狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[他] □

狩人の帰郷 1

(時系列は「ボクと悪い人」~「ボクとワカ旦那さん 終」。
 次作のキャラクターも登場していますが、名前は出ていません))
 バルバレギルドにほど近い場所にある、広めの寮。ギルドに許可を得た者が入居しているその寮に足を踏み入れる人影が二つ。すらりと高い長身の男と、小柄で細身の少女。二人はモンスターの素材でつくられた鎧をまとったハンターだった。少女が建物を見上げると、右頭部に結われた白い髪の束がふわりと揺れる。

「ここに住んでいるのね……」
「そう。そしてこれから“彼”に会いに行く」
「迷惑をかけなければいいけど。忙しいんでしょう……?」
「会うなら今しかないんだ。相方がいなくて、気兼ね無く話せる今が、ね」

 やりとりを経て男が中に入る。目的の人物が住んでいる部屋の番号は確認している。扉の前に立つと軽くノックをし、返事を待つ間に男は立ち位置を少女と入れ替えた。扉を開けてすぐ少女が目に入るように。

「……フィスちゃん?」
「久しぶりね、ワカ」

 扉が開かれ、奥から顔を出したのはかつて共に狩りをした狩猟笛のハンター、【ワカ】。テントを撤去しこちらへ移動する旨の手紙を受け取って早数ヶ月、少し髪が伸びたようだが変わらず穏やかな気配をまとった目の前の青年に愛称で呼ばれた少女、【グリフィス】は顔をほころばせた。

「どうしてここに?」
「用事があるのは私じゃないの……」

 そう答えて後ろを振り向く。背後にいた男がやあ、と軽く手を挙げると同時にワカの警戒心が一気に強まるのをグリフィスは感じた。やはりこの男に対する信用はゼロといっていい。その証拠に先ほどまで見せた穏やかな表情が一変して険しいものになっている。

「アンタ、ギルドナイトだったな。こんなところに顔を出す暇なんてあるのか?」
「あるんだよね、それが。ちょっと話をしたいんだ。中に入れてくれないかな」
「…………。」

 このまま廊下で立ち話をするわけにはいかないよね、と付け加える。男の提案を受けたワカはやや渋々といった対応ながらも、二人を室内に案内した。

 部屋はとても質素で、必要最低限のものしか持ち込んでいないようだった。本棚にぎっしりと詰め込まれた書物の数にグリフィスは目を丸くしたが。
 テント暮らしをしていた頃よりも書物の量がずっと増えている。背表紙に書いてある題名を見れば、モンスターの生態に関するものばかりだ。モンスターについて知識を深めるのはハンターにとって重要ではあるが、いくらなんでも多すぎである。大切なオトモアイルーとも強引に別れて、この青年は何を目指しているのだろうかと疑問が浮かぶ。
 ワカが椅子を引いて客人を座らせるが、その表情はずっと堅い。男は怪訝な視線を浴びても無反応のまま、にやにやと不敵な笑みを浮かべていた。そんな態度にワカは一層不信感を募らせる。

「それで? アンタの用件は何だ」
「まあまあ、そうギスギスしないでよ。いい話をしに来たんだから。それに、似てるけど僕の名前はアンタじゃなくて【アンナ】」

 この部屋の空気は、非常に重い。グリフィスは二人に気づかれないようにはあ、とため息をついた。
 ワカにとってアンナは悪い印象しかない男だ。強化個体とされるシャガルマガラの討伐依頼の書類を直接手渡しに来た際にワカの過去を知るような発言をしたため、職権を濫用して個人情報を掌握する危険人物と見なされてしまった。アンナ自身がそう話したので、事実なのだろう。あの黒龍討伐に手を貸したある種の恩人だと知っても、この態度から察するに信頼は回復していないようだから。
 グリフィスがここに来たのは、そんな不信感ばかりが残るアンナを信用してもらうためだった。幾度も狩りを共にした仲間が隣にいることで信用できる男だと証明してほしいと連れて来られ、今に至る。

「君を案内したいんだ。【ナバケ村】に」
「……!?」

 アンナの発言、というより村の名前を聞いたワカの金色の目が大きく見開かれる。直後に顔を青ざめさせた理由はグリフィスにはわからなかったのだが。

「君は村の襲撃後ポッケ村に保護され、孤児院へ連れて行かれた。ナバケ村の住人は長老を除いて村の外に出たことが無いそうだね。だから君は村に帰ることができなかった。でも、僕はナバケ村への道を知っている」

 半信半疑といった表情だが吸い込まれるように無言でアンナの言葉に耳を傾けている。ワカの反応を見てアンナは微笑みながら手をひらりと振った。

「取引をしよう。君を村に案内する代わりに、君にはナバケ村について知っている限りを話してもらう。これは僕個人の好奇心であって、ギルドには一切通告しない。どうかな?」
「……アンタは一体、何者なんだ。ただのギルドナイトじゃない。どうして、ナバケ村への道なんて」
「条件を追加しようか。僕が何者かってことも話すよ」

 目の前の青年は、たとえ廃村となっていても帰郷を望んでいるはず。アンナはそう考えていた。
 ドンドルマギルドと因縁があるというナバケ村。密猟者がギルドナイトと共に逃げ落ち雪山の奥深くにつくったという辺境の村。ギルドナイトでありながら個人的にギルドに探りを入れているアンナにとって、ワカはギルドの裏を探るきっかけになりうる村の唯一の生存者なのだ。
 顔を俯かせ、青年は沈黙する。その間アンナとグリフィスは静かにワカの返答を待った。少しの時間を置き、困惑の色を乗せて目線が上げられる。

「……少し、考えさせてほしい」
「おや、君ならすぐに返事をしてくれると思ったんだけどな」
「よしなよ、アンナ。ワカ、少しってどれくらい?」
「翌日……翌日、また来てくれないか。それまでには決めるから」
「いい返事を期待しているよ。それじゃ帰ろうか、グリフィスちゃん」

 すっと立ち上がり部屋を立ち去る。扉を閉める際に向こう側に見えたワカの表情は一層複雑そうに見えたが、やれるだけのことはやった。きっとこの条件を飲んでくれるだろう。そう思いながらアンナはグリフィスを連れて寮を去った。
 一方、部屋に取り残されたワカは机の引き出しを開けて地図を広げた。幾重にも重なる歪な輪は山の標高を差し、その中に印を付けた箇所へ指を這わせる。
 この地図が自分の最良を尽くした故郷の資料。しかし地図で大まかな場所は把握できていても、雪に閉ざされた村はどういう道のりで世界と繋がっていたのか、故郷を滅ぼされた時まだ幼い子どもだったワカに知る手段は無い。あの男の言う通り、いくら調べても山に囲まれた故郷に行ける道のりを知ることは叶わなかった。
 あの男が話すことが本当ならば、村の事情を話すリスクはあるが胸の奥底で焦がれていた愛郷心を満たし、かつ長老との『約束』を果たすこともできる。だが、今の故郷は……。

(……帰っても、誰もいない。家は朽ち果て、ひたすら吹雪が舞っているだけだろう)

 すっと目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、幼い自分を可愛がってくれた村の住人、そして…。

(【ヒナ】……)

 守りたかった、しかし守れなかった少女の面影を残した女性が棺の中で目を瞑っている。墓地で安らかに眠る彼女もきっと、故郷に帰りたかっただろう。だから、想いを共に。

(帰りたい)

 覚悟を決めた。全てを打ち明けることを。全てを受け入れることを。



「それが君の答えだね、嬉しいよ」

 翌日、ガララアジャラの鎧をまとったワカがアンナとグリフィスを迎え入れた。目論見通りといった感じにアンナが微笑む。故郷へ帰るだけなのだが、私服のまま雪山や凍土に隣接する地域を歩くわけにはいかないと考えた末の出で立ちだろう。
 それじゃ、と言いながらアンナは布のマントをワカに手渡す。するりと滑るようで、しかしふわふわとした手触りのこのマントは上質な毛皮からつくられたようだ。

「これで寒さを凌ぎながら行こうと思ってね。ホットドリンクも勿論準備しているよ」
「たぶん俺は平気だと思うけど」
「ドリンクはともかく、マントは身を隠すのにも適しているから身に着けてほしいんだ。何せこれから向かう場所はギルド内部でもほとんど情報が残っていないところだし。名目は雪山の調査ということにしているけれど、あまり目をつけられたくないからね」
「わかった」

 ばさりとマントで頭からすっぽりと体を覆う。柔らかい毛皮が頬に当たり暖かい。武器となる狩猟笛は背負わず、短剣だけを腰に付ける。狩猟のための武器を持ち歩くことは狩猟区域外の調査の意図に反するからだ。防具は万が一に備えた保険として身に着けた。

「それじゃ行こうか。ナバケ村へ」
「私もついて行っていいのかしら……。」
「構わないよ。この男と二人きりは不安だから」
「……だってさ、アンナ」
「どうやら完全には信用してもらえないようだねえ」

 ワカに冷たい反応を受けながらも、言葉とは裏腹にどこか楽しそうにアンナが歩き出す。道のりを知っているこの男が引率者となり、若きハンターたちを引き連れる。
 ドンドルマへ到着した際、ワカはあちこちを見渡していた。バルバレ管轄区域以外の拠点地を知らないワカにとって、ドンドルマは新鮮に見えたのだろう。過去に何度も訪れ、後々戻ってくる予定であるグリフィスも初めてこの街を見た時の感動を思い出す。しかし今はこの町に用は無い。すぐにアンナの後を追い、明らかに誰も通っていないだろう外れの道へ入った。



 最初こそただの山道だったが徐々にあちこちに白いものが目に付くようになり、しんしんと冷えてきた。雪山、もしくは凍土の領域に近づきつつあるのだ。
 ホットドリンクを飲み体を温めるアンナとグリフィスに対し、ワカはただ白い森を見渡している。雪に閉ざされた村の生まれであるワカは、寒冷地帯でもホットドリンクを飲まずに平気で歩けるほど寒さに強い。逆に暑さには非常に弱いのだが。
 ひたすら冷たい山道を登る。誰も一言も喋らなかった。体力を温存する意味もあるが、話題が浮かばないのだ。滅びた故郷に向かう、その事実だけで既に重苦しいのだから。

 何時間歩いたことだろうか。出発した時より日はだいぶ傾き、正午を過ぎた頃合いだ。アンナが歩みを止め、ワカとグリフィスも倣って止まった。
 人の手が入ったように木々が左右に開かれ、一直線の道が広がっている。手入れをする人間がいなくなったせいか寒さに強い雑草がぼうぼうと生えているが、それでも今までの道のりよりはるかに歩きやすい道になっていた。

「あ……」

 ワカが短い声を漏らす。息を呑むような、小さな声だった。先を見つめるアンナを追い越し、少しずつ歩みを早めていく。グリフィスが思わず手を伸ばすがアンナが引き留めた。帰郷の瞬間を邪魔しないように、と。

(ここは……)

 一直線のこの道には、見覚えがあった。村の外には何があるのかとヒナと二人で抜け出そうとした。しかしすぐに村の大人に見つかって連れ戻され、長老にしこたま叱られた。そんなことを思い出しながら、雪を踏みしめる。ざり、ざり。自分の足音しか耳に入らない。同行者の存在すら忘れ、ワカは前に進む。

 開けたその場所に足を踏み入れた瞬間びゅう、と一層冷たい風が吹いた。

「…………。」

 わかっていた。わかっていたはずなのに、心の中にまで冷たい風が吹き荒れる。
 かつてあった家屋はほとんどが破壊され、破壊されずに済んだものも長い年月をかけて降り積もった雪の重みで潰れている。ユクモ村に隣接する渓流で見た朽ち果てた光景と重なって見えた。何ひとつとして残されていない、ただただ白で塗りつぶされた廃村。

 ここが【ナバケ村】。
 十年にも満たないが、確かにワカが生まれ育った故郷。

 ギルドが弔ってくれたのだろうか、それぞれの家の前に村人たちの墓が建てられていた。その墓でさえ長年の雪に覆われている。雪の衣を羽織った墓に、ワカは村の人々の姿を見た気がして静かに呼んだ。

「……おっとう、おっかあ」

 自宅だった場所にある墓が二つ。自分の分は無い。本来なら自分もここに並ぶはずだった。

「ユキ姉ちゃん、ショウ兄ちゃん」

 視線をずらせば、隣家に建つ墓が二つ。従姉妹と、その配偶者。お腹にいた赤ん坊は、宿命の名を宿すことなく母親と共に命を落とした。

「ケムリおじちゃん、マキおばちゃん、カタ兄ちゃん、ダイ爺ちゃん……」

 墓を見つめては村人の名をぽつりぽつりと挙げていくワカの後ろ姿は、まるで迷子になった子どものようだ。静寂に包まれた森の中で、村人を捜すテノールの呟きだけが響く。
 マントを強く握りしめながらグリフィスは静かに歩みを進めるワカを見つめる。狩りの際に見た頼もしい背中が今は寂しく泣いているようで、自分の胸が痛む気さえした。
 アンナの話によると、ナバケ村は十七年前に滅びた。生者を失い白に染められた村に、ようやくワカは帰ることができた。…しかし。

「……ズサマ」

 村人二十二名の名前を呼び続け、最後に長老の名を呟く。最奥部に建っていた長老の住処も、雪に潰されていた。
 唇を震わせ、村全体に告げる。

「ただいま」

 末子の帰郷に『おかえり』と答えてくれる者は、誰一人としていなかった。
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