狩人話譚

□ 銀白色の奇士[2] □

第11話 六花の宴 前編

 今日は一ヶ月に一度の商人と郵便屋がリククワを訪れる日であり、拠点の人々は支給される食料品や手紙を受け取って束の間の賑わいを楽しんでいた。
 リュカも切り株の椅子に腰掛けて旧友からの手紙に目を通したが、読み終えるとため息をつきながら肩を落とす。その様子を見たナレイアーナが背後から顔を覗かせた。

「セラのことを手紙で聞いたの?」
「盗み見すんなよ。……あの事件自体さっぱり知られていねえ。本当にギルドにもみ消されているみたいだ」
「そう……生きていてほしいわね」
「生きてるに決まってんだろ。だから、こうして知り合いに何か知らないか手紙を送ってるんだ」

 手紙を便箋に戻し、アルの元へ向かうと木箱に敷き詰められた回復薬や砥石に目を配る。調合を得意とするワカが拠点にやってきたことで、仕入れるアイテムの量は以前より減少したという。
 商売人にとっては手痛いことだが、商品と遜色ない品質に達する調合の腕にアルは素直に感嘆していた。そんなワカの姿を見ていないことに気が付く。あのオトモアイルーもだ。

「ワカが見あたらないけど、今日はいないのかい?」
「あいつなら少し前にバルバレギルドに行ってる。今日戻る予定だから、その内来ると思うぜ」
「そうか。いつも買ってくれる調合材料を仕入れてきたから、のんびり待つことにするよ」
「買い出しも済んだし、アタシが迎えに行ってくるわ」

 買った荷物の片付けをアイに任せ、ナレイアーナは村の入口へ向かった。時刻は昼を過ぎたが、今日はアルがやって来る日なのだから早めに村へ戻ってくるはずだ。
 今日は雪もさほど降っておらず、頭上に昇っている晴天の日差しはぽかぽかと暖かい。とはいえ、この極寒の地では微々たるものだが。
 白い森を見つめていると、やがて人影を捉えた。しかし、二つであるはずの影が、三つに増えている。誰か人を連れて来たようだ。目を凝らしてじっと観察する。

「ハンター? それも、女の子だわ」

 増えた人影の正体は、自身と同じウルク装備を身に着けた女性ハンターだ。ワカと並ぶと一層際だつ褐色の肌、今日の天気のような鮮やかな空色の髪。武器は背負っていないようだが、誰なのだろう。
 様子を伺っているとナレイアーナに気が付いたワカが女性ハンターの手を引き早歩きになることで、徐々に女性ハンターの全貌が見えてきた。
 ココット結びと呼ばれる顔の横と後ろに髪を結ぶヘアスタイルで、頬と額に白いフェイスペイントを施している。年齢はイリスと同じぐらい、二十歳前後のようだ。

「ただいま、ナナちゃん」
「ただいまですニャ」
「おかえり。その子は知り合い?」
「バルバレにいた頃によく一緒にクエストをこなしたハンターなんだ」
「ボクもたくさんお世話になりましたニャ」
「は、はじめまして。アタシ、【エイド】いいます」

 少し緊張した面もちでワカに名を呼ばれた女性ハンター、【エイド】が頭を下げる。よろしく、と握手を交わしナレイアーナは、新たな客人を拠点に案内した。



 ワカの話によると、ギルドに書類の提出を終えてリククワに戻ろうとしたところエイドと会い、リククワに行ってみたいと頼まれたため連れてきたという。
 多くのキャラバン、人が行き交うバルバレとは違い静かな時間が流れるリククワにエイドは辺りをきょろきょろと見回している。

「雪に囲まれた村は珍しいかしら?」
「あ、はい。ポッケ村に何度か足を運んだことがあったから、雪は見慣れたつもりでいたんやけど……氷の壁があったり氷像があったりして、雰囲気が違うな、って」
「今日だけ村に泊まってもらおうと思っているんだけど、いいかな」
「おいワカ、アルとレンテが来てることを忘れてないだろうな。ベッドは二つあるけどよ、知らない男と相部屋って嫌がるんじゃねえか?」
「いいや、俺の部屋で一緒に寝るつもりだったけど」
「へっ!?」
「えっ?」

 ワカの発言にリュカは驚いたが、当の本人はどこに問題があるのだろうかと平然としている。隣に座っているエイドの褐色の肌はほんのりと赤くなっているが。察したイリスがあ、と短い声をもらした。

「お二人は恋人同士なんですね」
「あ、ああ。うん」
「なんで今になって動揺するんだよ」

 関係を指摘されてようやくワカも顔を赤らめる。自覚するだけで赤面するなんて、初々しいにも程がある。心の中でそう思いながらやれやれと息を吐く。アルから手紙を受け取ると機嫌が良さそうだったのは見間違いではなかった。この彼女からの便りだったのだろう。

「と、とにかく……村の施設や近辺を見せてやりたいと思って。落ち着いたら少し外に出るよ」
「わかったわ。気を付けてね」
「あっ、みなさん!」

 外で会話をしていた彼らの元へ姿を見せたのはリッシュだ。飛行船が見えたのでギルドから書類を受け取りに向かったのだろうと思われていたが、走って戻ってきたのか息があがっている。

「重要なお話があります。広間へ来てもらえますか」

 ギルドからの指示を伝えるギルドガールが紡ぐ『重要』という言葉に、ハンターたちの表情が一変する。客人のエイドはワカの部屋で待ってもらうことにして、四人は広間のある家屋へ向かった。



 広間とは、拠点の住人全員が集合することができる部屋のことだ。普段は使われないため、ますます緊張感が高まる。
 話の内容は拠点の長であるムロソも聞かされていないらしく、住人に説明することもなくリッシュの戻りを待っていた。その隣ではハリーヤがせわしなく尻尾を振っており、この空間が落ち着かないようだ。
 ガチャ、と音を立て戸が開かれる。書類を持ったリッシュと、彼女の後ろを三人のハンターがついてきた。その顔ぶれに思わずリュカが声をあげる。

「あっ! お前ら……」

 数ヶ月前、アルが拠点を訪れた際に一緒に来た三人の男女。ナルガX装備の男、リオハートZ装備の女、そしてミヅハ真装備の少年。ギルドナイトの称号を持つ敏腕のハンターたちだ。
 リュカはギルドナイトたちを気にしているようだが、本題に入らなければとリッシュは軽く咳払いをした。

「ギルドから新たな指令を受けました。これまでは氷海の調査を行ってきましたが、今後【凍土】への調査依頼も受注することになります」

 【凍土】。ロックラックギルドの管理する、氷海と同じく寒冷地帯にある狩猟区域だ。その地名を聞いて真っ先に反応したのは、書士隊歴の長いディーンだった。

「凍土だって!? 凍土には調査隊が……」
「ディーンの言う通り、ロックラックギルドに所属する書士隊で編成された【凍土調査隊】が配属されています。ですが、人手不足からリククワの書士隊に出張してほしいと要望を受けました」

 予想だにしない報告に住人たちがざわつく。ヌイも首を傾げていたが、隣にいたユゥラは書士隊員の不足理由を理解しているようだった。

「人手不足……書士隊員ってそんなに少ないのかい?」
「気候の厳しい地域に向かう書士隊員は限られているわ。危険度が高いモンスターが多く生息しているし、護衛ハンターの腕も条件に含まれている。……つまり、リュカたちの実力も見込まれているということなのね?」
「はい。度々提出していた調査報告書が高く評価され、バルバレギルドも私たちを信頼してロックラックギルドとの連携に協力するよう指令を出したんです」
「すごいね! でも、凍土ってどこにあるの? 遠いの?」

 ルシカの明朗な声が疑問を投げかける。リククワは氷海を調査するため、海を隔てた大陸の沿岸部に設けられた拠点だ。ロックラックギルドの管轄地域など、移動に何日かかるのか想像ができない。
 その疑問に対する答えを、リッシュは自分の胸をトンと叩いてみせた。

「安心してください! 私、猛勉強して飛行船の操縦資格を取得したんです。バルバレギルドから飛行船を借りて、私が皆さんを凍土のベースキャンプへ案内することができます。飛行船なら数時間で移動が可能ですから」
「マジかよ。やるじゃねえか、リッシュ」
「あ、ありがとうございます」

 素直に賞賛したリュカにリッシュははにかんで見せた。一瞬だけ広間の隅にいるアルに視線を向けたが、彼はレンテと会話をしていたようで、目線が交錯することはなかった。

「……でよぉ、そいつらは何のために来たんだ?」

 リュカの指す『そいつら』はもちろん先ほどから気になっている三人のギルドナイト。腕を組んだナルガX装備の男の目がギロリとリュカを睨むが、隣に立つ少年が遮るように口を開く。

「今回は拠点の様子を見てほしいってギルドの命令で来たんだ。拠点の展開を続けていく上で問題があるかどうかの確認かな。今後は凍土への調査も増えるから、定期的に見に行けってさ」
「それは、監視……ということかい?」
「そんなつもりは無いよ、書士隊員のお兄さん。もし困ったことがあるなら、上に伝えて解決できるよう助力する。悪事をはたらかない限りは異常無し、でおしまい。だからいつも通り生活していればいいよ」

 ということで、よろしくね。そう話す少年の雰囲気に、リククワの住人は安堵した。少年の言う通り、各々の役割をしっかりと果たしていれば問題は無いだろう。ナレイアーナも肩の力を抜いた。

「リッシュが重要な話って言うし、ギルドナイトまで来たから何事かと思っちゃったわ」
「見たところ問題は無さそうだね。もし意見があるなら聞くよ」
「んじゃあ、一つ聞いていいか」

 挙手をしたかと思いきや問いかけをするリュカに、少年がやや困った笑みを浮かべる。細められた目はほとんど変わらず眉と口元が動いた程度だが。

「意見があるなら、って言ったのに質問するの? まあ、いいよ。なに?」
「これからちょくちょく来るんだろ? なら名前を教えてくれよ」
「…………。」

 少年は左右に立つ男女のハンターと顔を合わせ、そして住人一同を一瞥すると頷いた。まずはリオハートZ装備の女ハンターが軽く頭を下げる。若草色の髪がふわりと揺れた。

「わたしは【戦国 美月センゴク ミツキ】。そちらは【武神 恭ブシン キョウ】。無口な男だから、代わりに説明させてもらうね」
「…………。」

 ミツキの話す通り、このナルガX装備の男は今まで一言も声を発していない。鋭い目つきで住人を見回すと、軽く頷く。どうやら挨拶をしたつもりらしい。
 最後に少年が一歩前に出る。子どもの体躯ながら、にじみ出ている風格はG級ハンターのそれと変わらない。両隣のギルドナイトを連れるリーダーのような印象を受けた。

「僕は【影】。【白土 影シラト カゲ】っていうんだ」
「全員ファミリーネーム持ちなのね。名前の響きからいって、東の国の出身かしら」
「それぞれ東国の中でも違う地域の生まれだけど、私たちは同胞と思っているわ」

 ミツキがユゥラの問いに笑って答える。自己紹介が済んだところで、モリザが『よし』と両手を合わせたので思わず全員の視線が彼女に向けられた。

「今日は腕によりをかけてご馳走をつくるよ! このリククワが一歩前進したんだ、お祝いしないとね」
「モリザに賛成するわ。この喜びをみんなで分かち合いましょう。ね? ディーン」
「そうだね、ユゥラ。長老、よろしいですか?」
「構わん。今後の発展を願い、全員で食を共にしよう。そこのギルドナイトたちものう」

 ムロソがカゲたちギルドナイトに視線を送る。何故かその視線にカゲが体を強ばらせるが、それも一瞬で『いいの!?』と子どもらしい反応を見せた。すぐさま同意を得ようとミツキを見上げる。

「いいかな、美月」
「飛行船で帰る予定だったし、少しお邪魔するくらいなら問題は無いよ」
「やった! それじゃお言葉に甘えてご馳走になろうかな」
「ギルドナイトたちの歓迎も兼ねて、盛大にやるよ! さあ手伝っておくれ、ルシカ」
「うん!」

 こうして宴の用意が始まり、モリザ、ルシカ母娘にユゥラやナレイアーナも加わって大がかりな料理が仕込まれた。男性陣は広間にテーブルや椅子を並べ、広間の賑わいはどんどん増していった。



 どっぷりと日が暮れた頃に支度も終わり、並べられたテーブルの上には豪勢な料理が並べられていく。
 キングターキーの丸焼きやスネークサーモンのスープ、ヤングポテトのグラタンなど拠点の生活ではまず見られないものばかりで、お酒も奮発したのか滅多に出されないタンジアビールが置かれた。

「リククワ村の今後の明るい未来を願い、杯を掲げよう。皆の者、これからも精進しようぞ」
「乾杯!」

 ムロソが乾杯の音頭をとり、パーティが始まった。静かな拠点を訪れたはずが突然賑やかな宴に変貌し、客人として迎え入れられたエイドは目を白黒させてばかりだ。隣に座るワカが申し訳なさそうに話しかける。

「ごめん、こんなことになってしまって」
「ええよ。すごいタイミングで来ちゃったなって思って」
「そう! いいところにやって来たと考えるべきよ、エイド」

 タンジアビールが注がれた木製のコップを片手にテーブルにやって来たのはナレイアーナだ。頬がほんのり赤く染まっており、ほろ酔いのようで上機嫌に笑っている。

「まさかワカに恋人がいるなんて思わなかったなー。アンタ、女の子に優しかったものね。そういう心構えはあったってことか」
「ワカにいちゃん、アタシのこと話していなかったん?」
「聞かれることも無かったから、何も」
「もー! アンタって本当に自分のこと何も話さないわよね! いつか本格的に事情聴取しなくちゃ」
「そんな楽しそうに詮索しないでくれよ」

 苦笑いをしながらワカはフォークでキングターキーの身を解していく。エイドはそんなワカを見ながら嬉しそうにスープに口をつけ、モーナコらオトモアイルーたちも大きな肉まんを頬張って宴を楽しんでいた。
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