狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第7話 秘境へ 後編

 洞窟内に折れた矢や砕けた岩が点在している。間違いなく捜し人のハンターはテツカブラと交戦したようだ。それでも足取りだけはつかめない。やはり狩猟範囲外の領域へ出てしまったのだろうか。
 滑落の可能性も見てエリア4も確認したが足を滑らせたような形跡は無く、ならばとエリア3を抜けてエリア9に向かう。エリア3に比べれば緩やかな斜面だが、ここにも崖は存在するからだ。付近を調べながら、ナレイアーナがリュカに話しかけた。

「ねえ、ワカのお兄さんだけどさ」
「ああ? あの兄貴が何かしたか」
「ホットドリンクを飲んでいたのよね。ワカは飲まなくても平気なのに」

 船に乗り込む際にホットドリンクを口にしていた姿を思い出す。寒冷地の出身である自分たちはある程度の時間ならば耐えられるのだが、ホットドリンクを飲んだということは温かい地域の出身だと見てとれた。

「そりゃ義理の兄弟だからな、出身が違えば寒さの耐性も違ぇだろ」
「うん。でも“昔”って言ってたから長い間一緒だったのかなって思ったら、どうして違うところで生まれた義兄弟がずっと一緒なのかわからなくなったのよ」
「……んん?」

 ナレイアーナが抱いた疑問は実に素朴なことだった。同じ町で育った幼馴染が義兄弟になったのだと思っていたのだが、それでは体質の違いに矛盾が生じてしまう。ならば、彼らはどこで共に生き、契りを結んだのか。

「ワカって孤児院出身だったかしら?」
「何言ってんだよ、あいつ前に実家に行ってボロボロの本を持って来たんだぞ。だからちゃんと故郷があるはずだ」

 まだモーナコが村にやって来ていない頃、ワカは用事があると言いバルバレへ戻っていた時期があった。帰省をしていたらしく、やけに古そうな本を大事そうに持ち帰って来たのを記憶している。何故なら翌日ワカは左頬に裂傷の大怪我を負い、そしてオトモアイルーとなったシフレと出会う出来事があったのだから。

「あっ、リュカ! これ!」

 慌てる声が聞こえ、どうしたとしゃがむナレイアーナの背に立つ。目の前の崖の異変に、リュカもすぐに気が付いた。

「……本当に狩猟範囲外に飛び出しちまったんだな」

 崖際の岩が削り落ちている光景は、いつも調査や依頼で見ているものと違っていた。しかもハンターが落下するまいと抵抗したのか、岩壁には矢が突き刺さっている。しがみつこうと無我夢中で刺したのだろう。ここから滑落したと判断できたところで、話し合う。

「どうする? ワカたちの所に行こうか?」
「今からあいつらと合流するのは難しいだろ。エリア2で待っていようぜ。万が一他のモンスターが乱入してきても対応できるようにさ」

 立ち上がると互いの顔を見て頷き、エリア7を経由してエリア2へ。そして辺りへの警戒も怠らないようにしながら義兄弟がハンターを連れて戻ることを祈りながら待ち構えた。



 人の手を入れてはならないとギルドから命令を受けているため、時に調査で入る事があるにも関わらず秘境は手つかずの状態だ。月日を重ねれば再び植物は成長し、通る者の行く手を阻む。ナイフを振るいながらワカは義兄を連れて森を抜けた。
 先ほどまでの木々に覆い尽くされた森とは一変して、凍った岩が壁のように立ちはだかり道をつくっていた。森より木々が減ったおかげか、日が差し込み視界も悪くない。がらりと変わった光景に、フェイはあちこちを見回した。

「なんだ? ここは……」
「エリア9から崖を落ちた場合の落下地点なんだ。ここから先は道なりに進むしかないから、見つからなかったら引き返して別のルートを行くことになるかな」
「すげえな、秘境って。それを地図無しで歩けるお前も」
「何度も通っているからかな。氷海だけなら頭の中に覚えられたんだ。不思議だと自分でも思うよ」

 たいまつの火を消してポーチに戻すと、岩に囲まれた道を歩いて行く。そして、最奥部に大きな影を見つけた。その影にもたれかかる小さな影も。

「レリィ!」

 ワカの横をすり抜けフェイが声をあげながら一目散に駆け出す。やがて影の正体がはっきりとしてくると、もう一度叫んだ。

「レリィッ!!」

 仰向けにひっくり返っているのは討伐対象のテツカブラだ。左目に突き刺さっている矢が激戦の様相を呈している。討伐に成功したようだが、ハンターは力尽きたのかテツカブラに体を預けぐったりとしていた。

「レリィ、しっかりしろ! 目を開けてくれ、頼む、レリィ……!」
「落ち着いてフェイ兄、診るから」

 動揺して肩を揺さぶる義兄を諫め、ワカが少女と呼べるほど幼い雰囲気を残すハンターの具合を確認する。ホットドリンクの効果が切れているのか体は冷えていたが、呼吸は安定している。むき出しになっている右足には大きな青痣ができていて、熱を帯びていた。小型の注射器を取り出すと腕防具を外し、腕に刺してゆっくりと中の液体を注入していく。止血を行っていると、フェイが不思議そうな表情で見ていたので説明をした。

「ホットドリンクと秘薬を調合した栄養剤を注入したんだ。少量だから効果は薄いけど、即効性は強いよ。」
「良かった……レリィ、お前、助かるんだな」

 泣きそうな声でフェイが俯きながら呟き、自身が羽織っていたマントでハンターを包み込む。そして横抱きにすると『もう少しだからな』と声をかけた。

「悪いけど、こいつの弓を担いでくれるか」
「うん。急いで戻ろう、フェイ兄」

 注射とマントのおかげか、少しだけ腕の中の少女に温もりが戻ってくる。目を覚ます様子は無かったが、フェイは眠っている彼女を安心させるように時折声をかけていた。
 やがて秘境から戻るとリュカとナレイアーナが待ち受けていて、フェイが抱きかかえるハンターを見るなり喜びの表情を見せた。



 リククワ村には来客用の部屋が一つだけ用意されている。商人のアルと郵便屋アイルーのレンテぐらいしか利用しない部屋に少女ハンター【レリィ】が運ばれ、ユゥラの手当てを受けていた。

「低体温症や凍傷がみられたけど、どれも軽症だわ。モンスターに受けた傷もさほど多くなかったし、一番酷いのは右足の骨折かしら」
「テツカブラの近くに空のホットドリンクや携帯食料が転がっていたのは、救助を待っていたからだろうな」

 フェイが見たのは、ホットドリンクの空瓶やこんがり肉の骨だった。足の怪我に耐えテツカブラを討伐したが動くことすらできず、救助が来るまでひたすら堪え忍んでいたようだ。
 ユゥラが部屋を出ていき、眠っているレリィの様子を窺う。冷えきった体が温められ、顔色も良くなっていることを確認すると護衛ハンターは彼女の無事に改めてほっとした。今度こそは助けられたのだ、と。

「狩猟範囲外の狩猟なんて例が無いし、一体どうなるのかしら。せっかく頑張ったのに、失敗扱いなんてされたら気の毒だわ」
「今ワカがリッシュと一緒に報告書を書いているけど、オレたちとしては成功と見なされてほしいぜ」
「……たとえ失敗扱いでも、オレはレリィの頑張りを評価する。足が折れてもモンスターを討伐する精神力の強さはG級ハンターにだって負けねえよ」

 桃色の髪を撫でるフェイの眼差しは、とても優しく温かさを宿していた。頑張ったな、と軽く頭に手を乗せると小さな呻き声と共に目の前の少女の瞼が緩く開かれた。

「きょう、かん……?」
「レリィ! 目が覚めたのか!」
「わたし……助かった、の?」
「ああ、後ろにいるハンターたちのおかげだ。元気になったらちゃんと礼をするんだぜ」
「……ハンター?」
「へっ……あれっ? あいつら……」

 フェイが振り向くと、いつの間にかリュカとナレイアーナの姿が消えていた。レリィが目覚めたのを見届けると退室したらしい。気を遣いやがって、と心の中で文句を言いながらレリィの顔をのぞき込むと安心しきったのか、傷だらけの顔がふにゃりと情けなく笑う。

「お前を見つけた時、胸が張り裂けそうになった。死んじまったんじゃないかって、気が気でなかったぜ。本当に良かった……」
「フェイ教官……ごめんなさい、迷惑をかけて。わたし、テツカブラを討伐しないとと思って……崖から落ちて足を怪我して、回復薬も瓶もほとんど落としてしまって、残された接撃ビンで戦ったの」
「……! お前、まさか接近してテツカブラの目に!?」

 左目に矢が突き刺さっていたのは果敢にも懐に飛び込んだからだとわかると、フェイはたまらずレリィの体を抱きしめた。耐久力の低いガンナー装備で接近戦を挑むのは無謀ともいえる行為だ。

「そんな無茶をして返り討ちに遭ったらどうするんだよ! 死んじまったら元も子もないだろ!」
「だって、わたし……あのクエストに失敗したら、もうハンターを続けられない、フェイ教官と一緒にいられないから……!」
「オレと一緒に……いっしょ、に?」

 思わぬ言葉にフェイの思考が停止した。ぐすぐすと鼻をすすりながらレリィは全てを吐き出すようにフェイの体にしがみつきながら声をあげる。

「わたし、フェイ教官のこと……尊敬してるだけじゃなくて……」
「……レリィ」

 とんとんと背を優しく叩き、そっとベッドに体を戻す。こぼれた涙を指で拭うと、前髪をかきわけて額にそっと唇を落とした。ちょっとかっこつけすぎたかと考えているとレリィの顔は真っ赤に染まっていて、つられて顔が熱くなるが気持ちを押さえつけて『教官』の顔をつくる。

「まずは怪我を治すことが第一だ。元気になったら里帰りしようぜ。結果はどうあっても、お前の頑張りを認めてもらうために」
「きょ、教官……」
「オレは捨て子でさ、孤児院で育ったんだ。だから両親はいないようなもんだ。けど、お前には心配してくれる親御さんがいる。ちゃんと話し合おうぜ、今後のことをさ。オレも一緒に行くから」
「……はい」

 明日には迎えの飛行船がやって来る。バルバレギルド管轄内の病院に留まっている間に、このクエストの判定が下されるだろう。だが、レリィはどんな結果でも受け入れる覚悟ができた。



 晴天の空から降り立ったバルバレギルドの飛行船にレリィが運ばれフェイも後を追うように飛行船へ乗ろうとしたが、立ち止まって振り返ると改めて護衛ハンターと握手を交わし、礼を述べた。

「本当にありがとう。あいつはオレが責任を持って看る。元気でな」
「うん、フェイ兄も元気で。それと……レリィさんと仲良くね」
「なっ!?」

 ワカの言葉にフェイが全身をびくりと強張らせる。この義兄は表情にも行動にも本心が出やすい。レリィを発見した時の反応で、彼女をただの教え子と見ていたわけではないことをワカは見抜いていた。してやったり、と珍しくにやりと笑ったワカに対し、フェイは顔を赤らめながら思わず叫んだ。

「【ジン】!! お前って奴は……あっ」
「えっ」
「ニャ」
「「はぁ?」」

 フェイの発した言葉に全員が固まった。最後に重なった声はリュカとナレイアーナのものだ。時間が止まったのも一瞬で、フェイは飛行船が出発するからと言いながら持ち前の俊足で駆け込むように逃げ出した。

「フェイ兄! よくも……!」
「お、お前が悪いんだからな! 弟のお前が兄貴のオレをからかおうなんて百年早いんだよ!」

 じゃあな!と手を振ると飛行船が飛び立つ。唖然としながら空を見上げるワカの両隣には、いつの間にか護衛ハンターの二人が立っていた。どちらも悪どい笑顔を浮かべている。

「義理の兄弟がいた上に今度は偽名疑惑とかお前ってネタの宝庫だな! ちょっと事情聴取しようぜ、イアーナ」
「そうねリュカ、これからしばらく一緒に活動する仲間ですからねぇ?」
「二人ともノリノリですニャ……。ワカ旦那さん、話した方が良さそうですニャ」

 モーナコに言われてワカは肩を落とす。混乱の元になるため黙っていたが、まさか兄をおちょくった結果暴かれることになるとは、と先の自分の行動を後悔した。

「数年前にモンスターの襲撃で船から落ちて記憶喪失になったんだ。そして漂流先のチコ村の住人に【ワカ】と名前をつけてもらった。その名前でギルドカードもつくったし、記憶が戻らないままグループを組んだりしたから記憶を取り戻した後も【ワカ】で通しているんだよ」
「【ジン】が本名だけど【ワカ】の方が浸透してるってわけね」
「ボクがワカ旦那さんと会ったのは記憶が無かった頃ですニャ。だからボクも“ワカ旦那さん”と呼んでいますニャ」
「ほんっと、お前って変わってるな……」
「村の皆には内緒にしてくれないか? 紛らわしいだけだし、俺を本名で呼ぶのは兄弟しかいないから」
「まあ、確かに黙ってた方がいいかもな。だけどお前をからかうネタがまた一つ増えたわけだ」
「本気で回復薬グレートにモンスターの特濃を入れるぞ」
「おいやめろ、ホントやめてくれ」

 互いを脅すようなやりとりにモーナコがニャフ、と笑う。ハンターに雇われているオトモアイルーであるはずなのに、ナレイアーナにはこの時ばかりは立場が逆転しているように見えた。



 誰もが気にかけた判定結果だが、実際に討伐されたテツカブラを確認した書士隊員の報告があったことから討伐は成功と見なされた。
 教え子が上位ハンターに昇格したことや足の怪我が回復したら彼女の故郷へ向かうこと、何より彼女を救ってくれたことに対する礼を述べた義兄からの手紙に目を通すワカの表情は、とても晴れやかだった。
関連記事

*    *    *

Information