狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第3話 対立する刃 前編

 ウルクススとの遭遇から数日後、バルバレギルドから依頼が届けられた。イリスの予想通り、内容はウルクススの撃退。出現したウルクススは子育て中の母親であるという憶測から、子と共に氷海の奥地へ身を退いてもらうべく撃退せよとの旨が書かれていた。撃退が困難の場合は捕獲でも構わない、と付け加えられている。
 今回は狩猟のみの依頼のため、イリスは留守番だ。『気を付けてね、兄さん』と言われれば、リュカのやる気は俄然増した。



 氷海に着き、ナレイアーナが鋭い嗅覚でウルクススの臭いを追うと、エリア3にいることを察知した。そういえば、と顎に手を当てて思い返す。

「ワカ、アタシたちが初めて見つけた時もウルクちゃんはあそこにいたわね。もしかしたら、あの辺に巣があったりするのかしら?」
「その可能性は十分にあり得るな。巣に立ち入る必要は無いけれど、存在を知ることができれば調査の役に立ちそうだ」

 氷の壁を上っていくルートが、エリア3への一番の近道だ。ハンターたちは器用に岩に手をかけて上っていく。そして傾斜のてっぺんとなるエリア6側に見える白い毛の塊。ウルクススが辺りを気にしながらうろついていた。

「いたぜ。早速狩猟を始めるか」
「攻撃が過剰にならないように頼む、リュカ」
「そうならないようにお前の観察眼が活躍するんだろうが」

 全員で傾斜を駆け上がっていけば、ウルクススが即座に反応して威嚇をした。そして腹ばいになって素早い突進を仕掛け、狙われたリュカが転がって回避する。
 起きあがったウルクススの背後で女性の美しい歌声が響く。長い耳をぴくりと反応させてウルクススが振り向くと同時に女性の歌声の正体、ブルートフルートを構えたワカが一層息を強く吹き込んだ。

【高周波】

 柔らかな歌声が突如金切り声に変貌し、空気を切り裂くような音が狩猟笛を中心に放たれる。真正面から悲鳴を浴びたウルクススは意識が遠のき、足下がふらついた。聴覚の優れるウルクススには有効な旋律だ。

「そらよっ!」

 回避後ジークムントに力をため込んでいたリュカの一撃が背中に直撃する。更にナレイアーナが追撃し、ウルクススの体が前のめりに転がった。
 だが、ウルクススもやられるがままでは済まさない。起きあがるとすぐさま直進し、ジークムントを担ぎ直そうとしたリュカを突き飛ばした。モーナコが回復笛を吹いて傷を癒している間に再びワカが高周波を放ち動きを止め、ナレイアーナの援護射撃が続く。
 G級ライセンスを取得している三人にとって、ウルクススを相手にすることはさほど苦ではない。ただ今回は撃退が目的のため、討伐しないよう時々様子を伺いながら攻撃を繰り出していた。
 頃合いを見たワカがブルートフルートを背に戻す。前線で戦うリュカたちから距離をとり、姿勢を低くして金色の目でウルクススを視た。

「どうですニャ? ワカ旦那さん。視えましたニャ?」
「……いいや、まだだ」
「了解ですニャ、ボクも手伝いますニャ」

 ワカの判断を聞いてモーナコがガララSネコプーンギをブーメランのように投げ飛ばす。怒りに身を震わせるウルクススが両手の爪を交互に振るうが、リュカがそれらを全て受け流した。

「おい、視えたらすぐに言えよな! オレもイアーナも手加減ができねえんだから!」
「わかってる!」
「……?」

 珍しく声を荒らげたワカの反応にリュカは違和感を覚えたが、目の前のウルクススに意識を戻した。
 あちこちが傷だらけで、もはや満身創痍だ。白い毛を赤い血で染め、フーフーと荒い息を吐きながらハンターの前に立ちはだかるウルクスス。逃げるそぶりは一切見せず、ひたすらリュカたちを追い払おうと攻撃を重ねてくる。
 力強い一撃を防いだリュカの体が後ずさる。こちらの体力も無尽蔵ではない。狩猟が長引けばハンターたちもスタミナ切れを起こしてしまう。

「おい! こんなになってもまだ視えねえってのか!」
「…………。」
「聞こえてんのか! ワカ!!」
「どうしたのよ!」

 ウルクススの突進を身を転がして回避しながらリュカが怒鳴る。ナレイアーナも同様に叫んだ。二人に叫ばれても、ワカは沈黙を続けている。

「ワカ旦那さん……?」

 身動きせずじっとウルクススを見つめるワカの傍にモーナコが駆け寄るが、それでも険しい表情を崩さなかった。眉をひそめ、呟く。

「……視えないんだ」
「えっ?」
「何も、視えない。あのウルクススが瀕死に近いのは俺だってわかる。だけど、兆候が視えないんだ……!」

 困惑に満ちた声色でワカが叫ぶ。初めて見るワカの動揺した姿に、護衛ハンターも感化されるように焦りを感じた。正確だったはずの観察眼が当てにならないと判断したナレイアーナが、麻酔弾の装填を始めた。

「モーナコ、シビレ罠を張って! このウルクちゃんは間違いなく瀕死よ、こうなったら捕獲するしかないわ!」
「わ、わかりましたニャ!」

 リュカがウルクススの気を引いている内に、モーナコがシビレ罠を仕掛ける。直後に回復笛を吹いて意識をこちらに向かせ、うまくおびき寄せてシビレ罠の上に乗らせた。
 動けなくなったところを見計らい、ナレイアーナが麻酔弾を撃つ。丸まった背に確実に二発撃ち込まれたが、ウルクススは痺れているだけで麻酔に意識を淀ませる気配が無い。

「嘘っ……眠らないの!?」

 麻酔弾を受けても眠りに落ちないということは、まだ捕獲できる体力に達していないことを意味する。しかし、どう見てもこのウルクススは瀕死だ。想定外の事態に全員が戸惑いを隠せない。
 子を守るために立ちはだかる母親の見えない力に押されるように、ハンターたちは武器を構えたままわずかに後ずさりした。

「どうなってんだよ、こいつ……」
「このままじゃ、ボクたちがやられてしまいますニャ」

 狼狽えている間に、ウルクススがシビレ罠から解放される。お返しと言わんばかりにすぐさま地面を掘って雪玉を転がした。すぐにナレイアーナが迎撃するが、雪玉の陰になって滑走して突っ込んできたウルクススと接触して弾き飛ばされた。

「このっ……!」

 それでもハンターの意地でアスールバスターから手を離さない。体を起こし不安定ながらも射撃態勢をとると、真正面に立つウルクススの頭部めがけて通常弾を放った。

「――!」

 唸るような声をあげ、ウルクススの体が大きくぶれた。しまった、と全員の顔面が蒼白になる。
 ズン、と大きな音を立てて倒れ、そのまま動かなくなる。近くにいたワカが近づき、様子を伺う。首を横に振り、討伐……すなわち依頼の失敗を告げた。

「なんてこった……どうしてこんな時に限ってお前の観察眼が失敗したんだよ」
「すまない。こんなことは初めてだ」
「ワカのせいにしてもしょうがないわ。依頼に失敗したのは事実よ」
「そんニャ……」

 ウルクススの亡骸を囲み四人が俯く。撃退に失敗した彼らに、これ以上ここに留まる必要は無い。それでも諦められないことが一つだけあった。

「ウルクちゃんの子どもがどこかにいるのよね。せめて巣の場所だけでも把握できないかしら」
「見つけたところで、どうすんだよ?」
「巣の位置をギルドに報告するのが関の山だ。俺たちには、それ以上どうすることもできない。でも……探してみよう」

 このウルクススはこのエリア3から決して動こうとしなかった。ならば、守ろうとした子どもがいる巣が近くにあるはずだ。四人は辺りの捜索を始めた。



 ややあって、モーナコが雪を詰めて穴を埋めたような不自然な雪の壁を見つけた。すぐにワカたちを呼び寄せ、丹念に調べる。

「ウルクススの体高を考えると……ここを通り抜けることは可能だ。もしかしたらここかもしれない」
「それじゃ、確認してみようぜ」

 よっ、と軽い声を出してリュカが右足で壁を蹴る。あっさりと雪は崩れ落ち、トンネルのような通路が現れた。身を屈めれば通れる広さだったので、リュカを先頭に通路を抜ける。

「……マジかよ」

 通路の先は少し広い空洞になっていた。成体のウルクススが立ち上がれる高さなので、リュカたちも余裕で姿勢を正せる。
 辺りを見回せば凍った土の壁に覆われた洞穴の中心、氷海にわずかに生えている草をかき集めたクッションの上に小さなウルクススが身を丸めて眠っていた。幼体とはいえリノプロスほどの大きさはある。
 リュカの背後から顔を覗かせたナレイアーナが目を輝かせ、思わず呟く。

「す……すっごく可愛い」

 控えめなボリュームで喋ったつもりだったが、幼いながらもウルクススの優れた聴覚は声を拾いあげた。ふるりと体を振るわせて子どものウルクススが目を開ける。
 初めて見る人間にきょとんとした様子で、今のところは襲いかかる気配も無い。だが、モンスターを前に狩人の血が騒いだ男がふと口にする。

「こいつ、母親を亡くしちまったんだよな。これから先、独りっきりで生きていけんのかよ」

 すっと腰に付けている剥ぎ取りナイフを手にしたリュカを見て、ワカの顔色がさっと変わった。この後彼が何をするのかを予測し、思わず足が動く。

「どうせいずれ狩られちまうんだ、ここで狩っちまおうぜ」
「よせっ、リュカ!」

 リュカとウルクススの間に割り込み、ウルクススを背に庇うように膝立ちの姿勢で両手を広げる。怪訝な表情を浮かべるリュカに対し、ワカは首を横に振って糾弾した。

「俺たちは巣の位置を把握した。幼体のウルクススがいることも確認した。これだけで十分だ! このウルクススの命まで奪う必要は無い!」
「そいつは所詮モンスターだ! いくらガキでも、成長したらオレたちと敵対するのは変わらねえ。なら今の内に狩る方がいいじゃねえか!」
「モンスターも自然の一部だ。ハンターの心構えを忘れたのか、リュカ!」
「ワカ旦那さん!!」

 突然モーナコが叫ぶ。背後にいたウルクススが立ち上がり腕を振りあげていた。

「――!」

 振り向く間も無くウルクススの爪がワカの背中を切り裂く。前のめりに倒れた背に乗り上げ、今度は頭部めがけて爪を降り下ろそうとした。
 しかしそれよりわずかに早く、リュカのナイフがウルクススの眉間を貫いた。



 しばらくの間、静寂が続いた。ゆっくりと上体を起こしたワカが後ろを振り返り、ぐったりと横たわる小さな亡骸を見て息を飲んだ。

「リュカ……どうして!」

 よろよろと立ち上がり、リュカのコートをギリ、と音が出るほど強く掴む。怒りと悲しみが混ざりあった複雑な面持ちで、ワカは声を荒らげた。

「どうして“殺した”んだ!! モンスターとはいえ子どもを、未来ある子どもを!!」
「どうして、だって……? テメエ、自分が何されたかわかってんのかよ!」

 今度はリュカがワカの胸ぐらをつかむ。身長差があるためワカの足が地からわずかに浮くが、それでもワカは怯まずにリュカを睨みつける。その態度が気に食わなくて、リュカの眉間にしわが寄った。

「あそこでオレが“狩ら”なかったら、やられてたんだぞ! 偶然かもしれねえが、あいつは確実に頭を狙っていた! あのままあいつに殺されても良かったっていうのか!? テメエはそんな死に方で満足すんのかよ!」
「……!!」

 リュカの言葉の何かが引っかかったのか、ワカの表情が一変する。しかし、興奮しているリュカはワカの変化に気が付かなかった。

「気が乗らねえけどな、テメエが書士隊員である以上オレはイリスと同じくテメエも守らなくちゃならねえんだ! せっかく助けてやったのに、文句を言うなんておかしいだろ!」
「そ、それは……」

 マスクにより口元が隠れているものの、明らかにワカの表情は弱り果てていた。リュカの視線からも目を逸らし、金色の瞳が伏せられる。

「やめてくださいニャ、リュカさん……」

 主を助けようとモーナコが近づこうとするが、リュカに鋭く睨みつけられ足が竦む。あそこまで激昂していたら、何の気無しに近づこうものなら蹴り飛ばされてしまうだろう。
 すると、今まで黙っていたナレイアーナがずかずかと歩み寄って二人をそれぞれの腕で掴みあげ、引きはがすように放り投げた。ワカをその場に落とすように離したのに対しリュカは壁にぶつける勢いで投げたところに、普段からの二人に対する扱いが見てとれる。

「イアーナ、テメエ……!」
「……もう、帰ろう」

 ぽつりと言うナレイアーナの表情もまた、暗い。リュカもさすがにそんな状態の彼女に何も言うことができなくなり、燃えたぎっていた怒りはやがて消沈してしまった。

「これ以上ここにいるのは、辛いわ。早く、帰ろう」

 モンスターが好きなナレイアーナにとって、あの一幕は衝撃的だったのだろう。そう思った三人も同意し、巣を離れる。
 ベースキャンプに戻るとリッシュが四人を迎えたが、彼らに漂う重い空気に依頼の失敗を悟った。本当はそれ以上に大変なことになっていたのだが。

 ウルクススの撃退に失敗。更に、幼体のウルクススをギルドの許可無く討伐。

 リククワがつくられて以降、彼らが初めて犯した失態だった。
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