狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[4] □

ボクと臆病なオトモアイルー【2】

 このまま大人しくチコ村に帰ろうか。でもリンさんたちの狩りを間近で見たいという好奇心がわいてしまう。それに、一度も見たことが無いラージャン。
 ワカ旦那さんが対峙したことが無いのは、ワカ旦那さんがラージャンがどれだけ危険なモンスターかを知っていたからだ。そんなラージャンを、ラージャンを狩ろうとしているリンさんを、ボクは見てみたい。そしてそれをワカ旦那さんに報告して、ワカ旦那さんの知識の糧にしてもらえたら……。

『そんな素っ裸じゃ、あいつのパンチ一発で骨が粉々になるよ』

 リンさんの鋭い声が奥へ進もうとするボクの足を止めた。そうだ、好奇心で痛い目に遭ったことを忘れたのか、と自分を責める。
 かつて眠っていたドスイーオスを不用意に起こして怒らせてしまい、結果ボクの尻尾が短くなってしまったことを思い出す。助けてくれたワカ旦那さんはここにいない。リンさんたちに迷惑をかけてしまうわけにもいかない。それでも止められない好奇心、どうすれば安全に見届けられるだろうか。

「!」

 耳をピンと立てると、遠くから聞いたことの無いモンスターの咆哮が聞こえる。きっとラージャンだ、リンさんたちがラージャンの討伐を始めたんだ。戦っている場所は原生林で一番広い【エリア5】と呼ばれる所。そこを遠くから眺められる場所をボクは知っている。遠回りして目的のエリアへ向かった。



「上のエリアからなら……」

 ネルスキュラがつくった糸の二重床があるエリアの真下にエリア5が広がっている。そこからなら見えるはずだ。ちょっと高くて見下ろすのが大変だけど、双眼鏡で覗けばいい。ポーチにアイルー用の双眼鏡を入れていて良かった。
 高所にいる自分にラージャンやリンさんたちが気付くことは無いだろうし、こちらには蔦を上らなければやって来れないからわざわざこちらに来る可能性も無いだろう。辺りにモンスターの気配が無いことを確認すると、ドキドキしながら双眼鏡をのぞき込んだ。

「……!」

 黒い毛に覆われた太い二の腕を豪快に、だけど標的に向かって的確に振り回すモンスターがいる。そしてその攻撃を必死にかわしながら操虫棍を振り下ろすリンさんも。シャガートは距離をとってナルガネコ手裏剣を投げ、ニコは鬼人笛でリンさんのサポートをしていた。今のところは順調に狩りを進めているように見える。

(一撃一撃がとても重そうなのに、素早く繰り出してくるなんて恐ろしいモンスターですニャ。
 でもそれを回避しているリンさんもすごいですニャ)

 ギリギリのところで回避を続けるリンさんが反撃に出た。威力のあるパンチは地面に深く突き刺さり、腕を抜こうとするラージャンの背後から後ろ足めがけて飛び込みながら操虫棍を叩きつける。
 それと同時にラージャンの真っ黒だった毛が一瞬で金色に染まる。強く地面を蹴って跳躍し、怒りの形相を見せた。

(体毛の色が変わるなんてすごいですニャ。ラージャンの怒りで変化したんですニャ?)

 怒ったラージャンの攻撃は速度を増し、回避を成功させていたリンさんがとうとうラージャンの太い腕で吹き飛ばされた。ゴロゴロと転がされる勢いがラージャンの攻撃力を物語っている。すぐに起きあがれない程の威力となれば、大ダメージは必至だ。

「いけませんニャ、すぐに回復笛を……」

 腰に手を当てたところでハッとする。今のボクはただのメラルー。鎧も着ていなければ武器も背負っておらず、回復笛すら持っていない。
 下ではシャガートが回復笛を吹いてリンさんの傷を癒したけれど、ようやく起き上がったリンさんの体がふらついている。そこへラージャンの大きな手が襲いかかった。反応が遅れたリンさんの体がラージャンの手に捕まり、シャガートが叫ぶ。

「コラー! そこニャるモンスター! 今すぐ離さないと許さんニャ!」
「……このっ、離せ大猿!」

 リンさんがポーチに手を伸ばし、こやし玉をぶつけると目に直撃したらしいラージャンが思わず手を離して目を覆う。ドサリと落ちたリンさんがよろよろと起き上がり、シャガートとニコに手で合図を送った。一度退くみたいだ。
 移動先を確認するとボクもこの場を離れる。そしてネコの巣に行き、あるものを探していると遠くから声が聞こえてきた。目的の物を手に入れたら向かおうと思っていたけれど、その必要は無くなったみたいだ。

「いったぁ……。あいつなかなか強いね、わかりきっていたことだけど」
「怒り状態のラージャンは攻撃力を爆発的に高めているニャ。その分攻撃チャンスもあるはずだけど、攻め際が難しいニャ」
「ニャワワ……旦那さん、大丈夫ニャ? 痛そうニャ」

 リンさんたちだ。お目当てのものも手に入ったので、すかさず声の聞こえた方に向かう。ボクに気が付いたリンさんは目を丸くした。

「アンタ、村に帰ったんじゃなかったの?」
「ここはモンスターに襲われないから大丈夫ですニャ。それよりリンさん、傷が酷いですニャ。すぐに癒しますニャ」

 そう言って回復笛を鳴らす。この巣にワカ旦那さんにつくってもらった回復笛のストックを隠していたのが幸いした。傷が癒えたリンさんが負傷した右腕に触れて具合を確かめる。

「アンタは回復笛の術を会得していたんだね。ありがと。でもアンタはここじゃ部外者、あまり余計なことをしない方がいい」
「わかっていますニャ。でもボク、苦しそうな人を放っておけませんニャ」
「モーナコ……?」

 ボクの発言にニコが不思議そうな顔をしたのでどうしましたニャ、と尋ねるとニコは答えようかどうか悩む素振りを見せつつも、返事をしてくれた。

「今のモーナコ、まるでワカさんみたいだったニャ。ワカさんもボクを溶岩島に連れていくと言った時に、そんな表情でボクを励ましてくれたニャ」

『ニコ、お前の苦しそうな表情を少しでも和らげてあげたいんだ。少しでも力になりたい、一緒に来てくれ』

「ワカ旦那さんが……」

 ああ、本当にワカ旦那さんは優しい人だ。そんな優しい人の元で、オトモアイルーとして活動できたボクは幸せ者だ。今もどこかで誰かの為に笛を吹いているのだろうか。そう考えていると、リンさんが猟虫【ケーニヒゴアビートル】を撫でながら呟く。

「狩猟笛のハンターってのはさ、旋律で仲間を援護しながら立ち回るのが常だ。だから相手を思い遣る慈悲深い奴が多いんだってさ。その代わり狩猟笛の音色はモンスターの気を引くし、更に演奏時は無防備になる。迂闊に隙を晒した結果……命を落とす奴も多い。そのせいか使い手は始めたばかりの初心者か熟練者に偏っているし、人数も圧倒的に少ない。元々特殊な技術が必要とされる武器だから使おうとするハンターもあまりいないそうだけどね」
「旦那さん、言い方がストレートすぎるニャ」
「本当のことを言っただけだよ、シャガート。いい? モーナコ。アンタの主はたくさんの狩りを重ねてきて、今も健在している。つまり熟練者側ってことさ。いい仲間に支えられてることもあるだろうね。もちろんアンタというオトモアイルーの存在も」

 ぽん、とボクの頭に軽く手を乗せたリンさんの目は、穏やかな波を映したような海の色をしていた。にっと笑うとすっと立ち上がる。体力が回復したのでもう一戦交えに行くみたいだ。

「あいつとは何度か戦ったことがあるけれど、どうも攻撃がかわしにくい。どうしてだろうな」
「他の個体より強い個体なのかもしれないニャ。たい……泰然自若ニャ、旦那さん」
「それはわかってるんだけどさあ」

 シャガートと話しながら悩ましげに首を傾けるリンさんを見上げて先ほどのラージャンの動きを思い出す。ボクにとってラージャンは初めて見るモンスターのため全ての動きがそれで当然のように思えたけれど、ふとある疑問が浮かんだ。

「リンさん」
「なんだい、モーナコ」
「ラージャンって……左利きなんですニャ?」
「えっ!?」

 リンさんの反応はラージャンの利き腕に対することでもあり、同時にボクがリンさんたちの狩りを盗み見していたことに対することのようにも思えた。約束を破ってしまったことを責められても仕方がない。それでもボクは少しでもリンさんの力になりたかった。

「アンタ、いつの間に……いや、それは今はいい。確かにあいつ、倒木を左腕でぶん投げていたな。あの連続攻撃の出も……、ということは攻撃の始点は全て左側、つまり右側が……」

 瞬時に狩人の顔に切り替わったリンさんがぶつぶつ言いながら分析をしている。どんな狩猟にも順応する適応力、状況を把握して次の一手を練る思考力、それらを一人で成し遂げるハンターの実力。リンさんの、バルバレの英雄の凄さを垣間見た。

「ありがとう、モーナコ。おかげで光が見えた気がする。でも今度こそ顔を出しちゃ駄目だよ」
「わかりましたニャ。頑張ってくださいニャ」
「もちろん! あいつにさっきの借りを叩き込んでやるよ」

 操虫棍【碧紫の氷矛露】(休んでいる間に尋ねて知った。キリン亜種の素材を使った武器らしい)を背負い直し、手をひらひらと振ってリンさんが巣を出ていった。その後をシャガートとニコが追う。
 三人を見送ったボクは、言いつけ通り村に戻ることにした。ダメだと言った時のリンさんの顔が本気だったので、次こそは本当にギルドに密告されかねない。

(リンさんならきっと討伐できますニャ。シャガートとニコもいますしニャ)

 回復笛をそっと巣に戻し、ボクはチコ村に戻った。管理人さんにシャガートと会ったことを話すと興味津々で狩りの時の様子などを尋ねられ、話をしている内に他のアイルーもやってきてぽかぽか島はわいわいと賑わった。



 その日の夕方、リンさんたちが帰ってきた。ラージャンは討伐され、原生林に突如現れた脅威が去ったと知るとチコ村はお祭り騒ぎのように喜びでわいた。
 リンさんの所属するキャラバンが翌日迎えに来るそうなので、この日はチコ村に滞在してもらうことになった。チコ村の住人にお礼を言われ照れながら笑顔で応えるリンさんと一緒にテントに入ると、リンさんは防具を一気に外してインナー姿になった。あまりの早業にちょっと驚いてしまう。

「相変わらず豪快な脱ぎっぷりニャ。これを団長さんや加工屋の兄貴の前でもやってしまうから、ドン引きされて男の人にもモテないニャ」
「べ、別にそれは関係無いでしょ、シャガート! アタシが強すぎるから、見合う男がいないってだけ!」
「それは大問題ニャ。このままじゃ旦那さんに釣り合う人がいなくなってモンスターだけになってしまうニャ。さっきのラージャンとか」
「い、言ったね! 覚悟しなあっ!」
「ニャアアアアアッ尻尾を握っちゃダメニャアアァァ……グフッ」

 男勝りでサバサバした印象を受けるリンさんだったけど、異性を気にかける女性らしいところはあるみたいだ。シャガートと騒いでいるリンさんをよそに、ニコがボクの隣に座る。

「モーナコ、ワカさんはいつ戻ってくるニャ?」
「……わかりませんニャ。とにかく長くかかるみたいですニャ」
「そうニャ……。モーナコ、もし良かったら、ボクらのところに来ないニャ?」
「えっ」

 どうしてだろう。チコ村でワカ旦那さんの帰りを待つと決めたはずなのに、心がどくんと揺れてしまった。
 ボクはオトモアイルー、ハンターと一緒にモンスターを討伐するのがお仕事。今日のことは間接的にだけど、ハンターの手助けをした。そのことに満足感を得たのは確かだ。

『俺のことを忘れて、チコ村を訪れるハンターについて行っても構わない』

 ワカ旦那さんはそう言った。ボクと本当にお別れする覚悟をして。バルバレの英雄のオトモアイルーというお仕事は、とてもやりがいがあるものだろう。今のニコがそれを証明している。
 このままチコ村でワカ旦那さんを待つ日々を送るだけでいいのだろうか。周りのみんなは変わり始めている。ボクも変わるべきなのかもしれない。

「ニコ、ボク……その、」
「どうして迷ったニャ、モーナコ」
「ニャ?」

 ふと顔を上げると、ニコが険しい表情でボクを見ていた。そのままボクの手を取ると、ぎゅっと握る。

「モーナコの旦那さんはワカさんだけニャ、しっかりするニャ。モーナコにはワカさんしかいないし、ワカさんにもモーナコしかいないニャ。旦那さんを信じるのもオトモアイルーの役目ニャ」
「……ニコ」
「試すようなフリをしてごめんニャ。まさか本気で迷うなんて思わなかったニャ」
「ニコの言う通りですニャ。ボクはワカ旦那さんのオトモアイルーですニャ。だから……ずっと、待ちますニャ」
「うんうん、それでこそオトモアイルーだね」
「リンさん?」

 いつの間にかボクとニコの会話を聞いていたリンさんが割り込む。シャガートの尻尾をつかんだまま座り、にかっと笑った。ちなみにシャガートが『離してニャー』と言っているけれど、あえて聞き逃しているみたいだ。

「アンタの旦那さんは相当頭がいい奴みたいだね。オトモアイルーが初見のモンスターの動きを分析するなんて、ハンターがそういうことをしない限りできるはずないからさ。今回の狩り、アンタのおかげでこなせたんだ。これからも胸を張ってオトモアイルーを名乗りな」
「……ハイですニャ!」
「正直アタシもアンタをスカウトしたかったよ。でも、アンタはアンタの旦那さんの傍で一番力を発揮できる。いつかハンターと一緒にいるアンタと会えたらいいな」

 そう言うとリンさんがすっと右手を差しだした。ボクも右手を出し、握手を交わす。その手にシャガートとニコの手も乗る。

「ボク、リンさんたちと会えたことをずっと忘れませんニャ」
「ボクもニャ、モーナコ。素晴らしいオトモアイルーの姿をこの目に焼き付けるニャ」
「今度はワカさんと一緒に会おうニャ」
「シャガート、ニコ……ありがとうございましたニャ」

 翌朝、海辺で迎えを待つリンさんたちを村の住人総出で見送った。何かに気が付いたリンさんが大きく手を振ると、空に大きな赤い魚が浮かんでいた。
 魚かと思ったそれは飛行船で、ゆっくりと降下して海に着水する。船の上にはキャラバンの人たちが乗っていて、リンさんはみんなに手を振ると船に乗る。再び船が空を飛び、大きな赤い魚が青と白の世界に溶け込んでいくまでボクらは見送り続けた。

 ニコとの再会はバルバレの英雄との出会いになり、ワカ旦那さんとの絆を再確認する出来事になった。
 ボクは変わらない。ワカ旦那さんから学んだことを忘れずに、ワカ旦那さんのオトモアイルーでい続けようと思う。

(ワカ旦那さん……ちょっと寂しいけれど、ずっと待ち続けますニャ)

 気が付けば、三ヶ月が経とうとしていた。
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