狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[4] □

ボクとお肉【3】

 リオレイア亜種と遭遇した同じエリアをうろつく大きな体、イビルジョーを発見して緊張がはしる。自分の役割を思い出しながら二人と共にイビルジョーと対峙した。
 その直後イビルジョーがボクらに対し凄まじい音量の咆哮を放つ。ビリビリと強い殺気を感じながらも動ける内に急いでハビエルさんとトラフズクさんにガララネコプーンギで軽く体を叩いて束縛を解く。

「ありがとう。きみは【防音の術】を会得していたんだったね」

 お礼を言いながらハビエルさんがイビルジョーのお腹の下をくぐり尻尾へ向けて走り出す。トラフズクさんも身を屈めながらイビルジョーの巨体を支える二本の足に連続で斬りかかった。
 イビルジョーも二人の攻撃をただ受けるわけが無く、尻尾を振り回してハビエルさんを追い払おうとしたり、足で地面を強く踏んでトラフズクさんを転ばせて抵抗する。
 何より一番恐ろしいのはあのたくさんの牙が生えている口による噛みつきだ。先ほど『食事』を終えたばかりなこともあって、強い血の臭いがする。捕らえられて噛み砕かれたらひとたまりも無いだろう。

「攻撃に気を付けつつ尻尾を狙っているけれど、動き回るから当てづらいな」

 ハビエルさんがスラッシュアックスを持ち直しながら呟く。初めて対峙したこともあってか動きを読みとれないみたいだ。本来なら罠で動きを止めたり、目眩を起こさせて倒したりして狙いやすくすればいいんだろうけれど、罠を持っていなければ目眩を起こすことができるワカ旦那さんがまだ戻っていない。
 イビルジョーの起こす振動にトラフズクさんが転ばされる。大きなダメージは無さそうだけど回復笛を吹いて体力を回復させているとトラフズクさんが双剣を腰に戻した。何か道具を使うのかと思ったけれど、その手はポーチに伸びていない。

「ハビエル、“アレ”やろう」
「アレをここでかい!? いや、でもやってみる価値はあるか」

 突然トラフズクさんから提案された『アレ』とは一体何だろう。イビルジョーから離れ駆け寄る二人の動きを見ていると、ハビエルさんから指示を受ける。

「少しの間だけでいい、イビルジョーの気を引いてほしいんだ」
「オトリですニャ? わかりましたニャ」

 プーンギを背に戻し、走りやすくしたところでイビルジョーの目の前に飛び出す。怒っているイビルジョーは深い草色の体に赤い傷が浮かび上がっていて、とても不気味で怖い。でも2人の作戦を成功させるにはボクが頑張らなくては。

「ニャニャー!」

 声をあげながらイビルジョーの攻撃をかわしていく。イビルジョーの大きな体から繰り出される攻撃は脅威だけど、ボクの小さい体でするりと抜けてしまえる部分がある。そこを確実に見定めればどうにかかわせるだろう。……だけど。

「……ニャ」

 ぴたりと背に壁が張り付いてしまい周囲の確認を怠ったことを告げられた。目の前には口元から禍々しい、赤と黒が混じったものを溜めているイビルジョーの姿。急いで地面を掘ってこの場から脱出しようと身構える。

「モーナコ!」

 地中からハビエルさんの声が聞こえる。ボクらアイルーとメラルーの地面を掘れる力では長距離の地中移動はできないけれど、どうにか危機を脱することはできた。ブレスを壁に向かって吐いているイビルジョーの背後で顔を出すとちょうどハビエルさんが近くにいて、ほっと安心した笑みを見せてくれた。
 けれどイビルジョーは目の前にいたはずのボクを見失い、そのまま壁を上って上の足場に移動しようとしていた。あの大きな体で器用に壁を上ろうとするなんて驚いた。

「今だ、行くよトラ君!」
「うん」

 ハビエルさんが斧状態の豪剣斧の刃を真横に寝せる。そこへトラフズクさんが飛び乗った瞬間、ハビエルさんは渾身の力を込めてスラッシュアックスを天に向けてすくい上げた。もちろんトラフズクさんも一緒に。
 かざされたスラッシュアックスを踏み台にして更に高く飛び上がったトラフズクさんが、壁に張り付いていたイビルジョーの背に双剣を突き刺してしがみつく。
 一連の流れにボクは目を奪われてしまった。あまりにも斬新で、豪快な連携だったから。突然背中に乗りかかられて更に双剣で突かれたイビルジョーにとってさぞかし衝撃だろう。

「す、すごいですニャ!」
「何度か練習したんだけど、狩りの中で実践したのは初めてだよ。上手くいけば段差を利用せずにモンスターの背に乗り上げることができるんだ。大きな隙がないとできないし、まだ成功率は低いんだけどね」

 武器に乗ると同時にトラフズクさんを放り投げるなんて、二人のコンビネーションあってこその芸当だ。ハビエルさんの腕力と、トラフズクさんの身のこなしの軽さも条件に入るだろう。
 壁から転落したイビルジョーの背の上で攻撃を続けるトラフズクさんがつくってくれたチャンスを逃すまいと、ハビエルさんが豪剣斧を剣の形に変化させて一気に斬りかかった。

「みんな!」
「ワカ旦那さん!」

 その時、上からワカ旦那さんが飛び降りてきた。下準備が済んだみたいだ。乗り攻撃によって倒れてもがいているイビルジョーを見つけると急いで演奏して攻撃の補助を行う。

「まだ尻尾の切断は終わっていないみたいだな」
「あともう少しだといいんだけどね……。」
「なら、こいつの出番だ」

 そう言いながらワカ旦那さんは地面にシビレ罠を仕掛ける。これでイビルジョーの動きを封じ込めて尻尾を……と考えたところでボクは不可解な点に気が付いた。

「ワカ旦那さん、シビレ罠はさっき使ったはずじゃ」
「話は後だ、ナコ。この罠にイビルジョーを誘導するぞ」
「わ、わかりましたニャ」

 言われるがままにシビレ罠の傍らに立つと、尻尾を狙う二人が立ち上がるイビルジョーの気配を察して後退する。まだまだ元気なようだ。そして狩猟笛で大きな音を立てた新たな獲物、ワカ旦那さんを見つけるとずんずんと近づいてくる。目の前に罠が仕掛けられていることに気づかずに。
 顔を突き出してワカ旦那さんを食べようと口が大きく開かれる。ワカ旦那さんがとっさに転がって回避すると、前のめりになったイビルジョーの体を支える足が見事にシビレ罠を踏みつけた。

「おっちゃん、頼む!」
「頼まれてここで決めないわけにはいかないね!」

 ちょうど尻尾を垂れた状態で動きを止めたところに再びハビエルさんの豪剣斧が剣に変形して襲いかかる。何度も斬りつけては踏み込んだ足を戻し、一歩引いてまた斬りつける。トラフズクさんも反対側から双剣で攻撃を繰り出す。

「でぇいっ!」

 ハビエルさんが力強く叫んで振り下ろすと、とうとうイビルジョーの尻尾が切断された。バランスを崩したイビルジョーはシビレ罠の電流からも解放されてたたらを踏む。ついに目的を果たしたのだと達成感がわいてくる。

「き、斬れましたニャ! やりましたニャ、ハビエルさん!」
「おっちゃん、すぐに尻尾を担いでベースキャンプへ持ち運ぶんだ! そいつは空腹なら自分の尻尾でさえ喰ってしまう!」

 喜ぶのも束の間、ワカ旦那さんの言葉に反射的にハビエルさんが武器を背負い地面に落ちたイビルジョーの尻尾を肩に担ぐ。力自慢のハビエルさんでも足取りが重い。見た目に反して重量があるみたいだ。
 このまま尻尾をモンスターの入る余地の無いベースキャンプに運びたいけれど、ここは崖の多いエリア。壁を上っている間にイビルジョーに背後から襲われてしまうのではないだろうか。

「ワカ旦那さん、イビルジョーが追いかけて来ちゃいますニャ」
「大丈夫、眠ってる内なら間に合うよ」

 撤退の準備を整えたワカ旦那さんが含み笑いを浮かべる。起き上がったイビルジョーの目の前に、お肉がわざとらしく置いてあった。食いしん坊のイビルジョーはそれを何とも思わず本能的に食らいつき、咀嚼している内にぐらりと体を倒してぐっすりと眠ってしまった。

「【眠り生肉】……まさかそんなものまで用意していたのかい?」
「尻尾を斬った後なら、何を食べさせても構わないと思って」

 壁を上りながらハビエルさんが驚く。いつまでも眠っているわけではないので、壁を上りきった後はワカ旦那さんも尻尾の先を持って手伝って運び、どうにかベースキャンプにまで戻ってこられた。



「ハンターズギルドに事情を説明して一部を報酬として得られたら、後はギルドからの報告待ちだ。彼らも料理人のプロだ、上手くいけばいいんだけど」
「そうだな……改めて見るとすごいなこの尻尾、まるで大きなヒルだ」
「ニャ、ワカ旦那さん。教えてほしいですニャ。さっきのシビレ罠は一体どうやってつくったんですニャ?」

 ハビエルさんがハンターズギルドに通達を出して回収しに来るまでの間に、ボクはワカ旦那さんにもう一度さっき抱いた疑問をぶつけた。そんなに気になるのか、と笑いながらワカ旦那さんは種明かしをしてくれた。
 シビレ罠は一つしか持ち運べない。乱入されることを想定していなかったからシビレ罠は一つしか持っていないし、調合用の素材も準備していなかった。だからシビレ罠を手に入れる方法なんて無いと思っていたけれど、ワカ旦那さんはある方法でシビレ罠を手に入れた。
 今はどこかへ行ってしまったようだけど、このベースキャンプには山菜お爺さんがいる。原生林のネコの巣で会ったことがある、竜人族のお爺さんだったなと顔を思い出す。ワカ旦那さんはハンターと物々交換をしてくれるそのお爺さんに支給専用の罠、【携帯シビレ罠】を交換してもらったのだという。そしてその携帯シビレ罠と交換できるものは……。

「知りませんでしたニャ。ワカ旦那さんが釣り上手だったなんて」
「チコ村にいた頃よく魚釣りをしていたからな。それなりに釣りの心得はあるんだ」

 携帯シビレ罠と交換してくれるものは金色の鱗に覆われた小さな魚、【小金魚】。チコ村にいた一年間で得たものがこんなところにもあるとは思わなかった。
 ワカ旦那さんは近くの湖から早々に小金魚を釣り上げて携帯シビレ罠と交換してもらい、眠り生肉はリノプロスの生肉と常備しているネムリ草を調合してこしらえた。そしてペイントの匂いを追ってボクらの所に戻ってきた。
 ネムリ草は自生している場所が限られているのでポーチに常備しているのは知っていたけれど、真価を発揮したケースはほとんど見ない。だけど今回は転ばぬ先の杖として見事に働いてくれたのだった。

「驚いたな、ワカ君は山菜のお爺さんから携帯シビレ罠を交換してもらえるのを知っていたのか」
「……いいや、ここに住んでいるアイルーが教えてくれたんだ」
「アイルーがですニャ?」
「ちょうどネコの巣から顔を出してきて、イビルジョーが現れたから巣に避難しろと言ったらこのことを教えてくれてさ」
「アイルー、しんせつ」
「ああ、親切だったな。単にモンスターが暴れて迷惑だからどうにかしてほしくて近くにいたハンターを頼っただけだろうけど」
 
 ボクはそのアイルーがどうしてワカ旦那さんにアドバイスをしたのか考えた。たまたまハンターが通りかかったからだろうか、ワカ旦那さんだったからこそ教えてくれたのだろうか。後者の理由だと信じたい、だって。

「ワカ旦那さんは優しいハンターですニャ。だからそのアイルーはきっとワカ旦那さんを頼ったんですニャ」
「……ナコ、そういうのは堂々と口に出すなよ…」

 恥ずかしいだろ、と照れ隠しをするようにボクの頭をなでるけれどその力が加減されていなくて、まるでフェイさんみたいだ。シビレ罠と眠り生肉の連続トラップはミサさんとリウさんを思い出させたし、やっぱり兄弟なんだなと思う。たとえ血が繋がっていなくても。

 こうして、リオレイア亜種の捕獲に失敗した上に乱入してきたイビルジョーは尻尾を切断するだけに留まり、最終的にはリタイアしたという文面だけでは散々な結果のように見える報告書ができあがった。
 でもボクらが期待するのはその後のことだ。果たしてイビルジョーの尻尾は食べられるのだろうか。リオレイア亜種からとれる桜ロースより貴重だったら嬉しいのだけれど。



 報告を出して数日後、同じメンバーで揃った日にハビエルさんが結果を教えてくれた。並べられた食事を前にこほんと咳払いをしてハビエルさんが報告を始めるのをボクたちはドキドキしながら耳を傾けた。

「残念ながらイビルジョーの尻尾は食用には適さなかったみたいだ。ぬめりを取るのが大変で、あと特有の臭いも強いらしい」
「そうか……あれだけ苦労したけど、駄目だったか」

 残念そうに肩を落としたワカ旦那さんにハビエルさんがまあまあ、と笑う。

「この通知には続きがあってね。臭いを我慢しながら食べてみたところ、歯ごたえは良かったそうなんだ。味わいについてはそれどころじゃなかったけど、臭みを取る方法がわかればもしかしたら食用として活用できるかもしれない」
「評価してもらったってことですニャ?」
「そうだね、今後に期待できるような成果を挙げられたようだ」
「ハビエル、みとめられた」
「ありがとう。また機会があったら、次こそ桜ロースを目指そう」

 ハビエルさんからの報告が終わり、ボクらはこれから向かう狩りのために食事を始める。
 今日のご飯もとてもおいしい。おいしい食べ物をみんなが食べられるようになるまでたくさんの人が頑張ったんだろうなと思うと、感謝の気持ちがわいてくる。だから、食べ終わったら言わなくちゃ。

「ごちそうさまでしたニャ!」
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