狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第2話 銀白色に埋もれた謎 後編

 雪に溶け込むようなウルクXシリーズをまとったナレイアーナはエリア3に入ってすぐのところにいた。しゃがんで遠くを伺っているようなので、同じく身を屈めて尋ねる。

「いたのか?」
「ええ。でも、何かおかしい。いつもと違う臭いがする。なんだろう……甘さを感じるわ」
「甘い??」

 ナレイアーナの感知能力は優れた嗅覚によるものだ。ペイントボールを使わずとも、モンスターのもつ体臭で位置を特定することを可能にしている。
 体臭以外の臭いも嗅ぎとることでモンスターの状態を把握することもできる能力は書士隊を護衛するハンターにはお誂え向きで、遠距離からヘビィボウガンを撃つだけでなく異常を知らせる役も務めていた。
 そんな彼女が嗅ぎとった異変。ワカは傾斜により丸まった背の一部しか見えないウルクススに何があったのだろうかと、氷の壁から少しだけ身を乗り出した。

「――!」

 その動きがいけなかったのか、わずかな気配を察知された。エリア4の入り口にいたワカたちに感づいたようだ。立ち上がって傾斜を見上げ、明らかにこちらへ殺気を向けている。あちゃー、とナレイアーナが手を額に当てた。

「アンタって、よくモンスターに見つかるわよね。狩猟笛を担いでいないのに気付かれるのは一種の才能だと思うわ」
「書士隊の身分としては、だいぶ迷惑な才能だけどな」

 腹甲を使い傾斜を一気に駆けあがってくるウルクスス。体当たりを全員が散らばって回避し、態勢を立て直したナレイアーナがアスールバスターを構えようとしているのを見てワカが目を丸くした。

「狩猟はしないって話だったろう、ナナちゃん!」
「これはポーズよ。アンタはさっさとエリア4を経由して逃げちゃいなさい。でないと、このウルクちゃんに麻痺弾を撃ち込んじゃうんだからね」
「ワカ旦那さん、ボクもイアーナさんと一緒に時間を稼ぎますニャ。今のうちに撤退してくださいニャ」
「……二人とも、気をつけて」

 踵を返して吹雪の中へワカが消えていく。ウルクススの前には武器を向けるハンターとオトモアイルーが残った。別のエリアにいるリュカたちにはペイントボールをぶつけてモンスターの存在を知らせ、頃合いを見てモーナコのシビレ罠の術で動きを封じている間にベースキャンプへ戻る算段をした。……が。

「何か声が聞こえると思ったら、何してんだ?」
「ニャッ!? リュカさんに、イリスさん!」
「ちょっと、なんてタイミングで顔出してるのよアンタ!?」

 エリア6の洞窟から姿を見せたのはリュカとイリスの兄妹だった。対峙しているところに現れる間の悪さに、思わずナレイアーナの声も上擦る。
 リュカの背後に立っていたイリスもウルクススの存在に気が付いたようで、ウルクススは狙いを変えるとリュカたちに向かって腹ばいに突進をした。腹甲を利用した滑走はモンスターの走行速度の中では俊敏な方で、あっという間に目の前に迫る。

「きゃっ!」

 すぐさまリュカが驚いて身動きができないイリスを抱き込んだまま転がって回避した。しかしウルクススは前足を器用に使いながらブレーキをかけ、体をぐるりと反転させて再び突撃を仕掛ける。
 それもどうにかかわすと、リュカはイリスをエリア4の方角に突き飛ばした。やや乱暴だったのは、余裕が無かったからのようだ。イリスも驚きつつ振り返る。

「ワカがさっきそっちから移動したわ。呼べば来てくれる距離だから、二人で先にベースキャンプに戻ってちょうだい」
「そういうことだ。オレらもテキトーに相手したら逃げるから、心配すんな」
「エリア4は吹雪いてるから気を付けてくださいニャ、イリスさん」

 頼もしい護衛ハンターにそう告げられ、イリスは頷くと覚悟を決めてエリア4に向かう。一方のハンターたちは態勢を立て直し、興奮しているウルクススと対峙した。
 武器を手に構えるが、攻撃はしない。あくまでウルクススに敵対心を持っているのは自分たちだと示すだけ。書士隊の二人が、ベースキャンプにたどり着くまで。

「目の前に獲物がいるってのに狩っちゃいけねえってのは、歯がゆいな」
「どうせこの後報告を出したら、いずれ討伐なり捕獲なり依頼が出されるわよ」

 そんなやりとりをウルクススの突進を回避しながらやってのけている二人を後目に、モーナコはエリア4へ姿を消した主と書士隊員を気にかけた。



 防具のおかげで吹雪の中でもなんとか動くことはできる。しかし強い風は油断すると体をもっていかれそうで、フードを両手で抑え込みながらイリスは助けを呼ぶようにワカの名を叫んだ。すると慌てた様子でワカが吹雪の中から姿を見せた。

「イリスちゃん、どうしてこっちに?」
「私と兄さんもウルクススと遭遇してしまったんです。それで、こっちを通って逃げて、って」
「わかった、行こう」

 視界の悪い中でイリスと離ればなれにならないように、ワカはクンチュウアーム(氷海のクンチュウを素材に用いたため、通常のそれとは異なり青色をしているのが特徴である)をつけた左手でイリスの手を握る。何かあった時に利き手で対応するためだ。
 ぐっと力強くも優しくもある力加減でイリスを引率していく。まるで兄のようだ、とイリスは頼もしさを感じながら吹雪の中を駆け抜けて行った。



 鋭い爪が横薙ぎに振るわれれば、ジークムントが阻む。地面を掘り起こして雪玉を転がせば、アスールバスターが破壊する。ウルクススの攻撃を全て潰しながら、リュカたちは傾斜の上でひたすら時間を稼いでいた。

「あとどれぐらい、こいつと遊んでりゃいいんだ?」
「イリスさんもいるから、少し時間がかかるかもしれませんニャ。もう少し様子を見る方がいいと思いますニャ」
「あー、確かにな。あいつは足が速くねえから」

 巧みに立ち回る三人だったが、不意にウルクススが崖下の方角に顔を向ける。意図を把握したモーナコが慌ててシビレ罠をポーチから取り出すも、遅かった。リュカも気が付き、思わず叫ぶ。

「やべえ! あいつエリア1に滑降していくぞ!!」
「ええーっ!?」

 リュカたちと交戦することに嫌気が差したのか、それとも下に獲物がいることを感じ取ったのか。ウルクススは傾斜の勢いを借りて一気に下っていく。ハンターたちも武器を背負い、前のめりに転びそうになりながら傾斜を駈け降りた。



 書士隊の二人はエリア4を抜けてエリア5へたどり着いた。ここまで来れば悪天候に苦しめられなくて済む。握っていた手を離し、ワカは先ほどのウルクススの気にかかることを考察した。

「イリスちゃん、ウルクススと接触したのなら何か違和感を感じなかったか?」
「違和感、ですか?」
「ナナちゃんはあのウルクススに“甘い”匂いがすると言ったんだ。それに、俺たちが見つけた時は地面を掘って食料を漁っていた。ウルクススが地面を掘り起こして食事をとるのは、基本的には疲弊している時や食料に難がある時だ。だけど、氷海の食料難の話なんて聞かないし、怪我を負っている様子も無かった。だから何かわかればと思ったんだけど」
「…………。」

 到達したエリア1を歩きながら、イリスはワカから託された情報を元に思考を巡らせる。ウルクススから発せられた甘い匂い、非常食の摂取。もしかして、とある推測が成り立った瞬間、またも手をぐいと引かれ体を強く引き寄せられた。

「ワ、ワカさん!?」
「まずい、上のエリアから降ってきたみたいだ」

 見上げれば崖から飛んでくる大きな塊。着地点を確認して距離をとるように離れれば、ウルクススが豪快に着地をした。
 時間稼ぎをしていたはずの護衛ハンターたちより、どうしても自分に興味があるらしい。モンスターに狙われる確率が高いことを自覚しているワカは、イリスを背に庇いつつ右手をポーチに突っ込む。

「やっぱりまだいやがったか! さっさと行けよな!」
「ごめん、間に合わなかった」

 怒号をあげながらリュカたちも飛び降りてきた。ベースキャンプはもう少しだが、このままではウルクススもついて来てしまい、ベースキャンプへ侵入を許してしまう。どうにか足止めをしなくてはならない。
 新たな獲物にじりじりとウルクススが近寄る。後ろ手にイリスを守りながら、ワカはタイミングを見定めた。そして爪を振りあげた瞬間、大声で指示を出した。

「イリスちゃん、目を覆ってくれ!!」

 言うと同時に閃光玉を足下に叩きつける。強烈な光が白い大地に反射し、ウルクススの視界を刺激した。視界を焼かれた痛みにウルクススは爪を振り回して暴れるが、その隙に駆け付けたモーナコがシビレ罠を張る。その後罠を踏みつけて電流がウルクススを拘束している間に全員でベースキャンプへ走り出した。




 リッシュに『おかえりなさい』と言わせる間も無く早く船を出せと急かすリュカをイリスがたしなめつつ、六人は氷海を離れた。勿論移動中にウルクススと接触したことも告げて。

「……そうでしたか、皆さんが無事で良かったです。おそらく皆さんの次の任務は、そのウルクススの討伐になると思います」
「討伐か。だいぶ気性の荒い野郎だったし、当然だな」
「あの、ウルクススのことなんですけど……」

 ぽつりと呟いたイリスに、舵をとるリッシュ以外の目線が向く。いきなり向けられた多くの目線に戸惑いつつも、イリスは言いそびれた推測を口にした。

「たぶん【撃退】になるんじゃないかと思います」
「撃退ぃ? 討伐でも捕獲でもねえってのか」
「あのウルクススはきっと……母親です」
「母親!?」

 思いがけない持論にワカが復唱する。それもギルドから下される命令は討伐でも捕獲でもなく、撃退ではないかという憶測にも全員が驚く。

「甘い匂いの正体は、おそらく母乳です。そして健康的な母乳を出すためには栄養が必須。そのために非常食としてとっておいた食料を掘り出していたのではないかと」
「アタシが嗅ぎとったのはお乳の匂いってこと? モンスターの母乳も甘いのは意外だったわ」
「気性が荒かったのも、子どもを守るためだと思います。どんな生き物でも、子どものためなら必死になりますから」
「なるほどな。それで、撃退になりそうだと」

 合点がいくハンターたちだったが、撃退は非常に難しい依頼とされている。モンスターの命そのものを狩る【討伐】、罠を駆使し眠らせて行動不能にさせる【捕獲】、そのどちらでもない狩猟が【撃退】だ。生命維持に繋がる部位破壊は行わず、適度に体力を奪うことで一時的に狩猟場の外へ追いやることが目的となる。
 モンスターが早々に撤退を行ってくれれば楽なのだが、そう簡単に退く気の無い縄張り意識の強いモンスターや闘争心の強いモンスターを撃退するのは一苦労だ。そのため狩猟の最中で誤って討伐してしまうことも多いという。それでも、彼らには秘策があった。

「撃退ってんならお前の出番だぜ、ワカ」
「……任せてくれ」
「アンタの【観察眼】、だいぶ精確だしね」
「ナナちゃんの【千里眼】並の嗅覚にはかなわないさ」

 先日ザボアザギルの捕獲に用いられたのが、ワカの持つ【観察眼】。捕獲できるタイミングがわかれば、傷つけすぎて討伐してしまう恐れを無くすことができる。一定のラインまで交戦し、モンスターが根負けするまで時間を稼げばやがて諦めて退いてくれるだろう。

「ひとまず今日の仕事はこれでおしまいだろうな。まだ昼飯前だってのに、もう終わっちまったのか」
「何言ってるの、アンタは薪割りの手伝いでもしなさいよ。いつもディーンにやらせているんだから」
「たまにはのんびりさせてくれたっていいじゃねえかよ! なあ、ワカもモーナコとゆっくりしたいだろ?」
「あいにくだけど俺は調査書のまとめと道具の調合があるからな、有効に使わせてもらうよ」
「兄さん、ディーンさんも書士隊のお仕事があるんだから時々村仕事も手伝ってあげてね?」
「……はい」

 何故か敬語で答えたリュカに思わずナレイアーナが笑いだし、つられてワカとモーナコも笑う。しまいにはイリスまで笑ったので、リュカはバツが悪そうに腕組みをして拗ねてしまった。
 そんな会話を後ろで聞きつつ、リッシュもまた控えめに笑いながらゆっくりと海岸に船を寄せていった。
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