狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第10話 英雄の剣 後編

 ベースキャンプに着くと支給品ボックスから地図を取り出し、ディーンがポツポツと印を付けていく。採取ポイントのようだ。奥地ほどポイントは増えるが、フィールドの色が濃く塗られているのはクーラードリンク無しには歩けない危険区域を示している。そこで、ディーンはペンでエリア1から四つのエリアを往復するルートを書き込んでいった。

「まずはクーラードリンクを飲まなくても大丈夫なエリアから探していこう。獄炎石と重鎧玉ならこれらのエリアでも手に入るはずだから」
「わかった」

 高台から降り、エリア4へ。ネルスキュラの張った網の下ではイーオスたちがうろついていたが、気にせず通過してそびえ立つ岩にピッケルを振りおろす。コロリと落ちた石を見ると、近づくだけで熱を感じそうなほど赤い鉱石だった。

「それは【真紅蓮石】だね。よく採れたね、普通はこんなに綺麗な形で削り取れないよ」
「そうか? でも目的のブツじゃねえんだよな」
「鍛冶屋のみんなの役に立つと思うから、持っておきなよ。君の大剣のメンテナンスにも使われるかもしれない」
「それもそうだな。いつもジジイたちには世話になってるし」

 リュカの武器はナレイアーナやワカとは違い、樹海で眠っていたものを掘り起こし、ナグリ村独自の技法で蘇らせた【発掘武器】だ。そのため武器の強度を保たせるためのメンテナンスも特殊な技術を必要とされている。きっと他のメンバーの手入れより時間をかけていることだろう。礼の足しになればいいと思い、リュカはポーチにしまった。
 ディーンも右腕だけで器用にピッケルを振るう。反動をうまく受け流し軽くカンカンと削れば、目的の鉱石をリュカに見せつけた。

「見つけた、これが獄炎石だ」
「すげえじゃねえか、ディーン。よく片腕だけでピッケルを扱えるな」
「君たちが氷海に行ってる間に斧で薪割りなんかをしているからね、肉体労働はお手のものさ。それに左腕が使えなくなって十五年くらい経つから、片腕の生活にも慣れたよ」

 再びピッケルを振り、こぼれ落ちた鉱石を拾い上げて確認しているディーンの背中を見つめる。頼もしい後ろ姿は、きっと現役の頃から変わっていないのだろう。だから、思わず聞いてしまった。

「なあ、片腕が使えなくなっちまって、ハンターも続けられなくなって、辛くなかったのか?」
「…………。」

 トーンを落とした声で尋ねるリュカの顔はなぜかディーンのことを他人事ではないように見ているようで、ディーンは何かを察しながら傍に落ちていたメランジェ鉱石を拾い上げた。

「ラティオ活火山で同僚とショウグンギザミの狩猟に挑戦して……失敗したんだ。その時の怪我が原因で、僕はハンターを引退した」
「……仲間は、死んだのか?」

 リュカの脳裏をセラの笑顔がよぎった。違う、彼女は死んでいない。そうに決まっている。そう考え直しながら、ディーンの返答を待った。

「うん、僕以外の三人は死んでしまった。僕はランサーとしてみんなの盾にならなくちゃいけなかったのに、鋭い爪に左腕の腱を斬られた。そのときに裂傷を負って、ほとんど動けなくなってしまったんだ。思い返せば爪が強靱で肥大化していたし、特異個体だったのかも」

 採取を終え、立ち上がる。今度はこっちだ、とディーンに促されるがままエリア6に到達した。地底洞窟の頃には見られたネルスキュラの糸は焼き切れていて、遠くで熱を帯びたガスが吹き出している。
 ここには鉱石を取り出せそうな箇所が無く、隣接するエリア7に向かうことにした。その途中でもディーンはぽつりと語る。

「リュカ、僕はね……自分だけが生き延びたことが一番辛かったよ。何度も守っていたはずの命を全て落としてしまったことが、僕には一番堪えた。怪我のこともあったけど、仲間を守れなかった罪悪感から僕は猟団を退団したんだ。この左腕は、僕の罪の印。書士隊に入ったのも、モンスターのことをもっと研究してハンターに生きてもらうために情報を提供したかったからなんだ」
「……ディーン、仲間を助けられなかったことを自分のせいみたいに言うなよ。そいつらも絶対お前のことを責めたりなんかしていないと思うぜ」
「ありがとう、リュカ。本当に君は優しい人だ。でもね、これだけは知っておいてほしい。守る力があるのに目の前で命を奪われる痛みは、自分が傷を負うものよりずっと重い。この痛みを知らなくてもいいように、これからもイアーナやワカ、モーナコと協力して互いを支え合うんだよ」

 優しくも厳しく諭す先輩ハンターに、リュカはうまく言葉を返せず『おう』と頷くだけに終わる。ランスを使っていたことも知らなかったが、多くの仲間を失っていたことも衝撃的だった。いつも見せる優しそうな笑顔の裏に悲しさを押さえ込もうとしているような表情を見たら、何も言えなくなってしまったのだ。
 旧砂漠で浴びた熱風よりは幾分もましだが、生温い風が頬やむき出しの右腕を掠めていく。そろそろ限界を感じたリュカはクーラードリンクを口にした。清涼感が全身にしみ渡り、ほっと一息つく。

「辛くなってきたかい? あとは重鎧玉を見つけるだけだ、頑張ろう」

 エリア1側にある石を削り取っていく。こちらを気にしつつも遠くで飛び跳ねるケルビを見て、採取に少し飽きてきたリュカはホワイトレバーを食べたいなどと意識が逸れていた。

「実はね、ハンターをやめたとはいえ狩猟場に足を運びたいと前から思っていたんだ。ハンターの性なのかもしれない」
「そこの鹿野郎を見てホワイトレバーを食いてえと思ったりもか?」
「うん」
「マジかよ」

 言葉が伝わったのかはわからないが、二人の男に熱い視線を向けられたケルビは身の危険を感じたようでステップを踏みながら逃げ出してしまった。そんな光景に思わず吹き出すリュカにつられ、ディーンも笑った。男二人の笑い声が響く。

「僕、ホワイトレバーとふたごキノコの猛牛バターソテーが好物なんだ。あれにブレスワインを合わせると最高だよ。ハンターをしていた頃は高難度の依頼をこなした自分のご褒美にしていたな」
「ブレスワインかよ、随分と贅沢な酒じゃねえか」
「そうなんだよね。だから今の村では取り扱っていなくて、飲めないのが残念だなあ」
「料理にも使えるってホラを吹いて母ちゃんを説得させて、アルに取引させてみようぜ」
「絶対にバレるよ。モリザさんはプロの料理人だから、ブレスワインの価値や用途もしっかり把握しているはずだ」
「ちぇっ、こんな話聞かされたらオレも久しぶりに飲みたくなったぜ」
「それじゃ、こっそり帰り途中にどこかへ寄ろうか? 僕が奢るよ」
「いいのか!?」
「もちろん時間があったらね。さ、あと二個探すよ」

 その後重鎧玉も目的の個数が集まり依頼は無事に終わったのだが、ナグリ村の食堂にはブレスワインが置いておらず飛行船の時間もあったため、口惜しそうに村を去る二人の姿が見られたという。



 飛び立つ飛行船を見上げているマテラの背後に、一人の男が現れる。鈍色の光を放つグラビドZヘルムを外すと、編み込まれた黒髪とマテラほどではないが日焼けした肌がマグマの明かりを受けてほんのり赤く照らされた。気配に気付いて振り返るマテラの頬もまた赤く染まる。

「……戻ったぞ、マテラ」
「おかえり、アンタ。今回は早かったね」
「予定より早く目的の物が手に入ったからな。……あの飛行船は?」
「地底火山に鉱石を取りに来たんだってさ。姉さんの知り合いだったから、もしかしたらリククワのハンターだったのかもね」
「そうか。その中に茶髪で金色の目をした男はいたか?」
「いいや、いなかったよ。……ああ、そっか。リククワにいるんだっけか」
「ああ。俺の“弟”が世話になっているから、一言あいさつをしておきたかったのでな」

 おそらくこちらに気付いていないだろうが、マテラは飛行船に手を振る。手紙で姉にこの話を伝えておこうと思いながら。



 揃った鉱石と鎧玉をムロソに渡すと、早速作業に入るそうで工房へ足を運ぶ。見ていくかい?とヌイに言われたリュカはナグリ村で出会った妹のマテラとはやはり顔つきが違うなと思いながら了承した。
 出迎えてくれたナレイアーナやイリスと共に工房の作業風景を観察する。普段は武器防具を預けた後すぐに食堂へ向かうため、鍛冶屋の仕事ぶりを見るのは初めてだ。

「すごい熱ですね。この村は寒い場所にあるはずなのに、ここだけすごく暑い」
「ヌイがあんな薄着でも平気なのは納得できるわ」

 カンカン、ジュージューと工房内に音が響く。ムロソとヌイの師弟のコンビネーションは見事で、リュカたちが持ち込んだ鉱石と鎧玉を用いて手際よく作業をこなしていき、二本に折れた刀身を再び一本の短剣へ修復していった。

「すげえな、刃こぼれ程度ならともかく真っ二つに折れた短剣も直せるのかよ」
「いつかアンタのジークムントも折れたら直してもらえそうね」
「縁起でもねえこと言うなよ。あれ、一品物なんだからな。換えが利かねえんだよ」
「言っとくけど、ジークムントの切れ味を修復させるのは結構手間がかかるんだからね。お師さんに感謝するんだよ」

 リュカとナレイアーナの会話を聞いていたようで、ヌイがハンマーを軽々と肩に乗せて振り返る。わかってるよ、とリュカが答えるとヌイは満足そうに笑ってみせた。

「ところで、ハリーヤを見なかったかい? あいつ、朝からずっといないんだよ」
「食堂で話をしてからはアタシたちも見かけていないわ。ハリーヤに村の外に行く度胸は無いし、村のどこかにはいると思うけど」
「なんだい。せっかくあと少しで完成するってのに」

 短剣を水に浸けるとジュワァ、と湯気がのぼる。淡々と作業をこなすムロソだが、思い出の品を蘇らせている過程を楽しんでいるようにも見えた。
 その時、工房の外からニャーニャーとアイルーたちの声が聞こえてきた。聞き慣れた声に振り返れば、シフレとアイがハリーヤを担ぎ上げていた。逃げられないようロープで縛られているハリーヤは、まるで犯罪者のようだ。

「アイ……どうしたのよ、ハリーヤを縛りつけちゃって」
「ハリーヤがシフレのところでずっとウジウジしていたから、ムリヤリ連れてきたニャ。シフレもシフレニャ、ヘタレのハリーヤを慰めて甘やかしたらキリが無いニャ。こうして心を鬼蛙にしてスパルタ教育する方がハリーヤのためニャ」
「なんだよそれ……」

 過激な行動にどん引きするリュカに対しよくやった、とナレイアーナはアイを誉め称える。この主あってこのオトモアイルーだ、とリュカは思った。

「で、シフレ。お前もハリーヤを縛るのを手伝ったわけか」
「直してもらえるとはいえ、ハリーヤは罪悪感で胸がいっぱいだったみたいニャ。でも、ワタシもちゃんとムロソさんたちの傍で見守るべきだと思うニャ」
「ごめんなさいニャー、だから降ろしてほしいニャー」

 二人のアイルーが声を合わせてハリーヤを降ろす。ロープで縛られたままだが、そこへムロソが短剣を手に目の前に立った。

「お、お師匠様……」
「…………。」

 刃をハリーヤに向けたままなので、ハリーヤの背中に冷や汗が伝る。しかし、ムロソの表情はとても穏やかだ。短剣をロープに当て、ブチブチと音を立てて切っていく。

「こうして前にもお前さんを助けてやったのう、ハリーヤ」
「……お師匠様!」

 ムロソに飛びつくハリーヤはまるで子どものようで、とても微笑ましい光景だった。短剣を鞘に戻しテーブルの上に置く間もずっとムロソの腹に引っ付いていたためヌイによって引き剥がされたが、大切な短剣の復活に満悦の笑みを浮かべていた。

「前にも、ってこいつ何をやらかしたんだい」
「なに、地底洞窟でネルスキュラの糸に絡まって動けなくなっていたところを通りかかっただけじゃ。イーオスがたむろしていたから助けねばと思って糸を切断したのがこの短剣でな、こやつにとってのヒーローブレイドというわけじゃ」
「ジジイじゃなくて短剣に恩義を感じたのかよ。こいつらしいけどよ」
「これからはお前さんが取りやすい場所に置くことにしよう。だから、今後はくれぐれも危険なことをしないようにな」
「わかったニャー」

 それから数日後、好物だと語ったホワイトレバーとふたごキノコの猛牛バターソテーが食卓に並んだ理由をルシカに尋ねたところ、『リュカがつくってほしいって言ってたから』と答えられた。いつかブレスワインを仕入れて礼をしたいなと思いながら、ディーンはユゥラと共に夕食を前にいただきますの挨拶をした。
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