狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[他] □

狩人の昔日

(「ボクと狩人」に関わるお話。時系列は物語開始前、「新米狩人と黒狼鳥」より後)
 くすんだ紅の壁がところどころに残る台地、遺跡平原。穏やかな川と二重床が織りなすエリアでモンスターの咆哮が地を揺るがした。
 声の主は【雌火竜リオレイア】。そしてモンスターの目の前に対峙するのは4人の若きハンター。彼らはギルドから討伐の依頼を受け、狩猟に挑んでいた。
 足を引きずり巣へ戻ろうと飛び立ったリオレイアにハンターたちは武器を各々の背に戻し、空を見上げる。吸い込まれそうな青々とした空に一息つくとリオレイアの巣へ向かおうと移動を始めたのだが、その場に留まっている狩猟笛のハンターに気付いた仲間の一人、太刀のハンターが声をかけた。

「おい、どうしたんだ」
「……メラルーが、」

 言葉の続きは目線で伝える。目線といっても狩猟笛のハンターは前髪を長く伸ばしているため正確には顔を向けた。その先にはメラルーがくたりと横たわっている。
 目を閉じたままかすかに呼吸をしているのか腹部がわずかに動く……が、口元には赤いものがこびりついていた。それを見たガンランスのハンターが首を横に振る。

「恐らくリオレイアの突進に巻き込まれたのだろう。もう手の施しようが無い」
「隙を狙ってオレたちから道具を奪おうとしたのかもしれねえな、ドジな奴だ」
「…………。」

 仲間のハンターたちがそれぞれの憶測をたてる。それでもメラルーを見つけたハンターは動かない。今頃リオレイアは巣で体を休めている、狩猟を終える瞬間は目の前であるのに。痺れを切らした太刀のハンターが狩猟笛のハンターの肩を掴むが、それでも反応を見せないため諦めて手を離し背を向けた。

「そんなに気になるんなら勝手にしろ。おい行くぞ、さっさとしないとリオレイアが起きちまう」
「弱い者は強い者に淘汰される、それが自然の摂理だ。俺たちがどうこうできるものではない、覚えておけ」

 二人のハンターは巣のある方角へ走っていく。足下が凍ったかのように動かないハンターを見かねた最後のハンター、片手剣のハンターが狩猟笛のハンターの背に声をかけた。

「【ジン】……後は任せて、捕獲するから。どうしても助けたいのならできる限り尽くしてみて。私たちは何も咎めないわ」

 そう言い残して先に向かったハンターを追い、静寂の中に残された狩猟笛のハンター、【ジン】はしゃがみ込んでメラルーの状態を調べた。
 裂傷は無く、しかし口から血を吐いたということは内蔵に大きなダメージを受けている。外部の傷なら薬草などで止血を行えるが内部の傷はどうしたらいい。彼は考えを巡らせた。目の前で消えようとしている命の灯火を救うために。



「【ミサ】姉ちゃん、あいつは」
「残してきたわ。狩猟環境も安定しているし、一人にしても大丈夫そうだから」
「はあ……なんなんだよジンの奴。モンスターの医者にでもなるつもりか?」
「そうね、本当はハンターになりたくなかったのかもしれないわ」
「名に課せられた宿命、か。奇妙な風習を持った村だったのだな」
「とにかく、リオレイアは捕獲したぜ。これで依頼は完遂だな」
「お疲れさま、【フェイ】、【リウ】。ジンの所へ戻りましょう」

 依頼を成功させた三人が狩猟笛のハンターを残したエリアに戻ると、先ほどとほとんど変わらない姿勢でしゃがみ込んでいる彼を見つけた。頭を低くうな垂れている様子は、献身の介抱の甲斐が無かったことを示していた。仲間たちが駆けつけても振り返る気配は無い。見た目以上に消沈しているようだ。

「駄目だったか」
「うん」
「お前が落ち込む必要なんか無えからな。あくまでこいつはリオレイアにやられちまったんだ、しょうがなかったんだよ」
「……。」
「依頼も無事に済ませられたし、帰りましょう」

 片手剣のハンター、ミサがジンの腕を取り立ち上がらせる。彼の足下には必死に手当てをした跡が残されていたが、やむなく息を引き取ったメラルーの姿。長い前髪に隠された瞳にはきっと深い悲しみが宿っていることだろう。



 依頼を終えた数日後、ジンは次の依頼に備えて回復薬の調合を行っていた。アオキノコを磨り潰して細かく切り刻んだ薬草と共にビンに詰め、先に完成している回復薬の一部はハチミツと混ぜて回復薬グレートに調合していた。その手際は良く、誰が見ても手慣れていると思うほどだ。
 彼らは孤児だった。それぞれの事情があって同じ孤児院に預けられ、または保護された。年の近い彼らはやがて親しくなり、互いを兄弟のように呼び合うほどになった。全員正しい年齢がわからないものの、一応兄弟順はあるようでこのジンが末弟にあたる。
 四人の中で最後にハンターになった彼は、ハンターになるまでは調合師として仲間たちを支えていた。調合するものは回復薬だけに留まらず、罠や麻酔玉、時には弓のビンやボウガンの弾の調合を行うこともある。次の依頼に必要な道具を一通りまとめていると、ノックの音と同時に彼の名を呼ぶ声が聞こえたので顔を上げた。

「入っていいかしら?」
「いいよ、ミサ姉」

 扉を開けて入ってきたのは彼らのリーダーであり、唯一の女性ハンター【ミサ】。片手剣の連続攻撃に加え片手で動作ができる長所を生かし罠の配置や粉塵を散らすなどのサポートも行う攻防どちらもこなせるハンターで、彼女をスカウトしようと声をかけるキャラバンは多いという。しかし彼女は兄弟と狩りを続けることを望み全てのスカウトを断っていた。そんなミサの手にはリオレイアの鱗に覆われた小さな壷が収まっていた。マゼンタの瞳が優しく微笑む。

「調合は終わったの?」
「うん、ちょうど全部済んだよ」
「良かったわ。ほら、手を出して」
「?」

 ミサの命令にジンが素直に両手を差し出すと、壷を開けて中身を見せた。淡い色のクリームが入っていて花のような香りが広がり、ジンは匂いを確かめた。

「これは……バラ?」
「そう、垂皮油にバラと薬草を混ぜたハンドクリームなの。あ、手を引っ込めないで」
「別に塗らなくてもいいよ、毎日調合でこんなになるんだから」

 そう答えるジンの指先はとてもかさついており、日々調合を行う内に薬草の色が一部染み付いている部分もある。差し出した手を捕まえられジンの口元がへの字に曲がるのを見たミサは、くすくすと笑う。

「痛くないから大丈夫よ」
「い、いいってば。そんな女の子みたいな匂いがするの恥ずかしい」
「なに言ってるの、こんなガサガサした手じゃ女の子の手を握れないわよ」
「そんな機会無いからいらないって!」
「賑やかだな。どうしたんだミサ姉さん、ジン」
「あ、リウ」

 攻防が繰り広げられていたところを通りかかったのか、次兄の【リウ】が顔を出す。ミサが必死にジンの両手を掴んでいて、彼女の膝元にはクリームの入った壷。何をしようとしていたのか把握した次兄は、姉の味方についた。

「ジン、大人しく塗られてやれ」
「ええっ!?」
「そうよ、毎日続けていれば少しずつ綺麗になるから」

 やがて諦めたのか逃げようとしていた右手の力が抜け、委ねるようにミサの細い手の中に収まった。いい子ね、と言いながらミサは上機嫌でクリームを指先に塗っていく。指先だけでなく指の付け根までしっかりと塗り込まれていくため、くすぐったいのか右手が震えているのを見て二人の兄弟は小さく笑った。

「こんなになるまで私たちのサポートをしてくれてありがとう」
「俺にはこれしかできないから。狩りの中でもあまり攻撃には貢献できていないし」
「だがお前の狩猟笛に助けられているのは事実だ。サポート役がいてくれるから俺たちは攻撃に集中できる」
「どうしたの急に……嬉しいけど、くすぐったいよ」

 保湿のためにインナーとは別の手袋をはめさせ、次は左手を取る。右手を鼻先に当てている様子はやはり匂いを気にしているようだ。前髪で目を隠してしまっているため表情を深く読みとることはできないが、ここまで打ち解けてくれたことを嬉しい、とミサは思う。しかしその喜びもすぐに別の感情へ入れ替わる。

「ジン……できればね、私たちはジンにハンターになってほしくなかった。“あのこと”を知ってしまったこともあるけれど、それ以前に危険な目に遭わせたくないの」
「俺も同意だ。結局フェイ兄さんが無理矢理連れ出してしまったが、いくら補助と回避を重視した立ち回りでも、狩猟笛の音色はモンスターの気を引いてしまう。お前を何度も守っているが、やはり狙われる頻度は高く感じる」
「ミサ姉、リウ兄……」

 二人の兄弟にじっと見つめられたジンは隠している己の両目を見透かされているような気がしてたまらず俯く。心配してくれるのは嬉しい、けれど彼には揺らいではならない断固たる理由があり首を横に振った。

「でも、駄目なんだ。俺はハンターにならないといけないんだ」
「“村の掟”か? 竜人族の不思議な力によるものとはいえ所詮は占いだ、どうしてそこまで頑なに信じる」
「……リウ兄にはわからないよ、きっと」

 理解されなくてもいい、といった風に拗ねながらジンが答える。ジンに調合やモンスターの知識を教えたリウはかなりの博識で、各狩猟場の地形や気候、医学にも詳しい。狩りの際はガンランスを担いで強烈な一撃を誇る竜撃砲を放つだけでなく、大きな盾で兄弟を庇うことも多かった。冷静沈着な次兄は、弟が打ち明けた話はあまりにも信憑性が無いと疑っていたのだ。

 生まれてくる命の運命を占い、その宿命に従った名を与えられる。

 その結果ジンにはモンスターハンターとなり人を守ることに尽力する、しかし最終的には狩猟の中で命を散らす運命を約束されていた。
 この話はジンがハンターになった祝いの席で、酒にあまり強くないことを知らずにここにはいない長兄の【フェイ】が大量に飲ませてしまったことで口を滑らせるような形で知ることになった。翌日正気に戻った彼に再度確認をすると事実だと答えられたが、以来その件については固く口を閉ざされてしまい今はそれ以上の詮索は叶わない。
 謎の多い村の生まれであることだけは理解したが、宿命に従わなければ病気になって命を落とすことなどリウには納得がいかなかった。医学的に説明ができないものを信用できるわけが無いと。

 左手にもクリームを塗り終えたが、ジンは俯いたままだ。するとミサが腕ごと引いてジンを抱きしめ、慌てて離れようとした体を逃がすまいと抱く力を強めた。孤児院で出会った頃の彼は臆病な心を表しているかのように小さかったことを思い出しながら、黒土色の髪を撫でる。

「ジン、私たちと一緒に狩りに参加してくれるのは嬉しい。でも死に場所を与えるために連れて行ってるわけじゃないの」
「さっきのリオレイアの狩りの時もブレスの被弾が多かったぞ。気が緩んでいたのではなかろうな。イャンガルルガの防具のおかげでダメージは極力抑えられているが、隙を何度も晒すのは危ない」
「……ごめん」

 ぽんぽん、と軽く頭に手を当てたところで抱擁を解く。正式な年齢こそ不明だが仮の年齢では成人しているため子ども扱いされるのに抵抗があったのか、女性のミサほどではないが日焼けを知らない白めの頬がほんのりと赤くなっていた。

「私たちのサポートに必死になりすぎたようね。今フェイが依頼を探しているけど、次は採取依頼を受けようと思うの。だから次の依頼は休んでほしい。調合は私たちだってできるし、少し気持ちを落ち着かせる時間も必要よ」
「……。」
「ジン、俺たちは血は繋がっていないが兄弟だ。家族を心配しないわけがないだろう。気持ちを切り替えたら、また次の依頼に一緒に行こう」
「うん」
「それじゃ私たち、部屋に戻るわね。また明日」
「おやすみ。ミサ姉、リウ兄」
「ああ、おやすみ」

 姉と兄が部屋を去り、パタンと扉が閉じられジンはため息をつく。俯いた視界に甘い匂いに包まれた手が映る。右手を包み込むように左手で覆い、再び顔を伏せた。

(俺だって、本当は……でも掟に従わないと病気にかかってしまう。それにミサ姉たちに置いていかれるのが一番嫌だ。独りは嫌なんだ)

 必要なことは全て済ませた。もう寝てしまおう、次に狩りに参加できるまで少し日が空く。姉の言う通り気持ちを落ち着かせなくては、そう考えてジンはベッドに潜り込んだ。



 翌朝、採取の依頼に向かった姉と兄を見送り、雑貨屋へ向かった。狩猟に必要な道具や調合書、モンスターの書などジンにとっては必要不可欠なものが並ぶためたびたび足を運んでいる場所でもある。
 書物は大体購入しているが古龍に関する書はさすがに値が張るので上位ハンターにあがったばかりの彼には手を伸ばせず、まだ買えないなと他の書物の背表紙を眺めているとふとある本が目に入った。

(獣人種の書……あのメラルー、助けたかったな)

 思い出されるのは先日の遺跡平原で見つけた瀕死のメラルー。ヒトと違い毛に覆われた、小さな体。内部を傷つけられた体を治療する的確な方法を見出せず、外部の傷の手当てをするだけに留まってしまいただ看取ることしかできなかった。
 本来ハンターから道具を盗み取ることで忌み嫌われるメラルーだが、ハンターと大型モンスターの戦いに巻き込まれて命を落としたことはジンの心に罪悪感を残した。とはいえ今後同じことが起こった時に兄弟より小型モンスターの治療を優先するわけにもいかない。そうとはわかっているものの、生態について知らずにいたくないと思った。

(ギルドの書庫に行こう。モンスターについて更に詳しい本があるかもしれない)

 自分のとっている行動が果たして兄弟に言われた『気持ちを切り替える』ことに繋がるかはわからないが、それでも今やりたいことを見つけたジンは足早に雑貨屋を去りギルドへ向かう。そして丹念に調べた結果目的の本を見つけ、モンスターの生体研究という名目で借りていった。

(内蔵への損傷の治癒方法は限られている。意識があれば秘薬のような効き目の強い薬を飲ませて安静にして生命力の強さに託すしかないけれど、あのメラルーは虫の息だった。……とはいえ、やっぱり助けられなかったことは悔しい)

 宿に戻り兄弟の帰還がまだなことを確認すると部屋に入り机に乗せた本を開く。難しい言葉が羅列する文字列を読みながら、ジンは思考を深めていく。
 ハンターは日頃の鍛錬のおかげで常人よりは強固な肉体を誇るが、それでもモンスターの強大な力の前では頑丈な鎧無しには生きて立つことなどできない。それをメラルーのような小型モンスターに当てはめれば簡単なことだった。弱い者は強い者に喰われる、それは自然の摂理。リウの言葉が蘇る。

(いつかは兄弟の誰かがオトモアイルーを雇う日が来るかもしれない。狩りの中で命を落とすオトモアイルーもいるそうだし、救える命はできるだけ助けたい)

 ページをめくる手が止まる。万年雪に覆われていた村に住んでいたジンは日付の感覚がわからないが、ハンターになってそれなりの場数を踏んだつもりでいた。ハンターランクを上位にあげ、イャンガルルガの鎧をまとい少しずつではあるが兄弟の力添えにはなっているはず。そしていずれ訪れるであろう『その時』に近づきつつあるとも。

(【ナバケ村】最後の生き残りの宿命が、ハンターになることなんてな……。村をつくったのは密猟者だというのに。モンスターに身を捧げて滅べということか)

 酒によってうっかり漏らしてしまった村の掟。しかしハンターの兄弟にとってはとても後ろめたい村の成り立ちだけはどうにか理性が働いて内密にすることができた。
 ハンターの道を外れた行為、密猟。先祖がどういう理由でそれを行ったのかはわからないが、とある地域に生息していたモンスターを絶滅させた事実は変わらない。だからモンスターによって滅ぼされたのも因果応報だったのかもしれないと思う。

(俺も皆と一緒に殺されるべきだった。でもおっとうとおっかあは俺を生かした。宿命に従ってハンターになった今、俺の人生もあと少しなのかもしれない。だけど、本当にそれでいいのかな)

 ジンの背後に寒気がはしる。今まで何度もモンスターに死の危険を感じさせられた。最初こそ本望と受け入れていたものの、どうにか生き延びては自分の命がまだ尽きていないことを喜ぶべきか嘆くべきかわからないでいる日々が続いている。その度に兄弟に心配され、村の掟を知られた後はこうして狩りから外されてしまうこともざらだ。

(俺がいなくなったらきっとミサ姉たちは悲しむ、だから悲しませたくない。それでも俺はハンターを続けなくちゃいけない。なんだろう、この複雑な気持ち……すごく胸が苦しい)

 自分を待っているだろう村の人々がいる世界へ旅立つのが怖い。雪に覆われた小さな村しか知らなかったジンにとって外の世界は眩しく、兄弟の絆を結んだ姉と兄たちから受けた家族愛は温かかった。孤児院に来たばかりの頃は絶望しか抱いていなかったのに、彼に触れる多くのものがそれを払拭してくれた。村の掟と兄弟の絆に板挟みにされたジンの心中は穏やかではなく、思わず頭を伏せる。

「泣きたきゃ泣いていいんだぜ」
「!?」

 突然背後から聞こえた言葉に驚き椅子が派手な音を立てて動く。そして振り返ると背後に長兄のフェイが立っていた。いつの間にか扉を開けて部屋の中に入ってきていたようだが気配に全く気が付かなかったためジンは体が強ばらせる。固まってしまった弟を見て兄は含み笑いを浮かべた。

「お前って集中するとホント周りの気配を感じなくなるんだよな。狩りの最中じゃ命取りになるから、あんまり考えすぎんなよ」
「フェイ兄、いつからそこに」
「ちょっと前から。で、何を読んでるんだ?」

 ずいと机に近づきジンの持っている本のタイトルを見ると、フェイは少しだけ表情を硬くした。なぜその本を読んでいるかまで把握したからだ。くるりと背を向け腕を組みながら弟に尋ねる。

「なあジン、オレがハンターになりたい理由って言っていなかったよな」
「うん、知らない」
「そっか。それじゃ聞いてくれ」

 ジンのベッドに腰掛け、フェイは鮮やかな金色の髪を手で梳く。綺麗な金色だな、とジンは己の目にも同じ色が宿っていることなど忘れて兄の話に耳を傾けた。

「オレは捨て子だったらしいんだ。どうして捨てられたのかは知らねえ。オレがいらない存在だったかもしれないし、育てられる環境じゃなかったのかもしれねえ。だからオレは有名なハンターになって親に存在を知らしめてえんだ。捨てられたガキはこんなに立派になったんだぜ、って。親に憎しみとか恨みは抱いちゃいねえ、ただオレのことを認めてほしいんだ。できることなら話とかもしてみてえと思う。その時に恋人でも紹介できたら最高なんだけどな!」
「…………。」
「悪い、お前には言わないでおいたんだ。家族とか友達がいなくなっちまってるから」
「ううん、別にいいよ。それよりフェイ兄がそこまでしっかり考えているなんて思わなかった」
「ちょっ……お前なあ!」

 控えめに笑う末弟を見てフェイは茶化されたと肩を怒らせるが、それもすぐに引っ込む。口元は笑っているものの、明らかに寂しそうな気配をまとっていたから。やはり言うべきではなかったかと後悔しながらも本題へもっていく。

「オレが言いたいのはな、せっかくここまで生きてきたんだから簡単に命を散らすようなことはするんじゃねえってことだ。今回のことでお前はモンスターも心配するいい奴だってことはよくわかったからよ、頼むからお前自身の命を軽く扱うのはやめてくれ」

 オレも心配しているんだ、と付け加えてフェイは立ち上がり部屋を去ろうとしたのだが、他にも話すべき用事があったことを思い出し机に向かおうとしたジンの肩を慌てて叩いて振り向かせる。おっちょこちょいなんだから、と笑われたがこの弟にもそんなところがあるのを当人は自覚していない。

「今日の依頼報酬で金のたまごを受け取ったからさ、町に出て換金しようぜって話になったんだ。何せ二万ゼニーになるからな。明日船に乗って運んで、売却を終えたらバサルモスの狩猟に行くから船の中でボウガン用の弾の準備を頼むぜ。ヘビィボウガンを担いでいくから」
「わかった。素材だけ準備しておくよ」
「おう、頼むな」

 その約束は、翌日果たされることなく破られてしまった。

 彼らが気にかけていた末弟が、海に沈んだのだから。



「いやああぁぁっ! ジン、ジン!!」
「海に潜っちゃダメだ、ミサ姉ちゃん! この波じゃミサ姉ちゃんまで沈んじまう!」
「でもっでも、ジンが! ジン、出てきて、お願い……!」
「ミサ姉ちゃん……」

 甲板から身を投げようとするミサは完全に冷静さを失っていた。こんな姿を見せる姉は初めてで、フェイはミサの体を引き留めるので精一杯だった。彼も同じく目の前で起こった惨劇に激しく動揺していたのだから。
 ガンランスを背負ったリウがやって来るが、彼の表情もとても暗い。海を見つめ、兄と姉を呼ぶ。

「ミサ姉さん、フェイ兄さん」
「リウ、あのリオレイアはどうした」
「子どもを連れて飛び立った。俺たちの排除より子の安全を重視したらしい。それで……ジンは」
「ダメだ、浮かんでこねえ」

 暗い海を見つめてフェイが低い声で呟き、ミサも力を失いその場に崩れ落ちる。波はまだ荒いまま、彼らの体も心も大きく揺さぶった。

 本当に、一瞬の出来事だった。

 報酬で得た金のたまごに突然ヒビが入り、何事かと様子を見ていると金色の小さなクチバシが殻を破った。飛竜、それも希少種のリオレイアの雛が孵ったのだ。一体これはどうしたことかと驚いていると空からモンスターの鳴き声が降ってきた。
 ミサが甲板に出るとリオレイア希少種がちょうど降り立ったところだった。海上の船を襲撃する理由は一つしかない。たまごを、子どもを取り返しに来たのだ。様子を見に向かったため武器を手にしていない。子を捜す母から発せられる殺気はとても強く、すぐにでも襲い掛かりそうなところに男性にしては高めの声が割り込んできた。

「リオレイア! アンタが捜していた子どもはここだ……!」

 ジンが殻ごと抱えて甲板に上がってきたのだ。そしてそっとリオレイアの目の前にたまごを置く。まだ目も開いていない雛はピーピーとか弱く鳴いて母親を捜していた。
 雛を慈しむように見つめたリオレイアだったが、即座に殺気を漲らせるモンスターの顔に変わる。それに気が付いたジンはとっさにリオレイアの側面に走り出した。
 その直後リオレイアから高熱のブレスが放たれ、背面に直撃すると威力の勢いのままジンは海に投げ出されてしまったのだった。リオレイアは子どもを掴むと空中へ飛び上がり脅威は去ったものの、海に落ちたジンが浮上することは無かった。

「わざと移動したのね……あのまま真正面にブレスを使わせていたら操縦室にダメージを与えてしまうから」
「鎧を脱ぐことができればまだ浮かび上がる可能性はあるが、駄目か……」

 リオレイアの子どもをすぐに差しだし、ブレスが自分を狙っていることを察したジンは兄弟と船を守ろうと行動に出た。その結果、彼は海に投げ出され兄弟の前から姿を消すことになった。
 波はいつの間にか穏やかさを取り戻していたが彼らの心は荒れたまま、しばし海の上で佇んでいた。すると水面を睨んでいたフェイが小さく呟く。

「……ジンは死んじゃいねえ」
「フェイ……?」
「言ってただろ!? ミサ姉ちゃん! あいつはハンターになって、人に尽くして、“狩りの中で”死ぬって! ここは狩り場じゃねえ、村の掟だかで決められた運命の通りに死ぬんなら、あいつはこんな所で死ぬはずがねえんだ!」

 拳を固く握り叫ぶ。散々疑っていた掟だが、真実と受け取るならそのように考えることもできると。気休めでしかない考え方かもしれない。それでもハンターの道を決してやめようとしなかったジンの決意は固かった。それほど彼の信条を強めるものならば、諦めるわけにはいかない。

「ここで嘆いたって何も変わりゃしねえ。今はギルドに戻ってこのことを報告して、あいつの捜索願を出す方が大事だ」
「そうだな。もしあいつがどうにか生き延びていれば、どこかに漂着するはず。海沿いの大陸を調べれば見つかるかもしれない。やろう、ミサ姉さん」
「わかったわ、戻りましょう。……ジン、どうか無事でいて」

 三人は顔を見合わせて力強く頷く。彼らが弟を見つけるまで一年の年月を要したが、その間に弟に様々な変化が起こっていたことなど知る由も無かった。



 チコ村に漂着し、村人の介抱のおかげもあって奇跡的に命拾いをした彼は記憶を失った。名前やここに来るまでの経緯は何も思い出せないものの、なぜか狩りについての知識や経験だけは残されており、ハンターであることだけはわかったため彼は村の近くの原生林のモンスターを撃退して恩を返す日々を送っていた。
 絞蛇竜ガララアジャラの鎧を一式揃えた頃、ドスイーオスを討伐するために原生林へ向かうと尻尾をかじり取られ倒れ伏したメラルー、そして明らかにそのメラルーを狙っているドスイーオスを見つけた。無意識の内にポーチから取り出した閃光玉を投げつけ、ドスイーオスの目が眩んでいる間にメラルーを抱いて治療を行うためにベースキャンプへ引き返す。よく見ればこの毛並み、以前採取中に襲いかかってきたメラルーではないかと気付く。だったらなおさら助けてやりたい。
 残されたハンターの知識を頼りに、必死にメラルーの介抱をした。何故メラルーの、モンスターの手当ての方法まで知っているのかはわからない。しかし今はこの知識をフル活用するべきなのだと過去の自分が訴えているような気さえした。毒を受けているようなのでまずは解毒、そして傷口の消毒と止血の処置を行い痛みに震える体を抱きしめる。
 
 それから少し時間が経過した頃、メラルーが目を覚ました。珍しく人の言葉を解する個体だった。目を丸くしながら、そのメラルーはおずおずと尋ねる。

「どうして、助けてくれたんですニャ?」

 何故このメラルーを救おうと躍起になったのか、彼はそのきっかけを覚えていない。しかしメラルーを助けられたことをとても喜ぶ自身の心に、この行動は間違っていなかったのだと彼は言い聞かせる。

 後に互いの運命を大きく変えることになる邂逅だった。
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