狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[4] □

ボクと悪い人【2】

 バルバレの集会所に戻りグリフィスさんがカウンターで依頼完了の手続きをしている間、ボクはリエンとたくさんのハンターが行き交う集会所の出入り口をぼんやりと眺めていた。

「グリフィスさんはどうして狩りを途中でやめちゃったんですニャ?」
「わからないニャ。ご主人様の勘は良くないことに対して敏感にはたらくニャ。今回もそれかもしれないニャ。ボク、ちょっと不安ニャ」
「グリフィスさんなら大丈夫ですニャ! リエンも立派なオトモアイルーですニャ、そんな不安になっていたらグリフィスさんも心配してしまうニャ」

 リエンがニャ、と落ち込むような声を出すので手をぎゅっと握る。依頼にこれから向かうハンターや依頼を終えて食事にするハンターを見つめながら、ワカ旦那さんが戻るのは明日か明後日頃かなと考えていた時だった。

「ニャアゥ!!」
「ニャ!? リエン、どうしましたニャ?」

 突然隣でリエンが悲鳴を上げて飛び跳ねた。思わずリエンの顔をのぞき込むと、ぶるぶると震えるリエンの視線は集会所の出入り口に注がれていた。怖いのか、ボクの手を握る力が強い。リエンは、一体何を見たのだろうか。

「あっ……」

 見つけてしまった。黒い髪、黒い服。ハチミツ色の目。あまりいい人相とは思えない無表情の男。
 きっと、あの男が【トールマン】だと直感した。出入り口の向こう側から隈のついた目でボクらをじっと見つめている。集会所の中はたくさんの人で賑わっているのに、その中でボクらだけに鋭い視線を送っていた。目線をそらすことができず、リエンの手を握りながら小声で話しかける。

「リ、リエン……もしかして、あの人が」
「シッ! モーナコ、反応しちゃダメニャ! 気付かれてしまうニャ」

 怖いという感情がボクの全身を包み込む。相手は人間なのに、モンスターより小さくてハンターのように武器も鎧も身につけてないのに。あの男が放つ気迫にボクは飲み込まれそうだった。

「どうしたの、リエン? ナコ君も一緒に固まっちゃって」
「ご主人様っ!」

 今にも泣きそうな表情でリエンが戻ってきたグリフィスさんを見上げた。その表情を見ただけでグリフィスさんは察したようで、ボクらが見つめていた外に顔を向ける。

「ごめんなさい、ナコ君。貴方はテントでワカの帰りを待つべきだったわね」
「ニャ……」
「大丈夫、他のハンターと一緒に自然にここを出よう。テントまでの辛抱だから」

 グリフィスさんが震えるリエンを抱きしめてなだめると、一呼吸おいて歩き出す。相手は悪い人だけど、たくさんの人が行き交う場所で一悶着起こすことなんて不可能。怖がらずに堂々と歩いて帰ればいい、そう思いながら集会所を出た。
 出る時にそっと目配せをしたけれど、あの男の姿は見えない。いなくなったみたいだ、良かった。安心しながら雑貨屋や加工屋、竜人商人の卸場などで賑わう通りを抜ける。キャラバンに所属しないハンターの家となるテントの集落は、ハンターやその身内など限られた人しか入ることができない。そこにたどり着くことさえできれば大丈夫。
 大丈夫だった、はずなのに。

「――!?」

 突然背後からボクの口を押さえられる。更に後ろ足を持ち上げられ体がふわりと浮いた。人の手によって捕らえられた、と驚いた頭が判断するのに少しだけ時間がかかってしまった。ボクを捕まえた人はそのまま集落とは違う方向に走り出す。その気配に気が付いたグリフィスさんが『やめて!』と叫びながら追ってきた。
 状況を把握しようと顔を上げたくても口を強く押さえられてしまっているので動かせない。このまま大人しく連れ去られるわけにはいかないので、ボクは黒い手袋に必死に噛みついたり爪を立てる。だけど効き目が無いのか、頭上から低い声がボクに囁いてきた。

「そんな抵抗は無意味だからやめておけ。体力の無駄遣いにしかならない。俺は静かな所で話をしたいだけだ、大人しくぶら下がっていろ」

 黒い手袋、前と下しか見れないけど衣服は全て黒。そんな、ボク、ボクは……。

(あのトールマンという男に捕まってしまったんですニャ!?)



 持久力、スピード共に優れたグリフィスさんの脚力に追いつかれることも無く、男は細い道を走り続ける。やがてたどり着いた場所は、朝にグリフィスさんからこの男について話を聞かされた外れだった。
 袋小路で足を止めた男が大きな石に腰掛けると、やがてグリフィスさんとリエンがやって来た。二人がついて来るのを待っていたのだろうか。モンスターと対峙するような殺気を閉じ込めた瞳で、グリフィスさんが男を睨みつける。

「アンタ……最低ね。その子は私の知り合いのハンターのオトモアイルーよ。私やリエンと関係は無いわ、すぐに解放しなさい」
「勘違いをするな、俺はこいつに用があったところだ。まあ、話相手は多い方がいいと思うがな」

 これ以上ボクを拘束する気は無いようで、するりと力を抜いた腕を抜けるとグリフィスさんの元に駆け寄る。怪我は無い?と聞かれたけどボク自身は何もされていない。だけどボクのせいでグリフィスさんはこの男と話をすることになってしまった。グリフィスさんも会いたくない相手だっただろうに。

「どうしてこんな乱暴なことをするのよ! しかもさっきの依頼、アンタが仕込んだのね……。高めの報酬金、狩猟環境は絶対安定、怪しい要素が多かったから引き返して正解だったわ」
「ゲネル・セルタスの濃縮重甲エキスが最近高値で取引されていてな。討伐後に採取させるつもりだったが、早々に見抜かれていたか。さては“あいつ”の入れ知恵か?」
「ふざけるな! こうやってハンターを巻き込んでいたから……!」
「その話の続きはまた今度にしてやろう。今はそのメラルーに用がある。お前もいた方が話も弾むだろうが」
「ナコ君はもうメラルーじゃない! オトモアイルーよ!!」

 いきり立つグリフィスさんを前にしても男は全く表情を変えない。ボクに用……ワカ旦那さんではなく、どうしてボクなのだろうか。

「お前を墓地で見かけたことがある。お前たちが【ヒナ】と呼んでいる女の墓前でな」
「!!」
「そのとき隣に立っていた男がお前の主だな。出身は孤児院、さかのぼると過去に滅びた名も無い村となっているそうだが、本当はポッケ村より更に雪深い山奥の辺境と調べはついている。墓で眠る女ハンターも同様。つまり、この二人は同郷だ。その村の名は【ナバケ】。そうだろう?」

 驚きで頭の中が真っ白になる。にやりと笑う男の笑みに、全てを奪われそうな感覚がした。この男は既にワカ旦那さんとヒナさんの生まれた場所や村の名前まで把握している。このままでは、ワカ旦那さんが……!

「……オトモアイルーといえど、人に向けて武器を向けることは御法度なんだがな」

 ワカ旦那さんを守ろうと、ボクは無意識の内にガララネコプーンギを手にしていた。そんなボクを面白そうに、余裕ありげな声でからかうのが更にボクの怒りを燃やした。

「ワカ旦那さんに近づいたら容赦しませんニャ! それにヒナさんのことも、絶対……絶対に許さないですニャ!!」
「ほう、お前が教えたのか。手際がいいな」
「そうよ。アンタがこうやって接触してくると思ったから……。」
「なら話は早い。知っていることを洗いざらい喋ってもらおうか」

 男はボクらの事情なんてお構いなしに話しかけてくる。プーンギを握る力が強まってぎゅうと音を立てた。

「ワカ旦那さんは、ヒナさんを守れなかったことをずっと悔やんでいますニャ! あの乱入が無ければヒナさんはいつかワカ旦那さんと会えたかもしれないのに! ワカ旦那さんを悲しませることは、絶対に許さないですニャ!!」
「……主人愛の強いオトモアイルーだ。威勢のいい啖呵だな。だが、主はお前のそんな思いを裏切るような汚い過去を持っているんだぞ?」
「何を言いますニャ! ワカ旦那さんは、み「はいはい、喧嘩はそこまでにしよっか」

 ワカ旦那さんは密猟なんてしていない、と叫びそうになったところを被せるように割り込んできた声。後ろから聞こえた声には覚えがある。グリフィスさんも驚いていた。
 白い鎧を着たすらりとした長身。兜を被っていないので明るい土色の髪が歩く動きと一緒に揺れ、相変わらずのん気な調子で現れた。

「アンナ……!? どうしてアンタがここにいるのよ?」
「グリフィスちゃんが何か叫びながら走り去るのを近くの人が見たっていうからね。ちょっとお茶を濁しに」

 ギルドナイトのアンナさんが来てくれたのならこの男にはもう逃げ場が無い。ギルドの中でも立場の強いアンナさんなら密猟の証拠も見つけて処罰してくれるだろうとほっとする。
 だけど、アンナさんは男に対して右手を挙げて軽く挨拶をした。まるで知り合いにするような動作にボクは心の中で信頼が崩れる音を聞いた。

「トールマン。前にも言ったけど、女の子やアイルーに強要するような真似は僕、ちょっと好かないな」
「……アンナか。まだお前はそこの女の保護者をしているのか」
「まあ、実質そんなもんだし」
「誰がアンタに保護者になれって言ったのよ!」

 アンナさんの軽口にグリフィスさんが口を挟む。互いに名前も知っている様子にボクは困惑した。アンナさんは本当にギルドナイトなのだろうか、と。もしかしてこの男とグルで実は悪い人なんじゃないかと怪しんでしまうぐらいに。
 グリフィスさんが驚いている気配は無いので、既に二人が知り合いであることを知っているみたいだ。状況がつかめないボクに気づいたアンナさんがああ、と明るい声で説明を始めた。

「彼と僕は学生時代の同級生なんだ。まあ見てくれもこんなだし強面だけど、悪い奴じゃないよ」
「悪い奴って……アンナさん、だってこの人は」
「うーん、“必要悪”っていうのかな。決して君たちハンターに迷惑がかからないように動いているはずだったんだけどね。あの狩りの結果は本当に最悪だった。ハンターを死なせてしまったんだから。それも、僕らにとって貴重な歴史を知るナバケ村の生き残りをね」
「貴重な歴史?アンナ、ナバケ村ってどういう村なのよ」
「グリフィスちゃんは知らない方がいいよ。でも最後の生き残りの彼の名誉のために、これだけは言っておく。ワカ君は至極真っ当なハンターだよ。君と一緒に黒龍を討伐した勇気と覚悟を持ち合わせているぐらいね」

 アンナさんのペースに巻き込まれ、ボクの怒りもどこかへ消え去ってしまう。それでもトールマンに警戒心は解かないけれど。ボクたち三人とトールマンの間に立つアンナさんは中立というような存在になっていた。

「誤解されない内に軽く説明すると、僕とトールマンはギルドナイトと密猟者という二つの面からギルドに探りを入れてるだけ。僕らには僕らの戦いがあるんでね。そこでナバケ村のことを頼りにしたかったんだ」
「アンナさんは、誰と戦っているんですニャ?」
「それは内緒。君もワカ君の秘密を内緒にしているだろ? 同じぐらい口外できないことさ」

 笑顔できっぱりと言われてしまい、これ以上追求ができなくなる。でもにやけた表情の中に真剣な眼差しが見えて、本当に何かを見つけるために行動をしているように感じた。

「アンナ、ナバケ村について何かわかったのか」
「いいや。ギルドマスターに頼まれてドンドルマギルドであちこちを調べたけれど、実入りは無かったな。十七年前のことじゃもう書類は処分されているし、関係者も引退していて足取りもつかめなかった」
「そうなると、やはりこのメラルーかハンターから聞き出すか? あの反応からして何かを知っていることは明白だからな」

 トールマンのハチミツ色の目がボクを睨むと、グリフィスさんがボクを庇うように背後に隠した。隣では先ほどから一言も喋っていないリエンが不安そうにグリフィスさんにしがみついている。怖い目に遭わされたのだろうかとこちらが心配してしまうぐらいだ。

「十七年前にナバケ村が滅びた時、生存者の二人はまだ五、六歳の子どもだった。まあ、慎ましい生活を送っていたようだから成長が遅かっただけかもしれないけど。そんな彼らが、村の歴史や風習をどこまで知っているだろうね」

 アンナさんの分析が気になりグリフィスさんの影から少しだけ顔を出していると、アンナさんはボクを見て話を続けた。飄々とした態度ではなく、真面目な表情。どこか寂しげにも見えた。

「あの子がナバケ村の出身だとわかったのは、命を落とした後のことだった。ギルドに遺体を収容していた時、どうして棺が机の上に置かれていたと思う? あれ、僕が頼んだんだ。懸命に杖をついてギルドに向かうワカ君を見つけて、亡くなったあの子をどれだけ強く想っていたか気付かされた。いくらあの時まだ僕が新人で力が無かった頃とはいえ、保護した時に二人を引き離してしまったことは、僕にも責任があると思っている。だから、立ったまま対面できるように棺を机に上げてもらったんだ。少しでもお別れの挨拶をしやすいように、ね」

 ハンターズギルドの小さな部屋での光景を思い出す。大火傷を負った右足はまだ曲げることもできなくて、ワカ旦那さんは杖に支えられながらヒナさんと十七年越しの再会を果たした。まさかそんなところにアンナさんが関係しているなんて。

「トールマン、彼に直接尋ねたら間違いなくナバケ村の歴史は完全に閉ざされるよ。オトモ君のさっきの激昂っぷりでわかっただろう? このオトモ君は主を想い、そしてその主は亡くなった女性を想っている。下手に近づくと逆鱗に触れて、絶対に口を開かないだろうね。特にあのハンターは口が堅いし、しかも頑固だから。そして今しがたわかったと思うけど、このオトモ君も主にそっくりなんだ」

 アンナさんにきっぱりと言われトールマンが黙り込む。恨めしそうにボクをじろっと見たので、ボクは絶対に話すものかと強い意志を持って睨み返した。

「ということは、ナバケ村のことを諦めるつもりなのか?」
「いいや。僕が聞いてみる」
「アンナ!? さっきと言ってることが逆じゃない! 結局ワカにヒナさんのことを言うつもりなの!?」
「そこだけは伏せるさ。人の傷口に塩を塗るほど人でなしじゃないし。僕は彼が心の奥底で欲している情報を持っている、それで等価交換させてもらうよ」
「な、何ですニャ!? ワカ旦那さんが欲しい情報って」
「それも秘密。ギルドも知らない、僕だけが持っている情報さ。さて、そろそろお開きにしていいかな? トールマンはもう君やワカ君に近づくことは無いし、トールマンを捕らえようとしても僕がそれをさせない。これ以上の進展は無いよね」

 会話を折り畳むようにアンナさんが大げさに両手を広げる。ワカ旦那さんに危害を加えられる心配は無くなったけれど、いくら特殊な事情があるにしてもアンナさんとこのトールマンという男に対する警戒心は解けそうに無い。今後もできるだけ関わらないようにしないと、と思い直した。

「それじゃ、僕はそろそろ仕事があるからこれで。トールマン、君もここを去った方がいい。グリフィスちゃんもそこのオトモ君たちも君を警戒しきっているから」
「……あのハンターの命を間接的に奪ったことは申し訳ないと思っている。どこの生まれの人間であろうと、な」

 立ち上がったトールマンがすれ違いざまに呟いた。その言葉を素直に受け止めていいのか迷ったけれど、一応謝罪の気持ちは受け取っておくことにした。トールマンが細い道の中に消えると、気楽に手を振りながらアンナさんも立ち去る。
 緊迫した空気がやっと緩み、グリフィスさんが大きなため息をついた。もちろん隠れていたリエンも。身を屈めてボクの頭をなでながらグリフィスさんは頭を下げた。

「ナコ君、ごめんね。私があの男に気付けなかったから……。」
「グリフィスさんのせいじゃないですニャ。アンナさんのおかげでワカ旦那さんに接触しないと決めてくれたから、いい方向にはたらいたと思いますニャ。それにしてもアンナさんのすぐ近くにあんな男がいたなんて……。グリフィスさんこそ巻き込まれてしまいそうですニャ」

 ボクの指摘にグリフィスさんとリエンが顔を合わせて、同時に苦笑いを浮かべる。残念ながら、もう巻き込まれてしまっているみたいだ。

「私たちは大丈夫よ。貴方はワカのオトモアイルーなんだから、ワカについてあげないと。私たちも帰りましょう」

 こうしてボクらもテントに戻った。ワカ旦那さんが帰ってきたら、ワカ旦那さんがナバケ村の何を知りたいのかを確認しようと思いながら。



 ワカ旦那さんたちが狩りを終えて戻ってきたのは2日後だった。フルフルとフルフル亜種の同時狩猟はだいぶ骨が折れたようで、ところどころが電撃で焦げている。それでも無事に討伐を遂げて戻ってきたワカ旦那さんに飛びついた。ハチミツ色の目が嬉しそうに細められる。

「ただいま、ナコ。夜になったら話したいことがあるんだ。だから早く寝るんじゃないぞ」
「ニャ? わかりましたニャ」

 そう話してワカ旦那さんは防具のメンテナンスをするためにテントを離れた。今回の狩りはどんな感じだったのだろうか。お土産話を楽しみにしながら夜を迎え、ボクは言いつけ通りワカ旦那さんが話を持ち出すのを待った。

「……そろそろ、いいか?」
「い、いいですニャ」

 私服のユクモノドウギを着たワカ旦那さんは、正座をしてボクと向かい合った。ハチミツ色の目はいつにも増して真剣で、ボクはワカ旦那さんがとても大事な話をしようとしているとわかってうろたえてしまった。
 そしてワカ旦那さんは、静かに、ゆっくりと、ボクに伝えた。

「ナコ。俺と……、しばらく距離を置いてほしい」








「……ニャ?」

 ワカ旦那さんの言葉の意味がわからない。距離を置く?後ろに下がればいいんですニャ?でも、しばらく?ずっとテントの隅にいればいいんですニャ?

「……もう一度言うよ、俺と行動を別にしてほしい。一人の時間が欲しいんだ。数日じゃない、ずっと、ずっとなんだ」
「ワカ、旦那さん? それって、ボクを……」

 解雇するんですニャ?
 そう聞く前にワカ旦那さんが血相を変えて立ち上がる。3本爪のペイントを落としたほっぺたを少し赤くしながら、悲しげに怒っていた。

「違うっ! お前を解雇したりなんかしない!! でも……俺、目標を見つけたんだ。その目標は俺一人の力で達成させないといけない。お前に頼るわけにはいかないんだ」
「ど、どうしてボクがいたらいけないんですニャ? ボクはワカ旦那さんのオトモアイルーですニャ、ハンターのお手伝いをするのがオトモアイルーのお仕事ですニャ」
「…………。」

 再びワカ旦那さんが正座をする。ボクがじっと目線を投げかけると、ハチミツ色の目は逃げることなくまっすぐ見つめ返してくれた。後ろめたさの無い、真剣な気持ちを抱いている。だから決してボクを突き放そうとしているわけではないと信じた。

「ボク……どうしたらいいんですニャ?」
「お前にはチコ村にいてほしい。いつか必ず、迎えに行くから」
「いつか、っていつですニャ? 数日後ですニャ? 数週間後ですニャ?」
「……わからない」

 ワカ旦那さんが首を横に振ってわからないと答えたのは、目標を達成するまでにかかる時間がわからないのと、ワカ旦那さん自身が日付の感覚がわからないからだろうなと思う。だけどそう答えたということだけで、ワカ旦那さんの目指すものが遠いものだと理解できた。

「俺のことを忘れて、チコ村を訪れるハンターについて行っても構わない。それくらいお前に酷いことをしてしまうことを自覚しているよ」
「ワカ旦那さんを忘れるわけがありませんニャ! たとえ何年かかっても……ずっと、チコ村でワカ旦那さんの帰りを待ってますニャ」
「……ありがとう」

 申し訳なさそうにワカ旦那さんが笑う。辛くはないはずだ。前にワカ旦那さんが突然記憶を失う前の記憶だけが蘇ってボクを突き放した時とは違う。ちゃんと理由があって、ワカ旦那さんはボクと離れることになる。何より、ちゃんと迎えに来ると約束をしてくれた。
 だけど、だけど……。

「ワカ旦那さん。ボクからも、お願いをしたいですニャ」
「今の俺にできることなら」
「ボクを、ぎゅっとしてほしいですニャ」
「……おいで、ナコ」

 すっと手を広げられたのを見て、ボクはワカ旦那さんの胸に飛び込む。ボクを受け止めると、抱きしめて頭を撫でてくれた。
 このガサガサした手でなでられる日はまた来てくれるのだろうか。優しく抱きしめてくれる日はまた来てくれるのだろうか。ハチミツ色の目と向かい合って笑える日はまた来てくれるのだろうか。

「明日の朝にはここを発つよ。テントは撤収するようにギルドに連絡を入れている。ごめんな、お前をチコ村まで送り届ける余裕が無くて」
「平気ですニャ。今は……もう少しだけこうしてほしいですニャ」
「ああ、俺もそうしたい」

 長いお別れの日々が、始まった。
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