狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第8話 狩人と奇士 前編

 その日の調査は正午の出発となっていた。調査内容によって氷海を訪れる時刻が異なるが、今回は別の理由で出発時間が決められたようだ。

「ハンターの方から進んで護衛に? 珍しいわね」
「書士隊の護衛任務を受注してみたいとのことで、ギルドからこの村を紹介されたそうです」
「ケッ、ただの興味本位かよ」

 リッシュの説明を聞いてリュカが口を尖らせる。興味を抱いたからやってみたい、なんて気軽に受けられる任務ではないことを理解しているからだ。

「気楽にできる仕事じゃねえってのにな。オレらはただのハンターじゃねえんだぞ」
「ギルドからの連絡によると、G級ハンターのようです。実力は相応にあるでしょうから、すぐに順応してくれるかと」
「ふーん。どんなハンターなのか楽しみね」
「ん……どうやら到着したみたいだ」

 村の入り口に立っていた六人だったが、ワカがこちらへ向かって来る人影を見つける。しっかりとした足取りで歩く姿は芯の強さを感じさせる雰囲気があったが、やや細身に見えた。
 雪風に舞うマントは鮮やかな紫色に染められており、兜に付けられている一対の緑色の羽もまたゆらゆらと揺れている。武具の知識に富むリュカが、その装備の正体を口にする。

「【ガルルガX】シリーズ……確かに腕前はそこそこありそうだな。武器は片手剣、あの赤い鱗は紅毒野郎のか。なら【デッドリィポイズン】だろうな」
「さすが武具マニアね。一瞬で武器も防具もあっという間に答えちゃうなんて」

 ちなみにリュカの言った『紅毒野郎』はドスイーオスを指すらしい。こっそりイリスに尋ねたワカが納得していると、ハンターもリュカたちに気が付いたようで駆け足になった。

「貴方が書士隊護衛の任務を受注したハンターですね?」
「ええ、よろしく」
「女の人だったのね。それなら気楽に行けるわ」

 フルフェイスのため性別がわからなかったが、声で女性だと判明するとナレイアーナが近寄り握手をかわす。続いてワカとモーナコとも握手をし、続いてリュカにも手を差し伸べる。しかし手を出そうとしないリュカを見てイリスが兄さん、と声をかけるが訝しむ表情を崩さない。

「なあ、お前……」

 女性ハンターはリュカの問いかけに対して無言でガルルガXヘルムに手をかけ、素顔を晒すことで答えた。青色のショートヘアーをゆるりと振り、淡いエメラルドの瞳がまっすぐリュカを見つめる。その顔を見て、リュカのアイスブルーの瞳が大きく開かれた。

「やっぱり【セラ】じゃねえか!」
「久しぶり、リュカ。まさかここでハンターをしてるなんて思わなかったよ。イリスも一緒なんだね、大きくなったなぁ」
「セラさん、会えて嬉しいです」

 ぱあ、と兄妹の表情が明るくなる。特にイリスの満面の笑みがリュカ以外の人間に対して見られた事に四人は驚いた。

「リュカさんたちの知り合いなんですニャ?」
「オレらが住んでいた街にいた幼馴染だ。ハンターの訓練所までは一緒だったんだけど、お互い違うギルドに所属して以降会っていなかった。かれこれ十年ぶりか?」
「それぐらいになるかもね。随分とイイ男になったじゃん、リュカ」
「お前こそ、だいぶ色っぽくなったんじゃねえか?」
「えっ、そう? それじゃ私の旦那になる?」
「冗談じゃねえ。オレはイリスの傍にいるって決めているんだ」
「そのシスコン、まだ治ってなかったの? いい加減妹離れしなよ」
「うっせぇ、大きなお世話だ」

 リュカとセラが茶化し合って笑う。和やかなムードに包まれたが、このまま談話を続けられては困るとリッシュが舵を取り船が停泊している海岸まで案内した。



 今回の目的は、先日ワカの義兄の教え子が落下した秘境の調査だ。秘境に向かうことから、ワカはルメッサ装備を身に着けて調査に臨む。その結果護衛が減るため、G級ハンター【セラ】の加入は彼らにとって非常に頼もしい。

「そういや【リューク】は元気か?」
「元気だよ、今年で成人する。成人の儀を終えたらハンターを目指すんだって。だから私たちがお世話になった訓練所に入れるつもり」
「リュークさんもハンターに? 姉弟でコンビを組むんですか?」
「そうする予定。あの子、気は強いけど血気盛んで危なっかしいからね。しばらくは一緒に行動して、ある程度経験を積んだら私みたいにフリーになってもらおうかな」

 弾む声が海を走る船上で響く。先日訪れた義兄と対面したワカのように、久しぶりに再会を果たした友との会話を楽しんでいるようだ。そんな光景を少し不満げに眺めているナレイアーナに気が付き、ワカが隣に腰掛ける。もちろんモーナコも一緒だ。

「どうしたんだ、ナナちゃん」
「別に。楽しそうだなーって」
「リュカたちなら、あのままにしておこう。偶然とはいえ旧友と再会できたんだから」
「…………。」
「護衛依頼に興味がある知り合いのハンターがいるなら声をかけてみる手もあるんだな。ナナちゃんも仲間のハンターがいるなら話をしてみたらどう……わっ!?」

 リュカたちに視線を送りながら独り言のように呟いていたワカがナレイアーナへ視線を変えた瞬間、いきなりナレイアーナにフードを縁取るガウシカの毛皮を下に引っ張られ視界を遮られてしまった。
 驚きの声をあげながらもフードをたくしあげて視界を取り戻すと、やはり不機嫌そうに海を眺めるナレイアーナの後ろ姿。リュカたちは会話に夢中で気付いていない。

(しまったな……怒らせたみたいだ)

 ナレイアーナの突然の行動に驚いたままのモーナコに視線で『ナナちゃんもそっとしておこう』と伝え、談笑するリュカたちを遠巻きに眺めていた。



 秘境の調査にあたり、効率化を図るためイリスはリュカとセラ、ワカはナレイアーナとモーナコと行動をすることにした。先日討伐されたテツカブラの遺骸がある奥地にスケッチを行えるイリスを向かわせるため、崖を降りたところで分断して調査に入る。

「それじゃ、気を付けて」
「そっちもな」

 手をあげて暗い森の奥へ消えて行ったワカたちを見送り、リュカは既にたいまつを掲げ森を進むイリスとセラを追う。いくら大型モンスターが生息に適していない秘境とはいえ、何が出てくるかわからない。妹を守らなければ、と気合も入る。

「こんな場所に入ることがあるんだね。すごいな、書士隊って」
「いつも訪れるわけではないんです。ですが、氷海の謎を解き明かすために今後も度々来ることになるかと。……あっ、個人的な目的でここへ来ては駄目ですからね」
「やっぱり? 採取できるか確かめてみたかったんだけど」
「護衛ハンターはこういうところで見聞きしたことを他人にバラすことは禁止されてんだ。護衛したことは言ってもいいけど、細かい情報は持ち出し禁止だぜ」
「へえ、さすがギルドの息がかかってる組織だね」

 能天気に暗い森を歩くセラだが、不安定な足下や遠くまでは見えない森の奥への警戒を解いていない。いつでも抜刀できるよう左手を片手剣の柄に添え緊張感を漂わせている姿に、さすがだなとリュカは心の中で賞賛した。
 ハンターの訓練所にいた頃から実力が抜きん出ていた彼女は、将来有望なハンターになるだろうと言われていた。妹のためなのはもちろんだが、故郷から叔母のいる街へ避難した際にすぐ打ち解けてくれた、この姉のような女性の背に追いつきたかった。まさかこんなところで再会するとは思わなかったが。

「ところでさ、あのヘビィボウガン使いの子だけど」
「あ? あいつがどうかしたか」
「リュカに妬いてた気がする」
「はああぁ!?」
「兄さん、静かに」
「あ、悪い」

 たいまつで足下を照らしてモンスターがいた形跡を調べていたイリスに窘められ、思わずリュカが首をすくめる。それより、セラがいきなり言い放った言葉の方が衝撃が大きい。あの怪力女が、自分に妬いていた?どうして?自問自答を繰り返しても、そもそもの疑惑にすらたどり着かない。

「あり得ねえよ、あいつモンスターにしか興味が無いんだぜ。いつもオレに突っかかってきて投げ飛ばすし、仲がいいのはワカの方じゃねえか?」
「そうかなあ? 私の“女の勘”ってやつがピンときたんだけどな。確かに自覚は無さそうだったけど」
「いや、あり得ねぇって。本当に」

 そんな会話をしながら、目的地であるテツカブラが討伐された氷の通路へたどり着いた。この辺りには生物がいないせいか、テツカブラの遺骸はそのままほとんど形を崩さずに維持されていた。その姿をスケッチブックに収め、辺りの調査を行う。

「今のところ、テツカブラを追ってモンスターが現れた形跡は見られないようです。モンスターもその他の生物も棲息していないここでは、しばらくテツカブラはこのままになると思います」
「そうか。このままってのも可哀想だけど、しょうがねえな……なんだよ、セラ。オレ何か変な事を言ったか?」
「うん、言った。モンスターに“可哀想”なんて、リュカの口から出てくるとは思わなくて」

 セラがリュカとイリスの兄妹と知り合ったのは今から十四年前。当時十二歳だったリュカは、故郷を襲い両親の命を奪ったモンスターに強い憎しみを抱いていた。ハンターになる上でその気持ちは自身を危険に晒す危険要因でしかない、と教官に心配されていたのをセラははっきりと覚えている。

「そ、その……オレだって変わったんだよ。イリスの仕事を通じて、モンスターと自然と、オレたち人間との共存とか学んだんだ」
「十年も経ったんだものね、成長もするか……っ!!」

 ハッ、と何かに気付いたセラが反射的にデッドリィポイズンを引き抜く。その行動が何を意味するかを把握したリュカがイリスの手を引く。そして辺りに気を配りながら森へ向かうようそっと背を押した。

「行け、ここはオレたちが引き受ける。森に逃げ込めば好きに暴れられねえだろ」
「うん……ワカさんと合流したら、イアーナさんを向かわせるから」
「任せて。さあ、早く」

 手の上に広げていた書物をポーチに戻し、闇の森にイリスが姿を消す。軽く腕を回し、リュカは空を睨みつけた。背後は暗闇の森、周りは氷の岩壁、この場所でどこから乱入できるかといえば、空しかない。

「翼を持っていて、氷海を根城にする野郎か。まさか飯を求めて轟音野郎が飛んで来たりしねえよな」
「轟音野郎……ティガレックスって言いたいの?」

 殺意のこもった狂気が徐々に強く感じられる。しかし空から降ってきたのはティガレックスではなく、氷の岩壁に同化するような白い皮膚を持った……だが、ある異変にリュカは思わず叫んだ。

「なっ……こ、こいつ!?」
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