狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[1] □

ボクとワカ旦那さん【6】

 エイドさんのオトモアイルーとなり、エールと一緒に狩りに出たりまたモンニャン隊として活動する日々が始まった。
 あれからワカ旦那さんやその仲間のハンター達と会う機会には恵まれなかった。ハビエルさんに見せてもらったギルドカードによると、ミサさん達は手練の上位ハンターで、きっとワカ旦那さんもあの人たちと一緒に狩りをしている内にすぐ上位になるだろうと言っていた。
 元々が上位、といっても成り立てだった可能性が高いみたいだけど、それなりに場数を踏んでいたハンターだったのだから、今頃ワカ旦那さんはハンターランクをかなり上げているのだろう。元気でやっているのかな、また角笛を調合しているのかな。もう会うことは考えていないのについワカ旦那さんを気にかけてしまうのは、やっぱりオトモアイルーとしてそれなりの間一緒に生活を共にしたからに違いない。そう言い聞かせてボクは今の主であるエイドさん、そして時にはハビエルさんにもお世話になっていた。
 ある日エイドさんが次に向かう依頼に必要な道具が集会所のお店で半額セールを行っていると聞いたボクは、集会所へお遣いに行って――













 気が付いたら、氷海へ向かうガーグァの荷車に忍び込んでいた。

 本当にそれは、無意識の内にとってしまった行動だった。集会所に着いてギルドストアへ向かおうとした時に、あの人の声が聞こえたのだから。

「なあ、本当に大丈夫か? ジン」
「大丈夫だよ、フェイ兄。だから連れて行ってほしいんだ」

 ハッと顔を上げて声の聞こえた方向にすぐさま視線を送ると、そこには以前とは全く違う、全身紫色の鎧に包まれたワカ旦那さんがいた。
 腕に付けている防具はかつて装備していたとされるガルルガアーム。ということは、似たような質感の他の装備も全てイャンガルルガの防具。鎧を締める紐は原生林の葉を思い出させる緑で、テントの隅に置かれたままのガルルガアームと同じ色だった。

「まさかオレのお下がりが入るなんてな。確かに体格は近いけど」
「フェイ兄がきちんと手入れしてくれていたからお古なんて思えないよ。やっぱり慣れ親しんだガルルガ防具の方が落ち着くし」

 原生林で最も狩ったガララアジャラの防具を脱ぎ捨てて、かつて愛用していたらしいイャンガルルガの防具を着込むワカ旦那さんを見たらチコ村に着いてからの思い出を全て捨て去られたような気がして、胸が裂けるような痛みを覚えた。
 ああ、なんでこんな時に見つけてしまったのだろう。すぐに買い物を済ませてエイドさんの所に帰らなくちゃ。そして狩りから戻ったハビエルさんに美味しい夕飯をつくってもらいたい。
 ふいと気持ちと顔をそらしたところ売店のお姉さんと目が合った。よくガチガチと緊張しながら接客をするお姉さんだけど、それは人間に限らず、ボクみたいなオトモアイルーに対してもそうなってしまうようだ。用があると気付いたのか、顔がちょっと強張ってる。

「ジン、無理しないで。手が震えているわ」

 ミサさんの心配そうな声に、思わずボクも同じように顔を強張らせてまた顔を向けてしまう。ワカ旦那さん達は出発口に足を向けたまま話しているから、ボクには気付いていない。恐らく氷海へ向かう荷車を待っているのだろう。両手を胸の位置でぎゅっと硬く握り締めるワカ旦那さんの肩をミサさんが軽く叩いている様子が見えた。

「怖いんじゃない、高揚しているんだ。“あいつ”をとうとう狩ることができる、って」
「おい、勘違いをするな。奴はお前の仇とは別個体だ、仇は既に当の昔に狩られている」
「わかってるよリウ兄。でも、俺の手で下したいんだ」

 ワカ旦那さんの仇。初めて聞いた話だった。チコ村に着いてからのワカ旦那さんしかボクは知らないのだから当然なのだけれど、ワカ旦那さんにそんな宿敵がいたなんて。
 そういえばハビエルさんが住んでいた街を滅ぼされた話をしていた時に、何か考え込むような仕草をしていた気がする。まさかその時既に何か思い当たることがあったなんて。それほど宿敵のモンスターに強い憎しみを抱いていたのだろうか。
 ボクの知っているワカ旦那さんからは全然想像ができなかった。だって、モンスターの子どもですら助けようとする優しい人だったのだから。

 そうこうしている内に荷車がやって来て、四人が乗り込んだのが見えた瞬間エイドさんに頼まれたお遣いのことなどすっぽりと頭の中から抜け落ちて、滑らせるように荷物の山の隅に隠れて乗ってしまったのだった。ゴトゴトと揺れる振動で我に返ったけど、後の祭り。

(どうしましょうニャ……思わずついてきてしまったけど、このまま狩りが終わるまで同行するわけには、というかその前に見つかってしまうような気がしますニャ)

 食料や狩猟に使う罠などの大掛かりな道具がひしめく中に小さい身体を忍び込ませているけれど、見つかるのも時間の問題だ。四人は変わらず会話を続けているけれど、もし見つかってしまったらどうしようとボクはぐるぐると頭を悩ませていた。

「ん……、フェイ兄さん。そういえばウチケシの実、持ってきていたか?」
「あれ? どうだったろう。ミサ姉ちゃん、確認頼むよ」
「はーい」

 フェイさんに言われてミサさんが近づいてくる。徐々に大きくなる足音にドキッとしたけど音を立てずに体を強張らせた。どうしよう、よりによってウチケシの実がボクの足元に麻袋に詰められて転がっているなんて。
 ミサさんが身を屈めたようで、カシャンと鎧が軽く鳴る。被せていた布の裾を少しめくってウチケシの実が入った袋と……そのすぐ近くにあったボクの薄いハチミツ色の足を見つけたと思う。

「…………。」
「…………。」

 ミサさんは何も言わない。ボクは何も言えない。声を上げられて外につまみ出されることも覚悟した。
 けれど。

「ちゃんと四人分あったわよ、リウは心配性なんだから」
「すまん、ミサ姉さん。今回の狩りの必需品だったから」
「リウ兄の言う通りだね、忘れずに持っていかないと」
「そうね、ジンはおっちょこちょいだからよく忘れ物するし」
「ははは! そうだな!!」
「なっ、なんだよミサ姉にフェイ兄まで……。」

 談話をしながらそっと麻袋をボクの足元をきちんと隠すように動かし、ミサさんは笑いながら三人の下へ戻っていった。間違いなくボクの存在に気付いたはずなのに。
 前もそうだった、チコ村でボクがバレバレの嘘をついたのにこの人はあえてそれを真実と受け入れた。ミサさんが何を考えているのかはわからないけど、ここでボクのことを言わなかったということは、このまま氷海についてこいというようにも思えた。



 氷海は何度か訪れたことがある。ワカ旦那さんは寒さに強いらしく、ちょっとの間ならホットドリンクを飲まなくても普通に走り回ることができた。それは記憶が無かった頃から自覚していたようだったけど、フェイさんの『相変わらず雪国育ちの体質は変わらないのな』という発言でその理由がわかった。ということはあの不思議な訛りもその雪国とやらの言葉遣いなのだろうか。
 目的地に到着したハンター達が装備支度を整える。道具も各自ポーチにしまっていったけど、ミサさんは自然な動きで荷物を被せていた大きな布で隠すようにぎゅっぎゅっとボクを包みながら大タルの背後に置いた。わざわざ『あ、大タル多めに持ってきちゃった』なんて言いながら。
 先に荷車を降りた三人に急かされながらも、ミサさんは布を片付けるフリをしながらボクに小さく囁いた。

「安心して、私達があの子を守るから。しばらくしたらここを出てもいいけど、モンスターと対峙しちゃ駄目よ。君も危なくなるからね」

 ポンポン、と布の空気を抜くように見せかけてボクの頭を軽く撫でるとミサさんは立ち上がって荷車を降りた。どうやらボクがどうしてついてきてしまったのかすらお見通しだったみたいだ。
 ここを出てもいい、という指示はボクも狩猟場に足を踏み入れてもいいように聞こえたけど、モンスターのいる場に来てはいけないとは一体ワカ旦那さん達はどんなモンスターを狩るつもりなのだろうか。とにかく今はミサさんの言う通り、じっとするしかなかった。
 四人が立ち去ってから少し時間が経ち、いよいよボクは布から抜け出した。きちんと布を丁寧に折りたたんで、辺りを見回す。装備は何一つ持っていない。モンスターから見てもハンターから見ても邪魔者でしかない。
 だけど、ボクは行かなくてはならない気がした。

(ワカ旦那さん……。)

 ハチミツ色の目をした、あのハンターを追いかけるために。



 近くで狩りをしているのなら、遠くからモンスターの咆哮が聞こえてくる。ボクが歩いている地点ではそれが聞こえてこないので、まだ遭遇していないかここより離れた場所で狩りを行っているかのどちらかだ。
 ヒタヒタと冷たい氷の床を歩いていると、丁寧に解体されたスクアギルを見つけた。ワカ旦那さん達がこの洞窟を通ったことは間違いないと思っていると、遠くから何かの咆哮に混ざって硬い弦を弾くような音が聴こえた。

(あの音色は!)

 【王琴トドロキ】。異国では『ギター』と呼ばれる楽器の形状をしている狩猟笛。それを使っているハンターは、ここにはワカ旦那さんしかいない。ミサさん達も、きっと一緒にいる。モンスターに見つかってはいけないとミサさんは言っていたから、こっそりと見るだけでいい、ワカ旦那さんの無事を確認したい。

 おそるおそる氷の洞窟を抜ける。確かこの先は斜面が特徴の地形のはずだ。氷海に住んでいるモンスターといえば、轟竜ティガレックスだろうか。それか尖ったり膨らんだりする不思議な化け鮫、ザボアザギ――

「!?」

 考え事を突然寸断される一撃に驚きつつも声をなんとか我慢した。突然ボクの目の前にふさふさした毛に覆われた長い尾がビタンと地面を強く叩きつけたみたいだ。モンスターはボクに気付かずに坂の下にいるワカ旦那さん達に突進をしたけれど、あの後姿には見覚えがあるようで、無い。

(ジンオウガに似ていますニャ。でも、どうしてあんなに黒いんですニャ??)

 雷狼竜ジンオウガ。ワカ旦那さんが名前だけを思い出すきっかけになった天空山にいたモンスター。 寒さが苦手なジンオウガがどうして氷海にいるのだろう。それも、鱗は真っ黒。似ているけど全く別のモンスターなのだろうか。
 モンスターの攻撃をリウさんの盾が受け止め、その間にミサさんとフェイさんが左右から挟み撃ちを仕掛ける。ワカ旦那さんはのけぞったリウさんを庇うように前に出ると、長い狩猟笛を頭部目掛けて叩き落とす。四人の連携は完璧で、これが本当のワカ旦那さんの狩りなのだと思い知らされた。
 だけど、どこかワカ旦那さんの動きが違っていた。いつもなら落ち着いて旋律の効果が切れないようにこまめに吹いていた演奏を、あまりしない。どこか急いでいるみたいで、冷静さを失っているように見える。
 そう思った瞬間、狩猟笛を背負っていたワカ旦那さんの足が突然ガクリと重くなり、本人も完全に忘れていたのか驚きの声をあげていた。

「えっ、あ……」

 大剣やハンマーと同じ重量級である狩猟笛を担ぎながら軽いフットワークをこなせるのは、どの狩猟笛にも秘められている強化の旋律があるからだ、とワカ旦那さんは教えてくれた。その旋律があれば武器を担いだ状態の速度は同じく移動速度を強化をした操虫棍(エイドさんのことを話していたのだと思う)と同等で、他の追随を許さない。
 逆に旋律の力が切れてしまうと移動速度は非常に遅くなってしまうので、旋律の維持は必要不可欠。もしモンスターの前でそうなってしまえば、防御態勢を取れない狩猟笛は格好の的になる、とも。

「馬鹿野郎っ、自己強化の旋律を切らしたのかよ……避けろっ!」

 フェイさんが怒りながら叫ぶけど、ジンオウガに似たモンスターが爪を大きく振り上げたためすぐに回避行動に移る。同じく狙われていたワカ旦那さんは旋律が切れたことに気を取られてしまったのか、回避が遅れ左側から爪を受けてしまった。
 鋭い爪になぎ払われ、斜面に赤い点を付けながら転がるワカ旦那さんを見て思わず足が動き出す。ミサさんの忠告があったにも関わらず、ボクの心が動くことを強いたから。
 ミサさんに攻撃を繰り出すモンスターの横を駆け抜けたけど、それはどう見ても黒いジンオウガだった。ジンオウガに似た動きをするけれど、攻撃から攻撃へ移る隙がとても短くジンオウガが強化されたように思えた。そうか、これが本で前に読んだことがある【亜種】というやつなのだろうか。

 黒いジンオウガは身を捻らせて飛び、赤い光を空中に浮かび上がらせる。普通のジンオウガなら雷の球をぶつけてくるのに、赤い光は動かずに空中に止まったままだ。この光が何をしてくるのかわからないけれど、動きが鈍った獲物を狙おうとしているのだからボクは真っ先にあの人の下へ駆け込んだ。

「ワカ旦那さん!!」
「お前は……!?」

 狩猟笛を支えきれず地面に落としてしまい、ボロボロの左腕に手を添えるワカ旦那さんの前に立つ。ボクを見てワカ旦那さんは驚いたようだったけど、ボクはもう気にしない。
 ワカ旦那さんはボクのことを何も覚えていなくても、ボクは一日たりともワカ旦那さんと、ハビエルさんやエイドさん達と一緒に狩りをした日々を忘れたことは無い。

 ボクは、ワカ旦那さんのオトモアイルーだ。
 
 空中に留まっていた赤い光が走り出す。ジンオウガのそれとは違い、とても直線的だ。それなのにその光はまるでワカ旦那さんを狙うように少しずつ角度を変えて迫ってくる。
 ワカ旦那さんの狩猟笛とフェイさんの太刀に攻撃を防ぐ手立ては無い。リウさんのガンランスはとても重く、今の立ち位置からこちらへ向かってくるにはもう間に合わない。猛攻を防いで後ろに押されてしまったミサさんも、距離が空いてしまっていた。
 だから……。

「ワカ旦那さんは、ボクが守りますニャ」

 通りかかった猫の巣から杖を失敬してきたのは正解だった。少しでも盾になってくれればいい。杖を両手で握り締めて前に突き出し、防御の姿勢をとる。杖が駄目ならば、ボク自身が盾になろう。この選択に後悔の気持ちは一切無かった。
 なのに、悲鳴のような声がそれを拒んだ。

「駄目だっ!」

 ボクの身体が背後からぐいと引っ張られる。視点がぐるりと変わると目の前が紫色一色に染まった。ボクがワカ旦那さんを庇うつもりだったのに、逆にワカ旦那に身体を抱きしめられたみたいだ。
 そのままワカ旦那さんが赤い光に背を向けた直後、バチンという衝撃と共にボクはワカ旦那さんと一緒に宙を舞った。遠くでワカ旦那さんの名前を叫ぶ仲間達の悲鳴がこだました気がする。
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