狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[他] □

新米狩人と黒狼鳥

(「ボクと剣斧使いさん」に関係するお話。時系列は物語開始前のワカが記憶を失う前)
 深い緑が広がる樹海。そこで一体のモンスターの命が散り、断末魔をあげて黒土の上に倒れ伏した。倒れたのは【怪鳥イャンクック】。それを打ち倒したのは巨大な武器を操るモンスターハンター……の新米だった。
 若いハンターは息を整え、叩き下ろしたままの狩猟笛【フォルティッシモ】を背負うとイャンクックの亡骸に近づく。そしてしゃがみ込んで目を閉じ、亡くなった命に敬意を表した後に遺骸の一部を剥ぎ取る。こうして剥ぎ取った素材は、後に武器や防具としてハンターの力になる。若きハンターにとって、自分の命を守るために最も重要なことであった。
 剥ぎ取りを終え、立ち上がると周りを見回す。臆病で動き回るイャンクックを必死に追いかけていくうちに、だいぶ見慣れない領域に足を踏み込んでしまったようだ。木々のざわめきを聞きながら、ハンターは不安そうに辺りを見回す。何しろ、この若きハンターは地図無しにベースキャンプまで戻れる自信が無いほどの方向音痴なのだから。

 来た道を戻ろうと辺りを見て光景を思い出しながら歩き出そうとしたその時、突然けたたましい鳴き声が上空から聞こえてきて思わずハンターは身構えた。
 上空ということは飛竜の類か。赤ければ【火竜リオレウス】、緑ならば【雌火竜リオレイア】、とハンターは降り立とうとしているモンスターのシルエットを注視する。それは先述の2頭よりは小柄で、寧ろ先ほど戦ったイャンクックに近しい。
 しかし全体的な甲殻の色は毒々しい紫で、正体を把握するとハンターは覚悟を決めてポーチから回復薬を取り出し、一気に飲み干した。
 ハンターが遭遇したのは【黒狼鳥イャンガルルガ】。イャンクックとは似て否なる者。非常に好戦的で破壊力のある嘴や火のブレスのほか、毒を忍ばせている尾など攻撃的な武器ばかりを持っている。ハンターにとって、これがイャンガルルガの初狩猟であった。
 初対面となると翻弄されそうであるが、ハンターには経験こそ無いが前もって書物や他のハンターから得ていた『知識』という武器があった。それを脳内でフル回転させ、イャンガルルガの特性、弱点を思い出す。素早い突進や宙返りなどの攻撃を必死にかわし、時にはかすってしまいながらもハンターはとにかくがむしゃらに狩猟笛をイャンガルルガの頭部目がけて振り下ろした。



 好戦的な性格が災いして遭遇前から既に生傷の絶えない姿をしていたイャンガルルガであったが、つい先ほどまでどこかで戦っていたのかというほどの傷の多さと疲弊感にハンターは違和感を覚えた。それでもどうにかイャンガルルガの討伐にも成功し、ハンターは二体目の剥ぎ取りを行った。
 しかし、剥ぎ取りをしながらもハンターは頭を張り巡らせる。先に狩ったイャンクックも、多少の傷を負った状態で遭遇したのだった。イャンガルルガとイャンクックは同種ではないらしく、更に誰でもお構いなしに襲いかかるイャンガルルガの性格もあり、イャンクックがイャンガルルガに命を奪われることも多々あるという。もしやこの二体、自分が遭遇する前にかち合っていたのではないか、と。
 その憶測をたてた時、視界の隅からまたもモンスターの鳴き声が聞こえた。……が。

「ピィィ!」

 そこにいたのは、イャンガルルガの子ども。まだ淡い紫色だが、イャンクックには無い刺々しいウロコが生えている。どこかの草むらから出てきたのか、人間であるハンターを気にすることなく一心にイャンガルルガの亡骸に寄り添った。
 その光景を見て、ハンターは体に電撃が走った。この子どものイャンガルルガにとって、今自分が狩ったイャンガルルガが何なのかを理解してしまったのだ。

 この子は、このイャンガルルガの、子ども。

 ハンターの体がわなわなと震えだす。親の体にピイピイと鳴きながらまだ地面を穿つこともできそうにないクチバシが『起きて』と言わんばかりに突いている。起きるわけが無い。たった今、自分がその命を奪ったのだから。

 ハンターは、孤児だった。小さな村で静かに暮らしていたのだが、ある日突然雪山から降りてきた黒い鱗と白い毛を持つ巨大なモンスターに襲われ、吹雪の中で滅ぼされた。子どもだったハンターは親によってかまどの奥に隠され、モンスターに見つかること無く生き延びたが、モンスターが去り白と赤に染まった村にただ一人遺されてしまったのだった。

(この子も、一人、独り)

 ハンターはその後モンスターが現れた報告を受け調査にやってきたギルドに保護され、孤児院へ連れて行かれた。そこで血の繋がらない、しかし深い絆で結ばれた家族ができたのだが、モンスターの世界は人間のそれとは全く違い、甘くは無い。
 殊に戦闘本能が強いイャンガルルガは、子どものうちから他のモンスターに果敢に襲いかかるだろう。それがたとえ、逆に自分が命を落とすことになろうとも。

(独りで、生きなければならないのなら)

 腰に手が伸びる。幼体の甲殻なら、この剥ぎ取りナイフで十分だろう。たった今自分が命を奪った親の元へ連れて行かせてやるべきではなかろうか。孤独を味わされた子どもだったハンターは、そう思った。

「ピイィ!!」
「っ!」

 しかし太陽に反射したナイフを見て身の危険を察したのか、突然イャンガルルガの子どもは明らかにハンターに向けて小さな翼を広げ威嚇した。その鳴き声は成体に比べ遙かに弱々しく、通常ならば耳を押さえてしまうほどの迫力など無い。
 それでもハンターはその威嚇に震え上がった。威勢にすくみ上がったのではない。ハンターは聞いてしまった、聞こえてしまった。イャンガルルガの声を。

(オマエヲ、コロシテヤル)

 イャンガルルガの子どもは感じ取ったのかもしれない。そのナイフは自分の親の体を傷つけたものだと。完全に血を拭き取ったはずのそれに、自身の戦闘本能を震わせるものがこびり付いていると。
 後ずさりするも、背後は大木。ハンターは袋小路でイャンガルルガを仕留めた。ここから脱出するためには、この強い殺意を放つイャンガルルガの先へ抜けなくてはならない。ハンターにこの子どもを殺すという選択肢は存在しなかった。親を殺し更に子も殺すという考えがどれだけ愚かだったのか自覚したのだ。
 おぼつかない二本足が、近づいてくる。

「――!」

 恐怖にガタガタと震える足を堪えつつ、ハンターは腰ポーチから玉を取り出し、地面に強く叩きつけた。目くらましの【閃光玉】。樹海にあるもので調合していたそれは緊急時のために、と準備しておいたものだった。目映い閃光はイャンガルルガの子どもの視界を奪い、その隙にハンターは一心不乱に駆けだした。
 生存本能が勝ったのか、生きたいと願う足は幾度も前へ前へと突き出し、拠点へ戻る荷車の場所へ真っ先に向かうことができた。ここまで来れば、あの子どもも追っては来られない。一方通行の道しか知らないアプトノスに出発の号令を出す。
 ゴトゴトと揺れ出す荷車の中で、ハンターは終始震えていた。耳の奥底に、あの子どもの鳴き声がずっとこびりついて離れなかった。



 ハンターが街へ戻ると、仲間であり先輩であり家族であるハンター達が出迎えた。出発時に見せた意気揚々な姿など微塵も無い気配に家族は心配の色を隠せなかったが、一人の兄が『俺に任せてくれ』とハンターを連れて宿へ向かった。

「……何があったんだ」

 兄は優しく尋ねた。一番口数が少ないが、一番ハンターの内なる心を理解してくれるのがこの兄だった。他言もほとんどしない信頼から、ハンターは樹海であったことを全て打ち明けた。

「子どもを見てしまったのか」

 こくりと頷き、足を折り畳んで座っていたハンターは頭を埋める。それを見た兄はハンターの黒土色の髪を優しく撫でながら、ゆっくりと静かに語り始めた。

「確かに後味は悪いな。だが、だからといって俺たちも易々と奴らに食われるわけにはいかない。お前は自分が生きるために黒狼鳥の命を食らった、そうだろう? 俺たちは、モンスターの命を食らって生きる【モンスターハンター】だ。狩るのは世の為人の為であって、好き勝手に奴らの命を奪う密猟者ではない。命を食らった分、俺たちはその命を自分が生きる形で繋いでいかなくてはならない。 
 子どもの命を奪わなかったことは評価する。遺された子とて生きている。俺たちがむやみに命を奪っていい存在ではない。お前の性格では誤った選択をしてしまうのではないかと思っていたが、ハンターとしての志もきちんと持っている。成長したな」

 ぽつりぽつりと語る兄にハンターはゆっくりと顔を上げた。長く伸ばした髪で隠されている目はよく見えないが、頬を大粒の涙がボロボロと伝っている。滴り落ちる雫を両手で乱暴に拭うハンターの頭を、兄は再び撫でた。

「大丈夫だ、イャンガルルガも能無しではない。きちんと身の程をわきまえる。無茶はしないはずだ。だからもうその子どものことは心配しなくてもいい。どうしても悔やんでしまうのなら、イャンガルルガの武具をつくって共に戦う覚悟を持て。さすがにあのハンター装備もそろそろ痛んできたしな」

 それからしばらく経ったある日、依頼の報酬で得た卵からリオレイアの子どもが孵化し、子どもを取り返すべく海上から船を襲撃したリオレイア希少種に炎のブレスを当てられハンターは海へ落とされてしまった。
 しかしハンターがブレスを受けた時点で命を落とさずに済んだのは、海に投げ出されて火をすぐに消すことができたこともあるが、同じく火を操るイャンガルルガの素材からつくられた防具によってブレスの衝動から身を守られたからでもある、と記憶を全て取り戻し落ち着きも取り戻したハンターは語っている。



なあ、聞いたか? 樹海にいた『両耳欠の黒狼鳥』。

聞いた聞いた。狩猟笛のハンターだけを執拗に狙うんだろう?おかげで狩猟笛使いはあまり樹海に行きたがらなくなったっていう。

そうなんだけどさ、とうとう狩られたらしいぜ。なんせ相手はG級並の凄腕ハンターだったからな。

そうか。それなら安心して俺の連れも一緒に行けるな。だけど、どうして狩猟笛のハンターばかり狙ったんだろう?

俺達にはモンスターの考えなんかわからないからな。もしかしたら狩猟笛のハンターに親でも殺されたんじゃないのか。

もしそうなら、奴は一生親の仇を討とうと復讐心だけで生きていたのか。それも悲しいな。虚しい人生だったろう、モンスターだけどちょっと同情するよ。

まあ所詮は好戦的なイャンガルルガだ、狩猟笛のハンターを仕留めて味をしめたのかもしれないぜ。

そう考えることもできるか。仇討ち……ハンターの中にもそういう目的を持ってる奴がいるが、モンスターにもいるもんかねえ?

いるんじゃないか。頭の良い古龍ぐらいならきっと自分の仲間の素材でできた武器を担いでるハンターぐらい認識できそうじゃないか。






「……どうしたんですニャ、ワカ旦那さん。手が止まっていますニャ、ご飯が冷めてしまいますニャ」
「あ、ああ。そうだな、早く食べてテントに戻ろう。おっちゃんとトラを待たせたらいけないもんな」

(復讐心だけで動いたら、モンスターもハンターも辿る道は同じ……。)

「俺が、なんとかしないと」
「何か言いましたかニャ?」
「なんでも」
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