狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[他] □

狩人とみなしご 2

 あれから数日が経過し、開いた傷はどうにか塞がった。しかし数日間食事をろくにとれなかったワカの体力はめっきりと落ちてしまい、ベッドの上で過ごすことが多くなっていた。
 始めこそ書士隊の業務をこなしていたがエネルギーが不足すれば集中力が落ち、仕事が捗らなくなり心配された同僚に書類を取り上げられてしまったほどだ。シフレがベッドの下から不安げにワカを見上げる。

「ワカさん、大丈夫ニャ? 少し顔色が悪いニャ」
「…………。」

 傷が塞がったものの、ワカは声を出そうとしない。傷が開くのを恐れているのかもしれないし、それほど憔悴しているのかもしれない。
 シフレの声にゆっくりと瞼を開けたワカは仰向けに寝ていた体を横向きにさせ、ベッドの上で手をポンポンと叩いた。ベッドに上がれと指示しているらしい。そう理解したシフレは軽く飛んでベッドによじ登る。

「ニャッ!?」

 すると突然抱きしめられた。思わず悲鳴をあげてしまったが直後に頭を優しく撫でられて強ばった体の力が抜けていく。
 ガサガサとする指先に毛が引っかかりそうだったが、するすると優しく撫でるその動きが少しずつ緩慢になっていきやがて止まる。どうしたのだろうと顔を上げれば、すうすうと寝息をたてるワカの顔。それなのに片腕はしっかりと自分を抱き止めていて、まるで傍にいてほしいと願っているように感じた。

(ワカさん……きっと、寂しいのニャ)

 ワカにはオトモアイルーの他にハンターの仲間もいると聞いた。彼らと別れ、バルバレから離れたこの土地ではそう頻繁に会えない。かといって今の仲間とも行動を共にすることもできない。徐々に独りぼっちでいる日々が寂しくなってきたのだろう。体力が落ちたことで気持ちも弱っているのかもしれない。
 布団がめくられたままなので、シフレはどうにか動かせる腕と足を器用に使ってワカと一緒の布団に包まる。いくらケルビの皮を用いた温かい布団でも、極寒の地にあるこの村では風邪をひく要因になりかねない。

(ワタシじゃワカさんのオトモアイルーの代わりにはなれないけれど、少しでも心の隙間を埋められるなら)

 少しでも安らかに眠れることを願いながら目を閉じる。治療を続けているせいか強い薬草の匂いが鼻孔をくすぐったが、それを不快とは思わなかった。やがて吸い込まれるようにうとうとと眠くなり、意識が沈んでいく。そこへ控えめにこちらへ歩いてくる足音が二つ。

「同い年だけど、こいつって意外とガキっぽいところがあんだな。まるでシフレがぬいぐるみみたいじゃねえか」
「アンタに言われちゃおしまいだろうけど、同感ね。付き合いが短くてワカのことを全部理解できていないからってのもあるけど。とにかく、今はこの子に救われてるみたい」
「……そうだな」

 優しく見守るような声色で二人が話しているのがぼんやりと聞こえたが、夢の世界に足を踏み入れ始めたシフレには答えることができなかった。



 ガーゼをゆっくりと外し、具合を確かめる。ガーゼに血は付着していない。縦に裂けた頬にもそっと触れるが反応は無いので、傷はしっかり塞がったようだ。触診でそう判断したヘビィボウガンのハンターは、目の前の患者を安心させようとにこりと笑った。

「口は開ける?」
「…………。」
「もう喋っても大丈夫よ。一週間以上アンタ無口だったじゃない、そろそろ声を出さないと自分の声を忘れちゃうわよ?」
「……、あ、あー……ああ、うん、大丈夫だ」
「声、かすれてんな。ちょっくら水持ってくるわ」

 部屋を去った大剣のハンターと入れ違いに片づけを済ませたシフレが入ってくる。恩人であり世話を焼いてくれたアイルーを見て、ワカの金色の瞳が優しく微笑んだ。その笑顔を見たシフレは心の底から充足感がわいていくのを感じた。

「ありがとう、シフレ。おかげで、ここまで回復できたよ」
「ワカさんが元気になってくれたならワタシは満足ニャ。でも痛々しい傷跡になったニャ」
「そんなに酷いのか?」
「まだ治ったばかりだから目立つね。かなりワイルドになってるよ。その内薄くなってくると思うけど、人の良さそうな顔のアンタにその傷は合わないなー。似合いそうなのは……。」
「どうせオレだって言いたいんだろ。おらよワカ、水だ」
「助かるよ」

 かつては飲むことすらできなかった水を少しずつ口に含むワカの様子を見ながら、大剣のハンターも一安心といった風に軽く息を吐いた。いくら書士隊員で前線にあまり出られないと言えど、ワカはハンターとして狩りに参加してくれる貴重な戦力だった。こんな辺境の村にハンターを雇うのもお金がかかるし、移動にも時間がかかるのでできるだけ現地のハンターで済ませたいのが本音だ。
 使い手が少ない狩猟笛の立ち回りには様々な点で驚かされた。抜刀した状態の移動速度の速さや頭部への攻撃によるスタン、何より旋律の援護。特に防御に徹した旋律に何度も救われていた事実を思い知らされきた。あの狩りの時も……。ふと思い出したことを口にする。

「なあ、あの時に吹いた旋律……確か【精霊王の加護】つったな。なんであれを吹いたんだ?」
「発動はできていたんだな。裂傷の発症を防げるかもしれないと思ったんだ。実際防げたかは俺には確認できなかったけれど、どうだったんだ?」

 大剣のハンターの脳裏で思い返される光景。旋律を奏できったかと思いきや突然ワカが倒れ、何事かと近づいた瞬間セルレギオスが飛ばした刃鱗が自分目がけて飛んできた。目の前のワカに意識が向かっていたため完全に防御態勢が遅れてしまい、裂傷を受けることを覚悟して頭を守るように腕を掲げた。その結果は……。

「お前の勘と頭の良さには負けるぜ。あの直後オレは一発あいつの刃鱗を喰らった。大剣でガードをする間も無くな。だけど裂傷は発症しなかった、むしろダメージが軽減されていた気がするぜ。精霊王の加護の力が裂傷の威力すらかき消したんだと思う」
「そうか。それも報告しておかないといけないな」
「お前なあ、その旋律を無理やり吹いたせいでこんなことになったんだぞ!? 少しは反省しろよな、ったく……オレたちがどんだけ心配したか」
「ごめん、迷惑をかけた」

 怒鳴りつつもどこか辛そうな表情を見せる大剣のハンターに、ワカは目を伏せて謝った。口は悪く粗暴な態度を見せることが多いこの男は、家族や仲間を心から大事に思っている優しい性格なのだから。現に少し恥ずかしかったようで、自分が放った言葉を反芻したのか頬が少しだけ赤くなっている。

「あとな、防具も新しいのをつくった方がいいぜ。ヘビ野郎の鎧は氷属性にめっぽう弱いだろ? あの鎧じゃこの辺の狩りを生き抜くのはまず無理だろうから」
「その通りね。何かオススメの防具はある? 武具オタクさん」
「モンスター狂のお前にオタクなんて言われたかねえよ。そうだな……武器とお揃いで目無し野郎、フルフルなんてどうだ? 今担いでる【ブルートフルート】の雷属性の威力を強くすることができるし、自然治癒力を高める力もあるから生き残ることが重要なワカに向いてると思うぜ。何より頭防具はマスクなんだ。だからその傷も隠せるんじゃねえかなって」
「最後の理由はアンタにしちゃ珍しいわね。私は賛成、ワカは?」
「フルフルか……何度か狩ったことがあるから、素材は足りていると思う。後で防具屋に確認してみるよ、ありがとう」

 パン、と大剣のハンターが両手を叩いて話を切り上げる。ついさっき見せた辛辣な表情はどこへやら、子どもっぽさすら見える無邪気な笑みを浮かべた。

「うし! 話はまとまったな。それじゃ飯にしようぜ、快気祝いでパーッと食おう」
「そういう風に理由付けてアンタ、本当はお酒を飲みたいだけでしょう?」
「チッ、いいじゃねえかよ! な、ワカ?」
「あー……俺、酒は飲まないんだ」
「マジかよ!?」

(良かったニャ。ワカさん、元気になったニャ)

 ワイワイと賑わう三人を見守るシフレの目は慈愛に満ちていた。これがかの人の本来の姿なのだと思うと、自分の支えが力になったことを実感できて嬉しくなった。そして、この場にいることができるのは。

(ありがとうニャ、旦那さん。ワタシをここにおいてくれて)

 大剣のハンターに眼差しを向けるとまるで意志が通じたかのように目を合わせられる。お前も来いよ!と手招きされ、シフレも輪の中に受け入れられた。



「それじゃ、数日休暇をもらうよ」
「おう。せっかくだから仲間のハンターにも会えたら会ってこいよ」
「タイミングが合えば、かな。皆も依頼を受けてるだろうし。バルバレに行く用は他にもあるから、いずれ訪れる予定だけど」
「アンタのオトモアイルー、どんな子なのか楽しみにしてるからね。うちの子と仲良くできたらいいな」
「ワタシもニャ。気を付けてニャ、ワカさん」
「ああ、行ってくる」

(チコ村で元気に暮らしていればいいんだけど、俺を受け止めてくれるだろうか。ナコ、これからお前を迎えに行くよ)
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