狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[他] □

狩人とみなしご 1

(時系列は「ボクと悪い人」~「ボクとワカ旦那さん 終」。
 次作のキャラクターも登場していますが、名前は出ていません)
「…………。」

 何かを叫ぼうとして意識が浮上する。同時に緩やかに瞼が持ち上がり、木で組み込まれた天井を視界に捉えた。

「……?」

 この天井には見覚えがある。拠点にしている村の建物の天井だ。そう認識した瞬間、脳内で食い違いを指摘する指令が発された。
 どうしてここにいる。自分は氷海にいたはずだ。それが何故村の、それもベッドに体を横たえている。まさか。仲間を捜そうと体を起こす。覚醒したきっかけも仲間を呼ぼうとしていたことを思いだし口を開くが、同時にビリリと顔全体に痛みがはしりたまらず顔を歪ませる。
 最も強い痛みを訴える左の頬におそるおそる手を当てると、そこには厚めのガーゼが貼られていた。傷が開いてしまったのか、じわりと口内に鉄の味が広がり困惑が連なる。
 どうしてこのような状態になったのか、まったく覚えがない……いや、痛みを感じて少しずつ意識が途切れる寸前のことを思い出してきた。

(確か、俺は……)

 氷海で対峙したモンスター、【千刃竜セルレギオス】の刃鱗によって頬に裂傷がはしり、すぐに手当をしなければならなかった。しかしこの裂傷が仲間にも襲いかかる前に対策を講じなければと狩猟笛を構え、旋律を奏でようと息を吹き込んだところで記憶は途絶えている。
 口内に溜まった血が喉を通りそうになりたまらず咳込んでしまい、布団の上に散る。押さえようにも遅かった右手もまた血塗れてしまい、思わず顔をしかめた。

「ワカさん!?」

 部屋の外から覚えの無い声が聞こえ、ベッドの上にいた男、ワカは動きを止める。ハンターでも書士隊でもなければ、村の住人の声でもない女性の声だ。ただ直後に喉を鳴らす独特の音が聞こえたので、正体がアイルーであることは把握した。
 四つん這いで走りながら入ってきたのは耳や口元、手足を濃い茶色に染めた一般的な毛並みのアイルーだった。ワカの状態を見定めるとすぐに引き返して濡らした布を持ってくる。そしてワカの右手に渡すと手と口元を、あと布団も軽く拭いてほしいニャと告げたため思わずワカも言われるがままに布であちこちを拭いた。

(お前は誰なんだ?)

 そう尋ねようと口を開けばまた痛みがはしり即座に噤む。頬の裂傷がまさか喋ることに支障をきたすほど酷くなっていたとは思いもしなかった。ワカの反応を見たアイルーが首を横に振る。

「ワカさん、喋っちゃダメニャ。ワカさんは傷口が見えないからわからないけど、ほっぺたに穴が開いてしまっているニャ。だからモンスターの捕獲は諦めて村に戻ったのニャ」

 頬に、穴。モンスターの爪が直撃すればそれぐらいの傷になりそうだが、さすがにそんな不覚をとることはない。しかし裂傷が大きく広がった結果意識が飛ぶほどの痛みを生じたというのなら、あのモンスターの攻撃は脅威だ。
 これは書士隊員にも伝えてこれから対峙するだろうハンターたちにも知ってもらわなくては――傷を負ったにも関わらず思考が書士隊の職務へ向かっているワカを見たアイルーが話を聞いているのニャ?と首をかしげた。
 そこでようやくこのアイルーに関心が向く。このアイルーはどこから来たのだろう。仲間もオトモアイルーを雇っているが、そのアイルーは違う毛並みだしルームサービスとして村で留守番をしているはずだ。
 となると氷海でスカウトでもしてきたのだろうか。考察を繰り返しながら金色の目がまじまじと見つめるので、見すぎニャ、とアイルーは恥ずかしそうに毛繕いをした。

「ワカさん、ワタシのことを覚えているニャ?」
「……?」

 そう言われて今度はワカが首をかしげた。かつて共に狩りをしていた仲間たちのオトモアイルーと見間違えるわけが無いし、野良アイルーと接触した機会もさほど無い。まだ少し血の跡が残る右手を顎に当てて考える目の前のハンターに、アイルーがヒントを出した。

「地底洞窟で会ったニャ。イビルジョーが現れた時ニャ」
「!」

 さすがに三回目となれば学習したのか口を開かずに目が代わりに応えるように丸くなる。
 地底洞窟にて、リオレイア亜種から桜ロースを手に入れるために捕獲依頼を仲間と共に請け負っていた日を思い出す。リオレイア亜種を捕獲寸前まで追いつめたのにイビルジョーが現れ、リオレイア亜種を喰らってしまったのだ。
 依頼の失敗が確定となったが、せめてイビルジョーの尻尾が食用になるかもしれない望みを賭けて狩りを続行し、シビレ罠を使い予備も持っていないワカは仲間と別行動をとり素材の採取へ向かった。その時に山菜爺さんと呼ばれる竜人族の老人と物々交換で携帯シビレ罠を譲ってもらえることを教えてくれたのが……。

(あの時のアイルーだったんだな、お前は)
「ようやく思い出してくれたニャ、嬉しいニャ」

 思い出したらしいワカの反応に気を良くしたアイルーがにゃふ、と笑う。しかしこれだけではまだ全てが解明されていない。

(どうして地底洞窟にいた野良アイルーが、ここに?)

 声を出せない以上、別の形で明確に言葉を伝えなければならない。そう思いベッドの近くのテーブルに置いてあった紙とペンを持ち出すが、アイルーは慌てて首を振った。

「あ、ごめんなさいニャ。ワタシ、人の文字がうまく読めないニャ」

 申し訳なさそうに言われてしまいワカも謝るようにアイルーの頭を優しく撫でた。俯いたままアイルーは語りだす。

「ワタシ、元はオトモアイルーだったニャ。オトモアイルーを育てる施設で産まれて、オトモアイルーになってからはずっと旦那さんと一緒に狩りをしていたニャ。でも、途中で旦那さんは……」

 悲しみを堪えるような表情でこちらを見つめるアイルーの眼差しに、ワカは辛い別れを強いられてしまったのだろうと推測する。解雇されたのではなく、ハンターが命を落としたのだと。

「それからワタシはあちこちを転々としていたニャ。地底洞窟にいたのもたまたまだったニャ。そこでワカさんを見つけて……。ごめんなさいニャ、ワカさんはワタシの旦那さんに似ていたニャ。狩猟笛を使っていて、とても優しい人だったニャ。だからつい声をかけてしまったニャ」



「ハンターさん、どうしたニャ? 狩りの最中じゃないニャ?」
「お前は人の言葉がわかるのか。なら話は早い、すぐにネコの巣に避難してくれ。狩りが始まったんだ。相手は恐暴竜だから、こちらに移動してくる可能性もある。仲間たちにもしばらく外へ出ないように伝えてくれ」
「ニャ、ハンターさんは一人ニャ?」
「いいや、皆はイビルジョーを相手にしている。俺は奴を足止めする道具を集めるために別行動をとっていたんだ。できれば罠が欲しいんだけど……トラップツールは人工物だからさすがにここには無いよな」
「罠……それなら山菜のお爺さんにお願いするといいニャ。小金魚と交換してくれるニャ」
「えっ? どうしてお前が爺さんの……いや時間が無い、すぐに仕込まないと。ありがとう、助かるよ」
「どういたしましてニャ、ハンターさん」



 そんなやりとりをしていたことを思い出す。どうして山菜爺さんの物々交換の条件を知っていたのか、合点がいった。きっと亡き主から教えられたのだろう。

「ハンターさんの役に立てたことが嬉しかったニャ。それ以上にワカさんがワタシや巣にいる仲間を心配してくれたことが嬉しかったニャ。そういうところまで旦那さんに似ていて……もしワカさんがオトモアイルーを連れていなかったらついて行きたかったくらいニャ」

 地底洞窟を去るところまで見ていたのだろう。その時にワカの隣にいたオトモアイルーの姿を見つけ、これ以上の接触を諦めたようだった。

「その後地底洞窟が活性化して地底火山に姿を変える時期になったからワタシはそこを離れて遺跡平原、そして氷海に行ったニャ。そこでワカさんたちを見つけたニャ。でも、ワタシが見つけたときにはもうワカさんは……」

 アイルーがぐっと痛みを堪えるように呟き、目を伏せる。今でこそ処置を受けて傷口も治りかけていたが、傷ついた直後はもっと凄惨な光景になっていたのだろうとワカは他人事のように思う。

「ワタシ、思わず飛び出してブーメランを投げつけていたニャ。初めて見るモンスターはとても怖かったけど、旦那さんが同じように大ケガをした時に何もできなかったから今度こそ動かなきゃ、助けなきゃって思ったニャ。ワカさんはその間にベースキャンプに運ばれて、モンスターの隙をついてワタシもなし崩しに連れて行かれたニャ」

 アイルーが今ここにいるのは自分の救助に貢献したからだけではないだろう。おそらくハンターと契約を交わしている。そしてオトモアイルーを連れていないハンターは……。

「おっ! やっと起きたかこの野郎、心配かけさせやがって」
「【シフレ】の声が聞こえたからまさかとは思っていたけど、大丈夫みたいね。……傷口やっちゃったみたいだけど」

 ドカドカと音を立てて入ってきた大剣の男ハンターと、ヘビィボウガンの女ハンター。鎧に雪や泥がついていることから狩猟をしてきたのだろう。そして女ハンターが呼んだ【シフレ】がアイルーの名であることをようやく知った。二人とも自分の頬を見るなり顔をしかめたので、ガーゼ越しでも傷が開いたことがわかるほど見た目が酷いことも。

「そんな状態じゃ外に出るのは無理だろ? だからしばらく部屋で書類整理しろって書士隊の奴らも言ってたぞ。シフレ、その間こいつの世話を頼むぜ。何も喋れねえけど普段余計な知識ばっかりベラベラ言ってくるから、今の方が大人しくて世話しやすいからよ」
「任せるニャ、旦那さん。それじゃご飯にするから書士隊のみんなを呼んでくるニャ」

 走って部屋を去るシフレを大股で追い、部屋を出る前にじゃあな、と男ハンターが軽く手を挙げる。声を出せない分ジェスチャーが大事だと理解したワカも同じく右手を挙げて応えた。指先が赤く染まっていることに気が付いた女ハンターが腰に手を当てて尋ねる。

「ところでアンタ、ご飯食べられるの? その傷じゃ口を開けるのもダメだし、傷にもしみそうじゃない」
「…………。」

 少し考えた後にワカが筆談で見せた返事は『今はいらない。傷が塞がったら流動食から始めてみようかと思う』だった。今の状態では水すら劇薬になってしまうに違いない。運動量が多くエネルギーの消耗が激しいハンターにとって空腹は耐え難いものではあるが、まずは療養が優先だ。納得した女ハンターも部屋を去り、残されたワカは体が思った以上に疲労していると感じベッドに体を沈めた。



 傷が治るまでの間、ワカは氷海で対峙したセルレギオスについての情報をまとめては添削を繰り返し、他には書士隊の仲間から頼まれた書類の整理を行う日々が続いた。シフレもまた言いつけ通りワカの身の回りの世話を手伝い、その間に少しずつではあるが人間の文字についても学習を始めた。

「これで【シフレ】と読むニャ? ワタシの名前はこんな形をしているのニャ、なんだか不思議ニャ」
(【シフレ】の意味は【笛】。前の旦那は自分が使う武器と同じ名前を与えたかったんだ……って言いたいけど、上手く説明できないな。……そうだ)

 ノートの余白にワカがペンを走らせる。それは文字ではなく滑らかな線を描いているのだが、いまいち何を描こうとしているのかがわからない。
 ワカは絵を描くという文化を持たない辺境の村で育った。そのため絵心は無く、孤児院でも読書ばかりして絵を描く気持ちを抱くことなんて無かった。そんな彼が時にはモンスターの容姿を伝える任務を行う書士隊員になっているのだからムチャクチャだ、とは大剣のハンターの弁である。

「んん……これは、何ですニャ? しかくい……」
(角笛を描いたつもりだったんだけど、こんなのじゃそう見えないよな)

 それならばと何かを持つように右手で軽く輪をつくり、口に近づけ顔を上げる。その仕草でようやく角笛を描いたのだと理解してもらえたが、角笛がどうしたニャ?と言われるだけに終わる。名付け理由の推測を告げるのはまた今度にして、まずは書士隊の仲間に模写のコツを教えてもらおうとワカは密かに決意した。

「前にも書物とにらみ合いっこしたことがあるけれど、ワタシには覚えづらいニャ。人の文字は難しいニャ」

 覚えづらい。シフレの感想にワカは遠くで自分を待ってくれていると信じているオトモアイルーのことを思い出す。メラルーとして活動していた彼は出会った直後から人間の自分とすんなり会話を交わしたし、自分の書いたメモも当然のように読んでいた。
 仲間たちのオトモアイルーの語学力がどれほどのものかはわからないが、訓練など受けたことの無い野生のメラルーであるあのオトモアイルーが何故あそこまで人間の文字を理解していたのかという疑問が今更浮かんできた。

(あいつは、俺と会う前から既に人間の文化に詳しかった。そこまで執着する理由なんてあったのだろうか?)
「ワカさんのオトモアイルーって、きっとワカさんに似て頭がいいニャ。ワタシに筆談をしようとペンをすぐに持ち出したのが証拠ニャ。ワカさんのオトモアイルーは人の文字が読めるってことだからニャ」
(頭がいい……そうなのか?)
「今の旦那さんからワカさんのオトモアイルーについて少しだけ聞いたニャ。メラルーはワタシたち以上に人の生活に足を踏み入れた者たちが多いから、人に興味を持って独学で言語を取り入れたりもするニャ。だけどみんながそうなれるわけじゃないから、ワカさんのオトモアイルーはよっぽど人に興味があったと思うニャ」
(なるほど、確かにあいつは好奇心が強い。よく書庫にもついて来たし、俺と一緒に書物を読んだこともあるよ)
「いつかワカさんの所に帰った時は書士隊のお手伝いもできそうニャ。文字が読めるなら一緒に探索に出て資料を集めることができるし、体格を生かして狭いところなんかにも行けるからいい働きができると思うニャ」
(そうか、検討しよう)

「……なんで旦那のオレよりワカに懐いてるわけ? しかもなんとなく会話が成立してるし」
「ワカの世話を頼んだのはアンタでしょ」

 貼り代える薬草のガーゼを持ってきたが部屋から聞こえる楽しそうなオトモアイルーの声に複雑そうに口を尖らせる大剣のハンターに、ヘビィボウガンのハンターは呆れたようにため息をつく。
 既にオトモアイルーを雇っている自分と、今は別行動をとっているが再会を約束したオトモアイルーがいるワカはこれ以上オトモアイルーを雇えない。だが危機を救ってくれた野良アイルーをあの場限りの出会いにするには惜しいと村に来るように強要したのはこの男だ。
 あのアイルー、シフレからワカを必死に救おうとする気概を感じ取ったためどうにか傍に置いてやりたかった。言語力に乏しい大剣のハンターがスカウトした理由こそ『部屋の掃除を頼みたい』だったが、本当はシフレがワカの傍にいたいことを察したことぐらい長い付き合いのヘビィボウガンのハンターにはお見通しだ。

「アンタって、ホント不器用ね」
「あぁ? しょっちゅうカラ骨を握り潰しちまう怪力の誰かさんに言われたくねえけど?」
「……言ったわね、この脳筋」
「おう、言ったぞ。怪力女」
「ちょっと表に出ようか?」
「望むところだぜ」
「旦那さんたち何を騒いでいるニャ!? ケンカはダメニャ!」

 廊下から聞こえてきた喧噪に思わずシフレが抗議する。悪い、と頭をかく大剣のハンターに怒鳴り声をあげるオトモアイルーは主従関係などお構いなしだ。がさつなあの男にしっかり者のシフレはストッパーとして働いてくれそうだ。わざわざ廊下に飛び出して声を荒げるシフレの行動が微笑ましくて、ワカは傷に響かないよう静かに笑っていた。
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