狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第3話 対立する刃 後編

 ベッドに腰掛けるリュカの隣には、イリスが座っていた。一部始終を知ったイリスもショックを受けたが、今は兄の傍にいることを優先させた。

「なあ、イリス。オレは間違っていたのか? ウサギ野郎のガキは、あと一歩でワカを殺すところだった。ギルドから派遣された書士隊員を守るのが、護衛ハンターの役割だ。なのに、あいつはオレのしたことを批判しやがった。助けようと思っての行動を、だ」
「幼体のモンスターは、基本的に狩猟の対象になってないの。たとえ人間に害をなすモンスターでも、むやみに狩ってはいけない。……結果はどうであれ、兄さんはワカさんをモンスターから守った。護衛ハンターの職務を果たしたと私は思ってるよ」
「モンスターは敵だろ。今まであいつらがどれだけ人間に迷惑をかけたと思ってる? オレらも被害者だったじゃねえか」

 モンスターに憎悪の念を向けるリュカを見て、イリスは心が痛んだ。大切なものを奪われたこの兄にとって、モンスターは狩るべき憎き相手なのだと。

「モンスターも食物連鎖の一部よ。淘汰されてしまったら自然のバランスが崩れてしまう。今まで様々なことを学んできて、それを実感してる。兄さん、モンスターが憎いのは十分にわかるけど、平常心を失ってはいけない。ハンターの力は使い方を誤ると自然そのものを壊してしまう。ワカさんが言った“モンスターも自然の一部”というのは、そういう意味なの」
「…………。」

 床をじっと見つめてイリスの言葉を聞いていたリュカだったが、ゆっくりと立ち上がる。思わずイリスもつられて立ち、ドアに手をかける兄の背に声をかけた。

「兄さん、どこへ行くの?」
「食堂。何か食ってくるわ。お前はさっさと寝とけ」

 バタン、と音を立てて戸が閉められる。兄妹の会話を黙って聞いていたシフレも、心配そうに戸の先へ出ていったリュカを見送った。



 ナレイアーナはベッドの上で足を三角に折り畳んで座っていた。その表情は先と同じくずっと暗いままで、普段の彼女からは想像もできない、寂しげな顔をしていた。

「イアーナ」
「……【アイ】」

 ベッドの下から主の名を呼んだアイルー。ナレイアーナにとって妹のような存在である桜色の毛並みをした【アイ】だ。ベッドによじ登ると、ナレイアーナに寄りかかるように傍に座った。どうして彼女がこんなに塞ぎ込んでいるのか、アイにはわかっているから。
 そっと身を寄せるアイの温もりがじわりと伝わり、ナレイアーナは声を震わせて独り言のように語り出す。脳裏に焼き付いたウルクススの姿を思い浮かべながら。

「アタシには、わからない……。どうして、あそこまでウルクちゃんが頑張ったのか。子どもを守る母親って、あんなに強いの?」
「…………。」
「リュカとワカの言い合いにも、何も言えなかった。そもそもアタシには口を挟む資格なんて無いと思った。でも、見ていて……とても辛かった」

 二人の言葉はナレイアーナの心に重くのし掛かるものだった。だから、はじめは動けなかった。

『どうして殺したんだ!! モンスターとはいえ子どもを、未来ある子どもを!!』

 ワカの悲しみの叫びが、心に深く突き刺さった。

『あそこでオレが狩らなかったら、やられていたんだぞ!あのままあいつに殺されても良かったっていうのか!』

 リュカの怒りの叫びが、心を強く揺さぶった。

「アイ……。アタシには、わからないよ」
「イアーナ、今は休むのが一番ニャ。あっちの二人なら大丈夫ニャ。ほら、寝ようニャ。明日、元気な姿を見せてあげれば二人も安心するはずニャ」

 アイに優しく促され、ナレイアーナは掛け布団をめくり身を沈める。瞼を閉じると、遠い過去に置いていった人影が二人、ちらりと見えた気がした。



「幼体とはいえ、それなりの殺傷力があったみたいじゃな。それでも上着だけで済んだようじゃが」

 ワカとモーナコは鍛冶工房にいた。幼体のウルクススに背を切られたワカだったが、爪が成体ほどの鋭さではなかった上に、下には鎧を着込んでいたため傷を負わずに済んだ。工房の主も具合を確かめて判断している。

「修理はすぐにできそうですか、長老」
「なあに、ワシらにかかればほんの数時間でできるわい。のう、【ヌイ】、【ハリーヤ】」

 やや少なめの白髪を後ろに結い上げた竜人族の老人、【ムロソ】はたくわえたヒゲに指を通しながらあっけらかんと笑った。ちなみにワカが長老と呼んだのは、この村の長も担っていることに由来する。
 ムロソが声をかけた工房の奥には、道具を取り出していた鍛冶師と若草色のアイルーがいた。
 【ヌイ】は白の大地に映える褐色肌の女性鍛冶師で、桃色の長い髪をヘアバンドで留めており、熱でこもる工房のせいか露出している腕はハンターほどではないがかなり筋肉質。見た目から受ける印象通りの姉御肌で頼れる女性の一人だ。
 アイルーの【ハリーヤ】はところどころがすすけた毛並みが特徴で、主にアイルーの防具や衣服の仕立てを担当する。ヌイと同じく腕っ節はいいのだが、どこか慌てん坊でおっちょこちょいなところが憎めないムードメーカーである。

「修理自体は簡単だけどさ、何かトラブルがあったんだろ? そっちは大丈夫なのかい」
「トラブルっていうほどじゃ……」
「聞いてるよ? ワカ。お得意の観察眼が失敗したとか、リュカと口喧嘩したとか」
「…………。」

 ヌイの物言いにワカが押し黙る。ふむ、とムロソは傍にあった椅子に腰掛けると、立ったままのワカたちにも座るように指示した。

「前から思っていたが、主の観察眼は一体何を視ておる」
「長老さん、どういう意味ですニャ?」
「観察眼は狩りに慣れてきたハンターの一部が見いだす才能の一つじゃ。だが、観察眼で見抜くものは人それぞれだと聞いておる。色のついたもやを視たり、心臓の鼓動のように点滅する光を視たりするらしい。主は、どうなのじゃ」
「…………。」

 目を伏せていたワカだったが、顔を上げる。ムロソや、奥にいるヌイやハリーヤも自分を見ている。言わなければならない。下唇を少し噛み、ワカは自分なりの解釈を告げた。

「俺が視えるのは、黒い幻影です。その形は……あの【黒龍】を象っていました」

 ワカの口から告げられた名に場の空気が凍り付く。おとぎ話でしか語られない、古代大国に滅亡をもたらしたとされる邪悪な龍。その名を【黒龍ミラボレアス】という。
 観察眼の正体を知らなかったモーナコは身を強ばらせ、ヌイやハリーヤも驚く中、ムロソだけがほう、と関心を示した。

「……黒龍、とな?」
「視え始めた頃はただの黒いもやだったんですが、しだいに形がはっきりと見えるようになりました。あの姿はおとぎ話で描かれている黒龍そっくりでした。モンスターが窮地に陥ると、その幻影が体を覆うんです。……恐らく、モンスターが感じた死への恐怖が形になっているんだと思います」
「ニャニャッ!? ワカさん、なんておっかないものを見てるニャー」
「落ち着きな、ハリーヤ」

 『逃れられない死』を司る伝説の龍。そんなものを見通すワカの観察眼にハリーヤの毛がぞわぞわと波立つのをヌイがなだめる。そんな反応に構わず、ワカは首を横に振る。

「それが、俺に視える捕獲可能の合図でした。でも……」
「あのウルクススには何も視えなかった、と。主が視ていたのが死への恐怖なら、その答えは簡単じゃ」
「答えは、何ですニャ?」
「子への愛情が、恐怖を超越したのじゃよ。主も子を持つ親となれば、その気持ちがわかるじゃろうて。多勢に無勢の状況下、自分の身を犠牲にしてでも必死に子を守ろうとしたのじゃ。恐怖を見通す主の観察眼は、ウルクススの愛情に負けてしまったんじゃろうな」
「…………。」
「ワカ旦那さん……」

 モーナコが何かを察したのかワカの顔を見上げると、金色の目が悲しげに俯いている。その瞳が見ているのは、遠い過去のように思えた。
 黙り込んでしまったワカの肩をぽんと叩く。しわだらけの頬に更にしわを増やして、ムロソは優しく笑った。

「確実に捕獲できる状態でも捕獲玉すら効かない強い精神力を持った個体だったんじゃ、今回は相手が悪かった。気持ちを切り替えて、また次の依頼に望めば良い」
「アタシもそう思うよ。今のアンタ、すごく辛気くさい顔してる。酒でも飲んで憂さ晴らししてきな」
「お疲れだったニャー。ゆっくり休んでほしいニャー」

 鍛冶屋の三人組に背を押されワカたちは工房を後にした。廊下を歩きながら小さくため息をつく主に、モーナコの心中も穏やかではない。

「俺……ちょっと食堂に行ってくるよ」
「まさか、ヌイさんの言う通りお酒を飲むつもりですニャ?」
「それは違う。きっと、あいつがいるだろうから」
「ニャ……?」
「お前は先に部屋に戻ってくれ。話をしたら俺も戻るから」

 足取りはやや重いが、それでもしっかりと歩いている。主を信じ、モーナコは言いつけ通り部屋へ向かった。



 ワカが静かな食堂に足を踏み入れると、ぽつんと椅子に腰掛ける男を見つけた。入り口に背を向けているが、足音で既に自分の入室に気づいているだろう。あえて向かい合うように椅子を引き、座る。

「……何の用だよ」
「アンタと話をしようと思って」
「オレはお前と話すことなんかねえぞ」
「俺にはある。助けてくれたことに、お礼を言いたかった」
「…………。」
「ありがとう、リュカ。命拾いをした」

 そう言って頭を下げる律儀なハンター兼書士隊見習いの男にリュカはクソマジメ野郎め、と小さくぼやいて酒をあおった。ホピ酒が入った木製のコップを雑に置き、酒気を帯びた息を吐きだす。

「……ガキの頃、モンスターに故郷を破壊された。そん時に両親も死んで……イリスと、二人で遠い町に避難した」
「…………。」

 突然リュカが過去を語り始めたのは酒のせいもあるのだろう。ワカは黙って話しを聞くことにした。彼がどうしてあそこまで激昂した理由を理解したからだ。
 リュカ『も』また、モンスターに家族を奪われたために、とっさの判断で動いたのだと。

「だから、オレにとってモンスターは狩って当然の奴らだ。中にはあえて人間を襲う最低な奴もいるしな。お前もバルバレにいて狩猟笛を担いでいたなら、噂ぐらい聞いたことぐらいあるだろ? 樹海にいた【両耳欠のイャンガルルガ】を」
「……!」

 見開かれた金色の目にリュカはふふん、と上機嫌に笑う。普段冷静で落ち着いているからこそ、こういう反応を見るのが面白いと子どもじみた感情がわいてくる。

「その反応、知ってるみてえだな。狩猟笛のハンターばかり狙う奴だったらしいじゃねえか。たまたま発掘武器目当てで樹海に潜っていた時に遭っちまって、討伐した。ああいう奴はさっさと討伐しないと被害者が増えるだけだったしな」
「……モリザさん!」

 リュカの話を聞いていたワカが突然大声でモリザを呼んだ。狩猟笛使いの肺活量は凄まじく、腹の奥底から声を張ればかなりの音量になる。会話を聞かないよう離れた場所にいたらしいが、ワカの声に反応してモリザが顔を出す。

「どうしたんだい、ワカ。珍しく大声をあげて」
「俺にも酒を。ホピ酒でいい」
「ホピ酒を? アンタ、お酒は強くないって……」
「構わない」

 モリザにはワカが酒を飲んでいるリュカに合わせようとしているようには思えなかった。いつも冷静なこの青年の言動に驚くが、依頼で何があったかを聞いていたので要求を飲むことにした。
 ホピ酒をワカの前に差しだし、礼を受け取るとモリザは食堂を後にする。もう食事をとる住人はいない。あの二人のコップは明日片付けることにして、娘のいる部屋へ戻ることにした。互いをわかり合えることを願いながら。

「お前、酒強いのか? ……っ、おい!?」

 リュカの質問に答えずに、突然ワカがぐいとホピ酒をあおった。一気飲みに近い豪快な飲み方にますますリュカは混乱する。こいつは頭がいいんじゃなかったのか。頭がいいなら、度数の強いホピ酒を一気に飲んだらどうなるかわかっているんじゃないのか。

「アンタが狩ったイャンガルルガ、その親の個体を狩ったのは、…………俺なんだ」
「……え?」

 体内にアルコールが急にまわったためか軽くせき込んで頬を赤くしながら、少し据わった金眼がアイスブルーの瞳を射抜く。突然の行動と発言に、視線をそらすことなどできなかった。

「まだハンターに成り立てだった頃に樹海の探索をしていて、イャンガルルガと遭遇した。討伐した直後に幼体のイャンガルルガが現れて、親子だと気付いた俺は……アンタと同じく、そのイャンガルルガを殺そうとした。理由も同じ、独りっきりじゃ可哀想だと思ったからだ」
「なっ……」

 思わず言葉が詰まる。自分と同じことを、目の前のハンターは過去に犯していた。リュカの反応に考えていることが伝わったのか、罪から逃げるようにワカの目が伏せられる。

「でも……できなかった。俺が発した殺気か剥ぎ取りナイフに反応したのか、イャンガルルガも俺に明確な殺意を見せた。選択を間違ったと気付いた俺は逃げた。……それからしばらく経って、両耳欠のイャンガルルガの話を聞くようになった。狩猟笛のハンターを狙っていたのは……俺を捜していたからだろうな」
「……お前の行動が原因だったってことか?」
「そうだ。俺は誤った判断をした。未遂とはいえ、密猟をするところだったんだ。接触せずすぐに離れていれば、あのイャンガルルガも人間を……俺を憎んで復讐に溺れずに済んだのに」

 懺悔のように語るワカの過去に、リュカは頭が混乱しそうだった。この男は、常に理屈が無いと動かないと思っていたのだ。それが、その場の感情で子どものモンスターを狩るという過ちを犯そうとしたという。
 過去の汚点だから語りたくなかったのかもしれないが、ワカという人間の素顔を見られたような気がして、リュカは別段ワカを貶そうとは思わなかった。寧ろ不思議な縁があるものだと感じた。

「だから、あの時オレを非難したわけか」
「ごめん……俺と同じ道を歩んでほしくない一心だった。俺に、アンタを責める資格なんて無い。それも、助けてくれたというのに……」
「別に構わねえよ。オレもイリスに言われて少しは納得してた。自然のバランスを壊すことに繋がるってな」

 リュカの言葉を受けて、ワカがふっと静かに笑う。嬉しそうに、満足そうに口元を緩ませるが、金色の目はどこか眠たげだ。

「……リュカ、復讐に心を奪われては、駄目だ……人も、モンスターも、同じ結末を……、……。」
「お、おい? 大丈夫か?」

 言葉を細切れにしながらふらりとワカの体が揺れ、テーブルの上に突っ伏す。そして聞こえてくる寝息。それに気が付くと、リュカは大きなため息をついた。

「こいつ、言うだけ言って潰れやがった……」

 ホピ酒一気飲みでこうなるということは、あまり酒に強くないというのは本当だったようだ。それでも、自分にモンスターを狩猟する意味を考えてほしくて、酒の力を借りた。速射の勢いで一斉にまくし立て、この顛末だが。
 肩を揺すっても起きず深く寝入っているのを確認し、二度目のため息をつくと渋々と背負う。この寒い気候の中、やがて暖房が切れてしまうこの食堂に放置したら風邪をひくのは確実。確かに書士隊を護衛するのは自分の役割だが、それが酔っ払いであってもかとリュカは本気で悩んだ。

「ワカ旦那さん!?」

 主の帰りを気にかけていたのだろう、部屋の入り口でモーナコが待っていた。リュカの背で寝息をたてるワカの頬が赤いことに気が付き、モーナコもワカが何をしでかしたのか把握した。

「お酒を飲むなんて思わなかったですニャ。禁酒していたはずなのに」

 飲まない酒を一気に飲み込んで苦い過去を吐き出したあの行動は普段のワカからは想像できないもので、やはり感情任せでとった行動だったのだとリュカは改めて思った。

「ここまで運ぶだけでも一苦労だったんだから、感謝してくれよ」
「ありがとうございますニャ、リュカさん。掛け布団はボクが敷きますニャ」

 この酔っ払い野郎め、と言いながらベッドの上に落とす。乱暴に投げ落としたが、反応は無い。じゃあな、と部屋を去ろうとするリュカをモーナコが呼び止めた。

「ボクからもお礼を言わせてほしいですニャ。ワカ旦那さんを助けてくれて、ありがとうございましたニャ」
「書士隊員を護衛するのがオレの役目だからな。こいつにも直接礼を言われたし、お前が気にすることはねえよ」
「そうですかニャ……リュカさん、お願いがありますニャ」

 不意にモーナコのトーンが落ちる。あまりいい話ではなさそうだと思いつつも、リュカは耳を貸すことにした。

「なんだよ」
「ワカ旦那さんは、ボクが守りますニャ。それでもワカ旦那さんは、いつも危険な目に遭ってしまいますニャ。だから……これからもワカ旦那さんを守ってほしいですニャ」

 モーナコの真剣な表情に、リュカはモーナコがワカの何かを知っているように思えた。不意に眠るワカの左頬にはしる裂傷の痕に目がいく。あの時も、下手をすれば命を落としていたかもしれなかった。

「できる限り努力する。イアーナもいるし、まあ安心しろよ」
「ありがとうございますニャ」
「おうよ。おやすみ」
「おやすみなさいですニャ」

 部屋の戸を閉める。屋内とはいえひんやりとする空気は、夜が更けてきた証拠だ。そろそろ寝ないと明日に響く。
 夜が明ければ、新しい朝が来る。一瞬の陰りを見せた狩人たちの心にも、朝日が照らされるはずだ。
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