狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第10話 英雄の剣 前編

 ある夜、鍛冶工房で小さな影がうごめいていた。ところどころがくすんだ若草色の毛に覆われた尻尾を揺らしている影の正体は、鍛冶屋アイルーのハリーヤだ。
 たまに眠れない夜があるハリーヤは、こうして工房を訪れて『ある物』を手に取る。今宵もいつもの場所に置いてあるそれを全身で抱え、静寂に包まれた外へ持ち出した。
 松明の灯火も消され、月の光しか明かりが存在しない深夜の寒空。鞘から抜いて空に掲げ、恍惚の声を漏らす。

「キレイだニャー……お師匠さんのナイフ」

 月光に照らすのは師匠であり主でもあるムロソの短剣。若い頃に旅の途中で集めた鉱石でつくりあげた一品で、鍛冶には用いない道具だが大切に保管していた。
 月の優しい光を帯びた短剣はまるでリュカのジークムントのように赤銅色に発光し、ハリーヤの不安な気持ちを落ち着かせてくれる不思議な力を持っていた。風で雪が舞っているにも構わず、ハリーヤは穏やかな光を放つ短剣に見惚れていた。

「眠くなってきたニャー。今日もいい夢が見られそうニャー」

 気が済んだので工房に戻り、ムロソに気付かれないよう元にあった場所に戻す。足場の不安定な高台に乗り、テーブルの上から更に鍛冶道具を入れているツボに足をかけて……。

「ニャワーーッ!?」

 足を盛大に滑らせた。

 大きな音を立てて倒れたツボから鍛冶道具が飛び出し、ハリーヤの体も転げ落ちる。鍛冶道具の中からひょっこり体を起こし、ハリーヤは抱えていたはずの短剣が消えていることに気が付いて唖然とした。

「誰だ!?」

 鋭い声がはしる。声の主はワカだ。睡眠時間が短い彼は深夜にも関わらず倉庫で調合をしていたようで、突然聞こえた大きな物音に盗賊が潜り込んだのではと工房に入ってきたのだ。

「……ハリーヤ?」

 ランプで工房内を照らすと、若草色の小さな体をうつ伏せにして頭を抱えて震える姿が見えた。特徴のある毛並みに内部の者だと判断してほっとするワカだったが、何故こんな時間にここにいるのだろうと首をかしげる。

「ハリーヤ、そんな所で何をしているんだ?」
「……なさい、ニャ」
「えっ?」
「ごべんなざいニャアアアアアお師匠さばあああああああ!」

 ハリーヤは姿勢を変えないまま涙声でニャーニャーと泣き喚く。ランプの明かりにきらりと反射する光を見つけたので目を凝らすと、そこには刀身が真っ二つに割れた短剣が静かな光を放っていた。



 朝を迎え、ワカから話を聞いたムロソはあれからずっとあの姿勢のまま震えてばかりのハリーヤを見やる。倒れた鍛冶道具はヌイが戻していて、床に引っ付いたままのハリーヤを『いつまでそうやってんだい』と剥がすように力ずくで持ち上げた。
 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの酷い顔をしたハリーヤを椅子に腰掛けているムロソの膝の上に乗せる。皺だらけの手で頭を撫でられ、もう一度『ごめんなさいニャ』と謝罪を口にした。

「お前さんに怪我が無くて良かった。もしお前さんを傷つけてしまっていたら、それこそワシはこの短剣を溶かすつもりじゃったわ」
「でも、オイラがナイフを取り出したからこうなったニャー。お師匠さんの大切なナイフなのに、壊してしまったニャー。オイラのせいニャー」
「まったく、隠れてそんな遊びをしていたなんてな。最初から貸してほしいってお師さんに言えば良かったんだよ、ハリーヤ」

 尻尾を摘まれ、ハリーヤがニャイィと情けない悲鳴をあげる。またぐずりだす丸まった背を撫で、折れた刀身に視線を送る。何十年前につくった代物だったろうか、長寿の竜人族のムロソに細かな年月を振り返ることは難しい。

「火山地帯で採れる鉱石を用いた短剣じゃったな。その鉱石が今でも採れれば修復も簡単じゃ。だが、お前さんの体に合うサイズに変わったのじゃから、この刀身でまた柄を付ければいつでもお前さんの傍に置けるぞ」
「それじゃイヤニャー、オイラはあの大きなナイフが好きニャー!」

 涙声だが勢いよくハリーヤが顔を上げて抗議をする。申し訳なさと、悔しさを含んだ表情を見てムロソはこの短剣の本当の存在価値を思い出した。この短剣は、ハリーヤの――。

「……護衛ハンターは休暇中じゃったな。ナグリ村ならさほど時間はかかるまい。もし【地底洞窟】が火山の季節を迎えているならば、彼らに採取を依頼することもできよう」
「それなら、この間妹からの手紙に火山の活動が活発になったって書いてあったよ。今なら【地底火山】になっているだろうね」
「話は早いニャー! オイラ、リュカさんたちに話をしてくるニャー!」

 軽やかにムロソの膝から降りると、ハンターたちのいる母屋へ駆け出して行く。そこまでしてあの短剣にこだわる気持ちは何なのかとヌイがムロソに尋ねと、ムロソは顎鬚に手をあててこう答えた。

「この短剣はのう、ハリーヤにとっての【ヒーローブレイド】なのじゃよ」



 護衛ハンター一行が食事を終えて食堂でくつろいでいるところを見つけたハリーヤは、早速事情を説明する。最初こそ興味深そうに聞いていたが、地底火山という言葉を聞いた途端思わずナレイアーナが顔をしかめた。

「また暑いところなのね……アタシにはちょっと厳しいわ」

 彼女が思い出しているのは、先日の旧砂漠での出来事だ。想定外のアクシデントが重なった結果、夜中に終えるはずの依頼は太陽が昇る昼間まで差し掛かり、炎天下の強い日差しにナレイアーナは倒れてしまった。
 調合した氷結晶イチゴと救助に来てくれたハンターのおかげでどうにか無事に帰還できたものの、暑さに弱いこの体質で再び似た気候の場所へ向かえというのは酷な依頼だ。

「いくらクーラードリンクを大量に持ち込んでも消耗が激しいから、すぐに底を尽いちまうだろうな。調合ができるワカはモーナコとバルバレに行ってるし、行けるとしてもオレぐらいか」
「アンタ一人じゃ無理でしょ。すぐにピッケルを全部壊してリタイアよ」
「あぁ? 地底火山を歩くことすらできねえ奴に言われたかねえよ」

 言い合いが始まりそうな険悪な空気にハリーヤは、ここにイリスやワカがいないことを不運に思った。あの二人ならこの言い合いを止めてくれるのに。そう考えていると、背後から足音が聞こえてきた。

「ハリーヤがこんな所にいるなんて珍しいわね」
「ユゥラさんニャ、ディーンさんも一緒ニャー」
「声がしたからちょっと顔を出そうと思って」

 現れたのは書士隊夫婦のディーンとユゥラだ。リュカからハリーヤの依頼の話を聞くと、動く右腕でディーンは自身の顎に手をあてる。

「地底火山か……何度も訪れたことがあるし、地理には詳しいよ。これでもピッケルの扱いに自信はある」
「ディーン!? まさか、行くつもりなの? お願いだからやめて。貴方は左腕が動かないのよ、もしモンスターと遭遇したら……」
「モンスターがいない安全な環境であることが絶対条件さ。それに、ナグリ村にハンターがいれば力を借りよう。それなら僕が参加しても問題は無いだろう?」

 思わぬ進言に全員が驚いた。ディーンは元ハンターであるが、左腕に大怪我を負いハンター業を引退して書士隊に入隊した経緯がある。
 隻腕のハンターも稀にいるらしいが、書士隊として活動している期間の方が長くなってしまったディーンがモンスターの現れる狩猟場へ赴くことは危険な行為だとユゥラは非難する。

「駄目よ、そんなの絶対に駄目。いくらリュカがいても貴方の護衛に手が回らない状況に陥ったら……」
「ユゥラ、君は心配しすぎだよ。モンスターの出現情報が少しでもあるようなら、僕は村で待つから。地図に採掘ポイントを記す程度のサポートなら可能だしね」
「……本当にいいのか、ディーン」
「僕もたまにはみんなの役に立ちたいんだ」

 穏やかに笑うディーンだが、ユゥラは心底不安な表情を浮かべている。対照的な二人の様子に、ハリーヤはこの夫婦にも申し訳ないことをしたと思った。



 ナグリ村、そして地底火山に向かうことからレザー装備に着替えた。片腕の自由が利かないディーンも同じだ。もちろん着脱はユゥラに手伝ってもらっていたが。よほど不安なのか、何度も装備の具合を確かめたりディーンの右腕を握るなど夫への献身が尽きない。

「気を付けてね。特にディーン」
「イアーナにも言われてしまったか。僕なら大丈夫、心配しないで」
「リュカ、ディーンをお願いね」
「おう、任せておけ」
「随分と信頼されていないな、僕」

 苦笑するディーンと共に、森に待機していた飛行船に乗り込む。行き先はマグマの明かりに照らされるナグリ村だ。飛行船ならば数時間の移動で行くことができる。
 リククワ専属のギルドガールであるリッシュは飛行船の操縦資格を所持していないため、バルバレギルドから派遣されたギルドガールが飛行船を操縦している。リュカは時折下界の光景を眺めながら、ふと疑問を口にした。

「そういえば、どうしてディーンは地底火山に詳しいんだ?」
「僕が所属していた猟団は、熱帯地域のモンスターの討伐がメインだったんだ。それで地底火山にも行ったことがあるんだよ」
「へえ、今のオレらと正反対だな。寒がりなんだろ、それなのによくリククワに来たな」
「ギルドから出された辞令には逆らえないしね。確かにあそこは寒いけど、屋外や氷海に出ることは多くないし少しの我慢で済むから。君らのように体が寒さに慣れてくれればいいんだけど」

 数時間の刻を経て、ナグリ村に到着した。火山が活発化したことでマグマが川のように流れ、あちこちで行われる鍛冶業によって鉄の臭いが充満している。白に包まれているリククワ村とは正反対の雰囲気に、リュカは新鮮さすら覚えた。

「大丈夫かい、リュカ。もうクーラードリンクを飲んだ方がいいくらいかな」
「これぐらいなら平気だぜ。あいつらとは違って、オレは体が頑丈だからな」

 そう言うリュカのこめかみから汗が流れるのを見て、やせ我慢をしているんだなとディーンは思う。タイミングを見てクーラードリンクの使用を強く勧めなくてはとも考えていると、工房でハンマーを振りおろす一人の人物が目についた。
 ナグリ村では珍しい、女性だ。土竜族とは違う、外部から来た種族だろう。褐色肌に桃色の髪。筋肉質な腕はリククワにいるヌイを彷彿とさせる。雰囲気があまりにも似ているので様子を窺っていると、向こうも視線を感じたのかこちらに気が付いた。同じく女性の顔を見たリュカも目を丸くする。

「誰だい? アンタら、レザー装備ってことは採取目的で来たのかい」
「ヌイ!? いや、ちょっと違うような……」
「私はヌイじゃなくて【マテラ】。ヌイは私の姉だよ」
「そうか、君が妹さんだったのか。ナグリ村にいると聞いたことがあったけれど、そっくりだな」

 マテラと名乗った女性の桃色の髪は短く切り揃えられ、顔つきも姉のヌイに比べると優しい印象を受ける。口調こそそっくりだが。ここを訪れた経緯を話すと、腕組みをしながら答えてくれた。

「この間ハンターが私たち鍛冶屋の採取作業を妨害していたウラガンキンを討伐したから、今はイーオスやズワロポスくらいしかいないよ。もし旦那がいれば同行させたかったけど、あいにく樹海に出かけちまっていて……」
「構わないよ。大型モンスターの脅威が無いことを知ることができたことだけでもありがたい」
「ところでアンタ、隻腕なのかい? よくやるねえ」

 マテラが着目したのは、ディーンの腰に付けられた片手剣【エクスシャープフィン】だった。本来盾を右腕、剣を腰につけ左手で持つスタイルをとる片手剣だが、盾を付けず右腕側に剣の柄を向けて装備していたことから隻腕と推測したらしい。

「本職は書士隊なんだけどね。今回だけ特別出張なんだ。一応扱いは慣れてるよ」
「なるほど、だから安全かどうかを知りたかったわけか。そうだ、これ持っていきなよ」

 マテラが工房にあるアイテムボックスから何かを取り出し、ディーンの手の平に乗せる。白い玉の正体は【けむり玉】だ。

「旦那がつくったんだ。もし遭遇した時のために持っておくといい」
「ありがとう。そろそろ出発しよう、リュカ」
「おう」

 礼を言い、二人は地底火山へ向かう。ベースキャンプへ向かう山道へ入って行く二人を見送ると、マテラは再び鍛冶業に戻った。
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