狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[2] □

ボクと操虫棍使いさん【1】

(※諸注意 時系列が少し遡ります。「ボクとワカ旦那さん 5」と「ボクとワカ旦那さん 6」の間のお話です)
 いつもと違う朝がきた。
 目を開ければいつもと違うテントの中で、隣で眠っているのはヒトではなくアイルーで、そして……。

「おはよう、モーナコちゃん」
「おはようございますニャ、エイドさ……、旦那さん」

 いつもと違う旦那さん。

「無理に旦那さん呼びせんでええよ? モーナコちゃんの旦那さんはワカにいちゃんなんやから」

 困ったように笑ってエイドさんは両手に朝食を乗せたお皿を持ってボクらのところにやってきた。
 コトン、と控えめに音を出して置かれたお皿の上にはトーストされたヘブンブレッドが乗っていて、とても香ばしい匂いがする。そこに猛牛バターを塗りこむと、バターがじわりと溶けて更に美味しそうな匂いがふんわりと漂った。あとはスライスしたオニオニオンとワカメクラゲのサラダに、塩ミルク。シンプルだけどバランスのとれた朝食に、ボクのお腹が早く食べたいと抗議の音をたてた。
 恥ずかしくて思わず俯いてしまったボクを見てエイドさんはくすくすと笑いながら、こんなにいい匂いがするのに今もボクの隣で眠っている淡い青色の毛並みをしたアイルーの体を軽く揺すった。

「ほらエール、起きて。朝ご飯だよ」
「ん~……低血圧でダメなのニャ。朝はしんどいニャ」
「今日からモーナコちゃんも一緒なんだよ? みっともない姿を見せていいん?」
「はぅっ!」

 ボクのことを引き合いに出すとむくりと体を起こした。【エール】、エイドさんのオトモアイルーだ。
 ボクとは違って元々オトモアイルーとして活動をしていた先輩とも言えるアイルーで、ヒト年齢にするとエイドさんよりちょっと年上のお姉さん。エイドさんを『一人前のハンターにするニャ』と何故かちょっと上から目線なのが気になるけれど、宣言通りエイドさんを徹底サポートしている優秀なオトモアイルーだとボクは思う。
 自分のことを『ボク』と呼ぶし女としての自分は捨てた、と戦士のように語ることも多いけれど、グループを組んでからハビエルさんを見る度にまるでマタタビの匂いをかいだかのようにドキドキしているのを見たことがある。つまりはおじさんぐらいの年齢の男性に惹かれるようだ。そもそもアイルーじゃなくて人であることが前提みたいだけど。ちなみにワカ旦那さんは若いので違うらしいけど、『三十年後が楽しみニャ』と言われどう反応すればいいのかワカ旦那さんが困ってしまったこともあった。
 そんなエールとコンビを組んで、これからエイドさんの狩りのサポートをするのだ。ワカ旦那さんは……きっとミサさん達と一緒に狩りを続けていくのだろう。あのままチコ村に着いた頃の記憶を忘れ、ボクのことも忘れ、立派なハンターになるのだろう。一緒に狩りをしていたワカ旦那さんの実力が認められるのだから、ボクは『元』オトモアイルーとして誇りに思う。

「どうしたニャ、モーナコ。手が止まっているニャ。ぐずぐずしているとボクがもらっちゃうニャ」
「意地悪しちゃいかんよエール、朝ご飯これしかつくってないんやし」
「ごめんなさいニャ、すぐに食べますニャ」

 いけないいけない、もうワカ旦那さんのことを考えるのはやめよう。ワカ旦那さんと強制的に別れたボクの面倒を見てくれる今の旦那さん、エイドさんに失礼だ。もぐもぐとブレッドをほおばる。トーストされたブレッドはサクサクともちもちの二つの食感を味わえて、とっても美味しかった。
 正直に言って、ワカ旦那さんは料理が全くできなかった。、いつもブレッドはそのまんま出すし、魚は焼くか三枚におろすしかしないし……と、また思考が明後日の方向に飛んでしまう。いい加減ワカ旦那さん離れをしなくては。

「エイドさん、今日はどうするつもりですニャ?」
「うん、今日は何か依頼を受けようと思ってるんよ」
「それじゃ集会所に行くニャ。エイド、モーナコ、準備するニャ」

 てきぱきとお皿を片づけるエイドさんにそう言いつつ自分も装備をボックスから出すエールを見て、ボクも持ってきていた装備を着込んだ。
 ワカ旦那さんがエイドさんやハビエルさんと一緒に狩りをしている頃、ボクはエールとハビエルさんのオトモアイルー、【テッカ】と一緒にモンニャン隊を結成して狩りに出かけたことがある。その時に得た素材でつくりあげた、【狗竜ドスジャギィ】の防具。兜、というよりは帽子に近い頭防具の上に付いているぽんぽんがボクのお気に入り。一方でエールは青い毛皮の防具、【青熊獣アオアシラ】の素材を使った防具を身につけていた。

「お待たせ、行こうか」

 エイドさんは操虫棍を主に使っているので猟虫のマルちゃん、【マルドローン】も相棒だ。『このパンツ可愛いやん』と薄い青色のゲリョスの防具を好んで着ているらしい。あとは頬骨に付けられた3本の白いフェイスペイント。ワカ旦那さんや仲間のハビエルさんと同じく、ほっぺたに模様を付けるのが好きなようだ。



 集会所に着き、ついボクは辺りを見回してしまう。黄色と緑と赤が混じった鎧を着ている男のハンターはいないか、もしいなくても仲間に似た装備をしているハンターはいないか、とそんなことをしている間にボードに貼り出されている依頼を見に行ったエイドさんに置いて行かれそうになっていることに気づいて、慌てて追いかけた。

「どうニャ、エイド。いい依頼はあったニャ?」
「…………。」

 エールの問いかけが聞こえていないのか、じっと何かの依頼の紙を見つめるエイドさん。やがてその紙をはがすと、受付嬢に渡す。依頼内容が見えなかったボクには一体どんな狩猟なのかわからなかったけれど、ハンコを押されて返されたそれを見てボクはハッとした。

【原生林にて、ガララアジャラ一体の捕獲】

 件名はそう書いてあり、依頼主はチコ村の村長だった。なんでも最近ガララアジャラが原生林内を暴れているようで、あまりの暴れっぷりから尋常ではないため捕獲で調べるべきだということらしい。捕獲にしたのはおそらく検査をしたいギルド側の考えだろうけれど、チコ村に脅威をもたらしそうなのならば黙って見過ごすわけにはいかない。

「あっ、か、勘違いせんでね! ただアタシがガララアジャラの素材が必要だなーって思っとっただけで、ワカにいちゃんならきっとすぐに受けるだろうなんて少しも」
「エイド、やめておくニャ。どんどん墓穴を掘っているニャ」
「あう……。」

 エールにズバリと言われて尻込みしてしまったけれど、エイドさんはワカ旦那さんの今に至るまでの経緯を知っている。チコ村にお世話になって、お礼として原生林で猛威を振るうモンスターの討伐をしていたということも。

「とにかく! チコ村に行こ。んで、原生林へ行くよ」
「了解ニャ」
「わかりましたニャ」

 こうしてボクは久しぶりにチコ村に戻ることになった。村長さんや漁師アイルーのみんな、ニコは元気だろうか。ボクにとってメラルーだった頃以上に大切な存在になっている仲間たち。だけどボクと一緒にお世話になっていた『あの人』はいない。それが唯一の心残りだった。



 チコ村に着き、ボクを見つけるとたくさんのアイルーたちが駆け寄ってきた。突然のおもてなしにエールは面食らったようだけど、すぐにオトモアイルーとしての佇まいを崩すまいと振る舞っていた。もちろんアイルー達に開口一番で聞かれたことは……。

「あれ? ワカさんはどうしたニャ」
「この女のヒトが今の旦那さんニャ?」
「ワカさんに解雇されちゃったニャ?」
「え、えっと……。」

 『解雇された』という表現に間違いは無いと思う。けれどやっぱり心のどこかではそれを認めたくない気持ちもあった。どう返事しようか戸惑っていると、エイドさんがしゃがんで漁師アイルーの小さな手を握手するように握りしめた。

「ワカにいちゃんは今修行中なんよ。モーナコちゃんもそう。違うハンターと組んで色んな動きに対応できるように練習してるんよ」
「へー、そうなんニャ。この旦那さんはどうニャ、モーナコ」
「エイドさんは優しい人ですニャ。アイルーも大事にしてくれるいい人ですニャ」

 エイドさんが気を利かせてくれたのでボクもその話に合わせることができた。そのまま積もる話に夢中になっていると、『ところでどうしてここに来たニャ?』と言われ肝心の目的を忘れるところだったことに気づかされる。本当の話をするべき村長さんがこちらをニコニコと楽しそうに眺めているのがかえって申し訳ない。
 日向ぼっこをしている村長さんのところへ向かい、お久しぶりですニャと頭を下げるとまァ、と笑顔がこぼれた。

「ワカちゃんとは別行動をしていたのねェ。お話はちゃんと聞こえていたわァ」

 ボクらと村長さんとの距離はだいぶあったと思うんだけどきちんと聞こえていたなんて、これが竜人族なのかと思ってしまう。エイドさんとのあいさつも程々に済ませると、村長さんは再度今回の依頼について説明してくれた。

「それじゃァね、原生林を暴れ回っているガララアジャラを捕まえてほしいの。捕まえるだけでいいのよ、無理はしないでねェ」
「わかりました! 行こ、エール、モーナコちゃん」

 ポーチの中身を確認して、エイドさんが握り拳をつくって天にかざす。その手にマルちゃんがしがみついた。マルちゃんなりの返事なのかもしれない。
 【絞蛇竜ガララアジャラ】。ワカ旦那さんが一番原生林で戦ったモンスター。だから、いつも装備していた防具はガララアジャラの素材を使ったものだった。緑に覆われた原生林によく栄える綺麗なハチミツ色の鎧。そんなワカ旦那さんを象徴するモンスターなのだから、これからエイドさんの元で頑張っていく最初の一歩として最適の相手だ。回復笛はきちんと持った。これでエイドさんのサポートもばっちりできるはずだ。



 ボクらに目も向けずのんびり座り込んでいるズワロポスを下手に刺激しないように静かに歩いていく。ガララアジャラは体がとても長いため、動き回れる場所が限られている。だから見つけるのは結構簡単なことだ。
 ゆらゆらと鮮やかな桃色の花びらが浮かぶ水辺のエリアに着くと、長い体がうねうねしながら段差を上っているところを見つけた。

「いた!」

 エイドさんがさっとポーチの中に手を入れて桃色のボール、ペイントボールを放り投げる。ベシャ、と音がして中身が割れてハチミツ色の体に鮮やかなピンクが滴り落ちる。かすかな衝撃に気がついてガララアジャラがこちらを振り向いた。……だけど、何か違和感がある。

「エイド、あのガララアジャラ……。」
「うん、アタシもそう思う」
「絶対金冠級ニャ。おっきいニャ」

 エールが違和感の正体を言い当てた。それは体の大きさ。頭も大きければその頭を支える体も太く、長い。ボクも何度かガララアジャラと対面したことがあったけど、今までのそれよりずっと大きくて威圧感があった。
 戦闘態勢に入ったのかガララアジャラが長い頭を持ち上げて天に向かって吼える。大きな鳴き声にエイドさんもエールも耳を押さえる。ボクはワカ旦那さんと同じく咆哮に耐性があるので、モンスターが吼えている間は攻撃のチャンスとなる。だから急いで走り込んで武器をブーメランのように放り投げた。

「ニャ!? 勝手に動いちゃダメニャ、モーナコ!」
「えっ……ワニャァ!?」

 ボクの背後から迫ってぶつかりそうになったけれど、ぐんにゃりと軌道を変えてとんぼ返りしたのはマルちゃんだ。エイドさんが耳を押さえる寸前に飛ばしたらしい。ガララアジャラの噛み付きをかわすと、エールがボクの所へ駆け寄ってきた。

「操虫棍を使うエイドが最初にするのはエキスの抽出ニャ。エイドはマルをまっすぐ飛ばすからその軌道上にいちゃ邪魔ニャ」
「ご、ごめんなさいニャ」

 そうだ、今の旦那さんはエイドさんだ。エイドさんもワカ旦那さんと同じく自分を強化してから狩りに臨む。今まで通りの感覚で戦ってはいけない。マルちゃんを呼び寄せたエイドさんに謝ろうと思ったけれど、それはやめておいた。

「もう一度行くぞ、マルちゃん。そら行けぇ!」

 エイドさんが別人のようになっていたから。

 そういえばワカ旦那さんが言っていた。エイドさんはいつもは大人しいけど、狩りになると180度性格が変わったようになると。女の子が突然荒々しい口調になれば、さすがのワカ旦那さんも驚いたようだ。ボクはあくまで話として聞いただけだったし、この二重人格な性格を自覚しているエイドさんからも昨晩きちんと話を受けたはずなんだけど、やっぱり度肝を抜かれてしまった。

「マルちゃん、背中だ! 赤を奪え!!」

 ガララアジャラの攻撃をすり抜け、背中の鳴甲をかすめるように飛ぶとマルちゃんの体がうっすらと赤く光っている。『赤』とはモンスターから得られるエキスの色だそうで、赤には筋力を強める効果があるらしい。エイドさんの指示に従ってマルちゃんがエイドさんの腕に飛びつき、軽く突き刺すとエキスを体内に与えていた。これで操虫棍の攻撃力が上がったはず。
 にや、と不敵な笑みを浮かべるエイドさんの背後から赤色のオーラが見えた気がした。

「よっしゃあぁぁ! 反撃行くぞぉぉぉ!!」

 この豹変ぶりにあと何回狩りに挑めば慣れるのか、ボクは自分に問いかけたくなった。と、油断してしまったボクはうっかり目の前の敵の動きを見逃してしまった。長いしっぽが視界に飛び込んでくる。

「ニャァ!?」

 とっさに武器でガードしたけれど、体が大きいせいか威力も強く、弾かれるように体がひっくり返る。その隙を見逃さないようにガララアジャラが長い体をうねらせながら近づいてきた。やがてそれはボクを囲うようにぐるぐると円状になる。

「ま、まずいですニャ……!」

 この光景を傍から眺めたことがある。ズワロポス等の獲物を中心にぐるぐると巻き付いて麻痺毒を持つ牙で動きを止め、その間に地中に潜り込んでから勢いよく突き上げる大技だ。そんなのを受けたらひとたまりも無い。

「馬鹿野郎!」

 鋭い声と共にエイドさんが飛び込んできた。いつもおっとりした感じの表情ではなく、鬼気迫る顔つきに本当にエイドさんなのか不安になるけれど、間違いなくエイドさんなのだ。操虫棍で飛んできたみたいだけど、エイドさんまでピンチに巻き込んでしまった気がする。どうしようとオロオロしているボクをよそに、エイドさんは冷静に状況を見極めてボクに叫ぶ。

「捕まれ、早く!」

 エイドさんは急いでいるのかボクの手を乱暴に掴むと、ぐいと持ち上げて腰ベルトに捕まらせた。すぐ真上ではガララアジャラがボクに噛みつこうとしているところだった。

「間に合えぇぇぇええええぇえ!」

 操虫棍を地面に強く叩きつけ、棍を支えに体をぶわりと浮かせる。軽々と宙を舞うエイドさんにしがみつくのが精一杯だったけれど、真下ではガララアジャラが何も無い空間に牙をむいていたのが見えた。もう少し遅れていたら確実に餌食になっていただろう。

「ありがとうですニャ、エイドさん」
「当たり前じゃねえか。大事なオトモアイルーなんだからよ」

 口調は荒くても、優しいところは変わらないんだな。そう思いながら着地する。エールに『ボサボサしてたらいけないニャ』と怒られてしまったけれど、すぐに『あいつを捕獲できたら大目に見てやるニャ』とも言ってくれた。態勢を立て直し、ガララアジャラがまた威嚇をする。まだまだ長い狩りは始まったばかりだ。気を引き締めなくちゃ。
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