狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第2話 銀白色に埋もれた謎 前編

 ぴす、と自分の鼻が鳴る音で意識が浮上する。吸い込んだ空気はしんと冷えていて、部屋を照らす心地よい明るさから朝が訪れたのだと認識した。
 瞼を開ければ、目の前には静かに眠る主の顔。どこまでもついていくと決めた、大切な大切な旦那さん。掛け布団に隙間ができないようにできるだけ小さく腕を動かして、裂傷の痕が残る左頬にちょんと手を乗せる。
 そうしてから少し時間をおいて開かれたハチミツ色の寝ぼけ眼にオトモアイルー、モーナコはにこりと笑った。

「おはようございますニャ、ワカ旦那さん」
「おはよう、ナコ」

 狩猟笛使いのハンター、ワカのオトモアイルーであるモーナコは元は原生林に住むメラルーだった。
 一年前にドスイーオスに襲われていたところをワカに救われ、尻尾を失ったものの命は助けられた。その恩を返すためにワカのオトモアイルーとなり、その背を支え続けた。今やワカの良き相棒で、このリククワに召集されてからも四人目のハンターとして狩猟に参加している。二人の絆の強さは誰もが認めるほどだ。
 狩猟ではワカと共にサポートに徹し、回復笛と新たに身に付けたシビレ罠の術でモンスターに大打撃を与えるアタッカーの援護を行う。ハンターのような強靱な肉体を持たないが、小回りの利く体でモンスターを翻弄する囮役を担うこともあった。更に小柄な体格は狭い場所をくぐり抜けることができ、人間である書士隊員にとっては探索という点でも頼りにされている。
 主と新天地にやってきて早一ヶ月。モーナコはワカの隣にいられること、自分の力が役に立っていることに満足感を得ながら暮らしていた。
 ベッドから降り、マフモフネコシリーズを身に着けているモーナコの傍でワカはフルフルXシリーズではない、別の防具をボックスから取り出していた。

「今日は“そっち”なんですニャ?」
「氷海の安全が確保されているから、今回は俺も調査の手伝いをしてほしいらしい」

 袖を通す衣服はイリスが着ている防具に似ているが、緑を基調とするイリスのそれに対しこちらは青。フードを被るのはまだ早いため、頭防具以外の防具を身に着けていく。

 寒冷地の調査に向かう書士隊員に配布される専用防具、【ルメッサシリーズ】。

 厚く丈夫な毛皮などを素材につくられており、耐寒に優れるが防御力に期待はできない。狩りをしない彼らにこしらえたため、大型モンスターの素材を用いた重い鎧は身に付けることができないからだ。
 ワカはハンターであると同時に書士隊員という変わった肩書きを持っている。ハンター歴は四年ほどだが、書士隊に入ってまだ数ヶ月のため、書士隊員としては見習いの域を出ない。
 もともと肉質をはじめとするモンスターの知識を蓄えていたが、ある目標を果たすためにワカは書士隊と二足の草鞋を履く決意を固めた。あまり自分のことを語らない性分だから、仲間のハンターたちには詳しいことを話していないようだが。

「さて、まずは朝ご飯だな」
「朝の一番の楽しみですニャ」
「その気持ちはわかるよ」
 
 軽く身支度を整えたワカとモーナコが食堂に行くと、既にリュカたちが椅子に座って朝食を待っていた。軽く手をあげて挨拶をし、二人も着席する。ワカの防具を見て『どちら』なのかを把握したリュカが、今日の調査について話をもちだした。

「今日はお前も書士隊側か。それじゃ、いつも通りの分担だな」
「ねえアンタ、たまにはワカと組んでみたらどうなの? イリスだって、いつもリュカと一緒で飽きてるんじゃないかしら」
「私は平気です、兄さんといると安心しますし。でも、時にはイアーナさんと調査をしたいと思うこともあります」
「だってさ、リュカ」
「ああ!?」

 そんなところでルシカが朝食を運んできた。ナレイアーナとリュカの会話をよそに、ワカとモーナコが挨拶を交わす。
 ヘブンブレッドに砲丸レタスとキングターキーをはさんだサンドイッチや、レアオニオンのスープなどが並べられていく。今日も美味しそうなメニューだ。

「ダ、メ、だ! イリスはオレが守るんだからお前はワカと組んでろよ」
「本当に聞かない男だね、アンタは」
「聞かない男で結構、俺が一番に守るのはイリスなんだからな」
「あー……そう」

 いい匂いがたちこめているにも関わらず、妹のことになると視界が一気に狭くなるリュカが握り拳をつくりながら力説する。目の前の朝食と兄を交互に見やるイリスを見てナレイアーナは軽く息を吐いた。

「ワカはハンターでもあるんだから、万が一モンスターと遭遇しても対処できるだろ? だけどイリスは違う。こいつは戦えない、だからいざとなったらオレが盾になって」
「リュカ、食べないのか? せっかくのスープが冷めるぞ」
「食べる!」

 今やリュカのブレーキ役になったワカが、朝食を餌にその口を止めさせる。わかりやすい男だ、と内心呆れながらスープに手を伸ばす。
 リュカの言うことももっともだし、ワカにとってナレイアーナとモーナコが傍にいてくれる方が気が楽だ。リュカに比べればモンスターの話が絡まない限りは大人しくしてくれるから、調査もしやすい。
 喉を通るスープは程良い塩味がきいていて、体も心も温まる。食卓が落ち着いてきたところで、ワカがイリスに重要事項を確認した。

「イリスちゃん、今回はどこのエリアを調べるつもりなんだ?」
「私はエリア6を。ワカさんはエリア4の調査をお願いしてもいいですか?」
「構わないよ。あそこはイリスちゃんじゃ厳しいからな」

 食事を終え、全員でモリザ、ルシカ母娘に礼を告げて各々の部屋へ戻る。食事には不要だった頭や腕の防具、そして武器を背負い準備を万端にしたら出発だ。
 書士隊員のイリスは武器こそ持たないが、以前から描きためているスケッチブックなどをポーチに入れていく。支度が整ったところで部屋を出ると、廊下の奥である男女を見かけた。声をかけようと近づいたところ、向こうから話しかけられた。

「やあ、おはようイリス。もう出るのかな?」
「おはよう。今日も頑張ってね」
「【ディーン】さん、【ユゥラ】さん。おはようございます」

 イリスが頭を下げる目の前の二人は、ルメッサ防具を着込む書士隊員の同僚だ。狩猟場には出ず、ギルドからの情報や調査に出向くイリスたちからの報告をまとめる内勤を担当している。
 元ハンターで穏やかな【ディーン】と、歌を愛する優しい【ユゥラ】。リククワで唯一の夫婦でもある。優れた能力を持つ書士隊員だが、何よりイリスを娘のように可愛がっている。リュカもこの二人は信頼しているらしい。

「いい報告が上がるのは嬉しいけど、イリスたちに危ない目に遭ってほしくないわ。だから、無理はしちゃ駄目よ」
「はい、大丈夫です。兄さんがいますし」
「そうだね。リュカはしっかりと守ってくれるから安心できるよ」

 気を付けて行ってきてね。二人にそう言われ、イリスは笑顔で手を振って集合場所である入り口へ向かった。



「日没までには戻ってきて下さいね。もしモンスターが出現した場合は狩猟せず引き返して下さい、ギルドに報告を出しますから」
「わかってるよ。じゃ、留守番を頼むぜ」

 いつも通りベースキャンプに停めた船にリッシュを待機させ、書士隊員と護衛ハンターは氷海の奥地へ向かう。エリア5までは全員で移動するが、ここでそれぞれ目的のエリアへ向かうことになる。

「エリア6はよくクンチュウが邪魔してくるから、ちゃんと追い払いなさいよ」
「言われなくたって、きっちりやるっての」

 相も変わらず軽口を叩きながらリュカとナレイアーナが別れていく。イリス、ワカとモーナコもそれぞれの護衛ハンターについて行った。
 エリア6は氷海の中では比較的広いエリアだ。そのため大型モンスターが闊歩しやすく、遭遇率も高い。安全が確保されているとはいえ、万が一のことも考えてリュカは辺りを警戒した。
 ひとまず大型モンスターがいた形跡も見つからず、ワシャワシャと多数の脚を蠢かせてこちらを威嚇するクンチュウを蹴り飛ばして遠くへ追いやっていると、イリスがしゃがんでスケッチブックに何かを描き始めていた。背後から身を屈めてのぞき込む。

「何を描いているんだ?」
「見える? 兄さん。この氷の壁の向こう」
「向こう……ん? なんか、いるのか」

 イリスの目の前に広がる純度の高い氷の壁。うっすらともやがかかっているが、その奥に見える大きな影にリュカは目を凝らす。
 スケッチブックに視線を落とし、壁と何度も見合わせるとようやく大きな生物の骨格を捉え、あまりの大きさに思わずへえ、と息が漏れる。大きく開かれた口とそこから生える鋭い牙は、そこらの大型モンスターよりもずっと巨大だ。

「でっけえな。古龍並じゃねえか?」
「うん。でも、この生き物が何かはまだわからないの。そもそもいつから氷の壁に閉じこめられているかもわからないし、図鑑に存在しない希少価値の高いモンスターかも」
「ロマンがある話だな。そんな奴が、どうしてこんなところに埋まっているんだ?」
「それもわからないの。この氷海は一瞬で大地が凍り付いてできた土地だっていう説もあるけど、成り立ちから謎が多くて。その謎を明かすのが私たちの仕事で、目標なんだと思う」
「ふーん」

 氷の壁を凝視しながらペンを走らせる妹の真剣な姿にリュカはしばし黙って見守っていたが、やがてからかうように転がりながらふくらはぎにぶつかってきたクンチュウに怒鳴りながら再び蹴飛ばした。



 一方のナレイアーナたちはエリア4へ。このエリアだけは他のエリアと異なり、常に吹雪いており視界も悪い。しかも調査対象になる大型モンスターが寝床にする巣が崖の上にあり、一般人並の体力のイリスではたどり着くことができない。
 しかし、ハンターを兼ねるワカならば多少の悪天候も構わずに崖を上ることができる。書士隊員としての業務も増えたため以前より体力が若干落ちているが、まだまだ現役ハンターの範囲だ。
 先にナレイアーナが崖を上りきると、少し後に上ってきたワカの腕を掴み、背にしがみついていたモーナコごと上らせる。リュカを軽く投げ飛ばす腕力を持つナレイアーナにとって、彼より二〇キロ以上軽いワカを片手で持ち上げることなど造作なかった。一方のワカはありがとう、と言いつつも複雑そうな表情を浮かべているが。

「真新しいものは見あたりませんニャ」
「巣は特に変化無しか。あとは……。」

 巣の確認をしたワカが振り向いた先には、壁に寄りかかるように放置された大きな鱗があった。以前から情報が寄せられていたこの鱗は、ただのモンスターの鱗ではないようだ。赤と黒が入り交じった鱗は光沢が無く、まるで錆び付いた色をしている。
 しかも気になるのは鱗だけではない。見上げれば大きなモンスターらしき生物の頭部が氷の壁のてっぺんにもたれ掛かるように圧し掛かっていた。うっすらと透ける薄さをもつそれは、皮のようだと書士隊の調査結果が出ている。

「この鱗といい、あの皮といいこっちも謎が多いわね。あれさ、ワカは何のモンスターだと思う?」
「俺だけじゃなく、ディーンやユゥラさんも推測しているんだけど、もしかしたら【クシャルダオラ】の脱皮した殻じゃないかなって」
「クシャルダオラ様!? すごいじゃない、つまりここにいたことがあったのね!」

 モンスターの中でもとりわけ古龍は特別な存在らしく、様付けで名を呼ぶナレイアーナの高揚っぷりにワカは苦笑いを浮かべる。こうなると彼女のペースに振り回されてしまう。

「あのスマートなフォルム、凛々しい顔、風を操る神秘的な力、どれも素敵よね。いつかは会ってみたいわ! もちろんその後は討伐ね」
「研究をする俺たちの身にもなってくれよ……。」

 見るのも好きなら狩るのも好き。『骨の髄まで愛する』といえば聞こえが良さそうだが、生体を深く調べたい書士隊にとっては過激に感じ取られてしまうのは当然のこと。
 大きな抜け殻や鱗は無理に持ち出そうとすればあっけなく崩れてしまいそうで、こうしてたまにこの一帯に変化が無いか確認をするだけだが、その度にワカはクシャルダオラという古龍に思いを馳せていた。

(風を操り、時には吹雪を起こす。天空を荒らす力か。人間はもちろん、他のモンスターにとっても脅威だろうな)
「ねえ、ワカ」
(全ての因果は古龍なのは間違いない。きっと、俺の……)
「ねえってば、起きてる?」
「……あ、ごめん。考えごとをしていた」

 いつの間にかいつものテンションに戻っていたのか、ナレイアーナがワカの肩を軽く揺すっていた。ようやく反応を示したワカにナレイアーナは軽くため息をつきながら肩を揺すった理由を話す。

「モンスターの臭いがするわ。しかも、近い」
「近くに……!?」
「ニャ、待ってくださいニャ!」

 立ち上がるや否やすぐに崖下へ飛び降りる。二人のハンターが着地した後に軽い音と共にモーナコも降り立った。ナレイアーナの目線の先は傾斜のあるエリア3へ向けられていた。

「イアーナさん、何のモンスターですニャ?」
「キノコや木の実の匂い……これを食べるモンスターといったらウルクちゃんじゃないかしら」

 【白兎獣ウルクスス】。白い体毛や頭から生えた長い耳が特徴のモンスターだ。ウルクススは非常食用として地面にキノコや木の実を埋めているという。それを掘り起こして食べているということだろうか。ウルクススの生態についても深く学んでいるワカは推測する。

「安全が確保されていたはずなのに、想定外だわ。気になるわね」
「ナナちゃん、リッシュちゃんの言ったことを忘れたか? 遭遇しても狩猟は無しだ。俺たちはフリーハントをしていい身分じゃない。だから探しに行っても意味が無い……」
「ワカ、こっちよ!」

 ワカの苦言など聞きもせず、ナレイアーナは手を振りながらエリア3へ走って行った。気ままな彼女の行動に『ええ……』と落胆ような声が思わずこぼれてしまう。立ち尽くすワカにモーナコが見上げて話しかけた。

「ワカ旦那さんは女の人に甘いですニャ」
「……女の子には優しくしろって言われているから、どうしてもな。行くぞ、ナコ」
「ハイですニャ」

 ああなっては仕方がない。諦めたワカはモーナコを連れてエリア3へ向かうことにした。ただ、今の自分はハンターではなく書士隊員。それも防具だって直撃したら致命傷を避けられない。気を引き締めてナレイアーナを追いかけた。
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