狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第12話 銀白色と紺碧色の邂逅 後編

 大きな氷の塊が重く伸しかかり、消散剤が手から落ちて地面を転がる。体のほとんどを雪塊に覆われたワカは重みに耐えかねて倒れ、氷を砕こうともがく主の姿を見たモーナコは自身の状態を忘れ叫んだ。

「ワカ旦那さん!」
「ちょっと借りるわね、ワカ!」
「ナナちゃん!?」

 後方から地面に落ちたブルートフルートを担いだナレイアーナが駆け寄っていた。顔を上げるとナレイアーナの背後には放り投げたアスールバスターがあり、武器を手放してわざわざ助けに来たのだと把握した。同時に、奥で後退して狙いを定めて突進しようとしているボルボロス亜種の姿も。

「駄目だナナちゃん、すぐにナコを抱えて離れてくれ!」
「それは聞けないお願いね。リュカ、モーナコはアンタが連れて行って」
「おう、そっちは頼んだぜ」

 同じく駆け込んできていたリュカが雪だるまのような姿になったモーナコを抱き上げる。その場を離れると、消散剤をモーナコの体にかけた。ボロボロと崩れ落ちる氷にほっとするモーナコだったが、すぐにワカとナレイアーナに視線を移した。

「ちょっと顔を伏せてね。破片が当たるかもしれないから。それと……体のどこかにぶつけたらごめんね!」

 足を大きく開き、狩猟笛を掲げる。そして勢い良く振りおろすとバキンと音を立ててワカを拘束していた氷の塊が砕け散った。すぐにワカの体を抱えて大きく飛ぶと、背後でボルボロス亜種が誰もいない場所を駆け抜けたところだった。
 追いかけていたリュカが溜め斬りを放ち、ボルボロス亜種が怯む。尻尾を振り回しリュカを弾き出すと、足を引きずりながらエリア1の方角へ移動を始めた。どうやら巣へ逃げるようだ。
 安全を確認したナレイアーナがアスールバスターを背負い、突進で飛ばされたものの頑丈なため破損は免れたブルートフルートを手にワカの元へ向かう。座りこんだ姿勢のままだったので体を痛めたのかと思ったが、消沈している原因はそれではないようだ。

「はい。アンタの武器なんだから、アンタがちゃんと背負いなさいよ」
「ごめん、ナナちゃん。助けてくれてありがとう」
「ボクのせいですニャ。ボクを助けようとしたから、ワカ旦那さんも巻き込まれてしまいましたニャ」
「お前のせいじゃないよ。リュカも、ありがとう」
「気にすんなよ。助け合ってなんぼだろうが」
「…………。」

 目を伏せて落ち込んでいる様子のワカに、どうしたのだろうと二人のハンターは目を合わせる。

「どうしたのよ。やっぱりアタシがどこかぶつけちゃった?」
「違うんだ。ただ、俺は……ずっと守られてばかりだと思って。不甲斐ないよ」

 書士隊にも所属しているため、その身柄はハンター以上にギルドと深く結びついている。そのため前線に出すぎることや単独の依頼受注は禁じられ、また護衛ハンターにも守られる立場でもあった。
 自分で決めた道ではあったが、守る側のハンターであるにも関わらず守られてばかりな現状を自身の力量不足だとワカは嘆いた。しかも、これが今だけの話ではないことを改めて思い知らされている。その経緯を知っているのはモーナコだけだが。

「俺は、守られてばかりだな。子どもの頃からそうだった」

 俯いてぽつりと呟くワカは、普段見せる冷静で落ち着いた雰囲気をまとっておらず、目に見えない不安に怯える子どものようだった。頼りない姿を見かねたナレイアーナが、屈んでワカの肩を強く叩く。

「しっかりしなさいよ、アンタらしくないわね。守られているから何よ、悪いとでも思ってるの? バカね、アタシたちだってアンタの知恵に助けられて、守られているわ。守る守られるで人の価値を決めないでちょうだい」
「…………。」

 顔を上げれば、にこりと笑うナレイアーナと目が合った。勝ち気な彼女の笑顔に、ワカは一人の女性の影が重なってしまい悲しげに笑った。もう二度と会えない人に想いを馳せるなんて、と自虐の気持ちを込めて。

「……ごめん」
「あとさ、アンタその謝る癖どうにかしなさいよ。女々しく感じられるわ」
「ご、ごめ「言ったそばから謝らない!」
「おい、そろそろ行くぞ。あの野郎を見失っちまうぜ」

 既にエリア1へ歩きだしたリュカに『わかってるわよ』と答えて後を追うナレイアーナの背を見て、ワカも立ち上がる。両手で自身の頬を強く叩き、喝を入れると二人を追いかけた。

(……にしても、イアーナのあの動き)

 一方、先を走るリュカはナレイアーナのブルートフルートを担いだ時の構えを思い出していた。ヘビィボウガンを使っている彼女から近接攻撃のできる武器を使っていた話を聞いたことが無い。だが、あの構えには見覚えがあった。

(狩猟笛をまるでハンマーみたいに扱いやがった。ハンマーを使ったことがあったのか?)

 リュカの知り合いのハンターの中にはハンマーを得意とする者もいる。そのハンターと同じ動きを、ナレイアーナは見せたのだ。

(後で聞いてみるか)

 この時はそう思ったのだが、狩猟を再開した頃にはすっかり忘れてしまい、このことを尋ねることはできなかったという。



 エリア1に入りボルボロス亜種を探すが、時間が経過したせいか更にどこかへ移動したようで四人は辺りを見回す。ナレイアーナが嗅覚でボルボロス亜種を追うと、そこには崩壊した木々の破片が散らばっていた。先に通った時には見られなかったので、ボルボロス亜種がここを破壊して通り抜けたのだろう。

「青ボロスちゃんはここを通ったみたい。この先に巣でもあるのかしら」
「巣……そうか、依頼された調査は獣竜種の巣だ。ボルボロス亜種の討伐が依頼に含まれていたのは、巣へ誘導するためでもあったんだな」

 ワカが地図を広げると、エリア1から地図の隅に書かれたエリア8、9へ向かう道が途切れていた。エリア8にたどり着く道は常に同じではないため、モンスターを巣へ向かわせ痕跡を追う方法をとっていたようだ。
 雪面に残る大きな足跡を追いエリア8に到達すると、ハンターを見つけた小型モンスター【ギィギ】が這いずって来た。ギギネブラの幼体であるギィギは蛭のような体の先端にある口はぽっかりと開いていて、獲物の血を吸いそれを利用して毒のブレスを吐き出すという。
 厄介なモンスターのため討伐しようとリュカがジークムントに手をかけるが、ワカがそれを制止して前に出た。ポーチからたいまつを取り出し、火を灯す。すると熱を感じたギィギは体を強ばらせ、後退して岩壁の下で縮こまってしまった。

「ギィギは熱に弱いんだ。成体のギギネブラも火属性に弱いらしい」
「そうなのか。ここにいねえんなら、巣はこの奥だな」

 ギィギを気にかけながらも奥の洞窟に視線を送る。地図によれば最奥部のエリア9で行き止まりとなっており、ボルボロス亜種もきっとそこで眠っているはずだ。捕獲をするなら今しかない。

「ナコ、シビレ罠の準備を」
「了解ですニャ」
「アタシは麻酔弾を装填しておくわ。リュカ、アンタはイリスを連れて来て。ベースキャンプに戻ってる間に捕獲しておくから」
「たいまつを貸すよ。ギィギはこれで追い払っておくといい」
「サンキュー。さっさと捕獲しろよ」

 ワカからたいまつを受け取り、リュカはベースキャンプへ引き返す。狩猟環境は安定しているので他の大型モンスターの乱入を受けることも無いだろう。



 リュカがイリスを連れてエリア9に着いた時には、既にボルボロス亜種は深い眠りに落ちていた。初めて直にボルボロス亜種を見たイリスは興味深そうにスケッチブックにその姿を描き写していく。

「ここが獣竜種の巣なんですね。ボルボロス亜種の他にはイビルジョー、ブラキディオスなどもねぐらにしているそうです」
「危険度の高いモンスターが多いな。だけど、今はこのボルボロス亜種の寝床になっているのか」

 眠るボルボロス亜種の近辺をワカも丹念に調べている。ふと視界の隅に何かが見えたので顔を上げると、岩壁にべっとりとついた赤いものを見つけた。乾いているが、色濃く残されている。

「イリスちゃん、あれは」
「……血、でしょうか? でも、随分と高い位置にありますね。獣竜種の体高であんなところに血が付着するわけは無いのですが」
「俺もそう思う。飛竜種が獲物を壁に叩きつける可能性はあるかな」
「あり得ますが、凍土に生息する飛竜種は……」

 真剣に答弁をする書士隊の二人に護衛ハンターはついていけなくなり、調査が終わるまで大人しく待つことにした。眠るボルボロス亜種を遠巻きに見ながらどかりと腰を下ろすとリュカの尻に何かが当たったので、体を起こして地面を調べる。

「……なんだ? これ」

 黒い鱗。ボルボロス亜種には無い色だ。手に取り日に当てていると、ナレイアーナがそれに気付いてやってきた。

「何か見つけたの?」
「イアーナ、こいつは何だと思う」
「青ボロスちゃんのじゃないことは確かね。イリスに聞いてみましょうよ」

 イリスとワカも呼び、モーナコも含む全員で黒い鱗を見つめる。イビルジョーやブラキディオス、他の獣竜種にも見られない黒いそれの正体は何なのだろうか。辺りを細かく調べていると、イリスが岩に張り付いているものを見つけた。

「ワカさん。これを」
「白い体毛? ……まさか」
「ええ、私もそう思います」
「何がだよ、二人で納得してねえで教えろって」

 急かすリュカに、イリスは困ったように笑いながら手に取ったほんの数本の白い毛を見せた。黒い鱗と白い体毛。この二つの特徴を持つモンスターは、寒冷地に生息することも可能だ。

「【ジンオウガ亜種】……牙竜種も、ここを巣にしていたようです」
「黒ジンオウちゃんが?」
「これはジンオウガ亜種の龍毛だ。おそらく縄張りを主張するためにマーキングをしたんだと思う。だからボルボロス亜種はここではなく、あんな所で眠っていたんだ」

 ワカの説明に全員の視線がボルボロス亜種へ向けられる。全員が立つこの場所の方が日当たりもよく寝床に最適なのだが、ボルボロス亜種はここを避けるように隅で体を休めていた。

「いつか黒雷狼野郎と会うかもしれねえってことか」
「モンスター討伐の依頼は凍土調査隊が受けるだろうから、俺たちが狩猟依頼を受ける可能性は低いけどな」

 調査を終えた五人は巣を去り、ベースキャンプに戻った。凍土調査隊が帰りを待っていたようで、クリフが手を大きく振って帰還を喜んでいた。




「お疲れさま。調査は果たせたかな」
「はい。ボルボロス亜種は捕獲し、獣竜種の巣に牙竜種の出現を確認できました」
「ジンオウガ亜種か。ありがとう、我々も警戒して調査を行える」

 凍土調査隊の隊長とクレイドがイリスの話を聞いている中、クリフだけはワカに声をかけようと様子を窺っていた。よほど気にかかっていたのだろう。ワカはクリフを連れてエリア1へ移動した。ベースキャンプからだいぶ離れたことを確認すると、クリフは早速口を開く。

「教えてもらえないっスか、あの子のこと」
「……大体は予測がついただろう?」
「でも! オレ、初めて会った時、あの子に一目惚れしちまったんス。調査隊に配属される前、数ヶ月くらい兄さんと三人でグループを組んでいたんスけど、ある日バルバレギルドに行くって言われて……もう会えないと思って、がっかりしていたっス」
「…………。」
「し、死んじまったのは、なんとなくわかったっス。だけど、そっちに行ってどうなったのか知りたいっス。頼むっス」

 真剣な眼差しに、ワカは息を吐いた。クリフに背を向け、空を見上げる。これから残酷な言葉を紡がなければならない覚悟を決めるために。

「去年、地底火山でグラビモス亜種にやられた。胸部を熱線で貫かれてそのまま……らしい。俺の仲間が看取ってくれた。その時俺は負傷していてハンター業を休んでいたから、何もしてやれなかったんだ」
「……そう、だったんスか」
「ヒナは遺跡平原近くにある墓地で眠っている。休暇がとれたら墓参りに行ってやってくれ。若い木のすぐ傍だ」

 話せることは話した。ベースキャンプへ戻ろうと振り向くと同時にワカは、はたと足を止めた。目の前の青年の顔が、彼女の亡骸と対面した時の自分のように見えたからだ。

「クリフ……ヒナのことを、そんなに想っていたのか」
「うっ、だ、だって……本当に、死んじまった、って……そんな、そんな」

 大粒の涙をこぼし、端整な顔をくしゃくしゃにしながら悲しみを露わにするクリフをそっと抱きしめる。悲しみが少しでも和らぐようにできるのだと、ワカは兄弟から教わった。

「仕方がなかったんだ。“運命”だったんだよ」
「なんスか、それ」
「……いや、忘れてくれ。ヒナは、全てを覚悟の上でハンターになって、ライトボウガンを背負った。お前にそれが影響したのなら、そのままそのボウガンを背負ってほしい。ヒナも、喜んでくれると思う」

 抱擁をとくと、ワカは一人ベースキャンプへ向かう。クリフに気持ちの整理をさせようと思ったからだ。
 ワカが去り少し時間が経ったところで、クリフは蒼火竜炎舞砲を手にとった。そして天へ向けて何度か弾を放つ。木々や山々に発射音が響き、その音を聞きながら空を仰ぐ。

 薄紫色の瞳から涙がこぼれることは、もう無かった。
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