狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第6話 愛郷心とは 後編

 キッチンでてきぱきと食材を取り出しているルシカを、イリスとリッシュは椅子に腰掛けて眺めていた。やる気を取り戻したルシカの迷いの無い動きに感嘆しているようにも見える。

「一体何をつくるつもりなんでしょうね。そういえば、リッシュさんはお料理できるんですか?」
「モガ村を出て自炊していた時期はありましたが、簡単な料理が限界でした。モリザさんやルシカのようにたくさんのレシピを知っているわけでもありませんし」

 モガ村、と聞いてイリスは以前から抱いていた疑問を投げかけることにした。モガ村の人間とすぐにわかる外見的特徴を持たない理由を。

「……モガ村って、【海の民】が住む村ですよね。見たところリッシュさんは私たちと同じ種族のようですが」
「私の家族は海に憧れてモガ村に来た移民なんです。海の民のように海に潜って狩猟をすることはできませんが、船を使って漁業を営んでいました。私たち以外にも海の民でない住人もいましたよ。私が村を出てからの出来事ですが、モガ村を襲った災厄を振り払った女性ハンターは村の外の人間だと両親からの手紙で知りました」

 【海の民】とはモガ村に主に住む種族だ。皮膚の色が濃く、指の間に水掻きがあるなど普通の人間とはやや違う特色を持っている。謎が解けてなるほど、と感心していると『そろそろ始めるよー』とルシカが二人を呼んだ。
 テーブルの上に並べられているのは塩ミルク、猛牛バター、冷凍保存したのを解凍したココットライスと調味料。鍋に猛牛バターを溶かした後にココットライスを入れ、馴染んだところで塩ミルクを入れて煮込んでいく。

「あとは味を整えれば完成かな。ちょっと甘めの味付けにするけど、ココットライスとなら合いそうかなって」
「お米に甘味料ですか。新しい発想ですね、ルシカ」

 適度に煮た後に調味料を加え、皿によそうと『完成!』とルシカが満足そうに笑った。二人もできあがった料理を歓声をあげながら見つめる。

「どんな味がするんでしょう」
「私たち以外にも誰か来れば試食して欲しいんだけどな」

 自分たちの分の皿を並べていると、遠くから足音が聞こえる。足音は二人。ゆっくりと歩いてくる様子からあの夫婦だと三人は予感した。

「やっぱりディーンとユゥラだ」
「やあ、ルシカ。イリスとリッシュも一緒に何をしていたんだい」
「いい匂いがしたから、つい寄ってしまったわ」

 食堂に入ってきたのは書士隊のディーンとユゥラ夫妻だった。たまたま通りかかったところ、いい匂いにつられてやって来たようだ。ルシカはすぐに二人の皿を出し、考案した料理を盛る。

「これ、あたしがつくったの。良かったら食べて。美味しくなかったら、素直に言ってね。次に生かすから」
「ありがとう。それじゃお言葉に甘えていただこうか、ユゥラ」
「ええ、ディーン」

 顔を合わせて仲睦まじく笑う夫婦の隣のテーブルに三人も座り、スプーンでライスをすくって口に入れる。普段は肉と炒めてチャーハンにしたり魚と炊き込む米を甘い味に仕上げることで、また違う食感が生まれた。

「メインディッシュというよりデザートといった感じね。美味しいわ」
「本当!? ユゥラが言うなら嘘じゃないね!」
「この粉が香ばしくてアクセントになっていますね。ルシカさん、何を入れたんですか?」
「それね、シナモン。あれだけだとちょっと香味が足りないかなと思って」
「なるほど、とてもいいと思うよ。次は肉料理なんてどうかな? ハンターはデザートも好きだけど、やっぱり肉や魚でスタミナをつけるからね」
「肉料理……うん、次は肉料理のレシピを考えてみるね! ありがと、ディーン」

 書士隊夫妻に太鼓判を押してもらい、ルシカは上機嫌だ。やはりモリザと共に日々調理をしているだけあってレシピも完璧で、手際よく料理が完成した。ルシカにしか考えつかない料理もあるのだ、とイリスはやりがいを見つけ満足げに笑う少女を見つめた。

 ところが、昼になりモリザがキッチンに立つとルシカはそそくさと部屋に戻ってしまった。喧嘩をした手前、まだ謝る心の準備ができていないようで顔を合わせにくいようだ。イリスからルシカと何をしていたかを聞いていただけに、リュカは残念そうにキッチンに立つモリザに目線を向ける。

「アタシも食べてみたかったなー、ルシカの手料理」
「頼めばまたつくってくれますよ、イアーナさん。それより、お願いが」
「ん? 頼みごとがあるならオレが聞くぞ」
「兄さんじゃ駄目。イアーナさんでないと」
「!?」

 兄を頼るつもりは無いと受け取れる発言に、リュカが言葉を発せないまま机に突っ伏した。よほどショックだったらしい。それぐらい妹を溺愛しているともいえるが。沈黙したリュカを無視しつつイアーナは斜向かいに座るイリスと向き合う。

「アタシじゃないといけないのね?」
「はい。昼食を終えたら、一緒にリッシュさんの部屋に来てほしいんです」
「……わかったわ」

 先ほどリッシュと行動を共にしていたということから、どうやら母娘の仲を取り持つ作戦はまだ続いているようだとイアーナは察知した。女家族の悩みだし男は不要ということか、と『イリスぅ』と情けない声をあげるG級ハンターの頭を冷めた目で見る。

「アンタは村仕事の手伝いでもしてなさいな。モリザお母さんとルシカのことはアタシたちに任せてよ」
「また調査に出る時は頼りにしているからね、兄さん」
「お、おう……。」

 フォローを受け少しは立ち直っているようだがまだ机に突っ伏したままのリュカを置いて、女性陣は食堂を去って行った。



 リッシュの部屋に入ると待ってましたと言わんばかりに部屋の主が依頼の用紙をナレイアーナに手渡した。依頼内容は氷海の採取ツアー。ヌイが鍛冶に必要な鉱石を欲しており、できるだけ多くの鉱石をかき集めてほしいとのことだった。

「まさかヌイにも協力してもらっているなんてね」
「実際は鉱石不足に陥っていないんですが、氷海に赴くきっかけが欲しくてお願いしました。私たちのお母さんのためですから」
「それじゃ、ルシカを氷海に連れて行くってこと?」
「狩猟環境は安定しています。突然の乱入はまず無いでしょう」

 イリスがヌイとの共謀を語り、リッシュがこの依頼の真相を語る。いくらギルドの目が届かない特殊な環境とはいえ大胆な行動だ。ギルド関連の組織に所属しているイリスやリッシュはともかく、ルシカはただの女の子だ。それでも彼女を氷海に連れて行きたい理由があるのだという。

「氷海の厳しさと美しさ、そしてどうしてモリザお母さんがハンターや書士隊のために尽くしてくれるのか、知ってほしいんです。兄さんだと狩猟に行きたがるしワカさんは不在、だからイアーナさんだけが頼りなんです」
「そういうことね。まさかアタシが頼られるなんて思いもしなかったわ」
「イアーナ、この依頼を受けて下さい、そして私たちを氷海へ連れて行って下さい。お願いします」

 頭を下げるリッシュに倣い、イリスもお願いします、と頭を下げた。複雑な表情を浮かべるナレイアーナだったが、やがて『姉』の顔に変わる。

「いいわ、アタシに任せて。だけど目的を果たしたらすぐに帰りましょう。氷海はここよりもっと寒いから、長居なんかできないからね」
「ありがとうございます!」

 二人の声が重なる。二人とも親友の少女と、その母親を思っての行動だ。できることなら力になってやりたいとナレイアーナも常々思っていた。リュカが心配している通り、母と娘の仲が悪い光景など見ていたくはないのだから。

(親子の仲って、普通はこんな感じなのよね)

 いいなあ、とナレイアーナは心の中で呟いた。



「ええっ!? 氷海に?」
「大型モンスターの出現は見られない安全な環境です。一度でいいから氷海を見てほしくて」
「アタシがいるから安心して。モンスターはアタシが対処するから」
「ルシカ、一緒に行きましょう」
「う、うん……。」

 ハンターが駆け回るフィールドへ足を踏み入れたことなど一度も無いルシカにとって、それは思いもよらない誘いだった。本当に大丈夫なのだろうかという不安感と、話でしか聞かない氷海に足を踏み入れてみたいという好奇心がない交ぜになる。
 ヌイがモリザの相談を聞いている間にそっと村を抜け、リッシュが船を操縦して氷海へ向かう。初めて氷海へ向かうルシカには、ホットドリンクを飲み防寒のマントを羽織っても頬を掠める海の風を冷たく感じた。

 ベースキャンプに船を停泊させ、連なる氷山を見上げる。氷の壁に嫌気が差して以来村を出て海岸から氷海を眺めたことはあったが、その光景がもっと間近に迫っている実感に思わず白い息をほう、と吐いた。

「すごい、こんなに壮大なんだね」
「ハンターのアタシたちだって全土を歩いたことは無いの。危険な区域が多くてギルドの手も届かないらしくて。それぐらい氷海は厳しい環境なのよ。そこを少しずつ暴いているのが書士隊なんだけどね」
「イアーナさん、エリア2に行きましょう。極上のものを見せてあげたいんです」
「わかったわ。ついてきて」

 ナレイアーナを先頭に転ばないようゆっくりと歩き出す。のそのそと歩く三頭のポポにルシカが驚いてリッシュにしがみつくが、ポポの生態について教えられると熱心に親子連れのポポを観察していた。
 エリア2に着くと、イリスがルシカの手を引く。気を抜くと足を滑らせてしまいそうで足下しか見ていないルシカだったが、足を止めたイリスが『見て下さい』と指さす方向へ目を向けた。氷の大地から赤土色の山、そして……。

「……!!」

 ルシカの目に映ったのは、虹色のカーテンが薄暗い空になびく光景だった。波の音がまるでオーロラをなびかせる風のようで、美しい空から目が離せない。

「兄さんが教えてくれたんです。ここでモンスターを討伐して、ふと空を見上げたら綺麗なオーロラが見えたんだ、って。いつも見えるわけではないんですが、まるでルシカさんを待ってくれたみたいです」
「へえー、あいつにロマンチストの気があるなんてね。でも、綺麗だわ。思わず時間を忘れて見とれちゃうくらい」
「オーロラが見られる条件を調べれば、リククワ村近辺でも観測できるかもしれませんね。オーロラは寒い所で見られるそうですから。後でワカに聞いてみましょう」
「村の、近くでも……。」

 リッシュの発言を聞いてルシカは再び光のカーテンを見上げる。寒い場所だからこその利点もある。この光景を、母にも見せたい。ルシカの心の底でわだかまっていたものが少しずつ溶けだしていった。

「そういえばこの間の冷水はどうなったかな? ねえ、少しだけエリア7に行っていいかしら」
「すぐ隣ですし、私は構いません。ルシカさん、せっかくだからエリア7も見てみませんか」
「うん、見たい! 本当は行けるところ全部見てみたいけど……あまり長くはいられないんだよね。だからせめてそこに行ってみたいな」

 ありがとう、と礼を言いながらナレイアーナが手招きして移動する。氷上を歩いたエリア2とは違いエリア7は雪で覆われた場所だ。ナレイアーナとイリスの目線の先を追えば、大きな水たまりがあった。表面に氷の膜が張ってあるが、真っ黒い水が透けて見えるほど薄い。

「まだ元通りにはなっていないみたいね。三日程度じゃ直らないか」
「両生種の巣でもありますし、ザボアザギルやスクアギルが補修するかもしれませんね。今後もこまめに観察してもいいかと」
「あの大きな水たまりは何? しかも直るって?」
「元々は段差だったのよ。上の段はモンスターの寝床やザボアちゃんのタマゴがあったんだけど、この間青ガララちゃんと戦った時に崩れちゃって。モーナコがそこに落ちちゃうしワカもパニックになるしで大変だったわ」
「そうだったんですね……あの水はただの水ではありませんでした。モーナコ、ずっと震えていて辛そうでした」

 リッシュの脳裏に浮かぶのは小さな体を更に縮めて震えるモーナコと、モーナコを助けようと毛布で体を包んで介抱をするワカの姿。足下に視線を落とせば、乾いて薄れた赤色の斑点が見えたのでもしや、と呟く。

「この血痕、ワカの……?」
「ええっ!? だ、大丈夫だったの、ワカ」
「心配無いわよ、大した傷じゃなかったみたい。ワカだってハンターだし、フルフルちゃんの防具で治癒力が高められている上に狩猟笛の旋律でも強化しているの。だから生存能力にかけてはワカがトップかもしれないわね。安静にする時間さえあれば意外と持ちこたえられるかも」

 あっけらかんと答えるナレイアーナの言葉に納得しつつも、再度血痕を見つめる。リュカもナレイアーナも時折傷をつくって帰還する日があった。そんなハンターを見るとモリザは活力を取り戻してもらうべく一層腕によりをかけて料理をつくる。
 一見氷に覆われた大地の氷海だが、陸続きに人々が住む地域に繋がっているという。人々のために書士隊が調査を行い、護衛ハンターが彼らを守る。そんなハンターのために、母は一生懸命尽くす。亡き父の分まで、と強い意志を感じさせる後ろ姿だった。

「…………。」
「ごめんなさい、ルシカ。怖いものを見せてしまって」
「ううん。ハンターって、やっぱりすごいね。あたし、お父さんのことはほとんど覚えていないんだけど、狩りから帰ってきて私の頭をなでてくれる手がとても大きくて温かかったこと思い出しちゃった。その手が傷跡だらけだったことも」
「ルシカ……。」
「みんな、本当にありがとう。村に戻ったら、お母さんにちゃんと謝る。そして、あたしもみんなのために一生懸命ご飯をつくるね」

 力強く頷いた少女の笑顔に、もう迷いは無かった。



 エリア7に点在する鉱石をリッシュが器用にピッケルで削り取ると、それを納品ボックスに納めて彼女たちは村へ帰って行った。長老ムロソに所業が知られるも、『今回限りじゃぞ』と見逃してもらった。ムロソもあの親子を心配していたようだ。
 宣言通りルシカはモリザに自らの態度を謝り、モリザもまた自分の気持ちだけで娘を巻き込んでしまったことを謝った。元は明るい母娘だけあり、互いに気持ちを打ち明けたことですぐに仲直りしたことをイリスから教えられたリュカは『よくやった』と大きな手でイリスの頭を軽く撫でた。



 後日、ルシカはドンドルマに住む友人に手紙を宛てた。気持ちを表しているかのような弾む文字で、氷海で見た様々なことを書いていく。便箋の隅には三頭のポポの絵を描き、このような文面で締めくくられていた。

『私、この村の生活が好きになったよ』
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