狩人話譚

□ 銀白色の奇士[1] □

第1話 奇士、氷海を駆ける 前編

 見渡す限り広がる青々とした海。海上を走る風は凍えるほど冷たく、潮風に乗って氷塊がゆらゆらと流れていく。
 バルバレギルドが管轄する氷に閉ざされた大地、【氷海】。常に寒風に晒される気候は人が定住できるものではないが、あえてこの極寒の地に何度も足を踏み入れる者たちがいた。

 晴天といえど氷点下を指すであろう寒さの中、モンスターとハンターの声が交錯する。狩猟が行われている最中だった。
 力強い咆哮を放ち全身に氷を鎧のようにまとったモンスター、【化け鮫ザボアザギル】。目の前にいた獲物めがけ爪を振るうが、攻撃対象となったハンターは身を転がらせて回避した。背後にも獲物がいると察知し振り返ったザボアザギルの目の前に、大剣を構える男が立ちはだかった。
 鎧の上にコートを羽織ったようなベリオXシリーズの出で立ちはまるで騎士。フルフェイスタイプの兜から表情を覗くことはできないが、奥に見えるアイスブルーの瞳がしっかりとザボアザギルをとらえている。両手に支えられ宙に浮く大剣【ジークムント】は鼓動のように赤い光を放ち、今にも爆発しそうな強いエネルギーを溜め込んでいた。

「そんな鎧、身に着けたってムダなんだよっ!」

 言い放つと同時に重い一撃を大地を叩き割るように振り下ろす。刃から発光するそれと同じ色を灯した炎が発せられ、衝撃と共にザボアザギルの氷の鎧を打ち砕いた。それだけでは終わらず、自分の体ごとぐるりと回転させもう一撃を浴びせる。悲鳴をあげたザボアザギルだったが、まだ奥の手はあると突然全身に力を漲らせた。

「うおっ!?」

 行動を予測していたものの、回避が遅れた大剣使いの男が突然膨張したザボアザギルの体に押しやられてひっくり返った。近くにいたハンターに寄り添うように立っていたオトモアイルーが角笛を取りだそうとしたので、その必要は無いと手を挙げて合図を送る。立ち上がれば、風船のように体をパンパンに膨らませたザボアザギルがうなり声をあげていた。まだまだ戦うつもりのようだ。
 普通ならば、このまま狩りを続行する。しかし彼らは『普通』のハンターではなかった。

「おい、“まだ”か?」
「いいや。まだ“視えない”」

 大剣を背負うと隣にいるハンターに尋ねるが、あっさりとした返答にそうかよ、と同じく端的に返す。討伐ではない今回の依頼、全ては少し前から武器――赤い布でぐるぐる巻きにされた先にはフルフルの口を模した外見こそ不気味だが、その音色は美しい女性の歌声だという狩猟笛【ブルートフルート】――を背に戻し攻撃の手を止めている、この男に委ねられているのだから。
 膨張した体に攻撃することは可能だが、あの形態のザボアザギルは氷の塊を吐き出したかと思えば自身を球のように転がしながら獲物を押し潰そうとするなど、接近して戦うには危険を伴う攻撃が多い。だが、彼らにはまだ仲間がいた。

「二人とも、そこにいちゃ当たるわよ」

 少し離れた場所でヘビィボウガンを構える女性ハンターが片膝を氷の上に突き、射撃態勢に入っていた。低く身構えることで自身の反動を軽減させ、弾の連続発射を可能にするヘビィボウガン特有の構えだ。
 ボウガンを水平に構え、照準を合わせるとにこりと笑う。その微笑みは誰しもが見惚れるほど可憐だが、開いた口から出た言葉に容赦の欠片など微塵も無かった。

「その格好じゃかえっていい的ね、ザボアちゃん。穴だらけにしてあげる!」

 銃身を彩る鮮やかな青はガララアジャラ亜種の鱗。パワーバレルを装着した銃身はまるでガララアジャラの嘴のような【アスールバスター】が火を吹いた。息継ぐ間も無く打ち出される反動でウルクXキャップの耳飾りが揺れる。
 連続で発射される通常弾が次々とザボアザギルの膨らんだ腹部へ命中する光景にえげつねえな、とやや引き気味に笑う大剣使いの男とは反対に、狩猟笛使いの男が彼女の指示通り少し離れた場所でしゃがみこんでザボアザギルの様子を窺っていた。
 フルフルの素材でつくられたマスクから白い息をこぼしながら、金色の瞳がザボアザギルの『何か』を探している。集中力を高め、ヘビィボウガンの狙撃が続く中あと少しというそれをようやく見つけだした。勢い良く立ち上がったので、傍にいたオトモアイルーが男を見上げる。機は熟した、とオトモアイルーと目を合わせて命令を出す。

「視えた、頼んだぞ」
「お任せですニャ!」

 指示に反応してマフモフネコ防具を身に着けたオトモアイルーが駆け出す。ザボアザギルに向かっていく後ろ姿を見送ると、男は一人現在地のエリア2からエリア1の方角へ走り去った。本当の目的を果たすために。
 アスールバスターの攻撃により体力を削られたザボアザギルは疲弊しきっており、接近したオトモアイルーに気が付いていない。その隙に腰に付けているポーチからシビレ罠を取り出すと、ヘビィボウガン使いの女との間に割り込むように設置した。更に弾の装填をする彼女の足下に移動し、腰に下げている笛に手を伸ばす。

「ただの角笛でいいのよ?」
「これが一番ですニャ」

 プアッ、プアー。やや音色が割れているが、大音量で回復笛が氷海中に響きわたる。かすり傷程度だったハンターたちの傷が癒されると同時に、ザボアザギルの関心を一気に引いた。傷ついた大きな腹を引きずらせながら、ズルズルと接近してくる。
 直後、仕掛けたシビレ罠が腹部に触れ、ザボアザギルを捕縛した。待機していた大剣使いの男が背後から捕獲麻酔玉をぶつけ、正面からはヘビィボウガン使いの女が麻酔弾を撃つ。前後の麻酔攻撃により、ザボアザギルはあえなく深い眠りに落ちた。
 膨れた腹をクッションのようにして大きな顔がうなだれる。完全に眠っていることを確認すると、大剣使いの男は大きく息を吐いた。

「ふー、狩らずに捕獲するってのは面倒なもんだな」
「アンタはなんでもぶった斬るものね。こういうの“馬鹿の一つ覚え”っていうんだっけ?」
「あぁ? お前だって似たようなもんじゃねえか」
「残念でした、アタシのアスールバスターは麻痺弾や麻酔弾も装填できるのよ。アンタみたいにただ斬るだけが仕事じゃないの」
「ハッ、よく言うぜ。大抵はしゃがんで撃ってるだけのくせに」

 捕獲を終えるや否や、言葉の応酬を始める二人のハンター。本気で殴り合うこともない(ごく稀に発展することもあるが、大抵はヘビィボウガン使いの女が大剣使いの男を投げ飛ばして終息する)言い合いにオトモアイルーもすっかり慣れてしまったもので、喉を馴らしながら主の戻りを待つ。
 やがて、立ち去ったエリア1の方角から二人の人影が現れた。狩猟笛使いの男の隣に立つ女性を見て大剣使いの男はベリオXヘルムの下で満面の笑みを浮かべた。女性も男に対し笑顔で声をあげる。

「兄さん!」

 大剣使いの男を兄と呼んだ女性が身に着けている防具はさながらレザー防具の寒冷地仕様といった風で、頭を覆うフードやブーツを包む毛皮が特徴的だ。
 しかし、彼女は武器を持っていない。腰にこそ剥ぎ取りナイフが下げられているが、ポーチの中に入っているものはスケッチブックやペン、小型の辞書など狩猟には到底無関係なものばかりだ。それらが必須となる職業はたった一つしかない。

 世間には【書士隊】と呼ばれる組織、正式名称【王立古生物書士隊】。

 モンスターの生態を観察、研究するのが主な活動である彼らの知識は実際にモンスターと対峙するハンターを上回るほど。しかし研究者である彼らは戦う力を持たないため、調査のために狩猟場へ向かうとなると護衛が必須となる。
 先ほどザボアザギルと交戦したハンターたちは、この女性書士隊員が安全に調査ができるよう共に行動する護衛ハンターだった。

「【イリス】、そいつに何かされなかったか?」
「もう、兄さんってば。【ワカ】さんがそんなことをする人じゃないってわかってるくせに」

 大剣使いの男の発言に、書士隊の女性【イリス】を連れてきた狩猟笛使いの男【ワカ】が軽くため息をつく。何度あらぬ疑いをかけられなくてはならないのか、と。それを見たヘビィボウガン使いの女がワカの肩に右手を置き、余った左手をヒラヒラと振る。言っても無駄よ、のポーズだ。

「【リュカ】のイリスへの執着っぷりはポポちゃんを追うティガちゃん並だからね」
「なんだと!?」
「よせ、リュカ。まだ目的は達成されていないんだから、ここで小競り合いを始めたら時間の無駄になる」
「【イアーナ】さんもですニャ。ワカ旦那さんは気にしていませんニャ」

 また言い合いが始まりそうになるのをワカが止める。足下にいた彼のオトモアイルー【モーナコ】も同調し、二人の言い合いは中断された。ちなみにヘビィボウガン使いの女の本名は【ナレイアーナ】だが、長いため【イアーナ】と呼ばれるのがほとんどだ。

「この先のエリア7に目的のものがある。行こう、イリスちゃん」
「ああっ! だからお前、イリスに気安く触んなって……!」
「転ばないように手を引いてるだけなのに反応しすぎよ。書士隊員同士なんだから別にいいじゃない、下心も無いみたいだし」
「そうですニャ、安心してくださいニャ」

 捕獲され寝息をたてるザボアザギルを横目に、騒ぎ立てながら護衛ハンターと書士隊員が氷の大地を歩いていく。向かうはザボアザギルが寝床としているエリア7だ。



 ザボアザギルの幼体にあたるスクアギルが何体かうろついていたが、リュカが大剣で追い払う。安全を確保したところで、寝床にあたる段差を上り、目的のものを探す。
 餌にしたのだろうポポと思しき骨や皮が散らばっている奥、岩壁に寄せるように鎮座するゴロゴロとあるグレーがかった丸い物体。ハンターにとって有益ではないためまず注目されるものではないが、書士隊にとっては研究の対象となる貴重な存在だ。
 イリスはポーチからスケッチブックとペンを取り出すと、卵が並ぶ光景を手早く描き始めた。自然の姿をこうして描き残すこともまた書士隊の仕事の一つ。見事なものだな、とハンターたちは描かれていくスケッチブックを眺めていた。

「これが、スクアギルの卵です。卵を守るザボアザギルは捕獲に留め、研究のために卵を一つだけ持ち帰るようギルドから依頼されていました」
「ぶよぶよですニャ、持ち運べるんですニャ?」
「ゆっくり抱えれば大丈夫です。飛竜の卵に比べれば重くはありませんし」
「問題は誰が持っていくか、ってところか。どうする?」

 半透明で、見るからに触り心地が良くなさそうな卵。これを運搬する係は誰が適任なのか。体格の関係で除外されたモーナコを除く人間たちが無言で目線を送るが、五人中四人が同じ人物に視線を向けた。計八つの目に見つめられたリュカはうげっ、と潰れたような声を出す。自分の役目だとうっすら自覚していたようだが。

「やっぱりオレなのかよ」
「そりゃそうよ。アンタが一番体力があるんだし」
「気を付けてね、兄さん。あまり力を入れると卵が割れてしまうから」
「わかってるよ。おし、やるか」

 最愛の妹に頼まれては断る理由など無い。両手をガシガシと合わせ足下にある卵を見定めていると、隣に立ったワカからビンを渡される。ちゃぷん、と揺れる黄金色の液体は、依頼内容を確認した際に既に準備していたようだ。

「【強走薬】だ。これならスタミナ切れを心配せずに急ぎ足で行ける」

 これがあるなら誰がやったっていいじゃないかと言いそうなものだが、妹に頼まれたからやると短絡的に決めたリュカは強走薬をぐいと一気に飲み干す。そしてそっと卵を抱えると振り返った。

「おら、持ったぞ。さっさと帰ろうぜ」

 発言と同時に卵にまとわりついていた粘着性の液体がべちゃ、と滴り全員の視線が地面に落とされる。確かにすぐに戻った方が良さそうだ。
 厚い殻に覆われた飛竜の卵とは違い、殻が存在しない両生種の卵。柔い卵の運搬は初めてだが、移動に苦労する崖などの大きな段差が無いことだけが救いだ。

「……まずいわ」

 突然ナレイアーナが空を見上げ呟く。卵に意識を集中させているリュカ以外の全員が倣って上を見るが、無限に広がる空の海に白い雲がいくつか浮かんでいるだけだ。しかし、彼女の感知能力が高いことはここにいる全員が知っている。空を見上げたままのナレイアーナにワカが尋ねた。

「モンスターか? ナナちゃん」
「この独特の臭いは【フルフル】ちゃんね。卵の臭いに気付かれたら厄介だわ」
「そうだな……みんな、先に行ってほしい。小細工をする。ナコ、お前はイリスちゃんの傍に」
「わかりましたニャ」

 運搬を再開するリュカ、その隣を歩くイリスたちの背後でワカは先ほどリュカが撃退したスクアギルの遺骸の前で身を屈める。はぎ取りをしながら、わざと内蔵を裂いて辺りにスクアギルの血を広げていった。
 肉厚な皮をはぎ取りポーチに納めると、入れ替わりにけむり玉を取り出して地面に叩きつける。もうもうと立ちこめる煙の中から飛び出すと、フルフルが近づいてきているのかナレイアーナがワカに早く来るよう手を振っていた。

「すごい血の臭いね。けむり玉まで使って、どういうこと?」
「フルフルは視覚が退化しているけど、嗅覚だけで獲物を探しているわけでもないらしいんだ。だから、どの感覚で察知されてもいいように二重に策を講じてみた」
「へえ、新米といってもさすがは書士隊ね」

 前を向けば卵を運んでいるリュカは既にエリア1へ到達しようとしていた。再び見上げれば、小さい白い影が真っ青な空に映えている。もうじきこのエリアに降り立ちそうだが、このまま進めば接触すること無く運搬を終えられそうだ。



 ベースキャンプに着くも、イリスが案内したのは納品ボックスではなくこの氷海を訪れる際に乗った船。持ち物を入れておくボックスの隣に氷結晶を加工してつくられた専用のボックスが口を開いて待っており、ゆっくりと卵が納められた。納品を見届けると全員が胸をなで下ろす。これで今回の依頼は完了となった。あとは拠点に帰るだけだ。
 海を隔てた氷海に来るためには、船を利用することになる。その運転を行うのはハンターではなく、管轄であるバルバレギルドに所属するギルドガールだ。長く伸ばした空色の髪を後ろに結い、厚手のエコールシリーズを着ている。全員の帰還に安心した様子で、軽くお辞儀をした。

「おかえりなさい、皆さん。それでは“村”に帰りましょう」
「お待たせ、【リッシュ】。帰りの運転もお願いね」

 ギルドガール【リッシュ】の運転により船は氷海を離れていく。向かう先は、少しの航海を経た先にある雪に閉ざされた土地だ。
関連記事


BACK|目次NEXT
*    *    *

Information