狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第4話 商人と郵便屋 後編

「あれ、モーナコの奴ついて来てねえぞ。どこに行った?」
「……ベースキャンプから動いていないわ。リッシュと一緒に待つつもりかしらね」
「なんだよ手伝いもしないで。ま、いいか。採取だけだし」

 エリア5でカンカンと音をしばらく洞窟中に響かせてからようやく気が付いたリュカは、よほど集中力が散漫しているのだろう。この間あんなことがあったというのに、それでもまた狩猟をしたいというのか。ナレイアーナは思い出したくない出来事を振り返り表情を曇らせる。

「リッシュはいつもアタシたちの帰りを独りで待ち続けているんだもの、たまにはこういうのもいいかもね。今度採取の依頼があったらアタシが残ろうかな」
「お前、そういうこと言って楽するつもりだろ」
「バレた?」
「バレバレだよ、んなもん!」

 ガキィン、と鈍い音がしてリュカの両手に痺れを伝える。目の前の岩から真っ赤な鉱石、血石が転がり落ちると同時にピッケルの先がボロッと崩れ落ちた。

「ちっ……もう壊れちまったか」
「“壊れた”んじゃなくて、“壊した”のよね」
「うるせえ!」

 壊れたピッケルをしまうと血石も回収する。ピッケルはまだ何本かある。どうにか血石を集めるまで手持ちのピッケルがもってほしいものだが……。そう考える背後で今度はナレイアーナの短い声が響く。

「あっ」
「なんだよ、お前も壊したのか」
「違うわよ! 壊れたの!!」
「お前の馬鹿力に耐えられるグレートピッケルがあったら見てみたいぜ」

 お互いに採取道具の扱いに慣れていないのか、数回振るうだけでピッケルの刃が欠けてしまう。しかも出てくる鉱石は氷結晶や瑠璃原珠など、見事に目的の血石ではないものばかりだ。
 こうなると飽きも早いアタッカーのコンビは次の手を考える。採取に向かない自分たちにはまだ仲間がいる。世間話に花を咲かせているところだろうが、本来の仕事をしてもらわなくては。

「やっぱりモーナコを連れてこようぜ。オレらよりマシだろ」
「ワカもいてくれれば助かったんだけどな。ピッケルの調合もできるし」
「イリスが言ってたけどよ、あいつも結構ピッケルや虫あみを壊してるらしいぞ。調合が得意な割に、物の扱いはヘタクソみたいだぜ」
「なにそれ、初耳! 詳しく聞かせてよ」

 ピッケルをしまうと、護衛ハンターはベースキャンプへ向かう。ここにはいない仲間の一面をからかう話をしながら。



「……はっくしょん!」
「ワカさん、風邪ですか?」
「風邪じゃ……っくしょん!」
「温かい飲み物をいれてくるわね」
「頼むよ、ユゥラ」

 一方のリククワ。書士隊の面子が部屋に集まり報告書をまとめていた。氷海の近況報告と、ウルクスス撃退の件などを事細かに記さなければならないため、現場に立ち入るワカとイリスの証言が重要となる。
 そのため、書士隊員は依頼からの生還が絶対となっていた。ハンターを兼ねるワカでも依頼を単独で受けてはならず、またむやみにモンスターに接近してはいけない制約を設けられている。戦線から一歩引いて指示を出したり補助に徹するのも、生存能力を高めるための立ち位置だ。
 ギルドやハンターのためになる情報を得る書士隊員がそれほど重宝される存在なのだと、ワカは書士隊に入って強く思い知らされていた。

「くしゃみが二回出ると誰かが悪い噂をしているって、チコ村のアイルーに教わったな」
「ワカはチコ村に行ったことがあるんだね」
「行った……というより住んでいたんだ。確か一年? くらいだったかな」

 ここに来る前はそれぞれ異なる町に住んでいたリククワの住人たちだが、チコ村は海に囲まれた場所のため訪れた経験のある者はいない。好奇心の強い書士隊員はそんな村の名前を聞いてすぐさま食らいついた。引っ込み思案のイリスでさえも目を輝かせている。

「チコ村は書籍でしか読んだことが無いので、興味があります。今度教えてほしいです」
「その時は僕も一緒に頼むよ。きっとユゥラも聞きたがるだろうから、あの子もね」
「ああ、わかった。その内にでも」

 ディーンも同調したものだから、ワカは驚きつつも約束をとりつけた。自分の経験が相手の知識の糧になることは素直に嬉しいと思いつつ、どうしてチコ村に住んでいたかを話す必要は無いと考え直したが。

「お待たせ。今日は【堅米茶】にしたわ」
「ありがとう、ユゥラ」
「いただきます」

 湯呑みを受け取ると、米の香ばしい匂いがふわりと漂う。飲めば深みのある味わいが口の中に広がり、体もぽかぽかと温まってくる。一息ついたところでディーンが始めようか、と一声あげる。

「まず、環境が安定だと言われていたはずの氷海に白兎獣ウルクススが出現した原因についてなんだけど……。」
「本来はギルドによって作成された地図には載っていない、狩猟範囲外の地域で子育てをしているとされているはずだったわね。いつ範囲内にやってきたかはわからないけれど、子どものために警戒しながら動いたことでギルドの観察の目から逃れたのかもしれないわ」

 ディーン、ユゥラ夫妻の話し合いに、ワカはあの時のウルクススの様子を思い出す。
 子どもを育てていたウルクススは、子どもをエリア3につくった巣に隠していた。他の大型モンスターと遭遇する危険性があるにも関わらず、何故あの場所を選んだのだろうか。

「エリア3につくったのは、自分が隠していた食料が近くにあったからという可能性があります。ですが、地図の外にも食料の貯蔵をしているはず。もしかしたら、私たちの手の届かない氷海の奥地で何かが起こっているのかもしれないですね」
「氷海の異変……っていうのかな。となると、また君たちには氷海の奥地に行ってもらう必要が出てくるのか」

 イリスの意見にディーンは複雑そうな反応を見せる。地図に載っていない場所は基本的に人の手が入っていない秘境だ。
 書士隊の仲間でそういった場所に調査に向かい、慣れない地形によって命を落とした者もいる。この若者たちもそうなってほしくないが、彼らなら何かを見つけてきてくれるに違いないという期待が混ざり合う。ディーンの気持ちが伝わっていたのか、イリスは気遣うように両手をぎゅっと握りしめて頷いた。

「私なら大丈夫です。兄さんたちがいますから」
「ふふっ、イリスは本当にリュカを信頼しているわね。素敵な兄妹だわ」
「あ、ありがとうございます」

 頬を少し赤く染めてイリスが俯き、その反応にユゥラが微笑ましいわねと笑った。ペンを取ってさらさらと書面に報告文を記していく。

「原因については未だ不明、今後は奥地の調査が必要という旨を記しておくわ。次は最近の氷海のモンスターの出現分布についてだけど……」

 書士隊の業務はまだまだ終わらない。いくつもの疑問を長い時間をかけて考察し、まとめあげる。飲みかけの堅米茶が冷えきってしまうまで、彼らの討論は続いた。



 ワカがくしゃみをする頃より少し遡った氷海のベースキャンプでは、モーナコがリッシュの話し相手になっていた。現時点で最後の入居者となっているモーナコにとって、住人との会話は彼らを知る貴重な時間だ。

「モガ村出身だから、船の操作ができるんですニャ? すごいですニャ」
「もともと両親がそういった仕事に就いていたものですから。村にもギルドガールがいて、華々しい姿に小さい頃から憧れていました」
「どうしてリッシュさんはモガ村のギルドガールにならなかったんですニャ?」
「タンジア港のギルドガールを目指そうかと思ったんですけど……ある日村にやってきたキャラバンのギルドガールの衣装がすごく可愛くて、その方がバルバレギルドのギルドガールと知って、思わずこちらに」

 衣装のデザインで配属先を決めてしまうとは、女性の感性とは不思議なものだとモーナコは思う。主の仲間ハンターにもデザインの好みで装備を選んだ女性もいたので、機能性よりも見た目を重視したいのかもしれない。

「リククワに配属された時は本当に驚きました。一面雪ばかりで、まるで【凍土】みたいで。でも、書士隊の方々の役に立てるんだって、すごく嬉しく思います。それに……」
「それに?」
「な、なんでもない、です」

 みるみる内に顔が赤くなるリッシュを見て、モーナコはその理由をあっけなく言い当てた。

「リッシュさん、好きな人がいるんですニャ?」
「えっ……? …………ええっ!? どうしてわかっ……いえ、あの」
「ワカ旦那さんもそういう顔をしたことがありますニャ」
「う、うぅぅ……」

 あっけらかんと言うモーナコだが、リッシュにとっては大タル爆弾Gが脳内で爆発するような衝撃を受けた。このことは仲の良いルシカやイリスぐらいにしか話していないのだが、まさかオトモアイルーにまで的中させられてしまうなんて。即座に熱くなった顔を両手で覆い隠す。

「ボク、誰にも言いませんニャ。ボクはワカ旦那さんと同じで口が堅いから心配しないで下さいニャ」
「あ、ありがとう……でいいのでしょうか、この場合」

 モーナコの気遣いに感謝していると、遠くからリュカたちが駆けてくる。もう血石を採取してきたのだろうかと思ったが、納品ボックスに目もくれなかったのでまだ達成していないと判断した。

「モーナコ、お前も手伝え。オレたちじゃ血石が揃う前にピッケルがぶっ壊れちまう」
「わかりましたニャ」
「あれ? リッシュ、顔赤いよ? 熱でもあるんじゃないかしら」
「だ、大丈夫です! モーナコ、行ってらっしゃい」
「…………。」
「…………。」
「あ、あの……どうしました? リュカも、イアーナも」

 赤い顔のまま手をぶんぶんと振って見送ろうとするリッシュを見てリュカとナレイアーナは目を合わせた。リッシュを案じたのではなく、新たな策が閃いたことを意味したアイコンタクトだ。

「ねえ、リッシュも手伝ってくれる?」
「えっ? 私ですか!?」
「ギルドガールつったって、ピッケルと虫あみの扱いぐらいは勉強してんだろ? どうせギルドの気球が飛んじゃいねえんだ、バレやしねえよ。だから、たまには体を動かそうぜ」
「はい、ホットドリンク。アタシのピッケルも貸すからお願いね」
「え、ええー……?」

 困惑するリッシュをよそにとんとん拍子で段取りが進み、いつの間にかリククワのギルドガールはピッケルを片手に氷の洞窟に向かうことになってしまった。



 研修で採取ツアーに参加したことはあったが、訪れたのは暖かな気候と緑に包まれた遺跡平原だった。長らく通いつめている氷海はベースキャンプから先に出たことは無かったため、真っ白な世界はリッシュの目にとても鮮明に映った。リククワの近辺とはまた違う雪の白と空の青の境目の美しさに息を呑む彼女の反応に、護衛ハンターたちが微笑ましげに眺める。

「よし、この辺だな」

 エリア5に到達するとリュカがピッケルを取り出し、再度赤色の鉱石を削り取ろうと挑む。モーナコも鉱石を見つけては小さく飛んでピッケルを振りおろした。

「ナレイアーナ。ピッケルはどの石に使えばいいんでしょうか」
「えーと、あれとかいけそうかな。壁から少し盛り上がってるやつ」

 ナレイアーナがピッケルで指した岩を確認し、リッシュは研修で学んだことを思い出しながらピッケルで鉱石を削ろうと試みる。カン、と高めの音が洞窟内に響き、何かの石がポロリと落ちるのを見た。

「ひゃっ!?」

 しかし思った以上の強い反動が両手に伝わり、変な悲鳴をあげながらのけ反る。相手は石であって、草のような柔いものではない。そう頭では理解していても、リッシュの心臓がバクバクと鼓動を強めて驚いている。

「大丈夫ですニャ?」
「は、はい。こんなに力が要る作業だなんて覚えていなくて」
「ピッケルを使ったのなんて何年ぶりとかいうぐらいなの? ……あっ、見てよリッシュ!」

 ナレイアーナがリッシュの足下に転がる赤い石を拾い上げ、リッシュの手の平に乗せる。真っ赤な石にもしかして、とリッシュはナレイアーナの顔を見る。彼女は満面の笑みで教えてくれた。

「これが血石よ。自分で採れた気分はどう?」
「嬉しいです! すごく綺麗ですね」
「でしょ? それじゃ残り三個、お願いね!」
「…………えっ?」

 『アタシたちもできる限り頑張るからさ!』と言い残し持ち場に戻るナレイアーナに目を丸くしたリッシュだったが、再び手の平にある血石を見る。

(これで、あの人が喜んでくれるんだ……)

 自分の力で目的を達成する喜びに感激しながら、リッシュもまたピッケルを振りおろす。何度もこなす内に力の入れ方にも気を遣えるようになり、器用にいくつもの鉱石を削り取っていく。その姿を見て護衛ハンターの二人は自分たちよりも採取の腕に長けているのではと思ったが、負けじと血石を掘り出そうと躍起になる。
 こうしている内に時間も経過し、ピッケルが限界を迎えたところで全員で手に入れた血石の数を確認する。アルが依頼していた個数の倍の血石が氷の地面に並ぶ。これならあの商人も満足して報酬を支払ってくれるだろう。



 予想以上の成果にアルは提示していた報酬を少し上乗せして支払ってくれた。もちろんナレイアーナの手により一部をリッシュに手渡されている。さすがに表だってギルドガールも手伝ったとは言えなかったが、リッシュはそんなことなど気にしていなかった。
 報告を受けた商人の嬉しそうな笑顔が見られたことが、彼女にとって何よりの報酬となったようだから。
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