狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第15話 嵐、襲来 後編

 クシャルダオラの出現とリュカの負傷、そしてイリスの状況はリククワの者たちに大きな衝撃を与えた。リュカの傷はユゥラの手厚い処置によって一命を取り留めたが、問題はイリスだ。

「外傷は見当たらないけど、呼吸が弱いわ。とても衰弱しているみたい」
「そんな……イリス、リュカは大丈夫だったんだよ。お願い、起きて」

 ユゥラが下した診断を聞いたルシカが心配そうに声をかけるが、イリスの瞼は固く閉ざされたままだ。青白い肌がまるで死人のようで、住人の表情も暗くなる。

「病気かどうかもわからないんじゃ、薬も出せないねぇ。どうにかして助けてやりたいよ」
「薬……。」
「心当たりがあるのかい、ワカ」

 隣にいたワカがぽつりと呟いた反応を聞き逃さず、モリザがすがるように尋ねた。いや、と小さく答えながらも続ける。

「凍土に咲いている【オーロラ草】。あれの更に希少価値の高いものが傷や病に効くと聞いたことがある。だけど、それは凍土の秘境にしか咲かないからハンターはまず目にすることが無いんだ」
「そうか、【奇跡の薬草】……。」

 反応を示したのはディーンだ。それも、新たな呼び名を付け加えて。

「僕とユゥラは凍土の秘境にも行ったことがある。特徴のある植物だから、今でも覚えているよ。確かに希少価値があるものだけど、決して採取が禁じられてるわけじゃない。だから、凍土調査隊に採取を依頼すれば……。」
「如何せん、一刻を争う事態じゃ。今から凍土調査隊に一報を入れては彼らが件の薬草を手に入れ、この村に戻るまでにかなりの時間を要してしまうじゃろうな」

 割り込むように放たれたムロソの指摘は当然のことだった。今にも呼吸を止めてしまいそうに見えるイリスにそんな猶予が残されているのだろうかと誰しもがそう思うだろう。
 悔しそうな表情を浮かべながら、ヌイは師であるムロソに問う。

「どうすればいいんだい、お師さん」
「……自らの手で採りに行くしかあるまい。じゃが、それは……ディーン、ユゥラ。ぬしたちの力を借りねばならぬ」
「僕は賛成です。そうだろう、ユゥラ」
「ええ。この子を助けるためなら、喜んで」

 力強く頷いた夫妻にムロソは目を伏せる。秘境は護衛ハンターがついて書士隊がやっと歩けるようになる危険地域だ。二人をそんな所へ送り込むのは不安だが、ユゥラの言う通りイリスを助けるためだと決心した。

「イアーナ、ワカ、そしてモーナコ。ぬしらはこの二人の護衛を。イリスとリュカも飛行船に乗せ、ユクモ村の医療所にて待機させよ。さすれば凍土から戻ってすぐに処置ができよう。ワシからの紹介状を書いておこう。ユクモ村の村長から腕の立つ医者へ指示が伝わるはずじゃ」
「ありがとうございます、長老。ユゥラ、僕らも準備しよう。ルメッサ装備に着替えるんだ」

 ぱたぱたと支度に入るハンターと書士隊を見送り、ルシカは再びイリスの傍に立つ。

「元気になったら、またあのチーズケーキを焼いてあげる。イリス、気に入ってくれたもんね。だから、元気になって帰ってきてね」

 親友と親友の兄の帰還を心から信じながら、強く祈った。



 ユクモ村に到着し、兄妹はすぐに診療所へ移された。手当は済んでいるものの、失血により顔色が優れないリュカはベッドの上で一人悔しそうに握り拳をつくる。

「本当はオレも行きてえのによ……。」
「しょうがないわよ、その傷で動き回って途中で倒れられる方が迷惑だもの」
「はっきり言ってしまうのね、イアーナ。でも、私もそう思うわ。その傷、相当深いから」
「あの薬草があれば君の傷もすぐに癒えるよ。それまではゆっくり休むんだ、いいね?」

 それぞれに言われ、ぐうの音も出ない。大人しくベッドに沈むと『行ってくるよ』と手を振るディーンにリュカは手を挙げて応えた。
 飛行船が再び浮上し、凍土へ向かう。徐々に空が暗さを増していく中、ナレイアーナがユクモ村で目についたある事を挙げる。

「いつもなら村の外れにあるポポの荷車が見当たらなかったわ。あれは凍土書士隊が凍土に行く時に使うらしいから、もしかしたらクレイドたちが凍土に行ってるのかも」
「そうだったら助かるね。彼らは僕ら以上に凍土の秘境に詳しい。事情を話せば力を貸してくれるかもしれない」

 だが、その願いは虚しく打ち砕かれることになる。ベースキャンプにいた凍土書士隊の隊長の深刻そうな表情を見て、良からぬ状況が凍土で起こっていると把握したからだ。

「君たちはリククワの……どうしてここへ?」
「仲間が危篤状態なの。それで、秘境に咲く奇跡の薬草を採りに来たのよ」
「奇跡の薬草か。だが、今の凍土は危険だ」
「どうしてですニャ?」
「秘境にモンスターが出現した。調査隊が秘境の調査中に襲撃を受け、クレイドとクリフが食い止めている間に書士隊員は逃げ戻ってきた。奇襲だった上に逃げるのに必死でモンスターの正体は掴めていないらしい。あれから数時間は経過しているのだが……あの兄弟が戻ってこないのだ」

 隊長の発言に緊張感が高まる。イリスを救う薬草が生えている秘境に、モンスターがいる。それも、討伐が果たされていない可能性が高い状況下で。兄弟の護衛ハンターの安否も心配だ。

「今ユクモ近辺の村から援護要請を受けたハンターがこちらに向かっているそうだが、まだ時間がかかる。君たちは、それでも秘境に向かうのか……?」
「…………行きます」
「ディーン!?」

 少し間をおいて返答をしたのはディーンだ。ユゥラが驚いて制止をかける。

「今回ばかりは本当に危険よ、地底火山の時とは違って環境は最悪なのよ。もしモンスターと会ってしまったら……。」
「それでも、僕らには助けたい人がいる。時間が無いんだ、今すぐにでも発たないとイリスが危ない。多少の危険を冒してでも行かなくては」
「…………。」

 夫の意志に何かを感じ取ったのか、ユゥラは口を閉ざす。観念して地図を広げ、目的地を指して説明を始めた。

「奇跡の薬草の群生ポイントは二つ。一番近い場所は数分で着くけど、最奥部は十分以上かかるわ」
「手分けして探そう。僕とワカは最奥部へ行く。ユゥラ、君はイアーナと共に最短距離の群生ポイントへ」
「……ええ」
「ナコ、お前はナナちゃんたちと一緒に行くんだ」
「わかりましたニャ」
「決まったね、急ぐよ」

 ベースキャンプから木々の間をすり抜けて二組が姿を消す。リッシュは凍土調査隊の隊長と共に彼らの戻りを待つことにした。



 夕暮れになり、じきに凍土は夜を迎えそうだ。たいまつが放つ明かりと臭いはモンスターに察知されやすいため、夕日を頼りに突き進む。

「最奥部といっても、ここらと何ら変わらない森なんだ。だからすぐに自分の居場所を見失いやすい。コンパスと地図無しでは自由に歩けないだろうね」

 地図を片手に歩いていくディーンを追い、ワカはペイントの実を塗り付けた剥ぎ取りナイフで木々に小さな切り傷をつけていく。見た目ですぐにルートを確認できるようにするためだ。
 途中、綺麗なグラデーションの草を見つける。呼び止めて見てもらうが、ディーンは首を横に振った。

「これは、ただのオーロラ草だね。僕らが探している奇跡の薬草は、もっと鮮やかな虹色に輝いているんだ。一目見れば忘れないよ」

 ユゥラの言う通り、十数分で目的のポイントに到達した。ぽっかりと円上に開いた雪原の、ある一帯だけが暗闇の中にも関わらず虹を集めたような美しい輝きを放っている。
 あまりの美しさにワカは思わず見惚れてしまった。一目見れば忘れないという言葉に偽りは無い。

「すごい……。」
「そうだろう? 薬にするにはそれなりの本数が必要だけど、全部採り尽くしてしまわないようにね」
「わかった」

 身を屈め、採取しては腰ポーチに入れていく。中には輝きが薄いものもあり、本来のオーロラ草との違いをワカは頭の中の図鑑に記録した。
 ざわざわと木々が風に揺れる音と、薬草を摘む音だけが暗闇に響く。

 だが、侵入者の存在に誰も気が付かなかった。

「――!」

 何かの気配を感じ取ったワカが立ち上がり振り向く。同時に、強い衝撃に押され体が後方へ飛ばされた。

(どうして、)

 ワカの金色の瞳が困惑に染まる。

 自分を突き飛ばしたのは右肩を前方に出して突進をしたディーンであり、

 そのディーンの背後にはディーンを覆い尽くすほどの巨大な影が迫っていて、

 振りあげられた右腕の先にある鋭い爪には赤黒い光が雷のように灯っていて。

 ディーンと目が合った直後、辺りは強烈な稲妻に襲われた。



 ディーンのおかげで直撃は免れたにも関わらず雷の範囲は広かったようで全身に痛みがはしるが、それどころではない。あの場所にいたディーンはどうなった。顔を上げ、体を起こす。

 むせかえるような血の臭いが、自身の心臓を止めてしまいそうだった。

 ワカの目線の先には、大量の血を雪の上に散らせて仰向けに倒れるディーン。そしてディーンの体に四つ足で跨り、口を開けているモンスターの姿があった。
 闇にとけ込む黒い鱗に、対照的な白色の体毛。前方へ伸びている特徴的な一対の角。血と同じ色のラインが体中にはしっている。ワカはそのモンスターをよく知っていた。
 大きく開かれた口はディーンの胸元へ落とされようとしている。ディーンの体はピクリとも動かない。かつて獣竜種の巣で見つけた、無惨な姿になったボルボロス亜種の尻尾が突然脳内に浮かび上がった。
 あのモンスターが何をしようとしているのか理解し、痛む体を叱咤して無理やり立ち上がらせるとなんとしてでも阻止しようと駆けだす。だが、鮮血の花が散るのを見て、ワカはぷつりと己の中の何かが切れた気がした。

 凍土の最奥部で、悲しみの咆哮が響き渡った。
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