狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第12話 銀白色と紺碧色の邂逅 前編

 氷海の他に凍土の調査を行うことが決まった数日後、早速凍土を管轄するロックラックギルドから依頼が入った。リッシュの操作する飛行船に乗り、空から下界を覗く。見慣れた雪を被った森を過ぎると、緑がむき出しの大地が姿を現した。

「しばらく村を出ていないから、雪の無い場所を見るのは久しぶりだわ」
「ナナちゃんたちは村の外に出ることが無いのか?」
「アンタとモーナコは定期的にバルバレギルドに行くけど、アタシたちは村を離れる理由が無いからね。リュカは去年に樹海探索で少し村を出ていたことがあったけど……あれ、リュカは?」

 辺りを見回すが、話題に上ったリュカの姿が見えない。調査のために同行したイリスもだ。すると、休憩室の扉が開いてモーナコが現れた。

「ナコ、リュカとイリスちゃんは」
「リュカさんが船酔い……じゃなくて、飛行船酔いをしてしまったそうですニャ。イリスさんが看病していますニャ」
「船で酔わないで飛行船で酔うって、なんなのよ」
「さあ……。」

 時には荒れることもある船の上でも平気なリュカだが、慣れない空の移動に体調を崩したらしい。これから頻繁に飛行船に乗るというのに、大丈夫なのだろうかとナレイアーナとワカは不安に思った。
 ややあって、受け慣れた冷たい風が頬を掠める。どうやら目的地が近いようだ。再び下を覗くと、氷海とはまた違う雪の大地【凍土】が広がっていた。
 ベースキャンプに誰かがいるようで、たいまつを掲げている。その灯火に誘導されるようにリッシュはゆっくりと飛行船の高度を下げてベースキャンプ付近の高台に着陸させた。
 操縦を終えたリッシュは張りつめていた緊張の糸がようやく解けたのか、疲れた表情を浮かべている。よほど操縦に気を遣ったのだろう。

「お疲れさま、リッシュちゃん」
「ありがとうございます。何度も練習をしましたが、皆さんの命を預かっていると思うとすごく緊張してしまいました」
「なに堅苦しいこと言っているのよ、アタシたちはそんなヤワじゃないんだから」
「ここが凍土か? ずいぶんと山が多いな」

 いつの間にかリュカが甲板に出てきていた。普段の顔色をしており、体調は回復したようだ。身支度を整えたイリスも隣にいる。

「アンタ、大丈夫なの? 飛行船に酔ってたらしいじゃない」
「うっせぇ。慣れればあんなん大したことじゃねえよ」
「…………。」
「なんだよ、ワカ。じろじろ見やがって」
「……いや、何も」

 まるで観察眼を使っているかのようにリュカをじっと見つめていたワカだったが、リュカに気付かれると首を振った。そっけない態度にリュカは眉をひそめる。

「とにかく、調査するんだろ? さっさと降りようぜ」
「ベースキャンプにいたのは凍土調査隊の方々です。挨拶をしなければ」

 リッシュを先頭に飛行船を降り、ベースキャンプに到着した。大きな氷塊が流れる川のほとりに、休憩用のテントや自炊の鍋が置かれている。
 リククワの調査隊を待っていたのは、リッシュの言った通り凍土調査隊の一部の隊員だった。




「ようこそ、凍土へ。歓迎するよ、リククワの皆さん」

 あごひげをたくわえ、眼鏡をかけた壮年の男がすっと手を差し伸べて握手を交わす。ルメッサ装備を身に付けているので、書士隊員のようだ。気位の高い雰囲気から、凍土調査隊の隊長ではないかとリククワの者たちは察した。

「よろしくお願いします」
「君がリククワの書士隊のイリスさんだね? 話は聞いているよ。若いがとても優秀な書士隊員だと」
「そ、そんな優秀だなんて……村にいる書士隊の方々や、護衛ハンターの皆さんの協力あっての成果です」

 賞賛を受け少しはにかみながら答えるイリスの後ろに立つリュカが怪訝な表情をしていたので、ナレイアーナがこっそり右足を踏みつけて注意をする。いきなり敵対心をむき出しにしたら今後の協力関係に影響してしまう。リュカから気を逸らすために、ナレイアーナは後ろに立つ二人の男に話題を振った。

「そっちの二人が護衛ハンターなの?」
「ああ、そうだ。二人とも、自己紹介を」
「はっ」

 アグナZ装備の男が短い返答をしてリュカたちの前に立つと、兜を外して軽く会釈をした。肩まである金色の艶やかな髪が揺れ、顔をあげると鼻筋の通った綺麗な顔つきが露わになった。青と銀でスマートに飾られた防具のデザインも相まって、まるでどこかの王国の騎士のようだ。
 黒狼鳥イャンガルルガの素材を用いてつくられた三つ叉槍の形状が特徴のランス【黒狼軍のホウテンゲキ】を背負っており、防具と共にG級装備で固められている彼もまた腕の立つハンターであることを体現している。

「私は【クレイド】。凍土調査隊専属の護衛ハンターだ。何かあれば協力することもあるかもしれない。今後ともよろしく」
「んじゃ、次はオレが喋っていいっスか?」

 手を挙げてもう一人の男がクレイドを押し退ける。クレイドと同じ金色の髪を短く刈り揃え、薄紫色の瞳がにこりと笑う。こちらはガンナータイプのバギィX装備を身に着けていて、右肩には【蒼火竜炎舞砲〔忌火〕】が担がれていた。蒼火竜リオレウスの素材を使って強化したライトボウガンだ。

「オレ、【クリフ】っていうっス。クレイド兄さんの弟っス」
「兄弟で護衛ハンターか。すげえな」

 眩しい笑顔を見せるクリフはとても人懐っこい雰囲気があるが、兄弟故かクレイドと同じく整った顔をしている。クレイドの表情を破顔させると、恐らくこうなるのだろう。
 紺碧色の装備で統一された兄弟の護衛ハンターは銀白色の装備で統一しているリククワの護衛ハンターと対をなすようで、二組の邂逅に調査隊の男から笑みがこぼれる。

「君たちは雪に溶け込むような真っ白な防具なのだね」
「そっちこそ青い防具に青い武器、こだわってるじゃねえか」
「オレのボウガンは、あるハンターが背負っていたのを見て真似っこしたっス! そうだ、バルバレのハンターなら知らないっスか? 【ヒナ】っていう女の子なんスけど」
「……えっ」

 少し間をおいて反応を見せたのはワカだった。足下にいたモーナコも目を丸くしている。二人の反応から、そのハンターを知っていると察したクリフが興奮しながらワカの両肩に手を置いた。

「あの子を知っているんスね! 元気でやっているっスか?」
「…………。」
「……どうして、そんな悲しそうな顔をしているっスか」
「やめなさい、クリフ。隊長、そろそろ出発しましょう。彼らも我々も、調査を始めなければいけませんし」
「そうだね。では、皆さん気を付けて」

 納得がいかない表情をしたままのクリフをクレイドが強引に引き連れ、三人はベースキャンプを発った。彼らしか知らない秘境の調査へ向かったようだ。

「ワカ旦那さん……。」
「今の、正直に言えば良かったと思うか? ナコ」
「…………。」

 モーナコを見下ろすワカの金色の瞳には隠しきれない悲しみがにじみ出ていた。その顔を見るだけで、件のハンターが今どうなっているか安易に想像できるほど。

「調査を始めなくては。行こう」
「あ、ああ。そうだな」
「青ボロスちゃんを討伐するまで、イリスはここで待っていてね」
「はい」

 調査を始めることを促し、ワカは凍土の奥にそびえ立つ山を見上げる。先ほどまで見せていた悲しみを帯びた表情ではなく、普段通りの生真面目なワカに戻っていた。
 今回の調査は最近出現したボルボロス亜種の討伐も依頼内容に含まれている。凍土初の調査が二種類の依頼という高難度な内容だが、実力を期待してのことだろう。地図を手に取ると、護衛ハンターはエリア1へ向かった。



 海で隔てられた氷海とは異なり、雪山の麓にある凍土は岩や山に囲まれている。初めて凍土を歩くワカは地図を穴が開くほど見つめていて、その姿があまりにも真剣だったのでリュカは吹き出してしまった。

「そんなにマジになって地図を見る奴を初めて見たぜ」
「ワカ旦那さんは方向音痴なんですニャ。だから地図を持たないと迷子になってしまいますニャ」
「あっ、言うな……!」
「方向おん……はぁ!?」

 モーナコの説明にワカは慌て、リュカは目を見開く。今まで氷海を地図を見ずに走り回っていたにも関わらず、方向音痴とはどういうことなのか。

「その……氷海は地図がうまく頭の中に収まったんだけど、他の場所はなかなか覚えられないんだ。たぶん、ここもそうだと思う」
「投擲が致命的に下手で更に方向音痴なのに、アンタって今までよくハンターを続けられたわね」

 呆れたように話すナレイアーナにワカは頭を掻いて面目なさそうにしている。頭が良い割に地形を把握できないとはおかしな弱点を持っているものだ、とナレイアーナは不思議に思った。

「ま、単独で動くことは無いから大丈夫でしょ。アタシたちから離れないようにしてね」
「……そうしておく」

 さっさと歩き出すナレイアーナの背を見てリュカはふと疑問を抱く。もちろん単純な性格をしている彼は、即座に口にした。

「イアーナ、お前凍土に来たことがあんのか?」
「ええ、あるわよ。というかアタシ、バルバレの前はロックラックギルドにいたもの」
「マジかよ、初耳だぜ」

 凍土での狩猟経験がある仲間がいるのは心強い。ナレイアーナを筆頭に、四人は歩きだした。



 たどり着いたのは凍土で最も広いエリア2。多くのエリアと繋がっているため、ここならモンスターと遭遇しやすい。目を凝らすと、真っ白な壁に囲まれた大地を闊歩する青い巨体を見つけた。
 【氷砕竜ボルボロス】。砂漠に住む原種のボルボロスより肥大した冠のような頭部が特徴で、凍った雪を青い体のあちこちにまとい身を固めている。

「いたわ、青ボロスちゃんよ。ワカ、弱点は知ってる?」
「図鑑で確認済だ。あの小さい腕に攻撃が通りやすい。火属性に弱いから、リュカのジークムントが効果的だ」
「よし、やろうぜ」

 接近するとボルボロス亜種もこちらに気付き、ザリザリと後ろ足で地面を蹴り威嚇行動をとった。直後に頭部を地面に叩きつけ、そのまま地面ごと抉るように突進をしてくる。即座に散らばって回避したが、意外なスピードにリュカは面食らった。

「なかなかフットワークの軽い野郎じゃねえか」
「獣竜種の中では小柄だけど、あの突進だけでなく歩行速度も随一だ。油断しない方がいい」

 突進の隙を見計らってナレイアーナがしゃがみ撃ちを放つ。強烈な連射はまとっていた氷雪を弾き飛ばし、鮮やかな青色の殻が露わになった。
 それに気が付いたのか、ボルボロス亜種は体を地面に横たえると、その場でゴロゴロと転がりだす。転がり回る巨体は接近を許さず、やきもきしてしまう。

「チッ、攻撃させねえってか!」
「ボクとイアーナさんで攻撃を仕掛けますニャ」

 ガララSネコプーンギをブーメランのように投げるモーナコと、しゃがみ撃ちを続けるナレイアーナの攻撃を受けつつも身を守る鎧をまといきったボルボロス亜種が立ち上がる。
 荒い鼻息が頭部から噴出し怒りの雄叫びをあげると、頭部をハンマーのように地面に叩きつけた。標的にされたリュカは転がるように回避し、すぐさま一撃を浴びせたが溜めをせずに放った攻撃はあまり手応えがない。

「さっさと隙を見つけないと、溜め斬りを当てるチャンスが無えな」
「アタシが後ろ足を狙って転ばせるわ。そうすればアンタの鈍い攻撃でも間に合うでしょ」
「一言多いっての。ったく、任せたぜ」

 ジークムントを背に戻し、ボルボロス亜種の動きを伺う。地面に頭を埋めたので突進がくると予測して待ち構えたが、その軌道が逸れたために驚いて振り返った。
 リュカは他の誰かが標的にされたのだと思ったが、ボルボロス亜種の突進は三人にも直撃せずまっすぐ岩壁へ向かって行く。しかし大きくカーブしながらモーナコに狙いを定め、巨体が地面を抉りながら迫ってきた。攪乱により回避が遅れた小さな体が弾き飛ばされる。

「ニャッ!?」
「大丈夫か、ナコ!」
「ニャウゥ……平気ですニャ!」

 転がった体がすぐに起き上がり、ワカは胸をなで下ろした。宣言通りにナレイアーナの攻撃が足に直撃し、ボルボロス亜種の大きな体が崩れ落ちるのを見逃さなかったリュカが懐に潜り込む。

「特大のをぶちかましてやるぜ!」

 ギリリと音を立ててジークムントの柄を強く握りしめる。力を溜めると思い切り叩きつけ、続けざまに刃を殴り付けるように横に振る。更に休む間も無く大剣を後ろ手に引き、背を向けながら再び力を溜めて大地を砕くように振り下ろした。

「ナイスよ、リュカ! 次はアタシの番ね」

 起き上がって体勢を整えたボルボロス亜種の尾をナレイアーナのアスールバスターが狙うが、その攻撃を遮断するかのようにボルボロス亜種は全身を振るわせる。そして、体にまとわりついている氷の塊を雨のように振り落とした。

「ニャアッ!」

 地面に落ちて砕けた氷がモーナコの小さな体を捕らえる。瞬時に氷がじわじわとモーナコの体を包んでいき、やがて顔を除いてほとんどが雪に覆われてしまった。

「ナコ! 今行く……っ!?」

 寒冷地帯に生息するモンスターは、氷をまとわりつかせる攻撃を得意とする個体が多い。そのため消散剤も常備していたのだが、絶え間無く降り続く氷の粒はワカにも襲いかかった。
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