狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第15話 嵐、襲来 前編

 凍土の調査にも慣れ始めた頃、バルバレギルドから氷海の秘境調査の依頼が届いた。ここ数日、大型モンスターだけでなく小型モンスターの姿も見当たらないという不穏な情報がギルドに寄せられたためだ。
 地図上のエリアでは大きな変化が見受けられず、そうなると調査対象は秘境に移る。その秘境を自由に歩き回れるのはリククワの書士隊と護衛ハンターのみ。依頼を受けたリュカたちは、早速支度を整えると氷海へ向かった。



 氷海に到達してすぐに違和感を覚える。空気がしんと冷えているのは当然だが、生き物の気配が感じられない。

「皆さん、気を付けてください。何かあったら救助要請の狼煙をあげるように」
「わかってるわ。リッシュもいざとなったらすぐに運転できるようにしていてね」

 最後尾で手を振るナレイアーナを見送り、リッシュは海を見つめる。いつもより落ち着きの無い海だった。ざわざわと何かに怯えるような、そんな波のように思えた。

 普段通りリュカとイリス、ナレイアーナとワカとモーナコに分かれ調査を開始する。まずは地図全体を調べ、その後秘境へ向かう算段をした。
 エリア6をはじめとした広いマップを歩き回るが、何もいない状況は不気味でしかない。モンスターたちは一体どこへ行ったのだろうか。この場にいないのならば、やはり。

「イリス、秘境へ行こうぜ。あっちなら何かわかるかもしれねえ」
「そうだね。イアーナさんたちにわかるように入り口にペイントボールをぶつけておくよ。イアーナさんなら、この臭いに気が付くはずだから」

 エリア2から入る秘境の入口の木にペイントボールを付着させ、森の奥地へ向かう。不気味な気配は尚も続く。二人は警戒しながら奥へ進んで行った。



 ナレイアーナたちはエリア7を通過した後、エリア4を捜索していた。アイルーの巣となっているエリア7にも誰もおらず、いつもより強く感じられる風だけに出迎えられた三人は定期的に調べている巣を確認することにしたのだった。
 モンスターの巣は、ここしばらく何者かが休息に使った形跡は無い。そう判断したワカが立ち上がり、視線を上げ……そのまま静止してしまった。

「どうしたのよ、固まっちゃって」
「ワカ旦那さん?」
「そんな……。」

 独り言をこぼすワカの金色の瞳が一点を見つめたまま動かない。ナレイアーナとモーナコが視線を追うと、そこは氷の壁。だが、毎回確認していたはずの『それ』が跡形もなく消え去っていた。今までそこにあったもの、それは――。

「クシャルダオラの抜け殻が、無くなっている」

 ワカの表情が険しくなる。頂から氷海全体を見下ろすように佇んでいた錆色の抜け殻。形状などから【鋼龍クシャルダオラ】ではないかと言われており、常に観察を続けていた。
 今まで様々なモンスターがこの巣を利用したが、あの抜け殻は時が止まってしまったかのようにずっとそのままだった。その異変に嫌な予感を禁じ得ない。

「モンスターが吹き飛ばしちゃったとか?」
「抜け殻とはいえ、巨大なモンスターを覆っていた鱗の集合体だ。飛竜種の風圧じゃ揺らぐ程度のはず」
「それなら、どうして抜け殻が消えたんですニャ?」

 モーナコの問いに対し、ワカは険しい表情を崩さないまま足下に落ちている朽ちた龍鱗を拾いあげる。その行為は、この鱗の持ち主を連想させるには十分だった。ナレイアーナも顔色をさっと変える。

「……クシャル様が、ここに?」
「古龍が現れるとモンスターは身の危険を感じて避難すると言われている。もしかしたら、ここにいないモンスターたちは秘境に逃げているのかもしれない」
「ん、待って。ペイントボールの臭いがするわ。エリア2の辺り……リュカたちが先に秘境に入ったみたい」
「ボクらも追いかけるべきですニャ。秘境がモンスターでいっぱいなら、リュカさんたちが大変ですニャ」

 互いの顔を見合わせて頷くと、すぐに高台から飛び降りる。兄妹の無事を願いながら、エリア2を目指した。



「に、兄さん……。」
「一体、どうなっていやがる」

 イリスを背に庇いながら、リュカは誰にも答えられない疑問を口にした。
 森のところどころにポポやガブラスといったモンスターが息を潜めるように隠れている。細い木々が点在するこの森にはいられないだろうが、きっと奥の川のほとりや迷路じみた通路にもモンスターがいるに違いない。
 新たな訪問者、それもモンスターにとっては異分子でしかない人間が現れたのに、威嚇も逃亡もしない姿は異様な光景だった。

「何かを怖がっている。脅威が去るまで、ここに隠れていようとしているみたい」
「それっぽく見えるな。けど、こいつらがビビっちまう相手ってどんな野郎だよ」
「古龍に匹敵するモンスターなら、あるいは……。」
「古龍……マジかよ」
「兄さん、一旦戻ろう。秘境にモンスターが避難するほどの脅威が現れている可能性がある。これがわかっただけでも十分だよ」
「そうだな」

 モンスターたちを刺激しないよう静かに後退を始めた、その時。

「きゃあっ!」
「イリス!!」

 木々がざわめきだしたと思った途端、とてつもなく強い風が吹き荒れた。あまりの強さに驚いて悲鳴をあげたイリスを飛ばされないよう抱きしめ、その場にうずくまる。
 千切れた葉が舞い上がり、ポポのうろたえる鳴き声が風にかき消される。数匹のガブラスは風に巻き込まれて上空へ飛んで行った。

「…………!」

 なんとか顔を上げて空を睨みつけると、風に舞う雪の中に龍の姿を見た。一対の翼を広げ、悠々と飛んでいる。そのシルエットが向かった先を予測し、顔を青ざめさせた。
 それからすぐに風は収まり、大きく揺れた木々が落ち着きを取り戻す。

「に、兄さん。今のは……?」
「最悪の事態だ。救助要請を出したところで犠牲者が増えるかもしれねえ」
「…………。」
「逃げるぞ」

 自分は護衛ハンターであって、どんなモンスターにも果敢に挑むモンスターハンターではない。そう思い直し、イリスの手を引き秘境を出た。

 その先で、リククワの者たちにとって大きな障壁となるモンスターと邂逅を果たしたのであった。



 秘境を抜けた先のエリア2はいつもと違い、風が吹き荒れている。そして、リュカの目の前に佇む大きな龍。鋼のような光沢を放ち、大きく広げた翼を風になびかせている姿は拠点に建てられた氷像と一寸の狂いも無い。

 【鋼龍クシャルダオラ】が、氷海に出現した。

 古龍をこの目で直に見た興奮、そして脅威の存在から妹を守り抜けるかという不安。様々な思いがリュカの心を激しく動揺させる。
 クシャルダオラはリュカたちに背を向けており、草木の影に隠れた自分たちにはまだ気が付いていない。イリス、と小声で呼んで手を引いた。

「オレがあの野郎の気を引かせる。その間に逃げろ」
「兄さん一人じゃ危険だよ」
「心配すんな、すぐにイアーナたちも来てくれる。なんとか時間を稼いで、それからオレたちも逃げる。いつも通りだ」
「兄さん……。」
「あの野郎の視界に入らないように精一杯走って逃げるんだぞ。いいな、イリス」

 ザリ、と強く氷の大地を蹴ってリュカが駆け出す。背後の殺気を感じたクシャルダオラが首だけを向かせると、リュカは駆けながらジークムントに手をかけ一気に叩き下ろした。

(――早ぇ!)

 溜めを入れない分、攻撃の出は早かったはず。だが、クシャルダオラの反応はそれを上回っていた。翼を羽ばたかせると軽やかに舞い上がり、リュカの一撃を回避する。そして納刀して態勢を立て直そうとするリュカの背後に回り込んだ。

「ぐぅっ!?」

 鋭い爪で切り裂かれた衝撃に押され、氷の上を数度跳ねながら転がる。じくじくと痛む右の脇腹に手を当てれば、銀白色のベリオXアームが真っ赤に染められていった。

「野郎……!」
「兄さん!」
「来るんじゃねえ! 行けっ!!」
「でも……。」
「次は振り返るんじゃねぇぞ! わかったらとっとと走れ!」
「…………!」

 暴風と失血で霞む視界でも、イリスの目に涙が溜まっていることくらい兄にはわかる。痛みに耐えながら叫ぶと、数歩後ずさって再び駆け出す妹の後ろ姿を見送った。

(戻れなかったら、すまねぇ。けどよ……こんなオレを最期まで“兄”と呼んでくれて、ありがとな)

 逃げるイリスと、その場で動かないリュカ。クシャルダオラはどちらを狙おうか選ぶように頭を動かしていたが、よろよろと立ち上がるリュカを見て先にこちらから仕留めようと考えたようだ。
 だが、それと同時にエリア3からナレイアーナたちが飛び降りてきた。リュカの異変に気が付くと、ワカがすぐに駆け寄って具合を診る。

「秘薬だ、飲めるか」
「あ、ああ」
「出血が酷いな……すぐに止血をしたいところだけど」

 目の前のクシャルダオラが首をもたげる動作を見て、ワカが咄嗟にリュカの体を引いて飛ぶ。クシャルダオラの口からまるで刃のような鋭い風が放たれ、背後の氷の壁を大きく抉った。

「お前も、逃げろ。ルメッサ装備で、古龍の攻撃なんて喰らったら」
「あまり喋るな、傷に障る。……ナナちゃん、これを」
「毒投げナイフ? どういうつもりよ」
「文献によれば、クシャルダオラの風をもたらす器官は毒の力で弱めることが可能らしい。俺はリュカを連れて移動する。ナコ、危険だけど囮は頼めるか」
「もちろんですニャ」
「ありがとう。そろそろ動くぞ」

 リュカの腕を肩に回し、ワカが立ち上がる。その際にも痛みを堪えるような声が聞こえ、傷が思った以上に深いことを伝えられた。
 モーナコがクシャルダオラを誘導するかのように走り回ってはガララSネコプーンギを投げつけるのを、少し離れたナレイアーナが様子を伺う。その右手の指の間には四本の毒投げナイフが握られていた。

「クシャル様と会えたのは光栄だけど……やっぱり古龍ってすごいわ。一瞬でも気を抜いたらこっちがやられちゃいそう」
「イアーナさん、ナイフは頼みましたニャ!」
「任せて。これでも投擲には自信があるのよ」

 ちらりと背後を見る。リュカの傷を気にかけてか、ワカの歩く速度は遅い。できるだけクシャルダオラに気付かれぬように、的確に毒投げナイフを命中させなければ。
 風の刃は速さこそあるが、一直線のため息を吸い込む動作を見極めれば回避は間に合う。わずかな時間でどうにか回避の糸口を見つけたモーナコは陽動を続け、背後を見せたところですかさずナレイアーナが一気に毒投げナイフを投げつけた。後ろ足に見事に刺さり、一瞬ではあるがクシャルダオラが怯む。

「あの本数で効いてくれればいいんだけど……。」

 振りむいたクシャルダオラが風を放つ。それを回避し、ウルクXキャップのはためき方が異なることで風の勢いが多少弱まっていることをナレイアーナは実感した。

「うまくいったわ。モーナコ、リュカたちを避難させるまで時間を稼ぐわよ!」
「ハイですニャ!」

 ナレイアーナがアスールバスターを構えたその時、クシャルダオラは後ろ足で体を支えたまま上体を立たせ甲高い咆哮を発した。金属に金属がぶつかるようなその音はけたたましく、思わず耳を塞いでしまう。それは、防音の術を習得してるモーナコでさえも。

「!!」

 二人が身動きできない間にクシャルダオラは高く飛び上がった。大きく翼を広げながら何かを確認すると、その方角へ一直線に飛んでいく。クシャルダオラが向かった先は――エリア1だ。

「まずい……!」
「ワカ旦那さんたちを追いかけるつもりですニャ!」

 すぐさまアスールバスターを背に戻し、後を追う。きっとリュカの傷を考慮してエリア1で治療にあたったに違いない。目の前にいる自分たちより手負いのリュカを狙おうとする考えを持っていることにも驚きつつ、仲間を死なせまいとナレイアーナは必死に走った。



 緊急事態のため鎧を外すわけにもいかず、応急処置を施すのが精一杯だ。だが、ベースキャンプまではまだ距離がある上にリュカの返事が曖昧になってきている。そのためエリア2にほど近い場所で処置を行わなければならなかった。

「治療用の道具を持ち込んでいるこの装備で良かった。なんとか止血はできた、あとはベースキャンプに戻ることができれば……リュカ、立てるか」
「……おう」

 持ち前の体力と精神力で持ち堪えているようにしか見えないリュカに肩を貸し、立ち上がる。しかし、背後から突然吹いた突風に吹き飛ばされてしまった。

「リュカ!」
「ワカ旦那さん!」

 散り散りに飛んだ二人の元にナレイアーナとモーナコが近づく。ワカはすぐに起き上がるが、リュカは体を起こす力も無いようだ。それでもナレイアーナの肩に手を当て、声を絶え絶えにしながら告げる。

「……オレを置いて、逃げろ。ここまで、来られたら、野郎がベース、キャンプに……イリスが……」
「バカなこと言わないで! アンタを犠牲にしてアタシたちが逃げるなんてこと、できるわけ無いじゃない! アンタらしくないわよ、そんな弱気なことを言うなんて。今度はアタシがアンタを担ぐわ。絶対に逃げきってみせるから!」

 ナレイアーナがリュカを肩に担ぎ上げる。傷に触れたのかまたもリュカの口から低い呻き声が聞こえたが、もはやそれどころではない。
 クシャルダオラの気を引かせるように、ワカが角笛を吹く。ただの角笛ではなく回復笛だったようで、わずかながら傷が癒えるのを感じた。だが、角笛はモンスターの気を強く引く。ハンターの装備ではない今のワカにとって、命取りに繋がる行為だった。

「ワカ……アンタ、クシャル様の標的になるわよ」
「俺よりリュカを頼む。……視えてしまったんだ。リュカを包む幻影を」
「なによ、それ……リュカが死にそうだっていうの!?」

 ワカの観察眼は、対象が死に直面した恐怖心が生み出す黒龍の幻影を見通す。リュカは傷の深さ、相手の脅威、それらから自らの死を悟ったに違いない。ふざけないでよ、と軽くベリオXヘルムを小突くが反応は薄い。

「リュカを船に乗せて、イリスたちは村に逃がすわ。そしてアタシは……ここに戻ってくる」
「ナナちゃんも村に逃げてくれ。救助が来るまで俺たちで凌ぐから」
「クシャル様を独り占めするなんてずるいじゃない。それに書士隊を置いて逃げ延びた護衛ハンターなんて汚名、アタシは受け入れたくないわ。死ぬ時は一緒だからね」
「……ごめん、ナナちゃん」
「そのすぐに謝る癖、直してほしかったわ。それじゃ、行くわよ」

 話が終わるのを待っていたかのように、クシャルダオラが動き出す。角笛を吹いたにも関わらず、クシャルダオラの狙いは瀕死のリュカに定められていた。
 それを予測していたのか、クシャルダオラが飛び上がるとほぼ同時にワカがロープを高く放り投げた。あらかじめ輪がつくられていたそれはクシャルダオラの後ろ足を縛り、空中で動きを封じ込める。

「行かせるものか……!」

 ネルスキュラの糸を配合した特殊なロープは簡単には切れない。力任せに引きずられるだろうが、それでもわずかな時間を稼ごうと試みた必死の抵抗だった。
 それが気に食わなかったのか、クシャルダオラは振り向いて風を放つ。防御態勢が整っていないワカの体は簡単に吹き飛ばされ、エリア3に続く大きな壁に叩きつけられた。

「ワカ旦那さん!」
「と、止めるんだ……奴を……!」

 モーナコの視線が主と古龍を行き来する。背にダメージを受けたことで、ワカは身動きがとれなくなってしまった。再びクシャルダオラを見ると、リュカを担いで走るナレイアーナを吹き飛ばし、倒れたリュカに近づいているところだった。
 だが、奥から駆け寄る人影も見えた。

「イリス! どうして来たのよ!」

 体を起こしたナレイアーナが目を見開く。ベースキャンプに逃げたはずのイリスが戻ってくるとは思わなかったのだ。
 クシャルダオラに背を向けて兄の体を抱きしめるが、やはり怖いのか震えている。妹の気配を感じ、リュカは最後の力を振り絞って意識を浮上させた。

「……どうして、戻ってきた」
「私の家族は兄さんしかいないから。私……兄さんを失いたくない」
「そう、か、よ……」

 短く答えると、とうとうベリオXヘルムから覗いていたアイスブルーの瞳が閉じられた。カシンカシン、と金属質の足音を立ててクシャルダオラが近づいてくる。もう駄目だ、とモーナコは顔を伏せた。

 その時、一陣の風が吹いた。

 風はイリスを中心に吹き、まるで渦のように辺りを巻き込んでいく。勢いに押されナレイアーナはベースキャンプに、モーナコはワカの傍に吹き飛ばされた。
 クシャルダオラはその風を真正面から平然と受け止める。風の鎧をまとうクシャルダオラにとって大したものではなかったが、何か感ずるものがあったのかイリスたちに目もくれず飛び去っていく。
 クシャルダオラが去ったことで天候が晴天に変わり、吹き荒れた風もピタリと止んだ。リュカを抱きしめていたイリスの体がゆっくりと倒れ、衝撃で目を開けたリュカの視界に入ったのは、白い肌を真っ青にさせた妹の顔だった。
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