狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第7話 秘境へ 前編

 リククワ村から少し離れた森に、拓けた一帯が存在する。飛行船が着陸できるよう開拓されたそこへ、リッシュが駆け足で向かっていた。
 村の上空を飛行船が飛んでいたとハリーヤに教えられ、すぐさま向かうと上司のギルドガールが飛行船から降りているところだった。白い息を吐きながら挨拶もそこそこに、封筒から一枚の紙を差し出される。まず目に入ったのは『緊急』、そして『救助要請』の文字だった。

「救助要請を受けました。数時間後には依頼主がここへ来ますので、すぐにハンターに連絡し氷海へ向かう支度を整えるように」
「わかりました」

 飛行船が空へ立ったのを見送ると、踵を返す。氷海に最も近いリククワだが、氷海を調査する書士隊のためにつくられた拠点のため、氷海での討伐や採取の依頼を全て請け負うわけではない。
 彼らがギルドから特別に依頼を受けるのは急を要する内容――氷海に直ちに大きな影響を与えるモンスターの討伐や、氷海で遭難した人命の救助――だ。ほとんどが前者の依頼だが、珍しく後者の事態だったためリッシュは護衛ハンターたちの元へ急いで走った。

「捜索、救助依頼かよ。ギルドの気球が見失うってことは、よっぽど深い所に迷い込んだか?」
「あそこはほとんどが海に面していて他は洞窟だから、まず迷子にならないはずなんだけど……なんだかやばそうね」

 食事中だったハンターたちの前でリッシュが読み上げた依頼書の内容は、
『一人のハンターがテツカブラの討伐依頼を受け、氷海へ向かった。しかし一日経っても討伐の報告が来ず、またギルドの気球もハンター、モンスター双方を見失った。そのため氷海の地理に詳しいリククワのハンターたちに捜索を依頼したい』
 とのことだった。依頼主はバルバレの教官で、教え子の心配をして依頼を出したようだ。リュカとナレイアーナの言う通り、地形が複雑な樹海や拓けた場所が多い遺跡平原に比べれば氷海は比較的迷う要素の少ない場所だ。
 ギルドの気球でさえ見失っているということは、ギルドが提示している地図の外へ飛び出してしまった可能性がある。最悪の場合、視界の悪いエリア4で足を滑らせ谷底へ落ちたことも考えられ、全員がハンターの身を案じた。

「そんな依頼を受けることもあるのか?」

 リククワに来て数ヶ月ほどしか過ごしていないワカが疑問を投げかける。一般のハンターが救助要請を受けることはまず無い。よほど緊急性が高いか人手が足りない状況に陥らない限り、ギルドの人間で対処されるのだから。

「去年も一度だけあったな。だけどオレたちが見つけた時ハンターはボロボロで、助けられなかったんだ」
「……そうだったわね。モンスターの討伐を終えていたけど、ハンターも息を引き取っていたのよ。オトモアイルーは旦那さんが目の前で死んだショックか行方不明になっちゃって」

 たとえ初対面であろうと、人の死を目の当たりにして平静でいられるわけはない。過去に同じ依頼を受注し遂行した二人の苦々しい顔を見て、同じ悲しみを『彼ら』も経験してしまったのだろうか、とワカは口を閉ざした。

「氷海や地底火山など環境の厳しい場所の救助成功率は低いです。去年は地底火山でも死者が出たと聞きました。要請を受けたハンターたちがたどり着いてまもなく、モンスターの攻撃で命を落としてしまったとか……」
「…………!」
「どうしたの、ワカ。ちょっと顔色が悪いわよ」
「……なんでもない。それよりリッシュちゃん、その依頼書を俺にも見せてくれないか」
「どうぞ」

 リッシュから依頼書を受け取り、文面に目を通す。依頼文の最後に書かれていた依頼主の名前を見た途端ワカの金色の目が大きく開かれた。リッシュに依頼書を返すと足早に食堂を去ろうとする背に、ナレイアーナが声をかける。

「今度は慌てだして、さっきから落ち着かないわね」
「その依頼、俺一人でも受けに行く」
「待てよ、この依頼は元から選択権なんて無ぇんだ。そもそも助けが必要な奴を見捨てるほど、オレらも薄情じゃない」
「…………。」

 ならすぐに支度を整えて氷海へ行こう。そう示すように無言で部屋に向かったワカの行動にリュカたちは唖然としてしまった。理由を知りたい視線が戻るタイミングを失ったオトモアイルーに注がれ、モーナコは憶測だが答えを告げる。

「教官と聞いてなんとなくわかりましたニャ。その依頼主さんは……ワカ旦那さんのお兄さんですニャ」



 ギルドの飛行船とは別の飛行船が森へ降りてくる。今度はリッシュではなく支度を整えた護衛ハンターたちが待ち受けた。やがて飛行船を降り寒風にマントをなびかせる一人の男にワカが駆け寄ると、男は再会を喜ぶべきか複雑そうな表情を見せた。

「【フェイ】兄……。」
「よう、久しぶりだな。こんな形で会いたくはなかったけど」

 ワカと対面した男、フェイは碧色の鱗と銀色の毛を用いたジンオウシリーズをまとっていた。様々な武器の扱い方を指導する教官というが、ハンターライセンスも所持しているらしい。チャージアックス【シュヴァルツスクード】が背負われている。
 ワカの兄弟というだけあってリュカたちと同年代のようだが、顔のあちこちについている傷痕は人懐っこい表情と対照的な荒々しい印象を植え付けている。しかしリュカたちはこの男とワカを見比べて、ある疑惑を抱いた。その思惑を見透かすように、フェイはワカに尋ねる。

「お前さ、オレのこと説明したのか?」
「急ぎだったから、何も」
「どう見ても『こいつら兄弟なのか? 全然似てねえ』って言いたげな面してるぜ」
「あ、いや……そんなつもりじゃ」
「まあ、いつも言われるから慣れてるけどな。オレらは義理の兄弟なんだ。オレが兄で、こいつが弟」
「……そうだったんですか」

 納得したようにイリスが小さく呟く。すぐに二人の髪と目の色の違いが目についたからだ。
 大地と同じ黒土色の髪と月色の瞳を持つワカに対し、兄のフェイは煌びやかな金の髪と海色の瞳。全く異なるものをもっていた。顔つきも近寄ったところが無く、誰しもが血の繋がりを疑うだろう。
 彼らの疑問を解いたところで、フェイは護衛ハンターたちに頭を下げた。今日は弟に会いに来たのではなく、依頼主として来たのだから。

「弟がいるから頼ったわけじゃない。お前たちが氷海を知り尽くしているハンターだから助けを求めたんだ。頼む、オレの教え子を助けてくれ」
「できる限りはやるわ。もし最悪の結末を迎えても……アタシたちを恨まないでね」
「そんなことはしねえ。あいつも大人だ、自分で判断して動いたんだろうから」
「船をすぐに出します。行きましょう」

 今回はフェイが同行するため、モーナコは村で待機することになった。面識があるのかフェイは身を屈めてモーナコの頭を力強くガシガシと撫でるが、モーナコはお構いなしにさせている。

「悪いなモーナコ、お前を留守番にさせちまって」
「気にしていませんニャ。ボクは村でフェイさんの捜しているハンターさんの無事を祈ってますニャ」
「行こう、フェイ兄。みんな先に行ってる」

 狩猟範囲外に向かうためルメッサシリーズに着替えたワカに連れられ、船が出航する。氷海に着くまでの間にフェイは捜し人の特徴について説明を始めた。

「装備はケチャ、ガンナーの女ハンターだ。歳はさっきいたお前の妹ぐらいだったな。武器はクイーンブラスターⅡを使っていた」
「下位ハンターってことか。強個体のモンスターに襲われた可能性は低そうだから、狩猟範囲外に出ちまったのかもしれねえな」
「…………。」
「フェイ兄、大丈夫。きっと捜しだすから心配しないで」

 不安げに俯く義兄の肩をさすって安心させようとするワカの様子に、ナレイアーナは違和感を覚える。普段以上に言葉遣いや雰囲気がとても柔らかい。まるで小さい弟が兄にすがるような……。

「そうよ。急に幼くなってるのよ、アンタ」
「えっ……!?」

 うっかり心の言葉が口に出たらしい。しまった、と思っているとワカの顔が見る見るうちに赤くなる。頭防具のフードで顔を隠す義弟の頭をフェイは笑いながら容赦なく撫でつけた。

「こいつは末っ子だからな。オレらの前だと気が抜けて昔の口調に戻っちまうんだ」
「へえ、それはからかうネタができ「それ以上言うと回復薬グレートにモンスターの特濃を入れる」
「うわ、こっわー。もう回復薬飲めないわね、リュカ」

 深く被ったフードの中から呪詛のような言葉で遮られ顔を青ざめさせたリュカをナレイアーナが笑いながら見やる。心の中ではリュカと同じことを思っていたが、こればかりは口に出なくて良かったと安堵しながら。

「ワカが末っ子、ってことはまだ兄弟がいるの?」
「姉ちゃんがドンドルマに、もう一人の弟がナグリ村にいる。オレは二番目」
「義理とはいえ四人兄弟って多いわね。もしかして他の兄弟もハンターなのかしら」
「ああ、そうだぜ。前は一緒にグループを組んでいたけどな。全員目標ができたから解散して、別々の道に進んでいたんだ」
「皆さん、着きましたよ」

 会話が盛り上がっていたからか、氷海に到着したことに気が付かなかった。気持ちを切り替え、先ほどまでの和やかな空気が一変する。これから捜す相手の生死の運命は、彼らにもかかっている。凍える氷海で既に一日経過しているのだから、体力の消耗が激しいはずだ。一刻も早く見つけなければ。



 ベースキャンプを出て、まずはナレイアーナが嗅覚で存在を感知しようと試みた。モンスターと交戦したのなら、ペイントボールやこやし玉、互いに流した血の臭いがするはずだから。氷海の風をすんと嗅ぐが、首を横に振る。

「……何も嗅ぎとれないわね。時間が経てば臭いは消えちゃうから、少なくともここ数時間はこの辺にいないみたい。ハンターも、カブラちゃんも」
「そうか……まだ無事な可能性はあるってことだな」
「フェイ兄は俺と狩猟範囲外を捜そう。リュカとナナちゃんは地図上の探索を」
「そっちは危ねえから気を付けろよ。兄貴の方は余計にな」

 二手に分かれ、ワカはフェイとエリア2、リュカとナレイアーナはエリア5の洞窟へ。ざりざりと氷を踏みしめる音を立てながら、氷海を歩きだした。



 氷上を歩きながら、フェイは辺りに気を配りつつワカの後ろ姿を眺める。数ヶ月ぶりに見る義弟は、口調が戻る癖こそ直っていないが垢抜けた、凛とした立ち姿で成長ぶりを感じさせた。あの教え子も、こうなりたかったはずだろう。

「なあ、……えっと、“ワカ”」
「……今は二人ともいないから、無理して呼ばなくていいよ」
「あー、悪い。……【  】」

 振り返ってにこりと笑うワカにフェイは申し訳なさそうに頭をかきつつ、ある言葉を口にする。すると『うん』、と嬉しそうに目を細めた。

「あいつが受けたのは、上位の昇格クエストだったんだ。テツカブラを一人で討伐できたら上位ハンターに昇格するって内容でさ」
「……うん」
「故郷にいる両親はハンターになることに反対していたらしいんだ。だから、上位にあがって実力を認めてもらいたかった。失敗したら故郷に帰って実家の店を継ぐのを回避したくて、必死になりすぎたのかもな」
「…………。」

 フェイの言葉を待つように、ワカは振り返ったまま動かない。饒舌な義兄は一通り話しきるまで待ってやるのがワカの義兄との付き合い方だった。ジンオウXヘルムで顔が隠れていても声色でわかる。後悔しているような、辛そうな表情をしているのだろう。

「認めてもらいたくて頑張ってるあいつを過去の自分と重ねちまったんだ。だから、一人で行かせちまった。オレは教官として、あいつの技量を見定めてやるべきだったのに」
「俺はフェイ兄の目に間違いは無いって信じてる。だから、教え子さんのことを信じてあげてよ」
「……まさか弟のお前に励まされる日が来るなんてなあ」
「立派なことを言ったつもりは無いよ。……フェイ兄、こっちに来て」

 ワカが指さすのは隣接するエリア7への道と川向こうの氷山の隙間。川を渡った先は人もモンスターも通れる広さだが、生い茂る緑に覆われていて奥を確認することはできない。

「この先が狩猟範囲外の秘境なんだ。調査の時はここから入っているんだけど、特に異変が無いからここを通ったわけじゃないみたい」
「それじゃ、あいつもテツカブラもどこに?」
「一番安全な入口がここってだけで、他の経路もあるよ。とにかく、行ってみよう」

 剥ぎ取りナイフとは異なる刃が鉈状のナイフを抜き、雪を被っている草木を切り払う。そしてあらかじめ打ってある杭にロープをかけ、暗闇の底へ放り投げた。奥が真っ暗だったのは、すぐ下が崖だったためだ。

「いきなり段差があるのか、確かに危険だな」
「何度も調査を重ねてこの先の地形は少しずつ判明してきた。そして、この装備は調査のための必需品を取り揃えているんだ」

 ハンターも兼ねるワカが今回通常のフルフルXシリーズではなく書士隊専用のルメッサシリーズを身に付けたのは、このためだった。回復薬やこやし玉など万が一のための道具も所持しているが、ほとんどはナイフやロープ、ピッケルにたいまつと探索に用いられるものをポーチに詰め込んでいる。身軽な服装であることも相まって、調査にはお誂え向きだ。もちろん防御力は皆無に等しく、強烈な一撃を浴びればハンターの体力でも即死は免れないが。
 ロープを伝って降りた先は、日の当たらない鬱蒼とした森。自然の姿のままの森は木々が多く、体の大きなモンスターが自由に動ける余地など存在しない。
 ワカがたいまつに火を灯す。近くしか照らせない明かりを頼りに、ハンターを捜さなくてはならない。

「足下に気を付けて。この辺も崖や深い穴が点在しているから」

 忠告を聞いてフェイの緊張感が高まる。こんな危険なところに本当に迷い込んでしまっていたら……。待ってろ、と小さく呟くと、自身を導くたいまつの明かりを追いかけた。
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