狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[4] □

ボクとお肉【1】

 今日はワカ旦那さんとハビエルさんとトラフズクさんと狩りに行き、無事に成功を収めた。手続きを終えたら昼食も集会所でとろうという話になり、空いている席を探す。
 まだお昼過ぎということもあってか、これから狩りに行くハンターも狩りを終えて乾杯をあげているハンターも見える。ボクらは後者の立場だけど。

 注文した料理が来るのを待ちながらみんなで先ほどの狩りを振り返る。氷海で【鬼蛙テツカブラ】の討伐という依頼だったのに、氷の下から【化け鮫ザボアザギル】が出現して、乱入されたところから始まった。
 すぐにワカ旦那さんがこやし玉をテツカブラにぶつけて対処できたのでパニックにならずに済んだ。けれど、ワカ旦那さんのコントロールの悪さのせいでテツカブラの大きな口の中にこやし玉が入ってしまったことは正直気の毒に思う。
 その後一体ずつ相手をしてハビエルさんのスラッシュアックスが見事にテツカブラの大きな牙を砕いたことや、トラフズクさんが操る猟虫の突進がザボアザギルにトドメを差したことなど話の種はしばらく尽きない。お腹がすいていてもお構いなしだった。

 やがて頼んだ料理がテーブルに並べられた。お肉にお魚、野菜に飲み物とずらりと並ぶ四人分(ボクはヒトほどたくさん食べられないからそんなに多くないけれど)の食事はとても豪華だ。どれもおいしそうでお腹の虫が早くと急き立てる。
 いただきますの号令をして、ボクはオンプウオの丸焼きにかぶりついた。隣でスネークサーモンのムニエルを箸でほぐすワカ旦那さんを見たハビエルさんが声をかける。

「ワカ君は魚が主食なんだね」
「肉も好きだけどチコ村に住まわせてもらってた頃に毎日魚を食べていたからかな、今じゃすっかり魚メインの食生活だよ」
「そうか。でもいつも自炊をせずにお店に頼りっきりじゃなかったかな? 武具のメンテナンスや調合道具以外に出費があると大変じゃないかい」
「そのまま焼くか三枚におろすので精一杯なんだ。俺、料理全然できなくて」
「これから学ぶことだってできるさ。いつかはお嫁さんにつくってもらうのもいいね。確かエイドちゃんは料理が上手だったかな」
「ごほっ」

 エイドさんの名前が挙がった途端ワカ旦那さんが突然咳き込んだので、慌てて背中をトントンと叩く。水を欲しがって宙を漂う右手にハビエルさんがコップを持たせると一気に飲み干した。もっちりとしたマスターベーグルを食いちぎりながらトラフズクさんは不思議そうにワカ旦那さんを見つめている。

「だいじょうぶ? ワカ」
「だ、大丈夫……いきなりなんだよ、おっちゃん」
「いきなりもなにも、おっさんはただエイドちゃんは料理が上手だから教えてもらったらどうかなって。ワカ君こそどうしたんだい?」
「えっ……え、いや、なんでも」
「ん……?」

 激しく咳き込んだせいだけではないとわかるほどほっぺたを赤くして目を逸らすワカ旦那さんの様子に、ハビエルさんは何かを察したみたいだった。微笑ましそうな表情を浮かべるとサイコロミートを口に運んだ。
 あのティガレックスの狩猟を経てから、ワカ旦那さんはエイドさんを強く意識するとこうなってしまうことが増えた。村の悲劇から一度も会えずにただ想い焦がれていただけのヒナさんとは違い、目の前に実在するエイドさんに対してどう気持ちを落ち着かせたらいいのかわからないみたいだ。
 ボクには上手くアドバイスができないのが歯がゆい。チコ村の管理人さんに抱いている気持ちよりもっと真剣で、温かい気持ち。ボクもいつかその気持ちがわかる日が来るのだろうか。 動揺を隠すようにワカ旦那さんはポポノタンに箸を伸ばして食事を続ける。ハビエルさんはさっきの話を逸らすように別の話題を持ち出した。

「そうそう、最近また【ギルド】から話を受けていてね。何かいい素材はないのかと」
「ああ、前にも聞いた依頼の件か。おっちゃんも大変だな」

 ハビエルさんが【ギルド】と話すのはハンターズギルドのことではなく、お肉のギルドのこと。お肉の販売や取引をしている組織で、お肉屋さんを営んでいたハビエルさんもその組織と関わりがある。
 表向きでは大きなお肉屋さんとして動いているけれど、実は別の顔も持っている。モンスターのお肉を食べられるかという研究をしているのだ。ハビエルさんのようなお肉の知識を持つハンターにモンスターの捕獲を依頼しては調理を繰り返して開拓を目指しているとか。
 危険度の高いモンスターほど研究が進んでいないけれど、その願望を叶えてくれるようなお肉の知識が高い上に腕利きのハンターはなかなか見つからない。そこで腕を上げているハビエルさんに白羽の矢が立っている状態らしい。

「食べられる部分はあるのか、更にどう調理すれば口に合うようになるか、改良を重ねるためにも様々なモンスターに挑戦しなくてはならなくてね。遠い地域の情報も集めているところなんだよ」
「そうなのか。肉の知識となると俺はあまり詳しくないからな。せいぜい依頼を手伝うぐらいしかできないかもしれない。ミサ姉たちにも聞いてみようか?」
「もし会う機会があればお願いしたい。ただ大型モンスターの肉を扱う文化があるかどうかだけでいいんだ」

 ご飯を食べながら話を進めていくと、不意に背後からワカ旦那さんの名前を呼ばれて箸が止まる。振り返ると一人の女ハンターがこちらに顔を向けていた。

「あ、やっぱりワカさんだ」
「その声は……アノエラさん?」
「こんにちはですニャ」
「こんにちは、モーナコ」

 大剣使いのハンター、【アノエラ】さん。ワカ旦那さんの後ろのテーブルで食事をとっていたみたいだ。ボクはアノエラさんが狩猟に向かう際の姿を初めて見る。
 真っ白な布や毛を用いた鎧というよりはただの衣服に近い、肌の露出が多いのが特徴の古龍【キリン】の防具。ほっぺたにはワカ旦那さんと同じ三本爪のフェイスペイント(ワカ旦那さんとは違って白色だった)をしている。キリンを模した一本角を付けた飾り髪を付けていた上に、背を向けていたので気が付かなかった。

「ごめんね、ちょっと会話を聞いてしまったからつい声をかけちゃった。ハビエルさんとトラフズクさんも、こんにちは」
「どうも。アノエラさんたちはこれから依頼を受けに?」
「原生林でネルスキュラの討伐に向かう前の腹ごしらえよ」

 アノエラさんはハビエルさんたちに助けてもらったハンターの一人だった。アノエラさんのテーブルには同じグループの女の人が二人座っていて、お辞儀をしたのでボクらも挨拶をする。
 本当は最後の一人として空いている椅子に座っていただろうハンター……ヒナさんを失ってしまったアノエラさんたちは、ヒナさんの分もハンターを続けることを決め今も活動をしているとワカ旦那さんから話を聞いていた。
 アノエラさんはボクらのある話題を耳にしたところで反応したようで、仲間に食事を続けるように話して椅子をボクらに向ける。淡いユニオン色の目が輝いて見えた。

「ハビエルさんの話を聞いて思い出したことがあるのよ」
「何か知っているんですか?」
「私の故郷でとても希少価値の高い肉だったの。【雌火竜リオレイア】のロースなんだけど」
「リオレイアの!? 卵ならまだわかりますが」

 尻尾のトゲには毒があるし、体全体が硬い殻や鱗に覆われているリオレイアのお肉。ボクには味の想像がつかない。ハビエルさんもそう思っていたのか、アノエラさんの発言にとても驚いていた。

「卵も高級食材だけど、肉も同じく高級食材として取り扱われているわ。特に亜種のロースは【桜ロース】と呼ばれているそうよ。原種のロースより更においしいそうで、口にすると頭の中で幸せの桜吹雪が舞うほどの美味だとか。一体からわずかしかとれないし、リオレイア亜種を相手にする中で肉質がダメになってしまうこともあるから入手難易度が高いの。そのせいか高額で取引されていて、私たちには手の届かない“知られざる食材”なのよ」

 桜吹雪が頭の中で舞う……どれだけの幸福感を得るのだろうか。思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。けれど隣のワカ旦那さんは味の想像より別のことが気になったようで、腕を組みながらなるほど、と呟いた。

「俺は依頼をこなすことしか考えていないから、そういうことに気を配ったことが無かったな。でも、アノエラさんがどうしてそんなことを知っているんだ?」
「私の故郷は【モガ村】なの。孤島の村だからたまにやってくる交易船と特産品を交換しているからね、商人から聞いたことがあるのよ」
「素晴らしい情報をありがとうございます、アノエラさん」
「どういたしまして。ハビエルさんたちには助けてもらった恩があるから、こんな程度じゃ返しきれないわ」

 アノエラさんにお礼を言い、食事も終えたところでお店を出ようと立ち上がったところアノエラさんのテーブルに誰かがやってきた。

「ごめんね、先に食べちゃった」
「ううん、私こそごめんなさい。準備に手間取っちゃって」
「出発にはまだ時間があるから大丈夫よ」

 四人が座れる丸テーブルの最後の椅子に腰掛けた人も女のハンターだった。会話からアノエラさんの知り合いみたいだ。
 ワカ旦那さんより少し年上らしいアノエラさんと同じぐらいの年齢だろうか。肩にかからない短さのやや暗めの銀色の髪を揺らしながら頭に付けていた長い布のついた冠を外した。
 背負っている武器はライトボウガンで、黒い本体にカブレライト色の光が差している特徴からジンオウガ亜種の素材でつくられた武器かなと推測する。淡いクリーム色の、ユクモ村で見た着物のような長い袖の上に赤褐色の鱗で覆われた鎧を付けていて、ハビエルさんが愛用しているスラッシュアックス【豪剣斧】の質感に似ている。これはもしかして、砂の海を走る【豪山龍ダレンモーラン】の防具だろうか。
 新しくグループに入った人なのかなと思っていると、ハビエルさんが小さな声で呟く。ボリュームと同様に戸惑っているような声色だった。

「八千代……?」
「えっ?確かにこの防具は【八千代】ですが、どうかしましたか?」

 防具の名前に反応した女の人が胸に手を当てて首を傾げる。驚いている様子のハビエルさんの後ろにいたワカ旦那さんの表情が少し曇っていた。ライトボウガン、そしてハビエルさんが知る防具……その組み合わせから、ボクはワカ旦那さんが見せた表情の理由を把握した。
 女性は何も気づかないまま、座ったばかりなのに立ち上がってハビエルさんたちの前に移動すると頭を下げて挨拶をしてくれた。律儀な人だな。

「わたし、【クイン】と申します。ちょっと前にアノエラと出会って、グループに入ったんです」
「……本当に偶然なのよ。ライトボウガンの使い手であることも、八千代を着ていることも」

 声のトーンを落としてアノエラさんが話す。思った通り、アノエラさんの仲間でありワカ旦那さんの大切な人だったヒナさんはライトボウガンを使っていて……この八千代を着ていた。まるでヒナさんの代わりにグループに入ってきたかのように見えたので、ワカ旦那さんも複雑な思いをしてしまったのだろう。

「アノエラ、それじゃこの方たちが?」
「そう。地底火山で私たちを救助してくれたハンターよ」
「では、あなたが【ワカ】さんですか?」
「あ、いや……」

 アノエラさんから事情を聞いていたのか、クインさんが目の前にいるハビエルさんに尋ねる。ハビエルさんが慌てて手の平をひらひらと振って否定するとクインさんの目線が背後にいたトラフズクさんに向けられたので、誤解を重ねられないようワカ旦那さんが横から入り込んだ。

「ワカは俺だよ」
「あなたが……ごめんなさい、ワカさんの心の傷を広げるようなことをしてしまって」

 そう言ってクインさんは申し訳なさそうに頭を下げる。初対面の女性にそんなことはさせられないとワカ旦那さんがクインさんの肩に手を置いて首を振った。

「クインさんが謝る必要なんて無いよ、本当に偶然なんだから。八千代を目にするのは初めてだから寧ろ嬉しい。そうか、ヒナはこの防具を身につけていたんだな……。」
「……。」

 クインさんが肩から下ろしたワカ旦那さんの手をとると、そっと包む。どうしたのだろうかと様子を伺うと、ふわりと柔らかい微笑みを見せた。

「ほんの少しだけお話は聞きました。心の中で故人を生かし続けるのは辛いでしょうが、どうか今ここに生きている人たちのために生きて下さいね」
「……ありがとう、クインさん」

 静かに優しく諭すような雰囲気は、まるでお母さんのようだった。お礼を告げたワカ旦那さんがきゅ、と下唇を噛む。前から見られるこの癖が感情を押さえ込もうとしているものだと気が付いたのは、最近のことだ。
 ワカ旦那さんの手を離すと、クインさんは手を口に当ててくすりと笑う。そして突然の反応にきょとんとするワカ旦那さんに対して、とんでもないことを言い当てた。

「こんなこと言うまでもないですね。今のワカさんには守りたい大切な人がいるようですから」
「えっ!? な、なんでそれを……っ」
「そ、そうだワカ君、早速ギルドに戻らないと。すぐにでも依頼発注の準備をしてもらわないとね」
「あっ、ああ、そうだな。そ、それじゃアノエラさんっ俺たち、これでっ」

 ワカ旦那さんの顔が真っ赤になる前に察したハビエルさんがボクらを外へ出るように促す。挙動不審ながらもお別れの挨拶はしておいたけれど、背後からアノエラさんたちの弾むような声が聞こえた。いわゆるガールズトークというものだろうか。
 どうしてクインさんに見抜かれたのかはわからないけれど、もしかしたらクインさんにも大切な人がいるのかもしれない。食事の合間だけで二度もエイドさんのことに触れられたワカ旦那さんは、恥ずかしいのかおでこに手を当ててため息をついていた。
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