狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第8話 狩人と奇士 後編

 リュカたちが向かった方角とは違う場所へ、ワカが歩いていく。背後を守るようについてくるナレイアーナだが、ひしひしと不機嫌なオーラを感じる。
 先には少し広めの洞穴があり、ここに生息している小型モンスターの餌や糞がたまに落ちていることから調査対象となっていた。大型モンスターが餌にする小型モンスターの生息分布を把握することも書士隊の重要な任務だ。
 普段なら声をかけてくれるおしゃべりなナレイアーナが静かなのは居心地が悪いが、早く調査を終えてイリスたちの元へ向かうべきだろう。そう思いながらたいまつの明かりで丹念に洞窟内を調べていると、ようやく無言を貫いていた彼女が口を開いた。

「ワカはさ、仲間のハンターっているの?」
「何人かバルバレにいるよ。オレはフリーのハンターだったから常に同じメンバーではなかったけど、ある程度会う面子は固定されていた」
「ふーん……。」
「…………?」

 拗ねた調子の返答にワカは首をかしげる。彼女は何に不満を抱いている。そう考えていると、足下にいたモーナコがナレイアーナの足にすがりつくように両手を添えた。

「イアーナさん、ボクらがいますニャ。独りぼっちじゃありませんニャ」
「……うん、そうね」

 そっとしゃがんで、モーナコの頭を撫でる。思わず調査の手を休めて、ワカも片膝をついたままナレイアーナと向き合った。先ほどまでの不機嫌な様子は見られないが、代わりに寂しさがこみ上げているような表情をしていた。

「アタシ、ずっと独りでハンターをやっていたの。仲間なんていない、兄弟もいない、友達もいない。だから誰かと一緒に狩猟をするのは、みんなより経験が浅いのよね」
「……ごめん、ナナちゃん。俺、よく考えずにあんな事を言って傷つけてしまったんだな」
「しょうがないわ。大抵のハンターは仲間と一緒に狩猟に行くから。単独でハンターをやっているのはよほど腕に自信があるか、もしくはアタシみたいにチームを組めなかったはぐれハンターか、どちらかよ」
「独りでずっと頑張ってきたのなら、その努力相応の実力が身に付いているんだ。ナコの言う通り、今は俺たちが仲間だ。これからも頼りにしているよ、ナナちゃん」

 静かに微笑んでワカが右手を差し出す。同じくふっと笑ってナレイアーナも右手を出しワカの手を握った……かと思いきや、ぐいと引いて背負い投げの要領でワカを洞穴の外へ放り投げた。あまりにあっけなく飛ばされたので、一瞬の間をおいてモーナコがびくりと跳ねて悲鳴をあげる。

「ニャー! ワカ旦那さん!?」
「乙女を傷つけた罪は重いわよ」
「え、ええー……?」

 ちゃんと柔らかい雪が積もった場所へ的確に投げるところに優しさが見えるものの、それでも照れ隠しにしてはあんまりだ、とワカは仰向けに転んだまま苦笑いを浮かべるしかなかった。

「――!」
「ナ、ナナちゃん?」

 すると突然ナレイアーナが血相を変えたのでまた彼女の機嫌を損ねたのではないかとワカも慌てて体を起こすが、鼻をスンとさせる行動でモンスターの出現を予感した。

「まさかモンスターがここに?」
「ええ。しかもこの臭い……まずいわ、あっちに移動してる」

 リュカたちが向かった方角を見つめてそう話すナレイアーナは既にハンターの顔に変わっていた。それを見たワカも立ち上がり、体についた雪を払う。

「きっと今頃イリスちゃんを逃がしているだろうけど、あそこは通路しかない場所だ。防戦するにはかなり不便してしまう。すぐに援護しないと」
「ワカ、アンタはイリスと合流したら引き上げて。今回ばかりはうまく逃げきれるかわからない」
「どういう意味だ、ナナちゃん?」
「モンスターの臭いの他に、嗅ぎとったのよ。……【狂竜ウイルス】の臭いを」



 バリバリと電気の塊が地をはしり、身をよじって回避するが目の前の壁に肩をぶつける。目の前にいるモンスターは、なりふり構わず暴れていた。体を動かす度に紫色のもやがまき散らされて、セラがくっ、と小さく声をもらす。

「まさか【フルフル】がやってくるなんて思わなかったな。しかも狂竜ウイルスに侵されてる。一体どこでウイルスをもらってきたんだろう」
「おい待て、セラ。狩るんじゃねえぞ」

 身構えるセラの背後からリュカの制止の声がかかる。目の前のフルフルから目を逸らさずに、聞き返す。

「リュカ、どうして?」
「オレたちは書士隊の護衛が任務だ。もしモンスターと遭遇しても書士隊を安全に逃がすことが最優先で、フリーハントはしちゃいけねえ。攻撃すればするほど奴らを刺激して余計に逃げにくくなるしな。できるだけ時間を稼いで、足止めをして撤退する。それがオレたちの役割なんだ」
「それは難しい注文だね。ここがもう少し広いところなら良かったんだけど」

 狂竜ウイルスに体を蝕まれ、全身が薄紫色に染まったフルフルが悲鳴のような叫び声をあげる。ガルルガX装備により聴覚を保護されているセラはその隙にフルフルの足下をくぐり抜けて背後に陣取った。

「挟み撃ちにして撹乱させることができれば……狂竜化してる相手に通じるかな」
「通じなくても時間を稼ぐんだよ、イリスが逃げきるまでな!」

 首を長く伸ばし、まるで鞭のようにしならせてセラに襲いかかる。とっさに盾で防ぐが、後退した隙に伸ばした首を戻したフルフルが向かってきた。体当たりを横転してかわし、態勢を立て直す。

「狂竜化しているだけあって素早い……! リュカ、罠を仕掛けるのはいいよね? シビレ罠で足止めするよ」
「わかった。引きつけておいてやる」

 デッドリィポイズンを鞘に戻し、ポーチからシビレ罠を取り出す。フルフルがリュカに意識を向けている間に背後へ移動し、シビレ罠を設置した。
 パリ、と小さな電撃が発せられた音に反応したのかフルフルが突然振り向く。雷をまといながらじわじわと接近する巨体にセラが罠にはめるようゆっくりと後退すると、フルフルの右足がシビレ罠を踏み抜いた。

「よし、かかった!」

 うなり声をあげながらフルフルの体が震える。もともと麻痺耐性が低くないため、さほど拘束できないかもしれないが、少しでも時間を稼げれば。そう思いながら様子を伺うセラだったが、フルフルの尾が少しずつ地面へ降りていくのを見て息を呑んだ。あの尾は自身を傷つけないよう電気を地面へ逃がす役割を担っている。それを地面に接地しようとしているということは。

「いけない、大放電が!」
「なにっ……!?」

 防御態勢をとる間もなくフルフルを中心にピシャリと電撃が八方向に放たれ、雷を浴びた二人はその場に崩れ落ちてしまった。その隙にシビレ罠の効果も切れ、フルフルは怒りを露わにするように役目を終えた罠を踏みつぶす。
 雷耐性に優れたおかげもあり、セラはなんとか体を起こすがフルフルの向こう側で突っ伏しているリュカが一向に動かない。焦りを隠せない声で叫んだ。

「リュカ! 大丈夫!?」
「ちっ、しくじった……!」

 体中に熱い痛みが駆けめぐり、上体を起こすのが精一杯のようだ。ベリオX装備は雷属性の耐性があまり高くない。本来ならばワカのブルートフルートの旋律で雷耐性を高めてダメージを抑えるのだが、そのワカは不在で何より狂竜化しているフルフルがシビレ罠の拘束に抵抗して放電をするなど予想外の行動だった。
 セラがリュカの元に駆けつけ、腕を肩にまわして立ち上がらせる。痺れているのか足下もおぼつかない。動けないリュカを放っておくわけにはいかないが、この状態でどう立ち回れば……セラは懸命に脳内でシミュレーションを繰り返した。
 その時、フルフルの翼にボウガンの弾が直撃した。放たれたのは、森の奥から。遠距離射撃のため威力など無いに等しく、ただ気を引かせるだけの威嚇射撃のようだった。暗闇からからかうような調子の声が聞こえる。

「だらしないわねぇ、リュカ。幼馴染にかっこ悪いところを見せちゃって」
「うっせぇ……!」

 動けない体で反論していると、ナレイアーナが姿を現した。新たな敵を見つけるとフルフルがのしのしと接近する。
 放電したばかりだが、また新たな雷が体を覆っている。しかしナレイアーナはアスールバスターを背に戻し、立ったままフルフルと対峙した。このまま体当たりを受ければ大打撃は免れない。
 やがて目標を定め、フルフルがぐんと体を前のめりにしてナレイアーナめがけて体当たりを仕掛けたが、直後に大きく後退しナレイアーナがいた場所に仕掛けられていた落とし穴が作動する。足をとられもがいている間にポーチからナイフを取り出し、背に突き刺した。
 じたばたと暴れるフルフルだったが、少しずつ動きが緩慢になりやがてぐったりと動かなくなる。一体何をしたのかとセラは目を丸くした。

「えっ……? と、討伐したの?」
「【眠り投げナイフ】で一時的に眠らせているだけよ」
「お前、そんなもの持っていたのか?」
「ワカから受け取ったの。至近距離なら当てられるから隠し持っているんだって。だから落とし穴を先に仕掛けてここに誘導させたってわけ。今の内に逃げるわよ、イリスたちが秘境の入口で待ってるわ」

 ウチケシの実と回復薬でリュカのダメージを回復させ、寝息をたてるフルフルの横を駆け抜けて秘境を抜け出す。入口でイリスたちと合流し、無事にベースキャンプまで戻ることができた。



 村に戻る頃には日が暮れて徒歩の帰還が厳しくなったため、セラは村に泊まることにした。モリザ、ルシカ親子のおいしい料理を平らげ更に風呂にまで入れてもらい、客人用の部屋でゆっくりくつろいでいると戸をノックする音が響く。

「オレだ。イリスもいる。入っていいか」
「どうぞ」

 邪魔するぜ、と一言添えて中に入る。シフレとアイによって掃除されている綺麗なベッドに腰掛けていたセラが手招きをしたので、リュカたちは素直に応じて彼女を挟み込むように座った。

「放電のダメージは大丈夫?」
「麻痺が厄介だっただけで、薬と飯さえあればすぐに回復するぜ。タフさがオレのウリだからな」
「それは良かった。……やっぱり変わったよ、リュカ」
「……そうか?」

 そうだよ、とエメラルドの瞳が優しく微笑む。その奥でイリスもにこりと笑うので、照れくさくて居たたまれない。

「色々なモンスターを討伐してG級ハンターに昇格して、ふと思ったんだ。【モンスターハンター】ってどうあるべきだろうって。モンスターを狩ってクエストクリアー、じゃない気がしてね。今まで主に居住地の防衛依頼をこなしてきたけれど、モンスターを狩ることだけがモンスターハンターの証じゃないと思った。だから今回は書士隊護衛の依頼を受注したんだ」
「証……セラさんは、【モンスターハンター】がどんなハンターを指すのか知りたいんですか?」
「そんな立派なことは考えていないよ。ただぼんやりと、自分の今後のあり方を決めたいなと思っていただけ。リュカたちと再会できたのは予想外だったけど、会えたからこそ私も学べた気がする」

 ふう、と息を吐いて天井を見上げるセラの横顔を見て改めてリュカはこの人は外見も内面も綺麗な女性なのだと感じた。今でも羨望の気持ちが薄れていないのだ、とも。

「モンスターも含めた自然の中で、私たちは生きている。一方的に狩るだけじゃいけない。そのためにハンターを統率するギルドがあるわけだけど、私たちハンターも自覚して臨まないとね。リュカ、その仕事よく似合ってるよ。イリスを守るだけじゃなくて、自然の調和も保っている」
「ああ、これからも続けていくぜ」
「イリス、自然の脅威に負けないで頑張ってね。イリスならきっと氷海の秘密も解き明かせるよ」
「ありがとうございます、セラさん」

 両手をそれぞれの頭にぽんと乗せて優しく撫でる。幼い頃にしてくれた行為だ。そんなことをされて喜ぶ年齢ではなくなったのだが、懐かしさの方が上回った兄妹は大人しく撫でられ続けた。

「そろそろ寝ようかな。明朝に出発するつもりだし」
「わかった、オレたちも部屋に戻るぜ。おやすみ、セラ」
「おやすみなさい」

 パタン、と音を立てて戸が閉じられ、静けさが戻ってくる。寒いはずの部屋だが、温かみを感じながらセラは深い眠りに落ちていった。



 宣言通り、朝日が昇り始めた頃にセラは村の入り口に立っていた。眠っていたナレイアーナとワカ、モーナコをリュカが叩き起こして見送りに向かわせたので、セラは眠たそうな三人にごめんねと申し訳なさそうに謝った。

「今回の依頼、とてもやりがいがあった。機会があったら今後も書士隊の護衛をやりたいと思う」
「同志が増えることは嬉しいわ。セラ、いつかまた一緒に氷海へ行きましょうね」
「もちろん。それじゃみんな、お元気で!」
「セラさんも、お気をつけて」

 朝日を背景に手をあげてセラが別れを告げる。五人も手を振って応じると、嬉しそうに笑った。ガルルガXヘルムを被ると背を向け、朝日を浴びて青白い陰を落とす森の奥へ去って行く。











 ――だが、その後彼らがセラの笑顔を見ることは二度と叶わなかった。
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