狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第16話 闇夜の赤黒雷 中編

 ユゥラを捜すと、宿の一室に案内された。しんと冷えた部屋で、棺に入れられたディーンの傍にユゥラはいた。眠っているディーンを静かに見つめている姿がとても痛々しい。

「リッシュから聞いたわ。ジンオウガ亜種を討伐するのね」
「おう。それで、行く前に鎮痛剤を打ってもらいてぇんだ」
「……少し待っていて」

 待っている間、棺の中を覗く。リュカが最後に見たディーンは笑顔で自分に手を振る姿だった。まさかこんなことになるなんて。穏やかな顔で眠るディーンを目に焼き付けた。

「準備ができたわ。腕を出して」

 再び沈黙が流れる。液体が体内に染み渡り、チクチクとした痛みが徐々に引いていく。

「いつかは効果が切れるから、長期戦になったら不利ね。無理はしないで」
「サンキュー、ユゥラ」
「……リュカ」

 扉を開けようとしていたリュカが振り返ると同時に目に涙をためたユゥラが胸に飛び込んできた。リュカの袖を握りしめ、胸に頭を強く押しつける。

「こんな、ことっ、言うの、まちがってる、ってわかってる……でも、お願い……! あのモンスターを、“殺して”! ディーンの……仇を、討って……!」

 声を詰まらせながら、ユゥラが泣き叫んだ。モンスターの調査を行う書士隊にとって、モンスターは尊重される存在だ。そもそもモンスターは自然に生きる者であって、悪ではない。
 しかし、今のユゥラは書士隊員ではなく愛する人を失った一人の女だ。夫を殺され、更に亡骸を傷つけられて憎しみを抱かないわけが無かった。凍土のベースキャンプでは気持ちを抑えていたが、イリスたちへの治療が済んだことでディーンの死を受け入れ、感情が爆発したのだ。

「……任せろ。野郎はオレたちが“狩って”みせる」

 その言葉を聞き、『ありがとう』と言ってユゥラが体を離す。涙を拭い、ハンターを送り出そうと夫によく似た優しい微笑みを見せた。

「みんなで生きて帰ってきてね。約束よ」
「おう、あいつらにも言ってやるぜ」

 部屋を出て、飛行船に戻る。装備は飛行船の部屋に置いているため、凍土に向かっている間に着替えればいい。リュカは自分が高所恐怖症であることも忘れ、身支度に専念した。



 夜の凍土をたいまつが照らす。ベースキャンプを離れれば、明かりは月光と星が頼りとなる。いずれ目が暗闇に慣れてくるだろうが。

「どうか、気を付けて」

 いつもより心配そうな声色のリッシュと別れる。ロックラックギルドによると、秘境に潜んでいたジンオウガ亜種は凍土の狩猟範囲内に移動したそうだ。
 今までジンオウガ亜種の目撃情報が無かったのは、徹底して人の目を避けて移動していたからのようだ。もしくは姿を見られる前に獲物を仕留める。そして赤黒い雷の跡を残しては闇に消えていた。これらの情報からロックラックギルドでは【闇夜の赤黒雷】と呼ばれていた。
 エリア1に入ったところで夜空に浮かぶ気球を探し、たいまつでこちらの存在を伝えるとチカチカとライトが光る。規則的な光は暗号のように、ハンターたちにジンオウガ亜種の所在を知らせた。

【モンスター アリ エリア 2】

 凍土で最も広いエリア2に着き、辺りを見回す。暗闇に慣れた目が黒い巨体を捉えた。姿を現しているのは、リュカたちを待っているからのように見えた。
 既に準備は整えてある。接近すると同時にあちらも気が付いたようで、ぐるりと首を回した。余裕を見せるその隙に一気に駆け込んだリュカが前脚を狙う。

「チッ、硬ぇ……!」

 弾き返されることは無かったが、手応えがない。空いた片脚がリュカめがけて振り下ろされたため、とっさに身を転がせて回避する。
 直後、背後の気配に気付いたジンオウガ亜種が振り返る。真下にはワカがおり、ブルートフルートを高く振りあげた。剛角が鈍い音を立てて打撃を受け止める。

「ワカ、近すぎんぞ!」

 リュカの警告はワカが書士隊であるが故のものだった。いくらハンターであっても、その身をむやみに危険に晒すことは禁じられているからだ。

「……ごめん、今回だけは見逃してほしい」
「はぁ!? お前、何言って」
「リュカは後ろ足を頼む。こいつの頭部を狙うのは狩猟笛の方が得意だ」
「…………。」

 自己強化をかけた狩猟笛の移動速度は早く、ジンオウガ亜種の角に届く長さを持つ上に常に武器を構えたまま移動できる利点がある。ワカの案に同意し、リュカは頭部を譲ることにした。
 距離をとってナレイアーナとモーナコが援護している。四人で囲むように攻撃を仕掛けるが、ジンオウガ亜種はそれらを受け流し、時には跳んで回避する。
 高く何かが鳴く音が聞こえ、ジンオウガ亜種が体を捻って跳ぶ。体から弾き出された赤い玉は、【龍光弾】と呼ばれる蝕龍蟲がエネルギーを溜めたものだ。
 非常に好戦的なこの虫は、共生相手のジンオウガ亜種に立ち向かうハンターに狙いを定めると一直線に飛び込む。緩やかなカーブを描いて飛ぶ原種の雷光虫弾と異なる軌道に多くのハンターが手を焼いているが、氷海で何度か討伐したことのあるリククワのハンターは軌道を読み回避していく。
 龍光弾をかわしたナレイアーナが通常弾の装填を行う。水冷弾を撃ち尽くしたためだ。目線の先ではジンオウガ亜種の動きを見定めて確実に頭部に攻撃を加えるワカがいた。

「ワカってば、黒ジンオウちゃんの頭蓋を叩き潰すつもりかしら……さっきから確実に頭部に直撃させているわ。慎重に攻めているけど、雷属性を持つブルートフルートに属性強化の旋律が加わって破壊力が増してるから、いずれは角を破壊できそうね」
「…………。」

 ナレイアーナが呟いた分析を聞いたモーナコの手が止まる。ガララSネコプーンギを握りしめて、不安そうに主の戦う姿を見つめていた。
 攻撃を受け止めているジンオウガ亜種は、まだ目眩を起こしてもいなければ、ダウンもしていない。非常にタフな奴だ、と口に出さずとも同じことをリュカとワカが考え始めた時、ジンオウガ亜種が再び首をぐるりと回し辺りから赤黒い光を集め始めた。

「まずい、離れろ!」

 リュカが叫び、ワカもすぐさま離れる。蝕龍蟲から放出される龍属性エネルギーを溜める行動は、原種とは異なり龍属性を帯びた雷がジンオウガ亜種の周りに吹き出すため容易に近づくことができない。阻止しようとリュカがポーチから閃光玉を取りだそうとしたが、赤い光に包まれたジンオウガ亜種の遠吠えが響いた。あまりの速さにワカが驚く。

「チャージ速度が速すぎる……! なのに、どうしてすぐに蝕龍蟲を集めなかったんだ。まるで俺たちをからかっているみたいだ」
「オレらをバカにしてたってことか? なめやがって!」

 辺りに赤い稲妻を落としたジンオウガ亜種は【龍光まとい】と呼ばれる形態に移行した。前方へ突き出されていた角は天を仰ぎ、肩の甲殻が大きく開かれる牙竜種の戦闘態勢だ。体から赤い光をバチバチとみなぎらせる立ち姿は【地獄の覇者】と称されるにふさわしい。
 本気を出したジンオウガ亜種の攻撃は一気に苛烈さを増す。地面に叩きつける爪からは赤黒い雷が放たれ、あの一撃でディーンは命を奪われた。雷に巻き込まれない距離からワカがブルートフルートを振り回しながら高く持ち上げ、叩きつける。
 ダメージが累積されてきたようで、一瞬だがジンオウガ亜種が怯んだ。だが大きく後ろに飛ぶと、巨体を二度翻して龍光弾が更に強化された【蝕龍蟲弾】を出す。先ほどとは違い、弾はジンオウガの左右に二つずつ浮かぶ。それもすぐにこちらへ向かってくる気配は無く、軌道が読めない。
 誰かに狙いを定めて飛んでくると思われた四つの弾は、ジンオウガの目の前で交差するように飛んできた。予想外の軌道にリュカたちは回避が遅れてしまい吹き飛ばされるが、すぐに態勢を立て直す。

「くそっ……なんだ、今の。弾がクロスして飛んでくるなんて初めて見たぜ」
「氷海で狩った個体では見せなかった動きだな。凍土に生息しているからか、それとも奴自身の特性か」
「ワカ、ウチケシの実を食えよ。せっかくの雷の力が封じられちまうぞ」

 強い龍属性のエネルギーは他の属性エネルギーをかき消してしまう。体内に残った龍属性エネルギーが腕を通して武器に宿されているはずの属性エネルギーを潰してしまうのだ。
 だがジンオウガ亜種はそんな隙など与えないと言うかのように高く飛び上がると背を向けて一気に落下する。龍光まとい状態で引き起こされる雷の範囲は広く、近くにいた二人はまたも避けきれなかった。押されている状況を見たナレイアーナがアスールバスターを背に戻しながらモーナコに指示を伝える。

「まずいわ。モーナコ、回復笛をお願い」
「了解です……ニャッ!?」

 背を叩きつけた時に発生した蝕龍蟲弾がモーナコに突撃し、回復笛を手放してしまう。ナレイアーナが生命の粉塵を使うことで、微量ながら体力を取り戻すことができた。
 起き上がったワカが腰ポーチから玉を取り出し、モーナコの傍に向けて投げる。目標地点からは大きく外れたが、それでもすぐに駆けつけられる場所だ。地面にぶつかった衝撃で玉が割れ、中からは黄色い煙がその場でシュウシュウと音を立ててわきあがる。

「ワカ旦那さん、これは?」
「【万能湯けむり玉】。体内に残った龍属性も消してくれる。早く触れるんだ」
「あの子の相手はアタシに任せてアンタたちも回復しなさいな。特にワカ、あの子に一番効く雷属性の武器を担いでいるのはアンタだけなんだから」

 ナレイアーナがジンオウガ亜種を狙撃している間に三人が煙を浴びて龍属性エネルギーを打ち消す。ジンオウガ亜種は上半身を持ち上げ、目の前にいたナレイアーナを押し潰そうとするが回復を済ませたリュカがジークムントで攻撃を受け止めた。

「……! また蝕龍蟲弾が!」

 龍光まとい状態になったジンオウガ亜種は、激しく動くたびに龍属性エネルギーが蝕龍蟲弾となって体外に放出されるようだ。攻撃の隙をカバーするかのように蝕龍蟲弾がハンターに襲いかかるため、なかなか大きな一撃を与えられない。
 自分に来ると読んだナレイアーナが転がることで蝕龍蟲弾をかわす。続けざまにジンオウガ亜種が四つの蝕龍蟲弾を宙に浮かび上がらせるが、先の軌道を思い出したリュカが一気にジンオウガ亜種の懐に潜り込んだ。蝕龍蟲弾はリュカに向かうも、ジンオウガ亜種を盾にしたことで攻撃を受けずに済んだ。

「いい加減すっ転べよ、この野郎!!」

 背後に回り込み、ジークムントを構える。ここ一番の集中力を発揮し、気合の一撃を与える。炎をまとった強力な斬撃がジンオウガ亜種をとうとう転倒させた。後ろ足に攻撃を集中させた成果がついに出たのだ。攻撃のチャンスは、今しかない。
 ジンオウガ亜種の頭部を挟み込むようにリュカの溜め斬りとワカの叩きつけが入る。ナレイアーナも射撃を続け、モーナコは真・回復笛の術でハンターたちの傷を癒していく。
 動けない内に龍光まといを解除することができれば。全員で猛攻を繰り返すが、突然見開かれたジンオウガ亜種の目がワカを捉える。その目には、闘志と殺意が燃えたぎっていた。
 直後、ジンオウガ亜種は唸りながら突然身を捻って飛び上がった。長い尻尾で辺りをなぎ払う攻撃が、ワカに直撃する。

「うっ……!」

 短い悲鳴がもれた直後、大きく吹き飛ばされた体は仰向けに倒れたまま動かなくなった。傾けられた頭のこめかみから血が流れるのを見たモーナコがすぐにワカの元へ向かうが、追いかけるように蝕龍蟲弾がその背にぶつけられる。
 ジンオウガ亜種が四つ足で地面を揺らしながら動かない獲物に近づく。目を閉じたままのワカを見下ろし、鼻をヒクヒクと動かすと何かに気付いたように目を輝かせた。それはワカの血の臭いか、それともフルフル装備に染みついたディーンの血の残り香か。

「ワカ! 起きて、ワカ!!」
「お前はしゃがみ撃ちの用意をしろ。モーナコはもう一度回復笛の術だ」

 既に大剣を背負っていたリュカが指示を出しながらジンオウガ亜種の背を追う。口を開きワカに喰らいつこうとした瞬間、リュカはジンオウガ亜種の長い尾を踏み台にして飛び上がり、背に乗った。
 突然背に剥ぎ取りナイフを刺されたジンオウガ亜種が驚き、悲鳴をあげる。その声にハッとするかのようにワカの金色の目が開かれた。

「リュカ……!?」
「諦めてんじゃねぇぞっ! こんな野郎に喰われてたまるか、って根性見せろよ!」

 龍毛に必死にしがみつきながらリュカが吼える。モーナコの回復笛が響き、失われた体力が少しだけ取り戻された。だが、ジクジクとしたした痛みが腹部から全身に伝わる。鎮痛剤は既に切れており、ダメージを受けたことで傷が開いたのかもしれない。今は精神力だけで持ち堪えている状態だ。

「ワカ旦那さん、ここは“凍土”ですニャ! しっかりしてくださいニャ!!」
「…………!」

 モーナコの言葉に完全に目を覚ましたワカは立ち上がると、口元を覆っていたマスクをおろした。むき出しになった裂傷跡に、こめかみから流れる血が伝う。ウチケシの実を口にして体内に流れる龍属性エネルギーを浄化した。
 目の前ではジンオウガ亜種が背にはり付いているリュカを引き剥がそうと暴れ回って抵抗している。リュカはもはや攻撃もできず、もはや振り落とされないよう龍毛にしがみつくのが限界だ。
 やがて暴れ疲れたのか、ジンオウガ亜種の動きが止まる。しかし辺りに蝕龍蟲を集めだしている。龍属性エネルギーを集めることで、背に乗るリュカを稲妻で射抜くつもりのようだ。
 ワカは静かにブルートフルートを構え、目を閉じる。集中力を高め、金色の目を開かせると自身を軸にしながら狩猟笛を斜めに振り回した。回転しながら徐々にジンオウガ亜種に近づき、背を向けると同時にマウスピースを強く噛む。軽く飛ぶと狩猟笛のベル部分をジンオウガ亜種の頭部に向け一瞬で息を吹き込んだ。

「――!!」

 強烈な振動波がブルートフルートから放たれる。力強い女性の歌声はジンオウガ亜種の角を粉々に砕いたが、同時に龍光も放たれており、稲妻に貫かれたリュカが背中から落下した。
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