狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第9話 砂中の苺 後編

 エリア10で熱帯イチゴを探すが、成熟していない実ばかりでリュカは思わず舌打ちをした。ナレイアーナの身が危ういと思うと気持ちが急いてしまう。

「くそっ! どこにあるんだよ……!」

 岩壁に苛立ちをぶつけるように乱暴に殴りつけると、壁の向こう側から『ニャッ!?』とアイルーの驚く声が聞こえた。時折吹き付ける砂嵐でよく見えなかったが、アイルーを模した岩の置物と大きくヒビ割れた穴が広がっている。もしやと思い通り抜ければ、そこはエリア11、ネコの巣だった。

「リュカさん、ボクに任せてくださいニャ。話をしてみますニャ」

 アイルーの全ての個体が人間の言葉を解するわけではない。ここは同胞であるモーナコに頼るしかない。手がかりを教えてもらえることを願いながら木で組まれた荷台の傍に腰を下ろす。ニャーニャーと会話が聞こえ、ややあって戻ってきたモーナコは真っ赤に熟れた熱帯イチゴと、おまけに落陽草の花を抱えていた。

「リュカさん、落陽草の花ももらえましたニャ」
「マジかよ! すげえな、お前の話術」
「事情を話したら譲ってくれましたニャ。ありがたいですニャ」

 熱帯イチゴと落陽草の花をポーチに納め、モーナコが頭を下げるとアイルーも返事をするように鳴き声をあげた。ありがとな、とリュカも伝わらない言葉と右手の親指を上げるジェスチャーで礼を伝え、巣を後にする。あとはディアブロスが立ち去っていることを祈るだけだ。



――パパ、ママ。

 若い男女が自分を見ている。慈しみの表情は無い。まるで他人に向けるような、興味の無い目。くるりと背を向けて遠くへ歩いていく二人にすがりつこうと、必死に手を伸ばした。

――お願い、おいて行かないで。ワガママなんて言わない。いい子にしてるから。だから……。

 伸ばした手が、何かにつかまれる。それは目の前から消えようとしている二人の幻ではなくて……。そしてこれが夢だと理解した途端、まどろんでいた意識が徐々に鮮明さを取り戻していく。

「…………。」

 全身を包み込む暑さと頭痛と目眩、そして右手に何かを添えられている感覚を感じながら目を開ける。顔を少しだけ動かすと、自分を背後から覆い被さるような姿勢で、右手を握っているワカがいた。だがその手は小刻みに震えており、俯いた顔はフードを深く被っていることも相まってよく見えないが、ぴくりとも動かない。

「ワ、カ……?」

 喉もやられたのか、掠れた声しか出ない。よくよく見れば、ワカは目を瞑っている。眠っているのか意識が無いのか判断がつかない。体を動かす力すら無いナレイアーナはどうしたらいいのだろうとぼんやりとワカの様子を伺っていた。

「ワカ旦那さん! イアーナさん!」
「おい、採ってきたぞ! どっちも生きてるか!」

 ワカの向こう側からリュカとモーナコの声が聞こえる。駆けつけたリュカがワカの肩に手をかけて揺らすと、ようやく金色の目が開かれた。

「……おかえり、二人とも」
「お、イアーナも起きてんな。モーナコ、回復笛を吹いとけ。イアーナ、飲め。回復薬グレートだ」
「…………。」
「……悪い。そんな体調なのに起き上がって飲めってのは無理だよな」

 既に受け取っていた回復薬を口にして横になるワカはモーナコに任せて、リュカはナレイアーナの体を起こして小瓶を口に近づける。少量の回復薬を飲み込むが、頭痛と目眩により気持ちが悪くなってしまい、これ以上はいらないと首を振ってナレイアーナは再びウルクXキャップの上に頭を乗せた。

「調合するんだろ? 材料はある、頼むぜ」
「……ごめん、リュカ。今の俺には、無理だ」
「はぁ? なんでだよ」
「手が痙攣を起こしているんだ。かろうじて口は動くから、アンタにやってほしい」
「…………。」

 ワカの手を見ると確かに小刻みに震えているし、深く被ったフードから見える顔は回復薬を飲んだとはいえだいぶ参っているようだ。調合は苦手だが、この状況で弱音を吐くことなど許されない。覚悟を決めたリュカは熱帯イチゴと氷結晶を調合用のシートの上に広げた。

「オレが完成させるまで口を動かせよ。どこから始めればいい?」
「熱帯イチゴのヘタを取って、空き瓶の中に入れてくれ。……五個ぐらいでいい」
「よ、よし。それぐらいなら問題無いぜ。次は?」
「…………。」
「言ったそばからくたばんなよ! モーナコ、ワカをひっぱたいてでも寝かせるんじゃねえぞ」
「ワカ旦那さん……もう少しだけ、頑張ってくださいニャ」

 限界がきているようで、意識が飛びかけているワカの体を揺すれば、『大丈夫』と声が返ってくる。安心するリュカに対しモーナコは不安が拭えない表情を浮かべた。

「氷結晶を砕いて、空き瓶に入れるんだ。ピッケルでできるだけ細かく」
「……これぐらいか?」
「十分だ、次は蓋を閉めて瓶を振ってくれ。はじめはくるくると瓶の中でイチゴを回すように……少しずつ瓶が凍り始めたら、今度は力強く上下に」
「うおっ、すげえ……!」

 指示通りに熱帯イチゴを入れた瓶を緩く振ると、氷結晶が反応して熱帯イチゴを巻き込みながら瓶全体が凍っていく。感激しつつも『まだだ』とワカに言われ、慌てて上下に瓶を振るとこの暑さにも関わらず瓶を握る右手にひんやりと冷たさが伝わる。

「それで、完成だ。そのままじゃ食べにくいから、熱帯イチゴの粒ぐらいに砕けるか」
「ああ、いけるぜ。……イアーナ、食えよ」
「ありがとう……」

 横たわったまま調合された【氷結晶イチゴ】に口をつける。凍ったイチゴが乾いた唇に当たって心地良い。かじりとった果肉を咀嚼するとシャリ、と音が頭に響く。喉を通せば少しずつ体の火照りがおさまるのを感じ、ナレイアーナは夢中で氷結晶イチゴにかじりついた。

「リュカさん、ワカ旦那さんにもお願いしますニャ」
「そうだな。……おい、寝るなって言ってんだろ。お疲れさん」

 瓶から取り出したままの氷結晶イチゴを閉じられた瞼の上に当てると、突然感じた冷たさに驚くようにワカが目を開いた。その反応を面白がりながらも、氷結晶イチゴを分け与える。
 リュカも残りの氷結晶イチゴを口にしていると、体力が戻ったのかナレイアーナが体を起こしている。顔色も良くなっていて心から安堵した。ナレイアーナの弱った姿など、ほとんど見たことが無かったのだから。

「助かったわ、ありがと。歩くぐらいならいけそう」
「感謝しろよ、オレらの連携プレーのおかげだぜ」

 立てた親指を自身に向けていると、背後からモンスターの咆哮が聞こえる。全員が外へ視線を向けた。

「ナコ、モンスターがいたのか?」
「ディアブロスですニャ。さっきここに来る時は会わなかったけど、移動して来てしまったみたいですニャ」
「救助要請は出してある。肝心のハンターがいつ来るかはわからねえけどな。いっそのことオレが狩るか」
「なにふざけたこと言ってんのよ……ん、なんか変ね」

 何かを嗅ぎとったナレイアーナが首をかしげる。モンスターそのものの匂いだけではなく、血の臭い、麻酔玉の臭い。そこから想像できることは。

「要請を受けたハンターはもう来ているわ。それも、たった今捕獲したかもしれない」
「確認してくる。行くぞ、モーナコ」

 リュカがモーナコを引き連れ洞窟の外へ出ると、干乾びた湖の中心でディアブロスがシビレ罠の上で寝息をたてていた。自慢の二本角は無惨に砕かれ、あちこちに傷を負ったその巨体の前に立っていたのは、一人のハンターとオトモアイルーたち。
 ハンターは女性で、海のように真っ青な髪を後頭部で結いまとめ砂の舞う風になびかせている。鎧というよりは衣服に近い軽装のガブルXシリーズをまとい、手には大きな牙を模したようなチャージアックス【覇断斧クーネエンカム】が握られていた。覇竜アカムトルムの素材を用いてつくられる武器を所持していることから、リュカはこの女性ハンターの腕前がかなりのものだと推測した。
 やがてオトモアイルーの片割れがこちらに気づき、飛び跳ねてハンターに伝える。頬に赤い三本爪のフェイスペイントを施した顔がこちらに向けられ、何かを見つけて表情を明るくさせた。

「おーい! そこにいるのはモーナコかい?」
「そうに決まってるニャ、筆頭オトモであるボクが見間違えるワケが無いニャ」

 捕獲したディアブロスを放置してこちらへ走ってくる三人に疲労の色は見えない。まるで狩猟など無かったかのようだ。真っ先にモーナコの元に駆けつけた白い毛並みのアイルーの喜びように、リュカは目を丸くしてしまった。

「また会えて嬉しいニャ、モーナコ」
「お前の知り合いか?」
「【ニコ】ですニャ。チコ村にいた時に一緒に生活していた友だちなんですニャ」
「こんなところで会うなんてね。久しぶり、モーナコ」
「この人は【リン】さんですニャ。隣にいるのは筆頭オトモの【シャガート】。キャラバンのハンターですニャ」
「筆頭オトモ、キャラバン……ってことは、あの【蒼天青爪そうてんせいそう燐飛リンフィ】か!?」
「へえ、アタシのこと知ってるんだ」

 バルバレギルドに所属する者なら知らない者はいない【我らの団】。狂竜症が問題になった頃、筆頭ハンターと共に事件を解決したキャラバンだ。その中のたった一人のハンター、【リンフィ】は操虫棍を片手に空を舞いどんなモンスターをも斬り倒した偉業から【蒼天青爪】の二つ名を持っている。
 どうやら武器は変えたようだが、ハンターの仲間を連れずに短時間の内にディアブロスを捕獲した実績はG級ハンターの中でも指折りの実力者であることをまざまざと見せつけた。

「アンタたちが救助要請を出した連中だったんだね。だけど、なんでそんな暑苦しい格好をしてるんだい?」
「本当は夜に来てたんだけどな、色々あって時間がかかっちまったんだよ。依頼は完了してるから、あとは帰るだけだ」
「そっか。他に仲間は? 暑さにやられてるならクーラードリンクを分けてあげるよ」

 リンフィの好意に預かり、リュカたちはクーラードリンクを受け取って万全の態勢でベースキャンプに戻ることができた。モーナコと知り合いだったらしいリンフィだが、主のワカとは面識が無かったようでギルドの飛行船が到着するまで根掘り葉掘り話を聞いてテントの中を賑わせていた。

「アンタがモーナコの旦那だったんだ。ふーん……まあ、そこそこイケメンかな」
「……は、はあ」
「アンタが狩り損ねたアカムトルムは今こうしてアタシの刃になってるし、アンタが助けようとしたニコもアタシの傍で頑張ってくれてる。アンタとは不思議な縁を感じるよ。運命ってやつかな?」
「…………。」

 気楽にワカの肩を組みながら話しかけるリンフィをリュカとナレイアーナが珍しそうに眺めている。一方的に話を続けられながらも返答を繰り返すワカだったが、不意に黙ってしまった。

「“運命”、か……。あまりその言葉は使いたくないんだ」
「どうして?」
「こうなるのが当然なんだって思ってしまう。まるで全ての因果が始めから定められているみたいで」

 陰のある表情でそう言われ、リンフィは肩に回していた腕を引っ込めて『ふーん』と首をかしげる。目を逸らしてしまったワカは、どこか寂しそうな表情をしていた。発言を否定されたリンフィだったが、すぐににこやかな笑みを浮かべる。

「アンタはそう考えるタチなんだね。まあ、それでもいいさ。アンタはアンタ、アタシはアタシ」
「そうだな。どうか気にしないでくれ、リンフィさん」
「すごい豪快な人ね、バルバレの英雄って」
「あれぐらいじゃねえと色んな奴らが集まるキャラバンのハンターなんてやっていけねえんだろうな」

 やがて飛行船が到着し、リンフィたちとも別れを告げ数日かけてリククワへ。戻った頃には日が沈んでいたが、アルも来訪しており報酬として生命の大粉塵を受け取ることができた。

「リッシュからギルドの報告書を見て驚いたよ。かなり苦戦させてしまったようで、申し訳ない」
「アンタが頭を下げることじゃねえよ」
「そうそう、悪いことが重なっちゃっただけ」
「本当にありがとう、みんな。これでもっと多くのハンターに貴重なアイテムを売り渡すことができる」

 微笑むアルの背後にいたレンテとリュカの目が合うが、直後に視線を逸らされる。人見知りのレンテのことだからいつものことだと思ったが、その視線に何かの感情が含まれていることをハンターの勘が告げていた。

「レンテ、オレに手紙でも届いてんのか?」
「ニャ、ち、ちがうニャ」
「……レンテ。私から言おう」

 震える赤いキャスケットを撫で、アルの声色が強ばる。滅多に出さないような真剣な声だったため四人にも緊張感がはしる。

「イリス宛に手紙が届いていてね。ここで手紙を読んでいたんだが……突然涙を堪えながら部屋に戻ってしまったんだ。良くない報せを受け取ったのかもしれない」
「イリスが!?」

 普段なら出迎えてくれる妹がいないのはそういうことか。すぐさまイリスの部屋に向かうリュカの背をナレイアーナたちも追いかけた。



「オレだ、入るぞ」

 ノックと同時に部屋に入ると、ベッドの上で手紙を握りしめて顔を俯かせるイリスがいた。駆け寄ってどうしたんだ、と両肩に手を乗せると目元を赤くしたイリスが顔を上げた。

「兄さん……!」
「イリス、その手紙に何が書いてあったんだ?」
「…………。」
「言え、イリス」
「……セラさんが、」

 セラが、どうした。

 腹の底から捻り出したような低い声にイリスの肩がぶるりと震えた。これでは妹を恫喝しているようではないかとナレイアーナとワカが諫める。再び涙をこぼすイリスから手紙を奪い取り、読んでいく。みるみる内にリュカの顔色が青ざめていった。

「……天空山の調査をしていた書士隊が、正体不明のモンスターに襲われたんです。護衛ハンターによって書士隊は軽傷で済んだのですが、数人いた護衛ハンターは…………全滅しました」
「全滅!? まさか、護衛ハンターって」
「その護衛ハンターの中に……セラさんがいたんです……っ! 被害の程度はわかりませんが、重体か……死亡した者が大半だと」
「……そんな、セラが」

 ワカとナレイアーナも言葉を失う。ついこの間出会ったG級ハンターが、得体の知れないモンスターに敗れた。そして生死不明の状況に陥っている。私のせいだ、とイリスが小さく呟いた。

「私が、書士隊に入ったから……セラさんは、私たちと出会ったことで書士隊の護衛依頼を受けて、天空山に……!」
「やめろ、イリス! お前のせいじゃねえ!」

 叱るように荒らげるリュカの声に部屋の空気がしん、と冷える。歯を食いしばるその表情は、怒っているようにも涙を堪えているようにも見えた。

「……お前のせいじゃねえ。悪いことをなんでも自分のせいにする癖、やめろよ」
「兄さん……ごめんなさい」
「それに、あいつが死んだって情報が出てきたわけじゃねえんだろ。オレはあいつが死んでねえって信じてるからな」

 報告書をイリスに返し、リュカは部屋を出ていった。その報告書を借りたワカが改めて目を通す。
 そのモンスターは一見【黒蝕竜ゴア・マガラ】のようだったが右半身の翼や首筋の鱗は金色に変化しており、さながら【天廻龍シャガルマガラ】のようにも見えた。圧倒的な力でハンターたちをねじ伏せる光景を気球から目撃した古龍観測隊は、モンスターのおぞましい姿に震え上がったという。
 それでも護衛ハンターは書士隊を守ろうと必死に抵抗した。その前線に立ったのが片手剣の女性ハンター、セラ。この現場にいた書士隊の一人がイリスの友人で、セラのことを聞かされていた彼女は密かに手紙をしたためたのだ。
 だが、彼女が護衛の中でどうなってしまったのかは誰にも知ることができない。あの黒龍にも匹敵する脅威にもなりうる異形のモンスターの正体が判明するまで、この事実はギルドによって伏せられてしまうだろう。



 護衛ハンターの世界の厳しさを見せつけられたリククワのハンターたちは、沈黙せざるを得なかった。自分たちも、突如出現する脅威と立ち会うことになったらこうなる可能性もあるのだと。
 それでも、彼らは退かない。それぞれの思いを胸に、氷海の謎を解くまでは。
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