狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第1話 奇士、氷海を駆ける 後編

 バルバレギルドが管轄する狩猟フィールドはいくつもあるが、未だ書士隊の手が深く入り込んでいない場所の一つが氷海だった。人間には厳しい極寒の気候に加え、船を使わなければ入れない土地はなかなか調査が進まないという。
 そのためバルバレギルドは氷海に近い土地に新たな拠点を設け、氷海の調査だけに専念する書士隊や護衛ハンターを定住させることを考えた。もちろん彼らに必要な設備は最低限用意してある。

 拠点――そこに住む彼らはいつしか『村』と呼ぶようになった――の名は、
 【リククワ】という。

 船を下りた先も雪が覆い被さる海岸。その先に広がる森の中にリククワがある。卵が入った氷のボックスを再びリュカが抱え、六人は拠点に帰還した。
 太陽は既に海の向こう側に沈んでおり、一層冷える夜が目前に迫っている時刻を迎えていた。早く手続きを済ませるべきだと誰しもが思い、自然と足並みが速くなる。
 卵を入れたボックスは後にギルドの人間が飛行船で回収にやって来るので、それまで倉庫に保管することにした。ハンターたちは装備を鍛冶屋に預け、食堂へ向かう。お待ちかねの夕飯の時間だ。
 何時間も狩りを続けるハンターは、エネルギーとなる食事の摂取量も一般人の並ではない。そのため、しっかり料理人も雇われている。続々と聞こえてくる足音に、料理人もにっこりと笑って出迎えた。

「おかえり、みんな。しっかり依頼はこなせたのかい?」
「【モリザ】の母ちゃん、ただいま! もちろんバッチリ大成功だぜ」
「そりゃ良かった、今からつくるから待ってなよ。【ルシカ】、手伝っておくれ」
「はーい」

 赤茶色のウェーブがかった髪が揺れ、少し出っ張ったお腹も揺れる。『おばちゃん』と親しみを持って呼べる風格を持つ料理人の女性【モリザ】だ。厨房に向かって呼んだ【ルシカ】は娘であり、母娘で食堂を担当している。モリザはハンターたちも自分の子のように可愛がっており、実際リュカは堂々と『母ちゃん』と呼ぶほどだ。
 椅子に腰掛けて話をしながら待っていると、やがてジュージューと肉が焼ける音や食材が煮詰められる匂いにつられて誰かの腹の虫が咆哮をあげた。思わず全員で顔を見合わせて笑うが、誰のものであろうと構わない。それほど美味しい料理なのだから。
 やがて大量の料理が山盛りにされている皿を両手にルシカがテーブルの傍に立つ。母によく似た人懐っこい笑顔でハンターの帰還を祝福した。

「お疲れさま、みんな!」
「よう、ルシカ。今日の飯は何だ?」
「ミックスビーンズのサラダにモスポークのステーキでしょ、特産キノコをたっぷり入れた塩ミルクのホワイトシチューに、あとはトーストしたジャンボパン。お酒はホピ酒だよ。度数が高いからリュカだけね」
「んー、美味しそう! いただきます!」

 ナレイアーナの号令で一斉に料理にかぶりつく。そんな光景を見てモリザがくすりと笑う。全員成人であるはずなのに、食事となればまるで子どものようにワイワイと場を賑やかにする。こんなに美味しそうに食べてくれるのだから、腕を振るった甲斐があるというものだ。

 何より、調査の依頼が出る度にこの幸せそうな光景が見られなくなってしまうのではと少しだけ不安を抱くこともある。ほんの少し、だが。

 大陸は違えど、寒冷地の出身というだけで偶然集められたハンターと書士隊の若者たち。同じ狩猟場に通い続けることは相手取るモンスターの面子も限られて狩り慣れやすいと言えるものの、調査が中心のために時には地図にも乗らない場所へ向かうこともある。
 護衛ハンターにとっては、いつどこで何が起こるかもわからない不安定な狩猟環境。それでも調査をする書士隊のために、護衛ハンターは未開の土地へ足を踏み入れる。拠点を発つ彼らの後ろ姿に、一人の男の幻が重なってしまうこともあった。

(あの子たちは、“ああ”なってほしくないものだねえ……)
「母ちゃん! ステーキ、おかわり!」
「リュカさんの食べるスピードはティガレックス並ですニャ」
「落ち着いて食べてよ、兄さん」
「ははっ! 構わないさ。ルシカ、空いた皿を持ってきてちょうだい」

 モリザは陰鬱になりかけた気持ちを振り捨てた。まずは自分にできることをこなすことが賢明なのだから。



 夕飯を終え、リュカは一人屋外へ出ていた。近隣に大型モンスターの脅威は無いが、万が一のために厚い氷の壁が入り口以外の三方向を覆っている。遠くから見ればまるで氷の要塞のようなこの拠点は、あくまで調査のためだけにこしらえたものであって、居住するための空間ではないと暗に示しているように思えた。
 拠点の中心に、氷結晶やノヴァクリスタルを用いた鍛冶屋自慢の一品である氷像が建っている。モデルは寒冷地にも姿を見せたことがあるという古龍、【鋼龍クシャルダオラ】だ。
 等身大につくられた氷のクシャルダオラは空へ向かって吼えるように首をもたげており、限界まで広げられた翼は村のあちこちに灯る明かりに照らされてとても神秘的だ。リククワのシンボルとしてつくられたそうだが、今となっては守り神のような存在になっている。
 氷像の台座に腰掛けるスペースがあり、リュカはどかりと腰をおろして満点の星空を見上げる。星がはっきりと見える夜を経た朝はとても冷え込む、とワカに言われたことを思い出す。モンスターのこと以外にもやたら詳しい、変わった男だと悪態をつきながら。

(村ができてから、そろそろ一年か。イリスもだいぶこの生活慣れてきたみてえだな)

 リュカがハンターを始めたのは十八歳の頃だった。それから八年間、様々な挫折を味わったりもしたが、今ではG級ライセンスを取得した腕利きの大剣使いにまで成長している。
 彼の原動力は全て妹だった。リュカにとって、唯一の家族。頭も悪ければ喧嘩しか取り柄の無い自分に何ができるのか考えた結果飛び込んだ世界だったが、ここまで来られたことは胸を張ってもいいだろう。ナレイアーナに聞かれれば調子に乗るなと笑われるから、絶対に口に出さないが。
 そんな兄を見てイリスはハンターの手助けができる仕事に就くことを目指し、やがて超難関と言われる試験を見事抜けて書士隊員となった。弱冠十七歳で書士隊員に就いた少女は三年経った現在、書士隊員の中でも中位に座する立場にある。出来の良すぎる妹を持ったが故に、リュカは常に妹に不埒な男を近づかせまいと狩猟以外でも護衛をしていた。
 それが、ここ数ヶ月の間に妹の傍に立つことを許さざるを得ない男が現れた。待遇を考えれば渋々認めるしかない。そう、渋々だ……と、そんな考えに行き着いたところで、ちょうどその人物を見かける。あちらも気が付いたのか、リュカを見つめていた。ハチミツのような金色の眼に松明に照らされた赤い灯が映りこんでいる。

「どうしたんだ、そんな所で」
「……お前かよ」

 倉庫の入り口でこちらを見つめているのはワカだった。調合をしていたのだろう、回復薬を詰めた大きめの革袋を抱えてこちらへ歩いてきた。空を見上げ、白い息を吐き出す。

「この夜空の様子だと明日は冷える。冷えない内に部屋に戻った方がいいんじゃないか」
「そういうお前はまだ調合すんのか?」
「これをボックスに入れたら寝るつもりだ」
「あっそ」

 やはり知識を織り交ぜて話をしてくる。ひけらかす意図は無いのはわかっているが、余計なお世話だと感じることもたまにある。黙って立ち上がり、黒土色の頭を見下ろす。ワカも決して小柄な体格ではないが、一九〇センチメートルのリュカからすればほとんどの相手の頭のてっぺんを見ることになる。
 リュカが部屋に戻ると判断したワカは倉庫へ向かおうと背を向ける。しかし、数歩歩いたところで足を止めてリュカ、と名を呼んで振り返った。

「俺とナコはここに来てまだ少しの時間しか過ごしていない。でも、バルバレでハンターをしていた頃と、今の氷海はどこか違う気がするんだ」
「じれったい言いまわしをすんなよ。何が言いてえんだ」
「これからは、もっと奥深い場所へ危険を冒してでも調査をすることになるのかもしれない。俺はともかく、イリスちゃんに危害が及ぶ虞も否定できない」
「…………。」

 頭が良いというのは、こうも面倒臭いことを考えるものなのか。淡い藤紫色の髪を短く刈った頭をボリボリとかく。今後のことを不安に思っているようだが、そんな考えごとなど時間の無駄だとリュカは鼻で笑った。

「そのためのオレたちだろうが。何ビビっていやがる、お前らしくねえ」
「……そうだな。アンタとナナちゃんがいれば百人力だ。俺の考えは杞憂だった、アンタの言葉を信じるよ」

 おやすみ。最後に一言付け加えてワカは倉庫へ入って行った。いきなり不穏なことを言い出したハンター兼書士隊の新入りにリュカは一瞬心の中に波立つものを感じたが、それでも自分がするべきことはただ一つ。

(オレは書士隊の護衛ハンターだ。どんな奴が立ち塞がったって、全部ジークムントでたたっ斬ればいい)

 決意を固めたところで母屋へ戻ると、ちょうどイリスが扉を開けて外へ出るところだった。きょとんとした兄に対し、妹は心配したように眉を下げた。ぎゅう、と握りしめる両手は彼女が意見を強く言おうとする癖だ。

「兄さん! 部屋にいないから、どこに行ったのかと……」
「オレが狩りでもないのにお前の傍を離れることがあるか? ちょっと冷たい空気を味わってきただけだ」
「そう……でも、ちょっと外に居すぎだよ。こんなに冷たい」

 ほら、とイリスの白い手がそっとリュカの健康的に焼けた頬を包む。屋内で十分暖を取っていたのだろう、とても温かい。揺れた髪からふわりと漂う石鹸の匂いから、風呂にも入ったようだ。安心感を得たことにより、体が睡眠を欲し始める。

「オレはもう寝るから、お前も明日に備えろよ」
「うん。おやすみ、兄さん」
「おやすみ」

 そう言って別れた後に部屋に戻ると、オトモアイルーが薪をくべて待っていた。少し前に氷海にいたところをスカウトした女性のアイルー、【シフレ】。一般的なアイルーの毛並みをしているが、両耳が前に垂れているのが特徴だ。

「今日もお疲れさまニャ、旦那さん。まだ起きているニャ?」
「いいや、もう寝るよ。部屋、あっためてくれてサンキュー」
「どういたしましてニャ」

 シフレは以前別のハンターに雇われていたが、狩りの中で死別してしまったという。各地を転々としていた彼女をある狩猟中にスカウトし、本職のオトモアイルーではなくルームサービスとして雇った。既にモーナコという四人目の枠が予約されていたからなのだが、彼女がここにいることに幸福感を得ているのなら連れてきて良かったと思う。
 ベッドに上がり掛け布団に体を滑り込ませると、足元がぽかぽかと温かい。紅蓮石を細かく砕いて懐炉に仕立てた布袋を入れてくれていたようだ。定位置であるベッドの下に置いてある厚めのクッションに身を丸めようとするシフレの頭をぽん、と撫でにっと笑う。

「こっち来いよ。お前を湯たんぽがわりにして寝るから」
「構わないニャ。ワタシも旦那さんで暖をとるニャ」

 ニャフ、と幸せそうに笑うシフレをぎゅうと抱きしめて掛け布団の中に案内する。ちょっと汗臭いニャ、と言われてそういえば風呂に入るのを忘れていることに気が付いた。
 まあいいや、明日は早起きをして一番風呂を楽しもう。シフレも巻き添えだ。朝飯は何だろうか。大型モンスターが調査の邪魔に現れないでほしい。あれこれ考えている内にリュカの思考はどんどん微睡んでいき、やがて深い眠りに落ちていった。






 海を隔てた森の中につくられた、雪の名を持つ拠点。

 雪と氷に覆われたしんしんと冷える厳しい気候の中、彼らは己の信念を貫くために生きていた。

 広い世界のほんの片隅でしか語られない、名を知られることも無かった狩人。

 しかし、彼らを知るごく一部の者は、彼らをこう呼び称えたという。

 ――【銀白色の奇士きし】と。
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