワはしばし悲しみに暮れる日々を過ごすこととなる。
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