狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第9話 砂中の苺 前編

 ザリザリと音を立てて踏みしめる真っ白な大地は、雪ではなく月光に照らされた砂。吐き出された息は白く、時折吹きつける風の冷たさは彼らにとって慣れたものだが、一面の砂原を歩き慣れた者は誰一人としていない。

 【デデ砂漠】。

 バルバレギルドが【旧砂漠】と名義付けている広大な砂地に何故リククワの護衛ハンターたちがいるかというと、ある依頼を受注したためだった。
 書士隊が氷海へ出ず拠点で書類処理を行うタイミングを図って、一件の依頼が飛び込んできた。依頼主は商人のアルだ。リククワから遠く離れた大都市ドンドルマに設立された【狂竜ウイルス研究所】では、研究を経て開発された道具が売買されている。ワイラー商会はドンドルマ郊外で活動するハンターにも行き渡るよう取引をしており、取り扱う商品の種類を更に増やしたいと交渉を持ちかけた。
 始めは返事を言い渋る狂竜ウイルス研究所だったが、交渉を重ねる内に相応の値段でハンターと取引することや商会にはレシピの公開をしないことなど条件を取り付けて応じてくれた。その中の一つの条件を果たすために、リュカたちリククワのハンターは遠方の地である旧砂漠を訪れていた。
 地の果てまで続く砂漠を見てふう、とナレイアーナがため息をつく。彼女が立ち止まったので、隣を歩いていたリュカも足を止める。

「飛行船のトラブルで深夜の砂漠を訪れることになるなんて思わなかったわ」
「この時間帯に活動することも稀にあるから、元気ドリンコで眠気を飛ばすことにゃ慣れてるがな」

 陽炎が躍る昼間より凍える夜間の方が普段氷海を歩いている彼らにとって有利であることを知っているアルは、依頼の時間帯を夜に指定した。だが、他にも理由があった。
 日が沈んだ直後の到着を予定していたのだが、ギルド側に不手際があったらしく予定時刻より大幅に遅れたのだ。本来ならば待機場所だったドンドルマで時間を潰せば良かったのだが、それも許されない状況だった。

「今日の内に依頼をこなさないと村に戻った時にアルと合流できないから、急がないと……」
「なあワカ、そんなに必要なモンなのか? そのなんとか研究所ってところが開発したやつは」
「ガララアジャラ亜種狩猟の時にアンタに手渡した応急耳栓は、狂竜ウイルス研究所で開発されたものなんだ。そしてこの依頼をこなせば、ごく数量ではあるけど【生命の大粉塵】を俺たちに売ってくれるようになる。この依頼を受けないのは損だ」

 粉末状にしたことによりばらまいて一度に複数の対象の傷を癒すことができる貴重な【生命の粉塵】。その更に効き目が強いものが開発されたことを知ったワカがこの依頼に真っ先に食いついた。パーティの生命線を担うワカにとって、常備しておきたい道具の一つだ。

「いつも氷海しか歩いていないから、たまには別の場所に来るのも悪くないわね。どこを見ても砂漠で面白味に欠けるけど」
「寒い所なのは同じですニャ」
「だけど時間をかけていたら日が昇って、たちまちここは灼熱の砂漠になる。一応クーラードリンクは準備してきたけど、早く終わらせよう」

 更に歩き続け、旧砂漠で最も広いエリア7に到達する。彼らが請け負った依頼は二つ。一つは【落陽草の花】の採取、そしてもう一つは最近縄張りを広げている大型モンスターの討伐だ。

「採取と討伐を同時にこなす依頼なんてまず無ぇよな。まずは討伐が先か?」
「先にモンスターを討伐して安全を確保してから採取に専念しよう。ナナちゃん、感知できるか?」
「このエリアにいるのはなんとなく感じるんだけど……砂に潜ってるせいか、はっきりとは捉えにくいわね」

 ナレイアーナの千里眼と同等の力を持つ嗅覚ですら感知できない砂中に潜むモンスターに警戒しながら、ワカがスタスタと砂漠の中心部へ歩いていく。

「おい、見つけたのか?」
「わからない。だから、おびき寄せる」
「おびき寄せるって、何をする気なのよ」
「フェイ兄に教わった、かつて使われていた狩猟笛の演奏をやってみる」

 そう答えると背負っていたブルートフルートを構え、息を吹き込む。柔らかな女性の歌声が奏でられ、笛を横に振るうとわずかな時間で一瞬で息を大量に吸い込み再びマウスピースに口を添えた。
 音色を奏でては笛を振るって息を吸い、また奏でる。その繰り返しだ。狩猟笛の演奏は効果を最大に引き出す分を終えた後、肩に乗せて通常の構えに戻す。しかし今のワカの演奏は笛を定位置に戻さず、ひたすら狩猟笛を奏でていた。
 歌声が延々と響き渡り、目を閉じればまるで砂漠の真ん中で歌姫が歌っているようだ。現実は中肉中背の男ハンターがフルフルの口を模した不気味な狩猟笛を演奏しているのだが。
 ぴくりとナレイアーナが反応する。どうやらモンスターが狩猟笛の音色に吸い寄せられるように現れたようだ。警告を発しながらアスールバスターに手をかけた。

「ワカ! 来たわよ!」

 ブルートフルートを満月に掲げるワカの背後に背びれが忍び寄る。振り向きもせず息を吹き込むと演奏中に重ねられていた音色が束となり、美しかった歌声は金切り声に変貌した。
 空気を振るわせる高周波は砂を波のように揺らし、たまらずモンスターが飛び跳ねてのたうち回る。リュカも接近してジークムントの柄を握りしめた。

「出てきやがったな、砂肝野郎!」

 聴覚を刺激されてビタビタと砂の上で跳ねるのは、平べったい頭部と翼のように巨大なヒレが特徴の【砂竜ドスガレオス】。リュカとナレイアーナの連続攻撃が決まるが、この程度では討伐できるわけもなく起き上がってハンターたちを見下ろして威嚇をしている。

「ガレオスちゃんを相手にするなんて何年ぶりかしら。相変わらずきょとん顔で可愛いわね」
「ドスガレオスを可愛いって言う人を初めて見ましたニャ」
「モーナコ、こいつを女と見るな。センスがおかしいただのモンスター狂だ」
「うるさいわよ、そこ」

 高周波を放ったことが気に障ったのか、ワカを標的にしたドスガレオスの背びれへナレイアーナが通常弾を打ち込む。直後砂の中に逃げられるが、今度はリュカが音爆弾を投げつけて再び地上へ引きずり出した。
 ほとんど失われた視力の代わりに発達した聴覚が仇となり、ガレオス科のモンスターは騒音に弱い。弱点と対策をしっかり準備してきたことで余裕をもって狩猟に挑むことができた。

「ハッ、これなら楽勝だな」
「油断は禁物だ、リュカ。それに採取の依頼もあることを忘れないでくれよ」

 大剣と狩猟笛が頭部に挟み撃ちを仕掛ける。ビシィ、と音が響き頭部に鋭い傷跡がついた。もう一撃与えようとワカがブルートフルートを振るおうとした瞬間、突然視界の隅で砂が突然膨らんだ。

「っ!?」

 反応する間も無く巻きあがる砂の中から飛び出してきた巨体に弾き出され、勢いに負けて転倒した。起き上ろうとワカが地面に手を付けると足下がある一点に向けて流され、徐々に沈んでいく。

「流砂……!」

 幸い底無しではなく下半身が埋まる程度の深さだったが、身動きがとれない。背後から感じる殺気に振り返れば、もう一体のドスガレオスがじわりじわりと接近していた。縄張り争いをしていた別の個体がいたのだ。ギルドから指定された討伐数は一体。二体もいたことは想定外だ。

「つかまって!」

 流砂に巻き込まれないよう岩の上からナレイアーナが手を伸ばす。流砂の中から攻撃を仕掛けるつもりなのか砂の中に潜伏したドスガレオスに接近されない内になんとかワカの手を掴むと、ぐっと力を込めて声をあげる。

「えぇいっ!」

 腕を後方に放り出すように体を大きくのけぞらせ、流砂からブルートフルートを片手に握りしめているワカを引き上げた。……が、勢いがつきすぎたためにワカの体が宙を舞う。
 ワカは驚きつつも落下地点にリュカと交戦しているドスガレオスを見つけると、とっさに腰からナイフを抜いて背に突き刺して強引に乗り上げた。ひゅう、と思わずリュカは口笛を鳴らした。

「いい連携じゃねえか、お前ら」
「偶然だけどな。ナコ、超音波笛であっちのドスガレオスを妨害してくれ」
「了解ですニャ!」

 モーナコが笛を構える。奏でられるいつもの回復笛のそれではなく、高めの音。超音波笛の術で高周波を発してもう一体のドスガレオスを砂中から飛び出させた。そちらにはナレイアーナが攻撃を加える。

「ワカ、ここから先はどうする」
「ナナちゃんが相手をしている個体はこやし玉で追い払おう。まずはこのドスガレオスを討伐して、それからもう一体を追って捕獲する」
「わかったわ。こやし玉はアタシに任せて」

 こやし玉を顔めがけてぶつけると、ドスガレオスがたまらず砂の中に潜って逃げ出した。これで目の前にいるはじめに接触したドスガレオスの討伐に専念できるだろう。四人がドスガレオスを取り囲む。

「改めて、覚悟してもらうぜ!」



 それからどれぐらいの時間が経過したか。あの後ドスガレオスの討伐を終えた四人は更にもう一体のドスガレオスの狩猟へ移行し、エリア3で眠りに就いたところを捕獲した。これでもう一つの依頼である落陽花の草の採取に取りかかることができる。

「ここら辺には生えてねえのか」
「怪力の種やウチケシの実はあるみたいだけどな……ん?」

 何かに気が付いたワカが鉱石をピッケルで削る。その手には氷海で見慣れた氷結晶が乗せられていた。

「旧砂漠でも採れるなんて思わなかった。夜だからかもしれない」

 興味深げに氷結晶を手に持って眺めるワカに対してリュカはどうでも良さそうな表情を浮かべた。彼にとってはあくまで鉱石の一種でしかないようだ。
 同じく興味が薄いナレイアーナが視線を落とすと、足下の違和感に気が付いた。先ほどまでは無かったはずの水がじわじわと地面を濡らしている。時間が経てば水位が上がるのではと目先のエリア7の方角へ目線を移して、衝撃的な光景を見つめたままナレイアーナは呟いた。

「……あのさ、なんか外、明るくない?」

 それからの行動は早かった。エリア3を去り、隣接するエリア1とエリア4で落陽草の花を探す。徐々に明るみを増す砂の大地が熱を帯びだしてきた。
 エリア7に戻る頃にはじりじりと日光は熱をもち始め、それは毒のように体を蝕んでくる。これでもない、とリュカは引き抜いたネムリ草を風に乗せて飛ばした。

「目標まであといくつなんだ?」
「あと三個だ。群生している場所さえ見つけられればすぐに終わるんだけど……。」
「なんだよこの風、やべえぞ。まるで熱風だ。クーラードリンク、持ってきてたんだよな? 飲まなくちゃやってられねえよ」
「…………。」
「なんだよ、その顔」

 ワカがあまりにも申し訳なさそうな顔をしたので、リュカは眉をひそめた。この会話の流れでそんな顔をする理由は、一つしかない。

「まさか……無くしたとか言わねえよな?」
「ごめん、さっきの流砂に飲み込まれた。ドスガレオスの鋭牙で薬系統を入れているポーチに穴を開けられたみたいで」
「マジかよ。面倒なことになっちまったな」
「本当にごめん、こうなることも予測していたのに」
「お前のせいじゃねえよ。な? イアーナ……イアーナ?」

 先ほどから会話に入ってこないナレイアーナを捜すと、少し離れた場所で虚ろな目で三人を見ているようだった。近づいても気だるそうに目線を上げるぐらいで、反応が鈍い。

「何ぼさっとつっ立ってるんだよ。モンスターの気配でも……」
「…………。」
「イアーナ!?」

 何かを言い返そうとしたのか、口がわずかに開かれた途端ナレイアーナが膝から崩れ落ちた。リュカが反射的に体を支えたが、ぐったりとしているナレイアーナの異変に焦りを隠せない。ワカも駆けつけ、様子を伺う。

「急にぶっ倒れやがった、一体どうしちまったんだ?」
「この日照りにやられたんだ。どこか、日陰のある所に連れて行こう」

 直射日光を浴びる頭部を守るために備え付けのフードを被ったワカが辺りを見回す。ドスガレオス討伐の時には気が付かなかったが、奥に洞窟の入り口を見つけたのでリュカにナレイアーナを抱きかかえさせて移動した。



 たどり着いたのはエリア9。水辺がある上に、差し込んでくる光はぽっかりと開いた岩壁の穴から照らされている一部だけだ。ここならば大丈夫だろうとナレイアーナの体を横たわらせる。ウルクXキャップを枕代わりにさせて、ワカは防具を外した右手でナレイアーナの首の後ろに手を当てた。

「まずい、かなり熱くなっている。すぐに冷やさないと」
「救助要請を出すか? オレが外に出て気球に連絡を入れる」
「それも必要だけど、今すぐ処置をしないと手遅れになってしまう。……日が昇ったのなら、可能性に賭けて“アレ”を調合するしかない」

 フルフルXヘルムのマスクを取り外すと水に浸し、ナレイアーナの首にあてる。フードを被ったままのワカの頬にも汗が伝った。たとえ日陰の洞窟内でも暑さを遮断することはできない。
 寒さに強い彼らは、反面暑さに弱い。体力自慢のリュカだけがなんとか耐えているが、ナレイアーナとワカには厳しい状況だ。

「ナコ、リュカを連れて【熱帯イチゴ】を採ってきてくれ。調合の材料になる」
「わかりましたニャ」
「お前は大丈夫なのかよ? イアーナに負けねえくらい汗だくだぞ」
「俺なら大丈夫だ。時間が無い、早く」

 急かされるように言われ、リュカとモーナコは駆け足で立ち去る。二人の背を見送ると、ワカはナレイアーナに覆い被さるように手を付いた。自身が日除けとなって、これ以上彼女に日を浴びさせないようにするために。



 熱風が吹き荒れるエリア7に舞い戻り、リュカは回復薬グレートを飲み干した。真水ではないので水分補給とはいえないが、それでも奪われた体力を取り戻すには十分だ。

「熱帯イチゴか。すぐに見つけねえと……げっ」
「ニャッ!?」

 リュカの目線を追ったモーナコも短い悲鳴をあげる。エリア2へ向かう道の途中に、二本の角を天へ突き出しながらサボテンを貪る土色の巨体、【角竜ディアブロス】の後ろ姿が見えた。食事に夢中になっているのかリュカたちに気付いていないようだが、最悪の事態だ。

「マジかよ、ここで【二本角野郎】と出くわすなんて。この状況でこいつを狩るのはきついな」
「リュカさん、まだディアブロスはボクらを見つけていませんニャ。今の内に移動するべきですニャ」
「なんでだよ、ここで狩らないと後で戻ってきた時に鉢合わせしたらやばいだろ」
「その時はこやし玉を使えばいいですニャ。無理に狩りをする必要はありませんニャ、時間をかけるとイアーナさんとワカ旦那さんがピンチになりますニャ」

 まるで主が乗り移ったかのようにはっきりと言われ、リュカは何も言い返せない。だが、モーナコの言うことも最もだ。たった二人で狩猟をするには時間も体力も足りない。

「救助要請の狼煙はあげておく。さっさと行こうぜ」
「はいですニャ」

 ここから少し離れたエリア2に気球が飛んでいるのを見つけていたので、このエリア7からならば狼煙に気付いてくれるだろう。そう信じて二人はディアブロスの向いている方角とは逆のエリア10へ向かった。



 がくりと腕の力が抜けてバランスを崩したことで、ワカは自分が意識を失っていたことを自覚した。手探りでリュカから受け取った回復薬グレートを手に取り、飲み干す。頭がぼんやりとするが、まだ正気は保っている。いや、保たなくてはならない。

「……ナナちゃん」

 手を伸ばしてマスクを再び水に浸し、真下に庇うナレイアーナの首の後ろに当てる。火照った顔で苦しそうに短い呼吸を繰り返すのは変わらない。せめて意識を取り戻してくれれば水分を自ら取り入れることができるのに。

「ナナちゃん、しっかり。ナコたちが来るまで持ち堪えてくれ」

 自分にも言い聞かせるように呟き、そっと手を握る。独りじゃない。ここに仲間がいると伝えるように。俯くと、鼻先からぽたりと汗が落ちた。
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