狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第13話 母 前編

 凍土の調査を行うようになって早数ヶ月。雪がぱらぱらと舞う日に、凍土調査隊から依頼が持ち込まれた。
 リッシュが持つ依頼書には、【氷牙竜ベリオロス】が出現し、凍土を暴れ回っていることが書かれていた。このままでは凍土を飛び出して近辺の村を襲う可能性があるため、凍土書士隊の護衛ハンターと共に討伐をしてほしいとのことだ。

「モンスターの討伐依頼がくるなんて予想外だな。凍土書士隊の護衛ハンターだけじゃ手が回らないということか?」
「専属のハンターは少ないそうなんです。あの兄弟が護衛ハンターの主軸ですが、他は調査の護衛に割かれてしまっているので管轄内で活動するハンターに協力を要請するみたいで」

 ベリオロスと聞いて、ナレイアーナはリュカに視線を向けた。ベリオロスの異名、【零下の白騎士】という言葉がよく似合う銀白色の鎧。

「アンタの防具はベリオちゃんの素材よね。狩ったことがあるの?」
「竜人商人と素材を交換してつくっただけだからな。氷海には生息してないから、実物を見たことは無ぇよ。そういうお前こそ、狩ったことは」
「もちろん、あるわよ。狩猟はアタシに任せて」
「イアーナさん、凍土の狩りだと益々頼もしいですニャ」

 ありがとう、とモーナコの頭を撫でるナレイアーナは上機嫌だ。モンスターの知識は、いくら書物を読んでも実戦経験には及ばない。ワカもモーナコの発言に同意するように頷いた。

「あいつらと合流しなくちゃいけないんだろ? さっさと行こうぜ」
「待ってください、リュカ。狩猟に参加できるのは四人です。あちらのハンターは二人いるので、こちらからも二人しか参加できません」
「そっか、留守番を決めなくちゃね」
「それなら……。」
「ワカー! ワカ、どこー?」
「こっちだ、ルシカちゃん」

 遠くで響くルシカの声が会話に割り込む。ワカの返事に応じ食堂へ入ってきた彼女は外で作業をしていたのか、屋外用のブーツに雪がこびりついている。雪を落とすことも忘れるほど慌てていたのだろう。

「あっ、みんなでご飯を食べてたんだね。あのね、ワカのお姉さんが来てるの! 村の入口で待ってるよ」
「【ミサ】姉が? すぐに行く」
「ボクも行きますニャ」

 立ち上がり食堂を出るワカを、モーナコも追う。ワカには契りを交わした義兄弟がいる。以前リククワを訪れた長兄のフェイが姉と呼んだので、義姉が兄弟の長子なのだろう。興味を持ったリュカたちもワカの義姉を一目見ようと外へ出た。



 フード付きのマントで寒さを凌ぐ人影を入口で見つけた途端、更に急ぎ足になる。そんなワカに気が付いたのか顔を見せようとフードを外し、真紅の長い髪がふわりと風に舞った。

「元気でやってるみたいね、ワカ」
「ミサ姉、どうしてここに?」
「ちょっと顔を見たくて。心配しないで、キャラバンにはちゃんと話はしてあるから」
「お久しぶりですニャ、ミサさん」
「モーナコ君も元気そうね」

 マゼンタの瞳が優しく微笑み、ワカも嬉しそうに金色の目を細めた。ぞろぞろとリュカたちも姿を見せたため、ミサは彼らに頭を下げた。

「弟がお世話になっています。ワカの姉の【ミサ】よ」
「ミサ……もしかして、【雌火竜落とし】ですか!?」
「リッシュちゃん、ミサ姉を知っているのか?」
「三種のリオレイアの同時討伐依頼をこなしたんですよね。その依頼の手続きを友人がしたんです。あの時の友人は、すごく興奮していました。何しろ、たった一人で三頭を討伐したんですから」
「その片手剣使いのハンターの話なら、オレも聞いたことがあるぜ。左利きだから剣と盾の持ち方が逆になるのに、完璧に使いこなしてるらしいじゃねえか。そのハンターがまさかワカの姉ちゃんだったなんてな」

 数年前に成し遂げられたその偉業はバルバレギルドのハンターの間で噂になり、彼女をスカウトしようと動いたキャラバンも多かったという。しかしミサは義兄弟とハンターを続けることを望んでいたため、どのキャラバンにも所属することは無かった。
 後にグループを解散し、あるキャラバンに入ったことを知っているのは義兄弟やワカの相棒のモーナコだけだ。だが彼女の偉業に憧れるハンター、特に片手剣使いの者は今でも存在するという。

「わざわざドンドルマから来るなんて驚いたよ。とにかく中に入ろう。俺たちは平気だけど、ミサ姉にとってここは寒すぎるから」
「おーおー、やっぱり兄弟が絡むと変わるなあ、お前」
「……リュカ、アンタもイリスのことになるとこうなんだからね?」

 自分のことを棚に上げてよく言うものだとミサ以外の全員が思っただろうが、ワカの言う通りまずは暖かい屋内へ案内してやるべきだろう。
 一人で着々と物事を進めていることに気付いたワカは足を止め、二人のハンターに先ほど中断してしまった話の続きをした。本当はこれから凍土に向かうはずだったのだから。

「俺とナコはミサ姉と話をしたいから、ベリオロスの討伐は二人に任せるよ。元々俺たちが外れるのが最適だと思っていたけど」
「わかったわ。アンタはお姉さんとゆっくりお話してなさいな」
「頑張ってくださいニャ、リュカさん、イアーナさん」
「おう」

 手を振るワカとモーナコに見送られ、リュカたちは飛行船に乗り込む。今回は直接凍土に向かうのではなく、ユクモ村で護衛ハンターの兄弟と落ち合うことになっていた。
 ナレイアーナが久しぶりに訪れるユクモ村に想いを馳せる一方で、またしてもリュカは飛行船酔いを起こしたようで移動中部屋から出ることは無かった。



 ユクモ村に到着すると、風に運ばれた湯気と硫黄の匂いが出迎えてくれた。石畳の階段を上りきったところで、紺碧色の装備の二人組の姿が視界に入る。手を勢いよく振っているのは弟のクリフだ。

「来てくれてありがとうっス。……あれ? ワカはいないんスか」
「客人が来たから、そっちの相手をしてんだ。そんなにがっかりすんなよ、オレたちじゃ不満か?」
「そっ、そんなつもりは無いっス。ごめんなさいっス」

 リュカの物言いに素直に頭を下げるクリフの背後に立っていたクレイドも無礼を詫びるべく、弟に続いて『すまない』と謝罪を口にする。

「彼は過去に我々と同行していたハンターを知っていたようだから、話を聞きたがっていてな。君たちに不満など抱いていない、それだけは信じてほしい」
「わかってるわよ。リュカも本気で言ったわけじゃないんだし、気にしないで」
「ありがとう。討伐に協力してくれることにも感謝する」

 今度は礼を述べるとクレイドは二人を村の外れに案内した。そこには荷車があり、繋がれていたポポがのんびりとくつろいでいた。兄弟に気が付くと立ち上がり、こちらをじっと見つめている。

「我々はユクモ村を拠点にしているから、いつもこの荷車で凍土まで向かっている。ギルド嬢はこの村で我々の帰還を待っていてほしい」
「はい。……みなさん、気をつけて」
「行ってくるっス! それじゃ、出発するっスよ」

 慣れた手つきでクリフがポポに出発の合図を送る。ゴトゴトと木製の歯車が音を出てながらゆっくりと動きだし、荷車が見えなくなるまでリッシュはその場を離れなかった。



 凍土に到着し、ベースキャンプで支度を整える。普段通りに通常弾の装填を行うナレイアーナの背に、クレイドが声をかけた。

「ホットドリンクが支給品ボックスにあるのだが、持っていくか?」
「いらないわよ。アタシたち、みんな寒さに強いから」
「我々は耐寒のお守りをギルドから支給されているのだが、お守りいらずで寒さを凌げるとは驚いたな」
「そうなんスか。もしかして、ワカも寒さが平気なんスか?」
「そうだぜ。あいつも寒いところの生まれらしいからな」
「…………!」

 軽く腕を回して体をほぐしながらリュカが答える。軽い口調で聞いたクリフは目を丸くし、思わず後ずさりした。背後にいた兄にトンと軽くぶつかるが、気にする余裕は無かったようだ。

「クリフ、どうしたのだ」
「オレ……ワカにとんでもないことを言わせてしまったっス。あの子が捜していた“幼馴染”って……。」
「そういや、この間ワカに食ってかかってたよな。一体、誰のことなんだよ?」
「……我々だけの話だ。どうか忘れてほしい」

 討伐を目前に気持ちが大きく揺らいでいるクリフを叱咤するように肩を叩くクレイドの声色は、固い。あまり触れない方がいい話題だと読んだリュカたちは、それ以上の詮索を行わないことにした。

「凍土での狩猟は我々の方が慣れている。案内は任せてくれないか」
「氷海にいないモンスターも多いからな。どのエリアを移動するかも知っているんだろ?」
「もちろんっス。まずは近場から捜してみようっス!」

 四人は気を引き締めてベースキャンプを発った。ねぐらとしているエリア6へ向かおうとエリア2に突入したその時、四人の視線はある一点に集中した。何故なら――

「なんだよ、あれ……!」

 エリアの中央に白い毛のあちこちを血に染め、崩れ落ちているベリオロスの姿があったからだ。

 慌てて駆け寄るも、ベリオロスが動く気配は無い。ベリオロスの最大の特徴である琥珀色の牙は無惨に折れ、体中に鋭い切り傷がついている。ぴくりともしない様子から事切れていることを確認すると、益々混乱してきた。

「こいつを討伐するためにオレたちはここに来たんだろ? なのに死んでるって、どういうことだよ」
「狩猟環境は確かに不安定だったっス。だけど、依頼対象のモンスターが既に討伐されているなんて初めてっス」

 首をかしげるリュカとクリフに対し、クレイドは何か情報を得ようとベリオロスの死骸を確認する。雪のように真っ白だった毛を染める血は乾いており、更に周囲を見回すと地面に焦げたような跡が目に入った。

「死んでからだいぶ時間が経っているようだ。爪で刻まれたような傷が多く、そして雷撃のような焦げ跡。数ヶ月前に君たちが生息を推測したジンオウガ亜種の仕業だろう」
「黒ジンオウちゃん? あの子、まだ討伐されていなかったのね」
「目撃情報が無くて本当に生息しているのかわからなくなっていたっスけど……存在していることは間違いないっスね。このベリオロスは、縄張り争いに負けたのかもしれないっス」

 突然の討伐対象の死亡と、未だ凍土を覆う脅威。このまま戻るわけにはいかず、モンスターの調査へ切り替えて雪の大地を踏み抜く。
 エリア3から狭い洞窟のエリア5を通り、大きな段差のあるエリア6に着くと徒党を組んだバギィたちが段差の上に向かって吠えていた。どうやらそこに彼らにとっての脅威が潜んでいるようだ。
 それぞれの武器に手をかけ、構える。神経を集中させてモンスターの気配を感じ取る。もちろん真っ先に反応したのはナレイアーナだ。

「飛んで来るわ!」

 空に浮かぶ白い雲と同化しているが、明らかに大きな塊が宙を舞っている。泳ぐように滑空すると、やがて氷の壁に向かって飛び込んだ。

「えっ――」
「クリフッ!!」

 空中から直接攻撃を仕掛けるものだと思っていたため、反応が遅れた。ベリオロスの発達した爪は氷の壁にしっかりと食い込み、壁に張り付くと後ろ足で壁を蹴ってクリフに襲いかかってきたのだ。
 クレイドが即座に動き、イャンガルルガの頭部をモチーフにした盾を前方に構えてクリフを庇う。ベリオロスの巨体にかかる力に負けじと踏ん張り、その間にしゃがみ撃ちの構えをとったナレイアーナが前足に生えている棘を狙い撃った。
 
「もう一体いやがったのか!」
「エリア2にいたベリオちゃんは黒ジンオウちゃんにやられたのよね。なら、この子はあの子の友達かしら?」
「何だって構わねぇよ。どっちみち、こいつは狩らなきゃなんねぇからな!」

 ベリオロスが後方へ大きく飛んで距離をとる。唸り声をあげながら、四人のハンターを睨みつけた。その息は荒く、口の辺りに白い蒸気を何度も浮かび上がらせている。
 態勢を立て直したクレイドは、その様子を冷静に分析しようと観察していた。モンスターの機微に聡い兄に、クリフも攻撃の手を休めて尋ねた。

「どうしたっスか? クレイド兄さん」
「あのベリオロス、どこか様子がおかしい」
「おかしい? まだどこもケガなんてしていないっスよ」
「それはそうだが……。」

 既に攻撃に入っているリュカとナレイアーナに加勢するべく、クリフもボウガンを構えて駆け出す。それでもクレイドは構えない。
 依頼はベリオロスの討伐。一頭こそ他のモンスターに倒されてはいたが、この一頭を討伐すれば依頼を達成することができるだろう。だが、それで終わっていい案件ではないはずだ。

「前足の棘を破壊してほしいっス。そうすればさっきみたいな攻撃はできなくなるっスよ」
「なるほど、棘はスパイク代わりってわけか」

 身軽に宙を舞い、時には地を駆け翻弄してくるベリオロスだったが、動きを注視している内にうまくかわす術を身に付けていく。飛びかかるベリオロスを身を屈めてやり過ごし、再びアスールバスターを構えようとしたナレイアーナの手がぴたりと止まった。重い武器を支える力も徐々に抜けていく。

「どうしたんスか、そろそろ棘が壊れるっスよ。そうしたら一気に……。」
「撃たないで、クリフ!」
「へっ?」

 蒼火竜炎舞砲の砲身を掴んで地面に向けるナレイアーナの行動に、クリフは間の抜けた声が出てしまった。今回の目的は捕獲でも撃退でもない、討伐だ。それなのに、何故。

「どうして攻撃しちゃダメなんスか、ナレイアーナ」

 フーフーと荒い息を吐いてなおこちらを威嚇するベリオロス。その体にまとわりつく甘い匂いは、氷海で経験したあの苦い思い出に直結した。

「ダメよ、あの子を撃っちゃ! あの子は……!」
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