狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第6話 愛郷心とは 前編

 日々氷海へ向かうリククワ村の護衛ハンターだが、彼らが必ず村に留まる日が存在する。一ヶ月に一度、護衛対象の書士隊が日々まとめた調査の報告書をギルドに提出する日だ。
 バルバレギルドへ提出に向かう役割はワカが担っており、彼と相棒のモーナコを除いたいつものメンバーは食堂で朝食ができあがるのを待っていた。食欲を刺激する美味しそうな匂いは日常通りだが、いつもなら調理をするモリザの近くでパタパタとキッチンを駆け回る少女の姿が見当たらない。しかも、それが数日にわたっている。

(ここんとこルシカがいないのは、やっぱりこの間の口喧嘩が原因か……?)
(そうかもね。親子の問題だし、アタシたちは口を挟まない方が良さそうだけど)

 モリザに聞こえないよう小声で話すリュカとナレイアーナに、何も知らないイリスは首をかしげる。やがて朝食が運ばれてきて、あいさつを済ませると早速食事を始めた。
 お椀を手にとり、湯気を漂わせるご飯をスプーンで掬って口に含む。どこか甘みを感じる米の他にぽり、と軽い音を立てて何かが噛み砕かれ、混ざり合う。香ばしい甘みが口の中に広がり、リュカは思わず『うめえ』と感想をもらした。

「母ちゃん、新作か? この飯」
「この間仕入れた【ゼンマイ米】と【ロックラッカセイ】を一緒に炊き込んだご飯さ。気に入ってくれたかい?」
「ええ、とっても。いつもありがとうございます、モリザさん」
「これがアタシの役割だからね。アンタたちがおいしそうに食べてくれるのが何よりの報酬さ」

 にこりと笑うも、元気が無い。やはりこの場にいない娘が原因だろう。耐えかねたリュカはフォークで七味ソーセージを刺したまま尋ねた。

「ルシカと何があったんだ?」
「……あの日言った通りさ。ちょっと反抗したくなる年頃なんだろうね」
「そう、か」

 率直に答えられると簡単に返すことしかできない。しかし幼い頃に両親を失っているリュカにとって、親子の仲が悪いという状況は好ましくないと感じていた。
 氷海の調査を主な目的とするこの拠点は、他の拠点との連携が不要なため外界から疎外されている閉鎖的な村だ。そんな狭い世界で親子の仲がぎくしゃくしているのは、この親子にも良くないし、共に暮らす自分たちにも良くない。
 そう伝えたいのだが、うまく言葉を紡げないリュカは七味ソーセージを頬張るしかなかった。ポリン、と小気味良い音を立てて中に閉じこめられていた肉汁があふれ出す。美味しいが、物足りない。親子の欠けた愛情が足りないのだ。

「さて、食事が終わったらアンタには倉庫の整頓を手伝ってもらうよ。この間アルから仕入れた食料がたんまりとあるからね」
「げっ、オレかよ? イアーナの方が力持ちだから、こいつに……」
「アタシはアスールバスターのメンテナンスがあるから無理よ」
「兄さん、モリザお母さんの頼みごとを断るの?」
「うっ」

 ナレイアーナにもっともらしい理由を告げられ、更に可愛い妹に言い寄られれば言葉に詰まる。普段力仕事はディーンやヌイが行っており、こういうことは本来ハンターがやるべきことだとは自覚しているが。
 たまにはゆっくり眠りたかったが、一度惰眠を貪ると体が急激になまりそうな感覚すらあるので仕方なくといった風でリュカはモリザの頼みを受け入れた。

「イリスはどうするんだ?」
「リッシュさんのところに行ってくる。ちょっとお話したいことがあるから」

 聡明な書士隊員は、何かを思いついたようだった。



 朝食を済ませ、イリスは兄と別れてギルドガールの部屋を訪れる。既に朝食を済ませていた彼女は朝日が差す窓際に立ち、何かを掲げて光に透かしていた。

「何をしているんですか? リッシュさん」
「ひゃっ!? お、おはようございます、イリス」

 よほど夢中になっていたのかイリスが部屋に入ってきたことにも気が付かなかったようで、突然背後から声をかけられてびくりと全身を飛び上がらせてしまった。
 おはようございます、と挨拶を交わしながらもリッシュの両手に包み込まれている赤く透き通った綺麗な玉に視線が向く。

「それは……?」
「あの人から頂いたんです」
「綺麗な玉ですね。その色、もしかして血石ですか?」
「はい。血石の一つを早速長老に加工してもらって、それで、お一つどうですかって。試作品ですし、報酬の一部ということで無償で受け取りました」
「そうだったんですか、良かったですね」
「ええ……!」

 あちらに想いを届けていないようだが、少しでも多く対話ができたことに頬を赤らめるリッシュを見てイリスは胸がぽかぽかと温かくなる感情を覚えた。しかし彼女の笑顔とは対照的な状況に置かれている少女のことを思うと、すぐにその気持ちもしぼんでしまう。

「リッシュさん……相談があるんです。ルシカさんのことで」
「ルシカですか? 最近キッチンで見かけないですね」
「モリザお母さんと喧嘩したみたいなんです。だから、私たちで何かできないかと」
「……親子だけにしかわからないこともありますから、外部の人間が下手に関わらない方がいいかもしれません。だけど、私は一人の友人としてルシカが心配です。イリスもですよね?」

 血石水晶を大事そうに持ったまま真剣な表情でリッシュが話す。イリスはそれに頷き、二人でルシカの部屋へ向かうことにした。

 モリザはリュカと共に倉庫の整理をしている。ならばルシカの居場所は部屋かキッチンのはずだ。もう食事をとる住人はいないのだから恐らく前者だろう、と二人は扉の前に立つ。
 ノックをして名を告げれば中へ入るよう言われたので、ゆっくりと戸を開く。部屋の隅に並ぶ二つの内、窓際にあるベッドの上に座って手紙を読んでいるルシカが見えた。手紙を読んでいるからだと思いたいが、俯いている姿勢はどこか元気が無い。

「ルシカ、ここ数日姿が見えなかったので心配しました」
「なんともないよ。たまにはお手伝いを休んだっていいでしょ?」
「…………。」

 部屋に招き入れてくれただけでもマシだが、明らかに拗ねているような受け答えにイリスは視線を落とした。そして目に入る、ルシカが握りしめる手紙。

「お友達からの手紙ですか?」
「うん、ドンドルマにいた頃の。最近たくさんのハンターが訪れるようになって、すごく賑わっているんだって。いつも静かで冷たいこの村とは大違いだよね」

 ルシカのどこか棘のある言葉で二人はなんとなく彼女の不機嫌の理由を察した。この村に居続けることが苦痛になっている。その不満をモリザにぶつけた結果、口論へ発展した。モリザは料理人として派遣された以上、この村を離れることは許されない。双方の主張がぶつかり合ったのだと。

「ルシカさん……リククワ村は、嫌いですか?」
「き、嫌いだなんて思ってない! ただね……時々ドンドルマに帰りたいなって。ここを出たいって意味じゃないよ? ちょっと遊びに行く感覚なんだ」
「ここからドンドルマまで数日はかかりますね。まずバルバレギルドまで半日は歩かないと着きませんし、往復することを考えると1週間は不在になるでしょう」
「お母さんにもそう言われた。こんなことを考えるあたしって、悪い子なのかな」

 ルシカが俯いてしゅんと肩を落とす。様々な年代の人間が集まるリククワ村の住人の中で、最年少はこのルシカだ。十七歳の少女は世界のさまざまなものから刺激を受けたい年頃であり、毎日同じことを繰り返すリククワ村の日々に嫌気が差し始めていた。

「みんな、自分の仕事にやりがいを持っているよね。あたしにはそういうの、無いから……」
「やりがい……そう、やりがいです!」
「な、なに? リッシュ」

 やりがい、というワードを聞いて閃いたのか、リッシュが突然両手を合わせてパンと音を立てたためルシカが目を丸くした。

「この村でのやりがいを、ルシカにしかできないことを見つければいいんです! ルシカは料理が得意ですよね、自分でレシピを編み出してみるのはどうでしょう?」
「レシピって……あたし、お母さんの料理を手伝っているだけで」
「たまに小腹をすかせた兄さんにまかない料理をつくってくださっていること、知っていますよ? ルシカさんなら素敵な料理を考えつくと思います」
「イリスまで……。ん、わかった。やってみる!」

 二人に後押しされ、ルシカは立ち上がった。いつもの活発さが戻ってきたのが目に見えてわかり、イリスとリッシュは顔を合わせて喜んだ。



 ズズズ、と音を立てながら木箱を動かす。『それ、これの上に乗せて』と言われれば両手で抱え込みながら持ち上げて積み重ねた。ドシンと響く音にモリザが抗議の声をあげる。

「ちょいと、リュカ。もう少し優しく置いておくれよ。中身は装備品じゃなくて食料なんだからね」
「わかってるけどよお。結構重いんだよ、この箱」
「腕力自慢のハンターが苦戦するなんて、みっともないねぇ」
「くそっ、言ってくれるじゃねえか、ヌイ」

 村の倉庫は二つある。一つはハンターたちの装備や道具といった狩猟に必須のアイテムボックスを設置しているもので、もう一つが村の生命線である食料を保管するものだ。
 先日訪れた商人のアルからたくさんの食料を仕入れ、料理人のモリザが使いやすいよう食材の並び替えを行っていた。ナレイアーナの武器のメンテナンスをムロソに任せたのか、ヌイがこちらへ来て整理の手伝いを申し出てくれたのでモリザは快く受け入れた。
 大タルを動かしてふう、と一息つく。改めて見回すと、食料の山だ。気候のおかげで自然冷蔵が可能なのは数少ないこの村の利点だとリュカは思う。

「すごい量だな。これで一ヶ月分なのかよ」
「誰かさんたちがよく食べるからね。これぐらい用意しとかないと心許ないのさ」
「これらを無償で支給してくれるなんて、すごいもんだよ。よほど書士隊の報酬がいいのかい?」
「バルバレギルドと商会が契約をしているからって聞いたことがあるよ。そのおかげで格安で取引できるとか。確か【ワイラー商会】とかいったかね、火の国の大規模な商会らしいよ」
「火の国ぃ? ずいぶんと遠いところの国じゃねえか。ここまで手を伸ばしているなんて、商人もやるもんだな」

 会話もそこそこに整頓作業が再開される。リュカがちらりとモリザを見るが、食料の具合を調べている眼にやはりいつもの『母ちゃん』らしさが見られない。ぐ、と木箱に添える両手に力が込められた。

「なあ、母ちゃん。ルシカと何言い合ったかオレにはわからねえけど、ちゃんと仲直りしてやってくれよ。見てらんねえんだ、血の繋がった親子がずっとケンカしてるなんて」
「リュカ、アンタ……。」

 ヌイがリュカの表情を見て思わず呟く。まるで自分がルシカの立場にいるような、苦しそうな表情だった。モリザを母と呼ぶほど慕っている純粋な心が、辛いと告げている。
 同じくハンターと書士隊員たちを息子、娘のように見ていたモリザは観念したかのように傍に置いてあった椅子に腰掛けた。

「……アタシはココット村の生まれでね。伝説のハンターが生まれた始まりの土地なんて呼ばれていたせいか、アタシはハンターに憧れを抱いていたんだ。そしてドンドルマで料理人として稼ぎ始めた頃にハンターの男と出会った。……後の旦那さ」

 モリザの夫、つまりはルシカの父。村に来た時点で母と娘という組み合わせに父親は出稼ぎに出ているか離別したのではとリュカは想像していた。デリケートな内容故に、直接尋ねるようなことはしなかったが。

「ルシカを授かって、あの子が五歳になった日だったね。あの人は雪山へモンスターの討伐に向かって……そのまま戻らなかった。モンスターが討伐された形跡も無く、あの人の遺体も見つからずじまい。雪崩に飲まれたんだろうと捜索も打ち切られてね、アタシの中じゃ死んだものだと思っているよ。そのせいかね、アンタたちハンターをどうしても支えてやりたくなって今回の派遣を喜んで引き受けたのさ。それが、あの子にとっては良くなかったんだろうね……。」

 雪山で行方不明。似た環境で狩人を続けるリュカはいつかは我が身も、と一瞬不安がよぎったがすぐにそんな悪夢が訪れてたまるかと振り切る。話を聞いてヌイがうーん、と腕組みをしながら首をわずかに傾けた。

「街育ちの子が辺境の村に引っ越して来たんだよな。不便な環境で友達も限られていて、一年は我慢してきたけどそろそろ限界がきたってことか。若い子にゃきついだろうね」
「アタシはこの村で料理をつくることに生き甲斐を感じているよ。けれどあの子は違う。あの子はまだ遊びたい盛りだったんだよね。悪いことをしたと思ってるよ」
「母ちゃん……。」

 今にも泣き出しそうなモリザの様子にリュカは更に心が痛んだ。ハンターである自分たちに向けられていた視線は、もっと遠くの幻を見つめていた。その幻にすがるあまり娘を蔑ろにしてしまったことを酷く後悔しているようだ。

「ルシカなら大丈夫だ。きっとイリスがなんとかしてくれる。リッシュも一緒だろうし」
「リュカ、アンタ何か言ったの?」
「いいや。だけど兄のオレにはわかる。今頃あいつ、ルシカを励ましていると思うぜ」
「そうかい。本当に優しい子だ、アンタは。だからこそ失わせたくないって、強く思うよ」

 モリザがふっと笑い、リュカは照れ隠しからか目線をそらしながら頬をぽりぽりとかく。そんな光景を見て微笑ましく思いながらヌイも口を開いた。

「ハンターの奥さんって大変だろうね。稼ぎはいいけど、いつ戻るかわからない危険な仕事に出る旦那を待つんだからさ。ナグリ村にいるアタシの妹の旦那もハンターなんだ。研究者も兼ねてるみたいで生粋のハンターじゃないそうだけど、やっぱり狩猟に出る時は不安になるらしいよ」
「へえ、ワカみたいな奴だな」
「そういえばワカは?」
「バルバレギルド。今頃あっちにいた頃の仲間と再会してるんじゃねえか」
「そろそろ続きを始めようか。あと少しで終わるから頼むよ、二人とも」
「おし、任せてくれ」

 溜めこんでいたものを打ち明けたおかげか、モリザの声に張りが戻った気がする。リュカは妹がルシカを元気づけてくれることを願いながら、モリザの指示を待った。
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