狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第11話 六花の宴 後編

 一方、リュカとイリスはギルドナイトたちと同じテーブルに座っていた。ミツキがおいしそうに食事をとっている傍らでキョウは食べ物に一切口をつけようとしない。あまりにも不自然な光景だった。

「キョウ、つったよな。食わねえのか」
「…………。」
「ごめんなさい、恭は人前で食事をとらないの。わたしたちの前でも。誰にも見られない暗闇で食べる、そういう風習のある一族だから」

 ミツキに説明をされてもキョウは眉一つ動かすことなく、たまに少しだけ視線を動かして周りを警戒している。不気味ともいえる様子にイリスは臆しながらもミツキに尋ねた。

「暗闇……って、何も見えないのでは?」
「ちゃんと見えるんですって。だから、狩猟は夜の方が得意みたい」
「まるで尾棘野郎みたいだな」
「迅竜のこと? 間違ってはいないわ。恭の一族は代々迅竜を崇め、狩猟してその鱗を鎧として身にまとうことで加護を得るから」
「…………。」

 キョウが皿を持ったまま立ち上がる。外へ行くようで、そのことをミツキが確認すればコクリと小さく頷いて答えた。住人に気付かれないよう音を立てずに歩き、すっと広間を出たキョウの一連の動きに、ますますナルガクルガのようだとリュカは驚いた。

「変な奴だな」
「この世界には様々な人種がいるから、ああいう習慣がある種族がいたっておかしくないでしょう?」
「まあ、そりゃそうだけどよ」

 変わった一族もいるものだと思いながらリュカがマスターベーグルを豪快に食いちぎりながら、目の前の空いている椅子を見つめる。
 そこにはギルドナイトの少年、カゲが座っていたのだが、食事もそこそこにあちこちのテーブルに行っては住人とコミュニケーションをとっていた。ルシカと楽しそうに会話をしているのを見てやっぱりガキだなと思ったところまでは覚えているが、今はどこへ行ったのだろう。
 
 ナレイアーナは久しぶりの女性の客人に興味津々で、様々なことを聞いていた。四人兄弟の末っ子であることやオトモアイルーがいるが今回は留守番をしていること、他の仲間のことなど話題は尽きなかったが、ハンターとして最も気になることを聞いていなかった。

「そういえば、エイドって何の武器を使っているの?」
「あ、はい。アタシは……」
「操虫棍でしょ?」
「えっ!? な、なんでわかるん?」

 ナレイアーナの質問に答えようとしたエイドを遮るようにカゲが割り込んできた。突然現れたこともだが、自分の得意武器を言い当てられたことに驚かされる。

「僕も操虫棍を使っているんだ。操虫棍の使い手は猟虫のお世話をするでしょ? だからね、猟虫特有の匂いがするんだ。猟虫そのものの匂いとか、エキスとか」
「へー。そうなん」
「どんな猟虫を育てているのかもわかるよ。君の猟虫は……」
「お、おいっ!」

 エイドの右腕を取り顔を寄せようとしたカゲを珍しく声を荒らげたワカが止めに入る。少年に下心は無いようだが、それでも大切な女性が赤の他人にそんなことをされている光景は見たくない一心で手を伸ばしてしまった。

「わっ……」

 急に肩を引かれて驚いたのか、カゲの細められていた目が開かれた。ワカの金色の目とかち合ったカゲの目は明るい赤紫色を宿していて、蛇のように鋭い。開かれたカゲの目を初めて見たワカは、鼓動が強く波打ったのを感じた。

(まさか、この目――!)
「……えっ?」

 今度はワカから目線をそらされたカゲが驚く。エイドの腕にかけていた手を離すとワカの衣服を掴んだ。それでもワカは開かれたままのカゲの目を見ようとはしない。

「どういうこと? 知ってるの、“これ”を」
「し、知らない。お前が急に目を開いたから驚いただけだ」
「驚いただけなら、もう一度僕の目を見てよ」
「…………。」

 観念してカゲの目を見る。心の底まで見透かすようにワカの金色の目を覗き込むが、そこでようやく呆気にとられていたナレイアーナが二人の間に割り込んだ。騒ぎに気が付いたのか、ミツキもやってきている。

「なに見つめ合ってるのよ、それも男同士で」
「白土、迷惑をかけてはいけない」
「……ごめん。僕、席に戻るね!」

 にこりと笑うと、マゼンタの目が閉じられた。軽く手を振ってミツキと共に席に戻ると食事の続きに入ったようだが、ワカは気が気でないようだった。

「どうしたん? ワカにいちゃん」
「なんでもないよ、大丈夫。そうだ、食事を終えたら連れて行きたい場所があるんだ」
「本当!? どんな所やろ」

 平静を取り繕い、話題を逸らす。スネークサーモンのスープを、声に出してしまいそうだった言葉と一緒に飲み干した。



 宴が終わり、モーナコは外の森を歩いていた。せっかくエイドが来ているのだから二人きりにしてやろうと気を遣って部屋で待とうとしたが、少しだけなら外で時間を潰しても間に合うと思いついたからだ。
 今晩の夜空も星が満点で、ワカなら星座くらい簡単に言えるだろうと見上げながら軽く息を吐く。宴で食べた、いつもより大きめの肉まんの味を思い出した。

「ニャ?」

 静寂に包まれた森のどこかから、人の声がする。ワカかと思ったが、向かった方向が異なるのでその可能性は即座に消えた。ほとんどの住人はまだ拠点にいるはず、ならばこの声の主は誰なのだろう。気付かれないよう、ゆっくりと声のする方角へ向かう。

「私だけでは……、……ことだろうか」
「そんなわけ無いよ。だって、……」
(アルさん? それにもう一人は……ギルドナイトの人ですニャ)

 大人の声と子どもの声。商人のアルとギルドナイトの一人、カゲだ。カゲは拠点に向かっていたアルを見つけ、護衛がてらやって来たと言ったが、二人の会話はまるでそれより前から知り合いだったかのように聞こえる。

「これからは僕らも見るから、“そっち”の仕事に本腰を入れられるんじゃない? 最近手つかずだって聞いてるよ」
「さあ、どうだろうね。私もいつ別の所轄へ飛ばされるかわからない」
「またまたあ、そんなことにはならないでしょ」
「……ニャッ!?」

 伏せていたモーナコの首根っこを誰かが掴み上げた。驚いて悲鳴をあげてしまい、会話をしていた二人にも気付かれたようだ。体を持ち上げられたまま、二人の前に運び出される。

「……恭? そのメラルーは」
「モーナコじゃないか。どうしてこんな所に」

 カゲの発言から、自分をつまみ上げたのはキョウだとわかった。背面に殺気に似た気配をひしひしと感じる。盗み聞きをしていたことに対して怒ってるのだろうか。一言も喋らないのが恐ろしい。
 誤魔化すようにニャー、と鳴いても意味は無く、かえって殺意が増したようでモーナコは短い尾の毛が逆立ちそうだった。アルもカゲも怒っている気配はしないが、困っているようだ。

「ごめんなさいですニャ、声が聞こえたから誰かなと思って」
「できるだけ声のトーンを落としていたが、気付かれてしまったみたいだね」
「メラルーの聴力はなかなかのものみたいだね。……ねえ、僕の目を見てくれない?」

 キョウがモーナコの顔をカゲの目の前に向けさせると、宴の中でワカに見せたマゼンタの瞳がモーナコを見つめる。子どもの割に鋭い目つきだが、暗闇の中でも目立つ瞳の色にモーナコは心奪われた。

(宝石みたいな、綺麗な色ですニャ。でも、ワカ旦那さんはどうしてこの人の目を見ようとしなかったのかわかりませんニャ)
「…………そう。なら、いいよ」

 心の声を読んだかのような返答にモーナコが目をぱちくりとさせる。キョウが手を離したので、着地して見上げる。暗闇に慣れた目がキョウの口元についているソースを見つけたが、モーナコにはその理由を理解することはできなかった。

「悪いけど、このことは忘れてくれないかな。知っていていいことじゃないから」
「わ、わかりましたニャ」

 再び開かれた瞳にそう言われ、モーナコは頷くことしかできなかった。前にも高位のギルドナイトに黙秘を押しつけられたことを思い出してしまう。その人は――。

「……厄介な人と知り合いなんだね、君って」
「ニャ?」
「なんでもないよ、さあ拠点に戻って」

 少年の発言には謎が多いが、こういう場に押し止まっても禄なことは無いだろうとすぐに引き返すことにした。戻りながらも耳に意識を集中させると、背後の会話が少しだけ聞こえた。

「むやみに使ってはいけないよ、君自身も危なくなる」
「だって……気になったんだ、僕の目を知ってるみたいだったから」
「だからとはいえ……」

 人の心を読むような、不思議な色を放つ瞳。知らないと言ったワカだが、一瞬怯んだことは見逃さなかった。

(ワカ旦那さんは、何を知っているんですニャ?)

 口も頭も固い主から隠し事を聞き出すのは難儀ではあるが、いつか教えてもらえるだろうか。とにかく今は安心できる場所に戻りたい一心で、モーナコは拠点へ引き返した。



 ワカはエイドの手を引いて森を歩いていた。もちろんたいまつで辺りを照らし、足下に注意しながら坂道を上っていく。

「もう少しだ」

 安心させるように言い、それから数分もしない内に行き止まりの崖が見えた。だいぶ上ったのか、崖の下には森が広がっていてリククワを照らすたいまつの灯りが見える。
 近くにはギルドの飛行船が着陸する平原があり、海の側には氷海へ向かう際に使われる船が停泊していた。氷海も見ることができ、エイドはすごい、と感動の声をもらす。

「この一帯を一望できるんやね」
「俺しか知らない秘密の場所だ、ナコにも教えていない。だけどエドちゃんには教えたくて」
「モーナコちゃんにも教えていないん?」
「そうだ、君だけに見せたかった」

 いつになく真剣な表情で言うものだから、エイドは思わず顔に熱が集まるのを感じた。たまらず視線を夜空へ向ける。たくさんの星が瞬いていて、見とれてしまう。

「あの一番輝いているのは……狩人座だな。傍にあるのが猫獣人座」
「そうなん? ねえ、他にもどんな星座があるの?」
「そうだな、あれが幻獣座だ。白兎獣座や尾槌竜座もあるよ」
「星座にも詳しいんやね、ワカにいちゃん」
「この地域は寒いからか星がよく見えるからな、気になって調べたんだ。特にこの場所は高いところにあるし、木々も邪魔しないから見やすい」

 おいで、とワカがエイドの肩を抱き寄せる。大きな切り株に二人で腰掛け、再び星座を眺めていた。静かで、穏やかな時間が過ぎていく。

「マジで恋人なんだな、あいつら」
「兄さん、こういうのは良くないと思う……」
「見つからなければ平気よ、イリス。面白そうじゃない、こういうの」

 そんな二人をこっそりと盗み見している影が三つ。リュカ、イリス兄妹とナレイアーナだ。はやし立てる気は無いようだが、気になって後をつけていた。

「ワカさん、とても幸せそう。本当にエイドさんのことが好きなんですね」
「好き……かあ」

 ナレイアーナが小声で呟く。イリスの言う通り、ワカの表情は慈愛で満ちている。エイドも嬉しそうにワカに寄り添い、二人だけの世界に入り込んでいるようだ。そんな二人を見て、何かの感情が沸き上がってくるのを感じた。

(あの二人を見てると羨ましくて、だけど嫌な気持ちにもなってくる。どうしてだろう)

 リククワにはディーンとユゥラという夫婦の契りを交わした男女がいる。しかしその二人に対してこのような感情を抱くことは無かった。長い時間を経たためか、穏やかに笑い合う二人は隣にいて当然と見ていたからだろうか。
 ナレイアーナは一人問答する。ワカに恋愛感情を持ったことなど無い。そもそも自分はモンスターが好きであって、人間の男には興味が無いのだ。友情はあっても、愛情を抱くことは無い。ならば、この羨望と嫌悪の正体は一体何なのだろう。脳裏を幼い記憶が掠めていき、ナレイアーナは目を伏せた。答えを、見つけてしまった。

「…………。」
「おいイアーナ、何ぼーっとしてやがるんだ」
「アタシ、帰るわ。やっぱり覗き見なんてしちゃいけないしね」
「はあ!? つけようって言ったのはお前じゃねえかよ、今更何を」
「兄さん、二人に聞こえちゃう」
「やべっ……」

 イリスに咎められておそるおそるワカたちの方を見ると、こちらに気付いている気配は無い。ほっと胸をなで下ろすが、ナレイアーナはその間に立ち去ってしまったようで、後ろ姿が暗闇に溶け込んでいた。

「……ったく、なんだよあいつ」
「兄さん、私たちも帰ろう。二人だけにしてあげなくちゃ」
「そうだな。あいつらもその内戻るだろ」

 音を立てないように慎重に歩き出す。それからしばらくして、エイドが口を開く。まるで、リュカたちが立ち去るタイミングを狙っていたかのように。

「ね、ワカにいちゃん」
「何だ?」
「アタシも、自分の道を決める。ワカにいちゃんみたいに、アタシもアタシにしかできない道を探そうと思うんよ」
「そうか。エドちゃんなら、きっとうまくいく。俺も応援するから」
「ありがと。……ワカにいちゃん、お願い。無理せんでね。ここに派遣されたって聞いた時、びっくりしたんよ。本当に、言われた通りに物事が動いているって。こうなるんなら、あのままバルバレ近辺で過ごした方が良かったんじゃないかって」
「…………。」
「ワカにいちゃんに何かあったら、アタシ……」

 俯くエイドの体を抱きしめる。震える背を安心させるように優しく撫でて、もう片方の手は頭にそっと乗せた。

「大丈夫。“運命”なんて必ず変えてみせる。それが、俺にできる“みんな”へのお礼で、責任だから」
「でも……ワカにいちゃ、んっ」

 沈黙が続く。そっと唇を離し、再び抱きしめた。

「ここには頼れる仲間がいる。俺一人で行動しているわけじゃない。心配しないで、エドちゃん」
「……うん」

 帰ろう。手を握って立ち上がる。星空の下で微笑むワカの瞳は、一等星のように輝いて見えた。その自信に満ちた表情を見て、エイドも笑う。この人はきっと大丈夫、自分のハンターの本能がそう告げているのだから。



 リククワの新たな朝が始まる。住人たちを鼓舞するかのように、太陽が力強く雪の大地を照らしていた。
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