狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第14話 知識と工夫 前編

 昼食の仕込みの手伝いをするべく、ルシカは食堂のキッチンへ向かった。既にテーブルの上には様々な食材が並べられており、モリザは娘の到着に気が付くと待ってたよ、と微笑んだ。そして円柱型の黄色い食材を持ち上げて見せつける。

「今日はこれを使おうと思ってね」
「チーズ?」
「ベルナ村で育てたムーファから採れたミルクでつくったチーズさ。濃厚で香りも抜群っていうから、溶かして食材の上にかけてみようか」
「いいね、おいしそう! ちょっと味見してみたいな」
「ふふ、そうだね」

 小さくカットして取り出したチーズを串に刺し、暖炉に近づける。やがてチーズがとろりと溶けだすと厨房はチーズの香ばしい匂いで満たされた。
 火傷しないようによく冷ましたところで食べてみると、濃厚なチーズのおいしさに味にこだわる料理人も『うん』と大きく頷いた。

「おいしい! 普段使ってる熟成チーズやレッドチーズよりも味が濃いね」
「あっちのハンターは食材をチーズにフォンデュして食べるのが主流らしいんだよ。それくらいチーズに自信があるんだろうねぇ」
「そのままでも良さそうだけど、温めたからとろっとしてすごくおいしかった。さすがだね、お母さん」
「料理人の知恵ってやつさ。ルシカ、アンタも着々と培われているはずだよ」
「あたしにも?」

 思わぬ発言にルシカはきょとんと目を丸くする。知識を蓄えていることなど意識したことが無かった。日々母の手伝いをして、おいしそうに料理を食べてくれる住人の笑顔を見ることに喜びを感じていただけだというのに。

「アンタはずっとアタシの料理を傍で見てきた。レシピ通りじゃなくて、アレンジする知識や技術だってあるはずだよ。使う材料を教えてくれれば、新しいレシピに挑戦する手はずをするさ」
「アレンジ……お母さんみたいにうまくいくかわからないけど、頑張ってみる」
「そうそう、その意気だよ。さて、まずは昼食の支度を始めようかい」

 母の思わぬ進言に驚いたルシカだったが、自分のやる気を引き出そうとしてくれているのだと考えた。以前ここでの暮らしに嫌気が差してしまい、自分が何を生き甲斐にできるのか悩んだことがあったのだから。

(チーズ……ただのチーズケーキじゃなくて、もうひとひねりできないかな)

 お菓子つくりには自信がある。挑戦するなら、お菓子にしよう。仕込みを手伝いながら、ルシカの頭の中では様々な食材がチーズとお見合いをしていった。



 その頃、リュカはディーンとユゥラ夫妻の部屋にいた。本来書物が置かれているテーブルには小さめの敷物、その上に素材玉や虫の入ったカゴなどが並べられている。それらを確認したところで、向かいに座っているディーンと目を合わせた。

「本当に僕でいいのかい? 確かにワカはバルバレギルドに向かっているけど、急いでやることでもないだろうに」
「そりゃそうなんだけどよ、あいつは余計なことばかり言うからかえって訳がわからなくなるんだ。頭がいい奴の考えてることには、ついていけねぇよ」

 調合の方法をディーンに教わろうと、リュカは部屋を訪れていた。ハンターの嗜みとして基本中の基本である回復薬などの調合はもちろん可能だが、素材玉を用いた玉や罠はあまり成功した試しが無い。
 そこで少しでもコツをつかもうと考えたようだが、リュカの返答から一度はワカに尋ねたことがあったようだ。口を尖らせて不満そうにしている表情から、うまくいかなかったのだろうと苦笑する。書士隊としての顔もよく見ているディーンは、ワカがどんな行動をとったのか推測できた。

「ワカは調合素材について詳しく教えようとしたんじゃないかな。この材料がどうして調合に必要なのか、と理由を覚えることで調合素材の組み合わせや調合方法をしっかり理解できるように」
「くどいんだよ、あいつの言い回し。オレはとにかくアレとソレを調合すればコレになる、ってわかればいいのに」
「まあまあ、とにかく調合を始めようか。閃光玉でいいんだね? 調合は長いことやっていないから、調合書を見ながらアドバイスを出すよ」
「ああ、頼むぜ」

 リュカが調合に挑戦するのは【閃光玉】だ。護衛ハンターにとって、小型モンスターの行動も制限することができるこの道具はとても重宝している。中にはフルフルのように無効化される相手もいるが。
 調合素材は素材玉と光蟲。そのまま組み合わせるのではなく、大きめのカラの実に光蟲を閉じこめた素材玉を入れて、更に木の棒を取り付けて柄に見立てて完成する。
 柄を持って投げつけて地面に落下した衝撃でカラの実が割れ、光蟲が生命の危機に瀕したショックにより目映い光を放つ。それが目をくらませる閃光になる仕組みだ。
 光蟲は非常に繊細な生物で、力を入れて掴むだけで電光を放ってしまう。目の前で強い光を浴びればハンターの目がくらむのも当然で、視界を取り戻した頃には空をつかむ指先を拝むことになる。
 更に光蟲をうまく掴めたとしても、素材玉に閉じこめる工程で逃げられたり、圧力を与えすぎて素材玉の中で絶命することもある。そういった問題もあって、閃光玉の調合成功率は低い。

「ゆっくり、優しくだよ。君の握力じゃ簡単に潰してしまうから。そうだね……イリスの頭を撫でるような、優しめの力をイメージしてごらん」
「……こんな感じか?」
「うん、大丈夫そうだね。次は空いてる左手で素材玉を持って、親指で穴を開けるんだ。なるべく大きい方がいいと思う」

 ディーンのアドバイスに素直に従いながら、工程をクリアしていく。一度も失敗せずに一つの閃光玉を見事完成させ、リュカは大きく息を吐いた。柄を握り完成品を眺めていると、奥でディーンが優しい笑みを見せる。

「一回で成功させるなんてすごいじゃないか、リュカ。この調子で何個も練習していけば成功率も上がるよ」
「サンキュー。けど、狩猟の最中に調合をすると上手くいかねえんだよな」
「いつモンスターが襲来してくるかわからないからね。特にモンスターと交戦すると神経が強く刺激されて高揚するから、調合だけに気持ちを集中させるのは難しいんだ」

 そんな状況下でも、ワカは平然と調合を行い不足した道具の補充をする。その技術は負けず嫌いのリュカでも認めざるを得ないほどだ。

「オレらが見張ってるとはいえ、あいつは簡単に作っちまうんだよな」
「ああ、ワカは数年間ずっと【調合師】をしていたからね」
「……はあ?」

 一個調合しただけで疲労がたまったので軽い気持ちで会話を始めたのだが、思いがけない言葉を耳にした。椅子に寄りかかっていた姿勢を前のめりにして興味があることを反応で示す。
 調合師は素材を持ち込むことで調合を代行してくれる調合の専門家だ。リュカも世話になったことがある。ハンターを相手に商売する者は【調合屋】と呼ばれ、特に調合の難しい【いにしえの秘薬】や【大タル爆弾G】等は彼らに依頼した方が安く済むと言われているほど、信頼できる腕前を持っている。

「一足先にハンターになった兄弟を支援していたんだって。ハンターを始めたのは今から四年前って聞いてるから二、三年はずっと調合をしていたんじゃないかな。ガンナー用の弾や瓶を調合できるのも兄弟が使うことがあるから対応できるように勉強したらしい。全ての鎧玉やフエールピッケルを使った調合なんかもね」
「マジかよ、頭の中に調合書が丸々入ってるようなもんじゃねえか。ハンターなんかやらないで調合屋で食っていけたんじゃねえの?」
「僕も同じことを聞いたよ。そうしたら、ちょっと悲しそうにこう言ったんだ。“置いて行かれるのは嫌だ”って」
「…………。」

 リュカの脳裏をよぎったのは、妹のイリスだった。まだ書士隊に所属していなかった頃、狩猟に出る自分を心配そうに、そして寂しそうに見つめていた。それでも健気に『行ってらっしゃい』『無事に戻って来てね』と見送ってくれたものだ。
 そんなイリスも、ある出来事がきっかけで自分の道を探して、突き進むことになる。ワカにも何かきっかけがあったのだろうか。テーブルの下で左手が無意識に太股にそっと触れた。

「少しはリラックスできたかな。続きを始めよう」
「おう、そうだな」

 再び調合を始めるが、要領を得たというわけでもなく時折失敗させながらも閃光玉を少しずつ調合していく。その途中、リュカはふと思いついた。

(素材玉の中に光蟲を多く入れたら、その分閃光も強くなるのか?)

 モンスターの動きを止められる時間が長いに越したことは無い。やっと光蟲を刺激せずに捕まえるコツを掴んだところだ、調合にひと工夫加えてみることにする。
 その時、別の部屋でイリスと仕事をしていたユゥラが戻ってきた。ディーンが反応し顔を向ける傍で、リュカは一匹の光蟲を素材玉に入れていく。

「ディーン、そろそろお昼ができるそうよ。食堂に行きましょう」
「もうそんな時間か。リュカ、その辺にしておくんだよ。素材玉には限りがあるからね」
「おう」

 部屋を出る二人に返事をして、リュカはゆっくりと二匹目の光蟲を押し込む。素材玉に大きめの穴を開けてスペースをつくったことで、二匹入れてもまだ余裕がある。

(もう一匹くらい入りそうだな)

 素材玉の穴を左手で塞ぎながら、右手で三匹目の光蟲を手にする。そっと入れてカラの実で素材玉を包んで木の柄を差し込み、特製の閃光玉が誕生した。

(後で森でぶん投げてみるか)

 できあがった数個の閃光玉をポーチに入れ、リュカは自分の部屋へ戻った。この閃光玉を取り除かなかったことを激しく後悔することになるとも知らずに。



 住人全員が昼食を終えた頃、ルシカはキッチンで素材とにらめっこをしていた。チーズとのお見合いはなかなか上手くいかず、一般的なチーズケーキのクオリティを上げることにしようかと考え始めた時、食堂に誰かが入ってきた。

「あれ? リッシュ、どうしたの」
「ルシカでしたか……その、飲み物をいただきに」
「そっか。何がいい?」
「……硬茶を。千年の方をお願いします」
「うん、いいよ。ちょっと待っててね」

 硬茶をトレーに乗せリッシュの元に戻るが、どうも浮かない様子だ。落ち込んでいる様子にルシカは心配になり顔を覗き込んだ。

「ねえ、本当にどうしたの? 具合が悪いの?」
「体調はなんともありません。大丈夫ですから、気にしないで下さい」
「ダメ、気にする。あたしたち友だちでしょ? 前にあたしのこと心配してくれたよね。あたしも同じ、リッシュが落ち込んでいたら心配するよ」
「ルシカ……。」

 差し出された硬茶を一口すすり、息を吐く。安堵の息でないことはすぐに見てとれた。

「“あの人”のことが気にかかっているんです」
「アルのこと?」

 リッシュが密かに想いを寄せている商人、アル。一ヶ月に一度リククワを訪れる日をリッシュは常に心待ちにしているのだが、何があったのだろうか。

「まさか、告白したの?」
「私にはそんな勇気なんて無いです。でも……最近、あまり私の前で笑ってくれない気がして」
「アルに何か言ったわけでもないよね?」
「そうなんですが、どこかで失礼なことを言ってしまったのかも、と」

 俯くことで空色の長い髪がさらりと肩から滑り落ちる。自己主張が消極的なリッシュの態度が気に障るほどアルは心の狭い人間ではない。そう考えると、母譲りの笑顔でリッシュの肩を軽く叩いた。

「気のせいだよ! アルはいい人だもん。リッシュはアルの優しいところが好きなんだよね、そんなオドオドした態度でいたら本当にアルが困っちゃうよ?」
「……そうなんでしょうか」
「そうだよ! あたしを信じて、ね?」
「……はい。ありがとう、ルシカ」

 ようやく笑みが見えて、ルシカはホッとした。アルのことを考えているのか、頬に赤みがさしている。この甘酸っぱさを感じる表情が、いつか満面の笑みになってくれればいいのに。
 そう思った時、心の中のワードがあるお見合いを成功させた。

「……“甘酸っぱい”」
「何がですか?」
「うん、甘酸っぱいのと合いそう。ありがとうリッシュ、おかげでいい案が浮かんだよ!」
「えっ??」

 頭に疑問符を浮かべるリッシュを置いて、ルシカは食堂を後にする。突然豹変した理由などわからないまま、リッシュはまだ冷めていない硬茶を飲み干した。

「お母さん、熟成チーズと猛牛バターと……あと、まだアレってあるのかな」
「アレって何だい?」
「前に旧砂漠でみんなが採ってきた、あの食材!」



 翌日、凍土でしか採れない鉱石を調査がてら採取してほしいとムロソに頼まれたリククワのハンターは飛行船へ乗り込む。
 その直前に珍しく見送りに来たルシカに『戻ってくる頃にはできあがっているから』と言われ、何のことだろうと思いながらもリッシュは飛行船を離陸させた。

「で、またあの調子なわけね」

 ナレイアーナがため息をつく。目線の先は船内に繋がる扉だ。浮上する頃にはイリスと共にそそくさと部屋に篭ってしまうリュカを軟弱者と罵りたいようだが、それをワカが宥める。

「そのうち甲板に出られるようになるさ」
「飛行船酔いに慣れるってこと?」
「いいや、高い所だ」
「……はぁ?」

 自然な口調で語るワカにナレイアーナは耳を疑う。発言の意味をそのまま受け取ると、リュカは高所恐怖症ということになる。だが、氷海のエリア3から豪快にエリア1やエリア2へ飛び降りる姿をよく見ているのにそんなはずはないと否定した。

「嘘でしょ、それ。氷海で高い所から飛び降りてるじゃない」
「氷海の高度とここの高度は全く違う。特にここの下界は、森か海しか見えない。氷海のエリア4にも行きたがらない理由がやっとわかったよ。視界が悪くて見えないあの高台から飛び降りるのが嫌なんだろうな」

 氷海の調査で常にワカにエリア4を任せていた理由は、イリスがエリア4の壁を上れないからだけではない。リュカが足場の見えない巣のある高台から飛び降りることを恐れているからだ。
 あの大男が足を竦ませて震えている姿を想像したらひどく滑稽に思えて、ナレイアーナは吹き出してしまった。

「あのリュカが高所恐怖症だなんて、意外だわ」
「高所恐怖症は不安障害なんだ。いずれ克服できるよう手助けをしてあげなくちゃいけない」
「そうね。そういえば、ワカにも怖いものってあるの?」
「……あるにはある。もちろん言わない」
「何かしらね、モーナコ」
「ワカ旦那さんは、む「言うな、ナコ!」

 よほど知られたくないのか、必死に声を荒らげてモーナコの発言を遮るワカを見てナレイアーナがまた笑う。遮られた言葉の先も気になるが、そろそろ凍土に到着する頃だ。

「お爺ちゃんが依頼したのは【グラシスメタル】よね。あれは奥地や洞窟のエリアで採れやすいわ」
「獣竜種の巣への道は開通しているそうだから、巣の調査を終えたらイリスちゃんをベースキャンプに待機させて俺たちはグラシスメタルの採取に向かうのが効率的だな」

 こなす依頼の順序を決め、凍土に降り立つ。部屋から出てきたリュカとイリスにも流れを伝えると、早速獣竜種の巣のあるエリア9へ向かった。
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