狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第14話 知識と工夫 後編

 巣を訪れるのは約一ヶ月ぶりだ。変わったところはないかとくまなく調べていると、地面に半端に埋もれた何かを見つけたモーナコが声をあげる。
 日当たりの良い場所に、雪に紛れて青い殻が沈んでいる。大きさや質感からモンスターの尻尾の一部ではないかとイリスは推測した。

「この色と殻の形状……ボルボロス亜種でしょうか」
「青ボロスちゃん? 前にアタシたちが捕獲した個体かしら。捕獲してまた凍土に放たれたってこと?」
「同一個体と判断する材料が無いので断定はできませんが、もしかしたら」
「んで? どうしてちぎれた尻尾がこんな所に埋められてんだよ。花が咲くわけでもねぇのに。第一持ち主はどこに行ったんだ?」

 何か思い当たったのか、ワカが埋もれた尻尾に手をかけて持ち上げた。本来片手で持ち上げられるほど大型モンスターの尻尾は軽いものではない。だが、いとも簡単にそれは地面を離れた。
 尻尾の反対側、本来は土色の肌が見えているはずの箇所は肉がぐちゃぐちゃと乱雑に引き裂かれ、わずかに殻にこびり付いている。断面を間近で見たイリスが息を飲むが、それでも観察を続けた。

「固くて食用に適していない殻は口にせず、柔らかい肉のみを食べたようです」
「食べた……ということは、イビルジョーか?」
「イビルジョーなら殻ごと食べてしまうでしょうし、食事の際に分泌される強酸性の唾液の痕跡も無いのでその可能性は低いと思います」
「じゃあ、一体どいつの仕業なんだよ、イリス」
「…………。」

 イリスは無言で近くの壁についていた白い毛を手に取る。以前獣竜種の巣を調べた時にも見つかったジンオウガ亜種の龍毛だ。

「ジンオウガ亜種が、ボルボロス亜種を捕食したのかもしれません」
「黒ジンオウちゃんって、ジョーちゃんみたいに大型モンスターを食べたりするのかしら?」
「肉食性なのは確かですが、ここにはポポやアプトノスがいます。わざわざ獰猛なボルボロス亜種と戦うリスクを冒してまで食料を求める理由が見つからないですね」
「その通りだな……。」

 ワカも手を顎に当てて考えるが、答えが見つからない。とにかく、これらのことはロックラックギルド並びに凍土調査隊に伝えておくべきだろう。イリスがスケッチやメモを終えるのを待ち、一度ベースキャンプへ戻った。

「いい子で待ってろよ、イリス」
「うん。無事に戻ってきてね」

 いつぞやと同じ言葉をかけられるが、そこにかつて見た不安そうな気配は無い。自分の腕を信頼してくれる妹の成長を感じながら、リュカは先導するナレイアーナを追った。



 最奥部のエリア7から順に採掘することにし、エリア2を経由して洞窟にたどり着く。環境は不安定とのことなので、大型モンスターと遭遇したら撤退して環境が安定している日に改めることにした。
 今のところナレイアーナの嗅覚も反応せず、数匹のバギィが来訪者に威嚇をしているだけにとどまっている。睡眠液をかけられて作業を妨げられるわけにはいかないのでワカがたいまつを取り出すが、それを背後からリュカが奪い取った。

「ピッケルはお前の方が扱いが上手いだろ。こいつらの相手はオレにやらせてくれ」
「ああ、任せる」

 三人のピッケルの音が洞窟中に響く。その音に反応してバギィたちも喉を鳴らし低く身構えて襲いかかる態勢をとり始めた。たいまつで追い払うことができるとはいえ、数が多ければ対処が間に合わない可能性もある。

「あ、そうだ」

 こういう時のための閃光玉だ。そう思いポーチから閃光玉を取り出す。昨日調合したばかりの自前のそれを、できるだけ多くのバギィの視界を奪える箇所を狙って投げつけた。

「リュカ、何が“そうだ”って――あっ!?」
「うおっ!?」

 ナレイアーナが振り向くのと閃光玉が地面に落ちるのはほぼ同時だった。その瞬間、とてつもなく強い光が洞窟を覆い、発光地点に背を向けていたワカとモーナコですら視界が白で塗りたくられ、何が起こったのか混乱したほどだ。
 全員数秒は動けなかったが、光がかき消えると頭を振るってモーナコが側にいたワカを見上げる。しゃがんで目を押さえていたが、すぐにモーナコと顔を合わせたので視力に影響は無いようだ。

「大丈夫ですニャ?」
「俺は平気だ。今のは一体……ゲリョスの閃光よりも凄まじい光だったな」
「……マジかよ、まさか」

 投げつけた直後に目を覆ったことと、ベリオXヘルムのおかげで目に入る光の量が少量で済んだためにすぐに視界を取り戻したリュカは目の前で起こった現象に呆然と立ち尽くした。
 何も考えずにポーチに手を入れた結果、あの特製閃光玉を使ってしまったのだ。無理やり光蟲を三匹詰め込んだ閃光玉は非常に強い光を放ち、バギィたちはパニックを起こしたのかふらつきながらエリア2の方角へ逃げ去ったが使用者をも拘束するほどの効果は望んでいなかった。

「リュカ……アンタ、何をしたのよ……!」
「イアーナ?」

 背後から聞こえた怒りに震える声に振り返ると、座り込んでいるナレイアーナの姿が見えた。顔を伏せて手で目を覆い隠している。既に立ち上がっているワカとモーナコに対し、一歩も動けない彼女の容態に背筋が凍る感覚がする。

「ナナちゃん、大丈夫か?」
「……目を開けられないわ。開けようとすると目が焼けるように痛むの」

 右手を離すと閉じられた瞼から生理的な涙が零れ落ちた。モーナコがポーチからハンカチを取り出してナレイアーナに手渡し、ワカはリュカに詰め寄る。

「リュカ、何を使ったんだ」
「閃光玉だよ。ただ……調合する時に光虫を三匹ぐらいぶち込んだ」
「なんだって……! どうして調合の規則から外れるようなことをしたんだ! こういうことに繋がるから配合の量が定められているのに!」
「す、すまねぇ。まさかあんなに強い光になるなんて」

 ワカの怒りの剣幕にたじろぐ。ワカの背後でハンカチで目元を押さえるナレイアーナ。目を閉じたまま動けない彼女を見て、ズキンと心が痛んだ。自分の軽率な行為がこんな事態を招いたのだと。

「すぐにベースキャンプに戻ろう。今のナナちゃんは一人で歩くこともできない。ここで大型モンスターと遭遇してしまったら一巻の終わりだ」
「こいつの目、大丈夫なのか……? 目が潰れちまったりしてねぇよな?」
「俺には判断ができない。ユクモ村で医者に診てもらうのが一番だと思う。行こう、ナナちゃん」

 手を握るよ、と一声かけてナレイアーナを立たせる。ナレイアーナはよろめきながらも握られた右手に意識を集中させるが、嗅覚だけで周りの気配を察するのは難しいものだと落ち着きを取り戻したことを自覚した。

「リュカ、覚えていなさいよ。目が見えるようになったら、まずアンタをぶん殴ってやるから」
「……何発でも殴ってくれ。今回だけは完全にオレのせいだからな」

 素直に宣告を受けるリュカはどうやら本気で後悔しているようだ。返事を聞いてひとまず納得したのか、ナレイアーナは右手に意識を集中させることにした。
 少しでも日差しを回避しようと洞窟のエリア5からエリア3を経由してエリア1、そしてベースキャンプに辿るルートを選んだ。その間もワカはナレイアーナの手を握り誘導していたが、立ち止まったナレイアーナに足を止められ振り返る。

「ナナちゃん?」
「モンスターの臭いがするわ。気を付けて」

 そう言われ、すぐに視線を戻して辺りを警戒する。洞窟内はギィギの卵があるくらいだが、確かに奥の袋小路から何かが気配を放っている。

「静かだな。フルフルか、それとも……」
「どうする、ワカ」
「そうだな……。」

 何か策を講じるつもりなのか、ワカが握っていた手を離したのでナレイアーナは命綱を手放されたような不安がこみあげてきた。それもほんの少しの間で、再び手を握られる。慌てていたのか強く握ってきたので体を強張らせると、すぐに力を弱めてくれた。
 
「頼んだぞ、リュカ」
「おう、そっちこそな」

 どうやらモンスターの対処をリュカが行うようだ。ゆっくりと歩きだし、移動を再開する。嗅覚だけではモンスターの正体が掴めないが、嗅ぎ慣れていないそれは氷海に生息していないモンスターだろうと推測した。



 エリア3に出たのか、日光が瞼の上から眼球を焼きつけるように突き刺さり、たまらず右手で目を覆う。そんなナレイアーナに気が付いたのか、安心させるようにそっと頭を撫でられた。

(アタシはエイドじゃないのになぁ……)

 恋人にするような優しい手つきにふふ、と笑うと暗闇の先にいる気配が少しうろたえた気がする。再び歩きだし、たき火の臭いを嗅ぎとりベースキャンプが近いのだとナレイアーナは安堵した。

「そろそろ着きそうね。ありがとう、ワカ。助かったわ」
「…………。」
「エイドの手もこうやって握ってあげてるの? いいエスコートね。アタシはモンスター一筋だけど、悪くないと思ったわ」
「…………。」
「何か言ってよ。これじゃ独り言を呟いてるみたいじゃない」
「…………。」
「ワカ?」

 一言も話さない『誰か』にナレイアーナは手袋の下で嫌な汗をかくのを感じた。まさかとは思いたくないが、この可能性しかなかった。

「まさか、リュカなの?」
「……おう」

 複雑そうな低い声を聞いて反射的に手を振り払う。この手をワカだと思っていたことが妙に恥ずかしくて、思わず叫んだ。

「な、なんでアンタがここにいるのよ! ワカは、モーナコは!?」
「紅白毒野郎の足止めをしてる。罠を仕掛けるのはあいつらの方が得意だろ」
「あれはネブラちゃんだったの? あの時入れ替わったわけ?」
「どうせオレだってわかったら暴れるだろうからな。ワカに黙ってるように言われたんだよ」
「二人とも、そんな所で何をしているんだ?」
「ワカ、アンタねぇ!」
「!?」

 ナレイアーナに突然怒鳴られたワカの身がすくむ。しかし、それと同時に開かれた茶色の瞳が自分をしっかりと捉えていることに気が付いた。

「ナナちゃん、目を開けても大丈夫なのか?」
「あれっ……そういえば。まだちょっと瞬きを繰り返さないと辛いけど、だいぶ見えるようになってきたわ」
「なんだよ、びっくりさせやがって」
「元はと言えばアンタのせいでしょうが!!」

 ぐいとリュカの右腕を引き寄せ、肩に背負うと地面に投げつける。ズダン、と音を立てて硬い地面を揺らしモーナコが軽く飛び跳ねた。動かなくなったリュカには目もくれず、ワカにも迫る。

「ワカ、アンタも共犯者よね。覚悟しなさい」
「共犯って何の話……わぁっ!?」
「ウニャー! ワカ旦那さん!!」

 ワカにも同じく背負い投げを決め、ナレイアーナはしっかりとした足取りでベースキャンプへ向かった。男ハンター二人は大の字に倒れたまま動くことができず、空をぼんやりと眺めた。

「リュカ、今度は何をしたんだ」
「お前と同じことをしただけだよ。イリスを想像したのが間違いだったな、シフレにしときゃ良かったぜ」
「どうしてこんな事になったのか、俺には理解ができない」
「オレだって知るかよ。あー、受け身取り損ねたから腰が痛ぇ」
「村に戻ったら薬草でつくった湿布を渡すから、シフレに貼ってもらうといい」
「サンキュー。……やっぱ知識あってのアレンジ、だよなぁ」
「これを機に肝に銘じてくれよ」
「ワカ旦那さん、回復笛を吹きますかニャ?」
「頼む、ナコ」

 同情を込めた音色の回復笛がエリア1に響き、音色が聴こえたのか『いつまで寝てるの?早く来なさいよ!』とナレイアーナがイリスを連れて顔を出した。
 ちなみにグラシスメタルはモーナコが入手しており、ムロソからの依頼も完了した。二人が銀白色の鎧を雪と土まみれにされたこと以外は完璧な任務を果たしたといえるだろう。



 リククワに戻ると、ルシカが宣言通りできあがったもの――熱帯イチゴ入りのチーズケーキ――を差し入れてくれた。曰く、濃厚なチーズに酸味のある熱帯イチゴが加わることでさっぱりとした後味になるとか。
 更につくってから一日寝かせたことで風味が増したのだと嬉しそうに語るルシカを見て、改めて知識あってのアレンジなのだとリュカは痛む腰をさすりながら思ったのだった。
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