狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第4話 商人と郵便屋 前編

 ある日のリククワは大いに賑わっていた。普段は降り積もる雪のような静けさに包まれているのだが、その理由は訪問客にあった。拠点の中心部にできた人だかりを見つけたモーナコが、顔を上げて主に尋ねる。

「ワカ旦那さん、今日は何かあるんですニャ?」
「ああ、そうか。お前はまだ会ったことが無かったな」

 おいで、と誘われて集まっている住人たちの輪に入ると、そこにはたくさんの食材や日用品、薬に弾などが詰まった木箱が並んでいた。中心に立つ男がこれらを持ち込んだ商人のようだ。
 浅黒い肌に真っ黒の髪、氷結晶のように透き通った青い瞳。掘りの深い端整な顔立ちをしており、年齢は三十歳前後に見える。にこやかに住人たちと会話を弾ませていたが、モーナコに気がつくと手を差し伸べた。

「やあ、初めて会うね。君の名前は?」
「ボクはモーナコですニャ。ワカ旦那さんのオトモアイルーですニャ」
「よろしく、モーナコ。私の名前は【アル】。一ヶ月に一度、食材を届けたり道具を売りに来ているんだ」

 物腰の柔らかい雰囲気にモーナコはすぐに商人アルと打ち解ける。軽く握手をすると、アルの背後から少しだけはみ出ていた赤いツバがひょこりと動く。ちらりと見えた同族の顔に、モーナコがすぐに反応した。

「ニャ? アイルーですニャ」
「ああ、この子は【レンテ】。私と一緒にここを訪れて手紙を配る郵便屋のアイルーだよ」
「……よろしく、ニャ」

 彩鳥クルペッコを模したラッパの飾りを付けた真っ赤なキャスケットに、大きなリュックサック。バルバレにいた郵便屋と同じ服装だ。姿を見せたものの、カブレライト鉱石に似た青紫色と白色のツートーンカラーの毛並みが少し震えている。

「ちょっと人見知りなんだ。レンテ、この子はワカのオトモアイルーで」
「ワ、ワカさん、おてがみニャ」

 レンテはアルの話など聞いていないようで、手紙を渡すとさっとアルの背に隠れてしまった。以前にもこんなアイルーと出会ったことを思い返しながら、ワカは受け取った手紙を裏返して差出人を確認する。
 誰からなのだろうとモーナコは主に問いかけようとしたが、幸せそうな笑みを浮かべているのを見て話しかけるのをやめた。モーナコには差出人が誰なのか理解できたのだから。きっと後で嬉しそうに内容を報告してくれるだろう。
 食材といえば料理人のモリザだ。様々な食料品をチェックしてはあれとこれと、とルシカやヌイに頼んで運ばせている。
 リククワはギルドの意向によりつくられた特殊な拠点のため、食料に関してはギルドから支給される形で入手できる。ハンターにとっての必需品である薬や弾などは報酬で得たゼニーでやりくりしなくてはならないが。

「おや? この【ゼンマイ米】って何だい」
「【ベルナ地方】産のお米なんだ。最近入荷したお米で、甘さと香ばしさが特徴だよ」
「へえー、それは調理するのが楽しみだね。新しい食材も届けてくれて助かるよ」

 新たなレシピが増えるようで、住人たちにも笑顔が広がる。月に一度訪れる彼らを除けば、ただの拠点に過ぎないここを訪れる人はまずいない。それ故にリククワの人々は彼らを手厚く受け入れているのだった。
 ……が、今回の訪問客は商人と郵便アイルーだけではなかった。

「リュカたちは来ていないのか? 砥石やハリの実が底を尽きそうだと言っていたんだけど」
「彼らなら村の入り口にいるよ。私を送り届けてくれた人たちと話をしている」

 アルに言われ視線を入り口の方角へ向けると、リュカとナレイアーナの後ろ姿をとらえた。正面に立っているのは、服装からしてハンターのようだ。
 いくら辺境につくられた拠点への道とはいえ、必ずしも安全とは言い切れない道のりを護衛してくれたのだから、気のいいハンターたちなのだろう。話をしてみたいと思ったワカとモーナコも彼らの会話に混ざろうと試みた。



 新たな訪問者は三人。真ん中に立つ子どものような体格のハンターを、左右に立つハンターがまるで従者のように挟み込んでいた。
 少年ハンターの左側に立つナルガXシリーズの男はアル以上に黒い肌をしており、鋭い目つきで相見えているリュカたちを監視するようにじっと見ている。
 まるで闇に溶け込んだような黒っぽい出で立ちの背には、小槌と三本に分かれた刃を束ねた剣があった。それぞれ麻痺と氷属性、異なる力を持っているのが特徴の双剣【祭囃子・幻獣ノ調】だ。
 一方右側に立つ桜色に覆われたリオハートZのガンナー装備の女は、ネルスキュラの素材からつくられた【ボールドボイドウェブ】を身に着けていた。黒みを帯びたフレームに糸のような弦という、独特の形状をしている。こちらは睡眠ビンの効果を強化する特性がある。
 彼女は若草色の髪をリオハートZキャップから流し、ナルガXシリーズの男とは対照的に穏やかな表情を浮かべている。男が醸し出している緊張感を程良く中和しているようだ。
 そして、麻痺と睡眠に特化した成人のハンターたちに並ぶように二人の間に陣取る少年のハンターが身につけている武器もまた、状態異常に特化したものだった。
 強い毒の力を持つ【ヘイズキャスター】。古龍【霞龍オオナズチ】の素材を用いた作成難易度の高い、一見杖のように見えるがれっきとした操虫棍だ。五枚に折り重なる羽が紅葉のような形をしている【シナトオオモミジ】が左腕にしがみついている。本来猟虫は右腕につかまっているため、この少年は利き手が左なのかもしれないとリュカはぼんやりと考えた。
 防具の色はリククワと同化するような白色で、真紅の髪が鮮やかに映える。糸のように細められている目は笑っているような、腹の底に何かを隠しているような印象を受けた。
 白い鱗に覆われた装備は、武具の知識に長けるリュカでさえどのモンスターの素材を使っているのか把握できなかった。何より、この少年たちの素性に驚かされる。

「はああ!? 十六歳……って、オレらより十も年下なのに、お前までギルドナイトなのかよ!」
「そんなに驚愕する事? 見た目で偏見を持つと損するよ」

 ハンターの装備を身に着けているが、彼らはハンターでありギルドナイトの資格を持つ者たちだった。中でも、イリスよりは少し背丈がありそうだが、それでもリュカからすれば子どもにしか見えない少年までもがギルドナイトの称号を得ていることに信じられないと驚愕の声をあげた。

「立ち位置としてはバルバレで活動している【筆頭ハンター】に近いかな? 僕らは違法ハンターを裁くんじゃなくて、彼らが法を犯した現場を詳しく調査するのが役割だから」

 法を犯した。
 その言葉に全員が体を強ばらせる。苦い経験となったウルクススの撃退失敗、並びに幼体の討伐のことを指していると察したからだ。

「調査を終えて帰ろうとしたら、たまたまあの商人さんと郵便屋を見つけてさ。あんな雪道で大きな荷物を背負ってどこに向かうのかと思って一緒に行ったら、まさかこんな辺鄙なところに人が住んでるなんて驚いたよ」
「ここは氷海を調査する書士隊のためにつくられた村だからな。ヘンピで悪かったな」
「わあ、怒らないでよ」

 全く怖がる素振りも見せずリュカの悪態をさらりと流すこの少年は、相当図太い神経の持ち主のようだ。ただし隣の男がリュカをじっと睨みつけ、少年に手出しをさせまいと牽制している。
 それに気が付いたリュカが喧嘩を売っているのかと反応したのを見てか、リオハートZシリーズの女が小声で『シラト』と少年を呼ぶ。どうやら少年の名前らしい。それが聞こえたのはモーナコだけだったが。

「そろそろ戻ろう」
「うん、わかった。それじゃ、僕らはこれで」
「え、ええ。調査お疲れさま」
「ありがとう」

 ナレイアーナの労いの言葉に頷いて答え、ハンターたちは雪道を下っていく。後ろ姿が見えなくなるまでしばらく見送っていたが、ナレイアーナがいつもならこの辺で何かを言うはずの男が無言を貫いていることに気が付き、肘で突っつく。

「どうしたのよ、リュカ。黙りこくって」
「あのガキ、確かに相当の実力を持っていやがる」
「何かわかったんですニャ?」
「あいつの装備……色が変わっていて気付くのに時間がかかったけど間違いねえ、【ミヅハ真】だ」
「ミヅハ……【霞龍オオナズチ】の素材でつくられた防具か?」

 ワカの問いに静かに頷くリュカを見て、ナレイアーナはリュカがあの少年の才能に嫉妬をしているのだと感じた。自分より若い少年が、遙かに優れた防具を身に着けている。しかもギルドナイトを兼ねることができる相応の力の持ち主に、負けず嫌いの炎がくすぶっていた。

「あー! 何か狩りてえ! リッシュに何か討伐の依頼が来てねえか聞いてくるかな!」
「……たぶん討伐は無いと思うぞ」

 がむしゃらになって叫ぶリュカにブレーキをかけるのはワカだ。昂る感情に任せ拳を天に突き上げたまま、振り返る。

「なんでだよ、ワカ」
「モンスターの出現情報が最近出ていないからな。俺も書士隊の身分だから、その辺りの情報は把握しているつもりだ」
「ちぇー」
「ホント、アンタって野蛮よね。鬱憤晴らしがそれしかなくて」

 口を尖らせてつまらなさそうにするリュカを見てナレイアーナがからかうように笑う。それに反応してリュカが怒ればいつものやりとりの始まりだ。
 日常茶飯事のそれに飽きているワカは、書士隊の集う部屋のある母屋へ向かう。しばらくは仮に依頼が出ていたとしても、書士隊の仕事を優先しようと考えていた。こちらでも先日の出来事の報告書をイリスたちと共にまとめなければならないのだから。

「ナコ、数日ほど狩りは不参加になる。お前は自由にしていいけど、できればリュカたちの依頼の手伝いをしてほしい」
「わかりましたニャ、頑張ってくださいニャ」

 モーナコの頭を一撫でして、ワカが去る。主を見送って再び商人の元へ行けば、遠くでナレイアーナの背負い投げが見事に決まっていた。今朝降り積もった柔らかい雪の上に叩きつけたので、防具を身に着けてない状態でもさほどダメージは無さそうだ。同じく一幕を眺めていたアルが小さく笑う。

「いつも元気そうだね、あの二人は」
「ハンター同士で何度も言い合ったり投げ飛ばしているのを見たのは初めてですニャ」
「普通はしないと思うよ、あんなこと。……そうだ、今回は数日間ここに滞在するんだ。それで、お願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」

 にこっと笑うアルにモーナコは首を傾げる。商人からの頼み事。一体何だろうか、と内容を聞いてみる。

「お願いごとって何ですニャ?」
「せっかく氷海が目先にあるんだ、あそこでしか採れない【血石】を仕入れたいなと思って。加工して売り物にしてみるのがいいかな。私一人じゃ立ち入ることもできないし、氷海のことを知り尽くしている君たちに頼みたい」
「なるほどですニャ。それならリッシュさんに依頼書をつくってもらって、リュカさんたちが受注すればいいですニャ。ボクもワカ旦那さんがしばらく村でお仕事だから、お手伝いしますニャ」
「ありがとう。早速言ってみるよ」

 それから数時間後、アルの依頼によりリュカたちは血石の納品を行うためにピッケルを手に氷海へ向かった。心なしかいつもより船の速度が少し早い気がする、と思いながら。



 今回『こそ』は狩猟環境が安定しているらしく、大型モンスターと遭遇することは無いだろう。そのせいで狩人の血が騒ぎっぱなしの男が一人ごちる。

「あーあ、どっからかひょっこり大型モンスターでも出てこねえかな」
「もし出てきても、ボクらは狩っちゃいけませんニャ。ギルドとの約束ですニャ」
「納品の目標個数は五個です、頑張ってください!」
「ええ、行ってくるわね」

 氷の大地を力強く蹴って、ハンターたちがベースキャンプを後にする。そこについて行った足音が数歩進んだところで、止まるのを見てリッシュが首を傾げた。

「……? どうしたんですか、モーナコ」
「リッシュさんは、ずっとここでお留守番をしていますニャ。寂しくないんですニャ?」
「えっ……」

 振り返り、モーナコが船の座席に腰掛けていたリッシュを見上げる。大連続狩猟という例外は除いて大抵は一、二時間で調査並びに狩猟は終わるため、リッシュは船の上で本を読んだり辞書で調べものをするなどしてハンターの帰りを待っていた。

「そうですね……寂しくない、と言えば嘘になります。私はここで待つことしかできませんから。皆さんに早く無事に帰って来て欲しいと思っていますよ」
「それなら、ボクが話し相手になりますニャ! 採取だけだからボクがここにいてもあまり問題にはなりませんニャ」
「いいんですか?」
「リュカさんたちがボクを連れ戻しに来なければ、大丈夫ですニャ」
「……ありがとう、モーナコ」

 隣の席に座ったモーナコのマフモフネコフードを優しく撫でるとニャフ、と嬉しそうに笑う。主同様周りに気を配る性格に、リッシュは寒風に晒されていても心に温もりを感じていた。
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