狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[他] □

狩人の帰郷 2

「もしかして、この墓もアンタが建てたの?」
「僕だけじゃないけど、そうだよ。若い連中の仕事だったさ。……惨かった。みんな、ジンオウガにやられていたからね。ご遺体を綺麗にしてやる余裕も無かったし、安心して眠っているかは僕にもわからない」
「そう……。」

 背後からグリフィスとアンナが会話をしているが、それすらワカの耳には届いていない。ところが、呆然と長老の家を見つめていたワカが何かを思い出したかのように突然長老の家を押し潰している雪をどかし始めた。驚いたグリフィスが反射的に尋ねる。

「ど、どうしたのワカ!?」
「この辺りのはずなんだ」

 雪をはらいのけ倒れ込んだ壁を強引にどかすと、現れたのは木の床。よく見ると開くことができるようで、ワカは何のためらいも無く床の扉を開けた。下には階段があり、地下へ続いている。隠し部屋があったのか、とアンナは密かに驚いた。
 地下へ行こうとしたワカだったが、はたと気付いて振り返る。アンナは軽く右手を振り行きなよ、と答えた。二人がついてくるのか気にかけたようだ。そう察したアンナはグリフィスと共に外で待つことにした。
 ホットドリンクの効果が切れてきたのか、一気に身体が冷え始めたので腰ポーチからドリンクを取り出し口にする。芯から温まってきた感覚にほう、と一息つく。見慣れた白い息はすぐにかき消えた。

「当然だけど、寒いわけね」
「ホットミートまで持参しないと長時間滞在することは不可能さ」
「こんなところでワカは暮らしていたの? それなら寒さに強いのも頷けるわ……。」
「勿論防寒着無しに外を出歩くことは、この村の住人だって無茶だと思うよ。だけど、少しの間なら耐えられるみたいだ。たとえ小さい子どもであってもね」
「えっ? どういう意味……」

「――!!」

 アンナの意味深な発言にグリフィスが顔を上げると同時に、地下から悲痛の叫びが聞こえ思わず身構える。慌てて階段を覗き込み、声をあげた。

「ワカ! どうしたの、ワカ! 今そっちに行くわ!」

 念のために腰の短剣に手を当てながら階段を下りていく。長めの階段を下りた先の地下室は机の上に数冊の本と明かりを灯したロウソクがあるだけで、書斎のようだった。
 奥で、ワカが肩を震わせている。何かを抱き込み、嗚咽を漏らしている後ろ姿にグリフィスは声をかけることができなかった。先ほどから、ワカはずっと傷ついているように見えていたから。

「……何か、知ってしまったんだね」

 グリフィスの背後からゆっくりと問いかけたのはアンナだ。ビクリと肩を強ばらせつつも、ワカは目を擦るような仕草を見せて振り返る。
 抱きしめていたのは一冊の本。目元と鼻の先は赤い。そんな状態になった原因であろうその本に、二人の視線が注がれた。すっと目の前に差しだし、静かに語り始める。

「ズサマが書いたんだ。もし”村に誰もいなくなったら”この地下室に入って、これを読めと言われていた」

 ぱらりとめくられたページに書かれた文字にアンナは目を見張る。一般的に使われている書体ではない。かといって竜人族が用いる古い書体でもなく、まるで異国の文字のような不思議な書体だった。

「これはズサマが考えた、この本にしか使われていない特殊な文字だ。いわば暗号に近い」
「ワカはこの文章が読めるの……?」
「ああ、読める。……読めるように教えられた。俺と、ヒナだけが」

 語尾が涙声になり、また一粒の涙が金色の目からこぼれ落ちる。俯いて手の甲を目元にあてながら、続けた。

「ズサマは、この村がいずれ滅びることを知っていたんだ。そして俺かヒナ、どちらかがこの村に帰ってくることも。村の秘密をこの本に隠して、仮にギルドにこの地下室を見つけられてもこの特殊な書体で読みとられないようにして……。」
「村の、秘密」

 アンナが初めて抑揚のある声をあげた。とうとう禁忌を犯した村の真実が暴かれるのだ。ぐっとワカが下唇をかみしめる。そして顔を上げると、そこには腹を括ったハンターの姿があった。

「……約束通り、話すよ。この本の内容も、俺がズサマから教えられたことも含めて、全部」
「ありがとう、ワカ君。けど、すまないとも思っている。その様子じゃあまりいい内容じゃないみたいだから」
「いいんだ、構わない」

約束は果たさないといけないから。生真面目なハンターは首を横に振りながら再び本を開き、読み始めた。



 この本を読み解いているのは、ヒナだろうか。それともジンだろうか。否、どちらも手にとることができぬかもしれん。しかし、ワシにはどちらかがこの村に帰ってくる未来が見えている。だから幼いお前たちにこの特殊な文字の読み方を教えた。
 お前たちが何年後にこの村に戻ってくるかはわからぬが、何十年の時を経てもジン、お前の知力ならばまだこの文字を読むことができるだろう。
 歌遊びのように教えたこの文字で、残酷な文章を紡ぐことを許してほしい。村の宝をあげようなどと純真な心を弄ぶような約束をしたことも。

 お前たちに伝え、謝らなければならぬことがある。

 まずは、お前たちに与えた【宿命】。
 宿命を与えたのは、先祖が命を落とすきっかけとなった病から身を守るための願掛け。その宿命に従わぬ態度を見せれば、やがて病により命を蝕まれてしまうとワシは村人たちに通告をした。
 だがその言葉はまやかしだ。お前たちの先祖は、ギルドの手により正式に粛正されていたのだ。

 お前たちが生まれてくるずっと前、子を育て孫まで見られるような年齢になった彼らの元にギルドナイトが現れた。村人たちには気付かれぬよう、夜中に村の外へ連れ出し数十年越しの粛正を与えたのだ。彼らは犯した罪を十分に理解していた。だから抵抗もせずに罰を受け入れ、命を落とした。
 ワシはギルドから彼らの死を密猟者、並びに密猟者を罰せなかった裏切り者に対する天罰とするよう指示を受け、命令通り村人に告げた。彼らの遺体は病が移らぬようにと理由をつけ、誰にも見られること無く葬っている。違和感の無いよう墓を建ててもらえたことが唯一の救いだ。

 密猟者たちに対する罰はとうの昔に与えられた。しかし、だからといって子孫のお前たちが許されることはなかった。子孫を先祖の罪から解放し街へ移住させたいと訴えたが、その願いは受け入れてもらえなかったのだ。密猟者を取り逃がしたことはギルドにとってよほどの汚点らしい。
 引き続き村人を村から出さぬように言われ、ワシはまやかしの風習をつくった。先祖と同じ目に遭わぬように、課せられた宿命を刻み生きよと。これに従わない者がいればギルドに密告し、密かに粛正せざるを得なかった。数人の尊い命が奪われたことで村人たちは風習に必死にすがりつくようになった。

 ヒナ。お前が運命に翻弄され命を落とすのも。
 ジン。お前がハンターになり命を落とすのも。

 そうしなければ命を落とす確証など無かったのだ。ワシが見た朧気な未来のビジョンに似つかわしい言霊を添えただけなのだ。本当にすまない。ワシの命を差し出すだけでは無駄に奪われた村人たちに許されないと思っている。
 ギルドの命令は絶対なのだ。いかなる理由があったとしても、自然の生態を破壊した罪は末代まで継がれてしまった。だがどうかその罪を意識しないでほしい。ワシは、お前たちの笑顔に数十年前の罪を被せたくない。ここにしか記すことのできぬワシの本心だ。



 二つ目。この村がいずれ滅びる未来を、ワシは見ていた。
 ヒナ、お前は赤黒い洞窟で。ジン、お前は氷の大地で命を落とす姿が見えた。二人ともハンターのような鎧をまとっていた。
 村の外へ出ることが許されぬナバケの者が何故外の世界にいるのか。それに気が付いた瞬間、村が白と赤に染まる光景が見えた。ワシは察したのだ。この村はそう遠くない内に何かの襲撃によって滅びる、と。

 更に成長したお前たちを見てワシは愕然とした。お前たちは徐々に村の創設者たちの外見に似るよう育ったのだ。
 ヒナはギルドナイトの男の象牙色の髪。ジンは密猟者の女ハンターの月色の瞳。両親の外見を思い出せ。誰も何も言わなかったが、お前たちは先祖返りをしてしまったのかもしれぬ。そこにも何かの運命を感じた。かの二人は後に夫婦となったのだから。
 未来で見た大人のお前たちを、襲撃の時点で死なせるわけにはいかん。ワシはお前たちの両親に何がなんても子どもを守りきることと、ギルドに未来のことを伝え、襲撃で生き延びた者を村の外でも生かす許可を乞うた。その際に返事はもらえなかったが、今ここでこの本を読めているのならば、お前たちは外の世界で生きることを許されたのだろう。
 もはや今のお前たちを縛るものは何も無い。この村の人々が密かに焦がれていた自由を手にして、生きるのだ。

 ヒナ、ジン。お前たちが外の世界で息災に生きていることを信じている。ワシはこの村と運命を共にしよう。それがワシにできるせめてもの罪滅ぼしだ。
 ドンドルマの古龍占い師としてもナバケ村の長老としても人を守れなかったワシは、まともな死に方をせぬだろう。だから最期まで村を襲う危機に命を削る。それがワシの精一杯の償いだ。



 あれから一年。思ったよりその時は早かったようだ。
 とてつもなく強大な力が村の傍を駆けた。だが村を襲撃しているモンスターはその力の源ではない。恐らく縄張りを追い出されたのだろう。戦う力を持たぬワシらの抵抗は微々たるもの。しかしギルドが来てくれるまで…お前たちを守ろう。

 これが最期だ。
 宿命など無い。ワシが見た未来の姿も、運命を変える覚悟さえあれば、あっさりと変わってしまうのだから。
 末子たちよ。生きろ。どうか、生きて……。



 沈黙は、しばらく続いた。その間もワカの瞳からはぽろぽろと涙がこぼれていて、ナバケ村の住人全員分の涙を流そうとしているかのように見えた。
 最後に書かれたページの文字は急いでいたのか前のものより雑だった。村を襲撃されている最中に書いていたのだろう。インクの濃さの違いからも推定できる。
 命を散らすその瞬間まで、長老は二人の子どもたちを生かそうとしていたようだった。様々な思いが胸中を駆け、ワカはズサマ、と涙をこぼしながら長老の名を呼んだ。本を持つ手も震えている。

「……これが、ナバケ村の真実。経緯については触れられていないけれど、密猟をした事実だけは変わらない。俺が密猟者の子孫であることも」
「結局のところ、ギルドはきちんと仕事をしたわけだね。かなり間があったようだけど」
「…………。」
「ごめん、フィスちゃん。聞かせなければ良かった」
「気にしないで……ただ、そんな悲しいことがあったなんて、ショックで」

 明らかに消沈している様子のグリフィスに気がついたワカが申し訳なさそうに頭を下げた。
 グリフィスはワカの事情を断片的にしか知らなかった。幼馴染を亡くしたことや、故郷のことも全ての経緯を把握しているわけではない。出会った当初は記憶喪失だったと他の仲間から聞いたこともある。そんな男が十七年間も背負っていたものをいきなり全て聞かされたため、整理が追いつかないでいた。

「で、君はこれからもハンターを続けるのかい?長老が見た未来のビジョンから推測すると、氷海辺りで死んじゃうみたいなんだけど」
「アンナ! アンタ、ワカの気持ちを……!」
「くみ取るからこそ、そう思うんだ。君はハンターになる前は調合師だったはずだ。君の技量なら調合師で生計を立てられる。無理に危険な職務に就く必要は無いと思うよ」

 涙に濡れたままの金色の目が少しだけ丸くなる。やや幼く感じた不意な反応。柔和な空気にアンナはおや、と異変を感じた。

「……もしかして、俺のことを心配しているのか?」
「え? まあ、貴重な生き証人だし、こんな話を聞いた後じゃ尚更」
「ああ、そう」

 自分を気にかけた理由が果たして本当にそうなのかはさておき、ワカは宿命から解放されたと自覚していてもこの職業から退く気は無かった。

「俺には夢があるんだ。それは、ハンターであり続けることにも意味がある。だから俺はハンターを辞めるつもりは無いよ。宿命に関係無く、さ」
「そう……無理しないでね、ワカ」
「大丈夫。あの二人はとても頼れるから」

 脳裏に仲間の顔が浮かんだのだろう。静かに笑う青年を見てグリフィスは安堵した。相棒と離れ、兄弟と離れ、仲間と離れても新たな絆を紡げたようだから。
 開いていた本を閉じ、机の上に戻す。まるで眠っていた十七年の時を邪魔しないように。予想しなかった行動にアンナが尋ねた。

「持って帰らないのかい?」
「ズサマとの約束は果たした。あの本の文章は全て暗記したし、この村と共に眠らせるよ。だからこのままでいい。明日にはまた雪でこの扉は閉ざされるだろうし」
「そうか。それじゃそろそろ帰ろう。あまり長居すると真っ暗になるから。たいまつも持ってきていないしね」

 階段を上り、地下への扉を閉める。もう二度と開かれることは無い。止めどなく降り続ける雪にマントのフードを被り直し、アンナは少し歩を進める。そして辺りを見回すとここかな、と口にした。

「十七年前、この辺りで倒れている君を見つけたんだ」
「えっ……」

 唐突に告げられた言葉にワカは言葉を失った。その反応に構わずアンナは話を続ける。

「君は全身灰だらけだった。怪我をしていたんじゃなくて、ジンオウガ亜種から身を隠すために隠れていたんだろうね。あの時の君はとても華奢で、弱々しかった。そんな子どもだった君が今ハンターをしているんだから感慨深いよ」
「まさか……まさか、アンタが」
「うん。僕はこの村の襲撃の調査に来たギルドナイトの一人。そして君を発見して保護した張本人さ。驚いたろう? あの時はまだ新米だったんだけどね」

 驚愕に染まったワカの表情は、まるでミラボレアスのブレスを浴びる寸前のようだった。マントをつかむ手に力が入り、ゆっくりとアンナに近づく。保護された時は意識が無く、目が覚めたらポッケ村にいた記憶しか残っていない。目の前の男の顔に覚えが無くて当然だった。

「だから俺の過去も知っていたのか……。」
「うやむやに片付けられてしまったこの件が気になっていてね。君のその後も、たまにだけど追っていた。孤児院で家族ができたことや船でリオレイアの襲撃に遭って海に落ちたのも知っているよ」
「そんなことがあったの、ワカ?」
「ナコと会う前に。記憶を失ってしまったのもその時だ」

 後者の話をアンナが知ったのは偶然だった。アンナのよく知る男から聞かされた話なのだから。あの男がかの出来事の原因に関わっていた事実は伏せざるを得ないが。

「俺を助けてくれたことは感謝するよ。ありがとう。でも……どうせなら、俺じゃなくてヒナを助けてほしかった。そうすれば、もしかしたら……。」
「君を助けようがあの子を助けようが、その後の運命が変わるかなんてわからないさ。君もあの子も一生懸命生きていた。“たら”、“れば”で過去を語っても変わらないよ」
「……そう、かな」
「そうさ」

 小さく答えるとまたワカが歩き出す。その方角はワカが父と母を呼んだ家。長老の家と同じく手探りで何かを漁っている。バキバキと音を立てながら取り出したそれも、また本だった。表紙を確認すると、大事そうにマントの中にしまう。

「どうしたの?」
「一番読んでいた小説。……ハンターの物語なんだ。本棚から取り出せて良かった。ハンターになるのは乗り気じゃなかったけれど、これを毎日読んで思いを馳せていたよ」

 ライトボウガンのハンターに憧れていたんだ、と楽しそうに話す様子を見てグリフィスはワカがライトボウガンも扱うことを思い出した。接近戦が主体の狩猟笛に対し遠距離でも立ち回れるように担いだのだと思っていたが、物語の影響だったとは予想外だ。

「本命の手土産はそっちか。もうすぐ出発するけど、いいかな?」

 マントを翻してアンナが村の入り口付近から声をかける。ワカとグリフィスも慌ててアンナについて行った。帰り道を知っているのもまたこの男だけなのだから。

 ざり、ざり。

 雪に沈んだ故郷を背に、歩き出す。

 青年は、振り返らなかった。



「よう、今いいか?」
「構わないよ」
「明日の行き先なんだけど……ん? 何読んでるんだ」
「これか? “実家”から持ってきた」
「実家ぁ? 最近見かけねえと思ったらお前、里帰りしてたのかよ」
「そういうことだ」
「しっかし汚え本だな、保存状態悪くねえか? それなのによく持ってきたな」
「思い出の本だから。で、明日の行き先が何だって?」
「あっと、そうだったな。明日は氷海で“刃鱗野郎”の捜索らしいぜ。書士隊の奴らが興味を示してるみたいでさ、お前は“こっち側”な」
「了解。それじゃ明日の道具の調合をしておくよ」

 そんな他愛の無い会話をした翌日、『あんなこと』が起こるなど誰も思いもしなかった。
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