狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[4] □

ボクとお肉【2】

 ハビエルさんがギルドに話をして数週間後、たまたまリオレイア亜種の目撃情報があったとのことで早速ギルドが依頼を発注した。ギルドの関係者であることを受注条件に付けているので、ハビエルさんがいればボクらも一緒に依頼を受けることができる。今回はアノエラさんの情報提供を受けての依頼だったからあの場にいたメンバーで臨むことになった。

 リオレイア亜種が目撃されたのは【地底洞窟】。どうやら今は火山活動が活発な時期ではないみたいだ。もしマグマが活動して地底火山になっている時期だったら、暑さが苦手なワカ旦那さんは辞退していたと思う。
 恐らくリオレイア亜種がいるエリアは大きな段差がある奥地。広いからか大きな体のモンスターはそこでくつろいでいることが多いから。そして予想通り、暗い土色の中にとても映えるユニオン色を見つけた。

「トラ君、ワカ君。作戦通り頼むよ」
「うん」
「了解だ」

 トラフズクさんとワカ旦那さんが同時に頷き、段差を飛び降りる。ボクもハビエルさんと二人の後を追った。目の前に現れたハンターたちに気付いたリオレイア亜種が牙を剥く。
 ワカ旦那さんとボクがリオレイア亜種の正面に立ち、トラフズクさんは側面に、ハビエルさんはトラフズクさんの反対側に。それぞれの武器の特徴を生かして狙う箇所を絞った。
 突進や空中からの攻撃をかわしながら反撃を繰り出す攻防が続き、ふとトラフズクさんの姿が見当たらないと思ったら段差の上にいたようで、狙いを定めて飛び降りてきた。身軽さを生かしモンスターの背に乗り上げ、動きを止めて反撃の大きなチャンスをつくりだすのはトラフズクさんの得意技だ。だけど今回ばかりは事情が異なる。ハビエルさんが慌てて警告を発した。

「トラ君、背中を攻撃しちゃ駄目だ! 肉質に影響を与えてしまう!」
「!」

 トラフズクさんも狩りの前に話し合ったことを思い出して、背に突き刺す寸前だった双剣【封龍剣[超絶一門]】を止める。背に乗り上げた以上、攻撃できる部位は背中しかない。攻撃を諦めたトラフズクさんはタイミングを図ってひらりとリオレイア亜種の背から降りた。
 ふう、と一安心した様子のハビエルさんの隣で、ワカ旦那さんが狩猟笛を担ぎ直しつつ確認するように呟く。

「背中への攻撃は厳禁、尻尾の切断もせず毒や麻痺攻撃も禁止、そして鮮度を保つために捕獲……普段の立ち回りを制限されるのは厳しいな」
「すまないね、みんな。でもこれぐらい意識しないと確実に採れないと思って」
「構わないよ。頑張って桜ロースを納めよう」

 トラフズクさん目がけてリオレイア亜種が火球を吐き出す。直線的な攻撃はトラフズクさんにとって回避は簡単で、その隙を狙ってワカ旦那さんが横側から王牙琴を頭部に大剣のように力強く振り下ろすと、頭が大きく揺れてリオレイア亜種が倒れた。目眩を起こしたみたいだ。それを確認したワカ旦那さんとハビエルさんが入れ替わる。
 ボクも攻撃に参加したり尻尾の毒に当たってしまった時のために解毒笛の準備もしていたけれどほとんど出番は無く、やがて弱々しい鳴き声をあげながらリオレイア亜種が飛び去った。捕獲のチャンスを迎えたみたいだ。

「いよいよだね。シビレ罠の設置を頼むよ、ワカ君」
「ああ、任せてくれ」

 リオレイア亜種を追ってハビエルさんとワカ旦那さんが走って行く。トラフズクさんも二人を追いかけていたけれど、ぴたりと足を止めてしまったので思わずボクも走るのをやめてしまった。

「トラフズクさん? どうしたんですニャ?」
「……なんでもない」

 目線を上げて何かを感じ取っているようにも見えたけど、すぐに顔を下ろして小さく見えるほど先を走るハビエルさんたちを追いかけて行ってしまった。
 エイドさんや以前会った朝市さんと同じくモンスターの気配に敏感なトラフズクさんが足を止めてしまったことが気がかりだけど、今はリオレイア亜種の捕獲を最優先するべきだと急いでついて行った。



 空も見える地上のエリアに着くと、巣に体を丸めて眠っているリオレイア亜種を見つけた。ワカ旦那さんが気配を察知されないようゆっくりと近づく。そしてポーチからシビレ罠を取り出すとお腹の下に設置して、すぐにその場から離れた。
 少し動いた脚がシビレ罠にかかり、リオレイア亜種がうめき声をあげて電流に耐えている間にハビエルさんとトラフズクさんがほぼ同時に麻酔玉をぶつけた。白い煙に包まれながらリオレイア亜種は深い眠りに落ちる。捕獲は無事に成功、あとはギルドの人が桜ロースを取り出すことができれば完璧だ。

「お疲れさま。ありがとう、みんな」
「お疲れさまでしたニャ」
「結構手早くできたな、だいぶ連携もとれていたし。な? トラ」
「うん」

 成功を喜び、後はギルドに連絡をして撤収をするだけ。すると何かを見つけたワカ旦那さんが崖の近くに歩いていき、しゃがみ込んで何かを漁り始めた。興味を示したのかトラフズクさんがワカ旦那さんの背後に立って見下ろしながら声をかける。

「なにしてるの」
「【アオキノコ】の採取。回復薬の調合に使うからこまめに集めているんだ」
「ふーん」

 ワカ旦那さんの採取の様子を眺めているトラフズクさんを見てハビエルさんが微笑む。まるで子どもを見守るような、優しい眼差しだった。
 初めて会った頃よりトラフズクさんの口数は少しだけど増えた気がする。当初はボクらに声をかけたり近寄ったりすることも無かったので、ボクやワカ旦那さんとも打ち解けてきたことを嬉しく思う。

 そんな温かなひと時が、一瞬で凍り付いた。

「!!」
「ん……? どうした、トラ」

 突然トラフズクさんがまた何かの気配に身構える。背後の異変に気がついたワカ旦那さんが採取の手を止めて尋ねたけれど、トラフズクさんから返事は無い。違う、返事をする暇すら無かった。

「ワカ!」
「っ!?」

 ドン、とトラフズクさんが力強くワカ旦那さんを押す。立ち上がって振り向いたばかりのワカ旦那さんの体が後方によろめく。後方は崖。どうしてそんなことを、と思うと同時に地面がグラグラと揺れだした。地震?それとも何かがやってきた?一瞬の動揺は全員の動きを縛ってしまう。
 そして目の前の地面が盛り上がり……。

「えっ――」

 その声は誰のものだったのかもわからない。
 ボクの目の前でワカ旦那さんとトラフズクさん、それにポーチに入れ損ねたアオキノコが宙を舞った。



「トラ君!」
「ワカ旦那さぁぁぁぁん!」

 悲鳴をあげる間も無く、二人が崖下に落ちていく。突然の出来事にリオレイア亜種の傍にいたボクとハビエルさんは呆然としてしまう。地中から二人をすくい上げて飛ばしながら現れたのは、あまりにもイレギュラーの存在だったから。

「嘘だろう……どうして、イビルジョーがここに!?」

 地中から姿を見せたのは、前に天空山でも会ったことがある【恐暴竜イビルジョー】だった。崖から落ちていったワカ旦那さんたちが気がかりだけど、ボクらの置かれている状況もあまり良くない。
 どうにかイビルジョーをやり過ごしてワカ旦那さんたちを追いかけなくちゃ。顔を上げてハビエルさんと目を合わせる。左右に分かれて回避、撤退だ――とアイコンタクトでハビエルさんの指示が伝わってきた。
 イビルジョーの左側から走り抜けようと身を屈めたとき、イビルジョーの目線がある一点しか見つめていないことに気が付く。もしかして、このイビルジョーは……。

「ここは退こう。トラ君たちと合流する方が先だよ」

 ハビエルさんも気が付いたみたいだ。ペイントボールをぶつけてもボクらのことなど眼中に無いイビルジョーは、ズンズンと大地を揺らして目標に向かって歩いていく。その隙にハビエルさんはボクを抱えるとためらうことなく崖から飛び降りた。
 頭上からリオレイア亜種の悲鳴が聞こえ、思わず目を瞑る。ハビエルさんがボクをなだめるように、ぎゅっと抱きしめてくれた。



 ドスン、と音を立てて着地する。すぐにワカ旦那さんたちを捜したけれど、見当たらない。上のエリアからはこのエリアにしか着地できないはずなのに。
 二重床になっているこのエリアは、ネルスキュラがつくったと思われる糸の足場の下にゲネポスがたくさんすみ付いている。ここにいなければ隣のエリアに移動したのだろうか。
 そう考えていると下から二人の声が聞こえ、耳をぴくりと反応させる。糸の隙間をのぞき込むと、座っているワカ旦那さんとトラフズクさんを見つけた。手を振るワカ旦那さんを見てやっと安心する。

「二人とも無事だね、良かった」
「おっちゃん、ナコ。こっちに来てくれ、一旦話をしよう」

 ワカ旦那さんに促されて足場を降りる。たむろしているはずのゲネポスの姿は見えない。地面に突き刺しているたいまつを見て、これでゲネポスたちを一時的に追い払ったのだと理解した。

「ケガは無いかい?」
「トラが俺を突き飛ばしてくれなかったら、危うく地面に叩きつけられていたよ。糸の床に落ちたおかげでほとんどダメージは無いんだ」
「そうか、安心したよ。ありがとう、トラ君」
「……ん」

 ハビエルさんがトラフズクさんの肩をぽんぽんと叩くと、ボクらがいるからかちょっと恥ずかしそうだけどそれでも口元がほころばせた。
 ボクもワカ旦那さんの元に駆け寄る。ガララアジャラの鎧、特に兜に白い糸がまとわりついていた。比較的新しく紡がれた糸のようだけど、まだ柔軟性が残る部分に引っかかったからこそ糸が切れて落ちてしまうなんて状況を避けられたのだと思う。
 同じく飛ばされたトラフズクさんはちゃんと着地できたようで、どこも傷を負っていないようで安心した。だけど大きな問題にぶつかってしまった。

「イビルジョーか。厄介な相手に見つかってしまったね」
「ハビエル、ロースは」
「ああ……残念だけど、依頼は失敗だ」
「もしかして、イビルジョーは捕獲されて隙だらけのリオレイア亜種の気配を察してやってきたのか?」
「恐らくはそうだろうね。どうやらイビルジョーに豪勢なご馳走をしてしまったようだ」

 空気が一気に重くなる。もうあのエリアには戻りたくない。イビルジョーによって悲惨な最期を遂げてしまったリオレイア亜種の姿を目にしたくないと強く思ってしまった。

「…………。」
「どうしたんだい、トラ君。桜ロースが手に入らなかったのは残念だけど、また機会を見て……」
「イビルジョー、食える?」
「えっ!?」
「ト、トラ……本気か?」

 トラフズクさんの発言にみんなが驚く。食用として食べられることがわかっているモンスターではないイビルジョーに、食べられる部分なんて存在するのだろうか。

「イビルジョーって食べられるんですニャ?」
「ワカ君は、何か知っているかい」
「前にも言ったけど、食材の知識はさっぱりだ。ただイビルジョーの皮はぬめりがあって防具に使用するにも一手間かかるらしいし、強い悪臭を放つ部位もあるってリウ兄に聞いたことがあるな。何よりイビルジョーはなんでも食べてしまう暴食漢だぜ。そんな奴の肉はあまり美味しそうには思えないな」

 会話が途切れ、たいまつの火がチリチリと音を立てた。少しの間をおいて、ハビエルさんがアゴに手を当てながら何かを思い出すように呟く。

「イビルジョーの尻尾を回収する人たちがいると聞いたことがあるよ。その目的が食用なのか、ハンターの装備のためなのか目的は不明だけどもし彼らが食材として尻尾を求めている可能性があれば……。」
「ということは、イビルジョーの尻尾を切断するつもりなのか?」
「みんなが協力してくれるのなら。既にリオレイア亜種の捕獲という依頼には失敗しているし、これ以上おっさんの頼みに付き合う義務は無いから、このままリタイアしても構わないよ」
「やる。しっぽ、きる」
「いつになくやる気だな、トラ」

 イビルジョーという危険度の高い、だけど狩猟できれば得られるものは大きい相手を前に狩人の血が騒ぐのかトラフズクさんが高揚している。賛同を促すようにワカ旦那さんをじっと見つめるので、根負けしたのかワカ旦那さんも頷いてイビルジョーに挑む決意をした。

「イビルジョーの体高はリオレイアよりあるから、トラの双剣は届きにくい。だからおっちゃんのスラッシュアックス……特に斧の攻撃が最適だと思う。トラは足を狙ってほしい。あの巨体を支える足にダメージを与えて転ばせることができれば、トラにも尻尾に攻撃をするチャンスが生まれるはず。だけどイビルジョーは地面を強く踏みつけて付近を揺らす攻撃も繰り出すそうだから、持ち上げた足には注意してくれ」
「振動攻撃か。そういうのを防ぐ旋律なんてのはあるかな?」
「この王牙琴じゃ奏でられないけれど、存在するらしい。ただ俺にはちょっと手が届かない狩猟笛なんだ」
「ワカ旦那さんがつくれない狩猟笛なんてあるんですニャ?」
「【砕竜ブラキディオス】の素材を使った狩猟笛、【爆砕の壊鈴】だったかな。地底火山にしか出没しないらしいからな、ほぼ縁が無いと言っていい」

 ワカ旦那さんが向かわないのだからボクも行くことが少ない地底火山にしか生息していないモンスターもいるのかと驚く。リオレウスやグラビモスは別の場所でも見かけることがあったから。ブラキディオスがどんなモンスターなのか、そのモンスターからつくられる笛の音はどんなものなのだろうかと興味がわく。だけど、今はイビルジョーの尻尾斬りが先だ。
 ふとワカ旦那さんに『嫌じゃないか?』と尋ねられた。どうやらボクが尻尾をドスイーオスにかじり取られたことを気にかけていたらしい。怖い思いをしたのは本当だけど、あれはボクの不注意が原因だったしワカ旦那さんと出会うきっかけにもなったから嫌な思い出とは言いがたい。
 そもそもボクはシャガルマガラの尻尾を切断した経験がある。偶然蓄積されたダメージの最後の一撃となっただけだけれど。それらを思い返しながら怖くないと答えると、ワカ旦那さんはお前は強いな、と頭を優しく撫でてくれた。

「話を戻すけどおっちゃん、イビルジョーにも毒や麻痺は禁止なんだな?」
「そうなるね。苦しい戦いになると思うけれど、よろしく頼むよ」
「了解。討伐じゃなくて尻尾を切断するまでの狩猟だから……ちょっと下準備をしたいから少し離脱したいんだけど、いいかな」
「……? わかった、任せるよ」
「モーナコはおっちゃんとトラのサポートを頼む。少し距離をとって回避しやすい位置を陣取るんだぞ」
「ハイですニャ」

 方向音痴のワカ旦那さんでもペイントボールの匂いをたどれば合流はできる。ワカ旦那さんが何を準備するのかはわからないけれど、きっと何か有効な策を考えているだろう。
 ペイントの匂いはリオレイア亜種と対峙したエリアに伸びていた。食事を終えて移動したみたいだ。同時にリオレイア亜種は……と複雑な気持ちになる。

「最後におっちゃん、イビルジョーが疲労した時にこぼれる唾液には気を付けてくれ。鎧すら腐食させる不気味な効果があるらしいから」
「ありがとうワカ君。ワカ君も単独行動になるから気を付けて」

 お互いに頷き、移動を開始する。ワカ旦那さんはベースキャンプの方角へ向かって行った。ベースキャンプには支給品ボックスがあるし、役に立つ道具を取りに戻るのだろうか。
 ワカ旦那さんが無事にボクらの元に戻ってきてくれることを祈りながら、ボクはハビエルさんとトラフズクさんと一緒に奥へ奥へと進んで行った。
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